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木村、敗れたり

昨日の続き。

昨日はタケノコを灰汁抜きの下茹しただけで、まだ料理していない。今夜、タケノコごはんと若竹煮を作る予定だ。

ところで木村政彦VS力道山の一戦だが。結果は力道山のKO勝ち。伝家の宝刀空手チョップが炸裂し、まともに受けた木村が失神KOしてしまい、勝負が終わった。

なかなかというか、かなりリアルな試合だった。プロレスというより総合格闘技に近い。
視聴後、ウィキペディアで確認すると本来は当然八百長の予定だったようだ。それも本当か嘘か、ジャンケンで勝敗を決めたということまで書いてある。それが、これは諸説あるようだが、木村の蹴りが力道山の急所に当たり、激怒した力道山が筋書きを忘れいきなり本気で木村に攻撃をしかけ、無防備な木村が想定外の本気チョップを浴びて失神してしまったようだ。
そうであろう。そんなリアルな試合だった。

そこで考えたこと。ではあらかじめリアルファイトが前提なら、どちらが勝ったのか。あの試合を見た当時の日本人は力道山の強さに驚愕したようだが。今、こうした背景を知り、さらに多くの総合系リアルファイトらか推測すると。やはり木村かな。

木村政彦は「木村の前に木村なし。木村の後に木村なし」といわれた伝説の柔道家だ。最盛期にの実力は山下やヘーシングを凌ぐと言われている。ということは吉田や秋山以上だろうし。

うーん。ユーチューブを見た直後は、かなり興奮してこれは貴重な試合を見たと思ったのだが。こうして数日経ち、改めて文章にすると。そんなたいしたことではないのかもしれな。
ただ木村といえでも、不意の攻撃には適わないということだ。

武道というのは単純な力やスピードの勝負ではない。もちろん力とスピードは大切なのだが、それ以上に大切なのは間であると思う。この間とはタイミングと場所取り、それとプラスアルファだ(実はこのプラスアルファが大切なのだが、ちょっと言葉で説明する自信がない)。どんなに技がよくても、力があっても間を制しなくては武道では勝てない。この間を木村はあの一瞬失念してしまったのだ。

もしはじめからリアルファイトが前提なら木村は、ああまともに空手チョップは受けていないだろう。ユーチューブで見ると、力道山の空手チョップは決して避けられないものではないようにみえる。現代の格闘家のパンチと比べると、やはりプロレスチックだ。だから山下以上と言われる優れた武道家の木村にとってはなんてことのない打撃であったろう。

だからガチンンコ本気なら、かるく避けて寝技に持ち込み、あとは相撲取り出身の力道山などオモチャにすることは困難ではない。

しかしだ。それでもだ。武道家としてみた場合、不意の攻撃とはいえ、ああまともに技を受けるとは。木村、慢心したな。木村、やはり敗れたり、と見てもかまわないようにも思う。


で、結果はどっち?かというと。最初からリアルファイト前提なら木村の勝ち。木村の方が強いだろう。しかしあの試合だけを見た場合、力道山はズルしたので勝ちとは言えないが、木村も武道家としては許されない慢心があり、これも勝ち(反則勝ち)とは言えない。両者とも負けの試合だ。
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ふたつの道場の効能

 今、合気道は二ヶ所の道場で稽古している。ひとつは以前から行っている文京区の道場であり、もうひとつは最近通い始めた逗子の道場だ。文京は38歳のときから行っているので丸8年通っていることになる。最初の頃はそれなりに上達したが、最近は壁のようなものに突き当たり、あまり上達していない気がしていた。それが逗子に行き始めて、いくつかの“気付き”がった。うん、気付きなんて書くと、まるで甲野善紀見みたいで、特別な技を会得したように思えるけど、もちろん僕のはもっとずっと初歩のものだが。とにかく初歩的なことでも、この気付きにより、壁を少し乗り越えられたように思う。
 具体的に書く。ひとつは舟漕ぎ運動の動きだ。例えば呼吸投げの残身の際、僕の両足は対称に開き、蹲踞の姿勢になった。だがこれは気付いていたことなのだが、先生方は蹲踞になっていない。なんでだろう、と思っていたが、あまり問題ではないと流していた。ところが逗子の先生に最後の蹲踞がいけないと指摘された。それは居ついているからだと。その姿勢だと次の動きにつながりにくいと。それと力が留まってしまい、技に力が伝わらない、とおっしゃる。船漕ぎ運動を意識し、動きの中に船漕ぎ運動を取り入れるようアドバイスされた。その通りにすると、どうだろう。技がうんと力強くなった。それに次の技につながりやすい。いつも船漕ぎ運動は意識しているつもりだったが、技に生かされていなかったようだ。
 もうひとつは、相手の中心線の重要性だ。以前から自分の中心線は意識するように努めていた。しかし相手の中心線はあまり意識していなかった。いや意識しているつもりでいたが、技には生きていなかった。むしろ小手先のことに気持ちが行ってしまっていた。大抵は自分と相手の接点、だいたいにおいて手になるのだが、ここに焦点がいっていた。しかし意識して、相手の中心線に気のベクトルを向けると、これまたどうだろう。力の伝達がまったく違う。ここまで違うとは。うん、最初に意識して技に取り入れたとき、自分で驚いてしまった。“取り”で生かすと技が鋭く力強くなる。“受け”で生かすと安定する。
 今まで何度か、自分なりの気付きはあった。その度に上達のステップを上がってきた気がしたが、今回はふたつ続けて上がることができた。これも逗子の先生の指導のお陰だ。感謝である。
 しかしここで文京の先生の名誉のため書いておくが、船漕ぎ運動の動きを技に生かすことも、相手の中心線の重要性も文京の先生は何度も指摘してくださっている。自分でもそれを取り入れていたつもりでいた。なのにまったく咀嚼できていなかったのだ。これすべて自分の未熟さが原因である。
 なぜ同じことを教わって文京ではできず逗子ではできたのか。これは先生の指導力の差では決してない。断言します。ではなにか。きっと相手が変わり、環境が変わったお陰で同じ風景を見ていたのにもかかわらず、 見方が変わり違った側面を発見できたからだ。それにしても合気道の風景は奥行きがあり、深遠である。まだまだ見えないとことだらけだ。だから見飽きずに楽しいのだ。
 とにかくである。ちょこっとだが上達の喜びを久しぶりに味わうことができた。大変、喜ばしいことである。

