スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

はじめまして

いよいよ、記事を書き始める。3月末日で退職して、すでに20日も過ぎた。有給休暇を取り始めたのは3月14日からだから、すでに1ヶ月以上だ。この間、早くブログを始めたいと思っていたが、なんやかんやで忙しく、今までのびのびになってしまった。
さてみなさん、はじめまして。といってもおそらく一人も読者はいないので、たんなる独り言なのだが。とにかく、はじめまして。山本と申します。よろしく。

このブログには色々なことを書いていこうと思っている。タイトルにあるとおり、翻訳はメインテーマであるが、翻訳にとらわれるつもりはない。退職の経緯、会社について、日々のできごと、趣味や興味あるできごとなど。

まずは忘れないうちに、今日について書いておく。順序からいったら自己紹介かもしれないが。とにかく備忘録の意味もあるので。

4時45分起床。外はようやく明るみかけた程度である。本当はもう少し早く起きたいのだが、これ以上早いと外は真っ暗である。暗い状態で起きると、なんだか寂しい。朝は明るい方が、気分がよい。なのでぎりぎり45分に起きる。
起きたら先ずは神棚、続いて仏様に手を合わせる。水をぐいっと一杯のみ、着替える。そして今日は朝さんに出る。朝さんとは朝の散歩のこと。出歩く予定がないときには、健康のため朝さんをする。
コースはいつも一緒である。近くの公園まで歩く。公園は歩いて10分ほどにあるのだが、歩いてさらに公園の先の山に登ると、30分程度。山の上からは逗子の街と相模湾が見下ろせる。天気がいいと大島が遠望できるのだが、今日はNG。それと右手には江ノ島が見え、これも晴れ渡っているとだが、富士山が見えるのだが、富士も残念、見えず。
山の上で深呼吸5回。肺の中の空気をすっかり入れ替える。あ~、いい気持ち。
今日も一日、好きなことだけして過ごそう。早期退職者の特権である。
散歩から帰ったのは6時前。それから自分の朝食を作り、ねこのフクちゃんの朝ごはんも用意する。片付けやら、ごみ出しやら、なんやらで机に向かったのは7時前から。
7時過ぎまでネットで産経新聞を閲読。8時過ぎまでニューヨークタイムズ。新聞はやっぱり面白い。紙の新聞はとっていないけど。
それからようやく、勉強のスタートである。今日は翻訳学校の復習と宿題。大体、終了する。
次は「トライアル現場主義」という、翻訳者に採用されるために行われるトライアルの勉強本をやる。
あ、あ、ここまで書いて面倒くさくなる。こんなこと書いていた、誰も読まなくなるね。
まぁ備忘のためだ。もしここまで読んでくれた奇特な方がいたら、感謝します。
こんなことはあまり今後は書きません。後から、今の生活を振り返るために記しているのですから。
スポンサーサイト

高見盛そっくりのおばさん


 2週間以上ご無沙汰での更新。久しぶりに更新できたのは、この更新できたというのがミソなのだが、つまり今までもずっと更新しなくてはと考えていたのだが、どうしてもできなかったのだ、きっと更新させない何かに捕らわれていた、つまり気分がのらなかったのだが、で、ユーチューブを見ていて驚いたからだ。この驚き感をちょっと記したくてブログを開いた。
 驚きを与えたのはスーザン・ボイルという人である。かなり有名らしいので、知ってる人は知ってるし、それでも知らない人は知らないだろう。
 イギリスの素人オーディション番組で現れたその人、47歳のおばさんだが、容姿は高見盛そっくり、仕種や表情もよく似ている。高見盛に似ているおばさんだから、はっけり言って不細工なのだ。しかしそのおばさんの歌声は、高く澄み、清らかで美しいのだ。このギャップはなんなのだ。
 ユーチューブではオーディション番組におばさんが初出場したシーンがアップされている。高見盛そっくりのおばさんの出現に、失笑する審査員とオーディエンス。アメリカンアイドルでも審査員をしているサイモン・コールウェルがこの番組でも審査員をしているのだが、その容姿と47歳と聞いて彼は「今までなぜデビューできなかったのか?」と皮肉な笑いで言っている。その冷たい雰囲気の中、おばさんは歌い始める。その第一声で、会場はどよめく。審査員は顔を見合す。高見盛そっくりのおばさんから、天使の歌声が発せられたのだから。
 あ、あ、よい。中々よいのだ。
 朝からユーチューブなど見ていると、いいこともあるものだ。これも失業者の特権ですね。
 今日も一日、好きなことだけして暮らそう!

園芸用の支柱を買う

 今朝はなんと2時に目が覚めてしまった。その後、寝付けずに目覚ましをセットしていた4時に突入。仕方なくベッドから出る。でも昨夜は9時に床に就いたので5時間は寝ている。でも一日、眠たい。
 今週はどこにも行く予定がない。何も予定のない1週間は退職してから初めてだ。今週はバリバリ勉強する予定である。予定は予定なので、どうなるかは未定なのだが。

 今日はいつも通り、ニューヨークタイムスをネットで約2時間読むことから勉強を始める。今日の記事で目についたのは、中年サーファーの話である。50うん歳、記事にはちゃんと記してあったのだが忘れてしまった、のオジサンはサンディエゴに住んでいて、1年のうち100数十日から200日以上もサーフィンをするそうだ。職業はカイロプラクティシャンで、ドック○○と呼ばれている。きっとドクターの資格を持っているのだろう、それでドックとあだ名されているそうだ。ちなみにドクターは日本語だと医者ってイメージだが、ドクターは文字通り博士のことで、このおじさんはきっとカイロの分野で博士を取得したのだと思う。もうひとつちなみに、アメリカではカイロプラクティスは日本と違い、評価が高い。正規の医療行為と認められていて、医者の一種みたいに考えられているようだ。
 おじさんは2回離婚していて、両方の妻に子供がいる。最初の子はもう結婚していて、子供がいる。つまりオジサンはおじいさんでもあるのだ。
 このおじいさんは海の近くに100平米ぐらいのセカンドハウスを持っていて、普段はここから仕事も海にも行っている。仕事は一日6時間、他はサーフィンを中心にのんびりプライベートタイムを楽しんでいるそうだ。なんだか、うらやましいオジサンなのだ。
 今、このオジサンのような中年サーファーがアメリカには多いそうだ。いわゆる日本でいう団塊の世代で、ヒッピー世代でもある。カリフォルニアドリームをしているうちに、いつの間にか50代になってしまった。
 この逗子周辺でも、中年サーファーをよく目にする。僕の住む(また呼称を変更)、住宅地は海まで歩くと40分、自転車で15分の距離だが、オジサンが自転車でにサーフボードをつんで走っていたりするのだ。
 日本と同じ現象がアメリカでも起きている。というのか、サーフィンは向こうが先だから、アメリカと同じ現象が日本でも生じているということだ。うん。

 N.Y.T.の閲読以外では、フェローの復習と来週の課題。和文英訳である。難しい、。
 勉強の合間に逗子の街まで、園芸用の支柱を買いに行く。近くに園芸専門店があるのだが、百円ショップ支柱を売っていたことを思い出し、街まで出ることにしたのだ。駅まで30分をテクテクあるく。700円分、支柱を購入し、またテクテク歩いて家に戻る。園芸品店だと2000円以上はすると思うので、1300円の収入と同じだ。

 街に出たついでに銀行でお金をおろし、通帳に記帳する。ここ1ヶ月の内訳を見ると、大体予想していたとおりの数字になっている。このペースでなら、なんとか予定の3年間を生き延びられそうだ。しかしこの1ヶ月は、何も使っていない。アマゾンで2冊本を買っただけだ。後は外食が3,4回。つまり3年間このペースで、つつましく生きないといけないということだ。

逗子は今日も雨だった


 今日も雨である。鬱陶しい梅雨である。しかし今年の長雨はあまり嫌なものではない。むしろ毎日涼しくてよい。
 去年まで梅雨は大嫌いだった。この家から逗子駅まで歩いていくのだが、歩くと30分もかかるので雨の日はバスを使った。バスだと濡れなくて良いのだが、時間が読めない。朝は10分に1本程度バスが来るが、雨の日は交通渋滞が起きてバスが遅れがちになる。順調だと10分程度の行程が待ち時間を入れて40分以上になったこともあった。
 電車も湿気でむっとしていた。逗子からは座れたのだが、前に立つ人の傘の滴が気になった。熱気で暑かったり、冷房の効きすぎで寒かったり。
 梅雨はどうにもやりきれないものだった。
 でも今年はどうだろう。今、こうして書斎から眺める森や丘には低く雲が垂れ込めている。前の電線には羽が濡れ貧弱になったカラスが揺れている。雨音は却って静寂を誘う。窓からは涼しい風が入り込む。どれも悪くない。たまの梅雨の晴れ間より、よっぽど過ごしやすい。
 翻訳の仕事は相変わらず、まったくない。しかし一人宛てもない勉強を続ける身には梅雨は恵みの雨なのだ。

キュウリな日々

 さっきのランチのサンドイッチにはツナとタマネギとキュウリをはさんで食べた。今朝は納豆と生卵と味噌汁にキュウリの糠漬けだった。昨日の夕食のメインはキュウリとトマトを炒めたものだった。といった具合でここのところ毎日、キュウリを食べている。なぜかというと、庭にキュウリを植えているからだ。近くのスーパーでひとつ50円の苗をふたつばかり購入し庭に植えたところ、すくすくと成長し、今毎日のように収穫がある。キュウリはおいしいし、サラダでもおしんこでも、料理に使っても良いので毎食のように食している。
 以前テレビでどこそこかのキュウリの産地の話をやっていた。ある家族の食生活が中心だったのだが、実にさまざまなキュウリ料理が出てきた。そのとき初めて、キュウリの炒め物をみた。考えてみればゴウヤはチャンプルにするし、中華ではウリを炒める。ならばキュウリを炒めてもおかしくないわけで、自分もさっそくトライしてみた。味はちょっとあっさりしているが、夏の料理としてはむしろ好ましい。それ以来、僕のレパートリーになっている。
 そんな感じで、キュウリは大変重宝している。
 色々、キュウリ料理がある中で、やはり一番おいしいと思うのは糠漬けだ。もう何年も糠を漬けている。最近、糠の味が練れてきてうま味が出てきた。この自家製糠床で仕込んだキュウリの糠漬けがおいしいのだ。僕はちょっと深く付けたのが好きで、3日から1週間ぐらい漬けてしまう。朝はそれだけでご飯を一杯食べられる。夜はビールのつまみに合う。うちの食卓の夏の風物詩なのだ。
 庭の土がキュウリに合うようで、よく育つ。来年はゴーヤにもチャレンジしてみたい。このペースで育つのなら、ゴーヤの苗はひとつで十分だろう。

解体屋と植木屋

 先週から向かいの家の立替工事が始まった。今は解体作業が進行中である。朝8時から5時過ぎまで。轟音を響かせクレーン車で家を壊していく。うるさい、埃がすごい。仕方がないのだが、ちょっとまいる。

 作業員はいわゆるダンプカーで家まで乗り付け、解体した廃棄物を載せてまたダンプでどこかへ帰る。そんなに遠くまで帰るとは思えないが、例えばその移動時間が30分だとする。すると7時半にそこ(事務所?)を出て、5時半にそこに戻る。前後30分、そこ(事務所?)で準備をするとして朝7時から夕方の6時が勤務時間となる。合計11時間だ。結構な労働時間である。サラリーマンだけが猛烈に働いているよう思うのは幻想なんだな。日本人はみんな長時間労働なのだ。

