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「ホームレス入門」を読んで

 昨日は翻訳学校のフェローの日だった。と、思っていたのだが、朝早く逗子からJRより安い京急を乗り継いで、青山のフェローに向かったのだが、無情にも校舎のドアはロックされていた。フェローは休校であった。
 先週はゴールデンウイークで休みなのは知っていたが、まさか昨日までも。昨日は5月9日でどう考えてもGWではない。それが、休校であったとは。
 しかしGW前の授業で先生が、来週は休みです。その後も休みかもしれないので、事務局に確認して欲しいと言っておられた。僕はきっと先生の勘違いで、9日はGWをどう考えてもすっかり過ぎているので、休校のはずがない。なにもわざわざ事務局の人に確認することなどないと考え、おそらくホームページにはスケジュールは公表されているだろうが、それも見ずに、逗子から電車賃をかけて、出かけたのだ。あー、愚かな男である。
 愚かな男は、僕ひとりではなかった。クラスメートのN君が校舎の外にあるベンチでキセルをくゆらせ、ひとりで座っていた。N君はちょっとかわっていて、日光とかのお土産屋でよく売っているタイプのキセルを愛用しているのだ。
 ちょうど事務局の人が来たので、確認するとやはり休校であった。
 授業のあと、文京区の合気道道場に行く予定だったので、N君と近くのドトールでコーヒーを飲んで時間をつぶし、本郷まで行く。まだ時間があったので、よく立ち寄る古本屋を覗く。安売り台に載っていた本を数冊購入。そのうちの一冊が、「ホームレス入門」であった。

 僕は以前からホームレスに興味があった。退職を意識するようになってからは特にである。逗子にはあまりホームレスはいないが(以前、女性のホームレスをひとりだけ見かけたことがあるが)、都内に出てホームレスを見かけると、思わず凝視してしまう。そのとき連れなどいると「失礼だから、ジロジロ見ない方がよいよ」と諭されること数回。そのぐらい、彼らに興味がある。
 なぜ彼らに興味があるのか。それは自分が将来、同じ境遇になるとも限らない恐怖があるからである。さらに彼らの前職、家族、生い立ちにも興味がある。何か共通するものはあるのか、ないのか。彼らの現在の生活にも興味がある。どうやって食べているの? どこで寝てるの? 冬はどうするの? 夜とか怖くない? まだまだある。年金や生活保護はどうなっているのか。体調管理は、病気になったときの対処は。これからどうするつもりなのか。将来の目標とか計画とかあるのか。そして、自分の現在の情況をどう思っているのか。一番知りたいのは、彼らの気持ちである。

 「ホームレス入門」はノンフィクションライターの風樹茂が自宅近くにある上野公園に足繁く通い、そこで生活するホームレスやその周りの雑多な人々の取材をもとに書いたものだ。ホームレスに関する知りたかったことは、この本に大体書いてあった。
 僕の疑問への本からの回答を簡単に書く。
 前職はまったく多種に及ぶ。多いのは建設関係だが、教師、公務員、銀行マン、デザイナー、コック、SE、プログラマーなどなど。大概の職業はそろっている。
 家族、生い立ち、家族環境などはまさにひと夫々なので、ここでは記せないが、いくつか共通点があるようだ。まず上野公園という土地にまつわる共通点。それは北海道、東北の出身者が圧倒的に多い、ということだ。著者はそれを金の卵と囃されて、散々国家や社会の尽くしてきたのが、歳を取ると使い捨てられ、最後にたどり着いたのは故郷に近い上野となった、と説明している。
 著者は彼らの特徴を特あえて挙げることはしていない。ただ知り合いになったホームレスを色々なエピソードを通じて紹介しているだけだ。なのでこれは僕がこの本を読んで、感じ、読み取ったことである。
 彼らは大抵、男性である。そして家族がいない。元から独身のものをいるが、大抵は以前は所帯持ちであった。それが何かきっかけがあって、家族を捨て、または家族から捨てられている。今はひとりなのだ。もちろん例外もあって、夫婦もんや、高校生の子供を連れて3人でブルーシート暮らしをしているものもあるが。だがほとんどは単身の男性である。
 ここにホームレスのなぞを解く鍵がある。そしてホームレスに関するの最大の興味、彼らが何を考え求めているのか、の回答がある。

 公園をさ迷う前に、家族との別れが彼らにあった。家族を捨てたものは、家族というもっとも身近な社会集団との縁を自ら切った。家族から捨てられたものも、大抵は酒やギャンブルに溺れ、または自らが暴力を振るい、家族に捨てられている。これも自ら家族との縁を切ったといえなくもない。
 そして公園に住まいを求めたのも自らの意思である。この本では少しだけ触れられているが、生活保護という手もある。住所がないので、簡単ではないそうだが、少なくても公園に流れ着く前には、可能性があった。しかし、それを試みているものは多くない。
 僕がホームレスに興味をいだいたのは、このことである。多くのホームレスが持つ社会と孤絶したいという希求が彼らの姿から感じられ、僕の興味をかきたてるのだ。
 なぜ、興味をそこまで持つのか。それは自分にもその因子があるように思えてしかたないからだ。
 僕はいわゆる和歌や短歌が好きだ。知識はほとんどないのだが、時間があると古いものやら比較的新しいものやらを読む。その中で好きな歌人の系譜がある。その系譜とは西行、良寛、山頭火である。つまり漂白の歌人だ。
 僕にも漂白や社会との孤絶へのへの憧れが、きっとある。だからホームレスに目が引き付けられてしまうのだろう。
 そしてそのことが怖い。ホームレスになりたくないが。でもなんとなく、惹きつけられる。
 
 この本には公園の哲人なる人物も登場するが、そんなクールでニヒルな面ばかりでない。ホームレス社会はもっと生々しく、娑婆よりもさらに社会との粘着質な繋がりを求められる場面が多いことを伝えている。やくざ、ダフ屋、新興宗教、韓国系キリスト教団体、争議団、そして無気力な行政の担当者。現代の漂泊者たちを取り巻く環境は、詩的な面ばかりではないのだ。当たり前だけど。
 そんな感じで、僕にはとても飛び込めない世界ではある。しかし、悪い女に惹かれるように、なんとも不思議な興味を抱かせる世界でもあるのだ。

 本郷の古本屋でこの本を買い、一日で読了。やっぱり興味があるのだ。日本語の本はなるべく読まないようにしているが、食事中も思わず読み、320Pの本だが読み終えてしまった。
 最近、ホームレス関連の書籍は多いようだが、よくまとまっていると思う。ただし2001年発行なので、古い。ITバブル崩壊後の不況を強調しているが、今はその頃の比ではない。しかしホームレスの生活は、きっとそんなに変わらないであろう。
 
 本屋の後は、道場で汗を流し、また京急で帰途に着く。






 
 


 
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愛するということ by フロム

 久方ぶりに、本について。
 エーリッヒ・フロムの『愛するということ』を読んだ。なぜ読んだかというと、訳が鈴木昌によるものだからだ。私は鈴木さんのブログのかなり熱心な読者で、毎日のように鈴木さんのブログを楽しみにして読んでいる。ちょっと前に、ブログでこの本が鈴木さんの訳によるものであることを知った。それでこの有名なユダヤ人心理学者による愛の書に興味を持ち、読むことにした。
 読み終わったのが先月で、図書館で借りてきて読んだため手元になく、内容はほとんど忘却の彼方に飛んでいってしまった。なのであまり書くことはできない。ただメモを取った部分が2箇所あるので、そこのところについて触れることにする。
 たしか最後の章だと思うが、「愛する技術」という章があったはずだ。その中で、“愛する技術”には3つあるとフロムは訴える。1規律、2集中力、3忍耐力である。
 人を愛するためには技術が必要で、フロムによるその技術とは規律、集中力、忍耐力である。なぜ私がこの部分をあえてメモしておいたかというと、この3つの技術というのが、愛することに限らず、生きていく上で必要な普遍的技術であると思ったからだ。人間、この3つなくして、どうして人の世を生きて行けようか。もちろん、生きて行けるかもしれないが、きっと社会とは軋轢が生じ、人生における事業、例えば愛情溢れる家庭を築くとか、仕事で成果を残すとか、は達成できないだろう。つまりこの3つは生きていくための要諦なのだ。
 離婚を経験し、会社も辞め、ひとり自宅で翻訳などボソボソとやっていると、自分の人生を振り返り、反省することがある。どうして私は今、このような情況にあるのか。それは過去を失敗と見ているわけではない。ただ漠として、振り返り、今の状態への経路を考証しているだけなのだが。そして、今後の行く末をどう歩いていくべきかと逡巡する。そんな中でこの3つの“技術”をフロムから提示され、“愛する技術”として参考とするのは、まぁ機会があれば、それに超したことはないが、そんな機会に恵まれなくとも、生きていく上での参考になると思いメモを取ったのだ。
 私ほど、規律のタガが外れている人間はそう多くないと思う。特に組織から与えられる規律に対しては、積極的に反抗して生きてきたと思う。法律に反することは、ほとんどしてきていないと思う。それは私が順法精神に厚いからではなく、おそらく法律や国家といったものが、あまりに大きく遠い存在だからだと思う。そうした目に見えないような相手に対しては、反抗心は生まれない。しかし会社とか上司とかが与えるそんな目に見える規律の場合は、反抗心がムクムクと頭をもたげる。学校時代もそうだったと思う。勉強は嫌いでなかったが、宿題はほとんどしていかなかった。今の子じゃ、考えられないかもしれないけど。
 私の集中力は、常に気まぐれだった。必要と思われるときにちゃんと集中力が発揮されるときもあったが、期待を裏切ることも多かった。他人事にようだけど、本当だ。この気まぐれな集中力を自分の意思でコントロールできていたら、かなり違った人生を歩んでいたはずだ。
 忍耐力、これもかなり気まぐれだった。そして気まぐれな忍耐力はきっと忍耐力とは呼ばないのだろう。そうすると忍耐力はあまり、なかったのかもしれない。
 規律については、今は組織に属していないので、あまり拘束を感じないが、これは外部からの規律についてである。しかし規律でより大切なのは自らが果たすものだ。これは現在のようなフリーランスの立場では絶対必要なものである。集中力、忍耐も同様である。
 この年になって、規律、集中力、忍耐力が必要なのを再認識するとは、恐れいった幼稚さだと我ながら思うが、まぁよい。
 さて、もうひとつメモを取った部分がある。それは客観性についてだ。フロムいわく、客観的に考える能力とは、それは理性のことである。そして理性の基盤となるのは謙虚さだ。子供時代は誰しも自らを全知全能と考える。子供の可能性は無限である。子供は白昼夢の中でスターにも、王様にも、神にすらなることができる。それが謙虚さを身につけていくにしたがい、そうした全知全能感から距離を置くことになる。理性の目覚めだ。理性を身につけると、そこに客観性が生まれる。
 よく客観性の重要性が唱えられる。このデータは客観的なものなのか。その分析は客観的になされたのかと。その大切な客観性を得るためには、私たちは謙虚でなくてはならないのだ。フロムはそう訴えるのだ。
 実感できる話しではないか。あえて自分の人生を振り返らずとも、読んでいて、あるいはこのブログを書いていて、首肯できることではないか。
 「愛するということ」は、ちょっと中年チョンガーにとっては恥ずかしいタイトルであるが、この本は読んでいて決して恥ずかしくなる本ではない。愛についてはもちろん、それ以上人生についてしみじみ思いをめぐらせる機会を与えてくれる本であると思う。

物語 中国の歴史

 「物語 中国の歴史」(寺田隆信)を読む。10年近く前に中国に旅行へ行く前にあわてて買って読んだ本だ。今回は再読である。予想はしていたが、かなりの部分を忘れている。再読してどれだけ記憶に残ってくれるのか分からないが、前回より少し理解が深まっているように思うので、10年後かりに再再読したとして、今回よりはましであるように思うのだけど。ちょっと自信なし。
 しかし中国という国は不思議な国だ。中国5千年の歴史というが、この5千年の間で中華民族が今の領土を統治していた歴史はほとんどない。ゼロといっていいぐらいだ。例えば領土的に最大であった元はモンゴル民族が支配しており、また現在の中国とほぼ同じ領土を有した清もまた満州族が治めていた。漢や唐も広大な領土を支配したが現代の中国が主張するチベットやウイグルは含まれていないし、それどころか北京以北のほとんども国の外となっている。
 さらに5千年のかなりの期間は分裂国家であった。有名な戦国春秋時代はもとより三国時代、五胡十六国、南北朝、五代十国時代などが統一国家の間に織り込まれる。
 もうひとつ、日本人から見て不思議なことは皇帝の位置づけだ。中国では皇帝はまさに神に等しい存在で、絶対唯一無二である。皇帝ただひとりが絶対的な権力と尊敬を集め、それ以外は宰相であれ皇族であれ、ただの人。極端な話し、皇帝と比較するなら、宰相も皇族も庶民と同列の扱いになる。ところがその神に等しい皇帝が頻繁に殺され交替する。新しい皇帝は例え、漢の高祖や明の太祖のように盗賊や貧農の出であってもまったく差別されることなく、神に等しい皇帝となることができる。
 何度も他民族の専制を受け、国家は分裂を繰り返し、領土という横糸は頻繁に引きちぎられ、易姓革命という皇帝の血脈、つまり縦糸もずたずたに切り刻まれながらも中国はやはり中国として常に存在を続けている。こうなると中国なんていう国家は幻想にすぎないかという考えてしまいがちだが、そうではない。中華民族による儒教を土台にした文化圏は途切れることなくあり続けているのだ。
 今回、「物語 中国の歴史」を再読して改めて中国の不思議に思いを至らした。

 さて、話題を変える。
 今日はパソナキャリアと最後の面談の日だった。しかしすっかり忘れていた。朝10時過ぎにパソナの担当者から電話があり、思い出し平謝りをした次第だ。実はこれが初めてではない。先週末遊びに来てくれた産経のメンバーと去年飲む予定であったのだが、それも失念しており、電話をもらって青くなった。場所は都内だったので、逗子からは間に合わず失礼をした。その飲み会は同僚が産経を辞める送別会であったのにだ。
 なぜこうも忘れてしまうのか。私は結構、そうしたミスは少ない人生を歩んできた、と思う。多分、だが。しかし逗子に籠もってから、結構頻繁に予定を失念する。なぜかは分かっている。それは手帳を見ないからだ。なぜ手帳を見ないかというと、予定がほとんど書き込まれていないからだ。なぜ予定を書き込まないかというと、書く予定がほとんどないからだ。しかしながら、まったく予定がないわけではなく、たまにある。しかし手帳を見る習慣が喪失されてしまったために、たまの大事な予定を忘れてしまう。
 何かよい手立てはないものだろうか。もう、大事な予定を忘れたくない。ほんとに、困っちゃう。

 今日、パソナキャリアに行く電車に乗っている時間、何をしていたかというと、近くの山をブラブラと歩いていた。今日は少し寒かったが、それでも山道を歩くと体は温まり、日差しも気持ちよく、とても楽しい山歩きだった。キノコもひとつ見つけた。ニガクリタケだ。食べられない猛毒キノコだけど、春の訪れを感じた。

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 ニガクリタケを撮影した後、水場でクレッソンを採集。今回はちょっと多めにいただく。サラダにしようかな。

行くのか武蔵

 先週末の日経に好村兼一の「行くのか武蔵」の書評が載っていた。書評を読んで興味を持ち、逗子図書館のサイトで検索すると所蔵ありで予約は一件も入っていなかった。その日はなぜか予約をせず今日、改めてサイトで予約をしようとすると、2件の予約がすでに入っていた。新聞の書評、恐るべしだ。好村兼一のようなほとんど無名の作家の本に予約が2件も入っているなんて、日経の書評の影響に違いない。産経新聞社に勤めていたとき何度か書評の掲載を出版社の人に頼まれたことがある。私は文化部に知り合いはいないし政治力もないので断ったが、書評に取り上げられたい気持ちが、いまさら分かった。といっても産経で日経ほどの効果は期待できないに違いないが。
 日経の書評を読むまで好村氏のことは知らなかった。書評によると東大の剣道部出身で卒業と同時に渡仏、フランスで剣道の普及に努め現在に至る。剣道の最高位である8段範士。
 後からネットで調べるとフランスでは翻訳などをしながら剣道の指導と自己鍛錬を続け、フランス剣道界の随一の実力者であるらしい。作家としては無名だが剣道界では知る人ぞ知る存在である。その剣道の達人が、自らの体験と深い知識を小説に生かそうと思いつき、最近剣豪小説を書き始めたようだ。「行くのか武蔵」ですでに数冊目の小説とのこと。吉川英治の武蔵とはかなり内容が異なるようだ。なんでも最近、宮本武蔵に関する新たな事実が分かってきており、それを小説に生かしたとのこと。史実に正確な小説であるそうだ。興味深い。3件目の予約だけど、1ヵ月後ぐらいには手に入るだろう。読んだら、感想を書きたい。

