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坐禅はじめました


 今週は月曜日から調子がいい。去年の今ごろ、自分としては大きな仕事が入って、それに専念していた頃を除けば、この一週間の仕事が一番はかどっていると思う。毎朝、4時半に起きて、夜風呂に入るまではほぼぶっ通しで机に向かっている(ジムに行ったり、散歩に出かけたりはしてるけど)。でもあまり疲れない。それには秘密がある。うん、タイトルで書いちゃったので、秘密にはなっていないと思うが。そう、坐禅を始めたのだ。

 朝、起きて、まずお茶を入れる。これは今までと一緒。その後、神棚と仏壇を拝み、般若心経を上げる。これも同じ。そのあと、坐禅をするようになった。月曜からだが。だからまだ4日しかしていないので、今日書こうかどうかちょっと迷った。4日坊主になると、カッコ悪いので。でもこのブログは日記で、自分の日常を記録するのが目的だから、やっぱり書いてしまおう。

 最近、山折哲雄の「早朝坐禅―凛とした生活のすすめ」を読んだ。かなり前に一度読んだのだが、最近読み返した。それを読んで、いっちょやってみようかという気になった。
 坐禅は以前、ちょっとかじったことがある。多分、10年ぐらい前。その頃は文京区の茗荷谷に住んでいて、近くに林泉寺という曹洞宗の寺があった。そこで毎週月曜の朝6時から暁天坐禅というのをやっていて、何度か参加した。そのときに座り方を習った。とても楽しく坐れたのだが、ちょっと理由があって止めてしまった。こう書くと曰くありげだが、なんのことはない。蚊が出るからだ。そこは本堂の扉を開けっ放しにして、坐禅をする。春や秋は気持ちがよいのだが、夏は蚊が入る。私はとても蚊に刺されやすく、痒いのが苦手な男だ。それで、どうにも耐えられずに、逃げ出してしまったのだ。他の方々も、私ほどではないと思うが、蚊に刺されていただろう。それでも眉毛一つ動かさず(見ていないがきっと)、50分も坐り続けるなんて。すごい精神力だ。本来、そういう精神力を養うために坐禅を組むものかもしれないが、わたしはその前提条件で挫折したのである。
 ああこれを書いて、思い出した。坐禅とは関係ない話だが。以前、明治神宮の中にある至誠館という武道場に通っていた。そこも素晴らしい道場だったが、蚊がうようよいて、それが理由(のひとつ)で止めたのだ。改めて書くと、自分の情けなさを思い知らされる。あそこもいい道場だったなあ。蚊さえ出なければなぁ。
 さて、坐禅だ。林泉寺に行かなくなってからも、しばらく家で坐っていた。おそらく1年ぐらい。で、その後なんとなくやらなくなった。飽きっぽいのである。しかし一方、しつこいという特質も私は持ち合わせている。逗子に引っ越してまたちょっと再開したのだ。
 今度もまた近くに禅寺があった。さて、こちらは臨済宗の寺で、竹で有名な報国寺である。風光明媚な美しい寺で、さらに坐禅でも超有名な寺である。私にはひょっとして禅運があるのかもしれない。しかしそこも3回ほどで止めてしまった。今度の寺は蚊が出なかった(ちょっといたけど)。それでもまた続かなかったのだ。言い訳だが、合気道のためであった。報国寺の暁天坐禅は毎週、日曜日なのだが、合気道の稽古も同じ日なのだ。私は苦しい選択を迫られたのだ。苦慮のすえ、旧知の友を選んだのである。
 しかしやはり私はやっぱりしつこい。それでもまた、牛の涎のように諦めないのだ。今回は久しぶりに再読した山折先生の本に、背中を押された形だ。山折先生のお導きでの坐禅の再開だ。

 さて前段が長くなってしまった。そんなこんなで初めた坐禅は、とても良い。脚は痛いし、途中は眠くなるわだが。それでも気持ちが良い。やっている最中から爽やかだ。ちょうど気候も良くなったことが理由のひとつかもしれないが。
 驚いたことは、その後一日、その爽やかさが続くことだ。これは、とても不思議なのだが、以前はそんなことはなかったと記憶している。なぜだろう。歳を取ったからか。多少は坐禅がうまくなったから(?)なのか。原因は不明だが。
 今回は坐禅の効果をとてもよく実感できる。
 今日だって朝4時半に起き、それから食事と坐禅の時間を除けば、ずっと翻訳や英語の勉強を続けている。食事の最中もCNNなど見ているから、ほぼぶっ通しだ。以前なら、飽きたりくたびれたりで、夕方にはやる気が失せていた。でも、今は違う。もしまだ時間があるのなら、さらに机に向かえる自信がある。ああ、ちなみに今は午後6時。もう12時間ぐらい、机に向かっていることになる(今日は雨なので、ジムにも散歩にも行きませんでした)。たいしたもんでしょ!

 しかし頑張りすぎは禁物である。こういうことに対しては自重が利くタイプなのだ、私は。なので、今日はそろろそおしまいにする。
 これから風呂に入って、ビールでも飲んじゃおう。気分が爽やかだから、2本ぐらい飲んじゃおうかなあ。ああ、楽しい一日であった。




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安易な感謝癖と謝罪癖って、そんなに悪いの?


 今日の産経新聞の正論欄に「日本人の安易な感謝癖と謝罪癖」という見出しで東京大学名誉教授・平川祐弘氏のコラムが掲載されていた。
 コラムでは平川名誉教授は3つの史実を引用し、外国人に対して根拠もないことでも安易に感謝し謝罪する悪い癖があると日本人を戒めている。コラムの中では直接触れていないが、当然、これは尖閣問題で中国人船長を返還した日本政府への戒めを暗に指弾するものである。