 そんな中、僕は短時間労働をめざしている。目標は5時間というところ。ちょっと甘い? いや、僕は理想が高いのだ。しかし聞くところによると翻訳という仕事は結構な激務だそうだ。忙しいと12時間程度は当たり前。3,4時間の睡眠を除いてあとは仕事漬けなんてことは珍しくないらしい。恐ろしい話だ。話だけですくんでしまう。そんなタイトなスケジュールで仕事を取るのはよすことにしよう。なんて、生意気なことを考えてたりして。

 今日は1年ぶりに植木屋を入れた。こちらは9時ごろに来て、4時過ぎに帰っていった。解体より植木屋の方が僕に向いているかもしれない。まぁ、今日は特別早く済んだのだが。何年か前、小雨の日だったが、真っ暗になるまで懐中電灯で作業していたことがあった。さらに雨ではしごが滑り、職人が落ちたと後から聞いた。あのときは植木屋にはなれないと思ったものだ。結局、どちらも無理なようだ、僕には。仕事の少ない翻訳者というのが、やはり適職なのだろう。

 あ、それと解体屋のことで、もうひとつ。解体屋はちゃんと土日及び祭日はしっかり休んでいた。つまりこのシルバーウイークというの?を5日間ちゃんと取っていた。まったく批判するものではない。ただ、ああいう仕事、ああいう仕事とは外で天気に左右される仕事のことだが、でもカレンダー通りに休むことが意外であっただけだ。だって大雨や台風のときは仕事にならないから、その分土日祝日も働くのかと思っていたから。この点について意見を言わせてもらうと、僕的にはOKだな。土日祝日は当然休んで、台風の日もエクストラで休む。この点は解体屋をむしろ見直したぐらいである。もうひとつ私見を書くと、その点は僕の方がちょっと、働いているかもしれないとは思った。シルバーウイークっていうの?、の期間も働くというか、ただの勉強だけは続けていたんだよ。一応。まぁちょこっと翻訳して、あとは本を読んだり、CNNを見たりしていただけだから、えばれる話ではないのだが。

今年初めてのキノコ狩り

 もう1週間も経ってしまったが、備忘のため記しておく。先週の土曜日に今年初めてのキノコ狩りにでかけた。場所はいつもの奥水上某所。

 金曜日にキノコ友達のKさんの家に泊まって、翌朝4時に出発。ちょっと脱線するが、Kさんには綺麗な奥さんと可愛い女の子がふたりいる。このふたりがすごくいい子で、何がいい子かっていうと、ふたりとも僕のことをすごく好いてくれている。どれだけ好いているかというと、僕と結婚したいくらいだそうだ。だけど自分たちが大人になるころは“やまもっさん”がおじいちゃんになっちゃうと心配してくれてもいる。いい子じゃ、ないか。ちょっと寂しいけど。

 さて、奥水上某所は水上温泉からさらに来るまで1時間ほど山を登る。猿、鹿、熊がわんさかいる、結構な奥地である。9月半ばのその場所は、思ったより涼しかった。だいたいこの時期から山に通い始めるのだけど、もうちょっと気温が高いように思う。今年は例年より涼しい。ところが、である。キノコの方は出だしが遅いようだ。いつもこの時期はハナイグチがかなり出ているのだが、まだちらほら程度。秋が早いのに、なぜ? 自然は不思議である。

ハナイグチはカラマツ林に生えるのだが、奥水上の目的地はブナ林だ。ブナ林には多数のキノコが植生して、とても楽しい。なので、芳しくないカラマツ林からそそくさと逃れ、お目当てのブナ林へ向かう。ただこの時期だとブナ林にはちょっと早い。あまり期待せずに向かうと、案の定であった。1時間も歩くと諦めムードになり、山の涼しい空気とほんの少し赤い部分が出現し始めた景色を楽しむことにする。それで普段はあまり行かない、キノコは少ないが景色の良い場所に向かう。

 無欲こそが最大の恵みをもたらすのか。何も期待せず山道を歩くと、山道に敷き詰められている木材およびその周辺がナラタケで埋まっていた。思わずKさんと顔を見合わせた。最近ではかなりといえる量だ。それもサイズは大きいのに、まだ腐り始めるまえのグッドクオリティだ。

 その日取れたのは、ハナイグチ、ヤマドリダケモドキ(推定)、ナラタケ、フキサクラシメジ、ヒラタケ、アシグロタケ、カバイロツルタケ、ツエタケ、ホロリタケ、ハタケシメジ、ブナハリタケ、クロサカズキシメジなどだ。カヤタケとヒトヨタケも見かけたが、このキノコは酒と同時に食べると気持ち悪くなるという性質があるので、パス。ちなみに禁酒したくてもできない人はこのキノコを食べると良い。効果は2日程度続き、その間に酒を飲んでしまうとひどく苦しむ。しかし命に別状はない。

 量は取れなかったが、秋晴れの中深山を歩き、楽しい1日を過ごせた。そういえば、途中猿の集団にあったが、とても肥えていた。
 


中川昭一元議員死去から思ったこと

 中川氏が死去した。死因はいまだ不明だが、他殺、自殺とも可能性はないと報道されている。ここで、中川氏の死、そのものについては触れない。多少、思うことはあるが、誰もが感じることの範囲を超えない程度だと思う。書いてもしかたないだろう。
 書こうと思うことは別なことだ。これももしかしたら、誰でも感じていることかもしれないが、まだそうした内容の報道には触れていないので、書いてみる。

 繰り返される中川さんの死亡ニュースで出てくるのは、あのサミットでの朦朧会見と、もうひとつ死亡した自宅だ。朦朧会見はもういい。それより自宅なのだ。僕が気になったのは。ちょっと質素すぎないか。
 かりにも8回連続で衆議院選挙に当選し、農林水産大臣、経済産業大臣、財務大臣、内閣府特命担当大臣を歴任。父親はあの北海のヒグマ一郎氏だ。血筋も経歴もどうみたって、豪邸クラスだ。でも住んでたのは都内の一等地だろうけど、普通の家だ。

 僕は逗子の前には文京区に住んでいて、すぐ近くにあの鳩山邸があった。あれはまさに邸宅だった。アメリカだって、あのクラスの邸宅はめったにない。角さん邸も近くて、隣にあるプールによくいったが、あれも豪邸だった。政治家って、あんな感じの家に住んでいるものと思ってた。ところが中川さんのうちは悲しいほど、普通だった。

 あの程度の家は、外資系の銀行に20年も勤めていれば買えるよ。僕は新聞社の前にはHSBCって銀行に勤めていて、あの業界には友人が多いから知ってるけど。渋谷区とか大田区にあの程度の家に住んでるやつは普通だ。外銀じゃなくてもいわゆる一流会社に勤めていたり、それどころか蓄財がうまければ、普通の会社員でも買えるかもって感じの家だ。

 しかし政治家ってのは割りにあわない商売だね。あれだけ叩かれて、あの家か。これじゃ、政治家を目指す若者が出てこないはずなのだ。
 僕は今まで政治をつまらなくした大きな原因のひとつに世襲を考えていた。しかし違うんだな、きっと。世襲が政治を堕落さたんでなく、政治がつまらない、金にならないから、世襲議員しかなり手がないんだよ、きっと。世襲議員しか政治家になれないような、政治風土、システムに問題があるんだ。
 こんなこと、みんな分かってたのかな。きっと分かってるんだろう。しかしバカな僕は、中川さんの家を見て、初めて気付いた次第です。

 鳩山邸とは言わなくとも、日枝邸(CX会長、ホリエモン騒動でテレビに映ってた)程度の家に住んでてもらいたかったな。ちゃんと選挙で8回も勝ったんだから。かたや内規を無視して(多分、68歳ぐらいだと思う。いられるのは)、トップに居座り続けているだけのただのサラリーマン社長なんだから。これじゃ、一流大出がみんな政治家でなくテレビ局に入りたがるわけだ。

 いや日枝さんの悪口を書いてるわけじゃありませんよ。ただ比較で出しただけですので、一応。



雨の日

 朝から雨だ。台風18号が近づいている。明後日も雨らしい。今日より降るだろう。
 そうだ、降れ降れもっと降れだ。
 雨はあまり好きでなかった。通勤でスーツが濡れるでしょ。特に逗子に越してきてからは駅まで30分近く歩くので、雨だと大変だった。まぁバスがあるので、そんなときは乗ることもあったが。でもバスを待っている間にやっぱりスーツが濡れる。
 でも学生のときは雨は嫌いでなかった。僕はだらしない学生だったので、雨が降ると、とくに台風なんかで大雨が降るとよく大学を休んだ。もっとも子供の頃は流石に雨で休むことはなかったけど、近くの学校に通ってたので雨はあまり気にならなかった。
 それより、ひとりで家の窓から雨を眺めるのが好きだった。特に用事もなく、本なんかをそばに置いて。なんとなく外の雨を感じるのが好きだった。外は雨。でも家の中は濡れなくて。そんな家の中の安心感が心地よかった。
 今、こうして家の窓から外を見ていると、当時の気持ちを思い出す。こんな感じだったな。今は雨が嫌いじゃない。スーツを着て、革靴がビショビショになりながら、駅に向かわなくてもすむから。外の雨をただ傍観することができるから。でもあの時は、家にひとりでいるといっても一時で、母や妹が買い物やら、何やらからすぐに戻ってきて。それはまた、安心感があった。
 今は誰も帰ってこない。いつまでたっても、この家には僕と猫が二匹いるだけだ。中年になった僕は、でも寂しくない。雨の音を聞きながら、翻訳をして、飽きたら猫を撫ぜにいく。ひとりで昼飯を作って、ひとりで食べる。そしてまた雨の気配を感じながら、翻訳をする。
 晴れた日に、明るい日差しを感じながら机に向かうのも好きだが、雨の日はことさら幸福感を感じる。会社を辞めてよかった。今も会社の元同僚から連絡がよく来るが、会社の近況を聞くと余計、そう思う。
 雨の日に家の窓から外を眺めている感じる安心感は、たとえるなら母の子宮から外を感じる子供の安心感のようなものだろうか。
 こんなことを思うのは僕だけだろうか。


ブログのタイトル変えました

 ブログの名称を変えることにした。新名称は「湘南貧乏物語」です。どうですか。なんか語呂がいいでしょう。前のタイトル「きょうも逗子は翻訳日和」もそれなりに気に入っていたのだが、どうも名と実体がマッチしていない感があった。翻訳にかかわる話題が少ないんだから。もとから翻訳に特化したブログにするつもりはなかった。思ったこと、書きたいことはテーマを選ばず書くつもりでいた。それでも翻訳が話題の中心になるだろうと思い、タイトルをつけたが、そうはならなかった。これからもそうならないだろうと、約半年続けて思う。ということで、もっと生活全般にかかわるタイトルにしたわけだ。
 しかしそれがなぜ「湘南貧乏物語」なのか。まず、最初の「湘南」という部分だが、これは正直迷った。「逗子貧乏物語」にしようかと思った。しかしどうも語呂が悪い。やっぱり日本語は七五調でなくてはならない。それで「鎌倉貧乏物語」もよいかと思ったが、これでは事実と異なる。僕の住んでいる場所は鎌倉との市境まで30メートルほどのところだから、まぁよいかと思ったが、行政区的には僕は明確に逗子市民である。なのでこれは没。湘南だとエリアが広く、逗子も当然含まれる。逗子と狭めてしまうより、広い分、検索に引っかかって見に来てくれる人も増えるのではとの下心も勿論ある。
 そして後半分の「貧乏物語」だが、これは正直パクリである。オリジナルは真尾悦子の「阿佐ヶ谷貧乏物語」だ。たまたま逗子図書館で見つけ、タイトルに引かれ借りてきた。居並ぶ本の背表紙の中で、特別力をもったタイトルに思えた。迷わず借りた。読んでみて面白かった。やはりよいタイトルを付けられる作者はよい中身を書く。僕のブログも中身はこれから精進するとして、せめてそのタイトルパワーにあやかりたい。それで「湘南貧乏物語」とした次第だ。
 貧乏ということろは、これはまさに僕の現実なのだから問題ないだろう。それに僕は貧乏ネタが好きだ。金持ちの自慢話より、貧乏の苦労話の方が百万倍面白いということに、異論のある人はまずおられまい。また僕は本当に貧乏だから、この手の話題は事欠かない。まぁ今回も話題を貧乏に固定しようという気はないのだが、自然に貧乏ネタになるだろう。
 経済に、つまりお金の話ね、まったく触れないことなど現代では不可能であり、僕の身の回りを何らかの形で表現すれば、そこにはどうしても若干の貧乏の影がさすはずだから、そういう意味でまさしく僕のブログにふさわしいタイトルなのだ。
 ということで、今後はこのタイトルでいきます。以後、よろしゅうお願いします。