ふたりの男の共通点

ふたりの男の共通点

 最近、隙を見つけてはユーチューブやニコニコ動画でウオッチしている二人の人物がいる。ひとりは町田リョートだ。リョートのことは以前から負け知らずでUFCで活躍もしていることは知っていた。試合もネットで見たことがある。それが最近改めて見てみて、驚きを新たにした。勿論強いのだが、勝ち方というかスタイルが斬新だからだ。斬新というのは総合格闘技としてだ。しかし見方を変えると、非常に古典的な動きだ。
 リョートは空手出身だが、今までの佐竹や武蔵とは違う動きをする。今まで空手出身で総合やK1に挑戦した選手は沢山いるが、自分が知る限り全てフルコンタクト系の出身者だ。が、リョートは伝統系出身なのだ。そこのところが大きく動きに違いをもたらせている。リョートの父君は松濤館の人で、若くしてブラジルに渡り、そこで空手道場を開いた。リョートは幼いころより、父から伝統空手を叩き込まれた。
 これって、どこかで聞いたことがある話しだ。そう、グレイシーだ。グレイシーは柔道の古い型が前田光世によりブラジルに渡り、それがグレイシー柔術として、現代に蘇った。町田空手はリョートの父君が伝統空手を自らブラジルに伝え、息子により世界に知れ渡らせることになった。
 その間、日本では柔術は(ただし前田も柔術家というより柔道家だが)柔道になり、試合を目的として進化(?)した。空手は極真系が全盛を迎え、胸突き合いとローキックの我慢比べという形に異形化して進化(?)した。そして古流の型は表舞台から隠れてしまった。

 とにかくリョートはすごい。相手はリョートのパンチ(正拳突き)を予測できない。だから面白いようにヒットする。それとこれは自分としてはさらに驚いたことなのだが、リョートは相手のパンチをはたいて避わすのだ。こんなこと型だけの世界化と思っていた。剛柔流と和同流で稽古したことがあるが、あの型の捌きは、実践では不可能でないかと思っていた。なぜなら、相手のパンチはまっすぐスピードに乗って向かってくる。それを自分の体に当たる直前に手ではたくのは時間的に無理があると思っていたからだ。しかしリョートはそれを軽くこなしていた。
 これは数限りなく型稽古をして、相手の手が伸びてから動いているのでなく、相手の体全体の動きや気配から、自然に反応することが体に染み付いているからできるのだろう。

 さて、もうひとりはというと、それは長谷川穂積だ。久しぶりの日本人大チャンピオンの登場だ。彼の動きもまた、今までのボクサーと異なる。ちょっとはしょって言ってしまうと、まるでリョートの突きのようなパンチを放つのだ。そこで彼のプロフィールを色々ネットで調べてみた。しかし彼に武道歴は見つからなかった。でも、どこかで彼と武道の接点を読んだような気がする。しばらく考えて、もしやと思った。以前、内田樹のブログで彼の名前を見たことがあるような気がしたのだ。調べてみると、ビンゴ。やっぱりあった。ただ、ブログでは結婚式でたまたま同席しただけと書いてある。その席には前述の武蔵もいて、一緒に写真をとっている。
 http://blog.tatsuru.com/2008/02/04_1048.php
 でも、その場で武道の話は当然出ただろう。
 長谷川はちゃんとした武道歴はないが、おそらく周りに経験者がいたり、本人が興味があり、そうとう勉強したのではないか。ある動画で、次のようなことを言っているのを見つけた。「パンチはそこにある物を取りにいくように手を出すんですよ」こんな感じだ。うろ覚えだが、内容は間違いないと思う。
 これを聞いて、またあることを思った。これって、宇城憲治が以前にある番組で言っていたことだ。おそらく長谷川はこの番組をどこかで見た。そして向上心旺盛でクレバーな長谷川はそれをトレーニングに取り入れたのだ。
 うん、ここまでいくと自分の妄想かとも思えなくもないが、でもかなりいい線をついている推理だと思う。そしてもし僕の推理が当たっていたとしたら、嬉しい限りだ。貶められた空手の復活である。

 すでにリョートにより、アメリカでは空手の評価は一新したようだ。アメリカ人は気づき始めている。総合やK1で負け続ける空手とは違う空手があるということを。伝統空手をかじったことがある僕としては、とても嬉しいことである。二人のさらなる活躍を期待する。

 蛇足だが、ネットで長谷川の奥さんが美人だと評判になっているが、確かに評判どおりだ。天は長谷川に二物を与えたのだな。ま、いいか。

 

フェルマーの最終定理と甲野善紀

 今日は職安に行ってきた。月に一度のお勤めである。4月に初めて行ったとき、人の多さに驚いた。3月末で首を切られた人が大勢いたから4月は特別だと思っていた。失業保険の期間が三ヵ月の人が多いので、今月は少しは空いていると想像していた。行ってみて驚いた。むしろ人が増えている。すでに4回目の自分は要領を分かっていて、スムーズに手続きを済ませられたが、ビギナーの方々は汗を噴こ出しながら、書類を覗き込んだりしていた。まだまだ、不況は続いている。

 「フェルマーの最終定理」を読んだ。文中に多数出てくる数式は半分も理解できなかったが、それでも興味深く読み進めることができた。
 甲野善紀はこの本に、彼の人生を変えるほど、影響を受けたといった意味のことを書いている。どの点に影響を受けたか書いていないが、推測するところは、こんな感じだ。
 フェルマーの最終定理はXn+Yn=Zn(nは乗数。本当は右肩にくる。うまく表現できませんでした)の式で、nが3以上の場合は、成り立つXYZの組み合わせはないというものだ。フェルマーはそれを証明せずに死んでしまった。ただし自分は証明できるとメモを残している。フェルマーの最終定理は今から360年前に発見されたが、その後数多くの数学者が証明に挑戦し失敗した。現代に残る最も証明が難解な数式であると考えられていた。もしかしたら証明はできないかもしれない、または定理が誤っているのではと、考えられていたほどだ。
 それをアンドリュー・ワイルズというイギリス人が1995年、証明することに成功した。ワイルズは10歳のとき、図書館でフェルマーの最終定理に出会い、いつかかならず証明すると誓う。その後、ケンブリッジで博士号を取り、プリンストンで教授として教えるのだが、その間ずっと密かに定理の証明を試みていた。数十年の苦労の末、ついに証明したのだ。
 甲野善紀は古書に書かれているかつての武芸の達人の技は、実際に使われていたと考えている。たとえば夢想願流の松林無雲は飛び回るハエを切り落とすことができたり、二階に届くほど高く飛び上がることができたとされているが、そうしが記述は誇張でなく現実にあったものだと。
 おそらくワイルズが不可能であり、むしろ神話の世界の夢物語であるとさえ言われていたフェルマーの最終定理の証明を、フェルマーのメモを信じ、証明した偉業と自分の武芸者の逸話を信じる気持ちとに重ね合わせたのだろう。
 そんなことを考えならが読んだ。信念を維持し、努力し続ける姿は美しい。甲野さんもぜひ、証明の成功をして欲しい。個人的にはフェルマーの最終定理の証明よりも、魅力ある事業であると思う。

