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ぐうたら主夫日記


 大型企画(!?)の「自動車普通免許、一発試験合格への道」が終わった。そこで新企画、「ぐうたら主夫日記」を今日から始める。今までも書いていた日常的な話題であるが、ちょっと視点を変えて書いてみようかと思う。
 なぜ主夫日記かというと、今の自分って主夫なのではないかと自覚しているからだ。もちろん翻訳はする。だから職業を問われれば翻訳家であるが、しかし家事もそれなりにこなす。今までも家事をしていたが、独り身だったので主夫とはいえなかった。これまで同様に家事を続けるだけなのだが、それでもパートナーがいる。だから主夫だ。ただパートナーも土日は家事をする。それとウイークデーも、私の家事はいい加減である。遊び気分の家事である。だから“ぐうたら主夫”となる。

 パートナーなんて、なんか水臭い呼び名だ。リベラル系文化人みたいで、ちょっと嫌だ。毎回、呼び名に困る。まだ彼女は妻ではないからだ。来月、籍を入れる予定だが。それまでは同棲相手に過ぎない。ならばやっぱり“彼女”かな。いい歳した俺が、これもこっぱずかしいのだが。
 さて彼女は先週の金曜日に引っ越してきた。今年初めて東京に雪が降った日だ。彼女は都内の東部に住んでいた。引越しを彼女の家まで手伝いに行った。荷物は最小限にしてもらったので、赤帽で全て運ぶことができた。運転手の横に私が座り、逗子まで赤帽に乗って来た。彼女は後から電車で来た。
 都内はみぞれだったが、横浜を越えた辺りから雪に変わった。南下するにしたがい、雪は本格的になっていった。逗子の山々はすっかり白く覆われていた。
 雪の中、赤帽の運転手とふたりで荷物を運び込んだ。雨よりも良かった。雪は濡れない。払えば落ちる。それでも晴れには劣る。しかし運転手さんは、「雪の日に家に来るなんて、一生の思い出になりますね」と言ってくれた。きっと、生涯忘れることはないだろう。

 週末は家の片付けに追われた。本格的な生活が始まったのは月曜からだ。月曜は4時半に起きて、朝食を作った。彼女は5時45分に家を出て行った。新品の電動自転車に乗って。外はまだ真っ暗だった。
 月曜の夕飯は卯の花を作った。卯の花ってのを始めて作ったが、それまでこの名前を知らなかった。レシピで見て、初めて知ったのだ。煎ったおからを干ししいたけの出汁で煮詰めたものだ。ニンジンや野菜も入る。おからの定番である。卯の花とサラダ、メインはこの前作っておいたワラサのアラ煮である。それと味噌汁か。まあまあの出来であった。おいしいと言ってくれた。就寝は10時。翌朝が早いので、早く寝なくてはならない。
 火曜日。今日だが、外はまた雪で覆われていた。昨夜は雪だったので、彼女は電動自転車を駅前の駐輪所におきっぱなしで帰ってきた。だから、今朝こそ、自動車免許の活躍のときであったのだ。こんなときのために免許を苦労して取得したのである。ところがだ。考えてみたら、チェーンがない。もちろんスタットレスを履いているわけではない。ということで、彼女には歩いて駅まで行ってもらった。せっかくの免許の出番だったのに。本番に弱い私の面目躍如である。自慢にはならない。
 いやいや、免許の出番はすぐに来た。ひとりで逗子警察署まで車庫証明を取りに、その帰り逗子市役所まで印鑑証明を取りに行くのに、車を使ったのだ。今までどこへ行くのも自転車だった。今日も別に車を使う必要はなかった。でも、せっかくだから。
 ひさしぶりの運転(教官が横に乗っていないやつね)は、面白かった。市役所の帰りには西友まで行ってしまった。西友は家から歩いて3分だが、一度車で行きたかったのだ。逗子の西友は広い駐車場があって、ちょっとアメリカチックである。買い物の後は、カートを駐車場まで持ってきてかまわない。これもアメリカチックだ。このアメリカチックをやりたかったのだ。
 でも結局アメリカチックはやらなかった。ちょっとしか買わなかったので、気が引けたのだ。でも雰囲気だけ、楽しむことができた。
 
 そういえば逗子に出たついでに駅前の魚屋でアイナメを買ってきた。大きな切り身が3切れで350円であった。今夜はアイナメをぶつ切りにして、鍋にする予定である。日本酒に合うに違いない。

自慢のマイカー
本邦初公開。これがワシのマイカーじゃ。なんと外車である。中古で10万円であった!



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主夫は忙しいのだ


 お気楽な主夫生活を夢見ていた。それが実現した。しかし現実は甘くない。主夫は忙しかった。
 朝は4時半に起床する。これは今までとほぼ一緒。だからへっちゃらである。でも、ちょっと眠い。以前は早く寝ていたが、今は少し遅い。それで睡眠時間が減ったからだ。でも6時間は寝ているので、以前のサラリーマン時代よりましなのだが。
 4時半に起きると、ストーブを付ける。うちは円筒型の灯油ストーブなので、ちょっと時間がかかる。でも暖かい。それから、かみさんの朝食を作る。かみさんは支度に専念してもらい、私が朝食を作るのだ。これは以前からの約束であった。朝食はいつも大体同じ内容である。だから、これは大したことがない。ごはんに味噌汁、納豆、糠付けがメイン。それと夕べの残り物。今朝は切り昆布の煮物であった。そして締めはヨーグルトにフルーツを刻んで入れたもの。今朝はキウイ。
 続いてフクちゃんと大チャンのご飯。三人がご飯を食べている間に自分の着替えと、髭、ヘアのセット。外出はしないのだが、髭の手入れと髪のセットは必ずするようにしている。これをしないと、全てにだらしなくなりそうなので。
 次は猫のトイレ掃除。終わると洗濯。今朝は天気が悪かったので、しなかったが。今までも洗濯はしていたが、2人分だと思ったより多い。前は週一で済んだが、これからは晴れている日は毎日しなくてはならなくなりそうだ。
 そんなことししているうちに、かみさんは電動自転車に乗ってご出勤。
 ようやく自分の食事となる。食事が済んだら、食器の後片付け。
 朝の主夫の仕事はこんなものだ。書くと、そう大したことがないね。でも結構、追いまくられる気分だ。すぐに慣れると思うが。
 
 昼は自分の食事を作り、ついでに夕飯の下ごしらえをする。昨日はご飯を炊いて、味噌汁と切り昆布の煮物を作っておいた。
 ただ主夫ならではの楽しみもある。昼食を食べながらテレビが見られることだ。これは勤め人にはできないことだろう。今は12時からケーブルで「ビバリーヒルズ青春白書」を見ている。英語で聞いているので、理解度は半分程度。でも面白い。自分で作った昼飯をテレビを見ながら食べる。主夫の醍醐味を感じる時間だ。
 後は、買い物か。これは毎日ではないが、2,3日に一度は行かなくてはならなそうだ。今までも週に2回は行っていたが。ちなみに近くのスーパーでは、真昼間にしょっちゅうやって来る中年男として顔は割れているようだ。レジのおばちゃんはみな、私のことを知っている。話しかけてきたりもするよ。買い物籠をぶら下げた中年男としては、ちょっと恥ずかしい。そうそう、レジのおばちゃんだけでない。近所のおばちゃんにも話しかけられる。こちらは何でいつも昼日中にほっつき歩いているのか、興味津々の眼差しで話しかけられる。だから、なるべく知った顔を見たら、気付かれる前に逃げることにしている。

 夜は風呂の掃除と風呂沸かし。それから本格的な夕食の支度。昨夜はサンマの干物を焼いた。
 夕食の支度を済ませ、風呂に入り、一杯やりながら、かみさんの帰りを待つ。ちょうどビール一本、日本酒一合を飲み終えた頃にかみさんが帰ってくる。そして一緒に夕食を取る。

 私の主夫業は、こんな感じだ。
 当然、その間仕事をする。そう、主夫業の間に仕事をしているのだ。仕事の間に主夫業をしているのではない。主夫業がど~んと、真ん中にあって、端っこに翻訳がある感じだ。

 こうして私の主夫としての一日が過ぎていく。慌しい。本当はもっと余裕を持って望みたい。本も読みたいし、散歩もしたい。今年は梅干を作るつもりだ。家庭菜園や園芸もしたい。でも今のところ、余裕はない。早くなれて、スピーディに効率的に主夫業をこなさなくてはならない。主夫業もスキルが求められるのだな。


日々、これ洗濯


 今日は洗濯をした。昨日は曇っていたのでしなかった。一昨日も洗濯をした。その前の日も洗濯をした。つまり晴れた日は、毎日洗濯をしている。
 ちょっと前までは週に1,2度の洗濯で十分だった。ところが二人になったとたん、毎日だ。どうしたことだろう。
 当然、洗濯物は二倍に増えた。いやいや違う。3倍以上に。
 まず、かみさんの服が増えた。かみさんは小学校の先生なので、肉体労働である。だから毎日、肌着やその上に着るシャツを洗う。下着も当然である。さて、私だが。私はあまり服を洗わなかった。会社を辞めてから、毎日家にいるので、毎日同じ服を着ていた。服を選ぶのが面倒くさいのだ。昨日の服をそのまま着る。だから洗濯ができない。ちょっと臭うまで、我慢して着る。でも二人になって、多少気を使うようになった。以前よりも、臭いのセンサー基準を厳しくしたのだ。前は週一程度の着替えだったが、今は週二に増えた。だから私の服も増えた。
 それとタオルだ。バスタオルも臭ってくるまで使った。大体一週間程度。一週間も同じバスタオルを使うと、結構臭くなる。限界を越えた時点が大抵、一週間であった。でも今は、2日に一度は変えている。それとフェースタオル。これも一週間は使い通した。しかしこれは毎日、変えている。顔を拭くものだし、二人で共有しているので。臭うときっと、嫌でしょ。だからこれは週換算で7倍に増えた。
 パジャマや寝具もこまめに洗う。枕カバーなんか、以前はいつ洗ったかを忘れるほど、洗わなかった。毎日、使っているので、自分の体臭がしみ込み過ぎて、臭いのかどうかも分からなくなっていた。これも今は、毎週洗う。
 そんなこんなで、毎日洗濯物がたまる。うちは小さな庭があって、洗濯干し場は結構なスペースである。でもそれが、毎回、満員状態だ。今までは週一、あるいは週二で、ゆったりスペースであったのに。信じられない賑わいである。

 今はほぼ毎日晴れているので、いい。これから雨の多い季節に突入する。さてどうなることやら。
 でも、二人暮らし程度でぼやいていてはいけないのだろう。子供が複数いる家族は、さぞや大変に違いない。
 私には妹がふたりいる。つまり3人兄妹である。子供時代、そのそれぞれが、勝手気ままに洗濯物を洗濯機に放り込んでいた。バスタオルなんか、毎日変えていた。バスタオルだけで、毎日5枚である。当時、母はパートに出ていた。住んでいたのはマンションで、小さなベランダに洗濯物を干していた。よくやっていたなと、感心する。母の苦労が、今身に滲みる。

