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キュウリな日々

 さっきのランチのサンドイッチにはツナとタマネギとキュウリをはさんで食べた。今朝は納豆と生卵と味噌汁にキュウリの糠漬けだった。昨日の夕食のメインはキュウリとトマトを炒めたものだった。といった具合でここのところ毎日、キュウリを食べている。なぜかというと、庭にキュウリを植えているからだ。近くのスーパーでひとつ50円の苗をふたつばかり購入し庭に植えたところ、すくすくと成長し、今毎日のように収穫がある。キュウリはおいしいし、サラダでもおしんこでも、料理に使っても良いので毎食のように食している。
 以前テレビでどこそこかのキュウリの産地の話をやっていた。ある家族の食生活が中心だったのだが、実にさまざまなキュウリ料理が出てきた。そのとき初めて、キュウリの炒め物をみた。考えてみればゴウヤはチャンプルにするし、中華ではウリを炒める。ならばキュウリを炒めてもおかしくないわけで、自分もさっそくトライしてみた。味はちょっとあっさりしているが、夏の料理としてはむしろ好ましい。それ以来、僕のレパートリーになっている。
 そんな感じで、キュウリは大変重宝している。
 色々、キュウリ料理がある中で、やはり一番おいしいと思うのは糠漬けだ。もう何年も糠を漬けている。最近、糠の味が練れてきてうま味が出てきた。この自家製糠床で仕込んだキュウリの糠漬けがおいしいのだ。僕はちょっと深く付けたのが好きで、3日から1週間ぐらい漬けてしまう。朝はそれだけでご飯を一杯食べられる。夜はビールのつまみに合う。うちの食卓の夏の風物詩なのだ。
 庭の土がキュウリに合うようで、よく育つ。来年はゴーヤにもチャレンジしてみたい。このペースで育つのなら、ゴーヤの苗はひとつで十分だろう。
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フェルマーの最終定理と甲野善紀

 今日は職安に行ってきた。月に一度のお勤めである。4月に初めて行ったとき、人の多さに驚いた。3月末で首を切られた人が大勢いたから4月は特別だと思っていた。失業保険の期間が三ヵ月の人が多いので、今月は少しは空いていると想像していた。行ってみて驚いた。むしろ人が増えている。すでに4回目の自分は要領を分かっていて、スムーズに手続きを済ませられたが、ビギナーの方々は汗を噴こ出しながら、書類を覗き込んだりしていた。まだまだ、不況は続いている。

 「フェルマーの最終定理」を読んだ。文中に多数出てくる数式は半分も理解できなかったが、それでも興味深く読み進めることができた。
 甲野善紀はこの本に、彼の人生を変えるほど、影響を受けたといった意味のことを書いている。どの点に影響を受けたか書いていないが、推測するところは、こんな感じだ。
 フェルマーの最終定理はXn+Yn=Zn(nは乗数。本当は右肩にくる。うまく表現できませんでした)の式で、nが3以上の場合は、成り立つXYZの組み合わせはないというものだ。フェルマーはそれを証明せずに死んでしまった。ただし自分は証明できるとメモを残している。フェルマーの最終定理は今から360年前に発見されたが、その後数多くの数学者が証明に挑戦し失敗した。現代に残る最も証明が難解な数式であると考えられていた。もしかしたら証明はできないかもしれない、または定理が誤っているのではと、考えられていたほどだ。
 それをアンドリュー・ワイルズというイギリス人が1995年、証明することに成功した。ワイルズは10歳のとき、図書館でフェルマーの最終定理に出会い、いつかかならず証明すると誓う。その後、ケンブリッジで博士号を取り、プリンストンで教授として教えるのだが、その間ずっと密かに定理の証明を試みていた。数十年の苦労の末、ついに証明したのだ。
 甲野善紀は古書に書かれているかつての武芸の達人の技は、実際に使われていたと考えている。たとえば夢想願流の松林無雲は飛び回るハエを切り落とすことができたり、二階に届くほど高く飛び上がることができたとされているが、そうしが記述は誇張でなく現実にあったものだと。
 おそらくワイルズが不可能であり、むしろ神話の世界の夢物語であるとさえ言われていたフェルマーの最終定理の証明を、フェルマーのメモを信じ、証明した偉業と自分の武芸者の逸話を信じる気持ちとに重ね合わせたのだろう。
 そんなことを考えならが読んだ。信念を維持し、努力し続ける姿は美しい。甲野さんもぜひ、証明の成功をして欲しい。個人的にはフェルマーの最終定理の証明よりも、魅力ある事業であると思う。