2010年の目標

2010年の目標

 明けましておめでとうございます。今年こそは真面目にブログを更新しますので、どうぞ皆さんご期待を。
 しかし閲覧数ほぼゼロなのだ。だから「皆さんご期待を」なんて、なんだかむなしいし、無駄だ。でもさらにしかしだ。ゼロではないのだ。だから、こんなことを書いてもバチはあたらないはずだ。うん。
 年も改まったので、ブログ再開を約したついでに今年の目標も書いてしまおう。こんなことを公開の場で書いていいのだろうか。書いてもよいだろうが、書かないほうが無難な大人の対応だろう。年齢は十分すぎるほど大人だが自他共に認める幼稚な自分であるから、差しさわりのない程度に書いちゃう。

1. 毎月2冊、年間24冊の未翻訳本を探し出し、企画書を書いて出版社に売り込む。
2. 年内に最低3冊、出版化の目処をつける。
3. 年収150万円を達成する。
4. ブログを毎日(ほぼ)つける。
5. ランニングを続ける。
6. 3月の三浦国際マラソン(ハーフ)と11月の湘南国際マラソン(フル)に出場、完走する。
7. 合気道三段の審査を受ける。
8. 合気道の稽古にもっと行く。
9. ラジオ英会話を続ける。
10. 自動車免許を取得する。

 1~3はマジですよ。昨年は実務翻訳でちょっとしたデビューが実現した。まぁデビューとあえて言うほどのものではないのだが、実際にお金になる仕事が結構できた。そして今年こそは本来の目標である出版翻訳に注力する。今年も実は実務で仕事が来ているのだが、あえて生意気な態度を取ることにする。自分からトライアルは受けない。今までお世話になった人から頼まれた仕事だけ受ける。そしてその他の時間は出版に費やす。ということで1,2、3なのだ。1,2は結構すごいでしょう。とくに2は無謀かもしれない。でも目標は高く。それと出版は予想収入が少ないのでこのぐらいこなせないと生活ができなくなる。蓄えもあと1年ちょっとで尽きそうな計算なので、やはり今年年内になんとか出版のきっかけだけでもつけたい。3はちょっと控えめと思いますか。いやいや僕としては結構、現実的な数字です。これだけいけば、なんとか生きていける。つまりそんなに質素な生活なのだ。僕は。
 4は特に説明は必要ないでしょう。5以下は、なんか勢いというか、こういうものはやはり10個は必要であろうという僕的な常識として、かなり無理やりにひねり出したものだが。一応、説明を
 5,6はこれは去年から考えていたことだ。これは目標というより、希望というか。なぜランニングが希望かというと、相変わらず足が痛むのだ。今は右踵が痛くてビッコをひいて歩いているような状態である。でも毎日快晴で。本当に走りたいのだ。でも走れない。なにで今日はトレーニングとして四股を踏んだ。四股も良いのだが、天気の良い日はやはり走りたい。ということで希望になる。6もその延長。
 7は思わず書いてしまった。本当はこんなこと自分で言うことではなく、師範から勧められて初めて言えることだが。しかし機会がもし訪れたら挑戦してみたい。8はそのためにも是非励行したい。昨年はあまりに稽古にいけなかった。これは後悔している。
 9はこれは頑張りたいな。昨年12月から初めて非常に効果が感じられた。翻訳家を目指す男がなぜ今更“ラジオ英会話”かと訝る向きもいらっしゃるだろう。それは恐らく“ラジオ英会話”を見くびってのご判断ではないだろうか。一応、僕はアメリカで通算3年弱生活をして、向こうで修士を修了しているが、毎日、勉強になるフレーズに出会える。もちろんリスニングの勉強にもなる。さる有名な大学教授(英語のね)でも聞いているらしい。なので9はかなり本気な目標である。
 さて10だ。え、自動車免許を持ってないの? と思った人。はい、持ってません。今はね。僕も人並みに以前は持ってました。しかしちょっとしたことがあって、これは機会があれば後ほど説明しますが、今はもってません。それで10をしようかと。しかしこれは正直迷っている。なぜなら免許の、あるいは車のない生活にすっかり慣れてしまって、あまり不便さを感じていないからだ。それに今更また教習所に通いたくないし。教官に叱られるのが嫌だし。一発試験は自信がないし。なので乗り気ではないのだ。でも、ではなぜ、10なの?と、思われますよね。それにはちょっとした理由があるのだ。
 実は犬を飼わないかと誘われているのだ。犬が来たら車がいるでしょ。病院にだって連れて行くのが大変だし。あ、ネコの病院はケージに入れて手で運んでます。幸い動物病院が近くにあるので、なんとかなってます。でも犬は。普通は歩いて連れていけばよいのだが、もし歩けないような事態になったら。ちょっと犬、それも結構でかい種類なのだ、はケージで担いで持っていくことができない。それとこっちがより大きな理由だが。実家に帰るときはいつも猫は家に置いておくのだが、犬の場合はトイレの必要があって、まさか例えば2日間とか家に置いてきぼりにすることができないと思う。車があれば一緒に連れて行ける。
 さて、こうして10個もの目標を立てた。そして衆目にさらした。これで今年はきっと素晴らしい年になるだろう。なんだかこれだけで十分な充足感が得られてしまった自分。
 目標は目標。現実は現実。年齢的に十分大人な僕はそこのところの住み分けはできるのだ。うん。

パームオイルについて

 今日はいつも通り5時起き。まだ真っ暗でとても寒い。拙宅は築40年の木造なので夏涼しく、冬寒いという構造である。なので夏は快適だが、冬は精神鍛錬に良いが体には堪えるのだ。
 まぁ、家の造りはともかくとして5時に起きて、その後翻訳のお仕事。といっても本を読んでるだけだが。
 昼に懸垂10回を3セット、拳立て20回、鉄アーレを使ってショルダープレス10回をする。それからジョギングに行きたいところだが、まだ踵が痛いので代わりに四股を踏む。200回やりたかったのだが、調子が悪く150回で断念。その後昼食。
 昼食のあとCNNを見ていると“EcoSolution”という番組でパームオイルについてやっていた。なんでもパームオイルの世界的需要が急増しているらしい。それでインドネシアでは熱帯雨林の原生林をどんどん切り開いてパームオイルの原料となるアブラヤシを植えまくっているのだ。そのためそこに本来住んでいた動植物が住む場所を奪われ、特に絶滅が危惧されているオラウータンはさらに種の存続の危機に迫られているとのこと。
 パームオイルというのはチョコレートやお菓子の、あるいは石鹸、洗剤、さらには化粧品などの材料として用途が広い。お菓子に使われる理由は、味は勿論のこと乳製品より健康的だということ。石鹸や化粧品に使われるのはローカロリーで健康的であることと、石油由来の原料よりエコロジーだと考えられているからだ。僕も以前は食器洗い用洗剤にパームオイルを原料としたものを使っていた。しかし今は使っていない。なぜかというと、表示を良く見たらどうも色々な化学薬品が添加されていて、なんだかしらけてしまい使用を止めたのだ。まぁそれはとにかく、本来エコロジーであって、環境に優しいと考えられていたパームオイルが実はあまり環境に優しくないらしいのだ。番組はそんな内容だった。
 そこで思ったこと。石油由来の製品でもパームオイル使用の製品でもつまりエコロジカルでない。じゃぁ環境に配慮する消費者はどうすれば良いのか。答えはチョコレートやお菓子は食べず、石鹸や洗剤は使わずに水で洗い、化粧には庭でそだてたユズやアロエ、あるいは小鳥用の水のみ場を作ってうぐいすをおびき寄せ、その糞を採集して自家製の化粧品を作ればよい。う、しかしどうもこれの実践は簡単でないような感じがする。じゃあ、ではどうすべきか。現実的な回答は使用を止めるのではなく、なるべく減らすように努力するということ。このあたりが現実的な回答であろう。それとエコロジーとかサステナブルとか言う言葉が跋扈して、そしてそれをうたったコマーシャルが行きかっているが、どうも簡単には信じない方が良いように思う。大人の世界には裏があるのだ。あと、政府の消費奨励。なんかストンとこないな。

だめな私

 昨日はブログをさぼり、翻訳もさぼってしまった。理由はふたつあるように思う、と人ごとのように分析すると。ひとつは今週は日曜日から仕事を始めていた。それでなんだか飽きてきてしまった。普段はサラリーマン時代の習慣で、月~金で仕事(勉強)をしている。それが今週は今年最初の週ということで張り切って、日曜から始めた。そうしたら息切れをした次第である。
 もうひとつ、こちらが主原因と思われる。それは一昨日の晩、電話をしたりして夜更かしをしてしまい、朝起きるのが遅くペースが乱れたからだ。でも夜更かしといっても11時には寝て、朝遅いといっても7時には起きたのだが。つまりいつもとペースが乱れると、一日尾を引いてしまうということだ。やっぱり朝は大切だ。スタートをうまく切れると、一日を好調に過ごせる。朝、躓くと一日悪影響が及ぶ。朝の肝要さをを再認識する。
 それで昨日は何をしていたかというと、図書館に行っていた。家で机に向かう気分でなく、図書館にいったのだ。しかしあまり楽しい時間は過ごせなかった。雑誌を読んだり、適当に本を見つけパラパラと眼を通したい。しかし罪悪感のためかどうか、楽しめない。
 周りをみると受験生らしき高校生と定年を過ぎた老人が中心。それと失業者らしき中年もちらりほらり。雑誌や新聞を読むのは老人&失業者らしき人ばかり。高校生は自習コーナーで参考書や問題集に集中している。この老人&失業者チームと高校生チームは雰囲気を異にする。明らかに前者は退廃的というか時間つぶし的というか、そんなダラ~とした雰囲気を発散しているが、後者は覇気があるというか輝きがあるというか、正のオーラを発しているのだ。ダラ~チームの構成員として雑誌コーナーで『格闘技通信』など読んでいたのだが、なんか芯からダラ~としてしまいそう。
 平日昼間の図書館が好きだったのだが、しばらくは行きたくない気持ちになった。
 さて気分一新、図書館を3時過ぎに出て、ダッシュで家に帰る。ぎりぎりラジオ英会話を聞くことができる。昨日のせめてもの充実の時間だった。たった15分だったけど。
 その後はやはり気分一新、机には向かう、ということは当然できず、テレビを見る。だいたいCNNを見たが、他もザッピングしたりして過ごした。そしてあることに気付いた。
 BSのNHKでABCニュースを放映していたのだが、それが面白かったのだ。いつも向こうのニュースはCNNを見ている。私のCATV契約ではBBCが見られないのだ。CNNはテンポが速くて良いのだが、ニュースが大抵ぶつ切りの短いものだ。一方ABCではいわゆる調査報道ものをやっていて、これが良かった。これからはABCも要チェックである。
 さて今日はというと、朝も5時に起きてニューヨークタイムスを読み、その後は順調に翻訳を進めている。天気もよくて10時ぐらいからは暖房を消しても部屋は暖かい。足元の猫もウトウトしていて、なんとも長閑である。すいすいと翻訳を進めることができた。でも、集中していて気付いたら12時を回っていた。11時半から大抵トレーニングをする。それで時間が過ぎてしまい、また怠け気分が復活し、トレーニングをサボることになった。
 朝はうどんを作って食べたのだが、150グラム麺を茹でて食べて、お腹がいっぱい。昼はご飯を炊いて正月に実家からもらってきたチャーシューをのせて即席ブタ丼にしたが、これも大盛り。またまたお腹一杯。トレーニングもせず、ランニングも中断中のまま、なんか腹回りの細胞が脂肪を蓄積していく様子が、感じられるようだ。
 そんな今日、昨日であった。今はまだ午後2時前だけど。

