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史上最強の男から、次の展開へ

昨日は将来の翻訳のネタはないかとネットサーフィンをしていた。そこでふと思い出したのは以前産経新聞に載っていた「史上最強の男」のこと。「史上最強の男」とは前田光世のことで、前田について在米日本人柔道家の樗(ぶな)沢憲昭氏が書いた本のタイトルだ。樗沢氏はこの本を英語で書いている。これを翻訳できないかな、などと考えネットで調べてみた。

ここで少し前田光世について説明しておく。ちなみに光世で“みつよ”と読む。
前田は明治時代の生まれで早大出身。天才的に強く、講道館から飛び出し世界を行脚、柔道の普及に努めた。その普及の仕方がユニークというか、恐ろしいというか。各地で喧嘩自慢の猛者と対決し、ことごとく撃砕し、柔道の強さを知らしめたのだ。こんなこと、普通はできない。今でも多くの日本人武道家が世界中で教えているが、こうしたやり方で強さの誇示をしている武道家はおそらく一人もいないだろう。
前田は非常に高名な柔道家であったが、ここ10年来とくにまた有名になっている。それはある人物に柔道というか、柔術というか。当時の講道館柔道を教えたからだ。教えを受けた人物の名はエリオ・グレーシー。あのヒクソンやホイスの親父さんだ。ヒクソンとホイスを知らない方。その方たちはおそらく格闘技には興味がないと思われるので、説明しても面白くないでしょう。なのではしょることにするが、ここ10数年の世界の格闘界を大きく地殻変動させた兄弟だ。
その兄弟の親父さんのエリオも伝説の柔術家なのだが、このエリオの師匠ということで、グレーシーファミリーが有名になるにつれ、前田の名もまた再登場することが増えてきたのだ。
この前田についての本ならきっと面白いはず。英語でしか出版されていないようなので、翻訳できるのでは、などと想像し調べてみた。結果はきっと難しいだろう、というものだったが。なぜって著者の樗(ぶな)沢氏というのは日本生まれの日本育ち。早大出の日本人なのだ。彼が日本語で出版したいと思えば、何も翻訳など介さずに自分で日本語で書き直せばよいのだ。そうされないのはきっと事情があるからだろう。ということであえなく挫折した。

ところで今日の話題はこのことではない。前田、エリオときて、調べていくと次に出てきたのは木村政彦である。木村はエリオと対戦し、エリオを破っている。なので、前田→エリオ→木村となる。それで木村をyoutubeで検索すると出てきたのが力道山との一戦だ。え、この木村ってあの力道山とプロレスしていたあの木村政彦なの?。そうなのだ。木村のことはもちろん知っていたが、エリオを倒した柔道家の木村とプロレスラーの木村が同一人物だとは知らなかったのだ。きっとちょっと格闘技に詳しい人なら、みんな知ってるよね。しかし僕は昨日までこの符合に気付いていなかったのだ。

そして見ました。力道山と木村の世紀の一戦。うーん。なんというか。複雑な心境です。
これについて。長くなったので後日、書きます。この一戦を書くつもりで、今日は書き始めたのだが。今日はこれから昨日買ってきたタケノコを料理しなくてはならないので。
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テーマ : ブログや日記
ジャンル : ブログ

翻訳についての目標

昨夜は灰汁抜きしたタケノコで、タケノコごはんと若竹煮を食べる。今朝も同じもの。僕はタケ ノコは大好きで、毎春まるごと買って来ては料理する。すると暫くはタケノコの日々が続く。好 きなので不満はないのだが、胃には少々刺激が強すぎるのかもしれない。今日はちょっと胃がも たれる。よって、今夜はタケノコ料理はパスの予定だ。今夜は親子丼にしよう。

さて、今日は翻訳の話である。といっても翻訳そのものではなく、今後の目標とお金の話である 。

現在、僕は無職であり無収入だ。今までの少しの蓄えと退職金で生活している。試算では爪に火 をともして生活すれば、なんとか2,3年は生きていける。しかしもし仮に3年間無収入で生活でき たとして、4年目からいきなり収入を確保でき、その収入のみで生活できるとは思えない。やはり それ以前にある程度収入があり、その延長で4年目も収入を見込め、そして自立していくと考える のが想定可能な筋道だろう。

そこで大雑把な目標を立ててみた。本年の目標、来年の目標、再来年の目標、そして4年目にテー クオフとする。こんな目標をブログで発表してしまうと、うまくいかない場合格好が悪いとは思 うのだが、本来低きに流れる性向であるので、少々プレッシャーが必要なのである。よって思い 切って、今後の翻訳に関する目標をここに記すことにしてみる。

2009年度 
9月末までに最低1社のトライアルに合格する。3月末までに最低3社のトライアルに合格する。本 年度の目標収入、年収50万円。

2010年度
さらに5社、つまり合計8社のトライアルに合格する。そしてこれが難しいとは分かっているのだ が、1冊出版の目処をつける。目標収入、年収150万円。

2011年度
出版最低1冊。実務翻訳の仕事はコンスタントに続け、目標年収250万円。

うん、こんな感じだ。目標年収をみて、ちょっと控えめすぎない?、と思われるかもしれない。 でも自分としては決して簡単だとは思えない。むしろ今年度などは大丈夫かな、と危惧している 。今の感じだと今年度前半では収入は期待できない。後半のみで50万だと、月にだいたい10万円 を稼がなくてはならない。やっぱり、容易だとは思えない。しかし、目標は高く(高くない?) 、そして現実的でなくてはならない。こんな感じだろう。

続いて出版だが、これは実務よりチャレンジャブルな目標であると自認している。一般的なケー スなら、リーディングを何十冊とこなし、出版社からの信用を得てから下訳、その下訳も認めら れてからようやく翻訳をまかせられるといった感じではないのか。よく実情はしらないが、先輩 方の記事やインタビューを読んでみると、そんなような経緯が書いてあることが多い。

でも僕の場合、年齢も若くないし、フルタイムで翻訳に打ち込まなくてはならない立場である。 このぐらいの目標は持たなくちゃいけないのではと、考えるのだ。じゃあ、どうして実現するの かだが。これについては、また後日書く。長くなる話ではないし、もったいぶるような秘策は何 もないのだが、これから用事があるので。

実は今日はこれから、合気道の稽古に行こうかと思っている。逗子の道場は一度日曜日に参加さ せてもらったことがあるのだが、金曜は初めてだ。稽古の前に、夕食を取っておこうと思うので 、そろそろ料理を始めなくては。


あった支柱

 昨日、買ってきた支柱で野菜を固定する。今、育てているのはトマト、ピーマン、ナス、キュウリ、ゴーヤ、オクラである(実がなるものではだ。他にバジル、ねぎ、ニラ、シソ、ローズマリーがある)。しかしオクラは団子虫に食べられて、ほとんど茎だけになっていた。これは無視して、他の野菜を固定する。
 だいたい1ヶ月前に苗で買ってきたものを庭の隅で栽培してたのだが、強いものは強く、弱いものは弱く、という状態だ。強いのはトマトとピーマンである。狭いところに植えているので、生存競争が厳しいのだが、トマトはほぼ、競争を制した感がある。四方に茎を伸ばし、隣の野菜を覆っている。ちょっと離れたところにあるピーマンも力強く立っている。比べてキュウリ、ゴーヤの弦もの連合は劣勢である。それもそのはず、弦ものなのにもかかわらず、絡まるところがないので地べたを這い、これも団子虫軍団の脅威を日々受けているのだから。
 ようやく支柱を刺し、キュウリ、ゴーヤ連合を留めたが、どうなるだろう。ちょっと遅すぎた感もあるが、ぜひ頑張りを見せてもらいたいところだ。
 正直、トマトはあまり実っても困るのだ。トマトは好きだが、毎日は食べないと思う。一方、キュウリは使い道がある。ヌカ味噌につけるのだ。僕は自分でヌカ味噌をつけていて、ほぼ毎日漬物を食べている。キュウリはヌカ味噌にもってこいなのだ。

 支柱を立てて、あまった支柱を家の裏の収納場所にしまいに持っていくと、なんと支柱が沢山あるではないか。今住んでいる家は4年前中古で購入したのだが、使わない家具や庭周りの道具を前のオーナーに置いていってもらった。支柱も大量に置いていったようなのだ。今日、初めてその存在に気がついた。
 昨日、テクテク往復1時間もあるいて百円ショップに行ったのはなんだったのだ。近くの園芸品店より安く買えたと得意になっていたのはなんだったのだ。
 愚かなり、僕は。と、少しばかり落ち込んだ。が、正直すぐに立ち直った。なぜって、支柱が沢山あるからだ。これで、また野菜を作ろう。これだけあれば、沢山作れるぞ。しかし、そのスペースって、我が庭ではもうないような気がするが。

 その後は芝刈りもした。芝刈り機も前オーナーの置いていったものがあったのだが、古くて錆びていたので捨て、新しいのをネットで購入した。今日、初めて使ってみた。うんと期待して使ったのだが、切れ味が悪い。なんだか古い錆びた奴のほうがマシだった気もする。
 いろいろと調節してみたが、やっぱりあまりよくない。もしかしたらまだ芝が短いのかもしれない。もう少し伸びたら、また使ってみよう。でも、やっぱり不満、不安。

 勉強もしましたよ。もちろん。今日もニューヨークタイムスを読む。今日、興味を引いたのは書評だった。さっそくその本をアマゾンで購入。
 今までもこんな感じで、ニューヨークタイムズの書評を読んで購入した本が何冊かある。2000円以上するので、失業の身としては痛いのだが、向学のため、そしてもしかして翻訳できたらとの淡い期待から、思い切る。
 購入する際に、ひとつルールを設けている。それはまだ日本で翻訳されていないことだ。今日、購入した本もまだ翻訳されていない。今日始めて知った著者だったが、しかしネットで調べると結構有名である。すでに他の何冊かは翻訳されている。この本もすでに翻訳権が買われているかもしれない。
 しかしそんなことを恐れていては、前には進めない。今後も、良さそうな本があれば購入して、読んでみてさらに良かったら出版者に売り込んでみたい。


 初めての持ち込み企画

 4月にある本に出会った。最初のきっかけは正直忘れてしまった。ニューヨークタイムズの書評だったか記事だったか。それともアマゾンだったのか。とにかくその本の概要を読んで、ピンとくるものがあった。なんか、良さそうだ。その本のタイトルは『A Lion Called Christian』。ノンフィクションである。
 簡単にあらすじを述べると。1970年ごろ、二人の若いオーストラリア人がロンドンに旅行に行く。たまたま立ち寄ったハロッズでライオンの赤ちゃんを見つけ、その場で購入を決意してしまう。飼う場所の問題や、成長後の扱いで逡巡するが、それでも若い二人は強行する。その時、二人は“ソフィスティキャット”というアンティーク家具屋でアルバイトをしていたのだが、この“ソフィスティキャット”という名はまさに運命を感じさせる、オーナーを説得し、そこでライオン、名前をクリスチャンと名づけられた、を飼うことにする。可愛いクリスチャンはたちまちロンドン中の人気者になり、ラジオやテレビ出演までする。しかしすぐに大きくなり店では飼えなくなる。そのころ『野生のエルザ』に出演した俳優夫婦が店に立ち寄り、二人は悩みを相談する。二人はとても運が良いのだが、俳優夫婦は自宅でしばらくクリスチャンと暮らすことを承諾する。さらにエルザを野生に帰したジョージ・アドムソンという人物や、映画プロデューサを紹介してくれるのだ。そこで話がトントンと進み、クリスチャンをケニヤに連れて行き野生に戻すことになり、その過程を映画にして、資金を捻出する計画が進む。ケニヤでクリスチャンはジョージ・アドムソンにより野生化のリハビリを受ける。リハビリはうまく進む。1年後野生で暮らすクリスチャンに二人は会いに行く。クリスチャンは若ライオンに成長していて、二人を歓迎する。またその1年後、再度ケニヤに行き、クリスチャンに会うのだが、クリスチャンはさらに大きくなっていた。ジョージ・アドムソンによるとアフリカで一番大きなライオンかもしれないというぐらいのサイズになっている。この巨大なライオンがまた二人を覚えていて、喜んで迎えるのだ。しかしその後、クリスチャンは元からいた野生ライオンとの抗争や本来許されない地域にもかかわらず侵入7してきた牧畜民との軋轢があり、新天地を求めどこかへ行ってしまう。その後、クリスチャンの姿を見たものはいない。
 こんな話なのだが、主なシーンはフィルムに納められていて、当時ドキュメンタリー映画として放映されたようだ。そして2007年になって、誰かが最初の再会シーンをユーチューブに投稿する。立ち上がると人間より大きい野性化したライオンが子猫のようにじゃれつき、喜びを表すシーンが驚きを呼び、評判となる。評判が評判をよび、テレビでもそのシーンが放映されたりして、ちょっとしたブームとなる。この間の、高見盛に似たおばさんのブレークと同じ感じですね。そして今回、書籍化となったのだ。
 実は1971年にこの話は書籍化されている。日本語にも1974年に翻訳されているのだ。その初版にその後の情報や今回のユーチューブ騒動なども書き加え、2009年3月再出版となった。
 ネットでこの本を知り、すぐにアマゾンで取り寄せ読んでみた。内容は予想以上のものだった。単に可愛いだけの話ではない。希少動物の保護、動物園や動物商人の問題点、アフリカの貧困や動物との共存の難しさなどが、クリスチャンの成長と野生へ帰す過程を通して語られているのだ。もちろんクリスチャンの成長とその後の別れのストーリーもジンとくる。
 この本が僕の手元に届いたのは5月だった。それからシラバス(解説)を書き上げたのが6月末。そして先週シラバスをある出版社に持っていった。感触は大変よく、すぐにエージェントに翻訳権がまだ売られていないか確認してもらえた。結果は、too late、すでに買われてしまっていた。
 初めてシラバスを書き、出版社に持ち込んだ。そりゃそんなにうまくゆくとは思っていなかったが、やはり残念である。出版者の方は、ありゃ掘り出しもんですよ、と悔しがっていた。なんでも映画化の話もあるそうだ。返す返すざんねん。
 でも良い本を見つけてきたと、ほめてもらった。また良いのがあれば、ぜひ持ち込んで欲しいといわれたのは、大きな収穫だった。