 3つとも紹介するとくどくなるので、そのうち最初のものだけを要約して書く。
 戦後、京都・奈良が戦火を免れたのは米美術史家、ランドン・ウォーナーが米当局に進言したお陰だという風評が日本国内で流れた。ウォーナーが米進駐軍の用で来日し、関西へ行くと大歓迎を受けた。事実ではないので、「恩人だ」と言われれば否定をした。ところが、否定すればするほど、「謙虚なウォーナー先生」だと、日本人は褒めちぎったそうだ。ついには感謝の胸像が作られて、米国の大学へ寄贈され、受け取った本人は扱いに困り、人目につかぬ地下室に置いたという。
 それから暫くして同志社大学のオーティス・ケーリーという人が、この話を日本人の感傷的な歪(ゆが)んだ外国認識の実例として調査をした。調査中、ケーリー氏がいくら説明してもウォーナー恩人説は消えず、ケーリー氏は苦笑して帰国した。後年、メリー大学に招かれた平川名誉教授もその話を耳にし、同じように苦笑したそうだ。

 ひとつめの例はこれだけ。要約してあるが、内容はこれだけである。これだけで、なぜ日本人が安易に感謝し謝罪する悪い癖の用例となるのかが、私には不明である。東大の名誉教授の高等な頭脳に、低級な私の頭脳がついていけないだけの話なのだろうか。

 今日、このコラムを取り上げたのは、コラムの文脈の整合性について断じることが目的ではない。別の理由からである。それは、感謝癖、謝罪癖って、そんなに悪いの?ってことである。
 日本人はよく感謝し、謝罪をする国民だという話はよく聞く。そしてそれについての良くない評価も。平川名誉教授と同じように、「日本人はありがたがり過ぎ、謝り過ぎでけしからん」という評価をだ。でも、それって悪いことなのだろうか。
 私は安易に感謝し、謝罪する日本人が好きだ。そんな人の良い人々の間で生活することが心地よい。これが、平川名誉教授が勧めるように策略的で狡猾で、感謝は勿論のこと、謝罪なんて絶対しないという人の間で暮らしていたら、どんなだろうか。私なら、すぐに根を上げる。どこか気のいい人が多い、南の島国へでも亡命するだろう。
 勿論、平川名誉教授が言及しているのは外国人に対しての態度についてである。日本人同士について言っているわけではない。でもそんな使い分けを庶民ができるのだろうか? 平川名誉教授は日本政府の弱腰外交をコラムでは直接糾弾していない。日本人の性向を批判しているのだ。日本の一般庶民の外国人へ対する態度について言っているのだ。

 確かに外交には駆け引きが必要だろう。謝罪や感謝は時と場合を選び、安直に出すべきものではない。外交など明治まで実質はまったく“無”の状態であった日本が、外交下手で、不必要に感謝や謝罪をする傾向にあることは私も認識している。これは改めるべきだろうとも思う。ただし、それは政府やビジネスに置いてのみでいいのではないか。たとえ外交官だろうが、商社マンだろうが、スーツを脱いで家に帰って、普通のお父さんに戻れば、その瞬間から人の良いお父さんに戻って欲しい。嬉しければ感謝をし、自分が誤っていると悟れば、謝罪をして欲しい。

 ここのところの線引きが私は大切だと思う。私が留学をする前に読まされたガイドブックにも、外国ではむやみに感謝したり、謝罪してはいけないと留学生を脅かすようなアドバイスが載っていた。だから私もそのつもりで留学をした。でも留学して分かったのだが、それって交通事故にあった場合や訴訟に巻き込まれた場合など、特別なケースのみだということが。
 すぐに気が付いた私は、普段の生活では友人や先生に感謝したり謝ったり、日本と同じようにした。それで問題になったことはない。かえってタクヤはディセント(礼儀正しい)という“風評”を得たほどだ。
 アメリカでは(他の国も同じだと思うが)、感謝や謝罪を気持ちよく表現できることは、ひとつの知性の証だと考えられているように思う。私のつたない経験だと、アメリカでは教養のある人ほど、謝罪や感謝をし、そうでない人ほど、自分の意見を主張する。
 そう考えると、日本人は一般の庶民でも知的なのだ。ソフィスティケートされているのだ。

 礼儀正しく教養がある(アメリカ基準の)人々をなぜ、粗野にする必要があるのだろうか。別にアメリカ基準にとらわれる必要はないかもしれない。日本の道徳基準で、そして普段の生活感を基準にして、私達はこの美点を守るべきなのではないだろうか。

 私は思う。日常の生活の中において、日本人はこのまま、その人の良さを続けてほしいと。誰にでも感謝し、安易に謝罪する国民であり続けて欲しいと思うのだ。

きのこシーズン到来


 ここのところ尖閣問題が続き、少々重たい雰囲気になっているので、今日はかる~い話題で。
 今日の逗子は寒いし(一昨日までは、暑くて短パン、Tシャツだったのに)、雨が降ったり止んだりの天気だったが、思い切って散歩へでかけた。近くに鎌倉幼稚園という、とてもセレブチックな幼稚園があるのだが、そこを過ぎ、裏の山道を歩いて、ぐるりと一時間ばかり歩いた。
 幼稚園では子供達が、結構な寒空の下、小雨交じりの中、庭で裸足で駆けずり回っていた。あんまり可愛いので、立ち止まってじっと見てしまった。するとひとりの女の子か近づいて来て、手を振ってきた。お話しでもしたいなと思ったが、先生の視線が気になる。私のことを園児の父親か、怪しい変態オヤジだかを見極めようとしていると思われる。たぶん怪しい変態オヤジではないが、園児の父親でもない。あなたは園児の父親ですかと問われれば、明らかに否であるが、あなたは怪しい変態オヤジですかと問われて、はっきり否とこたえる自信はない。それで大変残念だったが、その場を立ち去った。小心者の、嫌らしい男です。わたしは。
 しかし、暇なオヤジが近所の幼稚園児とお話もできないなんて、いやな世の中になったものだ。いや、私の心がけが悪いだけなのか。
 