小沢一郎と福島瑞穂の共通点

 外は雪だ。私の机は仕事部屋の窓に面して置いてあるのだが、こうしてPCを叩いていると面前に雪が降りしきる。さっきまでみぞれ混じりだったが今は、白いしっかりとした雪だ。雪はいいな。とくに部屋の中から見る雪は。

 さて、最近また更新を怠ってしまった。あまり書くことがないので。しかしこうサボってばかりいてもなんだから、何かを書かなくてはと思い、雪を前に書き始めた。

 最近、小沢一郎と福島瑞穂のある共通する点が気になって仕方ない。なんで、ああなのあのふたり。いい歳して、自らちょっと変だと思わないのかな。こう書いて、気付く人はいるのだろうか。

 私が気になってしかたないあの二人の共通点は、話し方だ。あの語尾を上げる、へんてこな話し方だ。いや一般的には別にへんてこではないかもしれない。若い人は結構、ああいうふうにしゃべる人がいる。でもあの二人、福島でも50代、小沢は60代でしょ、きっと。調べてないから確かではないけど。

 どうして、あんな話し方をするのかちょっと考えてみた。それで思い当たった理由は以下。
 恐らくそのように話す人、つまり若者ですね、と一体感を感じたいからではないか。さらに突き詰めれば、若者になりたいと思っているのではないか。
 東京から大阪に転勤して、へんてこな関西弁になって戻ってくる人がいる。そういう人は大抵、関西にいる間だけでも、関西人になりたいと思っている。だからパーフェクトな関西弁を使いこなして、関西人に間違えられることを至上とする、きっと。でもそんなにうまくいかなくて、へんてこな関西弁になって戻ってくる。
 
 あのふたりの政治家も若者と一体感を持ちたい、そしてできれば20代ぐらいに思われたい、と考えているのだ。

 しかし、あのふたりが他の政治家と比較して特に若返りたいと思っているのはなぜか。
 きっとあの二人は他の政治化より無理をしているからではないのだろうか。小沢はいわずと知れた豪腕強面である。福島も私生活では非婚を貫きパートナーと同棲生活を続けているらしい。お二人とも無理をしているのだ。もちろん資質的に一般人とは比較にならないほどタフではあると思う。それでもやっぱり無理をしているのだ。だから一種の赤ちゃん帰りなのだ、あれは。さすが赤ちゃんまでは戻ることはできなくて(家では知りませんよ)、若者止まりで、回帰したのだ。
 毎日、色々な人と戦って、マスコミには叩かれて、友達もいなくて、でも権力欲は人一倍強くて。その結果が、あの語尾を延ばす発話スタイルになったのであろう。


 今日は雪をみながら、そんなことを考えてみた。でも振り返って、周りを見渡すと結構、語尾上げの話し方をする年配の人っていますね。みんな無理してるのかなぁ。



怒涛の週末

 先週末は怒涛の週末だった。金曜は産経の元上司2名と先輩1名が拙宅まで泊まりに来てくれた。元上司の1人が還暦を迎え、そのお祝いだったが、元上司のたっての厳命で、還暦祝いという名目の使用は禁止。だた拙宅で飲み明かすということを目的としての来逗だった。
 金曜日はその準備で朝から部屋や庭の掃除、逗子の魚屋へ買出しに出かけるなどして、あっという間に夕方。一服する間もなくどどっと3人が乗り込み、ばたばたと宴会がスタート。早めに就寝しようね、と思っていた気持ちも酔いとともに忘却し、結局寝床に就いたのは2時過ぎだった。
 夜は大ちゃんが、続いてフクちゃんが部屋に入れてくれコールを連発し、寝たり起きたりして朝を迎える。とても眠い。

 土曜は自宅から近い衣張山に登り、鎌倉を一望する。その後は瑞泉寺まで梅を見に足を運ぶ。途中、元上司からもう梅には遅いんじゃないかという発言があったが、聞き流して瑞泉寺まで行くと、当然、季節は過ぎていた。梅はガクのみを残し、辺りに花びらが少々という状態であった。元上司2人はかなりの巨体の持ち主で、ここまでの徒歩行に相当お疲れの様子であったが、無理をお願いしてさらに歩いて、杉本寺前の“左可井”まで行き昼食。アナゴ丼とソバのセットを食す。そしてまたまた歩いて、逗子の自宅まで戻ってきたが、自分も含め全員、疲労困憊という状態であった。土曜は午前中、風が強く、前の晩の飲み疲れ、喋り疲れもあり、相当効いた。
 4時過ぎに皆さんがお帰りになってから、キッチンに詰まれた食器類の山を洗い、布団などを片付けるとすぐに夜、軽く夕食を取り爆睡した。

 翌日曜日は、久しぶりに合気道の稽古へいく。日曜は稽古以外予定がなかったので、思い切って午前中は本郷の道場へ、午後は逗子の道場へ行く。朝5時に起床して7時に家を出て、家に戻ったのは午後5時半。日曜も疲労困憊状態アゲインで、また夕食直後にベッドに倒れこむようにして就寝する。

 さて今日は夕べの眠り状態が良かったため、気持ちよい朝を迎えることができた。いつもの通り、英語の勉強やちょっとした仕事をこなし昼過ぎに、近くを散歩してきた。
 でかけたのは土曜の強行軍の際、報国寺近くで先輩がセリの群生を見つた場所。改めて見るとセリは若々しくとてもよい状態だった。持参したビニール袋に入れて、家に持ち帰る。今晩はおひたしにしようかと思う。セリを発見してくれた、先輩、ありがとう。


s-DSCF0071.jpg


先週のできごと

 一週間ぶりの更新。先週はほとんど机に向かわなかった。向かえないほど忙しかったわけではないのだけど、そこそこ忙しく、それに気分がちょっと鬱ぎみで怠けてしまった。しかし本日は4月最初の月曜日である。気分一新で新年度に望みたいと思う。

 先週は火曜、ハローワークに行ってきた。これは書いたかな。では水曜、映画を見てきた。見たのは「ナイン」という映画。モテモテおじさんの妄想と現実をミュージカル形式で撮った映画だ。色々なものが詰め込まれていて、ちょっとお腹が一杯になった。美女がやたら沢山出てくるのだが、あまり好みの女優はいなかった。むしろ主役のモテモテおじさんがカッコよく、同年代の自分としては、参考になった。あんな長髪オールバックにしてみたい。髪の薄さも同じぐらいだし、長髪はもう諦めていたけど、あの感じならOKかもしれない。でも以前、ちょっと伸ばそうとトライしたときに、段々と麻原彰晃になってくる自分がいて、断念した。やっぱり無理かな。
 木曜は母の古希の祝いをした。千葉にある“ラ・クッチーナ ハナ”というイタリアンの店でやった。千葉でレストランを多数経営するハナグループのひとつだが、なかなか良いお店だった。千葉といっても四街道に近く、周りは雑木林に囲まれ、窓から見える景色は軽井沢のよう。サービスもよくて、料理もうまかった。それに一番気に入ったのは、千葉駅までバスで迎えに来てくれたこと。本当は10名以上でないと送迎バスを出さないそうだが、7名だったが特別に対応してくれた。今度家族でまた何かの集まりをするときにはここを使いたいと思った。
 金曜は一日ゴロゴロ。
 土曜は文京の合気道仲間が20名近く集まり、花見がてらBBQを拙宅で行った。天気がよくてまさに花見日和。みんなとても楽しんでくれた。夜は今まで撮りためた演武会のビデオを上映。10年前の若かりし己の勇姿にみな、盛り上がった。10年ですっかり老け込んだ人も、あまり変わっていない人もいて面白い。
 日曜は前日の飲み疲れで、一日ゴロゴロ。家で一日テレビを見ていた。午前中は政治討論番組を。午後はケーブルを見た。ケーブルをザッピングしていると、昨年は見続けた“アメリカン・アイドル”をまたやっている。新シリーズが始まったのだ(といってももうハリウッドに移っているので、かなり前からやっているのだろうが)。その日は女性のみの出演だったが、昨年に比べレベルアップしている。昨年は女性に見るべき人がいず、実力は男性に集中していたので、今年の女性は楽しみだ。 “アメリカン・アイドル”の2日分放映を見た後は、同じくフォックスTVで“グリー”というドラマを見た。午後2時からずっと8時ぐらいまでまとめて放映していたが、ほとんど見てしまった。向こうの俳優は、歌がうまい。ああいうドラマは日本じゃ、無理だろうな。日本人は総じて歌が下手だから。そういえば日本人の歌下手で思い出したが、先日ある人が“スーパーフライ”という人の歌唱力がすごいと力説していた。後でユーチューブで見てみたが、正直ピンとこなかった。でもあのぐらいで日本人としては“歌唱力がすごい”部類なのだろう。やっぱり日本人は演歌なのかなぁ。森進一はうまいと思うもんなぁ。

草食系の若者&中年


 10日(土曜)、産経関係、その他仕事で知り合った友人、知人、そのまた知人、友人約30名が集まり拙宅でバーベキューをする。午前中は曇り空だったが、午後からは目も覚めるような快晴。気温もあがり、絶好のBBQ日和であった。
 このメンバーでのBBQは、逗子に引っ越してきてから毎年、2~3回行っていて、今回で10回目ぐらいだと思う。これだけの数のほぼ独身(数名の既婚者あり)の男女があつまり、春の日差しの下、ワインを飲し、肉を貪り食い、饗宴を繰り広げ続けて5年。その間、浮いた話しを聞いたことがない。一組のカップルも誕生していないのだ。
 男女ともに個人的に話を聞くと、ほとんど恋人なしで、募集中であるという(ただし自己申告なので、真偽の程は不明。結構、手持ち札は明かさないひともいるしね)。ならば仮にこのメンバーの中で機会があればデートしてもOKって、人がいるのかをこっそり聞いてみると、いるという。じゃぁ、アプローチしてみたらというと、自分からは無理、という返答である。これは男女ともにだ。
 それじゃどちらも待ちの姿勢で、進展するわけがないじゃないか。
 草食系男子って、ことばをメディアで目にすることがある。どうもその傾向は本当のようである。では女子の方はメディアが喧伝するように、肉食系かというと、我がメンバーでは、その限りでないらしい。
 残念なことに、心の中ではあのひとがもし誘ってくれたら、デートしたいんだけどと、男女ともに切望し続けているだけなのだ。待ちの姿勢が何年も続くだけで、ずっとお友達でいる。実は仮想カップルが何組もいるのに。
 自分が20代の頃なら(29歳で一度、結婚しているので)、きっと2,3人には声をかけていただろうと思う。今風に言うと、私はまったくの肉食系青年であったから。元肉食系からみると、不甲斐ない最近の若者たちである。
 では今は独身なのだから、肉食系中年となって自分で範を垂れたらどうかというと、これは面倒だ。パッションがわいてこないのだな。つまり草食系中年と相成ってしまった次第である。
 しかし肉食系中年ってのにも、あまりなりたいとは思わない。ちょっと枯れていて、そんな枯れかけた中年の姿に若い娘が、恋心を抱くってのが、理想だが。