 ぐうたら主夫でも、学ぶことはあるようだ。

我が愛着の品々、さらば


 金曜日の夜から甥っ子が、土曜には妹夫婦が遊びにきた。私の古着をもらいに着てくれたのだ。

 かみさんは2週間前に、移住してきた。我が家の住民が一挙に倍になったことになる。今までは私、ひとりだったので。我が家は中古で、以前は四人家族が住んでいた家だ。一般的なファミリー向けの住居で、四人家族でもまったく問題のない間取りである。それを今までは、ひとりで好き勝手に使っていた。下着は洗面ルーム、ズボンは客間(客間があるのだ、えへん)、シャツはベッドルーム、ジャケットは書斎、小物は和室、と言った具合に。そんなに物持ちではないのだが、それでも満遍なくスペースを利用していて、なんとなくどこも一杯になっていた。そこに同程度の荷物が追加されることになった。さあ大変だ。どこにしまおう。慌てて服類を処分することにした。
 ところが私は貧乏性である。服が捨てられない。最近はあまり買っていないが、それでも服の数がそれなりにあるのは、そういう理由である。
 だから私の服は古い。どのぐらい古いかというと、30年前ぐらいのものから、けっこうある。そのぐらい古い。大学生のときに、アルバイトの給料をためて買ったゴールデンベアのスタジャン。銀行員になった最初のボーナスで買ったテッドオムのトレンチコート。アメリカ留学時代にかった革のジャケット。どれも私にとっては大事な品だ。古いけど、捨てられない。ああ、それと私は靴もけっこう持っている。多分、革靴類だけで40足はあると思う。海外へ行くと、なぜだか靴を買ってしまう。向うは安いので。これも捨てられない。
 そこで甥っ子と妹の夫に引き受けてもらうことにした。ふたりとも喜んで、やって来た。

 しかし義弟は31歳の大人であり、あまり流行から乖離した服を欲しがらない。結局は靴を3足。ユニクロのシロのボタンダウンを2着だけ持っていった。ちょっと残念であったが、仕方がない。要らないものを強制するわけにはいかない。
 ところで甥っ子である。現在、高3。おしゃれ大好きな年頃である。30年前のDCブランドの服、マレリーやディオールの靴をぜーんぶ、もって行った。その数はなんと、靴14足。革ジャン3着。スーツ4着。シャツ、5枚。ジャケット5着。ズボン7本。そのほか、多数。
 甥っ子に言わせると、古着でカッコいいそうである。確かに物は結構いい。革製品は手入れをしてきたし、靴も磨いてきた。30年、大事に使いこなしてきたので、風格がでてきたと言えなくもない。正直、私は古着というより、古臭い服としか思えなかったのだが、甥っ子にそう言われると、カッコいいかもという気になる。
 それと私が着ると、やっぱり古臭いというか、ホームレスがゴミ捨て場に捨ててあったジャンパーを着ている的な風貌になるが、甥っ子が着ると、原宿を歩いているオシャレな男の子になる。やはり甥っ子の物をなるべきだろう。

 甥っ子は旅行用の大きなバックを持って来たが、それに一杯と紙袋をひとつぶら下げて帰っていった。大きな段ボール箱2つは後から送ることにした。
 妹(甥っ子の母)に、怒られなければいいのだが。甥っ子は大丈夫だと言っていたが。

 さて、おかげで部屋は随分とすっきりとした。これでかみさんの服も、どこかに納めることができそうだ。義弟と甥に感謝である。

ドライブ、そして発見


 一昨日の日曜の話。甥っ子を送って愛車で逗子駅まで行った。かみさんも一緒だったので、甥っ子を送った後、ドライブをすることにした。かみさんとは始めてのドライブである。
 道は考えずに適当に走った。なんとなく地図は頭に入っているつもりで走ったのだが、全然予想とは違う経路を走ることになった。
 駅前の道をずんずん行くと、見慣れた風景が現れた。先週行った、横須賀である。駅前の道をまっすぐ行くと横須賀なのだ。初めて知った。このまま盲めっぽう行くと、帰ってこられそうにないので、そこからは地図を確認しながら走った。海沿いを南下し三浦海岸まで来た。ここも見覚えがある。昨年、今年と三浦国際マラソンを応援しに(ただ酒を飲んでただけだが)来た場所だ。
 そこから内陸部に入り三浦半島を横断した。そこは畑が大きく広がる土地であった。沿道では地元の農家が取れたての野菜を売っていた。一軒に入ってみた。時間が遅かったので、どうも目玉商品である様子の大根は売れ切れていた。そこで買ったのはキャベツと何だかの葉っぱの浅漬け、それとロマネスクなる野菜。キャベツは150円、浅漬けも150円、ロマネスクなる野菜は定価が250円だったが200円にしてもらった。
 さて畑地帯を抜けると海に出た。相模湾である。そこをぐんぐん北上し逗子に到着した。

 走っていて気付いたこと。三浦半島は半島の東側と西側では風景が異なる。そして当然、内陸部も違う。横須賀や三浦海岸がある東海岸だが、庶民的な雰囲気が漂っている。実家のある千葉と似ている。国道沿いにはホームセンターやスーパーが建ち、パチンコやスロット屋が並ぶ。ほぼ途切れることなく商店や民家が軒を連ねる。人口の多さが伺える。
 内陸部だが、ここは農村地帯だった。三浦半島は小さな半島で都心に近いのだが、しっかり農村地帯を形作っている。といっても本格的な田舎でなく、千葉や埼玉の、それも都心近郊の農村地帯と似たプチ田舎であるのだが。
 そして西側だ。正直、農村地帯から西側の海に出て、さらに長者ヶ崎辺りに来たときに、ほっと安心した。ホームタウンに戻ってきたと感じた。逗子、葉山、鎌倉と同じ景色、臭いがした。こちらはまず海が岩場中心である。だから透明度が高い。そして陸地だが丘が連なる。だから平地が少なく、レストランや商店は狭い海側に集まり、丘の上にはまばらに民家が建つ。長閑だが整然とした街並みである。歩く人も少し垢抜けているように思えた。

 逗子に着いた後、家の近くの西友に寄った。野菜売り場を見ると、大根、キャベツがある。神奈川産と表示されている。しかし、さっき見た露店のものと比べると明らかに小ぶりで鮮度が劣る。安いと思っていた西友だが、値段も大根が150円(露店は100円だった)、キャベツは200円(同150円)であった。なんだ、高いではないか。スーパーは大量に仕入れているので、安いと思っていたのだが。高くて鮮度が劣るなら、確実に露店に軍配が上がる。

 良いことを発見した。逗子は魚が安くて新鮮であると喜んでいたが、三浦まで行けば、野菜も良いものが手に入る。車で30分の距離である。
 夕食ではロマネスクとレタス、トマトのサラダ。キャベツをたっぷり入れたスパゲッティ、同じくキャベツたっぷりの野菜のスープを食べた。かみさんが作った。どれも美味であった。

雨の土曜


 土曜は生憎の雨であった。雨だったが、予定を粛々と遂行した。まずは外食。結婚後、月に一度は外食をしようかと考えている。先月は旅行に行ったので割愛した。今月は予定通り決行した。
 家から車で5分ほどのところに“竹庵(ちくあん)”という、行列ができる蕎麦屋がある。私は何度か足を運んだことがあり、一度かみさんを連れて行くと約束していた店だ。この店の人気メニューはゴボウの天ぷらだ。いつもこれを食べる。
 11時半に開店で、11時20分に店着。いつもどおり、すでに行列ができていた。でも4番目ぐらいだったので、開店と同時に入店できる。2階の座敷の最奥部に席を取る。
 今回はゴボウの天ぷらと掻き揚げ、それとせいろの大盛りを二枚頼んだ。
 初めてこの店に入ったときはうまくて感動した。その後、何度か行ったか、段々と味が落ちてきているのを実感した。今回もかみさんには、あまり期待しない方がいいと予め伝えておいた。
 しかし結果は、良い裏切りであった。最初ほどの感動はなかったが、それでもかなり回復したように感じた。ゴボウの天ぷらはまずまずだった。掻き揚げは正直、いまひとつ。迫力にかける。そばは、うどん粉の多い白味がかったタイプだが、腰があってなかなかうまい。かみさんは、また来たいと言っていた。

 竹庵の後は大船まで車を飛ばし、西友とイトーヨーカドーへ。カーテンを購入する。うちのカーテンは前オーナーが置いていったものをそのまま使っている。かなり年季が入っていて、穴もあいている。外から我が家を眺めると、カーテンの穴がよく目立つ。貧乏そうで、泥棒防止になるかと思っていた。しかしある人によると、泥棒はだらしない家が好きなようで、カーテンの穴は泥棒寄せになってしまうそうだ。5年もオンボロカーテンを使っていたが、替えなくてはならない。
 本当はカーテンはオーダーで作るべきらしいが、予算の関係で出来合いのものを購入する。2階の寝室と客間の2部屋にあつ4つの窓の分。各窓に2枚ずつ、さらにレースも2枚ずつ必要なので合計8枚のカーテンを買う。寝室はベージュでシックに、客間はちょっと遊び心を入れて、明るい色調である。相当、悩んで購入した。
 帰ってから付けてみると、悪くない。狙い通りの雰囲気となる。悩みに悩んだ甲斐があった。しかし出来合いの品であったため、縦幅が長く、ちょっと野暮ったい。そのうち、ちょん切らなくてはならない。かみさんがやるといっていたが、我が家にはミシンがない。さて、どうしよう。


飽食の晩餐


 昨日のスーちゃんのスピーチには泣いた。ひとりでビールを飲みながらテレビを見ていたのだが、涙でビールが飲めなくなった。ひとりでよかった。人には見せられない姿である。
 昔は辞世の句を残す人がいた。高杉晋作のは有名である。私が好きなのは良寛の句だ。

 うらを見せ おもてを見せて 散るもみぢ

 私も来るときが来たら、辞世の句を、あるいは言葉を残したいと思う。できれば良寛のように、飾らない淡々とした言葉を連ねたい。しかし無理だろうとも思う。そんな余裕が持てるとは思えない。それに最期の時が、分るのだろうか。

 スーちゃんは辞世のスピーチを残した。感動的な言葉であった。彼女は私が思っていたよりも、ずっと優れたアイドルであり女優であったのだ。キャンディーズでは蘭ちゃんが好きだった。女優としても華があるタイプだとは思わなかった。しかし記憶には残っている。優れたアイドル、女優の証だ。そしてあのスピーチで彼女は永遠のアイドルになった。

 さて、昨晩はスーちゃんの辞世のスピーチが発表されるとは知らなかった。知っていたらもうちょっと質素な料理を作っていただろう。しかし知らなかったので、ゴージャスな料理を作ってしまった。料理の下ごしらえをしてからビールを飲んだので。
 イタリアから帰ってきてからチーズをどう使おうか考えていた。考えているうちに3週間が過ぎてしまった。その間、ちょっとずつ削っては酒のつまみにしていた。それはとてもうまかった。しかしつまみだけで、あの大量のチーズを食べ切るのはもったいない。冷凍庫で保存してあるのは問題ない。しかし冷蔵庫にしまってあるゴルゴンゾーラはちょっとやばい。アオカビと一緒に赤いカビまで生えてきてしまった。そこでゴルゴンゾーラを使って、ついに料理を作ることにした。
 大量のゴルゴンゾーラとパルメザンを使ったパスタを作った。どのぐらい大量かというと2人前で160グラムである。かなり大きなブロックを丸ごと使った。あまり肉は食べないが、特別にベーコンも買ってきた。ベーコンはなんと270グラム。それとマッシュルームと生クリーム、パスタは買い置きのないペンネも西友で買う。
 チーズと生クリームが濃厚な味を醸し出す、実にうまいパスタができた。イタリアで食べたものより、うまいのではないかと思えるものができた。自画自賛である。イタリアで買ってきた生ハムはアボガドを巻き、オリーブオイルとバルサミコ酢をかけた。スープはオニオンである。
 非常に豊穣でカロリーたっぷりのディナーであった。繰り返すが、うまかった。こんなうまい夕飯をあのような晩に食べてよいのだろうか。腹がパンパンになりながら、考えた次第である。
 良いのだろう。優しいスーちゃんなら、きっと許してくれるに違いない。

ゴルゴンゾーラ
写真映りはいまいちだが、極上のできのゴルゴンゾーラのペンネ。生ハムも大健闘!