 さて、気を取り直して、その後公園というか、山の周辺というかを散策した。そろそろキノコが出始めているのではと思って、キョロキョロしながら歩いた。すると少しだが生えていた。最初に見かけたのはタマゴテングタケモドキみたいなやつ(これ、毒です)。写真も取らなかったし、現物も手元にないので同定はできないが、どちらにせよ危険な香りのするキノコだった。それとシロツルタケ。これも毒キノコだ。毒キノコとはいえ、ついにキノコが顔を出し始めた。自然の世界は正確に季節を受け止めている。暑い暑いといって、いつまでも短パン、Tシャツでいて、いきなり寒くなり、それでもその姿で過ごし、鼻をすすっているの誰かとは(俺)とは違うのだ。
 さらに暫く歩くと、外人が日本人の子供達を公園で遊ばせていた。この近くに、普通の家を改築して外人が英語だけで子供と接するという、冒険的な幼稚園があるのだが、どうもそれらしい。ちょっと興味があったので、これもまた様子を伺った。先生は流暢な英語でしゃべっている(当然かな)。それで、子供は?と、耳をダンボにしていると、これは残念ながらジャパニーズイングリッシュであった。しかし、なんか凄い光景であった。かえって流暢な英語なら違和感がないのだが、5歳ぐらいの子供がジャパニーズイングリッシュを話すと違和感がある。でも、その幼稚園の名誉のために書いておくが、子供はずっと英語で話していた。これは、立派である。
 さて、その公園を過ぎると、一本の木に、白っぽい物体が付着しているのに気がついた。これは、ひょっとして、キノコではないか。走り近寄ると、案の定キノコであった。それもいい感じのやつ。種類は分からなかったが、そっともぎり取る。柄がしっかりとした、良いキノコだ。今日はキノコを採るつもりはなかったので、入れ物を持ち歩いていない。それでそのまま手でくずれないように、注意して持って帰った。

 帰ってから辞典やネットで調べて、種類が判明した。ヤナギマツタケである。いやいや、判明とは言い切れないのだが、恐らくそうだと思う。色々な写真と比較してみたが、相当に似ている。街路樹や公園樹によく生えると書いてある。香りが強いとも(香りからヤナギマツタケの名前ができたらしい。マツタケっぽくはないが、かなりのキノコ臭はする)。おそらく間違いない。
 このキノコは食べられるとのこと。味も良いとある。さあ今夜にでもちょっとだけ、食べてみよう。いっぺんに食べて、もし違うキノコだと怖いからね。まずはちょっとだけ。

ヤナギマツタケ
ヤナギマツタケと思われるキノコ。今夜人体実験で、その正体が判明する

床の間の大ちゃん

上の文とは関係ないのだが、床の間の大吉。かわいいでしょ。床の間はこの夏、大チャンのお気に入りの場所だった。でももう暑くないので、来ないかな?


ローマ帝国からの考察


 最近、塩野七生の「ローマ人の物語」を読んでいる。図書館から一冊ずつ借りてきて、今5巻まで来た。全部で15巻ある。まだまだ先が長く、とても楽しみだ。
 「ローマ人の物語」を読んでいて、最近の政治と照らし合わせて思うことがふたつあった。
 まずひとつめは国境および勢力地域の防衛ラインについてだ。ローマはイタリア半島の小都市国家から発展し、現ヨーロッパの約半分、そしてアフリカ大陸の地中海沿岸部、黒海周辺から、アラビア半島の一部まで覇権を拡げた帝国である。その領土、および勢力下の地域は広大であり、当時の通信技術や交通手段を考えれば、驚異的な統治システムを構築し、その難行を達成していったことが伺われる。
 大変、広大な地域を統治していたわけだが、当然辺境部には国境あるいは勢力ラインが存在し、その防衛は非常に困難であった。特に強国や強力な民族と接するラインは、慎重に扱っている。
 広大なローマ帝国は全ての防衛ラインに軍隊を派遣しているわけではないが、特に大切だと思われる地域には必ず軍隊を派遣および常駐させている。つまり勢力の最前線には軍隊を駐屯させているのだ。

 そこで、現代の政治だが。沖縄の米軍基地問題が揺れている。かなりの数の沖縄県民や社民党、共産党などは、県外へ基地を移転させることを望んでいる。アメリカの一部の政治家や軍人も、それに同意しているようである。
 ここでローマを振り返ろう。ローマは覇権下の防衛ラインに軍隊を駐屯させてきた。防衛ラインよりずっと後方に軍隊を駐屯させて、有事の際に軍隊を派遣するようなことは、相手国との関係が安定していた場合に限られる。戦争が起こる可能性のある相手国、および相手民族との防衛ラインには必ず軍隊を最前線に駐屯させているのだ。
 アメリカという国は、驚くほどローマを模倣している国家である。他民族受容の寛大さ、制圧下の国家に対する宗教の寛容、情報通信へ対するこだわり、今手元に「ローマ人の物語」がないので、これぐらいしか頭に浮かばないが、「ローマ人の物語」を読んでいると、これは「アメリカ人の物語」ではないのかと錯覚するほど、よく似ている。明らかにアメリカはローマを研究し、それをメンターとして採用している。
 今後、米軍が沖縄から転出し、仮に鹿児島へ移動したとしよう。これはアメリカにとって、勢力ライン、つまり防衛ラインを後方へ移動することを意味するのだ。つまり、尖閣や沖縄はアメリカの庇護下から離れるということだ。
 さらに米軍がグアムに移転した場合は、これは防衛ラインをグアムまで後退させることを意味する。日本は米軍の防衛ラインの外に出ることになるのだ。
 当然、このことについて、中国も同じ認識をもっている。中国は沖縄から米軍が移動した時点で、沖縄は中国の勢力下に入ることをアメリカが同意したと考えるだろう。そこに日本の意志は存在しない。仮に沖縄の自衛隊がスケールアップしても、それはあくまでも日本の外交、および安全保障政策である。そのことについて中国は考慮するではあろうが、しかしアメリカが手を引いたという事実への認識が変わることはない。中国が気にしているのはアメリカだけだからだ。
 沖縄から米軍を撤退させようと考えている人々は、そこのところをどう考えているのだろうか。まさか沖縄を中国に朝貢しようと考えているわけではあるまい。今後は日本が独自に沖縄や尖閣を防衛しなくてはならないという心構えはあるのだろうか。さらに軍事費増加の負担や、最悪の場合は沖縄を戦火に巻き込み、多くの国民の命が失われるリスクがあることを覚悟しているのであろうか。それがなければ、あまりに無責任というものだろう。
 国家の基本は領土であり、国民の保護である。それを見捨てれば、それは国家ではない。
 