変わったこと2つばかり


 なんと1ヵ月半ぶりの更新だ。前回の内容はキュウリの話だったが、わが庭のキュウリはすでに枯れかけている。季節の移り変わりは早い。僕の更新は遅い。
 さてこの間、自分としてはいくつか大きな変化があった。ひとつめはこのブログのテーマに相応しい内容だ。実は初仕事を受注した。といっても自らの力で、つまりトライアルに合格して受注したのではない。フェローの同級生に翻訳会社のチェッカーをしている人がいて、その人が仕事を回してくれたのだ。
 契約書の英文和訳約30ページで期間2週間。慣れたプロだと2,3日でこなす量だそうだ。もちろん初心者の僕はそんな訳にもいかず、2週間フルに使ってどうにか翻訳しおえた。
 契約書の文章って、ぜんぜん一般の英語と違うのだね。初めのうちは1パラグラフを訳すのに1,2時間かかったよ。それも情けないような訳で。それで慌てて図書館に行って英文契約書関係の本を3冊ばかり借りてきて、それで勉強しながら訳した。こんな付け焼刃でよいのかと、正直思いながらまるでパッチワークを揃えるみたいに、なんとかかんとかつなぎ合わせて進めた。いや、しんどかったです。でも最後の方は、随分理解できるようになって、なんか契約書って面白いな、なんて生意気なことも思ったりした。

 さて、もうひとつ。それはジョギングを始めたこと。ちょっと前、村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」っていうへんなタイトルのエッセーを読んだ。この本も逗子図書館で借りたのだが。それを読んでいて走りたくなったのだ。我ながらミーハーな男だと思う。ただミーハーは認めるが、僕が走るということにはそれなりの意味がある。実は僕は中学生のときに陸上部に入っていたのだが、そのとき練習がきつくて、つまらなくて。そのトラウマのようなものがあり、その後は走ることを激しく拒絶する人生を歩んできたのだ。ちょっと大袈裟な表現だが。
 僕は体を動かすことが好きで、サーフィン、スキー、自転車のロードレース、スキューバーダイビングなどを若い頃はやり、それもけっこう一生懸命やった。中年期に入ってからは武道に精魂を注いできた。そんな僕なので周りにも運動好きが結構いて、ジョギングやマラソンを誘われたことは数多い。しかし常に断ってきたのだ。ほんとに走りたくなかった。自分が走る姿を想像しただけで、体がきしむような錯覚に襲われる。
 でも今回はなんだか走りたくなった。やはり村上春樹の文章の説得力が尋常ならざるものなのかもしれない。が、とにかく走ってみたくなった。今回は体のきしむ錯覚は現れなかった。
 毎日、30分程度、ちんたら近くを走る。僕の家は山の上の方だから、どこを走ってもさか、坂、サカ。あまりジョギングに向いている地域ではないのかもしれないが、それでも走る。ちょうど前回のブログの頃から、走り始めたので、やはり1ヵ月半ほど走ったことになる。外に用事ででかけるようなことがないかぎり、毎日走っている。走り始めて、すぐに脚を傷めて、1週間ばかり休んだが、それ以外は毎日走っている。
 なんだか楽しい。走ることって楽しいのだな。中学生のときは辛いばかりで、一度として楽しいと思ったことはなかったが。なんでかな。楽しい。

ビバリーヒルズ高校白書

 まさに台風一過。昨日は雨を眺めながらブログを書いたが、今日は台風が過ぎ去った後の不自然なぐらいの日差しを見ながらこれを書いている。
 昨日は雨あめ、触れふれ、と書いたが、世間の人は大雨の中を通勤だ、通学だと動いているのに不謹慎かと後から思ったりしたが、それでもやっぱり雨は、それも台風は部屋から眺めているのは楽しかった。

 さて今は午後2時過ぎだが、さっきまで『ビバリーヒルズ高校白書』を見ていた。ケーブルで月曜から金曜まで毎日やっている。多分、春ぐらいから始まって、ずっと見ている。
 僕はあまりテレビを見ない。特に逗子に越してからはテレビがない生活をずっとしていた。だから前回のワールドカップも冬季オリンピックも見ていない。3月にテレビを買ったから北京オリンピックは見たが。
 なんでテレビを買ったかというと、会社を辞めて時間ができたら、テレビで英語を勉強したいな、と思ったからだ。この辺りはいわゆる難視聴エリアで、ものすごく高いアンテナを立てるかケーブルにつなげなくてはテレビが見られない。それでケーブルをつなぐことにした。ケーブルならCNNとかFOXとかが見られて、英語の勉強になると思ったからだ。

 『ビバリーヒルズ高校白書』は15年ぐらい前、アメリカに留学したときに見ていた。リスニング能力に難があるのであまり意味が分からなかった。で、今もあまり分からない。どのぐらい分からないかというと、主人公格の双子のきょうだいの名前を聞き分けられない程度だ。たしかカタカナで書くと、ブランドンとブレンダだと思うが、英語で聞くと、同じように聞こえる。ケリーだがキャリーだかもよくわからない。ドナかドラかもだ。はっきり分かるのはスティーブンぐらいだ。あ、もしかしたらスティーブ?、やっぱりよく分からん。
 こんな感じで見ているので、そう30パーセントの理解だと思う。それでも、絵を追ってると意味はだいたい分かるので、毎日楽しく見ている。それと4月から見始めて、ちょっとはリスニングが上達したみたいで、ときには50%ぐらい分かったりして、そんなときはさらに楽しい。
 40代の中年おやじで、毎日昼の2時から『ビバリーヒルズ高校白書』を見ているのは僕ぐらいなものだろう。これも幸福感を呼ぶ。

 ずーっと見てればいつかは完全に理解できるようになるだろうか。答えは分かっている。ならない。でもちょっとはましなことも分かっているので、この習慣は続けるつもりだ。いい習慣だな。

初めてのメディカル翻訳

 今、メディカルの翻訳をやっている。ある大学病院の仕事だが、難病を紹介するホームページの訳だ。1ヶ月で40Pなのだが苦戦している。

 対象となる読者は難病患者やその親なので専門的でない、と思っていた。最初の数ページはサクサクとできた。これなら1ヶ月もかからないなっと、調子よく訳していった。ところが段々と内容が専門的になってきた。メディカル用語、表現のオンパレードだ。専門用語は辞書でだいたい分かるのだが、簡単な動詞や名詞の訳で悩む。
 たとえば“base”という名詞だが、普通は“基礎”とか“底”となる。ただそうした訳だと文脈上、意味がおかしくなる。ちょっとひねって“主成分”と訳してみたが、見直しのときやはりひっかかった。そこでネットで色々しらべ、ある日本語のサイトで“塩基”という表現を見つけた。これだと意味がばっちりだ。これが分かるのになんと1時間近くかかった。そんな感じでのろのろと調べながら訳すので、昨日今日でできたのはわずか1ページ。とほほ、である。
 今、念のため今、もう一度辞書でbaseを調べてみた。なんだよ、、ちゃんと載ってるじゃない、“塩基”って。くそ。僕って、なんなの。。
 もうひとつ、タンパク質の動詞で“produce”というのが頻繁にでてきた。これをそのまま“生産と”すると、タンパク質を生産する、となる。なんか、へん。で、これもネットでタンパク質をプロデュースする際の動詞を調べまくった。結果たどり着いた訳は“生成”である。これもかなり時間がかかったな。
 さてボキャブラリの訳は、こんな感じで時間をかけると何とかなるのだが、問題は全体の文章の正確度だ。訳としてはこうなんじゃないかと、かなり自信が持てても、内容的に正確なものなのかは確信が持てない。やっぱりある程度は、訳者が意味を把握していないと、翻訳はできないものだ。
 なので同時に、この難病について調べる。でも非常にまれな病気なので日本語で紹介するサイトはほとんど見つけられなかった。断片的に論文の中で触れられていたりする程度で、それも論文なので難しくて、読んでも意味が分からない。その意味を調べるため、違うサイトに行って調べる。すると、前の論文でちょっとだけでも理解したつもりの内容を忘れてしまう。何を調べていたのかも、分からなくなってしまうのだ。やっぱり僕って、頭が悪いのだ、ということだけは分かったりして、でも肝心の難病の理解は深まらない。

 このようにものすごく苦労しているが、これが楽しい。訳したり調べたりすることが楽しい。結構、ぴったりとした訳になったときは快感である。翻訳は時間を忘れる。気が付くと夕方だ。でもこちらが楽しむだけじゃ、続かない。だって下手くそな訳ばかりやってると、次の仕事が来なくなっちゃうから。いまのところ、お情けで仕事が、たま~に、ぽろっと降ってくるが、このお情けも今のうちだけだろう。早く実力を挙げなくては。

初めての確定申告

 昨日、生まれて初めて確定申告というものをしてきた。鎌倉税務署ということころに行ってきた。
 事前に書類を用意してあったので、提出しただけだった。ネットで調べると8時半から受け付けると書いてあったので、その時間にでかける。確かに受付はしてくれたが、質問、相談は9時からとのこと。30分待つのもなんだし、正直内容に自信はなかったがそのまま提出する。
 一応、ネットで調べたり元の会社の人事部に電話をかけたりしてから書類を書いたのだが、なんといっても初めてで自信はなかった。というのも源泉徴収の割戻しが、極端に多いのだ。源泉徴収された分のほとんどが戻ることになる。私の計算だと2009年度に納める所得税は1万円以下となってしまう。いくら今年の収入は低いとはいえ、こんなものなのか。確かに勤めていたのは3月までで、その時点では1年間働くことを予定して年収を計算している。高めになることは分かるのだが。
 税金が安くなることは嬉しいことなので、そのまま出してしまう。誤りがあれば後ほど連絡があるらしいが、あのまま通ることを祈る。払い戻しが出たら、うまいものでも食べに行こう。

 それと確定申告のついでに青色申告の申請と、開業届けを出してきた。これでいよいよ私もフリーの翻訳者だ。青色申告にしたのは控除が65万円受けられるからだ。基本控除も38万円あるし。合計すると103万円。それと今年になってから本やら文具やら電気代やらの領収書をためている。これらは経費として計上できるので、合わせると150万円ぐらいになるかもしれない。この金額までは、無税だ。そう考えると、あまり稼がないほうが得なような気がしてくる。もちろん、たくさん稼いだほうが得に決まっているのだが。個人で確定申告をすると不思議な感覚が沸いてくるから、不思議だ。
 実際はそのうちうんと税金を納められる立場にならなくてはいけない。