春の政変と親父軍団


 うちには猫が二匹いる。フクと大吉である。二匹とも2歳のオスである。やんちゃざかりだ。
 フクちゃんはおっとりしている。大チャンは要領がいい。フクちゃんは体が柔らかくて運動神経がいい。大チャンは体が固いが力持ちである。
 今まで二匹の関係はほぼ拮抗していた。一度も本気で喧嘩をしたことがないが、プロレスごっこみないなので、お互いに実力を確かめ合っていた。フクちゃんは持ち前の運動神経を利して、高いところへジャンプして身をかわしたり、急激なターンを決めて、突如後方へ回り、後ろから襲い掛かったり。一方、大チャンは遠い間合いは苦手だが、接近戦に強い。力があるので、寝技勝負となると、上になることが多い。上から力で押さえ込み喉元に噛み付く。その結果大体、勝率5割。互いに一目を置き合う関係であった。
 ところがこの関係に変化が生じた。昨日からだ。昨日、外出から戻るといつもと様子が違う。いつもなら二匹がそろって、私を迎えに来る、う~ん、迎えに来ることはそんなにないか。大抵はリビングで好き勝手に迎え、擦り寄ってくる。

フクちゃん&大チャン
左がフクちゃん、右が大チャン。この頃はとても仲良し


 昨日は違った。来たのはフクちゃんだけ。大チャンは近づいてこない。気になった私は大チャンの元にこちらから近づく。すると大チャンが逃げるのだ。こんなこと、今までなかった。
 結局、大チャンを捕まえて、抱っこして、“いい子いい子”したのだが、なんだか様子がおかしい。気が立っている様子だ。
 その後、二匹の様子を観察して推測が着いた。どうも二匹が私達不在の間、喧嘩あるいは、派手なプロレスごっこをして、フクちゃんが大勝したようだ。それで今まで拮抗状態であった二匹の関係が、はっきりと上下の関係となったのだ。
 大ちゃんはフクちゃんと目を合わせない。フクちゃんは大チャンを挑発するように、近づく。大チャンがフクちゃんの鼻に自分の鼻を近づけ、親愛の情を示そうとする。するとフクちゃんは猫パンチを食らわす。大チャンは慌てて、逃げる。逃げるとフクちゃんが追う。追い詰められると、大チャンは情けなさそうな顔をする。その顔を見て、フクちゃんはようやく大チャンをリリースする。
 こんなことが何度かあった。
余裕のフクちゃん
勝敗が決し、余裕の表情のフクちゃん


 以前、大チャンよりフクちゃんの方が可愛く思ってしまうというという内容の記事を書いたことがある。フクちゃんはノンビリしていて、大チャンに餌を盗まれたり、陽が当る特等席を奪われたりすることが多かった。自然とフクちゃんに肩入れする気持ちになった。
 ところが今の二匹の関係を見ていて、私の気持ちにも変化が起こった。大チャン、かわいそう。大チャン、かわいい。
 実際、威張っているときの大チャンは悪そうな顔をする。しかし今の大チャンは、“赤ちゃん”のようなつぶらな瞳で弱弱しい。可愛い~。
 暫くは大チャンを抱っこすることが多くなりそうだ。でも、あんまり大チャンを可愛がると、フクちゃんが嫉妬して、大チャンへの当たりが厳しくなるので、フクちゃんに気付かれないようにしなくてはならない。私も、気を使う。

恭順の意を表す大チャン
恭順の意を表する敗者、大チャン



 さてもうひとつの話題が、今日はある。親父軍団である。私が通う文京区の合気道道場には親父軍団という一味が存在する。オジサンたちの仲良し組織である。私も末席を汚している。
 そのオジサンたちが昨日、私たちの結婚を祝い、一席設けてくれたのだ。昨日は午前中、稽古があった。その後、御徒町の店で私たちを皆で祝ってくれた。かみさんは合気道をしないのだが、席に呼んでもらい、始めて皆さんとご対面した。
 なんと12名も来てくれた。まだ親父軍団には入っていない、これからの有力メンバー候補のO多さんや、女性のため、親父軍団の正規メンバーではないが、道場では実力者として鳴らすK田さんも駆けつけてくれた。ありがたい話である。
 宴会では最長老のN毛さんが祝儀の歌も披露してくれた。多いに盛り上がり、楽しいひとときであった。親父軍団の武勇伝に怯えていたかみさんだが、みなさんの優しい人柄をすぐに理解し、すっかり打ち解け、楽しんだ様子だった。

 親父軍団の皆さん、親父軍団のメンバーではないのに、参加してくれた方々、本当にありがとうございます。すばらしい道友に恵まれ、私は大変、幸せ者であると再確認いたしました。

明日は遠足


 明日は遠足だ。私ではない。かみさんが受け持つクラスがだ。だから別に、私には何にも関係ないことなのだが、お菓子を買ってきた。

 かみさんは帰りが結構遅い。私はかみさんの帰りをいつも待てない。先に夕食を食べ、ときには寝てしまう。でも本当は待っていたい。ひとりで食べるよりも、一緒に食べる方が楽しい。せっかく作った夕食も、一人では味気ない。
 明日は遠足だから、今夜学校の帰りにお菓子を買って帰るという話を今朝、彼女から聞いた。ただでさえ遅いのに、お菓子なんかを買っていたら、さらに遅くなる。また先に寝てしまえばいいのだが、でも多少協力できるとことはするべきだろう。ということで、私がお菓子を買うことになった。その分、かみさんは早く帰ることができる。
 そんな理由で買うお菓子なので、別段、“ちから”は入らなかった。お菓子を買うのに、普通“ちから”は入れないものだ。しかし遠足である。遠足のお菓子の購入には“ちから”がこもるものだ。
 西友で買い物ついでに、物色をした。すると不思議なことに、私にも“ちから”が湧き上がってきた。遠足効果、恐るべしである。

 予算は300円だ。最初はちょっとぐらい超えてもいいかと考えた。しかし先生のお菓子である。先生が自らルールを破ってよいわけがない。ぜったいに300円を超えてはならない。300円とは、とても少ない予算である。ちょっとしたお菓子はひとつで予算を超える。超えなくても、まさかひとつしか持っていかないわけにはいかない。
 そういえば、子供達とお菓子の交換をすると言っていた。すると子供達から見られることになる。先生の威厳を示さなくてはならない。なめられてはいけない。むしろ、流石先生である、と思わせるぐらいでなくてはならない。
 そうした制限の下、お菓子選びは難航した。その結果は以下の通りである。

プチモロコシ(焼きとうもろこし味) 78円
チョコミッキー 30円
カトヨッチャン 31円
ベビースターラーメン 31円
ちびっこのおたのしみパック 113円
合計:283円
※ちびっこのおたのしみパックの中味
   うまい棒
   7連ポーロ
   チョコマシュマロ
   ガブリチュウ
   くじゃくゼリー
   コーヒームギ(多分)

 駄菓子屋でなく西友という場所で、これだけのラインナップを揃えたことに満足感を抱いている。きっと、子供達は驚くに違いない。「すげー、先生のお菓子。うまそー。交換して~」と子供達は群がるだろう。先生の株はきっと上がる。
 しかし若干、乾き物系というか、酒の肴系が多いように思えるが。これが大人のセレクションというものである。

遠足のお菓子
結構、良いラインナップと思うのは、私だけだろうか


恐るべし“ベビースターラーメン”


 前々回のブログで、かみさんが遠足に行くという話しを書いた。帰った当日、「どうだった?」と聞いたら、「天気が良かった」と答えた。その後、何か続きがあるのか待ったが何もない。遠足に行って感想が、「天気が良かった」だけじゃ、小学生以下である。仕方なくこちらから「それだけ?」と問うと、「ムニャムニャ」と何か答えた。どうもお疲れの様子。お疲れなら、しょうがないや。

 さて、今日はその話しではない。ベビースターラーメンだ。翌日、元気を回復したかみさんが、「そういえば子供達のほとんど、多分9割ぐらいがベビースターラーメンを持っていたよ」と言った。かみさんの遠足のお菓子は前日に私が買ったのだが、ベビースターラーメンも買ってあったので、そんな話しをしたのだと思う。
 しかし、9割とは。すごい割合でないか。あらゆる分野で、あらゆる商品の中で、9割の市場を持つ商品が果たしてどれだけあるのだろうか。

 ベビースターラーメンは懐かしいおやつだ。当然、私も子供時代よく食べた。遠足に持って行ったかどうかは忘れたが、駄菓子屋ではしょっちゅう買い食いをした。当時は駄菓子屋がまだいたるところにあり、私はおじさんが赤提灯に群がるように、毎日のように駄菓子屋に入り浸っていたのだ。ベビースターはそのときの主役級お菓子であった。
 あのベビースターが今も子供達に食べられている。それも圧倒的人気で。こころみに調べてみた。

 ベビースターラーメンは株式会社おやつカンパニーという会社が製造販売している。三重県の会社である。ベビースターラーメンは1959年に発売された。価格は10円である。たしかこの前買ったときの値段は30円である。1959年から2011年までに価格が3倍にしか上がっていない。これもすごいことじゃないか。
 ちなみにJR(国鉄)の初乗り運賃も調べてみた。1959年は10円であった。ベビースターと同じ値段だ。それが時代は50年以上下って2011年。ベビーは3倍の30円である。一方JRはご存知のごとく130円。なんと13倍だ。
 ベビーと比較すると、ものすごい値上がり様だが、値段が上がったのは勿論、JR運賃だけではない。すべての商品が10倍程度、上がっている。きっと。当時は高度成長で、毎年物価は10%近く上昇していたのだから、当然である。その中で、ベビーはたった3倍。何度も繰り返すが、“すごい”。立派な企業努力ではないか。その結果が、市場シェア9割だ。

 今の子供は買い食い文化はないだろう。家でお母さんが買ったお菓子を食べているだろう。お母さんはベビースターラーメンはあまり好まないだろう。なんとなくみっともないし、安っぽいし、こぼれると家が汚れるし。きっとカルビーとか湖池屋のスナック菓子なんかを買い与えているのだろう。だからおやつカンパニーは大企業になっていない。でも子供が自らお菓子を堂々と選択できる機会である遠足では、ベビーは常に選ばれ続けている。
 遠足がある限り、「おやつカンパニー」は安泰である。カルビーみたいに大会社にならずとも、安定した経営を続けることができるであろう。

 間違いなく世界一の投資家であるウォーレン・バフェットはかつて大量に株を有する“ジレット”を評してこう言った。「こうしている今も、男達の髭は伸び続けていると思うと、安心して眠ることができる」。バフェットはコカコーラの株も大量に保有している。絶対的なシェアを持つ日用品の会社がお気に入りのようだ。もしおやつカンパニーが上場したら、バフェットが買うこと間違いなしだ。そして言うだろう。「日本の小学生が毎年遠足に行くと思うと、安心して眠ることができる」と。

 9割の子供が遠足にベビースターを持ってきていたという。すると1割の子は持ってきていないことになる。その子達の心境いかばかりか。推測にすぎないが、かなりのショックを受けたに違いない。「なんたる失態を犯してしまったのか」と。そして誓ったとはずだ。「来年の遠足には、ベビースターラーメンを“絶対”持っていくぞ」。
 おやつカンパニーは当分、安泰であろう。

下水の工事はどこに頼むべきか


 本題に入る前に、週末について。土曜は「全日本合気道演武会」が日本武道館で開催された。今年で49回目だ。パンフレットによると第一回(昭和35年)では、参加者は150名程度だったそうだが、今回は武道館が2階席まで含めて8割程度の入りであった。どのぐらいの数だろう。武道館の席数は13500だから、1万人ぐらいだろうか。とにかく人で一杯だった。
 今年も控え室で内田樹先生を見かけた。当然、向うはこちらを知らないのだが、こちらが気付いてじっと見ると、向うもこちらを見返してきた。去年も同じことがあった。ジロジロ見てしまって、内田先生、スミマセンでした。
 その後、これも恒例の我が文京合気会の打ち上げ。いつもと違う店だったが、広い個室でよかった。料理もいつもより、大分よし。来年もここにしたらどうでしょう、幹事さん。