ふたりの男の共通点

ふたりの男の共通点

 最近、隙を見つけてはユーチューブやニコニコ動画でウオッチしている二人の人物がいる。ひとりは町田リョートだ。リョートのことは以前から負け知らずでUFCで活躍もしていることは知っていた。試合もネットで見たことがある。それが最近改めて見てみて、驚きを新たにした。勿論強いのだが、勝ち方というかスタイルが斬新だからだ。斬新というのは総合格闘技としてだ。しかし見方を変えると、非常に古典的な動きだ。
 リョートは空手出身だが、今までの佐竹や武蔵とは違う動きをする。今まで空手出身で総合やK1に挑戦した選手は沢山いるが、自分が知る限り全てフルコンタクト系の出身者だ。が、リョートは伝統系出身なのだ。そこのところが大きく動きに違いをもたらせている。リョートの父君は松濤館の人で、若くしてブラジルに渡り、そこで空手道場を開いた。リョートは幼いころより、父から伝統空手を叩き込まれた。
 これって、どこかで聞いたことがある話しだ。そう、グレイシーだ。グレイシーは柔道の古い型が前田光世によりブラジルに渡り、それがグレイシー柔術として、現代に蘇った。町田空手はリョートの父君が伝統空手を自らブラジルに伝え、息子により世界に知れ渡らせることになった。
 その間、日本では柔術は(ただし前田も柔術家というより柔道家だが)柔道になり、試合を目的として進化(?)した。空手は極真系が全盛を迎え、胸突き合いとローキックの我慢比べという形に異形化して進化(?)した。そして古流の型は表舞台から隠れてしまった。

 とにかくリョートはすごい。相手はリョートのパンチ(正拳突き)を予測できない。だから面白いようにヒットする。それとこれは自分としてはさらに驚いたことなのだが、リョートは相手のパンチをはたいて避わすのだ。こんなこと型だけの世界化と思っていた。剛柔流と和同流で稽古したことがあるが、あの型の捌きは、実践では不可能でないかと思っていた。なぜなら、相手のパンチはまっすぐスピードに乗って向かってくる。それを自分の体に当たる直前に手ではたくのは時間的に無理があると思っていたからだ。しかしリョートはそれを軽くこなしていた。
 これは数限りなく型稽古をして、相手の手が伸びてから動いているのでなく、相手の体全体の動きや気配から、自然に反応することが体に染み付いているからできるのだろう。

 さて、もうひとりはというと、それは長谷川穂積だ。久しぶりの日本人大チャンピオンの登場だ。彼の動きもまた、今までのボクサーと異なる。ちょっとはしょって言ってしまうと、まるでリョートの突きのようなパンチを放つのだ。そこで彼のプロフィールを色々ネットで調べてみた。しかし彼に武道歴は見つからなかった。でも、どこかで彼と武道の接点を読んだような気がする。しばらく考えて、もしやと思った。以前、内田樹のブログで彼の名前を見たことがあるような気がしたのだ。調べてみると、ビンゴ。やっぱりあった。ただ、ブログでは結婚式でたまたま同席しただけと書いてある。その席には前述の武蔵もいて、一緒に写真をとっている。
 http://blog.tatsuru.com/2008/02/04_1048.php
 でも、その場で武道の話は当然出ただろう。
 長谷川はちゃんとした武道歴はないが、おそらく周りに経験者がいたり、本人が興味があり、そうとう勉強したのではないか。ある動画で、次のようなことを言っているのを見つけた。「パンチはそこにある物を取りにいくように手を出すんですよ」こんな感じだ。うろ覚えだが、内容は間違いないと思う。
 これを聞いて、またあることを思った。これって、宇城憲治が以前にある番組で言っていたことだ。おそらく長谷川はこの番組をどこかで見た。そして向上心旺盛でクレバーな長谷川はそれをトレーニングに取り入れたのだ。
 うん、ここまでいくと自分の妄想かとも思えなくもないが、でもかなりいい線をついている推理だと思う。そしてもし僕の推理が当たっていたとしたら、嬉しい限りだ。貶められた空手の復活である。