 今日は料理の写真を掲載する。上は本日のランチで作ったパスタ。近くで採ったセリとクレッソン、スーパーで買った菜の花とマッシュルームをオリーブオイルで炒め、パスタとからめたもの。制作時間10分の簡単料理である。シンプルだけど、春の香り満載でなかなか美味しかったが、ちょっと塩加減が強かった。まだ材料は残っているので、再チャレンジしてみたい。
 下は昨夜作ったセリとクレッソンのサラダ。サラダオイルと塩コショウのみだが、こちらの方がより濃厚に香りと味を楽しめた。

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 そんな感じで、ここのところ毎日セリとクレッソンを食べている。スーパーに行っても葉物野菜は買う気がしない。だって山で採ったほうが、ただだし美味しいのだから。

「希望格差社会」を読む

 「希望格差社会」(山田昌弘)を読んだ。先週の土曜に本郷の道場へ行った帰りに本郷の古本屋で購入したものだ。

 山田昌弘は現在が希望格差社会になってきていると述べる。では、希望とはなんであろうか。山田昌弘の定義する希望は“努力が報われる可能性”だ。そして言う。「実は、現在起きている情況の中で最も深刻なのは、この『希望の喪失』なのである。皮肉にも高度成長期を経て、ある程度の裕福な生活が達成されたいま、人々が幸福に生きる上で必要なのは、経済的な要件よりも、心理的な要件である。人間は希望で生きるものだから」
 ここまではまったく異論がない。希望の格差は深刻な問題である。現在だけでなく、将来も継続する。生活レベルの差に直結し、生きている喜びを左右する。
 しかしその希望格差が何によってもたらされるかの見解が問題だ。山田はそれは「生まれつき高い能力や資産」を持っているものと持っていないものの格差の結果であるとする。高い能力については詳細を語っていないが、どうも学力や知能のことを言うらしい。この点についても言いたいことはあるのだが、前提が曖昧なので言及しない。
 もうひとつ資産の方だ。山田のいう資産とは子供の属する家庭のいわゆるストックとインカムの両方をさす。そしてどちらかといえば、インカムについて強調しての格差を訴えている。例えば、共働きで奥さんが高所得である場合は有利なのだそうだ。
 それはそうかもしれない。しかし本当に希望格差は能力や資産で生じるものだろうか。
 例えば大金持ちの芸能人の子供がよく覚せい剤に溺れたり、家庭内暴力に走る。一流の芸能人の子供なのだから能力が低いケースは少ないだろう。経済的には確実に恵まれているに違いない。
 一方、貧しい家庭でもすくすくと優秀な子供が育つケースは多い。
 山田の主張する希望の格差は能力や親の資産によって決まるという仮説はある程度傾向として認められるが、それは結果からフィードバックしたものにすぎない。この主張にはもうひとつ前の前提条件が必要になってくるのだ。そのもうひとつ前の前提条件があったために、その家庭は資産を形成することができたり、子供の学力が高かったりするのだ。ではその前の前提条件とは何か。
 それはひとことでいうと道徳心であると思う。この道徳心はかなりあやふやな概念だが、あえて道徳心としたい。道徳心には勤勉さや他者への慈悲。親への孝。約束を守る信。挨拶や感謝の言葉を忘れない礼。向学の智。私が今述べる道徳心はごく一般的に道徳心といった場合のスタンダードな概念だ。この道徳心がキーになるのだ。
 道徳心があり、勤勉であればその結果、裕福になる確率は高いであろう。一流校に行く確立も高まる。そして“努力をすれば報われる”といった成功体験も積むことだろう。つまり道徳心という起点があって、その結果、希望をもて、能力も高め、資産も形成できるのだ。能力・資産と希望は原因と結果でなく、パラレルの関係なのだ。
 もし仮に親が裕福で子供を小さいうちから塾に入れ、沢山の習い事に通わせたとして。しかし親は遊び呆け、子育てを例えばベビーシッターに任せた場合。一方、子供を塾や習い事に通わせる余裕がなくとも、例えば毎晩寝床で本を読んで聞かせ、一緒に宿題をし、家事も手伝わせ、そんな子育てをした場合。両環境での差異は明確に現れるはずだ。
 こういう話をすると必ず「親が貧しければ、本を読んでやったり、宿題を一緒にしたりする暇はない」という反論が帰ってくる。しかしそうした親はパチンコに行ったり、ゲームをしたりする暇はあったりする。要は所得差でなく、道徳心の差なのだ。
 
希望格差社会は深刻な問題である。しかしその原因を単に能力や資産に帰してしまうのは安直で危険だ。うちの子供が不幸なのは貧困が原因だ、という理屈に逃げ込ませてしまう危険性がある。

 実は今、ブログを書いていて、初めて道徳心の差という概念に思い当たった。なので私の中では生まれたての考えだ。今後、もう少し考えを深めてみたい。

「ヤクザが店にやってきた」を読む

 この本も本郷の古本屋で見つけたもの。著者は宮本照夫氏。山口県出身で若い頃身一つで川崎にやってきて、初めタクシーの運転手。その後、焼き鳥屋や飲食店、クラブ、バーなど多数経営する。その間、一貫して「暴力団関係者の入店お断り」を営業方針として続ける。

 すごい経営者である。この人は恐らくどのような店、会社を経営してもうまくいくだろう。腹の座りが違う。
 当然、川崎で飲み屋を経営していればヤクザはやってくる。初めは客として、そして次第に正体を現し、みかじめ料をたかりに、断られると従業員や他の客を脅かし、店で暴れ、嫌がらせをする。そんなヤクザに対して宮本氏は一歩も引かない。「ヤクザだって客なんだから、入店させてくれたって良いだろう」脅しすかして、ヤクザはなんとか入店しようとする。しかし宮本氏の態度は揺らがない。その男がヤクザだと分かったとたん、何が何でも店から出てもらうのだ。面白くないヤクザは当然暴れる。それでも宮本氏は動じない。

 私は幸いにそちらのホンモノの方とのお付き合いは一度もない。なのでどのぐらい、そうした情況を乗り越えることに勇気がいるのかは想像することしかできない。しかし想像して余りある恐怖であると思う。店や従業員、そして何より宮本氏が大切にするのが顧客であるが、彼らを守るため、宮本氏は身を呈する。

 実はホンモノとはお付き合いしたことはないと書いたがホンモノでないが近い人間とは接触したことがある。いわゆる企業舎弟というやつだ。産経で販売局にいたときに仕事の上で知り合った。
 当時、20代であった私は、とにかくその男との付き合いには気を使った。本来、特別視などしないほうが良いに決まっているのだが、私には度胸がなかった。その男が宴席にいるだけで意識がその男にいってしまう。脅かされたことはない。何度か大きな声を出されたことはある。それも私に向かってでなく、自分の子分連中に対してなのだが。また何かを強要されたこともない。ただたまに誰かに対して大きな声を出すだけだ。ビジネスの話しをするときは静かに話す。
 私は彼に便宜を図れるほどのポジションにいたわけでもないし、付き合いも浅かったのでただ怖いと思っただけですんだ。ビジネス上、何か彼に特別な計らいをしなくてすんだ。
 彼がなぜ恐ろしかったか。それは彼の絶妙な威圧と、金がまつわるときの執着質な目つきであった。彼にとって私はただの本社の若造で、利用価値がないと踏んでいたので、傍観者として彼に接することができた。しかし彼のその狡猾で迫力ある威圧が私に向かってきたなら、私はどう対応できただろうか。上司に泣きつくことぐらいしかできなかったはずだ。
 今考えると無様な私であるが、大方の人もああした威圧のプロと接するときには、右往左往してしまうのではないか。しかしそれこそが、彼らの思う壺なのだが。

 この本を読んだからといって、宮本氏のような堂々とした振る舞いができる人は少ない。しかしヤクザの手口、そしてそれに対応する方法のヒントをいくつか与えてくれる。
 まずはなんといっても、腹をくくって正面から向き合うしかないようだ。向こうは身を呈して乗り込んでくる。出会ってしまったら最後、同じ視線で対応する覚悟を決めなくてはならない。そうしなければ骨の髄までしゃぶられる。そして絶対彼らの挑発にのって手を出してはいけない。あくまでも使っていいのは正義の力だけだ。頼れるのは警察や弁護士だ。この正義の力の行使こそ、実はヤクザがもっとも恐れる効果的な対応法なのである。

 偉そうに書いたが、40代になったからといって20代より度胸が付いたわけではない。同じように気の小さい男である。だからこれを書いていて少々気恥ずかしいのだが、この本をそうしたトラブルに見舞われている人、または可能性のある人に勧めたい。しかし今も新刊が出ているのかどうかは分からないが。図書館にはあるかもしれない。あればぜひ手にとってもらいたい。単にノンフィクションの読み物としてもとても面白い。

「森は知っている」を読む

 「森は知っている」は米国の生物学者ベルンド・ハインリッチが書いた自然にまつわるエッセーである。舞台はメイン州。ハインリッチ先生はメイン州に300エーカーという広大な森を所有し住んでいる。森にはアメリカ北東部でもっとも多いストローブマツの林が広がり、バルサミモミ、アカトウヒが点在する。ベニカエデやサトウカエデ(メープル)が秋には紅葉し、白樺の仲間であるキハダカンバが貴婦人のように静かに佇む。
 ハインリッチ先生はお隣のバーモント州にあるバーモント州立大学の教授である。そこまで車で通勤をしている。実は私、バーモント州立大学のすぐ近くに住んでいた。産経新聞社の留学制度を利用して、バーモント州の別の大学に通っていたのだが、その大学はバーモント州立大学と同じバーモント州最大の街バーリントンにあった(最大といっても人口は20万人)。
 なのであの辺りの様子はよく分かる。アメリカの大自然というと、コロラドやモンタナなどロッキー山脈をイメージしがちだがアメリカは広い。メイン州やバーモント州のある北東部にも立派な森がある。
 その森は日本人に馴染みやすいタイプの森だ。ロッキー諸州の森のように背後に雄大な山脈を控えているわけではない。ジャイアントセコイアのような巨大な木が聳え立っているわけでもない。なんとなく日本の山、それも東北や九州の山のように比較的なだらかな小山が連続する風景なのだ。
 そうした穏やかな風景の中で、ハインリッチ先生は自然と優しく接し、しかしプロとして厳しい目で生態系を観察をする。日本でいうとムツゴロウ先生のような位置づけだと思うが、書いていることは随分とことなる。ムツゴロウ先生のエッセーも大変楽しいが、主題は自然より人間であることが多い。しかしハインリッチ先生はあまり人間に興味がない。常に視線は森と森の生き物に注がれる。
 こういう作家は日本にはいないなぁと、思う。どうだろう。いたらぜひ読んでみたい。
 この本で初めて知ったことは多いが、次のことはとくに印象深かった。
 2つあるのだが。まず木に生える芽には2種類ある。ひとつは花の目。もうひとつは木の芽である。木の芽はひとつの森では同じ時期に一斉に芽吹くそうだ。そういわれれば、そうだろう。この辺りだと今がまさにその季節だ。一斉に新緑は芽吹く。どうしてだか、知っていますか。私は知りませんでした。答えは、葉が芽吹く季節とは太陽が本格的に輝きだす季節だからだそうです。木は光合成で栄養分を自ら作り出す。なので太陽の動きには敏感で、どの木も同様に反応するために葉が芽吹くのが同じ時期になるそうだ。ゆえに常に太陽の季節である熱帯では年中芽吹きの季節になる。言い換えれば芽吹きの季節はない。落葉もただ古くなった葉から落ち、それに続いて新しい葉が芽吹く。
 しかしもう一つの芽である花の目は季節をずらして芽吹くそうだ。そのわけ、知っていますか。これも私は知りませんでした。花の仕事は受粉である。受粉には風による受粉と虫や鳥による受粉がある。風による受粉は葉の芽吹き同様に、ほぼ同じ季節に起こる。それは葉が芽吹く直前だ。なぜなら、葉が受粉の邪魔になるために、葉が茂る前に花粉を飛ばすからだ。
 もうひとつの虫、鳥による受粉。こちらはあえて季節をずらす。なぜなら虫や鳥の数には限りがある。他の種と競争を防ぐために時期をずらしているそうだ。それと時期がずれれば、虫や鳥の餌を長い間供給でき、受粉お助け人である、彼らの命を守ることにつながる。お互いにメリットがあるのだ。
 もうひとつのトレビアはフィンランドについて。この話しはメイン州を舞台としたエッセーとは別に後半に書かれてあるものだ。フィンランドといえば、我々には森と湖の美しい国。自然を大切に守っている国というイメージがある。しかしハインリッチ先生の見解は違う。今フィンランドにある木の98%は同じ樹齢のヨーロッパアカマツとドイツトウヒだけなのだそうだ。つまり98%は人間の手で植えられた木で、人口の森だ。その結果、生態系は破壊され、植物や動物の半分が絶滅寸前の状態にあるという。あの美しいフィンランドが。オーロラの下に延々と続く森林にはたった2種類の木があるのみで、他の植物や動物は瀕死の状態であるとは。驚きである。

 この本も逗子図書館で借りてきたものである。寝る前に少しずつ読み進めていった。とても美しい貴重な話ばかりで、もったいなくてゆっくりと読んでいった。おかげで貸し出し期間を1週間も過ぎてしまった。さすがにやばい。今日、これから返しに行ってきます。雨が降りそうなので、そろそろ出なくては。

「日本辺境論」を読む


 昨日は良い天気だった。朝、起きると昇る朝日が窓から見えた。朝日が見える朝は久しぶりだ。その後も一日好天。頑張って机に向かっていたけれど、我慢堪らず夕方散歩に出る。雲がほとんどない空が夕日で色づく時間だったが、朝のような冷たく気持ちのよい空気が広がっていた。裏の小山に上り、相模湾を見下ろす。静かにヨットが行き交っているのが見える。散歩に出てよかった。
 さて今朝も良い朝だ。ゴミ出しに外へ出ると、向かいの家を工事しているおじさんと目が合う。向かいは半年前から建て直しをしており、今は最後の外回りを工事している。工事のおじさんと「いい天気ですね」「気持ちの良い朝ですね」と会話を交わす。笑顔で挨拶を交わすと、気持ちがさらに良くなる。じゃれつく猫の頭をなぜてあげるのも癒されるが、それとは別のリラックス効果がある。一人暮らしをしていると、こんなおじさんとの会話が嬉しい。

 さて、内田樹の「日本辺境論」を読んだ。内田先生のブログはほぼ毎日読んでいる。読み始めて、もう5年以上にはなるのではないか。かなりのヘビーリーダーである。毎日、内田先生の文章を読んでいるので、内田イズムが自然と私の体に滲みこんでいる。私が発する言葉や書く文章のかなりが、先生の言葉を滋養として生まれたものだと思う。
 しかしこれほど滲み込んでいる内田イズムであるが、外交や政治となるとどうも私の体は受け付けない。拒絶反応を示してしまう。他者の臓器を移植した後に、体全体がその受け付けを嫌がるように、内田先生の言葉を私の体は拒絶する。そんなもの受け付けたら、体が壊れてしまいますよ、と体自らが訴えているように。
 なぜだろう。確かに内田先生の外交や政治に関する知識は素人同然で、事実関係もあいまいである。語られる言葉はみんな内田先生がフランス哲学や武道を通して仕入れてきた知識から捻り出したもので、無理を感じることが多い。しかし、それはそれで、例えば教育論や宗教、音楽を語るときには、その無理やりのようなこじ付けが、まるで名人芸のように目を見張らされる。内田先生の頭の良さに、説得力に感心させられる。
 ところが、外交と政治に関してはどうも様子が違う。なぜだろう。
 私は内田先生がこのふたつを語るときに、そこに“意地悪”な気持ちが含まれているからだと思う。この“意地悪”に私のからだの免疫機能が反応するのだ。内田先生はよくブログで、自分の性格の悪さは人後に落ちないと語る。しかし、ブログは人なり。毎日、あれだけの量を書いていて、毎日あれだけの量の文章を読んでいれば、自然と分かる。内田先生の例えば、生徒、弟子、師匠、友人など隣人に注がれる目は優しい。そこに“毒”は感じられない。例えば日本の教育制度や武道について語るときも、慈愛が感じられる。しかし外交、政治を語るときの先生の言葉には慈愛が感じられないのだ。
 きっと内田先生は気付いていないのだろう。ご本人は同じスタイルで書いているつもりであると思うが、毎日ブログを読んでいる私には分かるのだ。
 この本は、いつもブログで書かれていることのパッチワークである。しかし底意に“毒”が盛られているので、気をつけて読む必要がある。お腹を壊す可能性あり、である。読後感があまりよろしくない。
 内田先生は、師を持つことの大切さについてよく語る。内田先生は、私の師のひとりである。先生は私のことなぞ存在さえ知らないのだが。
 この本を通じて、内田先生は師とどの程度の距離を持つべきか、場合と情況により変わる距離感を私に教えてくれているように思う。師は常に何かを授けてくれるものだ。
 