 これって若者に聞いた言葉、そのものではないかと、今書きながら気付くのであった。
 

相模湾を望む丘の上で記念撮影をする若者と中年


大ちゃん、肛門腺の摘出手術を受ける


 うちの次男坊の大吉君が肛門腺摘出の手術を受けた。

 肛門腺は猫や犬にある臭い袋である。肛門の左右にあり、シッポを持ち上げると2箇所の小さな穴を見ることができる。そこから非常に臭い液体を出す。普段は便をするときに自然に出るので、飼い主も気付かずにいて、その存在を知らない人も多い。猫や犬が電信柱や人の脚にお尻を擦り付けることがよくあるが、あれは肛門腺から例の液体を出して、つまりマーキングしているのだ。猫にお尻を擦り付けられ、可愛いななんて思っていると、実は臭い分泌物を付着されているのだ。といっても普通はごくわずかで、人間の臭覚では気付かないのだが。

 ところが我が次男坊は分泌量が多い。赤ちゃんのときから、こいつなんか臭いなと思っていた。長じると、普段の臭いはしなくなったが、ときたま凄いのをする。それも決まって、私のデスクの上で。最近、していないな、と油断していると、プスっと、スプレーを出す。
 先日もPCに向かっているときに、一発出した。それも過去最大の量を。あまり量が多いので、スプレー状にならず、ポタポタと滴が落ちた。あわててアルコールタオルでデスクやPC、そのとき出していた本を拭いたが、臭いはなかなか消えなかった。それで、肛門腺摘出の決心をした。

 以前、犬を飼っていたときには、肛門腺を定期的に絞っていた。その犬は体が大きかったから、絞りやすかった。大ちゃんも、なんどか絞ってあげたのだが、この子の肛門腺は絞るのが難しくて、きれいに絞りきることができなかった。それにものすごく嫌がる。
それでかわいそうだと思ったのだが、手術を断行。

 昨日、病院から帰ってきて、和室に隔離してある。というのもフクちゃんと一緒にすると、フクちゃんがお尻をなめてしまうからだ。獣医からぜったいにお尻は舐められないようにしてくださいと、きつく言われている。本人(猫)もお尻を舐められないように、エリザベスカラーをつけている。これをつけていると、猫は犬と違って体が小さいから、歩くのもヨロヨロだ。見ていてとてもかわいそうだが、舐めてしまうと化膿してしまうので、仕方ない。この状態が2週間続くそうだ。

 ちょっとグロテスクだが、摘出した肛門腺、手術後のお尻の様子、エリザベスカラーをしている大チャンの写真を掲載する。ちょっと勘弁と思う人はスクロールダウンしないように。

エリザベスをつけて、悲しげな表情の大吉

摘出した肛門腺

手術後のお尻


肛門腺を取ったのに、臭くなった大ちゃん


 大ちゃんが肛門腺摘出手術を受けたことはすでに書いた。これでスプレー行為ともお別れ。なんとなく常に“ちょいくさ”であった状態は、もう昔のこと。今は可愛いお尻をぷりぷりしても、なんにも臭くない。大ちゃんがPCの前に座っても恐れる必要なない。はずだ。
 たしかに現在、大ちゃんは和室に幽閉状態なので、PCにスプレーされることは絶対ないので、そこは恐れる必要はない。PCどころか、肛門腺がないのだから、スプレー行為自体ももう完全にありえないし。
 でも、ちょっと違う。なにか匂うのだ。それも、日増しに臭くなってきた。
 しかしながら、今回の臭さは以前とは違う種類の臭さである。前の匂いはクサヤのような、とても臭いのだが、まぁ考え方によっては、食欲をそそるというか、ある種の感性の持ち主なら、ひょっとしたらセクシーな気持ちになるかもしれない臭さだった。しかし今回の臭さは、どんな感性の持ち主でも、近づきがたい臭さだ。いや、これも蓼食う虫も好き好きだ。好きなひともいるかもしれないが。
 どちらにせよ私にとっては、以前よりもより醜悪な感じを催させる臭さである。しかし醜悪な臭さだが、馴染みのある臭さでもある。本郷の道場に通うときに乗り換える新橋駅の地下通路で、この香を鼻にすることがある。そう、ホームレスの方々から放たれる匂いだ。
 匂いの源に鼻を近づけ探ってみると、そこは毛をきれいに刈られたお尻およびオチンチンの周辺であることが判明した。そこから、例のホームレス臭(最近はぜんぜんしないホームレスもいますが)がする。この匂い、いったいなんなのか。それはすぐに分かった。なぜって、私自身、自分のパンツからごくまれですが、この匂いが放たれていることがあるからです。そう、おしっこの臭いなのだ。
 大吉君は現在、エリザベスカラーを首に巻いてる。手術後の傷跡をなめないようにしているのだが。その結果、傷跡だけでなくて、オチンチン周辺も舐めることができなくなった。
 猫はとてもきれい好きな動物である。年がら年中、自分の体を舐めたり、前足で撫でたりして、グルーミングしている。でもかわいそうな大ちゃんは、エリザベスカラーをしているせいで、グルーミングができないのだ。手術したのが月曜日で、今日は金曜日。5日もグルーミングができないと、結構匂うようになる。
 以前、アメリカの国立公園の父と呼ばれるジョン・ミューアの本を読んでいて、時たま森の中で出会うインディアン(今はネーティブアメリカンっていいますね)の臭さには閉口させられる。自然の動植物は匂わない、あるいは良い香りがするものばかりだが、人間だけはなぜあのような醜悪な匂いを放つのだろう。という文章に出会ったことがある。きっとジョン・ミューアが出会ったインディアンはあのホームレスの匂いがしたのだろう。人間は風呂に入らないと、おしっこくさくなるのだ。
 しかし風呂に入らなければおしっこ臭くなるのは、実は人間だけではなかった。猫もおしっこ臭くなるのだ。人間で言えばお風呂、猫だとグルーミングをしなければ。
 大ちゃんは、今とてもかわいそうな状態である。ひとり和室に監禁されていて、とても寂しげである。私の足音を聞くだけで、にゃーにゃー切なさを訴える。そのたびに私も切ない気持ちになる。
 でも今回、猫(おそらく動物一般も)も人間と同じように、手入れを怠る(大ちゃんの場合はしたくても、できないのだが)と、例の匂いがしてくるという、大発見をしたことは、これは吉としなくてはならない。
 この大発見を知ったなら、天国のミューア先生も目を細められるに違いない。


もしかして、深遠広大な中国の戦略?


  土曜日は同窓会があった。どこの同窓会かというとアメリカに留学(遊学?)していたときの仲間で25年ぶりの再会である。
 20人弱集まった。みな40代後半から50代前半のおじさん、おばさん達であったが、往時の面影はそのまま。みな一目で当時の顔を思い出すことができた。今の中年は若いのだ。みなあまり変わっていない。というより、変わらないひとばかりが同窓会には集まるのだろうか。
 以前、何かの小説で学生時代学業優秀で眉目秀麗な青年が、その後仕事でも家庭でも失敗し、さらには頭が禿げ上がり、同窓会の誘いに逡巡するというものを読んだ記憶がある。そんなものかもしれない。社会的にも外見的にもあまりにみすぼらしい情況にあると本人が思った場合は、同窓会にはこないのだろう。それにしても皆の変わりなさには驚いたのだが。

 さて同窓会では当時留学していたカリフォルニアの話しに花が咲いた。その中で大学にいたある中国人の話がでて、彼のことを久しぶりに思い出した。確か彼はアメリカに残ったはずだが、今頃どうしているのだろうか。
 私はアメリカに2度、留学している。その間沢山の中国人留学生と知り合った。多くは国費留学生、あるいは上流階級の子弟であり総じて優秀であった。その優秀な留学生の恐らく半分がそのままアメリカに滞在する道を選んだ。アメリカで自由な空気をいったん吸ってしまえば共産党一党独裁の息苦しさには耐えられないのだろう。知っている範囲では、かなりの人が国家の意思を無視して、居座っていたようだ。
 しかしあれだけ国家統制が厳しい国で、いったん外国に出たからといって、それも国家の財政の支援により留学していながら、学位を取得した後に帰国しないことが許されるのだろうか。残した家族は大丈夫なのだろうか。その後、身柄を拘束されでもしたら厳罰が待ち受けているのではないだろうか。他人事ながら心配をしたものである。
 ところがどうも様子は異なるように思える。案外のほほんと滞米を延長し、そのままアメリカ企業に就職したり、大学に教員として残ったりしている人が多い。あまつさえ、数年後に中国に帰国し、家族を一緒にアメリカに引き連れて帰ってきたりしている。どうなっているのだ。
 かなり長い間、疑問に思っていた。そこで考えたのだが、あくまでも、私の個人的な推測だが。
 中国は留学生の何割かはそのままアメリカに居残ることを想定して、留学生を送り出しているのではないか。さらにいうと、底意は留学生という優秀な中国人を自らの意思によりアメリカに根付かせようとしているのではないか。
 アメリカにはかなりの数の中国人がいる。それは1800年代から続く、華僑の流れであり、低賃金労働者としての移民の歴史である。全米各都市にチャイナタウンがあり、そこで彼らはレストランやクリーニング店を経営し地元にしっかりと根を下ろしている。しかし彼らのアメリカでの地位はあくまでも低い。
 今、大学や大学院を終えてアメリカに残る中国人は以前の中国人とは違う道を目指している。企業のエグゼクティブであり、創業者であり、大学教授であり、政治家である。そしてすでにかなりの中国人がそれぞれの道で成功を勝ち得ている。
 中国はこのことを予め対米見込んで、留学生に対し甘い措置を取り続けてきたのではないだろうか。
 当然そこには中国の滞米戦略が見え隠れする。内部からアメリカを取り込み、いつかくる滞米直接対決を有利に運ぶ布石を敷いているのだ。
 中国が現在のところアメリカに対して唯一大きく勝っているのは人口であろう。中国はその人口を国家戦略として有利に利用すべくアメリカの中枢部に人材を送り続けているのだ。そう考えると、あのクラスメートの中国人が気軽に滞米を選んだことが肯けるのである。

ホーキング博士の語る“攻撃性と進化”


 ホーキングの『時間順序保護仮説』を読んでいる。そこでこの本の主要なトピックではないのだが、興味深いテーマが語られているので紹介する。

 人類は原始生物から30億年以上の月日を費やして現在の姿に進化してきた。ところが文明は長くて1万年程度の歴史しかもたない。1万年前の“ひと”と現代人は機能的にまったく同じ程度である。しかし文化はまったく異なる段階に来ている。
 人類は進化の段階で攻撃性を身につけてきた。ダーウィンの“自然淘汰”の考えによれば、恐らく偶然に攻撃性を有した固体が生き残り、その過程を繰り返すことにより攻撃性をDNAに固定化してきた。攻撃性を有するほうが弱肉強食の自然界では生存に有利だからだ。
 30億年の歳月をかけて攻撃性をDNAにしっかりと根付かせた人類である。この攻撃性は科学が今ほどの水準でない段階では人類にとって有利に働いてきた。しかし科学はDNAが想定できないスピードで進化している。現代の人類はDNAが制御できないほど強力な武器を持つようになったのだ。
 武器は10年単位の猛スピードで進化を続けている。一方、人類のDNAはそのままに据え置かれ、相変わらず攻撃性を有している。この齟齬は今後どういう結果を生むのだろうか。我々の本能としての攻撃性は、やがて進化を続ける武器とある限界点を超えてリンクする。そのとき人類は全体の生存を脅かされることになる。
 そしてもうすでにその臨界点は越えられているのだ。つまり現代の人類は非常に不安定な状態に置かれていることになる。なにかちょっとしたきっかけがこの不安定なバランスが崩す。その後大きな安定が訪れる。考えたくないのだが、それは人類滅亡であり、その方がよほどバランスとしては納まりがいいのだ。ここまでのホーキングの話はショッキングであるが常識的で、とくに珍しいものではない。ここからが面白い。