 すでにリョートにより、アメリカでは空手の評価は一新したようだ。アメリカ人は気づき始めている。総合やK1で負け続ける空手とは違う空手があるということを。伝統空手をかじったことがある僕としては、とても嬉しいことである。二人のさらなる活躍を期待する。

 蛇足だが、ネットで長谷川の奥さんが美人だと評判になっているが、確かに評判どおりだ。天は長谷川に二物を与えたのだな。ま、いいか。

 

ふたつの道場の効能

 今、合気道は二ヶ所の道場で稽古している。ひとつは以前から行っている文京区の道場であり、もうひとつは最近通い始めた逗子の道場だ。文京は38歳のときから行っているので丸8年通っていることになる。最初の頃はそれなりに上達したが、最近は壁のようなものに突き当たり、あまり上達していない気がしていた。それが逗子に行き始めて、いくつかの“気付き”がった。うん、気付きなんて書くと、まるで甲野善紀見みたいで、特別な技を会得したように思えるけど、もちろん僕のはもっとずっと初歩のものだが。とにかく初歩的なことでも、この気付きにより、壁を少し乗り越えられたように思う。
 具体的に書く。ひとつは舟漕ぎ運動の動きだ。例えば呼吸投げの残身の際、僕の両足は対称に開き、蹲踞の姿勢になった。だがこれは気付いていたことなのだが、先生方は蹲踞になっていない。なんでだろう、と思っていたが、あまり問題ではないと流していた。ところが逗子の先生に最後の蹲踞がいけないと指摘された。それは居ついているからだと。その姿勢だと次の動きにつながりにくいと。それと力が留まってしまい、技に力が伝わらない、とおっしゃる。船漕ぎ運動を意識し、動きの中に船漕ぎ運動を取り入れるようアドバイスされた。その通りにすると、どうだろう。技がうんと力強くなった。それに次の技につながりやすい。いつも船漕ぎ運動は意識しているつもりだったが、技に生かされていなかったようだ。
 もうひとつは、相手の中心線の重要性だ。以前から自分の中心線は意識するように努めていた。しかし相手の中心線はあまり意識していなかった。いや意識しているつもりでいたが、技には生きていなかった。むしろ小手先のことに気持ちが行ってしまっていた。大抵は自分と相手の接点、だいたいにおいて手になるのだが、ここに焦点がいっていた。しかし意識して、相手の中心線に気のベクトルを向けると、これまたどうだろう。力の伝達がまったく違う。ここまで違うとは。うん、最初に意識して技に取り入れたとき、自分で驚いてしまった。“取り”で生かすと技が鋭く力強くなる。“受け”で生かすと安定する。
 今まで何度か、自分なりの気付きはあった。その度に上達のステップを上がってきた気がしたが、今回はふたつ続けて上がることができた。これも逗子の先生の指導のお陰だ。感謝である。
 しかしここで文京の先生の名誉のため書いておくが、船漕ぎ運動の動きを技に生かすことも、相手の中心線の重要性も文京の先生は何度も指摘してくださっている。自分でもそれを取り入れていたつもりでいた。なのにまったく咀嚼できていなかったのだ。これすべて自分の未熟さが原因である。
 なぜ同じことを教わって文京ではできず逗子ではできたのか。これは先生の指導力の差では決してない。断言します。ではなにか。きっと相手が変わり、環境が変わったお陰で同じ風景を見ていたのにもかかわらず、 見方が変わり違った側面を発見できたからだ。それにしても合気道の風景は奥行きがあり、深遠である。まだまだ見えないとことだらけだ。だから見飽きずに楽しいのだ。
 とにかくである。ちょこっとだが上達の喜びを久しぶりに味わうことができた。大変、喜ばしいことである。

