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高見盛そっくりのおばさん


 2週間以上ご無沙汰での更新。久しぶりに更新できたのは、この更新できたというのがミソなのだが、つまり今までもずっと更新しなくてはと考えていたのだが、どうしてもできなかったのだ、きっと更新させない何かに捕らわれていた、つまり気分がのらなかったのだが、で、ユーチューブを見ていて驚いたからだ。この驚き感をちょっと記したくてブログを開いた。
 驚きを与えたのはスーザン・ボイルという人である。かなり有名らしいので、知ってる人は知ってるし、それでも知らない人は知らないだろう。
 イギリスの素人オーディション番組で現れたその人、47歳のおばさんだが、容姿は高見盛そっくり、仕種や表情もよく似ている。高見盛に似ているおばさんだから、はっけり言って不細工なのだ。しかしそのおばさんの歌声は、高く澄み、清らかで美しいのだ。このギャップはなんなのだ。
 ユーチューブではオーディション番組におばさんが初出場したシーンがアップされている。高見盛そっくりのおばさんの出現に、失笑する審査員とオーディエンス。アメリカンアイドルでも審査員をしているサイモン・コールウェルがこの番組でも審査員をしているのだが、その容姿と47歳と聞いて彼は「今までなぜデビューできなかったのか?」と皮肉な笑いで言っている。その冷たい雰囲気の中、おばさんは歌い始める。その第一声で、会場はどよめく。審査員は顔を見合す。高見盛そっくりのおばさんから、天使の歌声が発せられたのだから。
 あ、あ、よい。中々よいのだ。
 朝からユーチューブなど見ていると、いいこともあるものだ。これも失業者の特権ですね。
 今日も一日、好きなことだけして暮らそう!
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失業給付金の不適格者について