 さて本題。ちょっと前になるが、下水道の工事を行った。前にもちょっと触れたことがあるが、今回は備忘のために若干詳しく書く。
 うちは築40年の木造建築だが、下水も同じく築40年である。その古い下水というか排水というのかな、それが逆流した。裏庭に排水のコンクリート溝があるのだが、そこから汚水があふれ出た。それまでも風呂桶の水を一度に流すと、洗濯場の排水溝から水が逆流することがときたまあった。いつか直さなくてはと思っていたが、費用がどれだけかかるのかが恐ろしく、見ないことにしていた。
 しかし今回の逆流は激しいものだった。汚水が裏庭にたまり、悪臭を放出している。見逃すわけにはいかなかった。
 修理をしなくてはならない。さてどこに頼もうか。下水工事などを頼んだ経験はない。そこで思いついたのが、以前ポストンに放り込まれていたマグネット(冷蔵庫なんかに張るやつ)だ。たしか水道屋の広告付きのものだった。それに問い合わせてみよう。しかし下水や水道工事は悪質業者が跋扈していると聞く。念のためにその業者をネットで調べると、あまり評判がよろしくない。
 水道関連の工事では、みなさん頭を悩まされているようで、いくつも関連質問コーナーや掲示板を見つけることができた。どうも広告を盛大にしている業者はやばいらしい。
 派手な広告を打つ業者はいくつかある。テレビでもやっているらしい。私はテレビをあまり見ないので知らなかったが、ネット情報によると、そうである。当然、そうしたところは広告費が加算されるので、工事料金も高い。
 やはり地元の水道屋がいいらしい。でも地元の水道屋ってどうやって調べればいいのだろうか。おそらく地元の水道屋はサイトを持っていない。ならば電話帳だ。
 めったに使わない電話帳を引っ張り出してきて、水道屋の欄を調べる。沢山ある。逗子の、さらにこの家の近くの、それも宣伝を打っていない(電話帳にも広告が掲載されている)、地味目な水道屋に目星をつける。そして電話をした。

 それから数日後に、その地元の水道屋が来た。2名ばかりの職人が来た。コンクリート溝を開けると、植木の根が溝いっぱいに絡まっている。溝は4箇所あるのだが、そのうち3箇所に根が入り込んでいる。植物の根は強く、コンクリートの隙間を破って入り込むらしい。40年の間に、少しずつ入り込み、その時点ではエイリアンに占領された宇宙船状態であった。
 溝をすべて掃除。さらにパイプの中も、道具を突っ込んで掃除した。2時間ばかりの作業だった。
 さて、心配の金額だが。2名も専門家が来たのだから、4,5万はかかるだろう、と覚悟していた。しかし請求された金額は1万円ちょっと。安いではないか。

 しかし問題はそれで解決はしていない。なぜならコンクリートの亀裂はまだ存在しているからだ。この亀裂こそが恐ろしいという。亀裂から水が外に漏れると、そこに水の道ができる。水の道はまわりの土を運び、空洞を作る。空洞は段々と大きくなり、いつかそこが陥没するという。
 私の住む住宅地はほぼ一斉に造成されたため、みな築40年前後である。この住宅地では下水の漏水によって陥没した住宅がいつくもあるらしいのだ。
 これを根本から解決するためには、コンクリート溝を塩ビの溝に変えなくてはならない。さらにパイプも古いタイプで径が小さいらしいので、こちらも太いものに変えたほうがよい。
 これを工事するためには裏庭をすべて掘り返し、さらに裏庭は一部だがコンクリートで覆ってあるので、そこをはがし、またコンクリートで補修する必要がある。これをした方が、よいのだそうだ。
 金額を考えると恐ろしいのだが、また頬かむりしていていいわけがない。思い切って、見積もりをその業者に依頼した。50万ぐらいかなと予想したが、出てきた見積もりは18万円程度であった。これなら、なんとかできる。

 結果、キッチン、洗面所、風呂場、洗濯場の排水管をすべて取り替え、4つのコンクリート溝のうち、頻繁に使う3つを塩ビに変えた(ひとつは屋根からの雨水を受けるもので、工事は必要ないと判断)。
 キッチンの排水管はかなり遠回りをして作られていたそうだ。それをショートカットしてもらう。こうすると排水の流れがよくなり、詰まりの原因を削減できるらしい。
 雨なんかもあり、工事は1週間かかった。実際に工事をしていたのは4日間であった。その間、多い日は3人。少ない日は1人が従事していた。

 古いコンクリートははがされ、新しくコンクリートのカバーもできた。たまに悪臭が家の中に逆流することもあったが、今はまったくない。排水が促されると、すべての流れが良くなるのだ。人間の便と同じだろう。排水は家にとって、とても大切な機能なのだ。改めて分った次第である。

 先日、請求書が来た。請求額は見積もりと違っていた。ぼられたかって? いやいや逆です。請求額は15万円程だった。見積もりよりも3万円も安い。
 あれだけの職人が4日間も来て、素人からみるとかなり大掛かりな工事をして15万円とは安いではないか。
 後日、近所の方と話していて、同様の工事をして60万円かかったとおっしゃられていた。私が15万円だったというと、目を丸くされていた。

 結論である。水道工事、下水工事は地元の水道屋に頼むべきだ。それも電話がよい。ネットに載ってなくても、電話帳で調べることができる。
 私が電話をかけた水道屋は電話の対応もものすごくよかった。怖いと聞かされていた下水の工事だが、いやな思いはまったくしなかった。
 水道工事のキーワード。それは“地元の水道屋”、“電話帳”。この2つである。

バチが当った


 明日の土曜日は我が家でBBQをする。古巣の産経の仲間、その他の友人達が集まる。毎年1,2回やっている恒例の行事である。

 あんまり掃除をしていなかったので、昨日は掃除をする予定でいた。そのために、今週はちょっとハイピッチで仕事を進めていた。おかげで今週のノルマは木曜の午前中までに終わってしまった。さて掃除をしようと、始めたのだが、気が乗らない。雨が降ってるし、「今まで頑張ったのだから、ちょっとぐらいサボりってもいいかなぁ」という気分がムクムクと生じて。
 掃除は途中で投げ出して、ユーチューブをダラダラと見てしまった。そんなに見るつもりはなかった。すぐに掃除に戻ろうと思っていた。ところがあるものにはまってしまった。そして結局、2時間近くも、あるものを見てしまった。
 あるものは、なんだかすごいものだった。結構、有名みたいだから、みなさんは知っているかもしれないが。私は始めて、見た。う~ん下品。
 
 それは“あやまんJAPAN”という、3人の女性グループである。本当はもっとバックに沢山控えていて、100人ぐらいのメンバーがいるそうだ。でもテレビに主に出てくるのは3人である。
 3人は別に芸能人ではない。合コン好きな女の子(年齢不詳だけど、女の子という年齢ではないかな)の集団である。その子たちが、宴会芸を披露するのだ。六本木、西麻布当たりで、毎日(本当に毎日と言っている)、合コンを繰り広げ、その界隈ではでは超有名人らしい。とんねるずの番組に素人芸として、登場して、そのインパクトで一躍有名になった。

 それで、何がバチなのかというと、その子達の歌う変てこなメロディーが頭から離れないのだ。昨日から、ずっと「「ぽいぽいぽいぽぽいぽいぽぴー」が鳴り止まない。普段、世間と隔絶した生活を送っていると、こんなことぐらいで刺激を受けてしまう。
 掃除をさぼったバチがあたったみたいだ。

 もうみんな知ってるでしょうけど、一応下に動画を上げてきます。興味があれば見てください。





猫は猫かわいがり


 未明の雨は凄まじかった。雨音で目が覚め、家中の窓を閉めて回った。うちは一軒家だから戸締りをしなくてはならないが、夏場は鉄格子の入っている窓は網戸にしておく。一階の窓の幾つかと二階のいくつか。全部締めて回ったら、目が覚めてしまった。
 時計を見ると3時半だ。目覚ましは4時半にセットしてある。1時間、じっと布団の中で目を瞑っていて、ようやくうつらうつらし始めた頃にアラームがなった。おかげで予定よりも1時間睡眠時間が少ない。今も眠い。

 うちには猫が二匹いることは何度も書いている。フクちゃんと大ちゃんである。この二匹はとても可愛い。親ばかだと思うが、それを差し引いても可愛いと思う。まず二匹とも器量がよい。家にくるお客はそろって、その器量をほめるのだから、きっとそうだろう。
 器量はしかし、主観が入るので、あえてこれ以上は触れない。実は器量以上に可愛い要因がある。それはお利口さんだということだ。猫を飼う前は、猫ってバカなのかと思っていた。しかしうちのはどうも違うみたいだ(これも親ばかかな)。たとえばフクちゃんも大チャンも呼べば来る。これって凄くない? 猫なのに呼ぶと来るのだ。10回呼んだら、そのうち8回は来る。犬ほど確実ではないが、立派な確立である。フクちゃんは黙ってくるが、大チャンは「にゃ~」といって来る。
 あとは簡単だが芸をする。うん、芸とまではいかないかな。でもそれなりのことをする。それはソファーに投げ飛ばすと、「もう一度、やって~」と、来るのことだ。子供が何度も“高い高い”をしてくれとせがむように。家の猫、とくにフクちゃんだが、はなんども「投げ飛ばして~」とやってくる。これを人に見せたら、大笑いしていた。やはり芸と言っても、いいのではないか。
 あとは抱っこが好きである。これは、芸ではないね。行動の嗜好性なのかな。とにかく、いわゆる抱き猫なのだ。私がソファーで本を読んでいたりすると、かならずどちらかがやってきて、膝に乗る。膝に乗っているのを見た、もう一匹は焼きもちを焼いて、近くに擦り寄る。二匹にくっつかれて、とても幸せな気分になる。芸ではないが、猫の行動としては、飼い主にとって意味のある行動ではあると思う。だって、嬉しい。
 犬も何匹か飼ったことがある。そのとき思ったのだが、犬の知能は5歳児と同程度ではないか。もちろん読み書きのような能力はない。しかし道徳観(?)やお手伝いの力、こちらの気持ちの理解力なんかは5歳児並にあるように感じた。
 猫を飼って思ったことは、猫は人間なら2,3歳児と同程度だ。2,3歳児はほとんど道徳観を持たない。怒られれば、ただ怖いと思うだけで、悪いとは感じない。また暫くすると同じことを繰り返す。何度も叱られれば、それはしなくなるかもしれないが、それでもそこから同様のケースまでは類推することはできない。怒られたことだけをしなくなるに過ぎない。猫も同じだ。
 人間の子は三歳ぐらいまでは、兎に角可愛がれという。叱っても理解できないで恐れるだけだから。できるだけただ可愛がる。愛情をふんだんに降り注ぐ。猫も同じである。叱られても理由が分かるわけではない。だからただ可愛がる。猫かわいがりをするだけでいい。
 犬のときは結構、まじめに躾をした。だからそれなりに、お利口な子になった。でもフクちゃんと大チャンにはまったく躾をしていない。ただただ、可愛がっているだけだ。それで気付いたのだが、この無責任さがとても良い。
 この子達は、これから独り立ちして社会に出て行くわけではない。一生、私のところにいて、ゴロゴロ、ニャーニャーしているだけだ。だから別に立派な人格や独立心を養成する必要性がない。なんて楽チンで、いいとこ取りであろうか。
 よく犬派とか猫派とかいうが、私は犬派かなと思っていたが、案外猫派かもしれない。この無責任がとても地良いのだ。

 うちのかみさんはある小学校の先生だ。勤め先の小学校はその地域の天気予報で警報が出ると休校になる。本日は大雨のために休校になった。かみさんはいつも通りに出勤していったが、子供達は休みだそうだ。さっき連絡がはいった。子供達が休みだと普段より、少し早く帰宅できる。
 さて今夜は何を作ろうかな。なんか美味しいものを作るとするか。