 さて、もうひとつ。戦争は権力者が始めるのではなく、国民が自らの意志で引き起こしているということだ。ローマの歴史は近隣諸国との戦争の歴史であった。ローマは最初は皇帝を戴き、続いて元老院による寡頭制に移行し、その後また皇帝による統治に移行した。そのどの期間も、ローマは戦争を続けている。いやむしろ寡頭制の頃こそが、体外侵略がもっとも顕著だった時期である。
 寡頭制にしろ皇帝体制にしろ、戦争は国民の気分で始まる。国民の気分が高揚したときが最高の開戦時である。どんな専制君主であろうとも、厭戦気分の時期に戦争を始めることはできない。つまり戦争は国民が始めているのだ。
 最近、「The Outsider」を見るために中国版ユーチューブである「youku.com」をよく覗くのだが。トップページはユーチューブと同様に、そのとき一番よく視聴される動画が掲載される。ここのところ2週間は、毎日トップページのトップ動画は尖閣の中国人漁船船長拘束についてのニュースである。

 日本人は、ひとごとのように今回の拘束ニュースを眺めている人が多いようだが、中国人はどうもそうではいようだ。本気で怒り狂っているようなのだ。
 ローマが普遍性を持つのならば、それは中国にも適用できるであろう。かなりの割合の中国国民は、激しく日本を憎悪している。それは戦争に繋がりかねないほどのレベルに達しているかもしれない。
 
 確かに外交による安全保障が最良の手であることは間違いない。軍事行動はなんとしても避けなくてはならない。それは多少の国際的恥辱が伴おうとも、絶対の優先事項である。しかし中国が軍事行動に出てきた場合、日本ははどうするべきなのだろうか。基地の移転を叫ばれているひとは、そのあたりのシュミレーションはできているのであろうか。

 「youku.com」を連日眺めていると、“戦争”ということが単なる仮想的オプションでなく、現実のうねりの帰結であることが分かる。少なくもとある程度の中国国民はその気分に満ちてきているようだ。中国国民の気分がある沸点を超えたとき、政府がそれを抑えることは簡単ではない。ローマの頃から人間の性質はそんなに変わっているものではない。

喧嘩番長&最強プレイボーイ


 昨日は友人が彼女を連れて拙宅まで遊びに来てくれた。友人は普通のサラリーマンだから、名前を出すことは控えた方がよいので、仮としてエロチカセブンと呼ぶことにする(特に深い意味はないです。思いつきです)。
 エロチカセブンと彼女は以前も遊びに来てくれたことがある。そこで彼女も私の存在を知り、その後ブログを読んでくれるようになったらしい。ちょっと前からエロチカセブンを通じ、そのことは知っていた。
 今回、彼女も来るということで、ブログの感想などを聞きたいと思っていた。昨夜は鍋であった。今シーズン初めての鍋であった。涼しくなって嬉しくなり鍋にしたのだが、正解だった。やっぱり鍋はうまい。それで、鍋をつつきながら、ブログの感想を聞いた。するととても褒めてくれた。本人を前にして、当たり前かもしれないが、それを差し引いても、嬉しかった。さらになんと、「山本さんのブログのファンなんですよ」とまで言ってくれた。生涯初、私はファンと名乗る女性と邂逅することができたのだ。
 それで昨夜の私は、かなり舞い上がった状態になったのだと思う。鍋をガツガツ食い、酒をグブグビ飲み、結果すっかり酔っ払い、ヘロヘロになった。まあ嬉しくて、お酒を飲んで酔っ払うのは別段問題はないと思う。しかし、そこから問題が発生していったのだ。私は、なんだか偉くなったように錯覚をし、自慢話を始めたのだから。

 自慢はまず喧嘩の話から始まった。みなさん、ここで耳を疑うでしょ。この場合は目を疑うかもしれませんが。そう私、山本拓也は47歳にして喧嘩の自慢話を友人とその彼女を前にし始めたのだ。
 なんでも山本拓也という男は小学生の頃から、喧嘩に明け暮れ、その勇名はあたりに鳴り響き、地元では不敗を誇る最強小学生であった。中学、高校に入ってからは、隣の市まで喧嘩行脚に出かけ、千葉の不良連中でその名を知らぬものがいないまでになったらしい。さらに大人になってから、暴れん坊ぶりに拍車がかかり、街に出ては喧嘩相手を探す毎日。そして、出会う相手はことごとく叩きのめしてきたのだそうだ。
 うーん。なんだか、聞いたような話である。そう、これは“The Outsider”の参加者のプロフィールそのものではないか。一昨日のブログに書いたとおり(読まれていない方はどうぞ)、今ちょっと“The Outsider”にはまっている。先週は一日、3時間程度、“The Outsider”の動画を見続けた。任侠ものの映画を見た後、肩で風切って歩くお調子者のように、“The Outsider”で頭の中を満たされた私は、酔っ払って自分と“The Outsider”の参加者の不良がごちゃ混ぜになってしまったのだ。多分。
 まあ、この与太話にもほんの少しは事実が散在している。何回かは喧嘩をしたことがあるのは事実だ。でも全然、不良じゃなかったし、喧嘩が強かったわけでもない。ほんの小さな事実が何百倍も増幅されて、昨夜の私の口から出てきたのだ。お恥ずかしい。しかし、今考えると信じられないよ。なんで自分と“The Outsider”の不良君のプロフィールがごっちゃになっちゃうの。

 もうひとつ。実はこちらの方がより恥ずかしい話だ。それは、モテ自慢だからだ。なんでも山本拓也という人は、小学生の頃から滅茶苦茶モテて、近隣では有名なプレイボーイ小学生だったそうだ。中学高校のころは近くの女子高生が校門の前で待ち構え、女子高生同志が小競り合いを起こすほどの人気だったという。長じて大人になると、オフィスラブを求めるOLが群れを成し、給湯室ではオッパイを押し付けられたり、二人きりになったエレベータでは抱きつかれたり、飲み会の後のタクシーでは、乱れた女の子が股間をまさぐったり、そんなモテモテの日々だったという。
 あー、なんてことでしょう。ここにもほんの、ほんの小さな事実が散在されてはいますが、まぁ基本的には誇大妄想というか極大解釈というか、ほとんど病気の自慢話であります。