「行くのか武蔵」を読む


 以前、日経の書評で見かけたことを当ブログ紹介した「行くのか武蔵」(好村兼一)をようやく読んだ。
 随分と吉川英治の「宮本武蔵」や井上雅彦lの「バガボンド」とは異なるストーリである。巻末を読むと、最近武蔵について新たな事実がいくつか発見され、そのことを織り込んだとある。吉川の武蔵はほとんどが創作であることは勇名である。吉川をベースにした「バガボンド」も当然同じである。
 好村の武蔵は事実に基づいたストーリであるという。これは読まずにはいられないではないか。

 まず好村の武蔵の特徴は、武蔵よりも父“無二”の話が中心であることだ。なぜこうなったのかは不明だが、おそらく新たな資料というのが無二に関するものが多かったのだろう。
 無二を中心に進められる武蔵の成長譚を読んでいて、合点したことがある。そのことは吉川武蔵や井上武蔵を読んでいて、とても不満であり不思議に思うことでもあった。なぜ武蔵があのように強いのかということだ。吉川、井上の武蔵にはそこの秘密が出てこない。子供の頃から悪鬼のごとくの悪餓鬼で、大人の無頼漢を撲殺したとかいう話がいきなり出てきたりする。しかしいくら体力のある子供でも、初めから大人を殴り殺せるほど強くはないであろう。強くなるには修行が必要である。吉川武蔵、井上武蔵にはそこが省かれている。子供が日々強くなっていく過程は小説の題材として、格好のものであると思うのだが。不思議にそこは書かれていない。しかしそのフラストレーションを好村武蔵は払拭してくれる。
 当小説のほとんどが、父無二と武蔵の関係に注がれている。逆に吉川一門との対決や、生涯60戦無敗の部分は割愛され、いきなり巌流島の決闘になる。そこは吉川武蔵に任せるといったところだろうか。
 父、無二は武蔵に負けずと劣らずの武芸者である。新當流と新陰流を学び、二刀流である當理流を創始した。當理流は無二が不断の稽古と戦場という実践の場で編み出した新剣法である。
 その荒武芸者の父の厳しい教えにより武蔵は実力を身につけていく。ここがこの小説の肝となる。

 もうひとつ好村武蔵の特徴を挙げれば、武蔵がとてもジェントルマンであるということだ。例えば子供のころ大人の剣士を殴り殺した場面がやはり出てくるが、そこは父無二を侮辱され、無念を晴らすために鍬の柄にする棒をお互いにもち決闘したことになっている。ただの乱暴ものではないのだ。父の汚名を晴らすために、やむを得ず立ち上がったのだ。ねぇジェントルマンでしょ。
 また五輪書を書き、書や画の才が有名な武蔵であるが、吉川武蔵ではなぜそれだけの学識があるのかもまた省かれている。一方、好村武蔵では無二に自ら頼み込み寺の住職に手習いに行くなど、学についての修行の場面も描かれている。無二が唖然とするほど少年武蔵は勉強熱心なのだった。
 初体験の場面もある。初出陣の前、無二が武蔵を男にするために、自らの愛人を提供する。ここはまぁ、ジェントルマンとはあまり関係ないけど、なんとなくほのぼのするでしょ? しないかなぁ。
 修行に熱心で、向学心が篤く、孝行者の武蔵。好村武蔵はまったくもってディセントな男なのだ。

 さてこの本についてはここまで。ちょっと武蔵について以前から思っていることを少しだけ書く。歴史上最強の武芸者といえば、大抵は宮本武蔵を挙げるだろう。ところが自ら剣を学び、あるいは剣豪ものの好事家といわれる人の間では、武蔵の評価はそんなに高くない。まず専門家(?)の間で最強と目されているのは、飯篠長威斎、上泉伊勢守、愛洲移香斎の3名であろう。なぜ、一般人と専門家の間で意見が分かれるのか。
 答えは、一般人はきっと宮本武蔵しか名前を知らないから、武蔵が当然一番になる。ひとりしか知らないんだもの、一番に挙げるのは当然ですね。では専門家はというと、武蔵が早くに実践から退いてしまったことに物足りなさを感じるからであろう。武蔵の評価は低い。と、私は思う。
 また武蔵に二刀流(二天一流)の異端を感じることも遠因かもしれない。長威斎は鹿島、香取の諸派の源流である。移香斎は陰流の、伊勢守は新陰流の祖である。いずれも日本剣術界の一大勢力であり、現代剣道に大きな影響をあたえた流派の開祖達である。そこのところの正嫡性も玄人には人気の原因かもしれない。

 さて色々書いたが、もうひとつ話は流れて。「バガボンド」、この意味をみなさんはご存知でしたか。私は実は知りませんでした。なんてへんてこなタイトルなのだろうと思っていた程度でした。きっと赤塚富士夫の「天才バカボン」と007のジェームズ・ボンドあたりがくっついてできたタイトルぐらいに思っていました。でもそうではありません。そう思っているひと、私以外にも実はいるのでは、、。
 答えは英語の“vagabond”が由来です。この間、たまたま英文を読んでいて“vagabond”という単語が出てきて、おお、と思ったのでした。翻訳家(自称)としたことが、情けない。辞書で調べて始めてその意味が「放浪者、漂流者、さすらい人」であることを知りました。
 私こそが本当の“馬鹿凡人”であると知った次第でした。お粗末。

安藤健二の『封印作品の憂鬱』を読んで


 安藤健二の作品を読むのはこの『封印作品の憂鬱』で二冊目である。前に安藤のデビュー作『封印作品の謎』を読んでいる。
 『封印作品の謎』を読んだときに、何か不思議な感じがした。そして、『封印作品の憂鬱』を読み感想を同じくした。この不思議感はなんなのだろうか。今回、ブログで取り上げるに当たり、考えてみた。
 安藤の作品はいわゆるノンフィクションで、元新聞記者の著者による調査報道の一タイプであるともいえる。しかしオーソドックスなノンフィクションの定義とは少し外れているように思う。特に安藤が自ら言及する“新聞記者時代に学んだ取材の力を生かし”という、新聞報道とは大きく異なっている。
 どう違うのだろうか。安藤の作品は既存のノンフィクションの枠に収まらない。むしろそれは学術の世界に近いのだ。そう民俗学である。
 実は『封印作品の謎』を読んだとき、そこのところまでは気が付いていた。周到な調査、綿密な取材。そこまで裏を取る必要があるのだろうか。正直、ちょっとくどい、と感じるときもあった。しかしああ、これは民俗学なんだな。それが分かった時点で、ストンときた。そして、安藤ワールドを楽しむことができた。
 今回、『封印作品の憂鬱』を読み、もう一歩踏み込んで理解ができた。民俗学、たしかにそうだ。しかし柳田国男ではない。もっと粘質で、もの悲しい。しかしそれと同時に明るく素っ頓狂な面も併せ持つ。そう、これは宮本常一の世界だ。安藤が書いているのは、現代の『忘れられた日本人』なのだ。

 宮本常一は昭和を代表する民俗学者だ。大学卒業後、いったんは教師になるが、その後、渋沢栄一の孫で財界人でありながら学者でもあった渋沢敬三と出会い、民俗学の道に入る。その研究の手法は徹底したフィールドワークが中心で、日本全国を行脚し、無数のインタビューを行っている。
 民俗学の雄といえば柳田国男だが、宮本は柳田が強い力をもつ学会からは長い間さほど認められる存在ではなかった。なぜなら宮本が得意としたのは、柳田を表とするなら、裏の民俗学であったからだ。調査対象は漂白民や被差別民までも含み、また庶民の性にまつわる習俗やエピソードも積極的に取材した。
 
 安藤もまた圧倒的な取材数を特徴とする。いったい安藤は一冊の本を書くために、どれだけの人間に取材を申し込み、具体的にインタビューを行ってきたのか。おそらく数百人に取材のオファーを出し、100人を越えるインタビューを敢行したはずだ。その分量が安藤の魅力である、安藤の書く本の説得力である。
 また安藤が選ぶテーマは、現代のノンフィクションの分野において、やはり“裏”ものといわざるを得ないものばかりだ。今回読んだ『封印作品の憂鬱』を見てみよう。3つの封印事件が取り上げられている。
 一つ目は『ドラえもん』にまつわるものだ。藤子不二雄の『ドラえもん』は小学館発行の雑誌で連載されていたが、その後テレビアニメが放映される。僕らがよく知っているあのアニメだ。テレビ朝日で30年以上も放送が続く長寿番組だが、実はその前に日本テレビで最初のアニメ版が放送されていた。しかし今はその存在は完全に消し去られている。日本テレビ版『ドラえもん』はなぜ、封印作品となったのか。
 安藤が切り込んだ二つ目の封印事件は『ウルトラマン』だ。1966年から始まったウルトラマンシリーズは、多くのヒーローを生み出し、今なお人気のコンテンツだ。その中で『ウルトラ兄弟VS怪獣軍団』という作品が封印されている。アジアンテーストたっぷりの、ハヌマーンという白猿の神が主人公でウルトラマンシリーズでは異色の作品だ。
 最後は『涼宮ハルヒの憂鬱』だ。この作品のオリジナルはいわゆるライトノベルである。その後、メディアミックス展開でコミック、アニメへと舞台を広げていった。その中で最初のコミック版(みずのまこと)が封印されている。

 まったく“裏もの”のテーマばかりだ。よくこのような小さなテーマを見つけて来るものだと、驚くばかりだ。しかしこれら小さなテーマが実は深遠な背景をもつ。
 宮本常一が聞き取り調査で集める、古老の話もそうだ。母の思い出話であったり、夜這いの自慢話、隣村との喧嘩など、どれもが非常にローカルで個人的なものばかりだが、それが集積されることで、深遠なストーリーを紡ぎ出す。

 ドラえもんの日本テレビ版アニメがあったことなど、仮に安藤が調べ本にしなかったとしたら、一部のマニアの記憶には暫く残ったとしても、おそらく近い将来忘れ去られる。しかし本に残った。そしてその背景が、粘り強い調査と、分析で浮かび上がる。そこには冷徹なビジネスルールがあり、日本人の気質が伏流する。一見オタク向けのテーマが、実は社会学や心理学を含んだ、大きな民俗学になっているのだ。
 安藤は卑近でありながら、忘れ去られ行くものを収集し、そこにストーリーを紡ぎ出す。やはり宮本常一なのである。
 

チェーホフを読む


 私はあまり小説を読まない。読むのは事実を解説したり、なぞったりするものが中心だ。
 ところが久しぶりに小説を読んでいる。チェーホフだ。短編集である。チェーホフは『かもめ』や『桜の園』などの戯曲が有名だが、短編も沢山書いている(知ったばかりだが)。

 今日、読んだのは「牡蠣」と「ワーニカ」。両方ともコミカルだが悲しい。

 「牡蠣」は物乞いをする父子の話。物乞いで父親と街に立つ息子は目の前のレストランの壁に書かれている「牡蠣」という文字を見つける。しかし牡蠣がどんなものか知らない。当時のロシアでは牡蠣は高級品だったからだ。父親に牡蠣とは何かと尋ねると、海の生き物で固い殻に覆われているという。そこで少年は殻に覆われているカエルのような生物を想像する。
 空腹で意識が朦朧とした少年は「あの牡蠣が食べたい」叫ぶ。その声を聞いた通りすがりの紳士が面白がって、少年をレストランに連れて行き、牡蠣を食べさせる。初めて食べた牡蠣はしょっぱくて喉が渇くばかりで美味しくない。それでも慌ててお腹に詰め込んでいると、気分が悪くなるという話。

 「ワーニカ」は8歳の男の子の話だ。ワーニカは両親に死なれ、唯一の身内は地主の家で夜警をする祖父だけだ。今は靴職人の家に奉公に出されている。奉公先では折檻を受け、まともな食事もさせてくれない。そこで楽しかった祖父との生活を思い出し、祖父に手紙を書く。このままでは死んでしまう。どうか迎えにきてくださいと。ところが手紙など出したことがないので、あて先に住所を書くことを知らない。ただ村のおじいさんへと封筒に記し、投函する。しかし少年は手紙がおじいさんに届くことを疑わない。その日は久しぶりに安心して眠りにつくことができた。という話。

 子供の話は切ないな。小説だと分かっていても。ワーニカの手紙は届いて欲しい。
 

『パチンコがアニメだらけになった理由』(安藤健二著)を読んで


 安藤健二の『パチンコがアニメだらけになった理由』を読んだ。安藤のブックレビューは『封印作品の憂鬱』に続いて二冊目だ。あまりブックレビューを書かないこのブログだが、なぜ安藤の作品が二冊もあるのか。やはり種明かしをしなくてはならない。

 安藤は産経新聞社時代の後輩なのだ。同じ部署に二年程度勤めていた。
 私が産経新聞社の電子電波本部に勤めていたときだと思う。思う、と曖昧に書くのは、産経のデジタル関連の部署は頻繁に名称を変えているからだ。私はその全てに勤務している。ちょっと安藤からは脱線するが、挙げてみると。編集局電子メディア室、電子電波本部、デジタルメディア局、産経デジタル(別会社)、だと思う。全ての部署に勤務したが、ちょっと自信がない。似たような名前なので、忘れている。
 さて安藤はおそらく電子電波本部だと思うが、そこに新入社員として入ってきた。席は確か隣であった。私は希望して電子メディア関連の部署に着いたのだが、実はデジタル関係には疎かった。パソコンの設定も自分でできないほどだった。なのでその部署では主に新規企画を担当していた。ところが安藤は入社当時から、ネットにとても通じていた。だから先輩でありながら、よく色々なことを教わった。席も隣(だと記憶しているが)であり、気も合う方だったので(私はそう思ったが、安藤君どうでしたか?)、丁寧に教えてくれたと思う。もちろん、それはネットのディープな部分でのみであり、社内の誰が口うるさいだとか、飲み食いの伝票はこう書くと通りやすいだとか、こっそりサボるにはこの喫茶店がお薦めだとか、そうした本来の業務の根幹を成すことは私が安藤に教える立場であったのだが、エヘン。

 私は、いや私だけでなく、部署の誰も知らないことだったが、安藤は実はネットの世界で有名人であった。それはその後、私の下で働いていたネットに詳しい男に教わったことだ。
 安藤はあるサイトを開いていたらしい。名前は当時は覚えていたが、今は忘れてしまった。たしか掲示板であったと思う。もしかしたら普通のホームページだったかもしれない。いずれにせよ、いっときはとても繁盛(?)していたと聞く。
 ではなぜ安藤が掲示板にせよHPにせよ、それで有名人になったか。それは安藤が本名で書いていたからだ。それもかなり政治的な意見を書く。一例をあげると、安藤は神戸連続児童殺傷事件の犯人の少年の顔写真や実名の報道を積極的に擁護していた。たしかフォーカスだったかフライデーだったかが、顔写真を掲載した号を自主撤去したことがある。安藤はその編集姿勢を厳しく問うた。もちろん自分の署名入りの文章で。さらに安藤を有名にしたのはその顔写真を自分のHPに掲載したことだ。その写真誌を出版している出版社はもとより、どの新聞社も本音は別として、面倒を恐れて報道を自主規制していた。だから安藤のHPにアクセスが集中した。
 その時のある記憶がある。安藤が自分の席のパソコンで酒鬼薔薇聖斗の写真を私に見せたのだ。自分のHPに掲載していると、やはり言っていた。でもそのときは、こいつちょっと変ってるなと、思った程度だった。しかし安藤はただの変わり者ではなかった。自分のHPに自分の名前を明かしたうえで写真を掲載していたのだ。そしてそれについての意見も堂々と書いている。
 他にも色々な政治的発言を安藤はネット上で実名にてしていたらしい。ハンドル名で煽るだけの、その他のネットの住人からは英雄視されていたようだ。
 
 それから暫くして、安藤は社の方針で編集局さいたま支局に異動となった。そこでも彼らしい切り口の記事を書き、産経新聞では県版のみの扱いだったが、夕刊フジの編集の目にとまり、夕刊フジで大きく扱われたりした。なかなか優秀な記者であったようだ。
 その後、またデジタルに戻って来たが、また異動になり、今度は総務局に行くことになった。その少し前から書籍の執筆活動を始めていた安藤は、それを機に産経を辞めてしまった。産経は有能な人材を失ったのだ。