 今日から一人称を僕からわたしに変更する。これまでのブログを読み返してみて、ちょっと違和感を感じる。なんだか若ぶってるみたいで。なので、歳相応にわたしにするので、ご了解ください。 
 昨日紹介した「ホームレス入門」の中で書かれていたことで、わたしも以前から同じように考えていたことがある。それは失業保険(今は雇用保険というそうだが、一般には失業保険という表現を使うことが多いと思うので、ここでは失業保険とする)の、ある受給資格についてだ。手元にハローワークからもらった冊子がある。その中に次の表記がある。失業保険を受けることができる人は「失業状態にある人、つまり積極的に就職しようとする意思といつでも就職できる能力があり、仕事をさがしているにもかかわらず、現在職業に就いていない人に支給されます」。そして失業給付を受けることができない人として①病気やけが等で今すぐ就職することができない人、②妊娠、出産、育児、看護等で今すぐ就職することができない人、③定年等により退職し、しばらくの間休養する60歳以上の人、④結婚、転居、旅行などの予定があり、その後でなければ就職するつもりのない人、⑤昼間、学校などに通っている人、⑥家事に専念する人、⑦現在就職している人、⑧会社の役員等に就任した人、⑨自営業を開始している人(開業の準備を開始している人を含みます)。
 ①病気、②妊娠は他の保険がカバーするようである。だから問題なし。③定年、④旅行、⑥家事は、本人が現時点では働く必要性を感じていないのだから、これも納得できる。⑦就職済み、⑧役員は、これはすでに仕事をしているのだから、もちろん失業保険の対象にはならないだろう。問題は⑦学校と⑧自営だ。
 まず⑦の学校だが、失業期間中になぜ、学校に通い、学んではいけないのか。失業期間中はただ求職活動だけが許され、求職のために新たな、またはさらなる知識を得る行為が、なぜ許されないのか。わたしには解せない。ちなみにわたしも翻訳学校に通っているのだが、学校は土曜日のみなので、これは許されるようだ。ハローワークで確認済みである。
 実は翻訳学校を選ぶときに、月金で開校されるコースも考えたのだが、失業保険がもらえなくなるので断念した。
 ハローワークに理由を聞いたところ、「いつでも就職できる能力があり」に該当しないからだそうだ。しかしこれが厚生労働省が運営または許可する職業訓練学校や類似の学校の場合は、かえって奨励される。そしてこれらの学校は無料なのだ。
 自ら見つけ、自腹で授業料を払う民間の学校だと、それが再就職のためのスキルアップを目的としても、NGである。NGとは失業保険が支払われなくなるということだ。しかし職業訓練学校等だと、通学中も失業保険がもらえる。
 さらにだ。職業訓練学校は結構長期に及ぶのだ。長いものだと3年にもなる。するともし3年間のコースを受講した場合は失業保険がなんと、その期間延長されるのだ。つまり3年間、無料で学校に通え、さらに失業保険で生活も補償される。
 随分な差だと思うのはわたしだけであろうか。なぜ自分で探してきた学校(職業訓練の対象外)だと自腹で、まぁ、これは納得できるが、さらに失業保険の受給資格が奪われてしまうのか。この点について、明確な説明ができる方、ぜひ教えて欲しい。ほんとに、疑問です。
 もうひとつ、これも腑に落ちない。それは⑨の自営についてだ。自営ですでに開業してるひとについては分かる。これは転職したのと、同じような状態なのだから。問題は準備期間中のひとだ。このひとたちも給付NGになるのはなぜ??。だって、これって転職活動と同じ状態ではないか。収入がない期間、食いつなぐのが目的の失業保険でしょ。転職を希望しようが、起業を希望しようが、収入を得るまでの期間は同じように不安的で、不安なのだ。食べるものや家賃だって、同じだけ費用がかかる。それどころか起業の方が、転職より普通は金がいる。なのに転職は金がもらえ、起業は給付停止。
 国は起業が盛んに行われることを望んでいるのではなかったか。シリコンバレーに見習えと、補助金を出すケースもあるではないか。日本のグーグルやアマゾンを心から待ち望んでいるじゃないか。なぜ現代は松下や本田が生まれてこないかを歯がゆく思っているのではないのか。
 しかし失業保険受給中は起業活動はできない。いやできるが、したら失業保険の受給がストップされる。だから、現実的にはほよど資金的に余裕がなければ、冒険はおかせない。あー、やっぱりおかしい。
 わたしが通っているハローワークの方々は結構熱心で、親切。だから彼らには全然、不満はない。最近は忙しすぎて、ちょっと対応が雑な感じがするが、他の役所に比べて良心的だと思う。でも、制度がねぇ。
 ちなみにわたしは翻訳家をめざしているが、それは転職を通じてのものである、とここでは言っておく。それに本当に、オンサイト翻訳にアプライしているのである。だから、正当な適格者であることを、ここでまた改めて述べておく。起業は失業保険受給中はしない、つもりである。
 求職活動については、ブログで今後報告します。

「ホームレス入門」を読んで

 昨日は翻訳学校のフェローの日だった。と、思っていたのだが、朝早く逗子からJRより安い京急を乗り継いで、青山のフェローに向かったのだが、無情にも校舎のドアはロックされていた。フェローは休校であった。
 先週はゴールデンウイークで休みなのは知っていたが、まさか昨日までも。昨日は5月9日でどう考えてもGWではない。それが、休校であったとは。
 しかしGW前の授業で先生が、来週は休みです。その後も休みかもしれないので、事務局に確認して欲しいと言っておられた。僕はきっと先生の勘違いで、9日はGWをどう考えてもすっかり過ぎているので、休校のはずがない。なにもわざわざ事務局の人に確認することなどないと考え、おそらくホームページにはスケジュールは公表されているだろうが、それも見ずに、逗子から電車賃をかけて、出かけたのだ。あー、愚かな男である。
 愚かな男は、僕ひとりではなかった。クラスメートのN君が校舎の外にあるベンチでキセルをくゆらせ、ひとりで座っていた。N君はちょっとかわっていて、日光とかのお土産屋でよく売っているタイプのキセルを愛用しているのだ。
 ちょうど事務局の人が来たので、確認するとやはり休校であった。
 授業のあと、文京区の合気道道場に行く予定だったので、N君と近くのドトールでコーヒーを飲んで時間をつぶし、本郷まで行く。まだ時間があったので、よく立ち寄る古本屋を覗く。安売り台に載っていた本を数冊購入。そのうちの一冊が、「ホームレス入門」であった。