 今朝は少し酔いが残った状態で7時過ぎに目が覚めた。起きると同時に、夕べの恥ずかしい記憶が蘇ってきた。ああ、恥ずかしい。なんて私はバカな男なんでしょう。
 もう酒なんて、止めたい。いや、今は本気にそう思います。でも止められないに違いないけど。でもせめてこれからは心を入れ替えます。だからどうぞエロチカセブンさん、彼女さん、また遊びに来てください。
 昨夜はエロチカセブンは車で来たので、酒を飲まなかった。車での帰り道、きっと山本拓也の喧嘩番長&最強プレイボーイの話で盛り上がったんだろうな。ああ。

赤いほくろ


 いつの頃からか私の腹部には赤いほくろがふたつほどある。最初はおそらくニキビか吹き出物と考えていたのだと思う。だからじきに消えてなくなると思っていた。でも、いつまでもなくならない。あまり気にしていなかったので、たまに見ると、ああまだあるのか、ぐらいに考えていた。でもいくらなんでも長いニキビだ。ならニキビではない。きっと赤いほくろだろうと考えを改めた。
 別に悪性腫瘍だとか、へんな皮膚病だとも考えてはいなかった。でも昨日、なんとはなしに調べてみることにした。「赤いほくろ」でネットで検索してみたのだ。
 すぐに正体は分かった。やはり悪性腫瘍ではなかった。でも、あまり気持ちのよいものでもなかった。なぜなら名前が、ちょっとなぁ、なのだ。その名は「老人性血管腫」。“老人性”である。これって、福田首相だとかの顔にいっぱいついてた、あれと同じなのだろうか。ああ、私もついに老人性のできものができるようになったのか。
 しかしよく読むと、老人性血管腫は20代からできる毛細血管の拡張とのこと。ならばなぜ、そんな名前にしたのか。またしかし、20代から生じるということは子供ではできない。20代はすでに老化の初期段階といえるので、病理学的には老人性として、間違いないのかもしれない。だから老人性でよいのだろう。

 でも別にこれぐらいで悲しんでいてもしょうがない。なぜって、実際に老人になりつつあるのだから。目はすでに老眼が始まっている。老眼鏡を作ったのはもう3年以上前だ。老眼になってきたかなと思ったのは、40代の初めのことだ。
 私は他に良いところがまったくないのだが、目だけは良かった。子供のころの視力検査では大抵2.0だった。就職してからの健康診断では22年間、両目ともすべて1.5だった。一度たりとも1.5を下回ったことがない。これって、我ながら凄いのではと思っている。ちなみに健康診断では1.5がマックスである。
 実はその自慢の目も、悪くなり始めている。老眼だけでなくて。遠くも霞むようになってきたのだ。きちっと測ったことがないが、きっと左は1.0もないと思う。右目を閉じて、遠くを見ると明らかにぼやける。

 老人性血管腫もできたし、老眼になったし。近眼までついでに進行し始めたし。ああ、そういえば歯もなんだか隙間ができてきた。食事の後にものが挟まる。楊枝が手放せない。
 でもいいのだ。これも自然な移ろいに過ぎないのだから。流れに任せて、逆らわずに生きていけば、流れるプールのようで、楽しいものだ。


今、好きなもの“The Outsider”


 今日は少し涼しいが、今年の夏は本当に暑かった。いやいや9月14日の現在でも夏は続行中である。涼しくなったといっても本日の予想気温は東京で32度だ。
 こんなに暑いので、エアコンのない部屋で一日PCに向っている私にとってはとても辛い夏だった。風が吹いていればまだよいが、ここのところずっと無風状態である。座っていても汗がしたたり落ちる。
 という状況で、今年の夏は正直、仕事にあまり身が入らなかった。それで何をしていたかというと、“The Outsider”なるものを見ていたのだ。特にここ一週間ほどは暑さを言い訳にして、毎日のように“The Outsider”の動画を見ていたのだ。

 このブログを見に来てくれている人はあまり格闘技に興味がない人が多いようなので、“The Outsider”について簡単な説明をする。“The Outsider”は前田日明がプロデュースする格闘技のイベントである。2008年3月に第一回大会が行われ、現在まで12回実施されている。
 この格闘技イベントは他の大会とちょっと違う。これはタイトルが示すとおり、アウトサイダーつまりあぶれ者の大会なのだ。暴走族、チーマー、ギャング、元ヤクザといった腕に覚えのある不良達が参加メンバーだ。この“The Outsider”がモデルにした同様のイベントが九州で開催されている。その名を“天下一武道会”という。こちらは素人が自主的に立ち上げた格闘技イベントだ。 “天下一武道会”とくればドラゴンボールである。鳥山明の漫画「ドラゴンボール」で悟空やヤムチャが参加した世界最強を決する格闘大会である。あの大会は自薦他薦、誰でも参加することができた。予選などない。俺こそは最強と信ずるものならば誰でも参加できたのだ。九州の“天下一武道会”も同じコンセプトを持つ。格闘技武道経験一切不問。現職前職なんでもOK.。前科があろうが刺青をいれていようが関係なし。つまり申し込めば誰でも参加できるのだ。
 前置きが長くなったが“The Outsider”も同様のコンセプトの大会である。俺こそが一番強いと思うものなら誰でも出られるのだ。とくにアウトサイダー、不良は大歓迎という。

 この大会はなぜ面白いのか。一番の理由は“The Outsider”には予選や下部大会がないことだと思う。実績があってもなくても関係ない。だから参加選手が玉石混交なのだ。かなり格闘技の経験を積んで洗練された選手もいる一方、ホント喧嘩だけしか格闘経験がない人間もかなり参加する。
 たとえば第一回大会と第二回大会に参加した瓜田淳士という男がいる。父親がブラックエンペラーの第二代総長とかで、本人も少年時代から喧嘩三昧で少年院に入ったり、極道組織を立ち上げたり。今は俳優、作家、さらにエッセーストまでも名乗るいかにも悪そうというかいかがわしい感じの男だ。刺青だらけの体でガンを飛ばしまくっての入場シーン。しかし試合になると、あまり強くない。第一回大会は勝ったらしいが(動画を見つけることができなかった)、第二回大会では同じく格闘技未経験の普通の男にあっさり負けている。このギャップがいい。負けた後も、いかにもいい加減な男らしく、喚きまくっていた。とてもカッコ悪くて、それがいい(こんな男が近くにいたら最低だろうけど、ネットで見ている限りでは面白い)。
 一方、強いのもいる。例えば九州の天下一で実績を積んで乗り込んできた野村剛だ。彼も喧嘩では無敗の暴れん坊だったらしいが、格闘技も本格的に学びしっかりした技術を持つ。寝技、打撃とも優れたバランスの良いファイターだ。
 そして現在、“The Outsider”で最強といわれるのが吉永啓之輔だ。彼は元栃木の暴走族のヘッドだとかで、全身に刺青を入れている。こいつが結構強い。特に寝技がよくて、下からの三角締めや腕ひしぎなどはプロ並みだと思う。