 さて、ここからようやく『パチンコがアニメだらけになった理由』についてだ。
 安藤の“封印作品シリーズ”に比べると、裾野の広いテーマを扱っている。“封印作品シリーズ”はテレビドラマや漫画のある号の欠落のなぞを解き明かした。その謎解きの道程は推理小説のようで、ワクワクさせられた。しかしテーマがオタク向けで、自分のようにまったくオタク性を持ち合わせていない人間にとっては興味をもち難いものだった。安藤の緻密な取材によるその謎解きの過程は、それ自体が驚愕であったが。
 対して今回のテーマはパチンコ業界である。私はまた、パチンコにもまったく興味のない男だが、パチンコ業界には興味がある。なんでも自動車産業と同規模の巨大産業だという。しかし実体はあまり明らかにされていない。警察官僚の天下りがあったり、半島系の人々の影響力の大きさがあったり、法律的な扱いの曖昧さがあったり、とにかく見えにくい業界である。このヌエのような巨人の懐に安藤は飛び込んでいった。またいつもの緻密でねばっこい取材力を武器に。
 パチンコをしない人間でも今のパチンコにアニメが多用されていることは知っている。テレビCMでガンガン流しているし、パチンコ屋の前を通ればドデカいポスターが微笑んでいたり、睨みを効かせているからだ。
 なんとなくその理由は分かっているように思っていた。アニメ業界としては、著作権の多角的運用になる。きっと高額で売っているに違いない。もうかれば、やるだろう。そんな程度に感じていた。
 しかしでは、なぜパチンコメーカーは高額な著作権料を支払ってまで、アニメのキャラクターをパチンコ台に登場させるのだろうか。いい年をした大人が、キティーちゃんの文房具を欲しがる子供のように、著作権料を支払って(意識はないかもしれないが、実際にはきちっと支払わされている)まで、アニメのヒーローやヒロインが張り付いているパチンコ台を求めるのだろうか。
 安藤は4つの方角から、このテーマに光を当てている。アニメ業界、パチンコメーカー、パチンコ店、ユーザーだ。そこにはそれぞれの理由があった。あまり乗り気でない立場の人もいた。積極的に取り込む立場ももちろんある。夫々の思惑が複雑に絡みあい、今のアニメパチンコの盛隆を生んでいたのだ(アニメパチンコは隆盛だが、パチンコ業界自体は衰退傾向にある。アニメは麻薬のように実体を蝕んでいたのだ)。
 今回もまた謎解きである。薄明かりに佇むヌエのベールが慎重に、そして確実にめくられている。この過程が安藤だ。
 さっきも書いたが、今回の本のテーマはオタク限定でない(封印作品もテーマは別として、読み物としては一般人も楽しめますが)。ある巨大産業の存在そのものが実はテーマだ。アニメを切り口に、安藤は摩訶不思議なあの巨大産業の素顔にそっと光を当てて見せてくれる。


鳩山一族が大金持ちである理由


 音羽にある鳩山邸のすぐ近くに住んでいたことがある。歩いて5分程度の距離だ。犬を連れて鳩山邸の裏道を毎日のように歩いた。裏道には高い塀が続いていた。塀の長さは50メートル近くあったのではないかと思う。とてつもなく広い邸であった。すぐ近くには、パイオニアの創業者や美智子皇后陛下の生家の邸もあった(今は両方ともない)。そうだ、思い出してきた。他にも有名人の邸はいくつかあった。例えば中村勘九郎(今は名前が変ったんだっけ)姉弟、北の富士、畑村洋太郎、山田五郎の家もあった。
 北の富士は毎朝散歩をしていて、よく見かけた。散歩の最後は近くの豆腐屋で、いつも豆乳を飲んでいたな。私もたまに豆乳を買い、店で一緒になることもあった。畑村洋太郎さん(東大名誉教授、失敗学で有名)とは犬の散歩仲間であった。散歩仲間で忘年会を開いたこともある。
 ちょっと自慢げになってしまうが、つまりかなりの屋敷町だったのだ。といっても私は何も自慢できることはない。ただたまたま、住んでいただけだもの。
 その屋敷町でも鳩山邸はひときわ大きな邸であった。

 なんであんなに大きな家に住めるのか、その頃から不思議に思っていた。確かに日本を代表する政治家ファミリーである。でも政治家って、そんなに儲かる仕事なのだろうか。
 『鳩山一族 その金脈と血脈(佐野眞一)』を読んで、ようやく長年の謎が解けた。なぜあれだけの金持ちなのか。その理由は以下の通りであった。主に3点に絞られる。
 第一は、鳩山家は4代続いた政治家ファミリーであったということだ。2,3代はあるかもしれないが、4代続けて政治家を輩出した家は稀である。2代目の一郎は当然有名だが、初代目の和夫はあまり知られていない。しかし和夫こそが鳩山家を語る上で、最も重要な人物である。特異なこのファミリーの性格を形作ったのは和夫なのだ。
 和夫は東大の前身である大学南校を首席で卒業、大学初の公費留学生としてアメリカに留学している。帰国後は日本初の弁護士事務所を開設。非常に繁盛し、ここでまず一財産を築く。そしてまだ草深かった音羽の高台に二百坪の土地を買った。これが音羽御殿のルーツとなる。その後、次々に買い足していく。
 弁護士家業を続けながら、衆議院議員にもなる。連続9回当選し、衆議院議長も務めた。こちらでも当然、収入はあっただろう。
 和夫は弁護士や政治家としてだけ、稼いでいたわけではない。もうひとつの顔を持っていた。北海道の原野を政府から払い下げを受け、小作を住まわせていたのだ。地主としての顔だ。土地は広大で、広さは82万坪。東京ドーム58個分であった。
 地主としては非常に冷酷で厳しかったようだ。著者の佐野は、「まるで中世の荘園を思わせる絶対的な支配権力」を屈指していたと書いている。
 続くのは一郎だ。一郎も東大法学部を8番の成績で入学し、3番で卒業した。これ自体、すごいことだが、鳩山家では一郎はできの悪い息子であった。なぜなら一郎には弟がいて、この弟は東大開校以来の秀才といわれていたからだ。
 さて蓄財についてだが、一郎は政治家としては頂点を極めたが、こちらは特に大きな貢献をしていない。あえて言うならば、次の威一郎に財産を減らさずにバトンタッチしたことだろう。
 続いて、威一郎。こちらも東大法学部を一番で卒業し、大蔵省に入省。最後は官僚トップの事務次官まで上り詰めている。その後は参議院議員となり外務大臣を務めている。
 政治家としては、鳩山ファミリーの中では精彩を欠いた感のある威一郎だが、蓄財ではファミリー最大の貢献をしている。大金持ちの娘を嫁にしたからだ。ここはよく知られたことなので、ご存知かもしれない。妻の安子はブリジストン創業者の石橋徳次郎の孫で、莫大な資産を継承した。軽井沢の別荘も、この石橋家がらみで入手したらしい。
 そして現在の鳩山兄弟である。この二人も東大卒。兄の由紀夫は工学部、弟の邦夫は法学部を卒業している。二人とも学業優秀な兄弟である。私は知らなかったのだが、あの見た目はちょっと亡羊としている邦夫は鳩山家の頭脳を正しく継承し、最優秀な学生であったという。あまりに成績が良すぎて、弟と比べられることを避けるために、由紀夫はあえて工学部を選んだほどだ。蓄財とは離れるが、初代の和夫、一郎の弟(秀雄)、威一郎、邦夫と4代続けて東大を首席で卒業している。確かに頭の良さは、折り紙つきである。
 しかし蓄財については、この二人も特に貢献しているとは言えない。一郎同様に政治家としては活躍というか、出世はしたが、マネーメーキングにはあまり興味がないらしい。しかし、これも一郎同様に資産を死守するという面では極めて優秀な二人である。ここからは鳩山家が大金持ちであり続ける、第二の理由に入る。

 第二の理由は、ファミリーは4代を通じて、資産を誰も浪費していないことだ。ひとりぐらいおっちょこちょいがいて、資産を食い潰しても良さそうなものだが、それがいない。
 また政治家であれば、ときに身銭を切って、子分達に振舞うべきときもあるだろう。新たな政党を立ち上げれば、その原資を自ら出す必要もあるだろう。しかしこのファミリーはそれらをまったくしてこなかった。これが、田中角栄や他の政治家との一番の違いかもしれない。ちなみに田中角栄と鳩山一郎はほぼ同時期に死亡した。残した財産もほぼ同じ額、たしか200億円弱である。しかし、角栄の相続税を払うために真紀子は目白の邸の一部を売却した。鳩山邸は無傷である。
 角栄は、子分の面倒見がよい政治家として有名であった。金策に労している子分には惜しみなく札束を与えた。鳩山ファミリーはこれがない。自分の子供には、莫大な資産を残すのだが。
 この伝統は由紀夫、邦夫も守り続けている。由紀夫は総理までも務めたにも拘わらず、なおかつ大資産家にもかかわらず、身銭を切らない。例えば新党さきがけを結党したときには2億円を出資している。しかし離党する前に、ちゃんと取り戻した。また旧民主党結成の際にも15億円を出資したが、政党助成金により、しっかり返還を受けている。つまり金を出しているように見せて、実はまったく出していないのだ。見せ金なのだ。

 第三の理由は妻達にある。実は鳩山家は女系家族といわれているのだ。そのぐらい妻達が強く、優秀であった。
 やはり蓄財といえば妻である。浪費家の妻を持って財産を築くことは不可能だ。夫の方は多少金遣いが荒くとも、妻がしっかりしていれば、家計は安泰である。家の財産は実は妻が築き上げるものなのだ。
 この第三の理由が、おそらく鳩山一族の蓄財を語るうえで鍵となるであろう。そしてこれは偶然、優秀な嫁が続けて嫁いで来たわけではない。すべて計算づくの嫁選びなのだ。その面では男達に慧眼があるといえる。
 初代目和夫と二代目一郎の妻は、才女として誉れ高い女性だったと。威一郎の妻、安子は学業の方は分からないが、威一郎も頭が上がらないほど賢い女性である。そしてあの相続財産だ。現在はファミリーのゴッドマザーとして、君臨している。
 ただしこれらの話は3代目までだ。由紀夫の妻である幸(みゆき)、邦夫の妻エミーは、優秀とはいえない。強くはあるが(と本に書いてあった)。おそらく鳩山王朝は4代目で終わるだろう。もっとも大きなファクターである嫁選びで、ふたりは家訓を守ることができなかったからだ。

 本を通読して感じたこと。確かに学業は最優秀のファミリーである。よくこれだけ優秀な頭脳が引き継がれてきたと驚くほどだ。しかし人間的な魅力は誰からも、何も感じられなかった。初代目からずっとそうなのだ。はっきり書くと、どいつも、常に嫌な奴らだ。自己本位、卑怯、狡猾、異常なまでの上昇志向。次男である秀雄や邦夫は、どこか間の抜けたというか人の良さを感じさせるところもなくはないが、嫡男はそろってこの性格を継承している。

 嫌な奴らでなければ、金は残せないということであろうか。ちょっと寂しい結論で、申し訳ない。

鳥のさえずりは音楽だ


 音楽は好きだがあまり聴く方ではない。むしろ鳥のさえずりを聴くことが楽しい。幸いに逗子には野鳥が多く、窓から流れ込むさえずりをいつも楽しんでいる。
 
 人間の言語は古くは音楽であったらしい。言語よりも先に音楽が生まれたのだ。人は音楽(音声)を媒介として、意志を疎通した。
 さらに人間よりも以前に音楽が発生していたという可能性がある。パトリシア・グレイというピアニストと生物学者が『サイエンス』誌上で次のように語っている。「クジラと人間は6千万年前からべつべつの進化の道を歩いてきたのに、両者の音楽に共通するものがたくさんあることは、音楽が人間よりも先に生まれたかもしれないこと---人間は音楽の発明者どころか、音楽の現場に遅れてきた者であることを示唆している」

 『動物感覚』という本がある。テンプル・グランディンという自閉症を患う科学者の書いた本だ。この本でグランディンは「動物は音楽の元祖で、ほんとうの教師といえる。人間はおそらく動物から、それもほとんど鳥から音楽を学んだ。人間が自分達の音楽をつくり出したのではなく、鳥の音楽をまねたという証拠はたくさんある。---モーツァルトが鳥のさえずりに影響を受けたのはたしかだ。ムクドリを飼っていて、自分で書いたピアノ協奏曲ト長調の一節と、ムクドリが修正したものをノートに記している。ムクドリは♯を♭に変えていた。モーツァルトは、ムクドリの終生箇所のとなりに「みごどだ」と書き記した」

 音楽はあまり聴かないが、クラシックは少し聴く。その中で一番頻度が高いのはモーツァルトだ。グランディンの文章を読んで納得がいった。モーツァルトが鳥の弟子であったのだ。鳥のオーディエンスである私は、だからモーツァルトに馴染むのだな。

テンプル・グランディンの『動物感覚』について


 今回もまたテンプル・グランディンの『動物感覚』について。この本は、ほんとうにすごい本だと思う。「ほんとうにすごい」って表現、ものすごく稚拙な感じがするが、さておき。ほんとうにすごい本である。近年、一番感動した本だ。
 前も書いたが、テンプルさんは自閉症を患う米国の科学者である。自閉症は知能障害の一種である。このあたり誤って理解している人が多いと思うので、少し説明する。
 自閉症は脳の一部である前頭葉の機能がうまく働かない障害で、先天的な疾病である。前頭葉は脳の中で司令塔の役割を演じる箇所で、非常に大切な部位である。ここに機能障害を生じると、脳は司令官のいない軍隊状態となる。それぞれの部隊は正常に情報を収集し、正常に行動することができるのだが、統一をもった軍事行動ができない。たとえば会話中の人の顔を見る場合、視覚はひとつずつの顔の動きを伝達することはできる。聴覚は会話の内容を伝達することができる。ところがそれを統合して複合的な意味を理解することができない。怒りや悲しみなどの単純な感情の動きは分るのだが、そこに皮肉やオーバーアクションなどのプラスアルファが加わると、お手上げになる。
 さらに大抵の自閉症患者は知能に問題を抱えている。いわゆる低IQである。
 ところが自閉症を、性格の問題だと考えている人が多い。自閉という文字から連想して、引きこもりがちな性格や対人関係が不得手な性格を自閉症と誤解しているようだ。実は私も以前はそう思っていた。
 自閉症は性格の問題ではない。自閉症は脳の機能障害である。自閉症患者は相手の表情を読み取ることが、あるいは相手の話すユーモアを理解できない。これは性格の問題でなく、機能の問題なのだ。性格的に対人関係が苦手な人がいる。しかしその人たちは、相手の表情が理解できないわけではない。表情の変化に自分を合わせるのが下手なのだ。似ているけど、違う。

 ところでテンプルさんである。テンプルさんの障害は自閉症の中の、高機能自閉症とういうものに分類されるものだ。高機能自閉症患者はIQが低くない。知能は一般人並あるいは、一般人以上の水準にある。ただ前頭葉の機能がうまく働かない。そのため統合的な判断や作業が苦手である。テンプルさんも科学者になったぐらいだから知能は人並み以上なのだが、人の細かい表情の動きやユーモアが理解できない。
 代わりにとても変った特技を持っている。この特技は我々一般人にしてみればとてもユニークな特技である。しかし自閉症患者はみな持っているものだそうだ。さらに人間以外の動物も、みなもっている機能であるとテンプルさんは言う。
 自閉症は前頭葉の機能障害だと書いた。前頭葉は脳の進化の過程で最後にできた部位である。つまり人間と他の動物を分ける最も特徴的な脳の部位なのである。
 動物には前頭葉がない。あるいはあっても小さくてあまり機能していない。自閉症患者は前頭葉があり、さらにサイズも一般の人と変らない場合が多い。しかし機能が不十分である。その結果、自閉症患者の思考は動物のものと近いのだそうだ。
 だからテンプルさんは動物の気持ちが分る。例えばある牧舎の牛を移動させる通路で、牛が進みたがらない場所があった。牛の扱いになれた牧畜業者もその理由が分からずに困っていた。さてテンプルさんの出番である。テンプルさんは牛と同じ目線で、物を見ることができる。現場に連れて行かれたテンプルさんにはすぐにその理由が分った。通路の正面にある扉が開いていたのだ。牛は暗いところから急に明るくなる場所を嫌う。牧畜業者はそれに気が付かない。テンプルさんが扉を閉めさせたら、牛は何事もなかったように動き始めた。もうひとつ。例えば普段は平気で歩いていた通路を、あるとき牛が急に動かなくなった。牧畜業者には理由が分からない。またしてもテンプルさんの出番である。テンプルさんはすぐに理由を見つける。今回は通路の横にかけてあった黄色いジャンバーに問題があった。ジャンパーを退けると、牛はまた素直に動き始めた。普段ないところに刺激的な黄色のジャンパーがあり、牛が怯えていたのだ。
 一般人は統合化が得意だ。牛舎に入っても全体を見渡す。正面の扉が開いているだの、黄色いジャンバーがかけてあるだのは、小さなことだ。そうした瑣末な差異は無意識に無視するように前頭葉は命令する。ところが前頭葉の機能が不十分で、統合化が不得手な自閉症患者や動物は、差異を差異としてダイレクトに脳がキャッチしてしまう。その結果、一般人にとってはなんでもないことに自閉症患者や動物は怯える。

 テンプルさんは現在大学で研究を続ける傍ら、牧畜コンサルタントの会社を営んでいる。クライアントはマクドナルドなど大手の食品会社である。マクドナルドは取り引きする農場のすべてで、テンプルさんのアドバイスを指標として採用させている。その結果、生産性が飛躍的に向上したという。
 テンプルさんは動物の気持ちになって考え、動物に痛みと恐怖を最大限与えない屠殺システムを作り上げた。この屠殺システムは全米の半数以上の屠殺場で現在、採用されている。