青木VS廣田ほか

 昨日はハローワークに行って休んだが今日はトレーニングを再開。懸垂10回3セット、拳立て20回、ショルダー10回はいつもの通り。四股は200回した。200回したのは初めてだったが、なんとかこなす。
 その後、こちらから出さずに来た人へ書いた年賀状を出しに郵便ポストまで行く。わずか3分の道のりだが、右足首が痛くてヨロヨロ、フラフラと普段の倍の時間をかけていく。中年の女性に多数、抜かれる。僕と同じ速度であるくのは推定70歳以上のお年寄りばかり。ヨロヨロ歩く爺さん、婆さんたちを見ながら、自分もヨロヨロと歩くと、なんだか自分も老人になった気がしてくるから不思議だ。立ち止まって咳をするときなど、そうとう老人っぽい仕草であったと思う。そこで感じたこと、それは膝や腰をさすりながらあるくご老人へのシンパシーでした。老人には席を譲りましょう。本当です。
 三浦国際まであと丁度2ヶ月になった。それまでに治るだろうか。参加料を払ってしまっているし、こちらから声をかけて一緒に参加する人も何人かいる。キャンセルするわけにはいかない。早く治って欲しいのだ。練習もしたいし。ああだけど、四股もこれはこれでよいのだが。
 
 今朝のニューヨークタイムス(ネット版)の一面に、築地で新年最初に競り落とされた鮪に177,000ドル(1630万円)の高値が付いた記事が載っていた。通常のうん十倍の値段だそうだ。落札したのは日本の老舗すし屋と香港のすしチェーン店オーナーのタッグチームだそうである。名前は忘れてしまったが、確か記事には載っていたと思う。昨夜、テレビでもニュースを流していたが、これはいい宣伝だ。1630万で広告を打っても大した露出はない。朝日や読売で広告を出せば、全面カラー広告1回で、このぐらいすると思う。テレビだってプライムタイム15秒で100~200万ぐらいだと思う(かつては仕事で詳しい分野だったけど、今は違うかな)。その何倍の効果があるのか。テレビのニュースで取り上げられ、さらにニューヨークタイムスだ。こりゃすごいよ。
 毎年話題になるようなので、来年もきっとパブリシティ効果を狙って高値で落札するものが現れるだろう。
 
 今日はいままで書きたかったけど2ヶ月間さぼって書かなかったテーマを少々。
 大晦日の格闘技イベントについてふたつ。まずはミノワマンVSソクジュについて。あれは八百長だなと見ていて思ったが、後ほどネットで調べると八百長疑惑がやはり出ているようだ。そうすると過去ミノワマンが勝ったボブサップとかチェホンマとかの試合もイカサマだったのかもしれない。総合系は八百長がない、あるいはかなり少ないと思っていたけれど、プロレスラーは習慣から抜け出せないものなのだろうか。ちょっと残念。
 もうひとつは青木真也VS廣田瑞人戦。えぐい試合だった。見ていて気持ち悪くなった。UFC、ストライクフォースから全日本剣道選手権まで見ている僕ですが、こんなふうに気持ち悪くなったことはあまりない。いやな試合だった。
 見ていない人のために簡単に解説すると、ゴングすぐに青木が廣田をコーナーで倒し、そのままグラウンドに入る。青木は廣田の右腕を決める。この決め方がちょっと変わっているのだが、よく警察とかが犯人を捕獲するときに腕を犯人の背中のほうに曲げて決めているでしょ。分かる?、説明が下手で申し訳ないが。これって一般人に対しては有効な決め技だけど、プロでは効かない技だと思っていた。プロというよりむしろマットの上では、かな。なぜなら決められたほうが回転すれば簡単に外れてしまうからだと。しかし青木はうまかった。廣田が動けないように体を固定して、回転を防いだ。最初はそれでも腕は押さえているだけで、ガードできない顔面へのパンチ攻撃が中心だった。しかし次第に右腕の決めが厳しくなり、ついに右腕は頭のほうまで曲げられてしまった。画面で見ていて、なんか腕が尋常でない位置まで来ているのが分かった。つまり間接が抜けたか、骨折したか。あまりに腕が異様な形になったので、レフリーがストップし、そこで試合終了となった。
 よく見えなかったが、廣田はギブアップしていないと思う。レフリーストップで決まったように見えた。というのは廣田は右腕を決められ、さらに左腕も押さえつけられていてタップできない状態に見えたからだ。もしかしたら口で言ったかもしれないが、そこはよく分からない。
 後ほどネットで結果と勝者青木のコメントを読んだ。やはり骨折していて、さらに間接も損傷していたようだ。青木は廣田の腕がミシミシと音を立てて折れるのが分かっていたそうだ。むしろわざとそうしたそうだ。
 以前、吉田がホイスと対戦して、吉田の袖車絞めにホイスが落ちそうになったとき吉田は力を弱め、その直後にレフリーストップが入ったことがある。レフリーストップの直後、ホイスは意識を戻して、レフリーにレフリーストップの無効を訴えた。せっかくの吉田の勝利も、どうも後味が悪いものになった。そしてホイス側の執拗な抗議の結果、数年後だが再戦になったのだ。吉田があとのき、力を抜かずに完全に落としてしまえばよかったのかもしれないが、僕はそうは思わない。確かに閉め落としてしまえば試合は明確に決着がついたと思うが。完全に無抵抗な状態の相手をさらに痛めつけることを避けた吉田に僕は好感をもつ。吉田は良い選手だと思う。
 それと比較して青木は。現在、70キロクラスでは日本最強ともいわれているようだが、あの試合を見てしまった以上、今後応援することはないと思う。

内山先生の七段昇段と達人のはなし

 私が通う文京合気会の内山会長先生が七段に昇段された。大変、おめでたいことである。内山先生、ご昇段おめでとうございます。
 内山先生は小学生の頃から合気道を始められ、合気道歴は50年以上。翁先生に直接教わったこともあるという(子供のときだそうだが)。恐らく、直接翁先生から指導を受けた最後の世代だと思う。さすが翁先生直伝であって、正統派の綺麗な合気道をされる(生意気なことをいってごめんなさい)。人柄は円満で、多くの弟子から敬愛を受けている。良い先生に教わることができ、私は大変幸福である。

 さて、内山先生が翁先生に直接教わった話がでたので、ちょっと脱線すると。よく翁先生に稽古を付けてもらった世代と、それ以下の世代の相違が話題に出る。塩田先生、斉藤先生、山口先生、藤平先生、多田先生など。いわゆる名人、達人といわれる方々はみな翁先生に直接指導を付けてもらっている。しかしそれ以降は名人、達人が出ない。真偽のほどはさておき、そのぐらいの断層が、このふたつの世代に存在するということだ。
 この直接の指導、さらにいうと直接手を触れた経験というのは合気道にとって非常に重要なファクターになる。例えば名人の演武、今なら多田先生の演武は演武会で直接見ることができる。また本部では指導されることがあるので、そこへ行けば稽古を付けてもらえる。しかし中々、受けを取らせてもらうところまではいかない。でもこれが違うんだな。などと書くと、私が多田先生の受けを取ったことがあるように誤解されてしまうかもしれないが、勿論そのような貴重な経験はない。でも違いは分かる。
 例えば内山先生の技を見るのと、投げられるのとでは雲泥の差がある。もっと言えば、投げられなくてもよい。転換のとき、ちょっと手首を握ってもらう。それだけでよいのだ。それだけで、なんとも違う世界があるということが、その触れた皮膚を通して感じることができる。力強いが柔らかい、その不思議な感触が接点から伝わるのだ。
 ではほかの武道ではどうだろうか。例えば剣道などでは皮膚に触れることはないが。やはり同じだと思う。剣を交え、あるいは相手の前に立つだけで、何かを感じることができるとはずだ。
 以前、香取神道流の畑山先生に稽古を付けていただいていた。剣を持った畑山先生からはいつも不思議な磁場のようなものが感じられた。前に立たれると、自分は動くことができず、仮に動けたとしてもそれは先生が誘導した方向に自然と体が動いたにすぎず、どうすることもできなかった。畑山先生は日本ではほとんど無名でおられたが、海外では武道雑誌の表紙に載るほどの評価を受けておられた。世界中にお弟子さんがいた。名人の一人であると思う。名人に直接稽古をつけていただいた経験があることを、これまた私は幸せに思うのだ。