 僕は以前からホームレスに興味があった。退職を意識するようになってからは特にである。逗子にはあまりホームレスはいないが(以前、女性のホームレスをひとりだけ見かけたことがあるが)、都内に出てホームレスを見かけると、思わず凝視してしまう。そのとき連れなどいると「失礼だから、ジロジロ見ない方がよいよ」と諭されること数回。そのぐらい、彼らに興味がある。
 なぜ彼らに興味があるのか。それは自分が将来、同じ境遇になるとも限らない恐怖があるからである。さらに彼らの前職、家族、生い立ちにも興味がある。何か共通するものはあるのか、ないのか。彼らの現在の生活にも興味がある。どうやって食べているの? どこで寝てるの? 冬はどうするの? 夜とか怖くない? まだまだある。年金や生活保護はどうなっているのか。体調管理は、病気になったときの対処は。これからどうするつもりなのか。将来の目標とか計画とかあるのか。そして、自分の現在の情況をどう思っているのか。一番知りたいのは、彼らの気持ちである。

 「ホームレス入門」はノンフィクションライターの風樹茂が自宅近くにある上野公園に足繁く通い、そこで生活するホームレスやその周りの雑多な人々の取材をもとに書いたものだ。ホームレスに関する知りたかったことは、この本に大体書いてあった。
 僕の疑問への本からの回答を簡単に書く。
 前職はまったく多種に及ぶ。多いのは建設関係だが、教師、公務員、銀行マン、デザイナー、コック、SE、プログラマーなどなど。大概の職業はそろっている。
 家族、生い立ち、家族環境などはまさにひと夫々なので、ここでは記せないが、いくつか共通点があるようだ。まず上野公園という土地にまつわる共通点。それは北海道、東北の出身者が圧倒的に多い、ということだ。著者はそれを金の卵と囃されて、散々国家や社会の尽くしてきたのが、歳を取ると使い捨てられ、最後にたどり着いたのは故郷に近い上野となった、と説明している。
 著者は彼らの特徴を特あえて挙げることはしていない。ただ知り合いになったホームレスを色々なエピソードを通じて紹介しているだけだ。なのでこれは僕がこの本を読んで、感じ、読み取ったことである。
 彼らは大抵、男性である。そして家族がいない。元から独身のものをいるが、大抵は以前は所帯持ちであった。それが何かきっかけがあって、家族を捨て、または家族から捨てられている。今はひとりなのだ。もちろん例外もあって、夫婦もんや、高校生の子供を連れて3人でブルーシート暮らしをしているものもあるが。だがほとんどは単身の男性である。
 ここにホームレスのなぞを解く鍵がある。そしてホームレスに関するの最大の興味、彼らが何を考え求めているのか、の回答がある。

 公園をさ迷う前に、家族との別れが彼らにあった。家族を捨てたものは、家族というもっとも身近な社会集団との縁を自ら切った。家族から捨てられたものも、大抵は酒やギャンブルに溺れ、または自らが暴力を振るい、家族に捨てられている。これも自ら家族との縁を切ったといえなくもない。
 そして公園に住まいを求めたのも自らの意思である。この本では少しだけ触れられているが、生活保護という手もある。住所がないので、簡単ではないそうだが、少なくても公園に流れ着く前には、可能性があった。しかし、それを試みているものは多くない。
 僕がホームレスに興味をいだいたのは、このことである。多くのホームレスが持つ社会と孤絶したいという希求が彼らの姿から感じられ、僕の興味をかきたてるのだ。
 なぜ、興味をそこまで持つのか。それは自分にもその因子があるように思えてしかたないからだ。
 僕はいわゆる和歌や短歌が好きだ。知識はほとんどないのだが、時間があると古いものやら比較的新しいものやらを読む。その中で好きな歌人の系譜がある。その系譜とは西行、良寛、山頭火である。つまり漂白の歌人だ。
 僕にも漂白や社会との孤絶へのへの憧れが、きっとある。だからホームレスに目が引き付けられてしまうのだろう。
 そしてそのことが怖い。ホームレスになりたくないが。でもなんとなく、惹きつけられる。
 