 『動物感覚』は逗子図書館で借りてきた。この週末に返却した。手元に置いておきたい本である。買って読み直したい。でも3000円以上する。さて、どうしようか。

ヒトはイヌにより、進化を遂げた


 テンプル・グランディンの「動物感覚」に書いてあったことだ。「動物感覚」はもう図書館に返してしまったので、忘れないうちに書いておく。

 イヌは人により進化を遂げたのは常識だろう(タイトルとは逆ですよ)。
 イヌがオオカミから進化したことはほぼ明らかになっている。少し前まではイヌはディンゴやコヨーテから進化したと考えられていた。コンラート・ローレンツの本なんかを読むと、そう強く主張している。しかし今はDNAの分析により、オオカミ説がほぼ決定的となっている。

 大昔、オオカミの子供が人間に拾われた。オオカミの性格が強い子オオカミは、人間の集団から自然と離れていっただろう。人懐っこいものだけが、残った。残ったオオカミは、何世代も交代するうちに、さらに人懐っこいものが選択され、その性格はより強められていった。そしていつか人に飼われるオオカミは、野のオオカミとはまったく違う性格を持つようになった。
 そしてイヌが生まれた。これがイヌの進化だ。
 この進化の過程でイヌは、従順で子供っぽい性格を獲得し、体格もあるものは小型化し、あるものはオオカミよりも大きくなった。

 イヌの祖先が人間に飼われ始めた時期だが、やはりローレンツの時代は数万年前と考えられていた。5,6万年前の遺跡から、イヌの化石が発掘されるからだ。しかしこれもDNAの調査により、100万年程度前からだということが分った。

 100万年前というのは、大変古い時代である。現代人はまだ出現していない。完全な原始人の時代である。この時期には現代人の祖先の他に、近種の猿人が数種類いたらしい。
 さてここからが、イヌによるヒトの進化だ。

 現在、地球上にはチンパンジーやゴリラ、オラウータンなどの類人猿が数種類いるように、100万年前の地球には猿人が何種類か存在していた。その中でヒトの祖先だけが生き残った。なぜ、ヒトの祖先だけが生き残ることができたのだろうか。テンプルさんは、それはイヌのお陰だと説明する。
 ヒトの祖先は100万年前から、イヌの祖先とともに暮らし始めた。一方、他の猿人はイヌとの生活を始めなかった。この差が決定できだった。
 イヌは人を遥かに超越する能力を持っている。嗅覚や聴覚、さらに獲物を追跡する脚力だ。ヒトはイヌをパートナーとすることにより、このすぐれた能力を機能として得たのだ。イヌと一緒に生活していれば、外敵や獣が襲ってきた場合、ヒトだけのときより早くその襲撃を察知することができる。獲物を追跡する場合は、イヌの嗅覚や脚力は強い武器となる。ヒトだけのときより、飛躍的効率的に獲物を捕らえることができた。
 火や文字を獲得する前に、ヒトはイヌというパートナーを獲得したのだ。これが他の猿人との生存競争に大きなアドバンテージとなった。

 さてイヌと暮らし始めて、他の猿人との生存競争に勝ち抜いたヒトであるが、イヌにより思わぬ進化を遂げる。いや進化とはいえないかもしれない。退化を遂げたのだ。
 ヒトの祖先は、嗅覚や聴覚が今のヒトよりも優れていた。猿の聴覚や嗅覚がヒトを上回っているように。ところがイヌと暮らすようになり、ヒトはイヌに嗅覚と聴覚の役目を譲るようになる。嗅覚、聴覚に優れていたヒトの祖先だが、イヌに比べれば、足元にも及ばない。すぐれたこの点は、イヌの能力に依存するようになったのだ。
 どうしてこのようなことが分るかというと、それは現代人の脳と、ヒトの祖先の脳を化石から比較できるからだ。相対的に現代人の脳が大きいが、嗅覚、聴覚を扱う部位は小さいのだ。つまり退化したのだ
 この退化の理由が以前は分からなかった。それがDNAの分析により、イヌが100万年前よりヒトと暮らすことが分り、解明されたのだ。


 ヒトはイヌとの生活により身体的な進化(退化)を遂げた。
 これって、すごいことだとは思いませんか。私はこれを知って、大いに衝撃を受けた。ヒトはヒトであるためには、イヌとの生活が必要だということだからだ。

ヒトはイヌにより、進化を遂げた(2)


 前回の続きだ。前回は、タイトルは「進化」であるにもかかわらず、ヒトの退化の面だけを取り上げた。実は前回のブログを書いたときには、それしか思い出せなかったのだ。しかし数日して、「そういえば、ちゃんと進化部分もあった!」と思い出した。

 チンパンジーやニホンザルなどの猿の社会とオオカミの社会を比較すると、違うことがいくつかある。当然、種が違うのだから、社会行動も違うわけで不思議ではない。ところが不思議なことが存在する。それはヒトの社会とイヌの社会には共通して見られるのに、猿社会には見られないことが存在することだ。
 逆ならば問題はない。ヒトと猿に共通していて、オオカミにはない行動があっても当然だ。ヒトは猿から進化したのだから。
 テンプルさんはこの不思議を「ヒトがイヌから学んだ」と考えた。

 ヒトがイヌから学んだことは、同性間の友情と他者へのリスペクトの心だ。私は知らなかったが、チンパンジーなどのサル類には同性間の友情は存在しないらしい。そこにあるのは上下関係という力関係だけだ。またアルファー猿と他の猿の関係も力関係しか存在しないそうだ。
 ところがオオカミは違う。オオカミは同性間で“友情(人間的な表現だが)”が存在し、リーダーに対しては尊敬する心があるという。
 
 猿が集団を形成する大きな理由は生殖活動と子育を容易にすることである。これが主な理由だから、集団に複雑なルールや関係は必要ない。
 ところがオオカミが集団を形成する大きな理由はハンティングのためである。オオカミのハンティングは集団プレーだから、集団をうまく機能させなくてはならない。結果、オオカミは集団を機能させるためにある種の社会性である、友情や尊敬心を獲得した。

 この社会性をヒトが真似をした。集団を機能的に働かせることができれば、集団の競争力が高まる。ハンティングにも有利だし、戦争にも強い。時代が下って、農業を始めるようになると、この集団性がとくに重要となる。原始のヒトはイヌと暮らすようになって、自然とそのアドバンテージに気が付く。
 こうしてオオカミから高度な社会性を学んだヒトは、他の猿人とはこの部分でも決定的な差をつけることができた。そして種の競争に打ち勝つことができた。


 イヌを飼っていて、イヌに誠意や忠誠心などを教えられたと感じた経験がある方は少なくないと思う。それは当然だったのだ。人間は原始の時代より、イヌから誠意や忠誠心を学んで進化を遂げてきたのだから。今も誠意や忠誠心ではヒトはイヌにかなわない。
 ヒトの脳の深い部分は猿的な利己心が占めている。友情やリスペクト心は脳の表層にちょこんと乗っているに過ぎない。ヒトは努力して、学習や経験からこれらの社会性を獲得しなくてはならない。そして学習の後も、意識的に喚起しなくては利己心に打ち負かされる。一方、イヌは努力しなくても、学ばなくても、友情や尊敬心がしっかり脳に組み込まれている。

 このテンプルさんの説が学会でどう評価されているのかは知らない。しかし、私は躊躇なく信じたい。

「力道山の真実」by木下英治 =BookReview=


 謎の多い力道山の生涯をなぞったノンフィクションであるが、昭和の興行の世界を知るうえで興味深い。昭和、といっても主に戦後から力道山が死んだ昭和38年までのことだが、その時代の興行には実に様々な人々が登場する。
 まずは、まずヤクザがいる。力道山は相撲出身で、関脇まで行った力士だった。当時は年2場所しかなく、それ以外は地方巡業をして過ごした。またその時代は、今のように相撲協会が全体を仕切って地方巡業をしたのでなく、一門ごとに全国を回った。それぞれの土地で地元のヤクザとの交流があった。当時は会場の押さえ、宿泊先の手配、チケットの販売、ポスターやチラシの配布、食事の用意、すべてヤクザが絡んでいた。ヤクザなくして興行は不可能だったのだ。

 プロレスを日本で興すときには政治家の力添えがあった。日本プロレス協会の初代会長は元伯爵で元農林大臣、横綱審議会委員長でもあった酒井忠正である。その他にも2名の国会議員が理事として名を連ねている。
 企業家、芸能界の実力者もいた。力道山の後見人は、元侠客で明治座の社長でもあった新田新作である。新田と仲たがいしてから、面倒をみてもらったのは浪花節で一世を風靡した稀代の興行主である永田貞雄だ。永田は山口組2代目組長の山口登と兄弟杯を交わしている。今でいう企業舎弟のような存在であろう。
 さらにテレビ、新聞、スポンサーなどがここに絡む。
 つまり当時の興行の世界はヤクザ、政治家、角界、芸能界、企業家が混沌とした交わりをする場だったようだ。

 この本を読む前に、私は力道山について3つの疑問を持っていた。(1)なぜ相撲を辞めたのか。(2)本当に強かったのか。(3)殺された背景はなんであったのか。
 「力道山の真実」はこの3つの疑問に、部分的ではあるが、回答を与えてくれている。まず角界を辞めた理由だ。直接的な原因は、二所ノ関親方との確執だったようだ。巡業初日に遅刻して現れ、いきなり親方に高額の無心をした。当時、力道山は関脇で、二所一門では花形力士であった。力道山が来ないとなると、巡業が成り立たない。なかなか来ない力道山に待ちくたびれた親方は当然、立腹して迎えたわけだが、そこにいきなり借金の申し出である。親方は無論、断った。無心を断られた力道山は、ぷいっとその場を立ち去り、なんとそのまま引退してしまう。花形力士は断髪式もせずに、みずから包丁で髪を切り落としてしまったのだ。
 そこに至るには伏線があるようだ。まず力道山は肺ジストマという難病に罹る。なんとか回復を見せたが、完全には至らず、体調を崩していた。相撲に自信をなくしていたようだ。
 相撲界への不信感もあった。力道山は西関脇で8勝7敗の成績を収める。力道山としては東関脇への昇進を期待したが、翌場所も同位のままであった。これを彼は自らの血のため(朝鮮人の血)、差別であると受け取る。
 こうしたことが重なり、元来気の短かった力道山は、あっさりと角界を去る。

 次の本当に強かったかだが、これはこの本を読んでも、すっきりしない。というのは、やはりプロレスという格闘技の性質による。当時からプロレスは基本的には勝敗が元から決まったショーであったようだ。ただまだプロレスの黎明期で、曖昧でもあった。「あの木村の前に木村なし。木村の後に木村なし」といわれた木村政彦との試合などは、当初は筋書きが決まっていたようだが、力道山が一方的にそれを無視し、油断する木村に不意打ちの空手チョップを見舞い、血祭りに上げている。これだけ見て、力道山の方が強かったとは決していえない。私は過去の戦歴や柔道の実力を鑑みれば、やはり木村の方が強かっただろうと思っている。
 ではプロレスラーの間での実力はどうかというと。当時のレスラーは元力士や柔道家がほとんどで、プロレスの技は未熟であった。力道山は生涯、9回もアメリカに渡りプロレスの実践を重ねている。当時は海外渡航は困難で、他のレスラーはほとんど機会を与えられていない。元相撲取りで、政財界に顔が利き、自己主張の強い、力道山だからこそ実現したことだろう。本場での実戦経験が豊富な力道山は、レスラー仲間の中では、やはり別格であったようだ。

 最後の殺された理由だ。直接には、赤坂のクラブ、ニューラテンクォーターにて、住吉一家系のヤクザ村田勝志に腹を刺されたことだ。6日後に、腹膜炎で死亡している。
 “直接には”と書いたのは、そこにはやはり伏線がある。村田とはそれが、最初の出会いではない。以前も何度か小競り合いをしている。
 刺される直前、力道山は村田の馴染みのホステスをトイレ近くの廊下で口説いていた。トイレを出て、力道山の後ろを通り過ぎようとする村田に力道山は「足を踏んだ」と言いがかりをつけ、顔が変形するほど殴りつけた。このままでは殺されると思った村田は、忍ばせていたナイフで力道山を刺した。

 力道山の一生を読んでいると、彼の異常なまでの粗暴性、金への執着、周りを顧みない我侭な性格に驚かされる。当代の英雄、力道山ではあるが、その地の姿は醜い。
 相撲を辞めたのも、親も同然の親方との確執が原因である。続いて引き立ててくれた新田新作とは喧嘩別れをする。その後にすがった永田貞雄は、所属する日本プロレスの社長を務めてもらっていたが、それまでの恩義を忘れたように、人気が出て野心を持った力道山は追い出してしまう。
 酒場では暴れ周り、他の客を殴りつける。ホステスにまで手を挙げる。後輩のレスラーへの鉄拳制裁は日常的で、先輩レスラーはいびり出す。
 
 このような男の末路は知れたものだ。アメリカ時代に知り合った大山倍達も「とうとう力道にも天罰が下ったか」と訃報を耳にして言ったそうだ。

 そうだ、この本で一番、面白いのは大山倍達が登場するところかも知れない。空手チョップは相撲の張り手が原型だが、大山に空手を教わり飛躍的に効果を増したそうだ。
 木村政彦をだまし打ちにした後、木村の親友であった大山は敵討ちを誓う。知人の梶原一騎を通じて試合を申し込むが、力道山は受けない。大山は業を煮やし、果し合いをすべく、力道山を付け狙う。しかし常に取り巻きを引きつれ、逃げ回る力道山。資金の尽きた大山は諦めたようだが。
 ただ一度だけチャンスはあった。そのときは握手を求められたりして、煙に巻かれてしまう。

 力道山が最も恐れたのは大山倍達だった。
 嫌がる牛を殴り倒すところと、ビール瓶を手刀で切り裂く映像しか見たことがない大山倍達だが。彼の実力を見るよい機会でもあった。試合を見てみたかった。


「イチローに糸井重里が聞く」(朝日文庫)=BookReview=


 「キャッチボール・ICHIRO MEETS YOU」という2004年に放映されたBS番組を書籍化したものだ。今から7年前。イチローは、そのとき30歳だった。

 30歳のイチローは、すでに完成形のイチローであったと思う。イチローは今でも進化しているとは思う。しかし7年前の時点で完成している。矛盾を孕んだ表現になってしまうが、この本を読んでそう思わされた。
 そう思った理由は、イチローが変化を否定しているからだ。糸井重里の質問に対し、さまざまなエピソードや意見を述べている。しかしそこには一貫して底に流れているものがある。それは、変化への否定だ。

 「第三者の評価を意識した生き方はしたくない。自分が納得した生き方をしたい」
 「いちばんコワイのは、相手の変化に合わせて自分が変化してしまうことです」
 「負けがこんでくると、どうしても何か変化したいという気持ちが出てきます。でも、長いシーズンを勝ち抜くためには、そこでガマンをしなくちゃならない」
 
 進化し続けているはずのイチローは変化を嫌う。しかし変化しないということは、実は変化し続けることでもある。変化し続けるという姿勢を変化させないのだ。ややっこしいけど。
 意志を曲げないといってもいい。一度決めたことは止めない。諦めない。努力を続ける。誰でも分かっているけど、でもできないことだ。それをイチローは続けてきた。いつから続けてきたかといったら、小学生のときからだ。私がこの本を読んで一番、イチローの強さを感じさせられたのは次の部分だ。

 「サッカー部に入る誘惑に負けなかったことはよかった。小学校に野球部はないし、みんなと遊びたいから、サッカーも悪くないと思って。で、サッカー部の先生に誘われたんですよ。でもやっぱり断った。野球をやりたかったから。それは大きなことですね、ぼくにとって」

 ものすごい小学生だ。イチローの小学校には野球部はなかったそうだが、サッカー部はあった。小学校に部活がないのは普通だと思うが、とにかくサッカー部はあった。運動神経抜群だったイチローは、サッカー部の監督に誘われた。友達も誘ってくる。楽しそうだ。仲間と一緒にいたい。普通なら、いやほぼ100%の子供は、こんな状況下なら迷わずサッカー部を選ぶだろう。しかしイチローが選んだのは、一度心に決めたこと、野球への道だ。
 野球部がなかたったイチローができる野球への道とは、バッティングセンターへ通うことだったらしい。それと父親とのキャッチボール。これを1年365日繰り返したという。
 わいわいと騒ぎながら楽しそうにサッカーグランドへ行く友達を尻目に、ひとりバッティングセンターへ通うのだ。繰り返すが、ものすごい小学生である。