 実はこの大会、不良ばかりが参加しているのではない。誰でもエントリーできるので、アウトロー以外の普通の人も参加している。しかし不良の参加が前提となっている大会に申し込んで来るくらいなので、腕と度胸に自信がある普通の人達だ。不良の方は喧嘩の経験しかないのが多いが、こちらは格闘技経験者がが多いので、意外と強い。
 普通の人の代表といえば法曹界最強を名乗る弁護士の堀鉄平だろう。ブラジリアン柔術紫帯の堀はブラジリアン柔術の試合は数多く経験しているという。巧みな寝技とクレバーな戦略を身上としている。この堀だが、まだ32歳とのことだが、虎ノ門に自分の弁護士事務所を持ち、下に何人もの弁護士を抱えるやり手の弁護士だ。さらに“The Outsider”で名前を売ったのがきっかけになったと思うが、バーやジムの経営まで手を出している。昔の吉田秀彦のような顔立ちなのだが、風貌もクールでなかなかカッコいい。強くてリッチで、頭が良くて。不良達とは対極にいる存在だ。
 その外、最強のオタクだとか、保父や中学の先生、サラリーマンなどが参加している。一件、人の良さそうな普通の男たちが、凶暴性丸出しの不良相手に大健闘しているのだ。

 さて、“The Outsider”を見ていて、前田日明のプロデュース能力に感心させられた。リングスでもそうだったか、今回の“The Outsider”はより彼のプロデュース能力が生きていると思う。
 前田日明は格闘技界のテリー伊藤であり、つんくだと改めて思う。リングスではヴォルク・ハンやディック・フライといった日本では無名だが実力のある選手を海外から連れてきて人気者にした。佐竹や角田といった日本の選手も発掘し、育て上げた。
 今回はまったくの素人の発掘である。予選もオーディションもない。いきなり書類選考だけで参加選手を決めての、発掘である。ところが毎回、個性的なのや、結構強いのをちゃんとセレクトしている。前田のプロデューサーとしての選択眼の賜物だろう。
 また12回と回を重ね、実力を付けてきた選手も少なくない。個性豊かでスター性のある選手も育ってきた。素人の選手だが、それなりにファンも獲得しているようである。
 この展開、やはりモーニング娘や元気の出るテレビそのものだ。前田は個性的な人材を素人から発掘して、育て上げ、それを逐一カメラで追うというテリー伊藤やつんくが開発した手法を格闘技に持ち込んだのだ。このセンスは凄い。
 選手としては一流であった前田日明だが、経営者あるいはリーダーとしての資質を問われることは多かった。きっとそうなのだろう。前田は経営者ではなくプロデューサーなのだろう。

 これからはプロや在日米軍との対抗戦も行うという。特に在日米軍との対抗戦なんて、なんてファン心理のスポットをついたマッチングだろう。日本のアウトローと在日米軍の不良軍人との戦い、魅力的だ。終戦直後、安藤組の安藤昇や花形敬が不良米国人と決闘をしていたあの時代に戻ったようだ。格闘技フアンのくすぐったいところに巧みにタッチしたこのマッチメークの妙には呻らされる。
 今後、成長した選手はプロに送り込むという。それはそれで、よい。だが勇気を持って申込書さえ送れば誰でも参加できるという基本路線は今後も続けてもらいたい。
 いつかシニアの部ができたら、僕も応募してみたいと思う(なんて、これは本当の話、冗談です)。

追)“The Outsider”はhttp://www.youku.com/で見られます。これ中国のユーチューブみたいな動画投稿サイトだけど、著作権なんておかまいなしで凄いです。ユーチューブや“ニコニコ動画”では著作権上見られない動画が沢山、アップされてます。

振り込ませて詐欺


 オレオレ詐欺とは言わないかもしれないが、それみたいな電話が両親の家にかかってきた。今日はそのことについて。

 先週、金曜日の朝、実家の母から電話がかかってきた。電話に出ると「あら、あんた、昨日の声とは随分違うわね。風邪、治ったの?」と言った。「いや、昨日電話なんてしてないじゃない」。
 僕は木曜日の夜に実家へ電話をかけていない。木曜はいつもどおり、早めに夕食を取り、9時過ぎにはベッドに入った。どこにも電話をしていない。はずだ。
 だがこの時点で僕は、詐欺については疑わずに、自分の頭がおかしくなったのかと考えた。うちの母は69歳だが、比較的しっかりしている。今までの経験から言うと、母と僕の記憶が異なった場合は母が正しいことが多い。だからこのときも、母の言っていることが正しく、僕の記憶に問題があるのだと思ったわけだ。つまり僕が無意識に電話をかけたのか、あるいは電話をかけたにもかかわらず、一晩で忘れてしまったのかと。
 俺もいよいよ、耄碌したのか。または仕事に対する不安がストレスになり、記憶が断片的に破壊されてしまったのかもしれない。
 「あら、おかしいわね。たしかに電話はかけてきたはずよ。私が声がおかしいって言ったら、なんだか1週間ぐらい風邪を引いているって言ってた」
 何?、それはおかしい。なぜなら僕はその時点で風邪を引いていない。一週間前もいたって健康体であった。昨日のことは忘却した可能性は否めないが、風邪を引いていないという事実は厳然とした事実である。金曜日の朝の電話の時点で、それはさすがに僕でも確信できる。間違いない、僕でなく母がおかしいのだ。
 しかしそこまで話して、僕は気が付いた。母の頭がおかしいのでなく、母の話がおかしいのだ。母に誰かが電話を掛けてきたのは事実なのだ。でもそれは僕ではない。
 「え、それってオレオレ詐欺じゃない? そいつ、オレオレって言ってた?」
 「ううん。ちゃんとタクヤって名乗ってたわよ」
 「え、どうして、知ってるんだろ。で、銀行口座にお金を振り込めって言ってた?」
 「えーと、振り込めとは言ってなくて、反対にお金を振り込みたいから銀行の口座番号を教えて欲しいとは言ってたかな」
 母との会話から分かったことは以下のことだった。木曜の夜、9時半頃、タクヤと名乗る僕と全然声の違う男らから実家に電話がかかってきた。男は土曜日に実家に行きたい。なんらかの用で(その用について、男は語ったようだが、母は忘れてしまったそうだ)、実家の口座にお金を振り込みたく、土曜日に実家へ行った際に口座番号を教えて欲しいと言った。