 あまり早く申請が終わったので、鎌倉市役所の前にあるスタバに行ってきた。前から気付いていて、一度行ってみたいと思っていた。というのはすごくカッコいいスタバなのだ。店内は比較的広く、大きな窓がある。窓の外はテラスになっていて、こちらで座ることも可能。犬連れの人などがいた。その前はプールのような池のようなものがあり、店内から窓を眺めるととても開放的なのだ。運よく窓際の、ふんわかシートを確保できたので、そこでのんびりと小一時間ほど過ごす。豆乳を温めたのを飲んだが、これも美味しかった。
 しかしさすが鎌倉ですね。スタバまで他とは違う。

 スタバの写真を撮りたかったのだが、忘れてしまった。かわりに今日のフクちゃん、大ちゃんを掲載する。

フクちゃんと大ちゃん


久しぶりの上京(仕事としては)


 28日(水)、久しぶりに東京へでかけた。以前、翻訳企画の売り込みをしたC出版社が話しをしたいといってきたのだ。
 午前11時にアポ。家は余裕をもって、8時半に出る。2時間半前です、すごいでしょ。あまり都心に出かけたがらない理由がお分かりになるでしょ。

 企画は米国のある情緒的障害をもった著名人の自伝で、昨年秋に見つけ、今回とは違う出版社に提案していた。随分長い間待たされてしまったが結局、ボツとなった。あわててC出版に持ち込んだ。C出版とはコネもなく、存在自身も知らなかった出版社であったが、アマゾンで類似書の出版が多数あることを知り、電話で売り込んでみたのだ。
 まったく飛び込みで出版社に売り込むのは今回が始めての経験だった。以前、産経新聞社で広告営業をしていたときに何度となくやった行為だが、同じように緊張した。担当者は私よりずっと若く、話しやすい人だった。こんな若い人相手に緊張している自分が可笑しかったが、翻訳者としては新人なのだから当然だろう。向こうはいい年をしたおじさんのあがり様をどう思っただろうか。まぁ、翻訳企画は翻訳者の態度でなく、本の良し悪しと、翻訳者の実力こそが問題なのだから、そこのところをどう評価されても構わない。なので、別にどうでもよいことではあるのだが。でもあがってしまったことは、ちょっと恥ずかしかった。
 その若い編集者は企画自体には興味を示してくれた。そでで版権がまだ渡っていないかどうかを確認してくれることになった。とても嬉しい。ただし編集会議に出すうえで、企画書が弱いということで、補足追加を指示された。
 ゴールデンウイークはしこしこ企画書を書く直す作業に費やすことになった。といってもGWなど、まったく関係のない生活をもとからしているのだが。

 せっかく都内に出てきたので、C出版の後は、産経新聞社を同時期に希望退職した元同僚と会った。退職後、自分で会社を始めたのだが、起業一年でまだ売り上げはないらしい。今年度こそ天王山になると覚悟を語っていた。私と同じ、立場だ。私も今年こそ、天王山の年になると思っている。お互いに健闘を励ましあった。

 そのあと、この4月に会社を立ち上げたT氏の事務所にいく。T氏とは産経新聞社時代、仕事を通じて知り合った。元は広告関係の会社にいて、その後通信社の広告企画部門にいた。そしてこの1月、通信社を退職し、自分の会社を興した次第である。
 T氏から退職以前、起業についての相談を受けたことがある。そのとき聞いた事業内容にはあまり賛同できなくて、反対したのだが、今回立ち上げた会社はそのときの企画とは大きく異なっていた。事業案内を読み、話しを直接聞いて、これならきっとうまくゆくのではと感じた。T氏の健闘も祈りたいと思う。

 リーマンショック以降、私のまわりでは会社を辞めた人間が多い。その中でまだひとりも成功しているものはいない。1年やそこらで結果が出るわけではないのだが、現実は厳しい。

 こういうことを書くと青臭く思われるかもしれないが、成功するのか否かは、その人の心がけ次第だと思う。金銭欲にとらわれ、目先の利益を追求するばかりでは、まわりに受け入れられないだろう。

 たまに都心に出て、人と会うと刺激があってよろしい。ああ、考えてみれば稽古のためには毎週末上京しているのであった。忘れていました。

ボツの知らせが来た


 昨日、N社から連絡が来た。N社にもちこんでいた翻訳企画がボツになったそうだ。ざんねん。
 前回のブログで書いたC出版と今回ボツになったN社、それとべつにI社に企画を検討してもらっている。もし3社とも決まったらどうしよう。めちゃくちゃ忙しくなるなと、皮算用していたら、あっけなく杞憂と終わった。まだ2社残っているが、そう簡単にはいかないだろう。

 さてN社への企画だが、“世界の長寿地域をめぐる”といった内容のルポタージュである。たしか6地域(もう忘れている)をまわるのだが、その中に沖縄が入っている。
 世界には突出して平均寿命が長く、そして100歳まで生きる人の割合が高い地域が点在しているらしい。そこを探訪することで、長寿の秘密を解き明かしていくのだが、なかなか面白い本である。
 沖縄も入っているし、日本の読者に受け入れられるのではと思ったのだが。N社の判断はNGであった。実はN社はこの本の存在を1年以上前から知っていたようだ。それで実際、取材を受けた沖縄の関係者に連絡もとりマーケティングを行っていたそうである。知らぬはわたくし一人というものだ。

 こんなことでめげてはいられません。今までもんもんと、逗子に籠もっていましたが、今後は積極的に売り込みに出歩く所存です。

 しかし新しい本は却って、難しいかもしれないことが分かってきた。私の目に留まるような本はすでに出版社が情報を掴んでいる確立が高い。それよりももっと古い本で、翻訳がされていないものの方がよいかもしれない。そうした本は、なぜか出版社の目から漏れていた可能性がある。またはその当時は出版不可とする判断を下したが、その後社会情勢が変わってきた可能性もある。
 古くて翻訳されていなくて、それで良い本。そんな本がそうあるわけではない。でも見つけなくちゃならない。今年中に決めなくては、生活がなりゆかなくなるのだ。


 ところで夕べの長谷川穂積、残念だった。長谷川こそ日本ボクシング会の至宝である。あの亀三兄弟など、足元にも及ばない実力と才能の持ち主である。今回の相手は強敵であるとは思っていたが。完全に隙を作ってしまった結果の、ミスである。天才長谷川といえでも、一発が当れば倒れるのだ。今までは逆に相手に隙を作らせ、そこを針の目を抜くように突いていたのだが。
 負けは負けだ。残念だが、またカムバックすればよい。
 長谷川は具志堅の13回防衛の記録更新を目指していたようだが、できれば別階級への転向をしてもらいたいと思っていた。長谷川なら4階級ぐらいいけるような気がする。この負けを好機として、別のベクトルに進みさらなる勝利を重ねていってもらいたい。


翻訳の状況


 このブログを始めた当初は、翻訳についてのあれこれを中心に書いていくつもりでいた。だからブログの最初のタイトルは『翻訳日和』であった。しかし翻訳について書くことがあまりなく、つまり翻訳の仕事がほとんどなく、翻訳の話題に触れることが少なかった。しかしまったく翻訳をしていないわけではない。ちょっとだけ進めているものもあるので、備忘もかね、最近の翻訳状況について今日は書く。

 ある本について企画書を書き、某出版社に持ち込んでいる。現在、出版化の返答待ちである。
 この本はニューヨークタイムスの書評欄で見つけた。書評欄を読んで、すぐに興味を持ち、アマゾンで本を取り寄せた。読んでみて、面白いと思った。そして企画書を書いた。
 向うでは結構著名な文化人の自伝なのだが、その人物がちょっと変わっている。小さい頃から百科事典を一回読めば、丸暗記をしてしまう驚異的な記憶力の持ち主なのだが、対人関係は恐ろしく下手。学生時代はむしろ劣等生として過ごす。その後、ある分野の評論で認められ、ピュリッツァー賞を受賞するまでになるのだが、常に社会との違和感で悩み続ける。40歳を過ぎたときに、アスペルガーシンドロームであると診断を受ける。40を過ぎて、ようやく社会との齟齬の原因を突き止めることができたのだ。
 主に幼年から大学生までの記録であるが、変人ぶりを示すエピソードが並ぶ。しかし少年や青年はみな程度の差はあれ変人であろう。最初から世間との違和感を覚えずにいられたものなどいないはずだ。僕は作者に共感を覚えながら、最後まで読むことができた。
 この本を見つけたのが昨年で、企画書を最初の出版社に持ち込んだのが今年の3月だった。それから2ヶ月ほどして、その出版者から断りの連絡を受ける。そこは小さいところで社長に直談判したのだが、2ヶ月も待たされてしまった。それもこちらが催促をして、ようやくだ。社長さんはいい人で、途中ランチをご馳走になったりして、感謝しているが、もう少し早く回答を出して欲しかった。しかし、そんなものかもしれない。僕は一業者なのだがから。
 その後、あわてて今の出版社に持ち込む。そこはかなり大きいところなので、社長とは当然いかず、担当者に当る。幸いなことに、そこの担当者からは好感を得る。まずは第一関門の突破だ。次は担当者を通じ、向うの出版社に版権がまだ残っているのかの確認をしてもらう。結果はまだ大丈夫だというものだった。第二関門の突破である。残すはあとひとつだ。社内の出版会議を通さなければならない。現在はその回答を待っている状態である。決まればよいのだが。

 とても良い本なので、日本の読者にもぜひ読んでもらいたい。
 企画書を書くときに調べたのだが、日本でもアスペルガーと診断される人の数が増えているようだ。ちょっと変わっていると回りから見られ、自分も世間との違和感で悩んでいる人が、最近になってアスペルガーと診断を受けることが多いようだ。そういう人に読んでもらえたら、勇気がでるのではと思う。もちろんアスペルガーでない人も楽しめる。

 もうひとつ。これはどこで見つけたのかは忘れた。多分、アマゾンでだと思う。これも自伝だ。こちらは有名人でなく、ただのサーファーの自伝である。
 ああ、思い出してきた。サーフィン関連の本を探していて、アマゾンで見つけたのだ。サーファーが書いたエッセーのようなものがないかを探していたのだが、これが全然ないのだ。サーファーはあまり本を書かないようだ。だから貴重な本であるのだが、逆を考えるとサーファー関連の本は売れないのかもしれない。サーファーは本を書かないだけでなく、読みもしない可能性があるからだ。でもそれを考えるのは止そう。

 で、今このサーファーの自伝をいきなり訳している。企画書も書いていないし、当然、出版社に持ち込んでいない。版権がすでに日本の出版社に買われているかもしれない。
 なぜかというと時間がかかるからだ。今までの経験から考えて、これから企画書を書いて出版社に持ち込み、担当者にプレゼンをして、担当者から了解を得て、海外の出版社に版権の問い合わせをしてもらい、それから社内の出版会議に諮り、なんてことをしているとすぐに半年ぐらいが経ってしまう。半年も待つ時間がおしい。ならば思い切って、翻訳を完成させ、その翻訳を持って出版社に売り込もうかと考えたのだ。無謀かもしれないが。しかし採用されればいつかは翻訳をすることになる。それにかりに版権が買われていて僕に翻訳の機会が廻ってこなかったとしても、駆け出しの翻訳者としては、一冊仕上げたという自信にはなる。座して、時を無為に過ごすよりは良いとの判断した。
 7月から翻訳を初め、現在80P程度まできた。250Pほどの本なので、まだ暫くかかりそうだ。夏の間に終わらせたいと思っていたが、ちょっと難しそうだ。
 
 さて実務翻訳の方だが、ここ2,3ヶ月の間でいくつか依頼があった。しかしすべて断ってしまった、あるいは断られた。断ったのは納期が自分の能力を超えていたり、ギャラが低すぎたり。断られたのは、こちらが提案したギャラが高すぎた場合。
 今、実務翻訳の世界の状況はとても厳しいものになっている。産業界の不況の波が、下請け業者である翻訳者へ直撃しているのだ。もとからマニュアルや契約書など、興味を持ちにくい分野の仕事が多いのだが、ギャラや納期までもが厳しくなり、こちらの気持ちは萎えるばかりだ。