 こんなことも言っている。「畑違いなことには手を出しちゃいけない」。48歳になってもふらふら腰の落ち着かない私には、実に耳に痛い発言だ。

 ところで野球を続ける上において、その中でまた、変らないことがある。
 「ぼくは個人的な打撃成績については目標を立てないんですよ。ただ、自分の能力を最大限に発揮してプレイしたいだけです」
 「日本人がアメリカで野球をやろうと思ったら、何よりも大切なことは自分で自分を教育できることだと思います。自分で自分をコーチできる、そういう能力。これは絶対に必要でしょうね」

 他者からの評価を気にしない。目指すのは潜在能力を最高に引き出すこと。自分だけしか分からない、潜在能力との戦い。かりに首位打者を獲得しても、それは他の打者という相手があってのことだ。相手がたまたまイチローより良い数字を出せなかったから、つまり偶然に過ぎない。それよりも、自分に対する自分自身の評価。これがイチローの尺度なのだ。

 とにかく30歳のイチローが繰り出す言葉は、そのまま箴言集に入れても良いようなものばかりだった。あまりに立派過ぎて、敬遠したくなるかと言えば、そうでもない。それはイチローが、心底真剣に野球に取り組んでいるからだろう。その生身の真剣さが伝わってくるので、立派過ぎる言葉も心に染み入る。

 一度だけ、生のイチローを見たことがある。7,8年前、シアトルでマリナーズの試合を見たときのことだ。
 その日のイチローは調子がよかった。たしか最初の3打席で2安打。そして第4打席(だったと思う)。場面は満塁、9回の裏(う~ん、ここは自信なし。もしかしたら8回だったような気もするが)。静まり返る場内。左打席に立ち、バットを立てて、ピッチャーを睨むいつものポーズ。見ているだけで、緊張してくる場面だ。
 ピッチャーから剛速球が投げられてきた。ピッチャーの手元をボールが離れた途端、打ちの構えに転じるイチロー。そしてフルスイング。バットに弾き返されたボールは、鋭いライナー性の当たりでグングン飛んでいく。でもちょっと弾道が低い。無理か。しかし球速は衰えず、ボールはそのままライトスタンドへ突き刺さった。満塁ホームランである。
 わたしと連れ(産経新聞の同僚)は立ち上がって万歳をした。隣にいた知らないアメリカ人も一緒に万歳だ。最後はハグまでしちゃった。
 クールなイチローは、僕らをホットにもしてくれるのだ。この一度の体験で、僕はイチローのファンになってしまったのだ、実は。
 

「自分の中に毒を持て」(岡本太郎)=BookReview=


 岡本太郎が自らの半生を紹介しながら、独自の人生観を開陳したもの。2002年、青春出版から。

 岡本太郎といえば「人生は爆発だ!」が有名だが、あれはCM用のコピーではないらしい。自らが苦悩の末に行き着いた“言葉”であるようだ。
 岡本は18歳から約10年間、戦前のパリで暮らしている。ソルボンヌ大学で哲学や文化人類学を学んだが、カフェ通いに最も心血を注ぎ込んだ。
 ある日のカフェでのことだった。

 「ある夕方、僕はキャフェのテラスにいた。一人で座って、絶望的な気持ちで街路を見つめていた。うすい夕日が斜めにさし込んでいた。
 安全な道をとるか、危険な道をとるか、だ。・・・、「危険な道をとる」。いのちを投げ出す気持ちで、自らに誓った。死に対面する以外の生はないのだ。
 その他の空しい条件は切り捨てよう。そして運命を爆発させるのだ」

 CMでは“人生”といっているが、ここでは“運命”だ。その違いがあるが、この若き日の岡本太郎がパリのカフェで、“爆発”を誓ったことに違いはない。それ以来、岡本は真摯に“爆発”に続けきた。

 若い人はあのCMを知らないかもしれないが、40代以上の人は覚えているだろう。岡本太郎といえば、「人生は爆発だ!」なのだ。
 目の玉をむき出して、「爆発!」を叫ぶ岡本を、芸術や美術などに興味がなかった少年のころの私はただの危ないオジサンだと思っていた。しかし岡本はただの危ないオジサンではない。繊細でしかし、力強く潔い。

 パリ時代の岡本は、カフェでひとり寂しげに佇んでばかりいたのではない。世界から集まる若き知識人達と議論を戦わせていたのだ。そのメンバーがすごい。ジャコメッティ、マンレイ。そしてもっとも影響を受けた人物は、ジョルジュ・バタイユだという。
 バタイユは少し年長であり、当時すでに相当の有名人だったようで、カフェで気楽に議論を戦わせていたわけではない。講演会に足を運び、その後知人の紹介で個人的な付き合いを始める。
 
 岡本はパリで知識人とばかり付き合っていたわけではない。若者らしく、積極的に異性交遊も楽しんでいる。パリ滞在中の10年間で何人ものパリジェンヌ、ダンサー、そしてオーストリア留学生などと同棲をしている。出会いは、カフェで目が合い、お互いに視線が絡み合い、気づいたら岡本のアパートに女の子が住み着いていた。本当だろうか。ここのあたり、ちょっと信憑性に問題がなくもないが、しかしかなり女性に対して積極的であったことは事実だろう。そして、かなりモテたようだ。
 ここのところは、下宿のおかみさん以外とは話すことができずにノイローゼになって帰国した、夏目漱石とは大きく異なる。

 岡本の生き方は破天荒で、精神面でも常人では真似のできない強さを持っている。だから共感できないかというと、そうでもない。この本でもっとも面白く読めたのは、「弱い自分との付き合い方」に対する彼の考え方だ。

 「自信がないと悩む。それはその人が、人生に対してコンプレックスを抱いていることの表明なのだ。弱いと自分自身思っている人ほど強くなりたいと意識する。それは別に、悪いことじゃないけれど、弱さを何とかごまかそうとしたり、強くみせかけようなどとすると、ますます弱みになってしまう。
 他に比べて弱くても自分は充実して生きている、これで精一杯だと思えば、悔やむことも嘆くこともない。人生はひらく」

 弱い自分を認めてしまう。それを受け入れてこそ、新しい人生が展開する。勇気の出る言葉だ。最近、はやりの自己啓発本よりも、ずっとパワーを与えてくれる本だと思う。
 触れたら切れる鋭さ、という表現があるが、岡本の場合は触れたら感電するパワーといったらいいだろうか。本からパワーがにじみ出ている。読んでいるうちに、いつのまにか岡本パワーが通電している。通電してみたい方には、お勧めだ。3,4時間で読了できる。

ルワンダ中央銀行総裁日記=BookReview


 5000ワードの仕事を今、納品した。月曜から初めて昨日終了し、今朝校正をした。約3日で仕上げたので、1700ワード(日)のペースだ。ちょっと余裕も出てきて、火曜はジムへ行ったし、昨日は久しぶりにジョギングをした。
 こもりっきりで仕事をしていると、無性に体を動かしたくなる。それに昨日は天気が良かった。若干、気温は低かったが、むしろ走るにはよかった。いつも走るコースのうち、最短のものを考えていたが、少し距離を伸ばした。
 ゆっくり走って、30分。距離は3キロぐらいかな。その程度で、今の僕には十分だ。走るとすぐに膝とかかとが痛む。すでに今、両方に違和感がある。本当は日常的に走りたいのだけど、この足だと無理かもしれない。あまり無理して、年を取ってから歩けなくなるとやばいので、ほどほどにしている。


 最近を読んだ本を記しておく。

ルワンダ中央銀行総裁日記 服部正也(中公新書)

 有名な本である。とても誉れ高い本であったので、以前から読みたいと思っていた。偶然、妻が図書館から借りてきてテーブルに置いてあるのを見つけ、ちょっと拝借して閲読した。
 評判通りの本だ。読んだ後、なんだが力がみなぎってきた。実は最近、仕事に対して前向きというか、やる気が起きているように感じているのだが、この本が原因のような気がする。元気になりたい人、必読、お勧めだ。
 もう図書館に返してしまったので、手元になく詳細は忘れてしまったが、たしか時は1970年代。ひとりの日銀マンがIMFからルワンダに金融行政の専門家として派遣された。その職務はなんと中央銀行総裁である。
 服部正也が赴任した当時のルワンダは、今もそうだと思うけど、もうめちゃくちゃな状況で、ようやく国家として立っているのが精いっぱいな状態だった。
 このむちゃくちゃな政府と、さらにむちゃくちゃな中央銀行にひとりで挑み、かなりまともな状態まで立て直したのだ。服部の赴任後、経済は上向き、アフリカの優等生といわれるまでになる(しかしさらにその後、悲惨な状況に陥ったのはご存じのとおり)。
 この本を読んで思ったこと、それは当時の日本人の優秀さだ。こんな優秀な人が、きっと他にもたくさんいたのだろう。だから日本は戦後の復興や高度成長を遂げることができたのだ。服部クラスの人が今、ひとりでもいるだろうか。
 とにかく服部はスーパーマンのような活躍をした。困難は次から次へと襲い掛かってくる。しかし服部は実務家として、淡々と、そして確実にこなしていく。そのあまりに見事な手腕に大統領は服部に絶大な信用を寄せるようになる。やがて中央銀行だけでなく、ルワンダ経済の基本計画の策定まで任せるようになる。服部はその信頼にみごとこたえ、計画書をただひとり自宅でこっそり作成する。大統領から極秘に依頼されたので、公務中は取り掛かれなかったのだ。
 服部が経た困難と苦労を思えば、自分の今の状況など、屁の河童である。服部の仕事への姿勢は、客観性、正直、勤勉、勇気あたりがキーワードだと思う。
 こんなおじさんに、わたしはなりたい。(服部がルワンダに赴任したときの年齢は、ちょうど今の僕と同じころである)
 

人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか=BookReview


 昨日は海外のテレビ制作に関するレポートの翻訳を一本完成し、朝一で納品。その後は、ある翻訳会社のトライアルに着手した。これが、難しい。なんだかいたる所に地雷が仕込まれているのが分かる。見慣れない用語が頻出している。グーグルで検索しても、一件もひっかからないものがある。つまり英米人も使わない語句だということだろう。これを前後左右の文脈から類推して、その語句(金融関連の専門用語)の意味を確定していく。
 最初は、ちんぷんかんぷんだったが、時間をかけて読み下していくと、なんとかおぼろげな姿が見えてきた。今日はこれから、推敲をするつもりだ。あまり自信はないが、いつまで考えていても仕方ない。今日中に提出したい。
 ほぼ一日、トライアルに着手していた。その後、合気道の稽古へ行く。

 先週は僕に技がかからない先輩がいて、少し気まずい状況になったと書いたが、昨日は楽しい稽古ができた。反省して“受け”の力を弱めたかというと、そうでない。先週よりも、もっと力いっぱいやった。合気道は武道なのだから、相手が抵抗して当然なのだ。そう自分で納得し、自分が信じた通りの“受け”を取った。相手をしてくれた人は苦笑していたようだが(前回とは別のひと)、それでも面白がってくれてもいた。
 僕が力いっぱいやったら、相手も力いっぱい返してきて、本日腕はアザだらけである。
 こういう稽古が僕は、好きだ。


『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るか』 水野和夫(日本経済新聞社)

 2007年発行と、経済関連としては少し古い本ではあるが、十分読みごたえがあった。
 アメリカの経済戦略がよく見える。作者は三菱UFJ証券のエコノミストのようだが、エコノミストというのはこんなに物知りで勉強しているのかと、思わされる内容だった。
 
 内田樹のブログはほとんど読んでいる。最近、TPPについての記述があった。内田先生はTPPに反対のようで、その理由として、アメリカの陰謀というのか、アメリカは日本を引きずり込みたいからTPPをしきりに誘ってくるのだ、というようなことを書いている。
 内田先生は教育や精神世界を描かせたなら抜群の実力があると思うが、経済に関しては今一つ説得力に欠ける。今回のブログでは、アメリカの製造業はまったく駄目で、唯一力があるのは農業のみだ。その農業製品を日本に輸出したいから、TPPを押し付けたがっているのだ。日本は騙されてはいけない、との論調であった。
 しかしこれは基本的に誤りから出発しているロジックであると思う。多くの日本人もそう考えているかもしれないが、アメリカは今も世界最大で最強の製造業国である。世界の大企業ベスト100を見てほしい。手元に資料がないので記憶からだが、たしか半分以上はアメリカの企業である。日本は10社程度でなかったか。そのアメリカの大企業のうち、過半数はメーカーであったと思う。
 たとえば製薬、ケミカル、食品、飲料、情報機器、製紙、輸送機器、飛行機、軍需などなど。これらの世界一はみなアメリカの企業だ。みな製造業である。対して日本の製造業で競争力があるのは、自動車と家電、その他少々といったところだろう。
 今でもアメリカは強大な製造業国家なのだ。単なる農業国じゃないのだ。

 ちょっと本のことから脱線したが、この本はではアメリカの真の狙いはなんなのかが、豊富な統計をもとに解き明かされている。2007年とTPPが話題になる前に書かれた本だが、アメリカの基本戦略はそのころと変わっていないと思う。TPPを語るうえで、有用な知識を与えてくれる。
 水野はアメリカは、製品の輸出入でおもに決まる貿易収支から、金融や投資などの出入りを統計化した資本収支へ、軸足を移しているという。
 たしかに今、アメリカ企業としてすぐに思い浮かぶのは製造業でななく、ディズニーやグーグル、JPモルガンやチェースなど映画や音楽、金融、情報などのソフト関連企業だ
 製造業もまた、海外へ工場を移転させて、海外で作って、お金だけ入国させている。これらは貿易収支には影響しないファクターである。みな資本収支に含まれる。
 もうひとつ実は大きな要素があるという。それは借金だ。おもに国債を海外へ売りまくり、その金を国内で流通させ、経済を回している。
 同じ借金でも、国と個人は違うようなのだ。この辺りは僕の頭脳では、いまひとつクリアに理解できないのだが、とにかくそうらしい。
 借金の償還期限が来たら、また借りればよい。またドル安がそれを容易にする。1ドル100円のときに1ドル借りておいて、1ドル80円のときに返せば、80円だけ返せばよい。20%も割引される。
 どんどん借りて、どんどんドル安にする。ドル換算では借金は増えるが、実質上の価値は増えていない。
 
 このあたりのことが詳しく書かれている。少し統計上の数字が多いが、そこが苦手な人は飛ばして読むと良いと思う。それでも十分読みごたえはある。

『田舎暮らしの猫』=Book Review


 昨日から書斎でストーブを付けている。窓から見える森は、ポツポツと茶色のまだらができ始めている。昨日は立冬。段々と、冬の気配が色濃くなってきた。

 今日は映画産業の仕事の納期の日だ。午後6時までに納品しなくてはならない。本当は昨日中に仕上げたいと思っていた。しかしまだ3Pばかり残っている。1Pに2時間かければ6時間。それから見直しをして。おそらく仕上がるのはデッドラインぎりぎりだろう(今は朝7時)。こんな綱渡りの仕事は始めてだ。
 なんてことを書いていながら、こうしてブログを書いている。さっきまでは、猫を膝に乗せ、ラジオでクラシックを聴いていた。悠長なものである。いや、急がば回れ、だ。急いでいるときほど、泰然自若としていなくてはならない。なんて、6時までには終わりそうなので、余裕をかましているだけですが。
 そうだ。また大きな仕事が来た(僕にとってはですが)。本当は、少し休みたいと思っていた。その間、出版翻訳を進めたいと考えていた。年内に企画を1本仕上げたい。しかし、今度も急ぎの仕事である。
 今度の仕事は翻訳ではない。調査レポートの仕事だ。海外のある4カ国の自然エネルギーの現状についてレポートを書くのだ。1カ国につき10P。合計40Pのレポートだ。素材はネット上の英語サイト。それらを渉猟して、必要な情報を拾い上げ、レポートに仕上げる。英語力と論文作成能力が求められるということで、どうも僕に仕事がまわってきたようだ。
 最後に論文を書いたのは16年前。修士論文である。
 たかが16年前のできごとだ。きっと書き方は、体で覚えているだろう。何とかなるさ。
 このレポートは納期が3週間。私のスペック的にはぎりぎりのラインだと思うが、少しでも早く仕上げて、出版企画に取り掛かりたい。が、どうなるかな。

 さて、本題の『田舎暮らしの猫』である。著者はデニス・オコナー、訳者はマクマーン・智子。出版は武田ランダムハウスジャパン。
 最初に結論を書こうか。猫好きな方。いやいや、猫好きに限るのはもったいない。動物好き、自然に敬意をいだいている方々へ。読むことをお勧めします。きっと後悔することはないでしょう。
 僕は自分でいうのもなんですが、本とのめぐり合わせが良い。ふと手にした本が、素晴らしい、なんてことは何度もあった。今回も幸運なめぐり合わせだった。

 最初に同書を知ったのは、たしか新聞か雑誌の書評であった。自分が猫を飼っているからだろう、興味をいだいた。次に同書と出会ったのは、アメリアという翻訳者サークルの会報誌でであった。アメリアの会員の訳書紹介コーナーに載っていたのだ。アメリアは訳者、といっても、まだ勉強中の人や、僕のような駆け出しに情報提供をする有料の会員組織だ。そこに載っているということは、まだ第一線の訳者では少なくともない。僕と同じような駆け出しかもしれない。
 そこでさらに興味を深め、逗子図書館へ向った。書評に載るぐらいだから、まだ新しい本である。やはり図書館には置いてなかった。しかし図書館は、蔵書以外も注文できる制度がある。初めて利用してみた。注文後、2週間ばかりで、本が届いた。そして読んでみた。