レレレのおじさんへの道


 まずは夕べの報告。おいしいご飯を作ると書いたが、まあ私的な尺度であるが、それなりのものを作ったと思う。献立は、(1)庭に生えているシソの葉で作ったジェノベーゼ・ソースを使ったパスタ。(2)イタリアで買ってきたドライトマトと小松菜、牛肉(週末は結婚のお祝いでいただいた、すき焼き鍋を使って、すき焼きをしたのだ。その残りの肉)をオリーブオイルで炒めたもの。(3)トマトをベースにした野菜スープ。
 どれもなかなか美味であった。とくにジェノベーゼはうまくいったと思う。シソはこれから本格的に生えてきそうなので、今年は沢山作るつもりだ。バジルも植えたので、これでも挑戦する予定だ。


 今朝は家の前の掃除をした。うちは道路沿いにレッドロビンという木を植えていて、これの落ち葉がすごい。とくに風や雨の翌日は道路に葉っぱが散乱している。とても気になっているのだが、頻繁には掃除をしない。
 私は家事に疎おしさを感じるタイプではないが、こと掃除は苦手であると書いたことがある。しかしその場合の掃除とは掃除機がけのことである。あれは好きでない。一方、箒がけは嫌いではない。だから家の外はもっと頻繁に箒がけすればよいのだが、あんまりやらない。
 それはなんだか、ちょっと恥ずかしいからだ。平日の朝に家の前を掃いているのは老人と相場が決まっている。だから私が箒がけをすると目立つのだ。いかにも暇そうに見える。いや、私がそう思っているだけかもしれないが。

 レレレのおじさんは、いったい幾つぐらいだろう。おじさんだから、老人ではない。きっと40代か50代であろう。私と同世代である。
 だから私はレレレのおじさんを見習うことにした。考えたら、あの人は立派な人だ。いつも公共の場である公道を掃除し、会う人ごとに挨拶を欠かさない。どんなに馬鹿にされようが、せっかく集めた葉っぱの山を蹴散らかされようが、笑顔を絶やさない。そして、人の目を気にせずに毎日、家の前を掃く。

 レレレのおじさんにはモデルがいるといわれているのをご存知だろうか。モデルの主はチューラパンタカといい、釈迦の弟子だ。チューラパンタカには兄がいて、兄も釈迦の弟子であった。兄は優秀な弟子だったが、弟は愚鈍で短いお経のひとつも覚えられない。兄が気遣い、簡単な言葉で、釈迦の教えを覚えさせようとしても、翌日には忘れてしまう。最後は兄も匙を投げてしまう。
 その様子を見ていた釈迦はチューラパンタカに箒を渡し、「ちりを払わん、あかを除かん」と唱えながら、毎日掃除をしないさいと指示を与えた。流石にこの言葉だけは覚えられたらしい。まじめなチューラパンタカは指示の通り、毎日「ちりを払わん、あかを除かん」と唱えながら、掃除を続けた。するといつか心のちりや、あかも取り除かれ、悟りを得たという。
 誰よりも愚かだったチューラパンタカが悟りを得たことに、周囲が驚いていると、釈尊は言った。
 「悟りとは、多くを学ばなければいけないというのではないのだ。短い教えの言葉であっても、その言葉の本当の意味を理解し、道を求めたならば、得ることができる」
 
 私も今日は「ちりを払わん、あかを除かん」と唱えながら、家の前を掃いた。いや、嘘です。こんなところで嘘をついちゃ、いけない。ごめんなさい、お釈迦様。ただ気分はレレレのおじさんで、掃除をした。
 しかし、通り過ぎるひとに「お元気ですか?」と声をかけることはできなかった。うつむいて、目を合わせないようにして、掃除を続けた。
 まだまだである。レレレの道は険しいのである。

夏の朝


 本日も4時半起床。すぐに人間と猫の朝食を作る。人間の献立は自家製のちりめん山椒、もらい物の漬物、よこすかJAで買ってきた地卵のTKG、かなり以前に採ってあったアシグロというキノコのお吸い物。猫のは毎日同じ、ドライフードである。
 5時半にはかみさんが出勤、見送るとすぐに食器の後片付け、猫のトイレの掃除、洗濯、ゴミだし、髭の手入れ、髪のセット、歯磨きなどしているともう6時半を過ぎていた。
 それから散歩へ出動。コースはいつもの裏山である。裏山に登って、深呼吸とストレッチ。それからぐるりと公園を歩いて帰宅。所要時間は約50分であった。
 続いてプランターの植物に水遣りをした。実はプランターは8つあるのだが、そのうち植物が根付いたのは4つのみであった。その4つの種類は、バジル、イタリアンパセリ、コリアンダー、ルッコラである。その他にミツバとネギ、ホウレンソウの種を蒔いたが、芽吹かなかった。これらの種はいつ買ったのかも不明な古~い種で、蒔いた時点であまり期待していなかった。しかし奈良時代の種から蓮の花が咲いたというニュースを記憶していたので、もしやと考えた。しかしいくら待っても芽は出ない。諦めて昨日、100円ショップで種を買ってきた。2袋で100円のものだ。これもあまり期待できないかもしれないが。

バジル
元気に育ったバジル。毎日、少しずつサラダにトッピングして食べている

 それでも本日、種を蒔いた。さてどうなるだろうか。今回、買って来たのは袋に6月でも間に合うと書いてあったホウレンソウ、ネギ、ミツバ、そしてアスパラガスである。最初の3種はリベンジだ。最後のアスパラは先日、kozawanさんから送られてきたものがあまりに美味しかったので、ちょっと試してみたくなった。もう10年近く前にもアスパラはトライしたことがある。そのときもプランターだったが。見事に失敗した。アスパラをプランターで育てることは簡単ではなさそうだ。

 散歩から戻り、プランターに種を蒔き、水をやったらすっかり汗だくになってしまった。冷たいシャワーを浴びてから、自家製フルーツのお酢漬けを水で薄めて飲む。毎日の恒例である。

 しかし逗子はすっかり真夏の装いだ。空気は海水浴の海の臭いがする。逗子はすでに海開きをしている。湘南で毎年一番早いのだ。
 ああ、海に行きたいなぁ。でも我慢をしよう。まずは仕事と将来の仕事に繋がる勉強をしなくてはならない。

小原庄助さんな日々


 昨日は横須賀共済病院で膵臓の検査。CTスキャンを撮る。九段坂病院でも他の病院でも、CTは何度も撮った。大体、2,30分は撮影にかかった。昨日もそんなつもりでいた。3,4人待っている人がいたので、1時間は待たされるつもりでいた。そこでトイレに行こうと思い、CTの受付の人にトイレの場所を聞いた。すると、「今から行くんですか」と聞かれた。「?、はい」。「行かれるのなら、お帰りになったら教えてください」。
 トイレから戻り、帰ってきたことを伝える。すると、その2,3分後にCTの順番が回ってきた。随分と早い。
 理由は最新式の機械にあった。待合所に誇らしげに“世界最新鋭のCTスキャンを導入!”というポスターが貼られていたのだが、誇りたくなるのも肯ける。撮影は3分もかからなかった。以前の10分の1だ。CTは結構な量の放射線を浴びるという。これなら被曝量も少なく済むだろう。

 今さっき、朝の散歩から帰ってきた。今日も良い天気である。私の住んでいる場所は、本当に気候に恵まれていて、冬は比較的温かく、夏は涼しい。今日も木漏れ日の森の中を歩くと、実に気持ちがよかった。家の中も涼やかな風が入ってくる。今も書斎の窓を開けてPCに向っているのだが、爽やかな風が入ってくる。今年になって、一度しかエアコンは使っていない。夜も当然、ノーエアコンである。というか、寝室には元からエアコンがないのだが。それでも涼しくて、ここのところはちょっと寒いぐらいで、羽毛布団を足元にかけて眠っている。
 散歩から帰ると、それでも少しは汗ばむ。そこでシャワーを浴びに、風呂場へ入る。風呂桶を覗くと昨日の残り湯がある。どうせ流して捨てるのだからと、体も洗わずにザブンと入る。すると温かい。40度近くはある。ほとんど湯の温度は下がっていない。朝風呂である。あ~、気持ちがよい。まったく極楽とは、このことをいうのだろう。シャワーも気持ちよいが、朝風呂もよい。小原庄助さんの気持ちがよくわかる。

 さてまだ朝の8時半だ。今日は財務レポートの翻訳を行う予定だ。本日中に1本終了させるつもりだ。明日はまたCTの結果を聞きに、横須賀中央病院に行かなくてはならない。病院に行くと、一日仕事になってしまう。本日のノルマは今日中に仕上げなくてはならない。さて、頑張るとするか。


夏休み、最後の日


 今日は夏休み最後の日だ。といっても私のではない。かみさんのだ。20日間の夏休みの今日が最終日である。長いようで過ぎてみたら短い。ああ、なんと楽チンな日々であったことか。

 メシを作らない生活がこんなに楽だとは、主夫生活を始める前の私は知らなかった。主夫を始める前から、ほぼ100%自炊の私ではあった。逗子に越してきてからひとりの外食は一度しかない。都内で一人暮らしをしていたときも、月に一度程度しか外食や弁当はなかった。あとは全部、自炊だった。しかし自分だけのための自炊はかなりいい加減なものである。面倒くさいときは、ビールを3,4本飲んで寝てしまうこともあった。これは自炊とは言わないか。ところが相手がいるとそうはいかない。疲れていても、面倒くさくても、気分が乗らなくても、毎日それなりの食事を作らなくてはならない。
 ところがこの20日間は、かみさんが食事を作った。食事の間に、本なんかを読んだりして。猫のお腹をくすぐったりして。寝転んだりして。そうしてただ、食事が出来上がるのを待っていた。この夢のような日々は今日、終わる。

 それともうひとつ終わることがある。華麗なる飲酒の日々だ。
 体調を壊してからは、ウイークデーは飲まないことにした。ウイークデーは飲まない、ということはウイークエンドは飲むということだ。ウイークエンドとは休みの日である。私は毎日が休みのようなものだから、これはかみさんが休みの日という意味である。休みというものを改めて考えてみた場合、別に土日だけとは限らないことに気が付く。そう、旗日も含まれる。さらにだ。この考えを延長すると、夏休みも含まれることに私は気が付いた。
 こうした帰納法による分類で、かみさんの夏休みは「アルコールOK」ということを私はみごとに発見したのだ。
 あ~、それにしてもだ。なんか寂しい。この寂しさは。。

 夏休みの終わりはとても物悲しいものである。まだ残暑は続いているのに、暦だけは無常に夏休みの終了を線引きする。人は理屈だけで、物事を理解しているわけではない。より深層の叙情的感知というものが、実は理解に大きく影響を与えている。

 こんな屁理屈を書いていても気分は晴れない。さっきからツクツクホウシの声が聞こえてきて、物悲しさに拍車をかける。
 楽チンで、風呂上りのビールをグヒグヒいった、そんな日々よ、さようなら。また来年まで。

クジラ汁を作る


 Kozawanさんから夕顔(冬瓜みたいな巨大なウリ)を5つもらった。3つは食べたが、まだ2つ残っている。夕顔のレシピを検索していて「クジラ汁」というものの存在を知った。クジラと夕顔の味噌汁だ。
 クジラ汁は新潟など日本海側で食べる夏の滋養食だそうだ。我々がウナギの蒲焼を真夏に好んで食べるようなものらしい。
 そういえばkozawanさんは長野だ。長野と新潟は隣接している。新潟でも夕顔を作るのだろう。夕顔はこちらのスーパーで見たことはない。しかし長野では、どこの店でも置いていた。新潟もきっとそうなのだろう。