合気道な週末

 先ほど(現時刻は午後6時過ぎ)本郷の道場から帰ってきた。昨夜は逗子の道場で稽古をして戻ってきたのが9時過ぎ。その後電話があったりして就寝が1時近く。今朝は起床8時。10時半に家を出て本郷の道場まで行く。ちょっとお疲れ気分である。今日はこれから風呂に入り、夕食を取ったら早く寝よう(いつも早く寝ているのだが)。明日はまた5時起きで、本郷と逗子の道場のダブルヘッダーの予定。でも雨が降ると、ちょっと辛いかも。逗子の道場までは自転車で行っているので。
 ということで今週末は合気道三昧の幸せな週末の予定である。昨日のプロとは言いがたきコンサルとの面談で付いた澱が綺麗に清浄されるであろう。

 フクちゃんと大ちゃんがお腹を空かせて騒がしくなってきたので、今日のブログはこの辺りで。。

姿勢について


 藤平光一の『氣の威力』を読み返した。藤平先生らしい、自信たっぷりの文章にちょっと圧倒されながらも面白くていっきに最後まで読み終えた。
 藤平先生は元合気会の主要メンバーで植芝盛平翁の教えを直接受け、10段を印可されている。特に氣の運用に力を入れ、独自の道を進まれた。「氣の研究会」を設立し、藤平合気道を探求されている。
 この本も氣が主なテーマであるが、中で一部「姿勢」について触れているところがある。印象深く読んだので、今回のブログで取り上げてみたい(藤平先生は“気”を“氣”と書くことに拘られているので、あえてここでも“氣”と言う文字を使う)。

 「姿勢が悪いとやる氣がでない」という一文に次のようなことが書かれている。「最近の子供が見かけより弱くなった理由は、姿勢が悪いことである。現代人は忘れがちだが、毎日の生活のなかで姿勢ほど重要なものはない。人間のすべての臓器は背骨の前側にあり、胸椎や腰椎がそれを支えている。したがって、姿勢が悪くなると、内臓が圧迫されて、全身の働きが弱ってくる。そして、生命力が衰え、やる氣がなくなり、困難に耐える力も失せてしまうのである」

 私も最近の子供や若者の姿勢の悪さが気になっていた。
 近くの小学校に通う子供たちを見ると、低学年の子はみな姿勢がいい。ランドセルをしょう背中はまっすぐに伸びている。きっと人間は本来、姿勢がいいものなのだろう。だから小さな子供は総じて姿勢がいい。それが4年生ごろから、背中をまるめ、首を前に突き出した子供が目立つようになる。4年生とは、他者や異性を意識する年頃だ。恥ずかしさや、ちょっと悪ぶってみたい気持ちが芽生え、姿勢の悪化につながるのだろう。
 こんなことを偉そうに書いている私も、姿勢がよくない。私の場合は、姿勢を悪くする要因となった人物がいる。姿勢を悪くした張本人はジェームス・ディーンである。私は今の子よりも幼かったので、異性や不良っぽさを意識し始めたのは中学生になってからだ。その頃の憧れの人物がジェームス・ディーンだった。赤いスイングトップを着て背中を丸めてタバコをくわえる。中学生の私の目にはどれだけ、カッコよく映ったことか。すぐ、真似をし始めた。タバコはくわえなかったけど、ポケットに手を突っ込んで、ジャンパーの襟を立て、猫背で街(近くの八百屋とかある商店街ですが)を闊歩した。
 その結果が今の姿勢の悪さだ。合気道を始めてから、意識して姿勢を正しているが、鏡に映る自分の姿は亀のように首が前に出てしまっている。スイングトップは似合っても、胴着では、亀になってしまう。随分直そうと努めているのだが、骨格がすでに固定化されているので、なかなか難しい。

 『氣の威力』の最後に野球の広岡、長島、王と藤平先生の座談会が載っている。この3名は藤平先生に合気道や気の運用を学んだ弟子なのだ。
 長島がいう。「先生はよく正しい姿勢の重要性について話されますが、ケガの多い選手というのもどこか体のバランスが悪いですよね。こういった姿勢の問題は子供のうちから氣をつけてもらわないとね」。広岡が続ける。「そうです。正しい姿勢というのが、いちばん楽なんですよね。授業中だって、いい姿勢をしていたほうが勉強がよくできる。ところが、みんな悪い姿勢でやっているから、生命力も弱くなって、やる氣をなくしている」

 野球界の大御所も姿勢の重要性を認める。彼らの経験からでた言葉であろう。
 たしかにイチローも松井もサッカーの中田もみな姿勢がよい。アスリートだと顕著だが、アスリートに限らないはずだ。広岡が指摘するように、学力にも影響する。やる氣そのものに影響するのだから、人間生きていく上での全てに影響を与えているといってもよい。

 今、教育に武道を取り入れようとする動きがある。色々な意見があるようだが、私は基本的に賛成である。ただしその前に、“姿勢”を教育に取り入れた方がよいのではと考える。良い姿勢の習慣は一生の宝になるはずだ。日本の子供たちが全員、姿勢がよくなったら、それだけで未来はうんと明るくなるように思う。