 イギリスに住む、オコナーという心理学者が20代のころ、猫を拾い、育て、ともに生活をし、たまには冒険をし、喜び、驚き、心配をし。そんな話である。
 オコナー先生は大学で教鞭を振るっていたが、今は引退をしている。そう、かなり昔の話である。オコナー先生が若い頃の一時期を一緒に過ごした猫の話を、引退して時間に余裕ができて、本にまとめたのだ。どうしても本に書きたかったぐらい、この猫は可愛く、不思議で、頭の良い猫だった。
 オコナー先生は大学の先生だが、決して有名人ではない(当時は。今はこの本のおかげで、立派な有名人のようだ)。なので出版のツテもなく、最初は自費出版で本を出した。それが、まずは地元で火がつく。やがて正式な出版ルートに載るようになる。そしてイギリス全体で読まれ始める。さらに、評判が広がり、海外でも出版が相次ぐ。ついに、今回日本でも出版に相成った次第だ。つまり、そのぐらい魅力的な本なのだ。
 この猫、名前はトビー・ジャグというが、はとにかく利口で可愛い猫だ。読んでいてたまらず、本を放り出し、フクちゃんと大チャンを捕まえて、何度頬ずりしたことだろう。本に触発されてしまうのだ。
 僕の拙い紹介では、あまり気持ちが動かされないかもしれない。しかし騙されたつもりで、今回は僕の話に乗っても良いと思う。5時間もあれば読了できるはずだ。心がポッと温かくなるだろう。
 本は昨夜、寝る直前に読み終えた。終わった後は感動して、しばらく寝付くことができなかった。心の中で、美しいシーンを何度も反芻した。またフクちゃん、大チャンを抱っこしたくなった。でも布団から出るのは寒いので、よしたが。

 ちなみに訳者のマクマーン・智子さんは、訳者紹介で、「小説、伝記の翻訳を手がける」とあるので、歴とした翻訳者のようだ。訳文は素晴らしい。大変、勉強になった。

 図書館から借りた本なので、来週には返さなくてはならない。しかし手元に置いておきたい本だ。購入しよう。そして、猫好きな両親にも貸してあげよう。

『自己プロデュース力』by島田紳介=Book Review


 昨日は、相当にくたびれた。今も疲労感が残っている。
 長めの仕事が終わったのは、午後4時を過ぎていた。納品デッドラインは午後6時。
 海外の映画事情のレポートのようなものの翻訳だったが、訳したのは4カ国。4時過ぎに提出したのは、最後の国フィリピンだった。ページ数は22ページ。この3週間ばかり、ずっとこのレポートを訳していた。4カ国とも、ほぼ同じ内容で、最後は飽きてきた。1カ国目は当然、一番調べ物も多かったし、慣れるのに時間がかかった。しかし内容自体が新鮮で、これも20ページ以上あったが、すんなり終えることができた。2カ国目は一番、楽だった。慣れてきたし、まだ内容に興味が持てた。3カ国目からしんどくなってきた。そして最後の4カ国目。
 とくに15ページを過ぎた辺りで、集中できなくてってきた。早く終えたいと気は焦るのだが、気持ちが乗ってこない。簡単な箇所が、解読できない。日本語が乱れる。
 一応、訳は2時前には終えて、訳文をすべてプリントアウトして、確認作業に入った。びっくりするぐらいミスが多い。確認作業では、どうにか集中力を取り戻し、最後はそれなりにまとめることはできた。
 メールで納品した後は、もう何もしたくなくなった。実は昨夜は、知人にプロの邦楽の演奏家がいて、その人の演奏会の日だった。招待券をもらっていて、鑑賞に伺うつもりでいた。それもあって、早く納品したかったのだ。しかし、納品しおえると、体が動かない。ついに行かずじまいになってしまった。木曜は合気道の稽古もあったのが、それもサボってしまった。
 それで何をしたかというと、テレビを見ながら、酒を飲んだ。これが一番、したかったのだ。どういうわけか。
 しかし、疲れは却って蓄積されてしまったように思う。テレビはどれもつまらない。地上波はほぼ全滅だ。ザッピングしても、どれも食指が動かない。BSも駄目。ケーブルも、昨夜はいまひとつだった。最後は古いドリフの番組を見た。あんまり面白くなかったけど。
 子供の頃は、どうしてこれが、お腹がよじれるほど面白かったのかを、考えながら見た。加藤茶が若くて、けっこうイケメンで、それが新鮮だったかな。


 さて本題の『自己プロデュース力』by島田紳介だ。出版社はヨシモトブックス。
もちろん、伸介が突然引退したから読んだのだ。それまでの紳介には、あまり興味がなかった。むしろ嫌いなタレントだった。
 何が嫌いかというと、あの雛壇に若手芸人を並べて、苛める姿が嫌いだった。それにペコペコする芸人たち。芸人だけでない。文化人やアナウンサーまでも、異常に気を使ってるのが分り、それが嫌悪感を催させた。俺は強い奴の周りで、しなを作る奴らが大嫌いなのだ。(会社を辞めた理由のひとつ)
 昔はよく見ていた。「鑑定団」なんか好きな番組だった。しかし石坂浩二が伸介を「紳介」から「紳介さん」と呼び変えてから、見なくなった。楽屋裏の紳介のえばり具合が透けて見えるからだ。石坂浩二も不甲斐ない。だから一流の俳優になれなかったのだ。なんだか、書いていて、腹が立ってくる。

 しかし、本はなかなか面白かった。伸介が吉本の若手芸人を前にレクチャーした内容を書籍化したものだ。内容は、どうすれば成功するのか。自分はどういう過程を経て、どういう戦略をもって、ここまで駆け上がってきたのかの開陳である。
 なるほどと、思わされることが多い。しかしどれも、自己啓発本の範疇ではある。その面では当たり前のことが書かれている。やはり面白いと思わせるのは、成功例の本人が語る言葉だからだろう。
 紳介は物事を「X + Y」で考えろという。Xは本人の能力。Yは世の中の流れである。Xには才能と努力が含まれる。Yは紳介の場合は芸人だから、世のトレンドや客の嗜好などだ。
 こんなの当たり前の話である。あえて取り上げるまでもない。しかしこれが実践できるかどうかというと別の話だ。とくに20歳そこそこの若者で、これを念頭に人生の駒を進めている人は少ない。しかし伸介は実践した。
 だからこの本は、伸介が開陳した勝者になるための戦略でなく、戦略の実践のコツを、会話の節々から感じることに面白みがあると思う。

 伸介は本当に、嫌な奴である。上昇志向の塊だ。相方を選ぶのも、友達を選ぶなという。いい奴だから、一緒にいて楽しい奴だから、といった理由で選んではいけないという。
 竜介は伸介の厳しく、横柄な稽古に黙ってついてきたから相方として選んだそうだ。そしてトークも漫才も下手くそな竜介とは、もって10年だろうと最初から踏んで、相方としたそうだ。そして実際に8年で解散している。
 普通の組織もそうかもしれない。自分の能力を引き出しやすい部下を選ぶ。使い易い部下を選ぶ。人柄や倫理観や正義感なんてものは関係がない。今日の仕事が少しでも効率的に進めばよい。そう考える組織人は多い。今の時代、そういう人はまた、組織から歓迎される。評価を受ける。
 
 僕がこの本を手にしたのは、紳介から成功の秘訣を学ぼうと思ったからではない。なぜ彼が陥穽にはまったのかを知りたかったからだ。芸能界一の財産を築き上げ、日本で一番うまいMCと言われた彼が、なぜ躓いたのかに興味をもったからだ。
 僕がこの本から感じた、その理由は以下のとおりだ。箇条書きにする。

1. 目標を金銭においたこと
2. 人を単純化してとらえたこと。つまり自分との関連のみからしか、理解しようとしなかったこと。
3. 金も人脈も独り占めしたこと。

 以上である。伸介が金銭を目標でなく、結果として考えることができたなら。まわりの人々を人格として尊重することができたなら。財力と影響力を世に還元することができたなら。きっと、今回のような穴ぼこには嵌らなかっただろう。
 しかしそうしたら、あのような早い段階での大成功は収めなかったかもしれないが。
 

『イスラームから見た「世界史」』、『本当に宇宙はひとつなのか』


 最近、読んだ本について書く。いつも、読んだ本をブログに記載しようと思うのだが、つい忘れてしまう。本はたいてい図書館で借りているので、返してしまい手元にはない。それで、何を読んだのかさえ忘れてしまう。


◆ イスラームから見た「世界史」 タミム・アンサーリー(著)

 アメリカ在住のライターで、アフガニスタン人であるタミム・アンサーリーが、イスラム世界から見た世界史を綴る。
 この本を読んでいかに自分がイスラム世界について知らなかったのかを知った。イエス・キリストの生涯は何となく知ってはいたが、モハメッドについては、まったくの無知であった。シーア派とスンニ派の名称と勢力図は把握していたが、その歴史と違いについては分かっていなかった。
 柄谷行人が朝日新聞でこの本の書評を書いている。そこに「私は本書から、これまで宗教学の本を読んでわからなかったイスラム教の諸派が、具体的にどういうものなのかを学んだ。また、モンゴル帝国の崩壊というと、われわれは東アジアで、元のあとの明帝国を考えてしまうが、それは同時代の西アジアで、三大イスラム帝国(オスマン、イラン、ムガール)の形成に帰結している。それらが、近代ヨーロッパの支配の下で変形され、現在のような多数の国民国家に分節されてきたのである。」と書かれている。あの柄谷すら不明であるのだから、僕ごときが知らないのは当然なのかもしれないが。
 知らないということを知らされた本である。

 本の中でとくに記憶に残っているところがある。ひとつは、第一世界大戦はヨーロッパにとってはグレートワー(大戦)であったが、ミドルワールド(中東のこと)にとっては、ヨーロッパの内戦に過ぎなかったという意味の箇所だ。
 日本人が同じ感覚を持ってもおかしくない。実際におもに戦火が交えられたのは、ヨーロッパ大陸なのだから。
 たしかに日本は第一世界大戦に参戦した当事国であった。距離感が多少、近いのかも知れない。しかし後世の我々は、「内戦」と分析できる、客観性も持っていても良いのではなかろうか。
 もうひとつは、日本の記述が少ない。本当に少ない。だって、1箇所だけだもの。近代においては、日本や中国、韓国などが実力をつけて来て、世界の勢力図が変った、という箇所だけだ。実際には中国、韓国と同列には扱っていない。ちょっと前にでて、その後、その他のアジア諸国も続いた、といった具合だ。
 ちなみに中国はもうちょっと、登場する。インドやモンゴルは、うんと登場する。
 ヨーロッパから見た日本も遠いいが、中東から見ても遠いいのだ、日本は。


 ◆宇宙は本当にひとつなのか 村山 斉 (著)

 宇宙についての最新の知見が網羅されている。これを読めば、現代の宇宙物理学では、宇宙の歴史をどう把握しているのか、宇宙の構造をどう理解しているのかが一目で分る。
 非常に新しい考察が述べられていて、以前に読んだ、この手の本とは随分と違った見解が書かれている。以前、読んだというのは10年以上前だ。
 あの当時はニュートリノだった。その存在が認められたことだけで、宇宙に対する認識の大転換だった。それが今は闇黒物質と闇黒エネルギーだ。
 宇宙を構成している物質のうち、我々の目で見ることができるのはわずか4%に過ぎない。残りの96%は、見ることも触れることもできない闇黒物質と闇黒エネルギーだ。
 また我々が認識できるのは4次元以下の世界だけだ。3次元とは、前後、左右、そして上下の立体の世界で、4次元はそこに時間軸が加わる。しかし宇宙には、もっとずっと多くの次元が存在するらしい。その数は、う~んと、本には書いてあったが、忘れた。とにかく沢山だ。
 
 僕は理科系の本が正直いって、苦手である。頭にすんなりと入ってこない。じっくり読めば、少しは理解が深まるのだろうが、またそれが理科系においては苦手だ。
 この本は文系人間でも比較的、あくまでも比較的だが、すんなりと複雑な宇宙の概念を理解することができる。
 ちょっと苦戦したが、読み終わった後は、読んでよかったと思った本だ。

『発達障害の豊かな世界』 by 杉山登志郎


 寒い。さむい。サムイ。カムイ。
 カムイは関係ないけど、カタカナで書くと似ている。これも関係ないことか。

 本当に寒いですね。昨日は夜、合気道の稽古に行った。稽古場は暖房がない。暖房がないことに不満を感じたことはない。でも昨日は初めて、暖房が欲しいと思った。
 最近、足の指が腫れていることに気づいた。そしてかゆい。何でだろうと、観察すると、どうもシモヤケのようだ。いつなったのだか分からない。寒くて、足が冷たくて。それでいつかできたのだろう。

 昨日の稽古はとても辛かった。畳が氷のように冷たくて、その上をシモヤケの足で触れる。最初は痛みを感じた。しかしそのうちに足が冷え切って、感覚がなくなった。危険な徴候だ。足に感覚がないと、足の指を怪我する可能性が高まる。捻っても感じないのだから。
 その後、足全体が痛みを感じた。騙し騙し稽古を続けたが、投げられた後に1、2度、立ち上がることができないことがあった。周りの人が、心配をして声を掛けてくれた。

 最近、僕の手足は冷たい。以前はむしろ、手足が熱いタイプだった。「手が熱いね」と、よく言われた。それが今では、完全な末端冷え性だ。歳のせいだろうか。
 稽古の後に風呂に入ったら、足が痛くて、お湯に入れなかった。しばらく足を湯から出して、体だけ温めた。足の先をマッサージしたり、お湯をかけたりして、徐々に足先の体温を高めていった。ようやく足をお湯に入れられたのは風呂に入ってから20分も過ぎたころだ。
 足は風呂で暖まったが、痛みは残った。今も痛い。これって、凍傷じゃ、ないだろうね。やだよ、そんなの。

 いまさっき、一冊読み終えた。タイトルは「発達障害の豊かな世界」。著者は杉山登志郎。
 翻訳の関係でアスペルガー症候群について調べていた。かみさんは大学院で教育学を勉強していて、精神の発達障害のことも詳しい。それでアスペルガーについて、色々教えてもらったのだが、どうも高機能自閉症との違いが分らない。そこで本を貸してもらった。それが、この本だ。
 結果、ふたつの違いが分ったかって? 分ったようで、分らないような。とても区別が難しい2つの病態である。
 さて、ところがこの本はアスペルガーと高機能自閉症についてだけ書いてあるわけではない。高機能以外の自閉症やダウン症、ADHD、XYYの染色体異常、トゥーレット症候群など。児童が抱える精神疾患のほぼすべてについて症例が紹介され、解説されている。
 著者の杉山氏は現在、静岡大学教育学部教授であるが、児童精神科の臨床医でもある。豊富な事例を扱っている。
 精神の発達不全の患児の心の中は、まさに“豊かな世界”で、我々には不思議なワンダーランドだ。いくつも興味深い事例が紹介されているが、その中でもとくに驚かされたのが本の冒頭に書かれていた事例だ。

 てる君という男性は塗装会社に勤めている重度の自閉症患者だ。彼がある日を境に絵を描き始めた。会社から帰宅後にほぼ毎日、色鉛筆を使って。最初は家族も何の絵だか分らなかった。とろこがしばらくして、それらの絵がある一日の連続であることが分ってきた。
 絵は夕方の入浴シーンから始まる。自分が見た風呂場の様子、そして上から横から、俯瞰した自分の入浴シーン。布団に入り、眠っている様子。家の外には天使がいる。
 翌日の朝食、お母さんと自転車に乗って幼稚園へ行く姿。プールで遊ぶ自分。
 こうした絵が延々と続くのだ。それらは直線的な時系列で描かれる。後戻りをすることはない。
 いまだてる君は書き続けているという。すでに千数百枚になった。
 てる君はすでに20代の大人だが、それが幼稚園時代のある一日の様子を克明に覚えているのだ。お母さんは「これだけ昔のことを覚えているんだから、今、覚えられなくてもしかたないね」と笑ったというが、不思議な世界だ。

 前にこのブログでも書いたことがある、自閉症患者であって大学教授、さらに有能なビジネスマンでもあるテンプル・グランディンを日本に招待したことも書かれている。
 講演を依頼したのだが、講演の中でグランディンは二人の世界的に著名な人間が、アスペルガー症候群でないかとして紹介している。誰だと思いますか。知ればきっと、びっくりしますよ。