 そして金曜、母は僕の風邪が心配なのと、やはりなんだかおかしい気がして確認も含めて僕に電話をしてきた。僕は母の話を聞いて、オレオレ詐欺まがいの詐欺であることを確信し、母に気をつけるよう言った。

 一度電話を切った後暫くしてから、心配だったので今度は僕の方から母に電話をした。するとまたタクヤと名乗る男から電話がかかってきたと母が言った。今度は母も詐欺だと認識し、慎重に対応し、事前に相談をしておいた父に電話を代わったそうだ。父に話を聞くと、その男は実家に土曜は行けなくなったので、今電話で口座番号を教えて欲しいと言って来たそうだ。父が断るとしつこく何度も聞いてきて、どうしても聞き出せないと分かると激昂し、電話を切ったそうだ。
 
 これはなかなか手の込んだ詐欺である。まず木曜に電話を掛け、その場では口座番号を尋ねなかったのは不信感を少しでも払拭するためだろう。木曜にいきなり口座番号を聞いたのでは怪しまれる。土曜に直接出向き、その際口座番号を聞きたいと申し出る。ところが翌日(金曜)にもう一度電話をし、土曜日はやむを得ない理由で行けなくなったと言う。そうして電話で口座番号を聞くという状況を作ったのだ。
 金曜の時点で母は電話の主を僕だと思っていた。だから土曜に確認の電話を僕にかけてこなかったとしたら、土曜の電話では口座番号を教えてしまっていたかもしれない。

 結果は母と父の連係プレーで詐欺師を撃退し、事なきを得た。

 オレオレ詐欺の報道を目にするたびに、うちの両親は大丈夫だろうかと心配していた。そして、なぜそんなに簡単に騙される老人が多いのか不思議に思っていた。
 今回、実際両親が標的にされてこれは単に杞憂ではないことが立証されてしまった。どこからか実家の電話番号が漏れ、それが詐欺師の手に渡っているのだ。それも僕の名前までも一緒に。
 そして比較的、頭がしっかりしている老人(僕の両親です。多分、しっかりしていると思っるのだが?!)でも、騙される可能性は低くないということもよく分かった。

 しかしどこから僕の名前付きの電話番号が流れたのだろうか。そして、銀行口座番号を知りたがったのはなぜだろうか。銀行口座だけで、金を引き出すことができるのだろうか。キャッシュカードの番号のように、それだけでネットで商品を購入する仕組みがあるのだろうか。

 僕はかなり個人の情報をこのブログに書き込んでいる。そのことが今回の詐欺未遂に関係しているのであろうか。今回、実はこのブログにも書いていない家族しかしらないようなことを男は口にしたそうだ。だからブログが情報ソースではない。では、どうしてそんな情報を男は持っていたのだろうか。

 一応、詐欺師を撃退したとは書いた。でも気持ちの悪さは消えていない。

「One Tree Hill」とか、


 翻訳に追われている。別に締め切りがあるわけではないのだが、今月中に終えたいと思っているものがある。以前も書いたかもしれないがが、あるサーファーの自伝だ。239Pあり、今の時点で148Pまできた。あと90Pだ。今は一日10Pを目標で進んでいる。なんとか来週中には訳を終え、再来週から読み返しに入りたい。
 昨日は朝から夜までやり続けて、10P目の途中で挫折した。どうしても分からない箇所があり、頭も疲れていて働かずに諦めたのだ。ところが今朝、改めて訳すと簡単にできた。適度に休みを入れたり、環境を変えたほうが効率がよいという例証だ。
 翻訳をしていてどうしても分からない箇所がある。それも結構、頻繁にある。今、訳している本はスラングが多いし、ちょっとひねった表現や比喩があるので、1Pに一箇所程度、出てくる。どうしても分からないような難関もある。でもどんな難関でも、かならず通過できる。これが不思議だ。自分の実力では、これはいくら考えても分からないだろうという文も、辞書を引き、ネットで類似の表現を探し、そして頭をひねる。するとどんな文章も、かならず訳が見えてくるのだ。これって、我ながら不思議だ。

 さて昨日はそんなこんなで、ブログを更新する余裕がなかった。いやいや、昨日は翻訳だけをしていたのではなかった。銀行に支払いに行ったのだ。
 国民健康保険、約15万円と地震保険が同じく約15万円を支払ってきたのだ。国民健康保険は7月分から来年3月まで、まとめ払い。まとめ払いをしても年金のように安くはならないのだが、面倒なので。
 7月分の納期が過ぎていて、市役所から督促状が来ていた。自分では払ったつもりでいて、市役所にクレームの電話をかけたら、僕が払ったと思っていたのは国民年金であった。それで慌てて支払いに行く。
 地震保険も5年間分、まとめてだ。これもまとめ払っても、特典はないが、やはり面倒なので。
 このふたつの支払いで約30万円。昨年、3ヶ月を掛けて、毎日苦労して訳したホームページの翻訳料金とほぼ同じ金額だ。30万円を稼ぐのはしんどいが、支払うのは簡単だ。