 やはりなんとしても出版翻訳を進めねばならない。今年度内に何冊か目処をつけたいと思っている。

確定申告と簿記の勉強


 確定申告の季節だ。3月15日までに申告しなくてはならない。去年、初めて申告した。今年は2回目だが、青色申告は初めてだ。去年は白色申告であった。
 白色申告は極めて単純である。前年度の所得を記入し、控除になる項目、例えば社会保険料や医療費、扶養家族がいればその旨を記入する。それだけだ。2時間もあれば完成する。一方、青色申告は複雑で難しい。日々の売り上げと経費の記帳が必要であり、さらにそれらを元にして、損益計算書と貸借対照表を作成しなくてはならない。会社の経理部がしていることと、ほぼ同じことを一人でこなさなくてはならないのだ。
 今年はこれに挑戦した。といっても昨年、鎌倉税務署から紹介された鎌倉青色申告の会というところに6回ほど通っている。会計ソフト「弥生会計」の使い方を習ったのだが、その際、具体的な私の決算数字を使って学習した。つまり青色申告の会の確認のもと、数字は入力済みなのだ。すでにふたつの財務諸表(損益計算書と貸借対照表)はできている。あとは申告書に転記すればいいだけだ。
 ところが改めて確認すると、昨年の売り上げが1万円ほど間違えていた。私が間違えて、鎌倉青色申告の会の人に伝えたからなのだが、その数字が元になり、財務諸表ができあがっている。迷った。
 このままの数字で行ってしまおうか。多分、問題は起きないと思う。というのも昨年の私の売り上げは、ごくわずかで経費を差し引き、各種の控除をすると所得はゼロになる。1万ぐらい増えても結果は同じである。つまり税額はゼロだ。同じゼロなんだから、いいんじゃないかなとも思う。すでに申告書には細かい数字を記入済みで捺印もしてある。あとは税務署に持っていくだけだ。書き直すのは面倒くさいのだ。
 書き直す場合、元の数字が間違えているので、財務諸表自体を作成しなおさなくてはならない。今のものは青色申告の会の人に確認してもらったものだが、修正すれば、結果は変わってくる。修正後の正誤については私では判断できない。作りなおしても、自信が持てない。困ったものである。今日は一応、正しい数字を入れて、もう一度作成してみるつもりだ。でもその結果、「弥生会計」が不穏な動きを見せたなら、その際は、1万円少ない数字でいっちゃおうかと思っている。

 さて、こんな程度の税務知識しかない私だが、恥ずかしながら大学は経営学部出身である。さらに大学院でもアカウンティングを受講している。銀行にも一年間だが勤めていたことがある。それなのに。
 確かに会計の近くをうろうろしてきた私の半生であるが、巧みに簿記は避けてきた。大学、大学院時代の簿記の授業は最低限の知識とやる気ですれすれくぐり抜けたきた。仕事では経営学部出身であることをひた隠しできた。しかしこれって、良くない。今となってそう思うようになってきた。
 それで今回の青色申告を好機をとらえ、心機一転、簿記を勉強することにした。
 ということで、今年になってから簿記の勉強を始めている。書店でイラスト満載の3級テキストを購入してきて、ちょっとずつ進めている。毎朝、仕事を始める前に小一時間ばかり、勉強している。
 簿記って、結構面白いじゃないか。なぜいままで気付かなかったのだろう。大学時代に気付いていたら、違った人生を歩んでいたかもしれない。銀行を辞めずにいて、今では年収、数千万になっていたかもしれない。いや、そうじゃない。そんなことは考えるべきではない。ではなくて、より経済や経営を理解できたように思うのだ。
 今、テキストブックは8割程度終了した。あと2回、全部で3回通しでやるつもりだ。3級の試験は受けるかどうか分からない。受けてもいいようにも思うが、でも取ったところで自己満足にしかならないように思う。だから、多分受けない。ただ3回だけは読み通したい。そして完全に理解したい。

 来年の確定申告は、「弥生会計」の内容を理解した上で、記帳できるようになるつもりである。そう、あくまで、つもりである。

専門分野の翻訳


 今さっき、クライアントから直で受けていた翻訳案件を納品した。産経時代からお世話になっているネット広告の団体からの依頼であった。
 ゴールデンウイーク前に発注があり、納期は6月初旬だったが、予定よりも早く終了した。
 今回の仕事は訳していて楽しい仕事だった。というのも、以前自分が属していた業界の仕事であり、内容が理解できる。それに内容自体にも興味がある。
 以前、工業製品のマニュアルの仕事の依頼を受けたことがあるが、あのときは参った。英文の構造はシンプルなのだが、内容が理解できない。業界用語が多く、辞書には載っていない。略称や略した表現も多く、調べても分らない。翻訳会社に尋ねながらの仕事だったが、果たしてあれでよかったのかどうか。

 その点、今回はほぼ100%理解できた。2年以上前に業界を去っているので、知らない新しい用語や技術もあったが、ベースを理解しているので、調べることができる。
 おそらくこの仕事をネット広告の知識のない(普通の翻訳家は分らないと思う)翻訳家が訳したら、苦労するだろう。やはり餅屋は餅屋だ。私も餅屋の端くれだったと思うと、嬉しい。

 実務翻訳はたいてい専門分野の翻訳である。仕事を発注するのは企業であり、内容は業務に関することだから当然だ。一方、受ける翻訳者は普通は素人である。メディカルの場合の元薬剤師や、ビジネスの場合の元金融マンなどもいるだろうが。
 そうした素人たちも、その分野を数多くこなすうちに、業界を習熟していき、こなれた翻訳ができるようになるのだろう。しかしそれまでの道のりは長い。

 始めてたった2年の翻訳だが、今までを振り返ると、医療、貿易、会計、法務、観光、工業製品と幅広い業界から仕事を請けてきた。
 貿易や会計は勉強したことがあるので、多少は理解できた。医療は図書館で必至に勉強した。法務はこれも多少、勉強したことがあった(実は司法書士の学校に通ったことがあるのだ、はは。挫折したが)、これは苦戦したが。観光は一般知識で何とかなった。工業製品は、これは今思い出しても、冷や汗ものである。
 これからも実務を受けていくのなら、色々な業界から仕事がくるだろう。今まで通り、オールカマーでよいのだろうか。しかし、やはり絞った方が良いのではと思い始めている。ビギナーは来た仕事は拒まずにすべて受けるべきという先輩がいる。ところが時間は有限である。すべてに習熟するには、時間がかかり過ぎる。
 それに品質の問題がある。受けた以上、最上の訳文を返さなくてはならないが、その最上の質が問題だ。非常に低レベルの最上品ができあがる可能性、大である。クライアントに迷惑をかけちゃう。

 翻訳の楽しみは、色々な分野を勉強できることである。しかし自分だけ楽しんでいても仕方がない。クライアントが楽しむというか、喜ぶ仕事をすべきである。

 出版と平行して、実務も当面は続けていくつもりだ。これからどういうスタンスでいけばよいのか。考えなくてはならない。しかし今回の仕事は楽しかったなぁ。また、したいなぁ。Y田さん、これ読んでますか? 

和文英訳に挑戦


 昨日は終日、翻訳トライアルの課題に取り組んでいた。初めての和文英訳である。この翻訳会社は1年ぐらいまえにトライアルを受けて(書類審査のみ)合格していたが、その後連絡がなかった。仕事は来ないものと諦めていたところ、先日仕事の打診があった。ただしクライアントからのトライアルに合格することが条件である。受けてみるかと尋ねられ、挑戦してみることにした。しかしそのときは問い合わせのメールをよく読んでおらずに、英文和訳だと思っていた。英文和訳のみで登録したつもりでいたのだ。実は和文英訳でも登録してあったのだ。
 もし和文英訳の仕事だと知っていたら、引き受けなかったかもしれない。なぜなら、自信があまりないので。翻訳学校では和文英訳の授業を取ったことがある。なかなか面白いと感じた。かなり前にTOEFLを受けたときに英作文が一番の高得点であった。だから興味のある分野ではあったし、少しだけ自信もあった。ただ経験がないので、あまり自信が持てない。
 課題が届いて驚いた。和文英訳だから。できるだろうか。最初は戸惑いがあったが、取り掛かり始めると興が乗って面白い。日本語は100%理解できるのだから、誤訳はありえない。ありえるのは不自然な表現と文法ミスである。これさえ気をつければよいのだ。しかしここがとても難しいのだが。ただ何と言っても、原文を正確に理解できることはありがたい。また英作文自体はパズルを組み立てるような面白さがある。

 ところがだ。実はちょっとした問題があった。日本語の原文があまり上手な日本語でなかったのだ。日本人が書いたものであることは分る。表現に不自然さがない。しかし、やたらと長い文章で、構文が乱れている。どう読んでも意味が複数に取れる箇所がある。似たような表現が続き、冗長性を感じさせる。
 これをストレートに翻訳したら、はたして外国人は意味を理解できるだろうか。もし正確に翻訳できたとしても、翻訳者の文章が下手で、意味不明な文になっている、と思われかねない。
 そこであることを、思い出した。翻訳学校で習ったことだ。実務翻訳の場合は原文の作者は文章の素人である。とんでもなく下手くそな日本語のケースが少なくない。そこで翻訳者は原作者の言いたいことを忖度して、それを一度まともな日本語に置き換え、それから翻訳しなくてはならない。
 英語を書くこと以上に、日本語の解釈に頭を使った。冒頭で原文を100%理解できることが、和文英訳のよいところだと書いた。しかし100%理解はできるが、それはあくまでも書かれている文章をである。作者が何をいいたいかではない。そこに実は問題があったのだ。

 今回はトライアルということで、あえてこのような難文を用意したのだろう。しかし実際の仕事でも、このようなケースは想定される。なかなか簡単にいきそうにない世界である。

 ただトライアルもそうだったし、もし採用された場合の本番もそうだろうと思うが、今回の仕事は楽しそうな内容である。政府の金融財政についてのレポートだ。製造機械のマニュアルなんかに比べたら、うんと楽しい。
 結果はどうなるのか分らないが、どちらにせよ、今後拡げていきたい和文英訳であり分野である。

 
 今日もアササン(朝の散歩)に行ってきた。昨日のようには快晴ではなかったが、その分涼しくて歩きやすかった。
 いつもキノコの写真ばかりなので、今回は趣向を変えてお地蔵様の写真を載せる。裏の山にひっそりと佇むお地蔵様である。作りから推測するに古いものではない。かわいらしい現代的なお地蔵様である。
 いつも花が供えられている。今朝もそうだった。写真では分りづらいかもしれないが、右に見える紫陽花がそうだ。地面から生えているように見えるかもしれないが、供えられたものだ。

お地蔵様
名越の切り通しへ行く道の、路傍に立つお地蔵様


 一応、報告。昨夜も禁酒に成功した。背中の痛みは、さらに軽減された気がする。眠りも深い。できるだけ、このまま続ける所存である。

英語力


 午前中いっぱい財務レポートの英文和訳をしていた。ページ数9ページ。午前中で終了することができた。どうしたことだろう。最初のころは3,4日もかかっていたのに。もしかして実力がアップしたのだろうか。それにしても早すぎる。不思議に思い、過去の仕事を確認した(最近、仕事がこなかったので、忘れていた)。
 結果は分量が少なかったからだった。多いときは20ページほどあった。それが今回は9ページ。早くできたわけである。
 それでも、やっぱりだ。早くなった気がする。少しは慣れてきたということだろうか。

 一昨日、昨日は和文英訳の仕事を一日中していた。6ページほどあり、結構な分量である。翻訳会社に何日でできるかと尋ねられ、3日欲しいと答えたのだが、2日で仕上げてくれと依頼された。心配だったが受けざるを得なかった。フリーの翻訳者は立場が弱い。
 2日間は集中して英訳に取り組んだ。結果、なんとか仕上げることができた。

 最近は英語に触れることが楽しい。だから進んで触れることにしている。テレビではCNNかアメリカのドラマを英語で聞いている。新聞はニューヨークタイムスを読んでいる(産経も読んでるけど)。本はペーパーバックを読む。当然、仕事は英語。
 これだけ英語に触れ続けていることは、留学時代でもあまりなかった。留学中は日本人の友人と話す機会が多かったし、読売新聞の衛星版が大学の図書館にあったので、毎日読んでいた。
 留学時代もこれぐらい集中して英語に取り組んでいればよかった。きっと、もう少しましな英語使いになれていただろう。

 最近、英語が楽しくなった理由を考えてみた。会社を辞めて2年半、翻訳をたらたらとやってきた。その累積が沸点を超えたのだろうか。きっとそれもあるかもしれない。でも他に思い当たることがある。
 この夏は仕事がまったくなかった。8月なんてゼロだ。とても焦って、アルバイト先を探したほどだ。
 あんまり暇なので英語の勉強をした。古本屋で買ってきた大学受験の参考書を熟読した。以前買ってあった単語本の最上級カテゴリーを覚えまくった。ネットで購入したTOEIC向けの英作文を最初から覚えた(まだ途中だけど)。図書館で英語関係の新書を借りてきて、何冊か読んだ。これらがよかったような気がする。その結果、読解力が高まったのだと思う。
 やっぱり文法とボキャブラリーは基本である。最近の英語教育では文法よりも会話を重視するようだが。これって一部の帰国子女のバイリンガルか、英語を本気で勉強したことがない人の発想だろう。日本で生活している学生にとっては、かえって効率が悪いのに。