 この本には公園の哲人なる人物も登場するが、そんなクールでニヒルな面ばかりでない。ホームレス社会はもっと生々しく、娑婆よりもさらに社会との粘着質な繋がりを求められる場面が多いことを伝えている。やくざ、ダフ屋、新興宗教、韓国系キリスト教団体、争議団、そして無気力な行政の担当者。現代の漂泊者たちを取り巻く環境は、詩的な面ばかりではないのだ。当たり前だけど。
 そんな感じで、僕にはとても飛び込めない世界ではある。しかし、悪い女に惹かれるように、なんとも不思議な興味を抱かせる世界でもあるのだ。

 本郷の古本屋でこの本を買い、一日で読了。やっぱり興味があるのだ。日本語の本はなるべく読まないようにしているが、食事中も思わず読み、320Pの本だが読み終えてしまった。
 最近、ホームレス関連の書籍は多いようだが、よくまとまっていると思う。ただし2001年発行なので、古い。ITバブル崩壊後の不況を強調しているが、今はその頃の比ではない。しかしホームレスの生活は、きっとそんなに変わらないであろう。
 
 本屋の後は、道場で汗を流し、また京急で帰途に着く。






 
 


 

反省

 暫くぶりでブログを再開。
 前回の更新からいろいとあった。本当は毎日が休日の僕には関係ないことなのだが、世間はこの期間、ゴールデンウイークであった。それが僕にもやはり影響して、結構忙しくブログ更新を怠ってしまった。
 29日は母方の法事。母は盛岡出身で、お墓は盛岡にあった。そこに代々、といっても曽祖父あたりからだが、のご先祖様が眠っていた。眠っていたと書いたのは、現在は盛岡にいないからだ。母の兄弟は全員どういうわけか現在千葉県在住で、不便ということで、お墓自体を千葉に持ってきたのだ。そのお墓の引越しと昨年亡くなった祖母の法要を行う。
 新しいお墓はいわゆる狭小住宅のように狭い。周りは森と畑の田舎なのだが、それでもお墓は狭い。盛岡のお墓は寺の境内にあり、そこそこ広かった。今度の墓は私設の墓地で、あまり風情がない。ご先祖様はどう思っているのだろう。母方の墓で、僕は参るだけの立場である。手を合わせ、引越しのご苦労をご先祖様に慰労する。
 30日は高校の同級生と飲む。今回、僕の退職を機会に集まってもらった。参加したのは全部で6人だったのだが、驚いたことにそのうち僕を含め3人が会社を辞め、自営をしていた(僕はまだ仕事はしていないので、正確には自営でなく失業者だが)。
 僕が今回の退職を報告すると、他の2人がさりげなく「俺も辞めたよ」とのたまう。早期退職、起業、独立は今は珍しいことではないようだ。
 1日から4日は逗子でゆっくりとGWを過ごす。繰り返すが、僕にはGWもなにもあったものではないのだが、世間に合わせ休みを取る。少し罪悪感を感じる。
 5日は高校の同級生で30日に会ったKが逗子に来て、飲む。Kの奥さんの妹が結婚して逗子でご主人と中華料理屋を経営している。その店でご馳走になる。店構えはちょっとイタリアンのようなお洒落なデザインだ。マスターのご主人は横浜中華街の聘珍樓で修行していたひとで、味も良い。気さくな人柄で、また行こうと思う。店の名は「喰う喰う」。
 6日は産経の仲間のOが逗子の拙宅まで知人を連れてくる。Sちゃんがイタリアンを作り、皆で食す。昼間からワインなど飲んで、気持ちよくなる。まぁ、ゴールデンウイークだからいいか、とゴールデンウイークには関係のない僕は、思った。
 そして問題の7日。この日は以前、仕事などでお世話になったひとに挨拶に回る。始めはJRのグリーン車に置いてある雑誌「ひととき」の編集長のSさん。続いて日経BPのこれもSさん(もちろんS編集長とは別人)。最後にJT広報のMさん。