 恐らく銀河系のどこかに我々以外の知的生物が存在する。それらはもしかしたら私たちのすぐ近くにいるのかもしれない。でも彼らはその存在を知られないようにしているのだ。それはその方が人類にとっても彼らにとっても都合が良いことを彼らが知っているからだ。

 その地球外知的生物もまた我々と同じように進化の歴史を歩んできたはずだ。そのなかで彼らはきっと攻撃性と調和のバランスという難問をうまく解いてきたはずだ。なぜならそのバランスが一方に崩れると、知的進化は滞り、地球にやってくるような科学技術を開発することはできない。また攻撃性が高すぎれば自滅してしまうだろう。
 
 ここでホーキングは宇宙人に人類の未来を助けてもらおうとは当然、言わない。ホーキングは人類にもこの宇宙人と同じような未来があるはずだと唱えるのだ。
 人類の知性は科学技術だけでなく、自らの責任という概念を発達させてきた。この責任は家族や隣人との関係を安定化させ、社会を住みよいものにしてきた。
 この責任を発展させ、より安定したものとする。その充実した責任と攻撃性の釣り合いがうまく取れた場合。そのときのみ、知的生命体は生存を許されるのだろう。

 もうひとつ面白いことも言っている。ホーキングはこのままいけば数十年後に人間は宇宙へ移住することも可能になる。そのときは仮に地球上で核戦争が起きても、人類という種としては滅亡を逃れることができるだろうと。

 そうかもしれない。でもそんなのは嫌だ。やはりバランスよく地球で生存し続ける方の道を我々は進むべきだ。

ウンチだらけの日々とは、もうおさらば


 今日、大ちゃんの抜糸をしてきた。これでエリザベスカラーをしなくてすむ。エリザベスをしていたせいで、大ちゃんはお尻の周辺を舐めることができずに、うんちをした後、お尻のばっちい状態が続いていた。すぐに気付いた場合はアルコールタオルで拭いてあげたが、夜中やうっかり気付かない場合は、部屋も大ちゃんもうんちだらけということがあった。だから怖くて大ちゃんをリビングに入れることができなかった。でもこれからは自分でお尻を掃除できる。リビングでフクちゃんと堂々と遊ばせることができる。めでたしめでたしだ。
 しかし猫にエリザベスカラーを付けて生活させることがこんなに大変だとは思わなかった。付け始めはフラフラして可愛そうだったが、それにはすぐ慣れた。フクちゃんと元気に走り回ることもできるようになった。でも、トイレの後がねぇ。お尻は汚いし、砂を掻いた爪の間にもウンチが入り込むし。この10日間はアルコールタオルのお世話になりっぱなしだった。

 苦しかった日々の大ちゃんの写真を掲載しておく。写真にカーソルを置くと、解説が出ます。

エリザベスをつけておすまし顔の大ちゃん

フクちゃんとごろ寝する大ちゃん

抜糸前、恐怖におののく大ちゃん


内需拡大について


 内需拡大をしろという。評論家も学者も政治家も、みなが口を揃えて内需拡大の必要性を訴える。
 内需拡大って、つまり物を買えということでしょう。今あるものを捨てて、新しいものを買えということでしょう。例えば壊れかけた電化製品を修理したり、道具を大事に使って長い間使用したりすることは否であり、そんなものはいち早く打ち捨てて、貯金があるならそれを崩し、ないなら消費者金融でも闇金でもどこでもいいからローンを組んで、買いなさいということでしょう。
 こんな価値観の時代は、人類史上始めての出現である。
 さて今後どうなるのだろうか。近視眼的に見れば、内需拡大は経済を活性化させ、我々の生活は上向くだろう。しかし時代を鳥瞰した場合、はたして正しい戦略なのだろうか。それは私には分からない。ただなんとなく、落ち着きが悪い気がする。
 私の気分はさておいて、内需拡大の秘策がある。これって当たり前すぎるのか、あまり政治家や評論家は口にしないが。とても効果的で、さらに幸福度との相性がよい政策であると思うのだが。

 池田勇人の「所得倍増計画」が日本の高度成長のスターターになったことは人口に膾炙している。そこで私は(私のオリジナルだとは思わないが)「住居面積倍増計画」をもって、新しい時代のスターターとしたい。
 今、平均的ファミリー向けのマンションの広さは70平米というところでしょう。これを140平米にする。一戸建てなら100平米のところを200平米とする。これを国家的目標として打ちたて、その目標に向かい政府は法律を立案し、補助を実施し、産業界は知恵を絞り、ビジネスチャンスを開拓するのだ。

 私は今あるテレビを捨てて3Dに買い換えることには躊躇がある。でも家が今の倍の広さになって、大きなリビングがあり、それに相応しいサイズのテレビを購入することなら、むしろ前向きに検討したい。
 もう物で一杯なのだ。家の中は。これ以上、ごちゃごちゃと物を溜め込みたくはない。政府がいくら涙声で物を買ってくださいと、懇願しても物理的にもう限界だ。置く場所がないんだから。でも家が倍の広さになれば、また情況は変わってくる。

 アメリカ人の消費性向が高いって、そりゃ当たり前でしょう。家が広いんだから。それに庭も広いし。地下室はあるし、ガレージもある。あのぐらい広ければ、大型テレビだって、クルーザーだって、中には庭に自家用飛行機を格納している人もいるけど、それを可能にするのはスペースだ。

 日本は人口減少時代に突入した。今までは不足がちな住宅の確保が政府にも国民にとっても大きな目標だった。でもこれからは質に拘ろうではないか。
 200坪ぐらいの敷地に200平米ぐらいの家を建てて住む。これが平均的ファミリーの家となるのならば、内需拡大も当然進むだろう。そこに住む人間の生活の質も変わってくるだろう。

 政治家のみなさん、こんな政策で参院選、戦ってみたらどうでしょうか。国民は明るい将来像を描けて、とても楽しい選挙になるのですが。


アメリカンアイドルな日々


 今日もまたアメリカンアイドルを見てしまった。2時間も。
 今週中にある本のシノプシス(企画書)を書かなくてはならない。今日中に2章分を読んで、それをまとめる予定だ。一応、1章分を午前中に済ませることができた。昼飯を作りに階下に行き、テレビを付けた。するとアメリカンアイドルが始まったばかりではないか。それも2時間も。これみちゃ、仕事が遅れる。と分かっているのだが、ついついアメアイの魅力に抗うことができずに、見てしまった。
 しかしなんであんなに面白いのかねぇ。去年はアダムとかいうすごいのがいて、彼を見たさに見続けてしまったが。今年は今年でまた良いのがいる。今年は女子が豊作だといわれていたが、ここに来て男子も実力をアップ。なかなか負けていない。

 こんなことをオジサンががひとりブログで書いていても仕方がない。さぁ、これから残りの章をかたずけましょう。そして夕方までに終えて、走りに行こう。実は先週からまた走り始めたのだ。また脚が痛み出したのだけど、でもちょこっとなら大丈夫だろう。今の季節は走っていると気持ちが良い。脚がこれ以上、痛まなければよいのだが。

お嬢さんとのお別れ(正療園)


 もう7年間も続けて食べていた玄米がある。三谷さんという埼玉の歯医者さんが主催する身土不二の会というのがあって、そこが岩手県の正療園というところに依頼して作っている完全無農薬の米だ。
 7年前たまたまネットで完全無農薬のお米を探していて、見つけたものだ。歯医者さんがやっているのだからきっと信用できるだろうと思い、取りはじめた。
 たまに虫が入っていることがあった。ときには雑草の種が混入していることもあった。それも完全無農薬だからということで、むしろ好ましく受け止めていた。
 お米、僕の場合は玄米で頼んでいたが、は注文してから脱穀し、直後に真空パックされて送られてくる。だからとても新鮮で美味しい。うちにくるお客さんは玄米が始めての人もみなそろって美味しいと言っていた。その美味しい玄米を中止することにした。

 昨年、一度お米が届かないことがあった。2ヶ月ぐらいたってからお米が送られてきた。お米とともに手書きの詫び状が入っていた。
 今年になってまたお米が届かなくなった。2ヶ月に1度送ってくる契約だったので、お米のストックが切れてしまいスーパーで買い足した。4月まで待ったがまだ届かない。しかたなく催促のメールを送った。ところが1ヶ月してもなんの返事も来ない。
 さすがに腹がたった。そこで思い切って契約を打ち切ることにした。その契約打ち切りのメールにも返事が来ない。以前は常にクイックレスポンスであったのだが、何かが変わったのかもしれないと思った。
 ところが昨日、いきない玄米が送られてきた。契約打ち切りのメールは1週間以上前に送ってあるのにもかかわらず。いつもはメールで要件を済ませるのだが、そこで初めて電話を掛けてみることにした。

 三谷さんは、声の感じからして大人しそうな、優しげな感じの男性であった。いかにも几帳面なお医者さんという感じだ。
 催促のメールは最近見つけたらしい。そこであわてて玄米を送ってきたそうである。中止のメールは見ていないという。完全な自分のミスであると何度か謝罪の言葉を口にされた。
 完全無農薬のお米の販売は完全にボランティア的活動で、特に事務は三谷さんが手作業で行っているという。だからこういうこともたまにあり、お客さんからは電話で催促や苦情が来ることもあると正直に言っていた。その真面目な口調に好感をもった。玄米は取り続けようかとも考えた。しかしやはり中止することにした。
 事務の杜撰さにちょっと閉口したことも事実である。しかしより大きな理由がある。それは値段だ。僕が取っている玄米の値段は10キロで6600円プラス送料840円かかる。スーパーで買う普通のお米の倍ほどの値段だ。今の僕にはちょっと贅沢な品である。
 これも縁なのだなと思った。高価な完全無農薬の玄米はちょっと良いとこのお嬢さんみたいなものだ。お付き合いするにはお金がかかるのだ。新聞社に勤めているときはお付き合いできたお嬢さんだが、仕事がほとんどない翻訳家となった以上、そのお付き合いは負担となる。お嬢さんの方もちょっと心変わりしているようだし、思い切って別れることにしよう。

 最近、お米が切れていたので近所の西友で何度か白米や玄米を買った。西友にはグレートバリューという自社ブランドがある。買ったのは一番安いグレートバリューのお米だ。
 このグレートバリューのお米は、例えるなら地元の商店街でアルバイトしている女の子みたいで、付き合いやすい。しばらくは庶民的なこの女の子とお付き合いすることにしよう。

祖先の地を参る


 慌しい週末だった。PCを開く間もなく、4日ぶりのブログ更新である。
 まず土曜日は合気道の稽古に本郷まで。それから駒込にある友人の家での飲み会に参加した。飲み会といっても参加者は自分を入れて3名だけ。それも自分以外は女性という展開で、とても幸せな時間を過ごした。
 事前に尋ねたところ、手ぶらで来て欲しいと言われたが、そうにもいかずに駒込に着いてから何を買おうかと散策。窮乏生活突入直後ということもあって、焼き鳥を手土産にご自宅に伺った。駅から5分のところにあるきれいなマンションだった。
 マンションでは美味しい料理が用意されていて、ビールにワインなど、たらふく飲んで食って、あっという間に酔っ払った。最後は膝枕までしてもらったりして、至福の時間を過ごした。しかし翌日が早いので8時半にお邪魔し、帰路を急いだ。