 英語力が伸びたように思うと、偉そうに書いたが、今の英語力は学校で例えると小学生レベルだ。この表現はきっと誤解を生むだろう。ネイティブの小学生レベルという意味ではない。
 甲野善紀が自分の武道は中学生レベルだと言っていたことになぞらえたのだ。甲野善紀から見て、黒田鉄山の祖父の黒田泰治や鹿島神流の國井善弥は大学院生クラス、江戸時代の剣豪、松林左馬助無雲なんかはノーベル賞クラスなのだそうだ。

 そういう意味で英語力のノーベル賞クラスといえば、新渡戸稲造、岡倉天心、鈴木大拙あたりだろう。この人たちは、まさに仰ぎ見る存在である。彼らと比較すれば、自分などはひょっとして小学生レベルといってもおこがましいかもしれない。

言語の変化


 先週の土曜日まで知らなかった。「わず、なう、ういる」という言葉の意味を。土曜の日経のコラムを読んで意味を知った。実は以前から、これらはよく目にしていた。毎日のように覗く、アウトロー系格闘家のブログに頻繁に登場するからだ。
 なんだか野暮ったい言葉を使う男だと思っていた。「なう」はおそらく“now”だろうと予想がついた。しかしいまさら“now”なんて。こいつ「ナウイ」とか「銀座now」とか意識してるのか。
 「わず」はずーずー弁の一種かと思っていた。いなかっぺ大将が「腹減っただす」とか言うのと同じカテゴリーかと。
 今更ここで説明するまでもないと思うが、「わず」は“was”、「なう」は“now”、「ういる」は“will”だそうだ。文末に付けると時制の意味を付加することができる。「床屋わず」なら「床屋へ行った」、「床屋ういる」なら「これから床屋」だそうだ。

 私は言葉に対しては保守的な方だと思う。しかし言葉の変化に対しては比較的に寛容だとも思う。福島瑞穂や小沢一郎の、語尾上げ言葉を聞くと辟易する。国の指導者が使うべき言葉ではない。しかし高校生の使う言葉に目くじらを立てるつもりはない。彼らは言葉作りを楽しんでいる。そのパワーも持ち合わせている。言葉作りの最前線に立っている。
 福島や小沢は言葉作りの後方に控えながら、機を見て、狡猾に言葉を選ぶ。大衆に迎合し、気に入られるよう画策をする。しかしながら、残念ながら、その言葉はどうしても、野暮ったい。

 「わず、なう、ういる」の使用は、なかなか面白い発想だと思う。今までにはなかった“転換”だ。文法そのものに切り込んでいる。

 「わず、なう、ういる」の語源は英語であるが、英語自体が変遷の歴史を繰り返してきた。英語ほど変化してきた言葉はないのではないだろうか。
 ここで、簡単に英語の歴史を述べる。資料を見ずに、記憶だけで書くのでかなり大雑把だが。

 ブリテン島にケルトが住むようになったのは有史以前のことだ。ローマがブリテンにやってきた、そのときにはすでにケルトの民が住み着いていた。ローマがやってきたのは、紀元前の数十年というところだろう。その前からケルトはいた。
 現在、イギリス系ケルトはDNA鑑定からイベリア半島の北、あるいは西海岸、つまりスペインやポルトガルの山岳民族と近いことが分っている。ここから推測すると、イギリス系ケルトの出身はイベリア半島である。当時はイベリア半島の原住民が話す言葉と近い言葉を使っていたはずだ。
 そこに侵略したのがローマ人である。ローマはブリテン島の南半分しか領有しなかったが、そこは当然ラテン語の影響を大きく受けた。ちなみにローマの本格的なブリテン支配は紀元後43年、クロディアス帝からで、その支配は約400年間続いた。
 ローマ人が去った後にやって来たのは、いわゆるアングロサクソンの人々だ。現在のオランダ、デンマーク、ドイツ東部あたりに住んでいた、アングロ族とサクソン族である。
 今の英語のベースはこのゲルマン人の言葉がベースとなっている。なので今も、英語とドイツ語やオランダ語は基本的な文法や単語が近い。
 続いてやってきたのはフランス人だ。有名なノルマンコンクエスト(1066年)である。フランスの一公国であったノルマン公国がイギリスを侵略し、王位についたのだ。フランス人がイギリスの王様になってしまった。
 ここで面白いことが起こる。王家、および上級貴族はみなフランス人と入れ替わったが、庶民はアングロサクソン系が主流である。さらに山の中なんかに行くと、ケルト系が住んでいる。言葉も同じで、上流社会はフランス語。庶民はアングロサクソン系英語、山や僻地に住む人々はケルト語。
 さすが月日が経つにつれ、言葉は徐々に融合していった。その結果、例えば豚はポークとピッグを使い分けるようになった。ポークはフランス語から来た言葉だ。フランス系上流貴族にとって、豚は肉を意味するのでポーク。農民にとって、豚は生き物であり家畜なのでピッグ。
 これが大まかな荒筋だ。英語はケルト、ゲルマン、フレンチの三重構造の言語なのだ。

 さらにマイナーな増改築を何度も繰り返している。ひとつはバイキングでノルマンコンクエストの前には頻繁にブリテン島を襲撃し、多くが移り住んでいる。
 それとノルマンコンクエスト以降の王朝の交代。イギリスの王家も日本の天皇家のように血脈が続いていると思われる方は少なくないと思うが、実はイギリスは、戦争以外でも度々王家の血が変わっている。
 王様に子供がいないとドイツ辺りから代わりの王様を連れてきてしまうのだ。今のイギリスの君主はエリザベス2世だが、エリザベス2世はウィンザー朝に属する。ウィンザー朝は、元はドイツの王家で、1917年(最近でしょ)からイギリスの王家となっている。つまり血筋的にいえば、現イギリス王家はドイツ人なのだ。
 その前のハノーバー朝もドイツ系、その前のスチュアート朝はフランス系、テューダー朝はウェールズ系(今はイギリスの一部ですが、当時は別の国)といった具合。
 当然、外国から来たばかりの王様は英語が話せない。よってしばらく王室は、ドイツ語だったり、フランス語だったりしたわけだ。これが英語にまったく影響を与えないわけがない。
 それと最後の影響。これはアメリカの出現である。今、英語といえば、日本では主に米語を指す。世界的にも米語の影響力の方が大きいだろう。
 私達が学校で習ってきたのは米語であり、その意味でアメリカの出現はとてつもなく大きなインパクトを英語に与えたのだ。

 さて、ごく大雑把に英語の歴史を書いた。ここで何が言いたいかというと、言葉は変るものだ、ということだ。どんなに厳格に制御しても言葉は変化する。人が動き、文化が融合し、侵略し、侵略を受け、その度に言葉は変化する。
 「わず、なう、ういる」は多分、そんなに延命はしないだろう。若い人の使う言葉は得てして短命に終わる。でも残るかもしれない。これは誰にも分らない。

 「わず、なう、ういる」は文法の構造そのものにダイナミックに踏み込んでいる。そういう意味では、今までの流行り言葉とは一線を画しているように思う。「わず、なう、ういる」は消えてなくなるかもしれない、しかし。万葉のころから文の構造自体は、変ることがなかった日本語だが、今後はどうだろうか。ひょっとして。
 かつて日本語は漢語の影響を大きく受けた。今は英語である。その英語はラテン語、フランス語、ドイツ語の影響を受け続け、変化してきた。今はスペイン語の影響が大きいようだ。
 逆に世界中の言葉は英語の影響を受け始めている。
 言語は世界的にみて、収斂していくのかも知れない。

どこまでできるか


 昨日は翻訳の仕事を始めて、おそらく一番長い時間仕事をしていたと思う。といっても12時間程度だが。これぐらいがどうも、僕の限界のようだ。
 体力的、精神的にはもっとできると感じた。しかし物理的には難しい。
 睡眠は最低6時間は欲しい。それを切ると、翌日に影響する。一日は24時間だから、24ひく6は18。残りは18時間あるのだが、それ以外の雑用が外せない。
 時間がかかるのが家事だ。三食は一応、作る。忙しいと簡単なものだが。洗濯も晴れている日は毎日。時間がタイトになり分ったのだが、洗濯もそれなりに時間がかかる。洗濯の作業自体は洗濯機がしてくれるので、ほとんど手間はかからない。しかし干すのと取り組むの。そして畳んで、箪笥にしまって。全部で小一時間はかかるのではないか。
 あと僕の場合、猫の世話もけっこうある。餌やり、水の取替え、トイレ掃除。たまにだけどブラッシング。そして、これは忙しくても外せない。猫と遊ぶこと。
 風呂の掃除もある。そうだ、買い物も。
 なんだかんだで、あっという間に時間は経つ。やはり限界の仕事時間は12時間だ。どんなに急いでいても、これ以上は不可能である。それで仕事の計画を立てなくてはならない。

 ところが昨日、仕事が舞い込んだ。急ぎの仕事である。初めての翻訳会社からの依頼で、こなせば今後に繋がるかもしれない。どうしてもやり遂げなければならない。
 僕はまだビギナーで、仕事が遅い。僕の翻訳速度は一日1000ワード程度である。これを基準にスケジュールを立てていた。しかし昨日来た仕事は約6000ワード。納期は金曜。今日は火曜だから、4日しかない。それに他の仕事も実はある。おそらく使えるのは3日間だ。3日で6000ワード。一日で換算すると2000ワード。未知の世界だ。できるだろうか。
 今までは一日8時間程度の労働時間だった。今週は毎日、限界に挑むことになりそうだ。12時間やっても、今までのペースだと、一日1500ワード。まだ足りない。速度を上げるしかない。
 今日は4時半起きで、朝食、猫、洗濯、ゴミだしなどをして、朝7時から仕事を始めた。どんなに頑張っても夜9時までしかできない。全部で14時間。この間に食事と買い物と風呂の支度と、猫の、、、。それとブログも、やっぱり12時間が限界だ。
 ブログ書きは気晴らしになるが、今日はこの程度。明日は書けるかな。

やればできるじゃないか


 昨日は朝7時から夜9時半まで机に向かっていた。新記録の更新である。その時間、14時間半。その間、もちろん食事をしたり風呂に入ったり、家事をしたりもした。でもそれ以外は、ずっと仕事をしていた。
 僕は決して仕事人間じゃない。あまり積極的に仕事に取り組んできた記憶はない。だから自分では、そんな生活は無理だと思っていた。しかし窮鼠猫をかむというか、背水の陣というか。追い詰められると、できるもんですね。それに真剣に取り組んでいる時間は、苦痛ではなかった。むしろ楽しい。
 しかしこれは訳している内容によるとも思う。今、訳しているのは海外のテレビドラマの現状報告書で、文章も平易、内容もポップ。これが契約書だとか、財務レポートだとかになると、少々事情が異なる。直近の契約書は、一段落訳すのに半日かかったりした。それに、すぐに飽きてしまって、猫と遊んだりして。3週間で終わらせるつもりが、5週間もかかった。だから今回はむしろ例外だろう。

 今日は昨日よりもハイピッチで仕事を進めるつもりだ。もしうまくいけば、明日は合気道の稽古に行きたい。それで明後日はジム(市営体育館だけど)へ行きたい。そのために、今日は突っ走るのだ。
 今週末は産経の仲間達が拙宅に来てくれて、BBQ&芋煮会をする。金曜日には、その下準備もしなくちゃ。
 さて、これから14時間、やったろうじゃありませんか。