 Mさんと会ったのは夕方だったので、その後Mさんは気を利かせ、僕とMさんの共通の友人Iさんを呼んでくれ、ご挨拶終了後飲みに行く。3人とも飲む方で、おいしくお酒が進む。
 その帰りに事件が勃発したのだ。Mさんと別れ、僕とIさんで銀座線に乗った。そんなに混んではいなかったが、座席は埋まり、つり革もほぼ人で埋まっている状態だった。Iさんと僕が電車に乗り込むと、元から車両にいた若い男に少し僕の体が触れた。するとその男がいきなり僕を不機嫌な顔で、さらに舌打ちしながら、突き飛ばしたのだ。ほろ酔い気分が一瞬で醒めた。実は僕は電車に乗るとき、その男に気付いていた。長髪でサングラス。年齢は30歳ぐらい。不機嫌そうな顔で、僕はそいつの方には行きたくなかった。なんか、嫌な感じがしたからだ。でも生憎、人の流れでそいつの側にいってしまった。
 突き飛ばされた瞬間、僕の頭に閃光が走った。うん、閃光、漫画みたいだが、ほんとうにそんな感じのものが走った。次の瞬間、僕はその男の長髪を掴み、引き倒すように、実際には床に倒すまではしなかったが、押さえつけた。このときの力の掛け方は合気道の三教表です。ああ、先生、こんなところで合気道の技を使ってしまってごめんなさい。でもそのときは、なんだかよく分からない状態で引き倒してしまった。
 必死に抵抗する男。髪は離してやったが、腕をつかみ「何をするんだ」と怒鳴った。乗客がいっせいに二人を見る。熱くなった僕は彼らの視線が気にならない。その後は大きな声で、何か怒鳴りあったと思う。でもよく覚えていない。興奮してたのだ。
 電車は込んでいて、その中で怒鳴りあうより他はなかった。と思った。でもそんなこと、本当はしない方がよかったのだが。電車の中でなかったら、おそらく僕はもっと攻撃的な対応をしていたと思う。電車の中でよかったのかもしれない。そして怒りで一杯の僕はその男に、次の駅で降りるよう言った。
 しかし、その男は降りて来なかった。僕とIさんのみが降り、それで終わった。
 今は反省しますよ、もちろん。あの男が最初突き飛ばしたのが原因なのだが、やはりもう少しましな対処の仕方はあったと思う。あの男については謝る気はまったくないが、他の乗客に対しては申し訳なく思う。これを読んでいる方はいないと思うけど、「申し訳なかったです。不快な気持ちにさせてしまって」

 実はその前、Mさん、Iさんと飲んでいる席で僕は退職後の開放感を語った。その中で、今までなら喧嘩に巻き込まれても手が出せなかったけど、今は自由に反撃できる、という意味のことを話した。なんだか子供っぽい発言だが、酔っ払った勢いもあってそんな話をした。それが現実になったのだ。
 最近、電車でマナーの悪い奴が目に付く。少し焼を入れてやろうか、と何度か考えた。いやむしろ、ちょっと腕を試したいと思ったこともある。はい、正直に申し上げて。でも会社員時代は身分を考え、もし怪我でもしたら、もしかしたら怪我でもさせたらと、そんな考えを封印していた。ここのところはちょっと大人でしょ。しかし退職後、実はこれからは喧嘩も堂々とできると、思っていたのだ。46歳でこんなこと、ちらりとでも考えるなんて馬鹿です。反省してます。そんなこと、考えたこと自体も含め。
 それが現実になった。考えていることは自然と現実となるのだ。身をもって、この不思議なサークル(考えたことは本当に実現するってことね)を実感した次第です。
 嫌な場面に遭遇させてしまった、Iさん、それと電車の乗客の皆さん、ごめんなさい。これからは心を入れ替えて、飲んでも大きな気持ちにならないよう、自制します。
プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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