 答えはアインシュタインとビル・ゲーツ。
 発達障害の世界はまさにワンダーランドだ。

「私のニッポン武者修行」 C.W.ニコル


 羨ましい青春時代だ。良い時代に、良い土地へ誘(いざな)われ、素晴らしい人々と交流する。

 親日家のナチュラリストとして有名なC.W.ニコルが、最初に日本に来た目的は武道の修行だった。
 ニコルはイギリスで柔道を学び、その後、17歳でカナダに渡り、北極の調査団に加わる。ナチュラリストの専門家への道を進み始めるが、その前にどうしても、しておきたいことがあった。武者修行だ。

 僕の生まれる1年前の1962年、ニコルは初めて日本の地を踏む。
 来日と同時に講道館で柔道を、松濤館で空手を学び始める。暫くして空手の先生にどちらかを選ぶよう迫られ、面白くなり始めていた空手を取る。
 当時の松濤館には名人が揃っていた。名人の筆頭は何と言っても中山正敏だろう。武道に興味のない方はご存知ないかもしれないが、中山正敏は拳聖といってもよい達人である。そして金沢弘和。腕の骨を折られながらも全国トーナメントを勝ち抜き優勝したという逸話の持ち主だ。ハワイに空手普及で出かけ、当時はよくあったようだが、向うのプロレスラーと真剣勝負を重ね、ことごとく打ち破ってきたという剛の者である。今も健在で、その技とスピードは神話の域に入っていると聞く。
 こうした達人達にC.W.ニコルは可愛がられ、直接に手ほどきを受ける。武道ファンには、ため息がでるほどに羨ましい体験だ。

 さらにしっかり、恋もする。C.W.ニコルは喧嘩早いので有名だったようだが、女性の方にも手が早いのだ。訪日時にはオーストラリアに彼女がいたのだが、早々に大和撫子に恋をして、ちゃんとハートを射止める。その後の展開も素早く、じきに結婚し、妻の母と東京の秋津で同居を始める。
 昭和30年代の秋津は、戦闘機の墜落の穴が残っているほど、戦災の跡が色濃く残っている土地であったが、笑顔が可愛い20代のニコルは村の人々にも愛される。そこで素朴な村人と暖かな交流が始まる。
 村人の中には彫金家で、剣道と居合の愛好者であるイケダという人がいる。イケダの築400年の草葺屋敷で、剣の稽古をつけてもらったりする。イケダは西洋の騎士道にも詳しく、哲学的な武道談義にも花を咲かせる。これもうらやましい。

 20代のニコルは伝説の空手の名人達に稽古をつけてもらい、かわいい日本の女性と恋をして結婚する。秋津という自然が豊富で風情ある土地で、素朴な住人と暖かな交流を繰り広げる。
 なんてよい青春時代なんだ。

 この羨ましい白人青年は、しかし常人とは異なっていた。当時も今も日本に武道の武者修行にくる外国人はいる。とくに昭和30年代は武道の世界展開の揺籃期であり、大抵の武者修行者は、その後プロになる道を選んだ。金沢弘和はわざわざニコルに個人指導を行っている。おそらくプロになり海外での普及の一翼を担ってもらうことを期待されていたようだ。しかしニコルは武道を生活の糧にすることとは、常に考えていなかった。あくまでも心身の鍛錬が目的だったのだ。
 ニコルが目指していたのは探険家であり作家であった。武道は自分を探求する媒介にすぎない。それによって自らを鍛え、本来の道を補完しようと考えていた。
 その結果は、皆さんもご存知の通り。成功したナチュラリストであり作家である、今のニコルがある。

 さらにだ。ニコルは本業だけでなく、武道も本格的に続けていた。現在、松濤館空手の7段である。

「幸福の研究」 デレック・ボック


 売れている本なのだろうか。逗子図書館で予約を出してから3ヶ月ぐらいかかって、ようやく自分の順番が回って来た。
 サブタイトルには「ハーバード元学長が教える幸福な社会」とある。タイトル、サブタイトルを読んで、いわゆる自己啓発物と考えて手を出すと、期待は裏切られるだろう。この本はデレック・ボックという、元ハーバード大学の学長で著名な法学者が書いた、学術的見地から“幸福”を分析したアカデミック・レポートなのだから。つまり固くて、客観的。当たり障りがない。

 自己啓発を期待して読み始める読者は、欲求不満を感じるだろう。もっと作者に引っ張ってもらいたい。なぜなら、そこには作者の断定や恣意はない。しかし自己啓発を読む読者は、実は作者の思い込みや気ままな断定こそ求めているものなのだ。ところがこの本は、客観的なデータを基にした幸福の分析と解説である。
 原題は「Politics of Happiness」であり、直訳すれば、「幸福の政治」となる。構成は、「先行研究からの知見」、「幸福研究の信頼性」と来て、まず幸福を定義付ける。続きの章では、経済、結婚、教育、政府などを媒介にして、幸福とは何かを見極め、何が幸福を高めるのかを、データをもとに解説する。
 良質な本だとは思う。しかし僕の場合は、俗物的な発想でこの本を手にしたので、ちょっと肩透かしを食らったように感じた。「データはもういいです。で、先生はどう思っているの?」と。

 ただデータは決して馬鹿にできるものではない。興味深い事実も示してくれる。幸福を扱う本で、データとくれば、「マネー」だろう。ひとはマネーの多寡で幸福が左右される、そういうデータが示されているに違いない。とくにアメリカでは。
 ところが結果は、僕の浅はかな予測を裏切った。個人的、あるいは国家的な経済の良否は、幸福感と明確な相関の関係を示していないのだ。たとえばアメリカ国内で見た場合、富裕層と貧困層では、幸福感に差異は見られる。しかしある層の人が引退して、収入が激減しても、幸福感に反映しない。つまりこの場合、収入の減少が幸福感に影響を与えない。
 国別で見た場合も、ある程度は、富裕国と貧困国の間で幸福感に差異は見られる。しかしご存知のブータンのごとく、貧しくても幸福度が高い国がある。所得以外のファクターが大きく作用している。

 この本は学者が政治を意識して書いた本なので、社会福祉や治安、所得、失業率、医療などが、どのように幸福感に影響を与えるかを分析し、政府の対応を示唆する。しかし僕ら、普通の国民には、それらは天与の環境であって、自分ではどうすることもできない。どうすることもできないことで、気を病んでも仕方がない。
 政治や行政を司っていない我々は、どうすれば幸福感と肯定的に付き合うことができるのだろうか。
 本でも触れられていたが、つまるところ幸福感は満足感と表裏をなす。どんなにリッチだろうと、どんなに高学歴だろうと、美人の奥さん、ハンサムな夫がいようとも、その状態に満足していなければ、幸福感は訪れない。
 ところが現代は、個人に不満感を植え付けようとするエネルギーで満ちている。最新式の携帯電話を買っても、すぐにもっとオシャレなバージョンが登場する。クールなスポーツカーを買っても、クラシカルな高級車も捨てがたい。広告はつねに、消費者の飢餓感を煽る。
 政府自体が、国民の消費に基盤を置いた経済政策を取っている。内需の喚起なんて、つまり国民にもっと買え、無駄でもいいから兎に角買え!、と叱咤して、現状の否定を促しているようなものだ。

 こんな現代においては、物質とサービスに溢れていながら、幸福感を得ることは簡単ではない。その中で、我々はどのように、自らの幸福を追求していくべきだろうか。
 残念ながら、答えはこの本には書かれていない。

『やわらかな心をもつ』 小澤征爾・広中平祐


 週末から来ていた母が火曜日に帰った。随分と色々、話し込んでしまった。大した話はしていない。孫(母にとっての)の話や、僕の同級生の動向(母親同士が今もって仲がよいのだ)などの話。そして親父の話。
 親父の話になると、母は愚痴になる。僕は愚痴を聞くのが苦手である。それで親父の愚痴話になると、「そりゃ、おふくろも悪い」と言ってしまう。
 でも聞いて欲しいんだろうな。

 愚痴とは呪いの言葉である。愚痴を繰り返せば、そのイメージは潜在脳にインプリントされてしまう。良い言葉なら、例えばお経や偉人の言葉なんかは、プラスに作用する。愚痴はその反対だから、精神を蝕む。そう思っている。
 でも、そうとばかりも言えないのでは、と今回思った。70歳も過ぎた老人は、今さら思考回路を修正することは容易でない。それよりも、ただ聞いてあげることの方が、精神上よろしいのかもしれない。
 母が帰った後、反省した僕でした。

 さて今日の本は『やわらかな心をもつ』だ。小澤征爾と広中平祐の対談である。かなり長い。
 小澤の友人である元TBSのプロデューサーが、小澤征爾の住むサンフランシスコに乗り込み、ボストンから広中平祐を呼んで、二晩に渡り語らせた話のほぼ全てが掲載されている。ときは1976年である。
 ほとんど編集はされていないと思う。なぜなら、3歳になる小澤の娘、征良ちゃんがときたま闖入してきて、「ここほれワンワン、見せて」など言うのが、そのまま載せられているからだ。それも、突然に。いままで日本の教育制度について語り合っていた文章の間に、「ここほれワンワン、見せて」が入る。
 この本はかみさんが図書館から借りてきたものを、拝借して読んだのだが、かみさんもそこが面白いと言っていた。同感である。二人の話は、ときにお酒など入って、ゆるゆると進むが、そこに征良ちゃんが飛び込んでくると、さらにゆるさが増す。これがアクセントになっている。

 この二人の天才は若い頃、お互いに無名だったころからの親友だそうだ。どうしてこう、才能は才能を惹き付けるものなのだろうか。芸術に限らずに、ビジネスでも政治でも、スポーツでも武道でも。歳を経て力を付け、有名になった人の若い頃の話を聞くと、そこには必ず有能な師や友が存在する。有名人は、若い頃から有名人の知人を持っている。
 その点、僕はどうだろう。優秀な奴はいるが、有名になっている者はいない。やっぱり才能は才能を呼ぶ。僕は呼ばれていないのか。いやいや、まだ先は分らない。有名になるのが、出てくるかもしれないね。そして、僕も。ふふふ。
 これは冗談で、まったく有名にはなりたいとは思わないが、有名になるほど力のある友人は持ちたいものだ。

 二人の出会いはフランスの語学学校であったそうだ。当時、小澤は始めての途欧を、スクーターに日の丸を掲げ、船で向ったのは有名な話だが、行った先はフランスだった。そこにハーバードで博士課程を履修中の広中が来ていた。博士号を取得するためには、英語以外に2ヶ国語の習得が必要ということで、フランス語を勉強しに来ていたのだ。
 若い二人はすぐに打ち解け、親友になる。

 誰がどう見たって天才なのだが、二人は自らを天才だとは思っていない。広中などはアインシュタインのような大天才と自分を比較して、頭が悪いと自らを切り捨てる。そしてそれを前提に、数学という頭の良さが最も求められるフィールドで、天才たちと競う戦略を立てる。カラヤンやバーンスタインに師事した小澤も同じことで、自分の才能を評価しない。
 これなんだなぁ、と思う。これができるから、こうした人は才能をフルに開花させることができるのだ。簡単には天狗にはならないのだ。天狗になる暇があれば、ただただ努力をする。
 努力は僅かだと苦しみにつながるが、積み重ねていくと楽しみにつながる。二人はその域まで達している。これができる人こそが、ひょっとして天才なのかもしれない。

 興味の尽きない話の連続で、すべてはとても書ききれない。その中で、僕がとくに力づけられたことを一つだけ書く。
 小澤征爾は酒飲みだそうだ。毎日飲むという。そして一旦飲むと、その後は仕事も勉強もできなくなるという。これって、誰かに似ていないだろうか。そう、僕です。まさに僕と一緒。
 小澤はそこで戦略を立てた。夕方になったら酒を飲む。飲んだらしゃべって、テレビを見て、子供と遊んで。そしてなるたけ早く就寝する。そして早起きをする。4時過ぎに起きるそうだ。
 午前中が勝負のときだ。その時々の課題の曲の譜面をピアノで弾き、自分なりの解釈をして、頭に入れる。午後はオーケストラとの練習や演奏を行う。
 これも僕だ。やってることの内容やレベルの差を無視すればの話だが。

 早起きをして、午前中勝負。我が戦略は誤りでなかった。あとは結果を待つのみ。
 でも僕の場合、午後ももうちょっと努力が必要だとも、思えるが。

『相剋の森』 熊谷達也


 風邪をひいてしまった。数日前から喉が痛む。熱はないので、別に苦にしていなかった。ところが咳が出始めた。僕は喘息もちなので、風邪では咳が怖い。最近、調子がよかったので、まったく咳のことは考えていなかった。喉が痛んだ時点で、すぐに対処しておけばよかったのだが。熱がないので、漢方薬とビタミン剤を飲むだけで済ませておいた。喉の痛みも、少し緩和したので安心していた。そうしたら昨日から咳が出始めた。
 病院から喘息の薬はもらっている。咳止めというより予防用の薬だ。これが効くのかどうか分らないが、まずはこれで対処してみることにした。病院にはあまり行きたくない。何と言ってもお金がかかる。前回、喘息と花粉症で通院したときは、8000円もかかってしまった。今の僕にとって、8000円は大金である。なので、暫くはもらっていた薬のみで頑張るつもりだ。来週になっても治らなければ、やっぱり行くしかないな。


 さて貧乏臭い話はここまでにして、今日は熊谷達也の『相剋の森』だ。新潟北部のマタギの話だ。よくできていると思う。飽きさせずに最後まで読ませる構成力がある。テーマも深い。しかしアマゾンの書評を見たら、けっこう厳しいコメントがあった。こういうコメントを書く人って、よっぽどの読書家か、あるいは自分で作品を書いている人なのだろうか。
 小説はあまり読まない。最近の作品はとくに読まない。だから今の作品のレベルを語れる立場にないが、他と比較することなく主観で書けば、完成度の高い作品だと思うよ、僕は。

 たんなるアウトドアものではない。食べること、つまり命がテーマだ。食べることとは、つまり生きることである。生きることとは、つまり命である。
 僕らは生きるためには何かを殺さなくてはならない。生の連鎖とは殺(さつ)の連鎖でもある。

 僕は約10年間、厳格ではないがベジタリアンとして過ごしたことがある。場合によっては食べていた。回数で言えば、年に2,3回程度。だから厳格ではないベジタリアンだった。
 ベジタリアンになったのは、この小説のテーマと同じ、食と命について考えた結果だ。
 僕らの周りには、食が溢れている。肉を食べずにも生きていける。ならば肉を食べるのを止めよう。と、まあ単純に言えば、そう考えて肉食を断った。
 肉には哺乳類の肉と魚類や鳥類の肉がある。僕が止めたのは哺乳類と鳥類だ。それは獣や鳥は、魚に比べ知能が高いと考えたからだ。知能が高ければ、苦しみも大きいだろう。魚も知能はあり、苦しみもあるだろう。でもきっと、その程度は低いはずだ。
 また哺乳類と鳥類も2種類に分けて考えた。家畜と野生だ。そして僕が止したのは家畜だ。あれ、って思う人もいるかもしれない。普通の人は野生の動物の肉は食べない。たとえば、鹿なんかを銃でズドンと撃って、食べるなんて野蛮に思えて。さらに鹿さんがかわいそう。
 僕は牛舎で飼われている牛も、森を走り回る鹿も、食べられるために殺されることは、同じように可愛そうに思う。きっと両者の知能は変らないだろう。殺される前の恐怖や、その場の痛みは同じだと思うのだ。
 僕らは何かを食べなくては生きていけない。牛や豚や魚や野菜など。魚だって植物だって、食べる行為はすなわち殺生だ。殺から免れて生きてはいけない。
 だから牛や豚を殺して食べることも、仕方のないことだと思う。しかしだ。多少は殺される生き物の立場や気持ちを、思う気持ちも持つべきであろう。
 家畜として産まれた牛や豚は、生涯を檻に入れられ、愛情も喜びも得られずに短い一生を終える。普通なら20年以上生きる牛や豚は、牛の場合は5歳程度、豚はなんと1,2歳で屠殺される。人間で言えば、小学生か中学生ぐらいの年齢である。一生をアウシュビッツのような環境で過ごし、屠場に送り込まれるのだ。
 一方、野生の動物は母に育てられ、野山を駆け回り、生の喜びを味わった。しかし運悪くハンターと出くわし、駆け引きに破れ、殺された。殺されるのは母鹿かもしれない。子鹿かもしれない。可愛そうだ。
 しかし僕は家畜よりも野生の獣の肉を食べることを選んだ。それの方が、納得がいくと感じたからだ。その結果、年に2,3回、肉を食べた。

 そうだ。本の紹介である。この本は直接には僕が今、書いたようなことは書かれていない。マタギがいて、自然保護者がいて、ライターの綺麗な女性がいて。最初は野生動物保護の立場だった女性が、マタギと触れ合ううちに、熊狩りの支持者になっていく。
 きっとこのマタギは、僕が書いたようなことを一度は考えたことがあると思う。いや、猟に出るときは常に、食と命の関係に思いを至らすだろう。そして、女性ライターはそのことに気付いたのだと思う。

 決して重たく暗いストーリーではない。エンターテイメントとして、楽しめる作品だ。

プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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