あれこれ


 最近のできごとを記す。
 金曜日は期日だった仕事を終了することができた。未知の領域である、1日2000ワードを続けることができた。しかしこれをもって、自分の処理能力を2000ワード/日とすることはできない。今回は比較的、平易な文だったし、かなり集中して仕事に取り組むことができたから。いつもこのペースではいかないと思う。
 ところで仕事を終え、納品をすると翻訳会社からファイルが開かないと連絡があった。今回の仕事はパワーポイントで作業するものだったが、僕はパワーポイントを持っていない。買うと17000円もするので、買わずにいたのだ。そこでフリーウエアの“Open Office”というのを使って作業をした。以前もこれで納品をしたことがあるが、そのときは別に問題は生じなかった。ところが今回は、開かないという。何度かやり取りをしたあとに、結局開き、納品を終えることができたが。
 チェッカーからは「とても品質の高い訳文を納品していただきありがとうございました」とメールをもらった。そして、これからも発注したいとも。う、うれしい。
 ところが、次回以降は正規のパワーポイントを使ってほしいともリクエストされた。そしてそれが、次回以降の仕事の条件となった。
 さっそく購入しようとマイクロソフトのサイトを覗くと、60日間無料体験版というのがある。とりあえずこれをダウンロードした。
 その後、この翻訳会社から3本の仕事の発注を受けた。またすべて2000ワード/日ペースである。限界への挑戦はまだまだ続く。
 夕方はジム(市営スポーツセンターだけど)へ行く。一週間ぶりなので、筋肉が悲鳴をあげた。夜は足をつり、痛くて何度も目が覚めた。

 土曜は昨年秋もやったBBQ&芋煮会を我が家で開催した。参加者は我々夫婦を入れて22人。天気が心配され、タープを購入してそなえたが(S君がわざわざ朝早くからホームセンターにでかけ、買ってきてくれた。いつもありがとう)、ほとんど雨に当たることもなく、終日楽しく過ごすことができた。
 このメンバーでのBBQは、もう10回近くやっているのではないか。産経の元後輩達が中心だが、その友人なども加わり、いまではすっかり打ち解けた間柄になった。なんでも数をこなすことが大切なのだな。BBQすらも、毎年繰り返すことで、会の雰囲気が練れてくる。だんだんと落ち着いた、よい会合になってきたと思う。
 最近はBBQよりもI社の女性社長であるKさんの手料理が中心となりつつある。いつもキッチンで手早く作り、僕はテーブルで口を開けて待っているだけで知らなかったのだが、その手際の良さは尋常でないものがあるらしい。後からかみさんが、言っていた。
 Kさん、ほんといつもありがとう。それに今回もI社の商品をいくつもお土産に持ってきてくれた。僕はI社の歯ブラシの愛用者です。めちゃくちゃ、使いやすくて手放せません。とてもよいので、宣伝をしてしまおう。会社のURLはこちらです。(http://www.issua.jp/)
 その他、炭起こしからBBQ全般を担当してくれた男子若手、プロの技で写真を撮りまくってくれたTさん、子連れながら見事な仕切りを見せたK.、とくに担務はこなさなかったが笑顔を振りまき、あるいは激論を戦わし、あるいは爆睡を決めてくれたその他のみんな、本当にご苦労様でした。ぜひ、また来年も敢行しましょう。

 日曜は合気道の稽古。帰ってきてからは、また仕事。なんといっても2000ワードのノルマである。しかし実力は1000ワードちょっとというところなので、土日を返上して取りかからなくては終わらない。

 月曜も終日仕事。かなり進めることができた。この分だと、2本目の納期が木曜だが、水曜に終えることもできるかもしれない。実は他の仕事も残っている。こちらを優先してしまって、後回しにしているのだ。これらをできれば、木金で終えたい。そしたら、来週からまた3本目、4本目に取り掛かることになる。

何とかなるさ


 更新を1週間も怠ってしまった。この間は、仕事に追われ、体調を崩し、気持ちも多少は萎え、ブログにまで気持ちが至らなかった。

 報告書の仕事が暗礁に乗り上げた。海外のある4カ国の自然エネルギー政策について調べているのだが、報告書は1週間以上前に書き上げ提出は終わっていた。ところがエージェントから繰り返し、書き直しを命じられたのだ。
 翻訳であれば、納品したら、後は翻訳会社の仕事になる。誤訳があっても、修正は翻訳会社が行う。訳者に差し戻されて、修正を指示されることはない。ところが報告書は様子が違う。「ここのところが、記述が曖昧だから、書き直して欲しい」、「内容に矛盾点があるから、調べなおして欲しい」。そうした要望が、箇条書きで下され、修正を迫られる。たしかに翻訳と違って、元資料を読んでいるのは私なのだから、私が修正するのが効率的である。しかし元資料は英語のサイトで、読んだサイトは数百ページに及ぶ。どのサイトを読み直せば、矛盾点を解決できるのか、足りない部分を補うことができるのか。修正を指示するのは簡単だが、修正するのは、非常に面倒なのだ。
 特に難しかったのは、技術面での記述だ。まず、専門技術を扱っているサイトがほとんどなかった。4カ国で探したが、若干の記載があったのは1カ国だけ。それはまた、非常に専門的なレポートであった。
 また正直、自然エネルギーの技術的側面についての記述は私の手に余る作業だった。結果、ほとんど記述することができなかった。一般的なことをさらっと書いて、それで済ませようとした。
 ところがエージェントは許してくれない。もっと具体的に、もっと詳細にとメールでリクエストが来る。しかし元から技術についての知識はゼロである。英語の資料を読んでもチンプンカンプンで、どこを取り上げればいいのか分らない。用語も普通の辞書を引いても載っていない。サイトで調べても、専門的な用語の意味は分からないケースがほとんど。まさにお手上げ状態だった。エージェントからのメールが怖くて、メーラーを開くのが怖くなったぐらいだ。
 昨日、何度目かの納品を行った。事前に時間的に余裕がないので、これ以上の修正はできないと伝えておいた。今朝、メールを開くのが恐ろしかったが、エージェントからのメールは届いていなかった。もう、今回の納品で、あの報告書の仕事はおしまいにしたい。

 報告書の仕事がプレッシャーになったのがひとつの原因かもしれないが、先週から肩こりがひどい。普段はあまり肩こりのないタイプだが、左肩が重い。触るとはっきり分るコリがある。手で揉み続けていたら、揉みすぎたためか、触るだけで痛くなるほど悪化してしまった。暖めてストレッチをしたりして、今は何とか収まっている。
 体調が悪いので、先週は一度も合気道の稽古に行かなかった。これもまた、もしかしたら体調、精神状態を悪化させる要因だったのかもしれない。体を動かすことが常態なのにもかかわらず、動かさないものだから、調子が良くないもの当然かもしれない。

 そんなこんなで、気分も優れなかった。別に深刻なほどではなかったが、どうも鬱屈ぎみであった。しかし、「もうこれ以上は無理~」と電話でエージェントに訴えて、昨日の納品を終えてからは、復活を遂げた。
 朝早くに納品をし、その後1時間程度だが、庭弄りをした。先週末、かみさんと一緒に近所で買った花が庭に放置してあった。雨で作業ができなかったのだ。
 それをプランターに植え替えた。プランターに肥料を混ぜて、植え替えなおし、2階の窓の花置きに載せた。昨日は天気も良くて、気持ちの良い作業だった。1時間も土を触っていると、気分はかなりほぐれてきた。
 その後は別の翻訳作業に取り組んだ。翻訳はある面、頭を使わなくても良い。ただ訳せばよいからだ。報告書はそこに資料の選択や構成といった、自由裁量が伴う。これが結構、きつかった。翻訳は与えられた範囲をただ訳す。誤訳を犯さず、なるべく読みやすく、日本語としてスムーズなものを書き上げる。これはこれで頭を使うし、クリエーティブな作業でもある。しかし、やはり慣れているからかなあ(なんて、生意気な)。安心して作業に没頭できる。
 今日も一日、翻訳をする。納期は今週一杯。今日、明日はこれだけに集中するつもりだ。
 でも、それが終わったら、仕事がない。う~ん。考えるのは止そう。大掃除でもするか。
 

今年の決算


 いよいよ年末の気配が色濃くなってきた。今日は12月14日。今年も余すところ2週間と少し。
 まだ確定申告には間があるが、個人事業主の決算年度末は12月31日なので、今年の業績の結果はほぼ出揃った。とても少なくて、人様にはお伝えできない額ではあるが、年初に計画をしていた額よりはわずかながら上回ることができた。胸を撫で下ろしている。
 仕事面で振り返ると、年初には大きな仕事がひとつあった。会社員時代の知人が発注してくれた仕事だった。春にもひとつ中規模の仕事があった。これも会社員時代のつてによる仕事だ。4月に初めてトライアルに合格し、そこからも僅かながら、もの凄い低料金の仕事をもらえることができた。しかし、夏はまったく仕事が来なかった。売上がゼロの月もあった。ゼロでなくてもそれに近い月は何ヶ月間か続いた。
 貯金も底が見えてきて、もう限界だと覚悟を決めた。予備校か塾の教師でも副業で始めようかと、仕事を探し始めたそのときに、また仕事が来るようになった。HSBC時代の友人が紹介してくれた、翻訳者のIさんが教えてくれた“翻訳者ディレクトリ”というサイトに登録してあったのだが、そこから仕事が舞い込み始めたのだ。おかげで秋は仕事に追われて過ごした。
 その結果、2011年度の所得は、計画を僅かながら上回ることができた。といってもまだ貯金で賄いながらのレベルである。ただし冒頭に書いたとおり、底が見えてきたので、この生活は続けることはできない。来年度の目標は今年度の倍近くでなくてはならない。しかしどうにかなるのではと楽観している。この数ヶ月のペースで来年度も進むことができれば、十分に達成できる目標額だからだ。公表したいが、税務署が見ているかもしれないし(脱税するほどの額でもないので、見られても構わないけど)、かみさんに恥をかかせちゃいけないから、書かないが、それでも大した額ではありません。
 こうして改めて書くと、いかに人に助けられてきたかが分る。今年いただいた仕事のほとんどは、知人から、あるいは知人を介して受けたものである。みんなの協力と好意がなければ、僕は悠長に、こうして温かい部屋でブログなぞ書いていることはできなかったであろう。感謝至極だ。

 なんでまだ年末にも間があり、確定申告には程遠い今日、この内容を書いたかというと、会計ソフトの「弥生」を購入したからだ。そろそろ確定申告の準備を始めようかと思っている。去年は「青色申告の会」とかに指導を受けて、なんとか自分で申告ができた。でももうみんな忘れている。改めて弥生を学びなおし、今回は独力で申告を成功させたいと思っている。
 俺、大学と大学院で経営学を学んできたのに、あれって何だったんだろう。と弥生を目の前にして思う。ほとんどまったく、チンプンカンプンである。竹中平蔵も何かで書いていたが、簿記は経済の基本である。これが分らずして、経済を語るべからず。
 翻訳者の履歴書には、得意分野がビジネス、金融なぞと書いているが、良いのであろうか。確定申告を前にすると、去年も思ったことだが、改めて簿記を学びなおさなくてはと、思わせられる。
 

普段の生活


 今日からかみさんが出勤を始めた。小学校は来週の月曜が始業のようだが、準備のためにでかけたのだ。
 今朝の起床は5時15分。普段よりはちょっと遅いが、今日からほぼ普段の生活が始まった。

 僕は本来、冬休みなどない。週末もない。しかし、どういう訳か、かみさんが休みになると、休みの気分になってしまう。土日はしっかりと休み、冬休みはかみさんと一緒にゆっくり起きる。
 最近の学校の先生は休みが少ない。昔の先生は夏休みなど、しっかり40日間取っていたようだが、今は基本的に暦どおりだ。とは言っても、普通の勤め人よりは恵まれている。今回の冬休みなど、ほぼ2週間取れたのだから。
 かみさんは、しっかりと働き、確実な収入を得ているのだから、当然の権利である。ところが僕は。
 僕は働かなければ稼ぎを得られない。それなのに、なぜかかみさんと一緒に休みを取る。すると当然、その分の収入は減る。
 しかしこれには一応、それなりの理由がある。それは元から、そんなに仕事がないということだ。仕事がないので、働けない。働けないから、休みを取る。つまり仕方ないから、休んでいる。
 またまた、しかしだ。本当の本当はこれは、事実ではない。たしかに現金に直結する仕事は、現在あまりない。しかし仕事というものは、何も今日の果実を得るだけの行為ではないのだから。畑を耕すことも仕事、種を蒔くことも仕事。雑草を除去することも仕事なのだ。
 つまり仕事のオーダーがないときでも、いくらでもやることはあるということだ。たとえば、出版したい本を探す。その本を読む。企画書を書く。

 今日は一応、果実を収穫する仕事をしている。昨年、いただいたレギュラーの仕事だ。この仕事は、僕のようなフリーの翻訳者にとっては、とてもありがたい仕事である。毎月、決まった分量の仕事が来て、収入も確定している。本当は毎日、2時間程度こなして、週末に提出する。しかし正月は遊んでしまったため、1週間分をためてしまって、本日あわてて作業をしているのだ。朝からずっと、これをしている。