 翌日は老父とともに父の故郷である甲府に出かけた。父との二人旅も、父の故郷への旅も始めてである。どんな旅になるのか、不安もあった。新宿から乗ったスーパーあずさでは興奮しているのか、父は甲府の思い出を話し続けた。
 父の両親、つまり僕の祖父母はともに甲府出身である。結婚してのち上京し、父は浅草で生まれた。なので正確には甲府は父の故郷ではない。しかし祖父母の出身地であるので、我が家で甲府は父の故郷ということになっている。
 浅草で生まれ、日暮里で育った父だが、甲府で生活したこともあるという。戦争中で、疎開先として祖母の実家で2年弱を過ごしたからだ。
 父は6人兄弟の下から二番目で、上の兄姉は独立しており、また妹は学童疎開で福島へ行っていた。高校生(旧制中学)だった父だけがひとり、祖母の実家に預けられたらしい。
 祖母の実家は甲府盆地の南西部にあり、かなり大規模な農家であったらしい。しかしそのとき男衆はみな戦争に行っており、残っていたのは父にとっての祖母と出戻りの伯母という女性二人だけであった。高校2年の男子学生は男手として、農作業を期待されたのだろう。

 この旅は父にとっても60年ぶりの帰省であった。酔うと話す疎開先の田舎の風景は相当変わっていたようだ。祖母と伯母と3人で過ごした家は当然、建て替えられており、今は伯母の孫が住んでいる。その家で当時の面影を残すものは神棚と仏壇、それと庭にぽつんと立つ厠だけだった。厠は今は使われていないが、どういうわけか取り壊されもせずに、そのままの姿で残っていた。僕は古い田舎のトイレに興味深々で、中に入ったり写真をとったりしたが、父はあまり興味がないようで、外から眺めるだけだった。

厠の前を歩く父


 その家に着いたのは午後3時ごろだった。すでに我々は昼食を取っていたが、懐かしいだろうと甲府名物のほうとうを出してくれた。“ほうとう”は父の好物で、甲府の田舎の“ほうとう”ほど旨いものはないと口癖のように言う。しかしいざ本場のほうとうが出されても、昼食を食べた後の老人には負担らしく、ほとんど箸をつけることはなかった。僕も昼飯を食べた後であり、さらに昼飯は甲府駅前の店でほうとうを食べたばかりであり、ちょっと苦しい状況だったが、根性で完食した。腹が一杯であったが、駅前の店よりもうまかった。

伝家の“ほうとう”


 何度も甲府の疎開先の話は聞いている。家の前の小川には蛍が舞い、小さな寺と見渡す限り田畑。目を少し遠くに向けると、四方は盆地を囲む山。僕の中の甲府も戦前、戦中のものだった。しかし実際に目にする甲府の田舎は、小奇麗な一戸建てが軒を重ねて立ち並び、小川はコンクリートの蓋がされていた。しかしがっかりしているかなと盗み見る父は、まったく感傷的な態度を示すことはなかった。

 その日は近くの寺にある先祖の墓に参り、線香を上げ、5時近くにそこを出た。夜は湯村温泉というところに泊まった。温泉場ということでかなりの田舎を想像していたが、甲府駅からバスで15分程度のところにあり、普通の住宅地の中にあった。窓をあけるとアパートや駐車場が目に飛び込むような場所であった。

 翌日は路線バスを小一時間ほど乗り、昇仙峡という観光地にいってきた。ここも甲府の外れなのだが、父も始めてだという。前から行きたかった場所であるらしい。
 ケーブルカーに乗ったり、岩魚を食べたりしながら過ごした。あっというまに帰りの列車の時間になった。帰りのスーパーあずさでは、父はすぐ寝息を立てた。

いったい俺は何をしているのだ


 毎回、馬鹿の一つ覚えのように書くが“今日も天気がよくて気持ちが良い”。事実なんだから仕方がない。天気がよいと気分も良くなる。湘南みたいに比較的温暖で気候の良いところに住んでいることを真実、ありがたいと思う。以前、妹が新潟に住んでいた。食べ物は美味しいし、ひともよくて住みやすい場所であったが、からっと晴れることの少ない気候には参ったと言っていた。そうだろう。晴れるのなら、からっと晴れなくてはならない。曇天だと、気持ちもドンとどんよりしてしまう。雨も好きだと書いたことがある。そうなのだが、たまの雨だからいいのだ。毎日、しとしとどんよりでは、これはいかん。

 さて、今日は大チャンの写真をお届けする。最近は天気がよいと窓を開け、網戸だけにしておくのだが、外の空気を感じられるのだろう。網戸のすぐ近くが、猫たちのお気に入りの場所になっている。カーテンをめくって、網戸のまん前に陣取り、真剣に庭を見つめている。とても可愛いのだ。

木漏れ日のなかの大吉
真剣にお庭を見つめる大吉。猫背だが猫だからいいのである


 今日は6月1日だ。ああ、一年のうち5ヶ月が過ぎ去ってしまった。光陰矢のごとし。月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。あ~めん。
 この五ヶ月の間、いったい僕は何をしていたのだろう。仕事は、ほとんどしていない。ごくたまに来る実務の翻訳をしたことは、した。でも、あんな分量では、仕事をしたとは言えない。では何をしていたのか。酒を飲んでいた。ああ、毎日飲んでたよ。酒だけは一日も欠かさずに飲んだ。立派な励行ぶりだ。で、酒で何かが生まれたのか。別に何かを生むことだけに価値があるわけではない。しかし、何も生まないことを粛々と続けることは、これはどうだ。考えなおさなくてはならないのでは、ないか。う~ん。しかし酒だけは、酒だけは止められん。これは断言できる。意志薄弱な俺だが、酒だけは一生飲み続ける自信がある。だから、酒はよいのだ。問題はそれ以外だ。
 毎日、俺は何をしているのだろう。会社を辞めて1年以上経った。もう会社員には戻りたくない。できれば、今のように好き勝手に本を読んだり、ものを書いたり、翻訳をしたり、そんなことで生活を送りたい。でも、今のようでは、生活は送れても、生活は成り立たない。とても難しい問題だ。
 よし、ということで日々の生活の棚卸しで、平均的一日の過ごし方を書いてみよう。そうすれば、何かが見えてくるかもしれない。


4時半:起床
 冬の間は5時であった。でも最近は日の出が早いので、4時半に起きる。早起きは気持ちがいいのである。

4時半から5時:朝のお勤め
 まず小便をする。これはわざわざ断らなくてもよいですね。みんな、しているのだから。それからお茶を沸かす。お茶が沸くまでのあいだ、神棚に手を合わせ、「怒らず、恐れず、悲しまず、明るく元気に過ごします」と誓いの言葉を申し上げる。これは、誰かの本に書いてあったのを真似したものだ。ああ、神棚はホンモノの神棚ではない。冷蔵庫の上に正月にもらったお札や破魔矢を置いただけのものだ。
 次に仏壇に手を合わせる。これもホンモノの仏壇ではない。小さな引き出しみたいのものの上に、線香を立てる小さな皿を置いただけのものだ。ここではご先祖とお世話になった故人に感謝を述べ、それから般若心境を読む。般若心経はもう10年、ほぼ毎朝読んでいる。これも誰かの本に書いてあったのを真似したものだ。意味が分からなくても毎日読み続けると、体にお経が滲みこんできて、立派な人間になれるのだそうだ。もう10年も読んでいるので、少しは立派な人間になれたはずだ。
 そうしているうちにお湯が沸く。お茶を入れる。お茶に梅干をひとついれる。これも誰かの本に書いてあったのを真似したものだ。この誰かは覚えている。安岡正篤だ。このじいさんがこれを飲んでいれば長生きできると書いてあったので、長生きしたいので真似をしているのだ。

5時ぐらい:メールチェック、ニューヨークタイムズ
 お茶をもって二階の書斎に上がる。PCを立ち上げ、メールをチェックする。そう僕のメールチェックはめちゃくちゃ早朝なのだ。僕の生活を知らない人が、僕から携帯にメールの返事が入り「誰か死んだのかしら」と驚いたという話しを聞いたことがある。
 それからニューヨークタイムズを読む。まだ読むのが遅いので、せいぜい2つか3つの記事を読むだけだ。それでもこれは1年前より、確実に進歩していると思う。新聞の英語って、結構独特で分かりにくいのだが、今は辞書を使ってだが、ほぼ100%理解できる。

6時ぐらい:朝食
 朝食を取る。大体、和食だ。ご飯(玄米入り)と味噌汁、自分で漬けた糠漬け、納豆などである。ああ、その前に猫どもにごはんをあげる。前は教育を考慮して、自分が食べた後にあげていたのだが、うるさくてしかたないので、自分よりお猫様にご飯を供する。
 朝食の後はお猫様のおトイレの掃除、自分のゴミだし。自分のひげの手入れ。整髪。大便(これもわざわざ断るほどのことではないのだが)。
 その間、NHKfmのラジオで“朝のバロック”を聞く。とても好きな時間だ。なぜバロックは朝に合うのだろう。オペラでは駄目なのだ、これは絶対。

7時過ぎ:ラジオ英会話
 NHKラジオのラジオ英会話と入門ビジネス英語と実戦ビジネス英語を聞く。今はネットで前週分を好きな時間に聞ける。
 このラジオでやっている英語のお勉強はとてもためになる。僕は大学に約一年、大学院で1年半、アメリカの教育機関に通っていた。なのでアカデミックな本はわりと読める。でも会話はだめなのだ。しゃべることは多少はできるが、ネイティブ同士の会話はほとんどキャッチできない。翻訳していても、会話や口語調の文章になるとお手上げになる。この一連のラジオ英語は僕の弱点を補ってくれるのだ。
 復習をしながら、ゆっくり聞くので2時間近くかかることがある。

9時ごろ:ブログを書く
 ブログはなるべく午前中に書くようにしている。文章を書くのは朝がよいと、誰かの本に書いてあったので真似をしているのである。

11時ごろ:翻訳
 翻訳をしたい本がある場合はそれを読む。または企画書にまとめる。

12時ごろ:昼食
 昼は麺類が多い。ささっと作って、テレビを見ながら食べる。テレビは大抵、CNNである。ヒアリングと時事英語のお勉強である。

1時ごろから5時ごろまで:翻訳ほか
 ただひたすら、原書を読む。あるいは訳す。企画書を作る。

5時ごろ:テレビ、食事
 5時から“アメリカンアイドル”をやっているときは見る。見ながら夕飯を作り、6時前には食べ始める。もちろん、その前に晩酌を始めるが。晩酌は毎日定量である。350mlのビール(第三の)と日本酒を熱燗で一合。7時には食事を終える。アメリカンアイドルも丁度終わる。そうだ、アメリカンアイドルをやっていない日は、日本のニュースを見る。飲んでいるときの英語は辛いので。日本の情報を仕入れる唯一の時間である。

7時ごろから:ストレッチ
 毎晩やっている。でもちっとも柔らかくならない。物凄く硬いのだ、僕の体は。心の方は物凄く柔軟というか軟弱なくせに、体は硬派なのだ。やんなっちゃう。

7時半:読書
 そのとき読んでいる本をもって寝室へ

8時半:就寝

 こんな感じである。え?、寝るのが早いって。うん。僕もそう思う。でも飲むと眠たくなっちゃうんだよね。

 以上のような生活であるが、いかがでしょうか。結構、規則正しいでしょ。ほぼこの生活を1年以上にわたって続けている。そんなにだれた生活ではないのだが、何か不満なのだ。
 おそらく単純な時間の配列でなく、中身なのだろう。これ以上、何をどうするといっても限界がある。睡眠は8時間ちゃんと取ってるので、多少は減らすことができるが。でも問題はそれでは解決しないだろう。翻訳や本を読んでいる時間、あるいはブログを書いている時間。この時間の過ごし方、内容に問題があるのだろう、きっと。
 今日は、ここまで分かったので自分的には満足である。ええ、それでいいの?、と言うなかれ。これが分かっただけでも、本日のブログは意味あるものであった。ようは時間の使い方、言い換えれば集中力なのだろう。さて、これからどうすれば集中力を高め、生産的な仕事に結びつくのかを考えていきたい。徐々にだが。
 ああ、それと時間の配列部分でも、問題がひとつ見えた。それは夕方5時からのテレビだ。これ、やっぱり無駄なように思えるのだ。うん、しかし“アメリカンアイドル”は見たいし。そこで今思うのは、“アメリカンアイドル”の第9ステージはもうすぐ終了する。これをもってアメアイは卒業しよう。やっぱり5時からテレビを見ながら一杯じゃ、早いよねぇ。