 初めての持ち込み企画

 4月にある本に出会った。最初のきっかけは正直忘れてしまった。ニューヨークタイムズの書評だったか記事だったか。それともアマゾンだったのか。とにかくその本の概要を読んで、ピンとくるものがあった。なんか、良さそうだ。その本のタイトルは『A Lion Called Christian』。ノンフィクションである。
 簡単にあらすじを述べると。1970年ごろ、二人の若いオーストラリア人がロンドンに旅行に行く。たまたま立ち寄ったハロッズでライオンの赤ちゃんを見つけ、その場で購入を決意してしまう。飼う場所の問題や、成長後の扱いで逡巡するが、それでも若い二人は強行する。その時、二人は“ソフィスティキャット”というアンティーク家具屋でアルバイトをしていたのだが、この“ソフィスティキャット”という名はまさに運命を感じさせる、オーナーを説得し、そこでライオン、名前をクリスチャンと名づけられた、を飼うことにする。可愛いクリスチャンはたちまちロンドン中の人気者になり、ラジオやテレビ出演までする。しかしすぐに大きくなり店では飼えなくなる。そのころ『野生のエルザ』に出演した俳優夫婦が店に立ち寄り、二人は悩みを相談する。二人はとても運が良いのだが、俳優夫婦は自宅でしばらくクリスチャンと暮らすことを承諾する。さらにエルザを野生に帰したジョージ・アドムソンという人物や、映画プロデューサを紹介してくれるのだ。そこで話がトントンと進み、クリスチャンをケニヤに連れて行き野生に戻すことになり、その過程を映画にして、資金を捻出する計画が進む。ケニヤでクリスチャンはジョージ・アドムソンにより野生化のリハビリを受ける。リハビリはうまく進む。1年後野生で暮らすクリスチャンに二人は会いに行く。クリスチャンは若ライオンに成長していて、二人を歓迎する。またその1年後、再度ケニヤに行き、クリスチャンに会うのだが、クリスチャンはさらに大きくなっていた。ジョージ・アドムソンによるとアフリカで一番大きなライオンかもしれないというぐらいのサイズになっている。この巨大なライオンがまた二人を覚えていて、喜んで迎えるのだ。しかしその後、クリスチャンは元からいた野生ライオンとの抗争や本来許されない地域にもかかわらず侵入7してきた牧畜民との軋轢があり、新天地を求めどこかへ行ってしまう。その後、クリスチャンの姿を見たものはいない。
 こんな話なのだが、主なシーンはフィルムに納められていて、当時ドキュメンタリー映画として放映されたようだ。そして2007年になって、誰かが最初の再会シーンをユーチューブに投稿する。立ち上がると人間より大きい野性化したライオンが子猫のようにじゃれつき、喜びを表すシーンが驚きを呼び、評判となる。評判が評判をよび、テレビでもそのシーンが放映されたりして、ちょっとしたブームとなる。この間の、高見盛に似たおばさんのブレークと同じ感じですね。そして今回、書籍化となったのだ。
 実は1971年にこの話は書籍化されている。日本語にも1974年に翻訳されているのだ。その初版にその後の情報や今回のユーチューブ騒動なども書き加え、2009年3月再出版となった。
 ネットでこの本を知り、すぐにアマゾンで取り寄せ読んでみた。内容は予想以上のものだった。単に可愛いだけの話ではない。希少動物の保護、動物園や動物商人の問題点、アフリカの貧困や動物との共存の難しさなどが、クリスチャンの成長と野生へ帰す過程を通して語られているのだ。もちろんクリスチャンの成長とその後の別れのストーリーもジンとくる。
 この本が僕の手元に届いたのは5月だった。それからシラバス(解説)を書き上げたのが6月末。そして先週シラバスをある出版社に持っていった。感触は大変よく、すぐにエージェントに翻訳権がまだ売られていないか確認してもらえた。結果は、too late、すでに買われてしまっていた。
 初めてシラバスを書き、出版社に持ち込んだ。そりゃそんなにうまくゆくとは思っていなかったが、やはり残念である。出版者の方は、ありゃ掘り出しもんですよ、と悔しがっていた。なんでも映画化の話もあるそうだ。返す返すざんねん。
 でも良い本を見つけてきたと、ほめてもらった。また良いのがあれば、ぜひ持ち込んで欲しいといわれたのは、大きな収穫だった。