 今朝は久しぶりに早起きをした。朝からPCに向かい、仕事に取り掛かっている。机に向かってコーヒーを飲む。外には冬の青空が広がる。
 朝から酒を飲むのもたまにはいい。でも朝早く起き、まじめに仕事に取り組む。昼はあっさりとしたものを作り食す。夕方まで仕事をし、夕食を作り、風呂を沸かす。こうした規則正しい生活の方が、やはり落ち着く。胃にも優しいし、精神的にもよろしい。
 
 ところがだ。明日はまた親族の新年会があり、船橋まででかける。昼からまた酒だ。
 ちょっとウンザリだが、 実はやはり嬉しくもある。
 あまりはしゃぎすぎないで、大人しく飲むことにしよう。

順調なペース


 昨日はジムに行った。1ヶ月ぶりぐらいだ。今日は筋肉痛を体中に感じる。気持ちがよい。筋肉痛って、僕は快感なのだが、他の人はどうだろう。

 仕事が続けて入った。今日は和文英訳を一日やる予定だ。ある大手の出版社から来た仕事で、経済誌の英訳である。
 英訳は好きだ。原語の意味を確実に理解できるからだ。中には下手な日本語もある。それでも下手であるということを理解して、書き手の言いたいことを忖度することは可能だ。一方、英文和訳だと、原文の意味をどうしても解せない場合がある。必ずしもこちらの英語力に問題がある場合だけではない。書き手の英語に難がある場合もあるのだ。
 ちょっとスケジュールがタイトだが、本日中に終わらせたい。
 明日は財務レポートの和訳をやる予定だ。半日ほどで終わらせたい。
 明日の残りの時間と明後日で、海外ニュースの仕事を終わらせる。これは何度か説明したが、ある業界団体から受けている仕事で、海外の業界情報をまとめてニュースとして配信するものだ。今月から引き受けている。月に一度のニュースで、今回が初回となる。

 今週は良いペースで仕事が来ている。多すぎず、少なすぎず。

 贅沢な目標を書こう。できれば収入に直結する仕事は午前中に終わらせたい。午後は将来に結びつく仕事に取り掛かる。それと合気道の稽古とジムワーク。本もたくさん読みたい。当然、ブログも書く。実はもうひとつブログを立ち上げようかどうか迷っている。
 結構と忙しいのである。

今日、すること


 昨日の一日を紹介する。
 現在、抱えている仕事は、財務レポートが2本、業界団体から依頼を受けたレポートが2本(1本は長文、1本はかなりの長文)、業界団体のメルマが向けのニュース原稿、の5つである。

 昨日は朝4時半に起床。すぐに朝食の支度をして、妻を送り出したのが5時45分。それから食器を洗い、洗濯、猫の餌やり、猫トイレの掃除。自分の洗顔、髭と髪の手入れ。やっと朝の仕事が終わって、コーヒーを入れて、書斎に入ったのが7時。
 さて、ようやく仕事に取り掛かれる。まずはニュース原稿の資料作成を朝の7時から9時まで。9時から11時までは業界団体のレポートを翻訳。11時から11時半までは昼食。11時半から1時半まで、またレポート。1時半に家を出て、スポーツジムへ。3時まで汗を流して、帰りはスーパーで夕食の材料を購入。3時半から5時半まで財務レポート。5時半から7時まで、洗濯物を取り込み、畳んで、しまって、夕飯を作って、食事。7時半まで風呂に入り、7時半から9時まで本を読んだ。9時前に妻が帰ってきてから、妻の夕食を用意し、少し話なんかをして9時半。妻は風呂に入り、その後はまた読書。就寝は10時半であった。
 改めて振り返り、仕事時間を累計すると、7時間。少ないじゃ、ないか。まずいねえ。

 昨日はジムに行ったが、それ以外は自分の感覚としては、仕事に没頭していたはずなのだが。それで7時間。何とかしなくては。
 しかし、これでもしかしたら精一杯かもしれない。昨日は、テレビは朝、天気予報を確認しただけで、視聴時間はほぼゼロだった。朝4時半に起床して10時半に就寝だから、睡眠時間は6時間だ。これ以上、睡眠時間を削ることはできない。寝ないと駄目な体質なのだ。
 寝ている以外は、主に次の4つを行っていた。仕事、家事(自分の食事、風呂なども含む)、読書、ジム。
 この中で意外と時間を食うのが家事である。家事だけで、計算すると6時間ぐらい、かかっている。仕事時間と変らない。しかし、これの削減が難しい。たぶん、不可能だ。今でさえ、相当効率化を図っている。
 もうひとつ、時間を取っているのが、読書だ。たぶん、3,4時間は使っている。しかし、これも削ることは容易ではない。なぜなら、これは将来の仕事への足がかりであり、さらに言えば僕の生きがいでもある。本当は、もっと読みたい。サラリーマンを辞めた理由のひとつは、「もっと本を読みたい、」があった。
 残るはジムか。でもなぁ。ジムは週に2日程度しか行ってないし、これは貴重な息抜きだし。一日、ずーっと仕事と読書で外に出ず、会話は猫とのみ(妻ともするね、そういえば)。やはり体を動かすことが必要である。だから、これも削れない。
 昨日は、そんなこんなで、ブログを書かなかった。ブログも僕の生活の中ではプライオリティが高い項目だ。でも、上記の4つは、まさにレーゾンデートルであり、それに比べると、ブログは若干優先順位が下がる。その犠牲となったのだ。

 昨日、ひとつ仕事が増えた。藤岡先生が来月の初めに、翻訳エージェントへ連れて行ってくださることとなった。できれば、それまでにお預かりしている企画の、企画書を仕上げたい。正直、あと一週間で、企画書を1本書くのは難しい。だって原書だって、まだ半分しか読んでないのだ。試訳を1章程度、付けなくてはならない。これだけに専念すれば、多分可能だろうが、この通り、他の仕事がある(なけりゃ、困るのだけど)。
 先生は「企画書はいいですよ」と仰ってくださった。多分、お言葉に甘えることになるだろう。

 いつも思うのだが、人生は“選択”の積み重ねだ。朝、何時に起きるのか、夜は何時に寝るのかも選択。仕事をするのか、遊ぶのかも選択。仕事は、何をするのかも選択。その仕事をどのように仕上げるのかも選択。
 当然、外的な環境や偶然にも影響を受けるが、基本的には自分の思考による選択で、人生は航路を決める。
 果たして今の僕の生活は、僕の目指す方向に僕を導くのだろうか。大切なことを忘れていないだろうか。忙しさにかまけている様で、本当に必要なことを行っているのだろうか。

 「この秋は、雨か嵐か知らねども、今日のつとめに田草取るなり」
 二宮尊徳の歌だ。

 目の前の田草を取り続けるしかない。

私、ばかよね


 翻訳には誤訳が付き物だという。どんなに優秀な翻訳家でも間違いを犯すことがあるらしい。だからと言って、とても開き直れない。この場合は。

 誤訳を犯してしまった。それもとても単純な箇所で。高校生でも犯さないような誤訳だ。
 正確に述べると誤訳ではない。なぜなら翻訳の仕事ではなかったからだ。昨年末に引き受けた調査レポートの仕事だ。ある4カ国の電力状況を調べ、それを1カ国につき10ページ程度のレポートにまとめる。納期はたしか1ヶ月もない期限だった。
 仕上がりは1カ国につき、15ページ程度になった。つまり1ヶ月以内に60ページを書き上げたのだ。とてもキツイ仕事だった。60ページの翻訳なら、それほどでもない。しかし60ページの日本語のレポートを書くとなると、様子は異なる。その何倍も、おそらく10倍ぐらいの資料を読み込まなくてはならないからだ。それも、ほぼすべて英文だ。英文だったから、僕に仕事が回ってきたのだが。
 電力についてなんて、全然知らない。しかし経済的な側面ならば、何とかなる。基礎知識がなくても、常識で忖度できる。ところがクライアントは技術的な記述も求めてきた。英文で電力の技術についての論文を読んでもチンプンカンプンである。日本語だって、きっと分らない。
 そういう状況だったので、当初は余裕があると見込んでいた1ヶ月はあっという間に過ぎていった。結果、かなり急ぎで、つまり内容も確認する余裕がなく、何とかそれなりに仕上げて納品した。

 その後、内容の確認のメールが何度も来た。しかし600ページの英語の資料のどこから、データや内容を拾ったのかが分るように、残していなかった。レポートの仕事は始めてだったので、配慮が至らなかった。後から考えたら、当然トレースできるようにしておくべきだったのだが。
 原典を見つけるのは簡単ではない。その調査会社からのメールが来ると、恐怖で青くなった。それでも何とか、確認を続けた。
 2,3週間前にメールが来た。どうにかこうにか確認を終え、修正し納品した。それに対し、返事が来た。「これで最後の確認になると思います」と書いてあった。心底、安堵した。しかしだ。一昨日にまたメールが来た。タイトルには「確認」とある。うわああ。
 メールを開けて、愕然とした。明らかに僕の思い違いによる誤りが指摘されている。リサーチ会社は僕が典拠としたサイトを見つけており、おそらくここから拾ってきたと思われるが、とても間違えるような英文ではない。きっと他に典拠があるのでは、と書いてあった。
 典拠と思しき英文は見たことがあるようで、ないような。一縷の望みを抱きつつ、ネットで典拠と思しきサイトを探しまくった。結果は見つからなかった。調査会社が見つけてきたサイトこそが、僕の典拠だったのだ。

 とても簡単な構造の英文である。プロの翻訳家が間違えるなんて、嫌味でなくて、調査会社も信じられないだろう。だから確認のメールを寄こしてきたのだ。

 あー、もうこの会社から仕事は二度と来ないだろうな。調査レポートをやる前には、大きな翻訳の仕事をもらっていた。仕事の内容も進め方もよい会社で、その会社と繋がりを持てたことは、昨年の大きな収穫だと思っていた。
 それがみな、パーとなってしまった。スケベ心を出したのがいけないのだ。翻訳の仕事だけを請けておけばよかったのだ。調査レポートなんて、引き受けたことがないのに、つい安請け合いをしてしまった。それなりの原稿料はもらったが、将来を考えて取るべきリスクではなかった。

 後悔先に立たず。
 それにしても、僕の英語力って。いやいや、あれは英語力の問題ではない。だって、いくらなんでもそこまで低くないもの、僕の英語力も。仕事への配慮と集中力だ。問題なのは。
 そうすると、事態はより深刻だ。これが不足するのであれば、どんな仕事も失敗するだろう。
 おっちょこちょいな僕が、誤りに不寛容なこの業界で生き抜いていくためには、大きな試練となるはずだ

スクラップ&ビルド



 先ほどある翻訳会社にメールを書いた。今、定期的に受けている仕事を中断してもらいたいといった内容だ。はっきり書いてしまうと、契約破棄の申し出だ。
 その会社は、ちょうど1年前からのお付き合いである。去年の今頃はイタリアに新婚旅行に行っていた。現地でメールをチェックして、その会社のトライアルに合格したことを知った。それまでに何度もトライアルは受けていたが、みな不合格だった。初めて正式なトライアルに合格したのだ。ものすごく嬉しかった。かみさんも喜んでいた。
 その後、その会社は定期的に仕事を発注してくれるようになった。色々な経験を積むことができた。そのお蔭か、段々と他社からの仕事の依頼が来るようになった。いくつかトライアルにも合格した。
 ということでとても感謝している会社なのだが、問題がなくもない。翻訳料に難があるのだ。料金について書きたいが、それは守秘義務があるので書くことはできない。ただとても安いとだけ、書いておく。
 その会社からしたら、それには理由があるはずだ。そこの仕事はかなり定型化されていて、うまく効率化すれば、短時間で訳すことができる。現在、実務翻訳においてはトラドスなどの機械翻訳を導入して、翻訳を効率化させている翻訳者は少なくない。機械翻訳を使えば、そこの仕事はかなり効率化できるはずだ。すれば時間当たりの料金をアップすることは可能だ。
 しかし私は機械翻訳を導入する気は、まったくない。勧められて迷ったことはあるが、経験を積み、自分の方向性が見えてきた現在、機械翻訳は自分の興味の対象ではない。
 まず機械翻訳でできる翻訳はマニュアルなどの定型文が多い分野だ。そして繰り返し同じ言葉が続いても、問題としない、つまり文章力より、原文の内容に忠実に訳すことが求められる分野である。この分野は、自分が進むべき方向だとは思っていない。
 この方向とは、正反対の方向に進みたいと考えている。原作者の個性を訳文に残したい。同じ言葉の繰り返しは避けたい。日本語の文章として、完成度を高めたい。
 機械翻訳を屈指して、ものすごい量の翻訳をこなす実務翻訳かがいることは知っている。量が増えれば収入も上がる。年収1千万以上、中には2千万以上の猛者もいるらしい。
 でも、自分はそんな話を聞いても、まったく羨ましいとは思わない。気持ちがそちらに傾くことはない。
 収入が低くて、かみさんや親には迷惑をかけていると思う。親から援助を受けているわけではないし、かみさんとも家計の分担は、共稼ぎとしては普通の割合でやっていると思う。でもたまに親孝行をしたいとか、豪華な料理をかみさんに食べさせたいと思うが、そうしたことは今はできない。だから、その点で言ったら、もうちょっと収入は欲しい。でもそれを織り込んでも、私は仕事の方向性を変えることはしたくない。