ドクダミ茶作りに挑戦


 ああ、また今日も好天だ。昨日は瑞泉寺に行っちゃったし、またお寺じゃなんだしなぁ。でもこんな天気の下、一日中家の中にいるのもなぁ。ということで、本日始めてのドクダミ茶作りに挑戦した。
 ドクダミ茶は何度か飲んだことがある。実家で母が市販のものを飲んでいて、たまに飲まされた。それは癖のないもので飲みやすかった。また産経新聞社で販売局員をしていたときに販売店訪問の際、店のおかみさんに飲まされた。それはおかみさんが裏山で自生しているのを取ってきて自分で作ったもので、かなり不味かった。前任の担当員に、あの店に行くとドクダミ茶を飲まされるから覚悟しろと言われていたので、覚悟して飲んだ。でも僕はこの手のものは大丈夫なほうみたいで、確かに不味いと思ったが、残すほどではなく、ちゃんと飲みきった。おかみさんはいたく喜んで、「最近の若いのはみんなあたしのドクダミ茶を嫌うけど、あんたは偉い」といって、2杯目を注いでくれた。そしてちゃんと二杯目も飲みきった。おかみさんに好かれたのは言うまでもない。おかみさんは僕の訪問を楽しみにするようになった。僕は販売の店回りは半年しかしなかったのだが、異動のときにはとても悲しんで、餞別にドクダミ茶をくれた。


庭に自生するドクダミ
庭に自生するドクダミ。ドクダミでレンガの敷石が隠れるほど


 我が家の庭にはドクダミが自生している。庭といっても西に面する通路のような場所で、なぜかここだけ自然に毎年生えてくる。どのぐらい生えるかというと、ものすごく生えてくるのだ。もう取っても取っても追いつかないほどに、生えてくる。いつもは根こそぎむしり取って捨てている。なんとか根絶できないかと、毎年悪戦苦闘しているのだが、今年も一杯生えてきた。
 ものは考えようである。根こそぎ取ってもまた生えてくるものに対し、これを厄介者だと考えてはいけない。ただ苦しみが増すだけだ。毎年、神が与えてくれる恵みだと思えばいいのではないか。神の恵みならありがたく頂戴しよう。ということで、今年はドクダミ茶を作ることにした。

 朝、サイトでドクダミ茶の作り方を調べてみた。いくつかのサイトを覗いてみたが、だいたい途中までは同じである。ドクダミを取る。取ったドクダミは干す。
 ということで、まず収穫である。ハサミで根元近くからチョキチョキと切る。いつもは根ごとむしり取るのだが、今年はチョキチョキである。神の恩寵が来年ももたらされるようにだ。
 随分、取った。一時間ぐらい取ったかな。でもまだ半分ぐらい残っている。しかし本日の収穫はここまで。取りすぎると干すスペースがなくなるかもしれないからだ。
 そして洗う。実はどのホームページにも洗うことについては書かれていなかった。もしかして洗うことは当たり前すぎて省かれていたのかもしれないし、面倒くさいから洗わない人が多いのかもしれない。どちらなのかは分からないが、一応洗うことにした。僕の庭は殺虫剤や除草剤は使っていないので、人工的な汚染はないと思うが、虫や土でけっこう汚れている。そこでバケツにいれてジャブジャブと洗う。

ドクダミをジャブジャブ洗う
バケツでジャブジャブと洗う。結構、きれい好きである

 それをいったん、梅干用のザルに移す。ここでちょっとだけ乾かしてから、20本程度ずつにまとめ輪ゴムでとめる。輪ゴムでまとめられた束を、洗濯物を干すやつ、なんて名称なのかなぁ、分からないけど、写真のものだ。それに吊るす。

梅干用のザルに干すドクダミ
梅干用のザルでいったん干す


 サイトによると、天気がよければ2,3日。曇りなら1週間程度で、カラカラに乾燥するらしい。今日はすごく良い天気なので、さらに明日も良さそうなので、きっと2,3日で出来上がるだろう。

干しているところのドクダミ
押入れから引っ張り出してきた、“洗濯物を干す例のやつ”にドクダミを吊るす


 乾燥したらそれを煎る。ここはサイトによって異なるのだが、というか普通は干しておしまいのようだ。ただあるお茶屋さんのサイトでは煎っていた。こうすると甘くなって飲み安いとのこと。プロがそうしているのだからと、僕もそうするつもりである。これは後日、報告する。

ドクダミを干す筆者
ドクダミを洗濯物を干す例のやつに干す筆者



 今日のサービスショットは大チャンです。朝のブラッシングだ。最近、毎朝ブラッシングしている。抜け毛がすごいので。毎日、沢山抜け毛が取れる。まるでドクダミみたいな勢いだ。

ブラッシングをされてくすぐったがる大チャン
ブラッシングするとくすぐったがって、こちらを見る大チャン


アロエジュースを作る


 下の写真をご覧戴きたい。なんか凄いことになってますでしょ。アロエが成長しまくって、家の周りの通路を塞ぐ繁茂ぶりである。

ちょん切られる心配もなくスクスクと育ったアロエちゃん
ちょん切られる心配もなくスクスクと育ったアロエちゃん

 中古のこの家に引っ越してきたのが5年前だが、そのときはこれほど大きくはなかった。それに当時はアロエがあるのが嬉しくて、しょっちゅうもいではジュースを作っていた。嫌がる来客に「健康にいいんだからさぁ」と自慢げに飲ませもした。しかし次第に飽きてきて、面倒くさくなり、ほったらかしになった。その結果がこの繁茂である。何とかしなくてはならないと思っていた。このままでは本当に通路が封鎖状態になる。切ってしまおうか。
 もちろん吝嗇な僕にそのような勇気があるわけでもない。そこで改めてジュース作りを復活させることにした。
 10本ばかりもいできて、タワシでゴシゴシと洗う。あとはジューサーで、ちょこちょこっと作るだけだ。なんだ簡単じゃないか。なんでこんなに簡単に健康満点のジュースが作れるのに。僕ったら面倒くさがって駄目な奴。
 そう思えたのは一瞬であった。ジューサーを洗う段階で思い出した。ジューサーを洗うことが面倒なのだ。分解してひとつひとつのパーツを洗って。スリコギ状の金属の部分にはカスがこびりついている。スポンジでこすると、スポンジが削られてしまう。力をいれないと、カスがなかなか取れない。これだ、だから面倒臭くなったのだ。
 と悪戦苦闘したが、ジュースは上出来だった。まず試しに一杯飲む。そんなに不味くない。でも飲み安くるために蜂蜜を入れる。うん、なかなか美味しい。これなら、毎日飲めるね。
 ゴクリと一口で飲んで、この夏はアロエパワーで、乗り切るぞと、特に夏が苦手でもないのに、なぜか力がこもったのだった。
 ジューサーを洗うのが面倒だけど、頑張って暫くは続けてみるつもりである。

空き瓶に入れたアロエジュース。これで10本分
空き瓶に入れたアロエジュース。これで10本、一週間分
これは一回分。ひとくちでゴクリ、う~んなかなか
これは一回分、ひとくちでゴクリ。う~ん、なかなか


 今、これを書いていたら変なのが来た。“にほんじゅうせん”とか言ってたが、当然“日本住専”とは関係ないと思うが。
 「わたくし、“にほんじゅうせん”の者ですが、下水管の漏水のチェックに参りました。2、3分で終わりますので、調べさせていただきたいのですが」インターホンごしにその男は言った。
 これを聞いたら、ほとんどの人が水道局の漏水チェックかと思い、敷地内に入れてしまうのではないか。僕は以前、これはうんと以前、大学生の頃なのだが、消火器の押し売りに騙されて危うく買わされそうになったことがあるので、ピンときた。
 「水道局の人?」僕が問うと、
 「いえ違います。水道局は自宅の上下水道の管理はしていませんので」
なるほど、その通りだ。しかし、なぜそ奴が、うちの下水道のチェックをする必要があるのだ。
 「で、どうし確認する必要があるの」
 「漏水していると、大変なことになりますから」
またしても、なるほどその通りだ。下水が漏水していたら、ちょっと面倒なことになる。でも普通、気付くと思うが。
 言ってることはいちいちもっともだが、とにかくへんな男だとピンと来た。僕の感は鋭いのだ。それで語気を強め、「ああ、それもでうちはいいよ」と断った。
 あんなのを入れたら、絶対それこそ大変なことになる。漏水している以上に面倒なこと間違いなしだ。
 このあたりは昭和40年代に建てられた住宅地なので、住民のほとんどは老人世帯である。あのような悪者に騙されなければいいのだが。

何だかとっても忙しいのだ


 今朝は3時半に起きた。4時半に目覚ましをかけていたのだが、その前に目が覚めてしまった。もうちょっと布団のなかで粘ろうかなと思ったが、ビデオ(ハードディスクだけど)をかけていたことを思い出した。ワールドカップ日本VSカメルーン戦を録っておいたのだ(1年以上前に買ったハードディスクデッキを始めて使いました)。
 4時前から観戦。正直、サッカーにはあまり興味がないのだが、興奮した。本田がゴールしたときには、早朝にもかかわらず歓声をあげてしまった。猫が驚いていた。ごめんね、フクちゃん、大チャン。
 サッカーを見終えたのが、6時過ぎ。観戦中に朝食は済ませている。
 最近、フクちゃん、大チャンの抜け毛がすごくて、サッカーの間中、ブラッシングをする。ブラッシングで毛が随分飛んだ。それに実は1週間以上、掃除をしていない。気になりだして、その後は掃除機をかけることに。これが約一時間。
 ああ、それと掃除機をかける前、久しぶりに晴れそうな気配だったので、洗濯機を回す。掃除の後は洗濯物を干す。
 猫のトイレの掃除ももちろんする。これが結構、時間がかかる。ゴミをだす。朝食の食器を片付ける。するともう8時過ぎだ。
 それからインターネットでラジオ英会話と入門ビジネス英語を聞く。これが約一時間半。ああ、もう10時過ぎだ。それから翻訳をはじめる。でも1時間で、空腹を覚えて中断。朝食がいつも早いので、昼食は11時からだ。CNNを見ながらソバを食べる。
 12時からまた翻訳。3時間ほどする。
 今、午後3時だ。今日の翻訳時間は4時間だけ。でもこれでもうおしまいだ。なぜなら今ブログを書いていて、これが約一時間。そのあと腕立て、懸垂、四股などのトレーニングで一時間(だいたい毎日やっている)。それからシャワー。するともう5時だ。5時からはアメリカンアイドルを見なくてはならない。現在残るのはわずか2人だ。来週は決勝なのだ。ついに最後まで見てしまった。今週も見逃すわけにはいかないではないか。そして6時からはBSでオランダVSデンマーク戦をする。録画だけど見るつもりだ。日本と同グループだしね。すると8時で、もう寝る準備をしなくてはならない。

 こんな感じで、何だかとても忙しいのだ。アメリカンアイドルとワールドカップが終わるまで、こんな日々が続きそうである。でももうちょっと仕事をしなくては駄目ですね、確実に。明日は頑張る所存です。
 でも今日はこれでPCを閉じます。まだ4時前だけど。

プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。