 さて昨日、今日とケーブルでアメリカのドラマを見た。昼飯を食べながら。「One Tree Hill」ってやつだ。アメリカ東部の田舎の高校生たちの話だ。
 内容は、ただただ恋愛について。ちょっとおじさんには、くどい内容である。それでもリスニングの勉強になるので見た(CNNはその時間、スポーツニュースだ。CNNのスポーツニュースはどういうわけか、クリケットだとか全然興味のないスポーツばかり扱うので、つまらないから見ない)。
 それで、思ったことがふたつ。これだけ恋愛だけに傾注している高校生活って、しんどいだろうな、ってこと。僕らが高校生の頃の学園ドラマっていえば、なんだろう。「飛び出せ青春」はちと古いか。でも小学生の頃かな、よく見た。高校の頃は、もうドラマはあまり見なかったので、やっぱり「飛び出せ青春」が僕のイメージだ。あのドラマで恋愛が話題になることがどれだけあっただろう。おそらく10%ぐらいだろう。
 高校生活で恋愛が締める割合は「飛び出せ青春」のように10%ぐらいが丁度いいと思う。恋愛とは、とくに若いときの恋愛はコンペティションの要素が大きい。勉強でもコンペティションをして、校外でも恋愛というコンペティションにさらされて。
 ドラマは現実を映す鏡だろうから、今の高校生は現実、恋愛に終われて大変なのだろう。ノンビリした時代に高校生活を過ごせて良かったよ。当時、彼女がいるやつの方が圧倒的に少なかったものな。いるほうが恥ずかしかったが、今は逆だろう。

 それともうひとつ。「One Tree Hill」の主人公は高校生だが、その親が若い。設定は40歳ぐらいだと思うが、みなおしゃれで若い。白人の顔が同じように見える僕には、親なんだか同級生なんだか分からない。だって高校生でも化粧とかしてるし。
 また「飛び出せ青春」だが、あそこに出てくる親達は、みな大人だった。高校生と身間違えられるような人間はいなかった。お父さんもお母さんも、しっかり老けていた。
 何度か「ゴシップガール」という向うのドラマも見たが、これも親が若いので唖然とさせられた。それと見た目が若いだけでなく、子供と張り合うほどに恋愛に貪欲である。これも生々しくて、うんざりさせられた。
 ちょっと前の「ビバリーヒルズ青春白書」シリーズあたりでは、親は親らしい風貌だった。とすると親の風貌が異常に若くて、恋愛に虎視眈々としているのは、ここ最近の現象なのだろうか。
 日本のドラマでも、50を越えている黒木瞳が同窓会で恋愛をしたりしているから、これは世界同時多発的な現象かもしれない。
 これは喜ぶべきか悲しむべきか。47歳の自分にとては、リアルかつ大変難しい問題である。実生活を鑑みれば、また脇の下をくすぐられるようで悪くもない気もする。一方、客観的に考えるなら、やはりちょっとなんだかなぁ~、という気もするのである。

いろいろありまして


 一週間ぶりの更新。この間、結構いろいろあった。書きたいと思ったこともいくつかある。ちょっと長くなりそうなことは、別の機会に書く。
 まず、8月26日(木)には逗子の花火大会があった。逗子に来て5年目だが一度も見たことがない。いつもウイークデーだから、花火のやっている時間には帰って来られない。このことは以前から疑問に思っていた。なんで、市民の花火大会なのに、普通のお父さんたちが見られないウイークデーにするの?
 たまたまポスティングされていた市会議員のチラシにメールアドレスが書いてあったので、その疑問をぶつけてみた。そうしたら返事が返ってきた。
 その後、何度かメールをやり取りし、最後は市会議員自らがうちに説明にやってきた。なかなか興味深い展開になったので、詳細は今度ブログに書く。
 それで花火だが、今まで知らなかったのだが、私の自宅から見えたのだ。音が聞こえ始めたので、無理だと思ったが二階に上がると、なんと見えるではないか。前の家が邪魔をして、下のほうで開く花火は見えなかったが、上空高く上がる大玉はしっかりと見えた。
 ひとりで興奮し、蚊も気にすることなく網戸を開けて、堪能した。できれば誰かと一緒に見たかった。

 31日からは二泊で、古い友人が子供を連れて家族でやってきた。以前、銀行に勤めていたときの知り合いだが、オランダ人と結婚して向うで生活をしている。
 短大出だったが、銀行に勤めながら夜学で大学を卒業した。その卒業旅行だかでイタリアを旅行して、そこでオランダ人のご主人とであったのだそうだ。結婚後は向うで大学院も終え、今は大学で教えているという。英語で国際ビジネスについて。そんな感じの人ではなかったのだが、すごいね。
 9歳と5歳の子供は当然、オランダ語を話すが、日本語も結構うまい。うちにはなぜかダーツがあり、子供が来ると必ずやりたがるのだが、今回も同じ展開になり、オランダ人の子供(ハーフ)とダーツをして遊んだ。

 そういえば、大学院に留学したときに知り合った日本人留学生と偶然、電車の中で会った。僕は気が付かなかったのだが、向うが声をかけて来てくれた。下りの横須賀線でのことだったが、日曜なので空いていて、1時間近く話ができた。
 彼女も国際結婚なのだそうだ。相手はスイス人で、今はチューリッヒに住んでいるという。やはり子供はふたり。里帰りでご主人とお子さんを連れ、帰国したそうだ。
 なんと鎌倉の浄明寺に住んでいて、うちのすぐ近くだ。その場で、今から遊びに来ないかと誘われたが、予定があり断念した。
 女性の方々の活躍の場は、世界的ですね。
 僕なんか、全然海外に行ってないものね。世界に触れるのはネット上だけです。

 8月中に終える予定であった翻訳が終わらない。240Pある本だが、まだ半分程度しか終わっていない。予定を1ヶ月延ばして、9月中に終わらしたい。毎日、暑くてダラダラと過ごした自分が悪いのだが。罪悪感で、9月に入ってからは一日10Pを目標に翻訳をしている。
 今までは朝起きるとまずニューヨークタイムズを読んでいたのだが、9月からはよした。その時間がおしいのだ。4時半に起きて、ラジオ英会話と入門ビジネス英語と実践ビジネス英語を聞く。6時過ぎに終えて、それから朝食。その後はず~っと、翻訳をしている。けっこう、楽しい。

プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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