 ということで生意気にも、私に仕事を恵んでくれるという貴重な翻訳会社を1つ切ってしまった。今はたまたま仕事が入る流れに乗っているが、この潮流がいつまでも続く保証はない。
 翻訳は案件を1つずつ獲得していく厳しい仕事だと思う。毎年、契約更新のあるプロ野球の選手と同じで、実績を残せなければ、次の仕事は来ない。でもイチローみたいに、実力を示せれば、いたるところから声がかかる仕事でもある。

 いつも通りのオチだけで、目の前の仕事を丁寧にこなしていくしかないのだと、改めて思う。
 

最近のお仕事


 少し忙しい。本当を言うと、自分としてはかなり忙しい。しかし世間の標準と比較すれば、きっと大したことがないだろうから、謙遜して書いた。本当は、とても忙しい。

 今の仕事を書くと以下のようになる。
1. ネット広告関連のメールマガジンの執筆(海外サイトをウオッチして、日本語で紹介)
2. ネット広告関連の仕様書の翻訳
3. ネットマガジンの翻訳原稿のチェッカー
4. ネット広告関連資料の翻訳


 今現在、手がけているのは以上の4種だ。その他に、去年、今年と付き合いが始まった翻訳会社やクライアントからの仕事が、単発で来る。
 自分としてはこれで、ほぼ手一杯である。もうなるべく、増やしたくないと思っている。それでも結構、新規のオファーが舞い込む。貧乏性なので、くれば受けてしまう。

 上の列挙を見ていると、ネット広告関連の仕事が多いことが分かる。私は産経新聞社時代、ネット編集やネット広告販売に約10年間、従事していた。その間にできたネットワークから、仕事をいただくようなった。
 ネットやIT関連の翻訳者は世の中にあまたいる。しかしネット広告になると、非常に限られる。産業があまりにニッチなため、これを専業にする翻訳者は多分、いない。自分は専業ではないが、今現在はそれに近い形になっているので、もしかしたら日本でただ一人のネット広告翻訳者であるかもしれない。
 私が行っているネット広告の翻訳は、おもにビジネス分野の仕様や契約書を対象にしている。技術関連は含まれない。ビジネス関連だから、容易かというと、そうでもない。専門用語は頻出するし、業界動向を把握していないと、ピンとこない表現が多い。だから、経験のある自分に仕事が来るのだと思う。期待を裏切らないように、品質を高めたいと思っている。

 上記の他に、出版翻訳の企画書も作成し、売り込みにいかなければならない。ここのところ、忙しさにかまけて、ほとんど手を付けていない。
 英語の勉強もまだまだ足りない。プロとして自分の実力を鑑みれば、とても十分とはいえない。基礎力がないことは自分でも承知している。プロ野球の選手が走り込みやウエートトレーニングをするように、自分も英文法や英作文をまだまだ学ぶ必要がある。

 それと最近、興味のある分野が出てきた。アメリカ、イギリスの歴史だ。とくにアーリー・アメリカの歴史。英語で仕事をしていて、その祖国のことをあまりに知らないことに気が付くようになった。現代アメリカのニュースはテレビ、新聞、ネットなどで、毎日目に触れる。しかし歴史となると、かなり暗黒大陸状態だ。
 日本史や中国の歴史と比べ、さらにヨーロッパの歴史とも比べて、我々日本人はアメリカの歴史に明るくない。現在、これだけ生活文化で影響を受けている、その国についてあまりに無知なのではないか。そう思うようになった。そこで、少しばかりアメリカ史のお勉強を始めたいと思っている。これにも時間が欲しい。
 
 合気道の稽古は週、2,3回通っている。今週からさらに1回、追加しようかと思っている。ウエイトトレーニングは、週2回ジムで行っている。
 ああ、それと家事だ。これにとても時間を取られる。
 そんなこんなで、毎日は矢のごとく過ぎ去っていく。

 ゴールデンウイークも仕事をする予定だ。納期が迫っている仕事があるのだ。すでに納期を伸ばしてもらっていて、もう言い訳はできない。

 これだけのペースで働いて(遊んで)、収入は多いとは言えない。しかし食べられるだけで、よしとしましょう。
 

ようやく終わった


 何日ぶりの更新だろうか。2週間ぐらいは、していなかったと思う。ブログを始めてからの、不名誉な記録を更新してしまった。

 ここ2週間ばかりは、翻訳に追われていた。ゴールデンウイークも毎日、仕事をしていた。
 本当は4月中には終わらせなくてはならない仕事だった。それが他の仕事が入ってきたり、なまけてしまったりして、捗らず、クライアントに頼み込んでGW明けまで期限を延ばしてもらった。
 昨日がその延ばしてもらった期限だった。昨日中に出そうと思っていたが、どうしても終わらせることができず、今朝ようやく提出をした。「クライアントの某業界団体様、遅れてしまって、本当に申し訳ありません。以後、納期は守るように、努力いたします」

 かなり大きな仕事で、2月から少しずつ進めていた。最初は3月中に終わらせる予定で、それが4月になり、最後はGWになった。ここ3か月の間、ずっと懸案であった仕事で、その間、始終、頭にそのことがあった。旅行に行っても、酒を飲んでも、どうも心から楽しめなかった。というか、そんな状態で旅行なんていくな、という話でしょうが。
 まあ、決して褒められる仕事の進め方ではなかったが、どうにかこうにか最後までたどり着いて、今は足の鎖が断たれたような気分である。

 今日はこれからジムに行こうと思っている。今までも行ってはいたが、やはり仕事が気になり、週2回のところが、週1回になったり。その1回も、申し訳ない気持ちを引きづりながら、ウエイトを持ち上げていた。今日は、きっといつもよりも体が軽いだろう。

少し、ほっ


 ここのところジムへ行っていない。というのは、仕事に取り組んでいるからだ。こう書くと、普段は仕事に取り組んでいないように聞こえるかもしれない。実はそうだ。いつもの生活では、朝から晩まで仕事をしているわけではないのだ。
 普段の僕は、午前中にルーチンの仕事を終え、午後は主に将来の仕事のためと称して、本を読んでいる。翻訳したい本を探して原書を読むこともあるし、仕事につながりそうな日本語の本を読むこともある。そしてジムに行ったり、散歩に出かけたりもしている。こう書くと、なんだか優雅ですね。
 ところが最近は優雅な時間を過ごす余裕がない。朝から夜まで、ずっと机にしがみついて、仕事をしている。
 それは僕にとっては大きな仕事が来たからだ。翻訳者生活3年余りで、最大分量の仕事である。これを2か月で仕上げなくてはならない。毎日、やりつづけてやっと終わるかどうかの分量だ。
 前回の大きな仕事は、2か月も納期を延期してもらった。とてもプロとは言えないような情けない失態を犯してしまった。今回は、何が何でもやり遂げなくてはならない(当たり前ですね)。

 今年になって、定期的な仕事をいくつか受けるようになった。お蔭で何とか生活が安定してきた(超低空飛行ですが)。さらにまとまった仕事も、1,2か月に1本程度、受けている。今年は少しばかり順調である。
 翻訳の仕事を始めた年は、売り上げはゼロだった。一年目は失業保険を受けており、それで何とか凌ぐことができた。
 2年目はひとつ大きな仕事を受注できた。売り上げはほぼそれだけであった。
 3年目は大き目な仕事を何本か受注した。その他にも細かい仕事を翻訳会社やらクライアント直やらで、いくつか受けた。売り上げは2年目の倍を少し超えた。
 そして今年が4年目である。今年は5月までで、昨年1年間の売り上げを上回ることができた。このままのペースでいけば、今年も対前年比で100%超アップである。
 と、えばってみたが、それでも売り上げは決して多くはない。今年の売上は、おそらく大卒新入社員の年収と変わらない程度だと思う。売り上げでその程度だ。経費を差し引いた所得で計算したら、新入社員の年収には届かないだろう。でも、ようやくここまで来たかと、自分としては感慨深い。

 今年の夏休みは台湾に旅行へ行く予定だ。昨年結婚して、できたら毎年海外旅行へ行きたいね、と話し合い、今年は台湾に決めたのだ(去年はイタリアへ行った)。
 僕らは共稼ぎだから(かみさんにかなり依存しているけど)、旅行の費用は折半である。実は旅行代金が用意できるか心配していた。貯金はまだあるが、旅行には使いたくない。今年稼いだ金で、行きたいものである。でも生活費を差し引いて、その余裕があるだろうかと危惧していた。
 そこに今回のまとまった仕事だ。これで何とかなりそうだ。

 台湾は8月の前半に出かけることになっている。それまでに仕事を終え、さっぱりとした気持ちで楽しんできたい。それまでは、集中。ジムはお預け(多分)。

思ったより、早く終了


 今は午後2時10分前である。朝7時から初めて、今日のノルマは終わってしまった。快調だ。

 まず朝いちで、ルーチンの仕事に取り掛かる。約1時間で終了。その後は昨日紹介した大きい仕事を始める。本日のノルマは約1300ワードだ。
 この仕事はクライアント直で、チェッカーが介在しない。よって誤訳、訳抜けは許されない。またクライアントはこの書類を外に公開する予定であり、日本語の質が求められる。内容は専門的であり、背景を調べながら訳を進めていかなければならない。
 最新の情報をネットで確認し、何度か読み返し、読みやすい日本語に整える。時間のかかる翻訳だ。
 ただでさえ私は訳の速度が遅い。慣れた人なら、1日2000ワード以上は普通だろう。機械翻訳を取り入れている人や、繰り返しの多いマニュアルを中心に翻訳している人ならば、3000ワード、中にはそれ以上も訳す人がいるらしい。しかし私は、マックスで2000である。
 ところが今回は1200ワードを基準に進めている。並行してルーチンの仕事がある。それに前述のごとく、慎重さが求められるからだ。

 1時間に200ワードずつ進めて、1300ワードに達するのは6時間半。途中、休憩も入れれば8時間は覚悟していた。それが6時間で終了した。途中、昼食を取った時間も含めてだ。
 少しこの書類に慣れてきたようだ。

 この書類は米国の政府機関が作成した報告書で、文体は複雑だ。しかし役人が書いた文章だから、文法ミスがない。
 実はこの文法ミスが翻訳者泣かせなのだ。日本語ならば、読んでいて「下手くそな日本語だな」と、書き手の瑕疵を判断することができる。しかし英語の場合、どうしても理解できない文章に当たると、それが書き手のミスによるものか、こちらの英語力不足が問題なのかの判断が難しい。
 実務翻訳の場合、書き手が文章の専門家でないため、たまに文法ミスやおかしな言い回しが含まれている。それが手ごわい鬼門である。
 ところが今回は書き手が役人であり、パブリックに出された報告書だから、間違いはあり得ない。分からない箇所があれば、それはすなわち私の英語力の問題である。これが分かっているだけで、訳が思い切り楽になる。

 専門的な用語が並び、背景の情報を抑えておかなければ訳せない書類だが、内容はネット広告の規制について。私の専門分野である。最初はそれでも調べ物が多かったが、段々とそれも減ってきた。言い回しや表現のパターンも理解してきた。
 週5日、必ず1200ワード以上訳していくと、2か月で訳し終えることができる。このままスムーズに進めていきたい。7月中に終わらせることができたら、嬉しいのだが。
 そして希望を述べれば、8月は新規の仕事が入らないで欲しい。さらに9月からドサッとくれば、言うことはない。8月は遊んで暮らそう。
 かなり贅沢な望みだということは、自分でも理解している。

プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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