掃除の効能


 掃除を久しぶりにした。正直に明かそう。2週間ぶりである。これって、普通?もしかして中年男の一人暮らしとしては普通、あるいは多少はちゃんとしている方かもしれない。でも私は結構、きれい好きなのだ。なので2週間も掃除をしない部屋はとても気持ちの悪い空間だった。それが晴れて、快適な空間になった。とても良い気持ちだ。
 さて掃除だが、きれいになった事実はこれはこれで大変喜ばしいことなのだが、掃除という行為自体がまた精神衛生上とても大きな効果をもつ。
 我が家は築40年の一戸建で4LDK。一部屋は畳だが、古い造りなので他は全て絨毯が敷き詰められている。だから掃除機をかけるのにとても手間がかかるのだ。掃除機をかけるだけで約1時間もかかる。掃除を始める前は、正直億劫に感じる。体力も結構使うし。しかし、私はこの苦行のような1時間が実は甘露をもたらしてくれることを知っている。
 掃除機をかけるのにはコツがある。部屋の隅から順々に絨毯の目を揃えるように撫ぜていく。これは学生時代、プリンスホテルでアルバイトして教わったものだ。目が揃った絨毯はまるで刈り揃えられたグリーンのように、その存在だけでハーモニーを感じさせる。
 そしてもうひとつのこつ。それは肩の力を抜いて、体の中心線を意識しながら、同じペースでかけることだ。これは私のオリジナルのアイディアである。この方法を見つける前の掃除はまさに苦行そのものであった。ところがこの方法を知ってから、掃除は私にとってエクスタシーとなったのだ。ちょっと言いすぎかな。
 このオリジナルの方法も実を明かせば別のオリジナルがある。それは素振りである。かつて指導を受けた香取神道流の畠山先生の教えを思い出しながら、掃除機をかけるのだ。先生が木剣を振る姿をイメージしながら、掃除機のパイプを動かす。木剣を振るように掃除機のパイプを静々と前後させるのだ。この行為を続けると段々と意識が丹田に集まり、集中力をまし、そして心穏やかになっていくのだ。
 そして1時間の掃除を終えると、あら不思議、頭の中のもやもやは晴れ、すっきりとした気持ちになるのだ。ちょっとした頭痛などは治ってしまう。

 一時間の素振り、でなく掃除をして、心晴れやかになった。なんだか人生が開けた感じさえする。仕事上のよいアイディアも浮かんだ。プライベートで考えていたことについての決断もできたように思う。
 さあ、今日はこれから合気道の稽古に行こう。きっと今日は技の切れ味も良いはずだ。(じゃぁ、毎日掃除しろよ、って声が聞こえてきそうですね)

吉田秀彦という柔道家について


 吉田秀彦が引退した。まずはこれだけ日本の総合格闘技を盛り上げてくれた功労に拍手を送りたい。
 しかし引退といっても総合格闘技からの引退である。総合から引退した後はまた柔道の世界に戻るという。
 柔道に戻るという噂は聞いていたが、それは指導者として戻ることだと思っていた。吉田は吉田道場を手広く展開しているので、そこの道場主として柔道界に復帰するのかと考えていたが、どうもそれだけではないらしい。選手としても復帰する意向があるようだ。
 協会のルールだとかで指導者であれば一年、選手としては3年間柔道界に戻れないらしい。吉田は3年後には選手としてカムバックをしたいと言っている。

 柔道は素晴らしい武道だが、あまりに過酷であるため、選手生命が短い。大抵は学生止まり、一流選手で五輪を目指す場合などで、30歳程度。それで選手としては引退となる。その後は指導者の道しかない。
 なんだかもったいないと思っていた。しかし稽古は厳しいし怪我が多いのだから、中年になって続けるのは無理なのだろう。そう思っていた。しかし吉田はそれを覆すつもりだ。

 産経新聞社の大先輩に古森義久さんという人がいる。ワシントン支局長などを長く務め、今も現役でワシントンに駐在している大物記者である。古森さんは慶応の柔道部出身で柔道5段。今もワシントンの道場に通われている。
 古森さんが以前に何かに書いていた。日本の柔道は学生柔道で、高校あるいは大学を卒業すると同時に完全に柔道と縁を切ってしまう。しかしアメリカの柔道は生涯柔道で、40代、50代の白帯が嬉々として稽古にやってくる。日本の柔道も生涯柔道にしなくてはならない、と。

 私は38歳で合気道を始め、合気道により多くを教わり、得ることができた。技や体力を考えれば、もっと早く始めていたほうが良かったはずだ。しかし中年から始めたことのメリットも大きかった。若いときには気付かないだろうと思われることに、多く気付き、体得できた。
 あれだけ素晴らしい武道である柔道。大人になってからも続けることができたら、どれだけ多くを得られるか。

 吉田はぶれない柔道家だと思ってきた。総合に転出したときも彼が目指すのは、柔道家がどれだけの戦いができるのかへの挑戦であったと思う。昔、前田光世や木村政彦が世界に腕試しに出たように。
 だから当然のごとく古巣に戻るという。それも選手としてだ。

 吉田選手。生涯柔道、生涯現役をぜひ貫いてください(選手としてはいつか引退しなくてはならないときがくるでしょうが)。当然、勝てなくなるでしょう。しかし50代、60代で地方大会や予選に吉田選手が出場し続ける場面を想像するだけで、嬉しくなります。柔道ファンも増えるに違いありません。

全日本合気道演武大会で内田樹先生を見かける


 土曜日は第48回全日本合気道演武大会に出場してきた。今回で5、6回目の参加である。途中、病気をしたり、なんと昨年はうっかり忘れていたりで、10年の合気道歴のうち、約半分ぐらいの参加率である。内田樹さんが、約40年の合気道歴で皆勤賞だとブログに書かれていたことを思い出す。こういう積み重ねが、人物としての相違に現れるのだろう。
 ところでその内田先生に武道館の更衣室でばったり会った。会ったといっても内田先生は僕のことを知らないので、こちらが見かけたといった方が正しい。ただし、ばったり会ったといってもそう、大袈裟でないようにも思う。
 自分の出番が近くなり、着替えるために更衣室に向かったのだが、僕より少し前に出番であった内田先生が更衣室にいた。内田先生のブログのファンである僕は、いきなり本人の出現に目を丸くして、思わず凝視してしまった。当然、先方も強い視線に気が付き、一瞬目が合った。
 先生は「日本辺境論」や「下流志向」などの著作がある著名な学者である。しかしテレビに出演しないことを旨としており、それがために“顔を知られていないことは喜ばしいことだ”とブログによく書かれている。なので突然、僕がびっくりした表情で見つめたものだから、きっと視線の主を知り合いだとでも思ったのだろう。一瞬、「なに?」という表情で見つめ返された。しばらくして「ああ、読者のひとりだろう」と合点されたようで、視線を移されたが。
 その後、内田先生は僕の視線をあえて無視するように振舞われていた。僕はそれを幸いにと無遠慮にジロジロ見てしまった。
 内田先生の印象は、ひとことで“ゴツイ”というものだった。以前、池袋西武のカルチャーセンターで甲野善紀氏との対談を見に行き、一度ナマを見ているのだが、そのときよりもゴツかった。対談ではスーツを着ていたので、あまり感じなかったのだと思う。
 道着の内田先生はいかにも合気道歴40年の体型をしていた。二の腕が図太く手首も太い。腹回りがあって袴がよく似合う。ご本人は背が高いとブログで書かれているが、正直そうは思わなかった。175以上ぐらいはあるかもしれないが、若い人が大勢いた更衣室の中では背の高い感じはしなかった。それより、歴戦の合気道家らしいごつさが目立っていた。
 その後、先生はお弟子さんたちと一緒に演武をされたと思うが、更衣室で順番を待つ僕は見ることができなかった。いつか内田先生の演武を見てみたい。