 クジラは最近、凝っている横須賀JAの「すがなごっそ」へ行く途中で見つけたマグロ屋で売っている。そこではいつも冷凍マグロを飼うのだが、クジラの存在も知っていた。以前から食べたいと思っていた。

 クジラは好物だ。私の子供の頃は結構、クジラは食卓に上がった。牛(ギューと読んでください、ウシではありません)が頻繁に食卓に上がるようになったのは、中学校の頃からで、それ以前はクジラの方の比率が牛よりも高かった。
 給食でも出ることがあった。ちょっと癖があり、苦手な子供もいたが、私は好んで食べた。
 最近は食べることがほとんどなくなったが、あれば食べたい。

 クジラ汁で使うのは皮の下の脂身である。たまたま今回はマグロ屋に脂身がひとつしか置いてなかった。ひとつでも結構な量だったが、刺身でも食べたかったので、赤身も買う。
 クジラの脂身、赤身と夕顔が主人公となり、そこにゴボウ、タマネギ、ジャガイモ、コンニャクが脇を固める。味噌を入れ、椀によそい、最後はネギを刻んでトッピングする。
 ちょっと臭みがあるが、濃厚な味である。少しトン汁と似ている。これだけでご飯を食べられる。
 赤身と脂身は薄くスライスして、刺身にもする。赤身と脂身を一対として一緒に食べる方法をマグロ屋から教わり、それを試す。うまい。赤身がトロとなる。

 夏は終わりを告げようとしているが、また夏が訪れたら、再チャレンジしてみよう。夏の楽しみがひとつ増えた。
 クジラと夕顔が一緒に手に入る方、お勧めですよ。そんな幸運な方は、あまりいないかもしれませんが。

 そうそう、夕顔はもうひとつ残っているのだ。今週中もまた何かを作ろう。これもまた、楽しみ。

台風の一日


 昨日の台風はすごかった。逗子は台風の中心の東に位置し、強風をもろに受けた。我が家は海からは1キロぐらい内陸だが、山の南斜面に立ち、南風を直接受ける。
 マンション住まいのときは、あまり感じなかったが、一軒家に暮らすようになってよく分る。台風の風圧は凄まじい。風を受けて家全体が揺れるのだ。その恐ろしいこと。
 我が家は三匹の子豚、ブー、フー、ウーでいえば、2番目のフーの家クラスかもしれない。多少の風ならば耐えられるが、強風だと飛ばされそうだ。
 まあ飛ばされることは、正直ないと思っていたが、飛来物の直撃は怖かった。窓に当ったら一大事だと考え、午前中から全ての雨戸を閉め切った。
 風の轟音と暗い部屋に怖気づいた猫一匹(大ちゃん)は、始終私の後を追い求めた。野良暮らしがあったフクちゃんは平然として、お腹を出して寝ていたが。

 そんな台風の中、ジム(市営の体育館だけど)へ出かけた。流石に人は少ない。それでもいることはいる。こんな日に来るとは、鈍感なのか、熱心なのか。そんなことを考えながら(きっと、お互い)、言葉は交わさずにもくもくとトレーニングをした。

 家から帰ったのが3時半ぐらい。携帯を見るとメールが届いている。かみさんが勤め先の小学校から、臨時の早引きで帰って来るようだ。ちょうど逗子駅に着いたころだ。電話すると、今逗子駅に着いたところだという。すぐに車で迎えに行く。駅に向かう途中、徒歩で家路へ急ぐ人を何人も見かけたが、みな傘など役に立たないので閉じて手に持って歩いている。当然、全身ずぶ濡れだ。

 帰宅後、夕食を作る。前日に買ってあったサンマをお酢で煮る。スーパーで一匹85円にて売っていたので、6匹購入してあったのだ。1時間煮ただけで、骨も頭も食べられる。6匹、すべて煮る。これだけ作って、後はかみさんにバトンタッチ。かみさんは野菜の品を2種類作る。かみさんが料理をしている間は書斎に戻り、翻訳の続きを行う。

 本来は平日は飲まない予定だが、かみさんが早く帰ってきたし、台風だし。なんだか特別な日のような感じがしてきて、思わずビールを開ける。当然、ビールだけでは済まず、熱燗へ突入。と、いつもの展開をする。

 夜、7時ごろ、台風は過ぎたようで、辺りは急に静かとなる。静かになったとたんに、秋の虫の声が。小さな虫はいったい、どうやってあの強烈な風や雨から身を守ったのだろう。
 熱燗を傾けながら、秋の音色に聞き入った。

失態


 月曜日は大学時代の同級生4人と飲んだ。場所は横浜。時間は5時半から。
 横浜にしたのは僕の帰りが楽だから。5時半から始めたのは、早く帰りたかったから。
 同級生と飲んだきっかけは、ひとりが愛知県に住んでいて、職場の旅行で東京に来ており、夜は抜け出せそうだから飲みたいと言ってきたからだ。その同級生は東京見物に来たから宿泊は都内。たしか浅草だったと思う。だから本当は都内で飲みたかったのだと思うが、こちらは東京へ出たくない。遠いから。そこで折衷案として横浜にした。せっかく同級生と飲むのだから、少しでも参加者を増やしたいと何人かに声をかけた(僕ではなく、愛知の同級生が)。参加が決まったのは神奈川県や都内でも比較的横浜に近い大田区に住む人が、その他3人。
 飲み始めたら、やはり楽しくて時間が経つのは早い。9時ぐらいにお開きにして、すぐに家に帰るつもりでいた。翌日もかみさんの出勤があって4時半に起きなくてはならないからだ。朝飯を作らなくちゃいけない。幸い、火曜日は弁当を持っていかなくても良い日で、その支度はしなくて済んだのだが。でも絶対に4時半に起きなくちゃいけない。
 しかしあっという間に9時を過ぎ、もうちょっと、もうちょっとと飲み続け、気づいたら11時を過ぎていた。浅草に帰る愛知の同級生が終電を気にし始めた。さすがに出よう、ということで店を出たのは11時半近くだった。
 幸い、全員終電はあって、それぞれ帰途についた。僕の場合は横須賀線を下る。まだ終電には時間があって、余裕のご帰宅である。
 電車には途中から座ることができた。座るとすぐに睡魔が襲ってきた。
 そして、目が覚めた。なんだが様子がおかしい。とても静かである。あわててホームに飛び出ると、横須賀であった。時間を見ると12時半。もう上りの電車はない。冷たい夜風が、頬をなでるのみであった。
 仕方ないのでタクシーを拾った。まだ翻訳の仕事が軌道に乗っているわけでなく、収入は安定していないと言う僕の言葉に同情した同級生達は、最後の精算のときに、端数をまけてくれたりした。300円ぐらいだけど。しかし僕のおかした失態は、同級生達の同情をまったく無にしてしまうものだった。タクシー代は5000円近かかった。

 家について、歯を磨いて、パジャマに着替えて。ベッドに入ったのは1時半を回っていた。
 それでも翌日はちゃんと起きました。睡眠時間、約3時間。酔いはまったく醒めていなかった。酔っ払ったまま、朝飯を作った。さすがに自分は食べることができなかった。

 かみさんを送り出したら、一安心。ベッドに戻ったことは、言うまでもない。

野イチゴはこれで最後


 野イチゴを積んだ。先々週の話だ。もっと早くブログに書こうと思ったけど、写真をアップするのが面倒で怠けていた。もう梅雨に入って、いまさら野イチゴの話でもないと思うが、今回はその話。

 以前も一度、ブログで野イチゴについて書いたことがある。近所の森にはちょっとした池があり、そこの周りに野イチゴがなる。そこで採ってきた野イチゴの写真を紹介した。
 今回も同じ場所で採った。その2,3日前に池の周りを散歩していて、野イチゴの存在に気付き、あらためてその日にビニール袋持参で採ってきたわけだ。
 しかしもう野イチゴ狩りは止めようかと思っている。そのわけは。

 ひとつは、そのときに近くに子供の遊ぶ声がした。僕は野イチゴを取りながら、子供にその様子を見られたくないと思ったのだ。それで慌てて、野イチゴを積んだ。なんだか後ろめたい気持ちだった。
 別に採って悪い場所ではないと思う。おそらく市の所有地で、根こそぎ取ってしまうわけではない。実だけを摘まむのだから、植物に悪い影響はないはずだ。でも、なんだか疚しい気持ちにさせられた。いい年こいたおじさんが、こそこそ子供の眼を避けながら、野イチゴを摘まむ。なんだか情けない構図である。
 ふたつめ。そこは人通りが少ない場所だが、それでも散策に訪れる人がいる。そういう人もきっと野イチゴを見て楽しんでいたはずだ。
 「ああ、野イチゴだよ。赤くてきれいだねえ、かあさん」、「ほんとね、おとうさん。ここには毎年野イチゴが実るのね」。なんて会話を楽しみながら、夫婦で歩く人もいるだろう。しかし僕が採ってしまえば、そんな目の楽しみを奪うことになる。
 そして、みっつめ。正直、美味しくなかったのだ。2,3年前に採ったときも同じ感想を持った。その時は一晩水に浸けておいて、翌朝食べた。甘みも酸っぱさも抜けてしまって、ちっともうまくなかった。そこで今回は水に浸けるのは30分程度。きれいに洗い、冷蔵庫で保管し、翌朝に食べた。しかし味は同じだった。水に浸けすぎたから、味が抜けたのではなかったのだ。元から味がないのだ。ふかふかで歯触りも良くない。
 西洋の人は昔から野イチゴやベリー類をよく食べる。なぜ昔の日本人は食べる習慣がないのか不思議だった。その答えが分かった。日本の野イチゴはうまくないのだ。うまくなければ、そりゃ食べないはずだ。
 ということで、これからは野イチゴは、摘まずに目で楽しむことにする。

野イチゴ
見た目は美味しそうな野イチゴ


修繕積立金は強い味方


 今朝はすごい雨だった。窓の外を見ると、滝のように雨粒が降りしきっている。まるで滝だ。いや、本当に滝だ。というか滝そのものだ。いや、ちょっとおかしい。降りすぎじゃないか。
 あまりに猛烈な瀑布のような雨に疑問を感じ、窓の外を確認すると、トイが壊れていた。つまり屋根に降った雨はトイから地中の下水に流れるところ、トイが壊れていて、ちょうど窓の外に集中して落下していたのだ。やれやれだ。また修理しなくてはならない。
 去年の台風の後も、トイがひとつ飛ばされて、工務店に修理を頼んだ。以前、記事で紹介したことがある逗子の安田工務店に頼んだので、うんと安く請け負ってくれたので助かったが。
 一軒家は何かと家の修繕に金がかかる。

 といってもマンションだって、実際は同じぐらいメンテナンスに費用がかかっている。しかし毎月の修繕積立金で賄っているため、負担が意識されないのだ。
 自分も今の家を買う前に、自分だけの管理組合を設立し、修繕積立金(管理費込)を徴募することを決めた。積立額は毎月3万円である。普通のマンションでも管理費と修繕積立金を合計すれば3万円ぐらいになるだろうということで、この額に決めた。
 毎月、3万円は月初めに自分で郵便局に設けた管理口座に入金している。毎月きちんと入金を続けている。年間にすると36万円になる。この家を買って、7年近くになるので、すでに250万円ぐらい積み立てたことになる。

 この積立はとても心強い味方だ。今まで積立から以下の修繕を行ってきた。外壁のペンキ塗装、外壁の腐食部分の修理、屋根を全面葺き替え。便器の買い替え。トイレと洗面所の壁紙の張り替え。下水の敷設し直し。そして、トイの修理だ。
 全て修繕積立金で賄うことができた。実は外装の修理と屋根の葺き替えには、一部火災保険を使うこともできていて、その部分は積立金を崩さないで済んでいるが。