逗子は今日も雨だった


 今日も雨である。鬱陶しい梅雨である。しかし今年の長雨はあまり嫌なものではない。むしろ毎日涼しくてよい。
 去年まで梅雨は大嫌いだった。この家から逗子駅まで歩いていくのだが、歩くと30分もかかるので雨の日はバスを使った。バスだと濡れなくて良いのだが、時間が読めない。朝は10分に1本程度バスが来るが、雨の日は交通渋滞が起きてバスが遅れがちになる。順調だと10分程度の行程が待ち時間を入れて40分以上になったこともあった。
 電車も湿気でむっとしていた。逗子からは座れたのだが、前に立つ人の傘の滴が気になった。熱気で暑かったり、冷房の効きすぎで寒かったり。
 梅雨はどうにもやりきれないものだった。
 でも今年はどうだろう。今、こうして書斎から眺める森や丘には低く雲が垂れ込めている。前の電線には羽が濡れ貧弱になったカラスが揺れている。雨音は却って静寂を誘う。窓からは涼しい風が入り込む。どれも悪くない。たまの梅雨の晴れ間より、よっぽど過ごしやすい。
 翻訳の仕事は相変わらず、まったくない。しかし一人宛てもない勉強を続ける身には梅雨は恵みの雨なのだ。

インドの新聞

 一ヶ月ぶりの更新である。多くのブロガーは毎日のように更新しているようだが、感心する。始める前はそんなに難しいことではないと考えていたが、これが大変難しい。書き始めるとそれなりに進むのだが、まず書き出すことが厄介なのだ。しかしなんとかしなくてはならない。

 さて今日はインドのニュースサイトについてである。最近、インドのニュースサイトを読んでいて、気付いたことがふたつある。ひとつは世界最大の英字新聞はインドの新聞であるということ。この最大とは紙の新聞の部数を見ての話だ。
 最大部数の新聞は“Hindustan Times”だ。発行部数は630万部だそうだ。ちなみに2番は“The Hindu”で520万部だ。たしかアメリカで最大の発行部数を誇るのは“USA Today”で部数は250万。次は “The Wall Street Journal”の200万部だ。つまりインドの方が圧倒的に部数が多いのだ。
 ウィキペディアによると現在インドの人口は約12億。おお、調べてみてこれはびっくり。10億ぐらいかと思っていた。この人口を考えれば当然なのかもしれない。でも英語は第一言語ではないのだ。公用語にはなっているが、普段人々が日常で使っているのはヒンドゥー語であったりベンガル語であったりする。それでも世界最大部数の英字紙はインドの新聞なのだ。すごいね、これは。人口の力は恐るべしだ。

 次。ちょっと前に読書欄のようなページを読んでいて驚愕したことがある。“驚愕”、ちょっと大袈裟かな。しかし、ほんとビックリしたのだ。
 そのときはちょうど北朝鮮が核実験をしたニュースが世界を走っていたときで、それについての投書であった。投稿が10程載っていたと思う。そのほとんど北朝鮮擁護の意見だったのだ。ビックリしませんか? 北朝鮮の核実験を擁護する国民が圧倒的に多い国が存在すること。さらにその国が世界第2の人口大国であるということについて。
 色々書いてあったが、要約すると主張は以下の2点に絞れた。「自国防衛のため当然の権利である」と「欧米や一部の大国のみ核保有を許されるのはアンフェアーである」だ。
日本の報道のみに接していると、こうした意見が世の中にあることさえ知らされない。北朝鮮が日本にとって直接の驚異であることと、日本が核に対して特別なアレルギーを持っていることを差し引いて考えれば、世界のある国ではこうした意見が中心であることはもしかしたら驚くにあたらないことなのかもしれない。
 ちょっと考えてみれば、たとえばパキスタンの核実験について。多くの日本人はそれ自体には反対であろう。しかし正直レベルだと、まぁお隣のインドが持ってるんだもん、欲しくなってもしかたないよなぁと、考えてはいませんか。
 インド国民も正直レベルでそんなことを思っているようなのだ。

 あ、それともうひとつ気付いたことを思い出した。インドって結構、反米である。ついこの間まで親ソだったのだから、当然なのかな。


プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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