 さて、久しぶりの全日本だったが、気が付いたことがあった。それは参加者が世代代わりをしているなということだ。
 師範演武の一番バッターは、植芝家4代目の充央氏であった。充央氏は20代か30代前半の若者である。その人が並み居るベテラン師範を差し置いて最初に演武をした。また湘南合気道連盟の武田師範のご子息も模範演武で出演していた。この人もおそらく30代、あるいは40代前半だろう。若い師範である。
 一方、“気”の演武の渡辺信之師範は出場していなかった。漫画家のはりすなおさんも来ていなかった。岩間の斎藤守弘先生はもうこの世にいない。毎年、畳の上に立つだけで会場を沸かしたかつての老師範がいない。代わりに若い師範たちが多くの機会を与えられていた。
 三代目の路線が明確に出ており、また三代目が四代目への禅譲への道筋をはっきり示されていることが印象に残った大会であった。

錚々たる師範たちの演武


 日曜は午前中、文京区で合気道の稽古をした後、江戸川区スポーツセンターで行われた「合気道講習会・故石井輝師範追悼演武大会」に参加した。江戸川区合気道連盟が故石井先生を偲び、江戸川区合気道連盟と友好のある道場や先生方に声をかけ実現したものだ。

 追悼演武というものが行われたのだが、その演武者の顔ぶれがすごかった。師範演武では武田義信八段(AKI会長)、荒井俊幸七段(群馬県合気会会長)、針すなお七段(政治漫画で有名なあのひとです。実は合気道家としても有名な方です)、安野正敏七段(本部道場師範)、田中光一七段(翔道会師範)、山口哲六段(山口道場師範)他がまさに華麗というべき演武を披露した。10を越える賛助団体の先生方も演武をされたのだが、こちらも中身の濃いものだった。文京からは上田先生が代表して演武をされた。これもとてもよかった。上田先生、かっこよかったですよ。

 合気道をされていない方には、ピンとこないかもしれないが、これだけの師範が揃って演武をすることは珍しいことなのだ。武道館で年一回開かれる全国演武会を除いては、稀であると思う。
 僕は石井先生という方を存じ上げないのだが、翁先生に直接指導を受けた最後の世代で、山口清吾師範の薫陶も受けている。今回の参加者を見渡せば、石井先生の顔の広さと、人望の厚さを伺うことができる。

 今、日本の合気道界のトップといってもよい師範たちの演武を見て、あらためて合気道の奥深さを感じ入った。あと何十年稽古をしてもあそこまでは到達できないと思うが、しかし山の上の眺望を垣間見ることができて幸せだった。いつか少しでもあの眺望の近くに行けたらと思う。

 講習会では他の道場の若い人と腰投げをガンガンやりあって、昨日、今日は体中が筋肉痛なのか打ち身なのか痛い。幸せである。

今、好きなもの“The Outsider”


 今日は少し涼しいが、今年の夏は本当に暑かった。いやいや9月14日の現在でも夏は続行中である。涼しくなったといっても本日の予想気温は東京で32度だ。
 こんなに暑いので、エアコンのない部屋で一日PCに向っている私にとってはとても辛い夏だった。風が吹いていればまだよいが、ここのところずっと無風状態である。座っていても汗がしたたり落ちる。
 という状況で、今年の夏は正直、仕事にあまり身が入らなかった。それで何をしていたかというと、“The Outsider”なるものを見ていたのだ。特にここ一週間ほどは暑さを言い訳にして、毎日のように“The Outsider”の動画を見ていたのだ。

 このブログを見に来てくれている人はあまり格闘技に興味がない人が多いようなので、“The Outsider”について簡単な説明をする。“The Outsider”は前田日明がプロデュースする格闘技のイベントである。2008年3月に第一回大会が行われ、現在まで12回実施されている。
 この格闘技イベントは他の大会とちょっと違う。これはタイトルが示すとおり、アウトサイダーつまりあぶれ者の大会なのだ。暴走族、チーマー、ギャング、元ヤクザといった腕に覚えのある不良達が参加メンバーだ。この“The Outsider”がモデルにした同様のイベントが九州で開催されている。その名を“天下一武道会”という。こちらは素人が自主的に立ち上げた格闘技イベントだ。 “天下一武道会”とくればドラゴンボールである。鳥山明の漫画「ドラゴンボール」で悟空やヤムチャが参加した世界最強を決する格闘大会である。あの大会は自薦他薦、誰でも参加することができた。予選などない。俺こそは最強と信ずるものならば誰でも参加できたのだ。九州の“天下一武道会”も同じコンセプトを持つ。格闘技武道経験一切不問。現職前職なんでもOK.。前科があろうが刺青をいれていようが関係なし。つまり申し込めば誰でも参加できるのだ。
 前置きが長くなったが“The Outsider”も同様のコンセプトの大会である。俺こそが一番強いと思うものなら誰でも出られるのだ。とくにアウトサイダー、不良は大歓迎という。

 この大会はなぜ面白いのか。一番の理由は“The Outsider”には予選や下部大会がないことだと思う。実績があってもなくても関係ない。だから参加選手が玉石混交なのだ。かなり格闘技の経験を積んで洗練された選手もいる一方、ホント喧嘩だけしか格闘経験がない人間もかなり参加する。
 たとえば第一回大会と第二回大会に参加した瓜田淳士という男がいる。父親がブラックエンペラーの第二代総長とかで、本人も少年時代から喧嘩三昧で少年院に入ったり、極道組織を立ち上げたり。今は俳優、作家、さらにエッセーストまでも名乗るいかにも悪そうというかいかがわしい感じの男だ。刺青だらけの体でガンを飛ばしまくっての入場シーン。しかし試合になると、あまり強くない。第一回大会は勝ったらしいが(動画を見つけることができなかった)、第二回大会では同じく格闘技未経験の普通の男にあっさり負けている。このギャップがいい。負けた後も、いかにもいい加減な男らしく、喚きまくっていた。とてもカッコ悪くて、それがいい(こんな男が近くにいたら最低だろうけど、ネットで見ている限りでは面白い)。
 一方、強いのもいる。例えば九州の天下一で実績を積んで乗り込んできた野村剛だ。彼も喧嘩では無敗の暴れん坊だったらしいが、格闘技も本格的に学びしっかりした技術を持つ。寝技、打撃とも優れたバランスの良いファイターだ。
 そして現在、“The Outsider”で最強といわれるのが吉永啓之輔だ。彼は元栃木の暴走族のヘッドだとかで、全身に刺青を入れている。こいつが結構強い。特に寝技がよくて、下からの三角締めや腕ひしぎなどはプロ並みだと思う。