 大きかったのは屋根の葺き替えだ。ある日、書斎の壁に雨のシミができていることに気が付いた。雨漏りしている。雨漏りは家の腐食の大敵である。直さなくてはならない。シミに気付いた1か月ほど前に、台風で屋根の一部が破損していたようだ。
 当時、うちの屋根は古いアスベストのスレートが葺かれていた。工務店に尋ねると、そのままアスベストの上に新しい屋根を葺くことを勧められた。アスベストの撤去は費用がかかるからだ。しかし以前からアスベストが気になっていたので、高くとも葺き替え直してもらうことにした。
 迷わずに即断できたのは、火災保険と修繕積立金のおかげだ。
 屋根を直すには足場を組まなくてはならない。この足場が高い。3,40万円はかかるらしい。その話を聞いたので、ついでに外壁のペンキも塗り直し、さらに破風や窓枠、庇などの腐食部分も全て直してもらうことにした。これも修繕積立金があったから、可能になった。
 下水の水が逆流して、裏庭に汚水が溢れたときも驚いたが、修繕積立金があったので不安ではなかった。

 そうだ、もうひとつあった。この積立金は管理費も含まれている体裁なので、植木の剪定にも使っているのだ。うちは背の高い木が数本あり、自分では対処できない。1,2年に一度、植木屋を入れている。これも積立金から出しているのだ。
 よく庭は植木屋に任せていると言うと、「余裕ですね」と、普段の僕の生活を知る人からは驚かれる。そうだろう、財布から剪定代を出すのならば、躊躇してしまうだろう。でも積立金があるから、へっちゃらなのだ。実は。

 さように修繕積立金は非常に心強いパートナーであり、安心感をもたらしてくれる。
 一軒家に住んでる人。これから購入する予定の人。修繕積立金、始めるといいですよ。お勧めします。

梅干し作りに挑戦


 今年は初めて梅干し作りに挑戦している。梅干しを家庭でこしらえることは、案外難しいという。はたしてうまくできるだろうか。

 梅干しは毎朝、緑茶に入れて食している。じじむさい食べ方だと自分でも思う。でもこの習慣はもう10年以上、続けている。
 安岡正篤という東洋哲学の学者がいた。歴代の首相の精神的指南役であったと言われている。平成の元号も、一説には安岡が案出したとされる。晩年はあの細木数子を愛人とし、易経や四柱推命を細木に教えた。細木の六星占星術は四柱推命の簡易バージョンである。
 今では細木の愛人として有名になってしまった、元は偉い学者であるその安岡正篤が健康の基として、推奨していたのが、緑茶に梅干しだ。どんな用事があっても、必ず朝は家に戻り、梅干し緑茶を食したそうだ。安岡は85歳まで生きたから、きっとそれなりの効果があるのだろう。それで、私も続けているのだ。

 昨年の誕生日に妻にカメを買ってもらった。カメというのは、亀のことではない。甕の方だ。梅干しを漬け込む容器だ。
 私の誕生日は1月で、去年も梅干しを作る機会はあった。しかし、作らなかった。梅をどこで手に入れようかと思案しているうちに、梅のシーズンが過ぎてしまったのだ。梅が八百屋に並ぶのは、ほんの1、2週間だけだ。
 今年も近くの西友に、梅干しが並び始めた。しかしこの地域はいわゆる山の手カルチャーの地域で、家で梅干しを付ける人は少ないみたいだ。並んだ梅は梅酒用の青いものばかりである。梅干しには熟した黄色い梅が、必要なのだ。
 今年もどうしようかと思案していた。
 先週の土曜日にたまたま大船へ、買い物に出かけた。大船へ行くことは、1年で1程度しかない。珍しい出来事だ。
 大船はめったに行かないが、行けばとても楽しめる場所だ。昔風の商店街が続き、信じられない程安く、魚や野菜が買える。
 八百屋を眺めていると、梅が売られていた。熟した黄色い梅もある。そこで、これチャンスとばかりに、購入した。1キロ500円だった。安いのか高いのかは分からない。全部で4キロ、買った。

 日曜日に梅を漬け込む作業を行った。焼酎で甕を消毒した。梅は水で洗い、ヘタを楊枝で一つずつ取り去る。念のため、梅も焼酎で拭く。
 梅を甕に移し、塩を適量振り込む。重石は持っていないので、ペットボトルなどに水を入れ、約8キロの重しにし、落し蓋の上に乗せる。後は待つばかり。一日程度で、梅酢が浮いてくるはずだ。
 昨日は何度も梅酢のチェックをした。しかし浮いてこない。心配になった。
 そして今朝だ。甕を覗くと、梅酢がたっぷりと浮いているではないか。思わず、「やったー」と喜び、妻に呼び出し、えばって見せる。
 梅はとても良い匂いだ。今の段階では、まだ梅干しの匂いではない。もっとフルーティーで、プラムのような香りだ。とてもかぐわしい。
 このまま20日程度、漬け込む。その後、天気の良い日に、2.3日ばかり天日干しをする。それからは熟成を待ち、秋には食べられるという。しかし本当は、2年ばかり待った方が、味がこなれてきて美味しいらしいが。きっと秋から、食べ始めてしまうだろう。
 しかし梅干し作りは難しいという。カビがつくのだ。小まめに甕を覗き、カビが出てきたら、杓で掬う必要がある。
 まだまだ、始まったばかりなのだ。小まめな確認を続けなくてはならない。

 今は気になって、一日何度も甕の中を覗いている。なんだか、ワクワク楽しくて、つい覗いてしまうのだ。

梅干し

昨年、誕生日プレゼントで買ってもらった自慢の甕。ペットボトルを重石にしている。
かなり大きいので、10キロは漬けられそう。



頭の中は、梅でいっぱい


 梅は順調に漬かっている。梅酢もたっぷり浮いているし、カビも生えてこない。

 梅がとても可愛い。ここ数日は、猫のフクちゃん、大ちゃんよりも可愛く思えてしまうほどだ。猫は向こうからスリスリ寄ってくるが、梅は自主的に来ることはない。いつもこちらから、伺わなくてはならない。
 女性と同じようなものかも知れない。相手が寄って来れば、なんとなく邪険に扱いたくなる。逃げれば追いたい。しかし泰然自若で動かないのは、もっとも手ごわい。こちらが寄れば、にっこりほほ笑んで迎えてくれる。しかし相手から、アプローチしてくることは決しない。いつも同じ場所にいて、近づけば、ただ芳香を漂わせ、気をそそる。実に悩ましい。

 先日は、梅酢を初めて使ってみた。ドレッシングの代わりにオイルと一緒に、サラダに降りかけたのだ。そのうまいこと。口の中一杯に、幸せ感が広がった。

 今日のお題は、これだけである。ちょっと短いね。
 最近は、何にも起こらない。毎日、家にずっといて、パソコンに向かい続けている。本も読まない。だから、書きたいネタに出会わない。

 早く、今取り組んでいる仕事が終わらないかな。終わったら、遊びに行こう。ジムへも行こう。本も読もう。庭の掃除をしよう。実家へも帰って、両親の様子を見に行こう。



 そうだ、閑話休題。厚生省が平均余命表というのを出しているのを、ご存じだろうか。平均寿命ではない。あれは、その年に生まれた赤ちゃんが、何歳まで生きるかの平均値だ。平均余命年数は、すでに生まれている我々が、あと何年生きられるのかの年数である。 両親について書いて、思い出したのだが。
 親父は今83歳で、後何年生きるのかを調べてみた。こう書くと、なんだか早く片付いて欲しいようだが、全然そうじゃありません。単純に、どのぐらいの余命があるのかを知りたかっただけだ。本当だよ。
 平均余命表は5才区切りなので85歳を見る。すると男は6.27年。つまり91.27歳まで生きるのだ。結構、先があるね。まずは、安心。僕の仕事がもう少し、安定して、安心させてあげたいのだ。それまでは、生きてもらわねば。それに親父は元気なので、もっと行くかもしれない。
 おふくろの場合だが。今71歳で、70歳を見ると、あと19.61年。89.61歳だ。まだ、随分、あるね。これも、よしよし。
 男の親父の寿命が長いのが不思議なようだが、それは親父がおふくろよりも12歳年上だからだ。すでに長生きした人は、その歳より以前に死ぬことがない。だから平均寿命が増える。ちなみに90歳の女性は5.71年で、95.71歳が平均寿命になる。
 ところで僕はどうかを見ると、僕は49歳だから、50歳を見る。すると、31.51年。81.51歳だ。あと、30年ちょっとである。これを長いと見るべきか、短いと見るべきか。
 そこで時間軸を逆さにしてみて考えた。30年前は19歳だった。大学に入った年だ。随分、古い過去なのだが、ついこの間のように感じる。本当に、ついさっきのようだ。例えば、今時代をワープして、ちょうど30年前に戻っても、きっと違和感なく、生活を続けられるだろう。普通に家族と接し、大学に通い、ガールフレンドとデートして。

 30年なんて、過ぎてしまえば、あっという間だ。
 歳を重ねると、年月は加速度を増して、過ぎていく。となると、これからの30年は、もっと早く流れるだろう。恐ろしいことだ。

私は不調、梅干しは順調



 眠い。パソコンに向かっていても、暑さと眠さで、脳みその半分は眠っているような気がする。
 オリンピックだ。昨夜は柔道の試合をライブで見てしまい、ふとんに入ったのは1時ごろだった。そして起床はいつも通りの4時半。3時間半しか寝ていない。

 この2か月間進めていた仕事は、今日中に仕上げる予定でいた。しかし案の定、遅れている。今日中に仕上げることは不可能だ。来週には旅行に行くため、それまでには必ず仕上げなくてはならない。クライアントからは、少し遅れても構わないと言質を得ているので、少し気が楽だが。
 今日も朝から仕事で、頭をフル回転で使わなければいけないのに、脳みその半分は休暇中である。残った半分も、お疲れ気味で、あまり働いてくれない。でもやらなくては。
 もうほとんど終わっている。後は最終部の年譜とConclusionの部分だ。年譜の訳はあまり頭を使わなくてよさそうだ。分量は多いが、休暇中の脳みそも、暫くしたら出社してもらい、社員総出で働いてもらおう。そうすれば、きっと今日中に終わる。でも、今夜はちゃんと休ませてあげなくちゃ。またオリンピックを見たら、明日は全員休暇を申し出てくるだろう。

 そんな切羽詰まった状況にもかかわらず、昨日は梅を天日干しした。七夕の日に梅を塩漬けした。塩漬け期間は3週間だそうだ。それで昨日は仕事を中断して、梅を甕から摘み出し、ザルに一つずつ並べて、庭で干した。
 梅は4キロだが、ザルはひとつ。間に合うのかどうか心配だったが、並べてみると丁度のサイズだった。きれいに並べた梅を見ていると、喜びが込み上げてくる。
 サイズ、色、形、どれを取っても素晴らしいではないか。これが初めて梅干しを作る男の作品だろうか。我ながら惚れ惚れする。昨日はおそらく、10回以上は庭に出て、梅干しを眺めただろう。嬉しくてかわいくて。頬ずりしたいぐらいである。
 梅を干すのは、思ったよりも時間がかからなかった。その後、何回も眺めにいったので、累計ではそれなりの時間を取られたことになるが、良い気晴らしになった。

 きちんと数えたわけではないが、梅の数は300程度だ。僕は毎日、梅干しを一つずつ食べている。大きい梅は半分しか食べないときもあるので、この量で1年持つだろう。いや、全体的に梅のサイズが大きいので、かみさんと半分こずつ食べれば、二人で一年楽しめるかもしれない。
 天日干しは3日3晩だそうだ。それが終わったら、容器に入れて熟成を待つ。年明けには食べられるそうだ。
 今からとても楽しみだ。

梅の天日干し
炎天下の梅干し達。しっかり日光浴して、美味しい梅干しになってね。


レジ袋とゴミ袋、どっちがエコ?