 実はこの大会、不良ばかりが参加しているのではない。誰でもエントリーできるので、アウトロー以外の普通の人も参加している。しかし不良の参加が前提となっている大会に申し込んで来るくらいなので、腕と度胸に自信がある普通の人達だ。不良の方は喧嘩の経験しかないのが多いが、こちらは格闘技経験者がが多いので、意外と強い。
 普通の人の代表といえば法曹界最強を名乗る弁護士の堀鉄平だろう。ブラジリアン柔術紫帯の堀はブラジリアン柔術の試合は数多く経験しているという。巧みな寝技とクレバーな戦略を身上としている。この堀だが、まだ32歳とのことだが、虎ノ門に自分の弁護士事務所を持ち、下に何人もの弁護士を抱えるやり手の弁護士だ。さらに“The Outsider”で名前を売ったのがきっかけになったと思うが、バーやジムの経営まで手を出している。昔の吉田秀彦のような顔立ちなのだが、風貌もクールでなかなかカッコいい。強くてリッチで、頭が良くて。不良達とは対極にいる存在だ。
 その外、最強のオタクだとか、保父や中学の先生、サラリーマンなどが参加している。一件、人の良さそうな普通の男たちが、凶暴性丸出しの不良相手に大健闘しているのだ。

 さて、“The Outsider”を見ていて、前田日明のプロデュース能力に感心させられた。リングスでもそうだったか、今回の“The Outsider”はより彼のプロデュース能力が生きていると思う。
 前田日明は格闘技界のテリー伊藤であり、つんくだと改めて思う。リングスではヴォルク・ハンやディック・フライといった日本では無名だが実力のある選手を海外から連れてきて人気者にした。佐竹や角田といった日本の選手も発掘し、育て上げた。
 今回はまったくの素人の発掘である。予選もオーディションもない。いきなり書類選考だけで参加選手を決めての、発掘である。ところが毎回、個性的なのや、結構強いのをちゃんとセレクトしている。前田のプロデューサーとしての選択眼の賜物だろう。
 また12回と回を重ね、実力を付けてきた選手も少なくない。個性豊かでスター性のある選手も育ってきた。素人の選手だが、それなりにファンも獲得しているようである。
 この展開、やはりモーニング娘や元気の出るテレビそのものだ。前田は個性的な人材を素人から発掘して、育て上げ、それを逐一カメラで追うというテリー伊藤やつんくが開発した手法を格闘技に持ち込んだのだ。このセンスは凄い。
 選手としては一流であった前田日明だが、経営者あるいはリーダーとしての資質を問われることは多かった。きっとそうなのだろう。前田は経営者ではなくプロデューサーなのだろう。

 これからはプロや在日米軍との対抗戦も行うという。特に在日米軍との対抗戦なんて、なんてファン心理のスポットをついたマッチングだろう。日本のアウトローと在日米軍の不良軍人との戦い、魅力的だ。終戦直後、安藤組の安藤昇や花形敬が不良米国人と決闘をしていたあの時代に戻ったようだ。格闘技フアンのくすぐったいところに巧みにタッチしたこのマッチメークの妙には呻らされる。
 今後、成長した選手はプロに送り込むという。それはそれで、よい。だが勇気を持って申込書さえ送れば誰でも参加できるという基本路線は今後も続けてもらいたい。
 いつかシニアの部ができたら、僕も応募してみたいと思う(なんて、これは本当の話、冗談です)。

追)“The Outsider”はhttp://www.youku.com/で見られます。これ中国のユーチューブみたいな動画投稿サイトだけど、著作権なんておかまいなしで凄いです。ユーチューブや“ニコニコ動画”では著作権上見られない動画が沢山、アップされてます。

武道必修化について


 平成24年度から、全国の中学校において「武道」が正課として必修化されるらしい。このニュースに触れての最初の感想は、「え、武道って必修化されていなかったの?」であった。というのは、私自身が学校で武道を習っていたからだ。中学校では剣道、高校では柔道を体育の授業で教わった。今も続いているのかと思っていたら、そうでないらしい。

 私は多いときは週に5日、少なくとも2日程度は武道の稽古を続けている。武道を始めて12年が経った。その間、自分なりにだが、武道に対し真剣に向き合ってきた。
 私の武道歴を紹介すると、38歳で合気道を始めた。2000年の年である。その後、空手では剛柔流と和道流の道場に通った。剣術では鹿島神流と香取神道流の師に手習いを受けた。杖術、薙刀も指導を受けた。
 今、定期的に稽古しているのは合気道だけだ。他は機会があれば今も続けたいと思っているが、私の怠惰と引越しなどが理由で止めている。

 こうした武道経験から、それなりに武道に対する考えを持つようになった。
 武道は面白い。この面白さは言葉では表すことが難しい。深遠であり複雑である。
 武道は力強く、私を導いてくれた。どれだけの影響を今まで受けてきただろうか。今の私の精神的骨格の50%は武道によって構成されていると言っても、言い過ぎではないと思う。
 
 できれば他の人にも私が受けた恩恵をお分けしたい。だから今までも何人も、知人を道場に誘い稽古をつけた。10人以上の人を誘ったと思うが、今も武道を続けている人は恐らくゼロだ。
 なぜ皆、止めてしまったのだろう。それは、武道は単調な動作の繰り返しで、退屈なものだからだ。え、さっき武道は複雑深遠で楽しいと言ったじゃない、と思われますよね。そう、確かに言いました。しかしそこにたどり着くには、少々の辛抱が必要なのです。

 武道必修化の目的は「武道を通じて、徳目や礼儀作法、形式美、様式美を身につけさせる(教育再生会議の提言から)」だそうだ。
 徳目、礼儀作法、形式美、様式美、すべて教育の基本だ。当然、義務教育で教えなくてならない重点事項である。しかし、だ。武道にこれらを期待するということは、今までこれらを学校で教えてこなかったということだろう。本来、教育の柱ともいえるような、これらの重点項目を学校教育は無視してきたということだろう。
 こうした重点項目は、“学校教育全体”で教えるなくてはならない。たとえ数学や社会の授業内においても、徳目や様式美を教えることはできる。給食の時間内だって礼儀作法を学ばせることはできる。
 かりに今まで普段の学校内において、これらの指導を怠ってきたのなら、ひとり武道にのみ、その重責を担わせることは不可能である。
 いや武道は力強い。ひとりでも充分、これらを学ばせることができる。しかし他の授業や生活指導において、指導を怠ってきた教師では、無理だ。

 武道とは連続なのだ。日常といってもいい。武道の本来の目的は何だろと、お思いですか。多くは敵を打ち破ること、殺戮すること、とお答えになるだろう。その答えは、残念ながら50点である。
 本当の目的は“自分が”死なないこと、だ。相手を殺すことができても、たとえば自分も相打ちになっては元も子もない。相手は別段、殺さなくてもよい。“参った”と言わせる必要もない。ただ、自分が死ななければよいのだ。
 そのためには普段が大切である。死は戦場や果し合いの場だけに訪れるものではない。むしろ敵は風呂場や寝床を襲う。戦場でだけ気合を入れて、普段は隙だらけでは、武道家とはいえない。
 さらに上級の策は、敵と出会わないことだ。寝込みを襲われて、反撃できるのは次善の策である。敵の気配を感じたら、その場を動くことだ。そして最善は。それは元から敵を作らないことである。

 禅に「行住坐臥」という言葉がある。禅は何も坐禅を組んでいるときだけではない。仕事の最中も、普段の生活でも、座っているときも、寝ているときも、禅が体を貫いていなくてはならない、という意味だ。武道もしかり。

 武道の中心は型稽古だ。合気道の場合、“一教”や“入り身投げ”、“呼吸投げ”といった基本技を何度も繰り返す。初心者には退屈な時間である。なぜ同じ技を繰り返すのか。それは技を体得するため、体に滲みこませるため、考えなくても自然に体が動くようにするためだ。
 風呂場であろうが、寝床であろうが、とっさに型を再現できなくてはならない。
 つまり武道はとても時間を要するものなのだ。いやいや時間を要するといった言葉では足らないだろう。生活、すべてが武道になりきらなくてはならないものなのだ。

 文科省によると武道の履修時間は年間で10時間程度であるという。残念ながら年間10時間程度なら、武道の影さえ見ることはできないだろう。
 徳育も礼儀作法も武道と同じであろう。24時間、体に染み付いていなければ、意味をなさない。先生が見ているときだけ、礼儀を示せても仕方がない。
 武道にひとり期待などしてはいけない。国語算数理科社会、給食、朝礼、休み時間、すべての時間が学びの機会である。教育にショートカットは存在しないのだ。

完全復調


 長期にわたる不調を克服した感がある。やる気が出てきた。気分は明るい。体調も良い。
 不調だった原因は分かっている。合気道の昇段試験に落ちたことだ。この10年以上、合気道に真剣に取り組んできた。数か所の道場に通い、多いときは週に5日の稽古をした。自主稽古もやってきた。まだ文京区に住んでいたころも、アパートの前の路地で、まだ暗いうちから木刀を振って、住民に怪しまれたりした。公園で四股を踏み、子供たちに笑われた。禅寺の暁天座禅に通い、気を整えた。本も読みまくった。技術的なものから、武道の歴史、武士道哲学まで。古書店にまでも通って、店主のおじさんと仲良くなった。ビデオやDVDも随分みた。この10年以上、正確には13年間だが、費やした時間と労力がかなりのものだったと思う。それが、プツンと切れてしまった。
 どうしても道場に行くことができなくなった。
 道場へ通わなくなると、生活のリズムが乱れた。多少、体調が悪くても、気分が優れなくても、稽古をすることでリズムが整えられていた。それができなくなった。
 酒を飲み過ぎれば、不調が尾を引く。仕事も集中できない。外に気分転換で出かけても、期待ほどは気分が優れない。
 7月に審査を受けてから、3か月間もいじいじと過ごしたことになる。それがようやく、回復したと言える状態にまで漕ぎ着けることができた。

 合気道については、距離を置くことに決めた。これを決断するのに、時間がかかったのだと思う。だって今までは人生の柱みたいな存在だったのだから。
 では合気道と距離を置いて、これからどうするのか、何を柱にして生きていくべきだろうか。他の趣味を始めるべきか。グルメに走ろうか。いやいや、そんなんじゃ、ダメだ。もっと良い対象があるじゃないか。そう、仕事だ。仕事にもっと打ち込もう。

 仕事については、実はフラフラとしていた。このブログでも書いたことがあるかと思うが、本当に翻訳でいいのか、迷うときがあった。でも覚悟ができた。翻訳でやっていきます。
 合気道に費やしてきた時間と労力をこれからは仕事に費やしていきます。
 普通の人なら、当たり前のことなのだろうが。でも武道の稽古を日常的に行っている人なら分かると思うが、武道はとても魅力的なのだ。軽い気持ちで初めても、いつしか生活の真ん中を占めている。仕事が段々を脇に追いやられて。
 そこで軌道を修正することにしたのだ。やっぱり男は仕事だよ。仕事が充実しなくては、趣味も楽しめない。

 今朝は「Do List」を作った。以前もやっていたが、最近ご無沙汰だった。朝一でこれを作り、終わった項目を一つずつ消していく。
 まずは目の前の仕事を確実にこなしていこう。それと将来の仕事につながる資料の収集や企画書を作成しよう。英語力のアップも図ろう。

 もしかしたら、こんな内容のブログを今までも書いたことがあるかもしれない。と、ここまで書いて思ったが。まあ、それでもいいではないか。
 とにかく完全復調を遂げたのだ。よし。
   

体力と、三つ気を付けていること


 今年に入って、ほぼ毎週末、合気道の稽古にでかけている。
 昨日も稽古をしたが、ひとつ年上の先輩と話していて、体力の低下の話題がでた。先輩は腰やひざが痛むし、体力の低下が目立ってきたと言っていた。
 僕は腰痛はないが、背痛はある。背骨が少し曲がっていて、筋肉がいつも緊張し、痛みが起きるのだ。
 膝の痛みもある。これはO脚のため、軟骨の減り方が均等でないために起きたものだと思う。
 背痛は、昨年末ぐらいにピークに達し、九段坂病院で神経鞘腫の年一回の定期検査の際に、中井先生に相談をした。中井先生は側弯症の大家でもあるのだ。診察の結果、大したことはないと言われた。それでほっとしたのか、痛みも消えてしまった。
 というのは、ちょっと誇張である。中井先生の診断結果に安心したのは事実だが、他に理由がある。毎日、二回、懸垂マシンに一分間ずつ、ぶらさがっているのだ。これは効果がてき面だった。おかげで、今は痛みはほとんどない。
 膝の方は歩き方に気をつけている。僕の靴底は、外側が激しく減る。外側が減らないように、意識して歩くようにしているのだ。
 僕は毎日、約一時間のウォーキングをしているのだが、その際に、三つ気を付けていることがある。ひとつは表情。これは合気道の先輩で、武道全般の達人(段数の合計は30段だとか)がいるのだが、その人に、「山本さんは、いつも眉間にしわを寄せている。力が入っている証拠だ。治した方がいいよ」と言われてから、眉間にしわが寄らないように、気をつけているのだ。
 二つ目は姿勢。僕は猫背である。高校生の頃、ジェーム・スディーンの真似をして、赤のスイングトップなんかを着ていたりしたが、猫背もまねてしまった。それ以来、ずっと猫背である。これをこの歳にして、改善しようと、今努力中である。
 そして三つ目が、足の裏にかかる荷重を平均するような、歩き方である。
 この三つ目の効果は、徐々に表れた。いっときは、ただ歩くだけで、膝が痛くて、足を引きずっていた。それが今は、ほとんど痛みがない。このままいったら、確実に近いうちに杖だなと、恐怖におののいていたのだが、どうもしばらくは大丈夫そうである。
 ところで体力だ。僕は体力の衰えを今のところ、ほとんど感じることはない。合気道の稽古をがんがんしても、ほとんど息が上がることはない。
 以前、誰か武道をやる作家が書いていたが、彼は75歳まで、体力の衰えを感じることは、まったくなかったそうだ。僕もぜひ、そのぐらいを目指したいと考えている。
 

プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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