 最寄りのスーパーが、レジ袋の有料化を始めた。有料化の理由は、地球環境の保全だそうだ。顧客に対しては、「資源の有効利用にご協力ください」と訴えている。
 暫くは有料でレジ袋を購入していた。サイズごとに値段が異なり、大は3円、中は2円、小は1円である。レジへ行くたびに、「レジ袋はどうされますか?」と聞かれ、「お願いします」と答えていた。
 しかし周りを見渡すと、レジ袋を購入している人はかなり少数派である。また購入しない人に対しては、「ご協力ありがとうございます」とにこやか答え、歓迎の意を満面に表す。購入する人には、とても残念そうな表情で、「承りました」と暗い表情で答える。購入する人は、地球に優しくない、悪人のような雰囲気だ。
 そんな圧力に負け、最近は僕もマイバックを持参するようになった。これで僅かばかりだが、レジ袋代は節約でき、さらに地球に優しい人にもなることができた。全てが良い結果に落ち着いたわけだ。いや、果たしてそうだろうか。

 レジ袋は無駄に捨てていたわけではない。ゴミ袋として二次利用していた。僕はレジ袋をもらうときは、ゴミ袋として必要な分だけをもらうようにしていた。「最近、ゴミ袋のストックが少なくなってきたな」、と思えば多めにもらい、「余裕があるな」と考えれば、なるたけもらわないように努めた。
 しかし今はゴミ袋の補充がない。ゴミ袋は絶対に必要なものだ。昔のように、ポリバケツに直接捨てて、ゴミ回収の人が、中のゴミだけを回収してくれるわけではない。ゴミ袋に入れて、所定の集積所にもって行くことが、ゴミ回収の前提となっている。だから、何としてもゴミ袋は必要だ。
 仕方がないので、そのスーパーでゴミ袋を購入している。
 なんか、これっておかしくないだろうか。「レジ袋は、必要ありません」なんて涼やかに答えて、エコに貢献しているような気持ちにさせられて、その買い物かごの中身には、レジ袋と同じビニールでできたゴミ袋が入っている。本当に資源の有効利用に協力していることになるのだろうか。

 それと値段についても、不満を感じる。スーパーで売っているゴミ袋の値段を計算したら、小は1.5円、中は2.5円、大は4円ぐらいになる。レジ袋よりも、どれも高い。
 もうひとつ袋の材質も、不満だ。レジ袋は、昔はしっかりしたものだったが、コスト削減のためか、最近は随分と薄手になった。一方、有料のゴミ袋は、しっかりとして厚い。
 同じサイズのレジ袋とゴミ袋を比較したら、製造するために要する石油の量は、明らかにゴミ袋の方が多いだろう。
 つまり値段は高いし、地球にも優しくないことを、スーパーは奨励しているように思えるのだ。

 もしかした僕が間違えているのかもしれない。やっぱりレジ袋よりも、ゴミ袋の方が、地球に優しいのかもしれない。それならば、良いのだけど。
 やっぱり今のところ、僕の知り得る情報では、レジ袋の方が地球環境負荷は少ないし、料金も安いように思える。
 
 レジ袋の再開を検討している。

 

遊んでばかりの週末


 「今週末は遊んでばかりいたな」とかみさんに言ったら、「あら、そうかしら。窓を掃除したし、料理も作ったじゃない」と言われた。そうかもしれない。でも、何となく遊んでばかりでいたような気がする。
 ここのところ週末も仕事をしていた。ところが先週末は特に急ぎの仕事がなく、仕事はまったくしなかった。
 来週末にかみさんの友人が何人か来ることになっており、その準備を二人でした。土曜日は、僕は窓の掃除とカーテンの洗濯をした。今までも少しずつ始めていたが、土曜日には残りを一挙に終えた。お客さんに見える一階だけではあるが。
 残っていた窓は結構あり、磨き上げるのに半日かかった。昼前から始め、終わったら夕方になっていた。
 日曜日は料理を作った。この前の週末に横須賀の農協「すかなごっそ」で大量のショウガが買ってあったので、それでショウガ炒めを作ったのだ。これがかなり手のかかる料理だ。全部で1時間半もかかった。この料理はお客さん用ではない。僕らの普段の食事用である、ちなみに。
 そういう意味では、この週末は遊んでいたわけではない。家事をして過ごしていた。でもなんだか、遊んで過ごしたような気分だ。
 僕も少しはフリーランスの人間らしくなってきた証拠だろうか。本業の仕事をしないでいると、何となく後ろめたい。そして、不安。
 
 ついこの間まで、平日でも本業は何もしない日が結構あった。それでも、全然平気でネットで遊んだり、近くを散歩したり、逗子の立ち飲み屋で飲んだりして過ごした。あの頃は本当に呑気だった。あの頃なんて、偉そうだけど。

 ちょっと仕事が続いただけなのに、週末に本業に取り掛からないと、不安になるなんて不思議だ。
  

敬意を抱かれない男


 医者に行ってきた。そこの医者はいつも横柄である。一昨日もいきなり「薬は一回にしますか」、と聞いてきた。何を質問しているのか分からずに考え込んでいると、「だから、一日に取る薬は1回分にするかどうか聞いてるんだ!」と、大きな声を出した。薬の処方箋を書くのに、一日分の薬の量を僕に尋ねたらしい。それなら最初からそう聞けばいいものを。怒鳴らなくてもいいではないか。
 以前、横須賀の病院に行った時も、医者に随分と威張られた。なぜ医者という人種は威張りたがる人間ばかりなのだろうか。といってもすべての医者がえばりん坊というわけではない。脊椎鞘腫で入院した九段坂病院の医者はみな紳士的だった。そして腕がよい。威張る医者は、大抵がやぶである。

 今朝、妻が、「そういえば私、今年も厄年なんだって」と言った。妻はこの前、厄年が終わったばかりである。そんなに続けて厄年が来るはずがない。それで僕は、「そんなことはないんじゃない。この間、終わったばかりだよね」と言った。
 妻は、「そうよね。でもこの間、同級生と飲んだ時に、“私たち今年は前厄なのよ”と友達が言ってたんだけど」、と首をかしげた。そこで、「それは友達が間違えているんだよ。だって女の厄年は33才だろ。34歳が後厄で、今年は数えで36歳で、それでまた厄なの。ありえないよ」、と僕は強弁した。
 ここまで読んで、知っている人は苦笑していることだろう。そう、間違えていたのは僕の方である。
 「信じてないみたいだな。理屈で考えれば分かるだろぅ。そんなに厄ばかりが続いたら大変だよ、ほんと。しょうがない。じゃあ、調べてみようか」、とぶつぶつ言いながら、僕は買ったばかりのkindleを使って、ウイキペディアを調べた。そして、読んで青くなった。
 ウイキペディアによると、女性の厄年は数えで19歳、33歳、そして37歳であった。すると数えで36歳の今年は前厄である。妻と妻の友達が正しかったのだ。
 読んだ直後に平謝りをした。自分の非が判明した場合の僕は、とても従順なのである。
 そして謝りながら、実に情けなくなった。まったく同じ過ちをなぜ、僕は繰り返すのだろうか。根拠もないくせに信じ込んでいたことを、こうまで強弁してしまうのはなぜだろうか。たださらりと、「へえ、そうなんだ。知らなかったよ」と言えば良いのである。そして後からこっそりと調べれば。しかし、それができない。
 妻は毎晩、夜が遅い。僕は先に寝ていることが多い。朝だけが、顔を合わせられる時間である。その貴重な時間を不快なときにしてしまった。まったく愚かな男である。

 横柄な医者は患者から信用を得られない。一方、根拠もない意見を強弁する男は、妻から敬意を抱かれないのである。

ハンティングとピーピング


 今日は久しぶりに散歩をした。ここのところ雨やら、降っていなくても降りそうな気配で控えていた。外は風が強かった。
 いつもの森の小道を歩くと、小道から外れた草むらの中の倒木が気になった。近づいてみると案の定、キノコが生えていた。キクラゲだ。まだ小さかったので採らずにおき、倒木を人目のつかない奥の草陰に移動した。これできっと他の人には採られないだろう。もし気付いた人がいても採らないとは思うが、念には念のため。これから散歩のたびに、この倒木を覗こう。散歩の楽しみが、これでひとつ増えた。

 キノコ狩りには興味がなくなっていたつもりでいたが、久方ぶりに生で野生キノコを見ると、胸がはずんだ。やはりキノコ狩りは楽しい。
 最近は散歩をしていても、バードウォッチングばかりである。しかしこれはこれで楽しい。そして思った。男と言うのはハンティング(キノコ狩り)やウォッチングが生来好きな生き物なのだと。これは本能に根差しているに違いない。
 しかしウォッチングの方を突き詰めて考えれば、やはりピーピングの方が好ましい。目に入るものを堂々と見るよりも、相手に気付かれずに覗き見ることに感興を惹かれる。
 そして考えた。果たして僕が行っている行為はバードウォッチングといえるのだろうか。
 ウォッチングといえば、中学生でも習うだろうが、テレビである。「I am watching the television」の例文は記憶にあると思う。そう、ウォッチングというのはテレビを見るように、相手からの視線などを気にせずに堂々と見る行為を指す。試みにジーニアスで調べると、「じっと見ている、注視する、監視する、うかがう」などがある。「覗き見る」という意味はない。そうすると、僕はバードをウォッチしていないのではないか。しているのは、むしろピーピングである。こそこそと鳥に見つからないように、遠くから双眼鏡で覗き見ているのだから。

 今日はいつも何気なく通り過ぎる広場で鳥を見つけた。そこは今まで鳥を見たことがなく、普段は素通りする場所だ。しかし今日は遠くの位置から鳥が数羽群れていることに気が付いた。そこは日当たりがよい場所で、雑草交じりの芝生が生えている。鳥の好きそうな虫が、いかにも多そうな場所だ。きっと普段でも鳥はいるのだろう。僕が鳥の存在に気付かずに近づいて、きっと先に逃げて行ってしまったのだ。
 今日は遠くの位置で気が付いたので足を止め、そこから双眼鏡で眺めてみた。見えたのは数羽のムクドリだった。ムクドリはよく見る鳥だが、せっかくなので暫くピーピングを続けた。するとちょっと毛色の違う鳥がいることに気が付いた。初めて見る顔だ。しっかり姿かたちを記憶しておいて、家に帰ってから調べてみると、「シメ」という鳥だった。
 こんな収穫もピーピングだからできたのだ。シメは少し近づいただけで、真っ先に逃げて行った。ムクドリはかなり近づいても、平気で何かを啄んでいた。

 今日の散歩はハンティングとピーピングをともに楽しめた。

後ろめたさ


 今日は土曜だが、かみさんの学校は父兄参観だとかということで出かけて行った。そこでいつも通りの4時半起きだ。おかげで洗濯も終わらせ、今机に向かっている。
 今日は良い天気だ。こういう良い天気の日はいつも、「今日は今までで一番いい天気だね」と言ってしまう。するとかみさんに、「いつもそう言うね」と笑われる。しかし本当にそう思っているのだから、仕方ない。理屈としては、日々天気が良くなり続けることになり、そんなことはありえないのだが。

 今日から世間はゴールデンウイークである。僕は幸いに仕事が入っているので、今週末は仕事で過ごすつもりだ。GWの後半はかみさんが実家の引っ越しの手伝いに行くそうなので、僕はひとりになる。きっと普段と同じペースで過ごすだろう。早朝に起きて、仕事をしたり本を読んだり。

 こういう過ごし方は気ままで心地よい。しかし後ろめたさも感じる。こうしているうちに、人生の終着駅は刻々と近付いていくわけだ。心地よいばかりの日々を過ごすだけで、良いのだろうか。
 日々の糧を得るための仕事だけをしているわけではない。目標となる仕事の準備も進めている。でもこれって、もう4年も続けていて、未だ結果は出ていない。
 やはり後ろめたい。
 

プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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