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良い大晦日


 今日は大晦日だ。天気が良いので、家の周りの掃除をする。最近、野良猫が庭で糞をする。場所は決まっていない。前庭だろうが裏だろうがところかまわず置いていく。とても臭い。ある日、すべての糞を掃除したのにもかかわらず、それでも臭いことに気付いた。まだ取り残しがあるのだ。探したけど見つからない。それでも臭いを頼りに執拗に探す。そしてついに見つけた。うちは築40年の家なので、家の下にスペースがある。猫が丁度入り込めるほどのサイズだ。そこから悪臭が漂う。覗いて見て、思わずのけぞった。家の下のある場所が、猫のトイレになっていたのだ。うんこだらけだ。きっと10回分はあるだろう。あれだけの猫のうんこを見たのは初めてだ。思わず鳥肌がたった。しかし驚いていてもしかたがない。ビニール袋を手に巻きつけて、回収した。
 さて、今日の話だが、そんなこんなで、家の周りを慎重に見て回る。今日は幸いにもひとつも落ちていない。昨日、3つばかり回収した後だからだろう。

 風はほとんどない。雲も山の上に、ひとつふたつあるばかりの快晴だ。箒をかけているとうっすらと汗をかく。よい大晦日だ。
 小一時間ほど家の周りを掃除してから、家の中で掃除機をかける。私は家事が苦手な方ではないのだが、掃除機かけだけは苦手だ。嫌いではない。ただ苦手なのだ。理由は思い当たるものがある。大学生のときに苗場プリンスで一冬バイトをした。そのときの担当がルームクリーニングだったのだ。一日中、幾部屋も掃除機をかけ続け、しまいに掃除機を見るのさえ嫌になった。それが原因だ。今も掃除機を見ると、体温がちょっと下がるような気がする。
 苦手な掃除機がけが済むと、部屋がきれいになり、気持ちがいい。掃除機がけは苦手だが、掃除機のかけられた部屋は好きなのだ。

 ここのところ朝から翻訳をしている。久しぶりに大きな仕事が来たのだ。自分ひとりでは手に余るほどの量なので、翻訳学校時代のクラスメートに分担をお願いした。それでもまだかなりの量がある。1月末が納期だが、かなりタイトなスケジュールだ。ここのところ毎日、朝起きてから夕食まで、ほとんどノンストップで翻訳をしている。
 翻訳は不思議なことに、あまり飽きない。勉強や他の仕事だと一時間に一度ほど休憩を取りたくなるが、翻訳だと3、4時間も休憩なしで続けられる。この集中力が勉強や前職に生かせれば、違った人生を歩んでいただろう。しかしこれも私の人生だ。別に後悔はない。今は結構、楽しいので、幸いだと思う。

 今年一年、つまらない駄文を読み続けていただいた友人、知人、あるいはブログだけお読みいただいている方々。お付き合いいただきまして、ありがとうございました。また来年も、下手くそで多少頓珍漢な文を書いていきます。引き続き、お付き合いいただければ幸福の限りです。では皆様、良いお年をお迎えください。
 

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チェーホフを読む


 私はあまり小説を読まない。読むのは事実を解説したり、なぞったりするものが中心だ。
 ところが久しぶりに小説を読んでいる。チェーホフだ。短編集である。チェーホフは『かもめ』や『桜の園』などの戯曲が有名だが、短編も沢山書いている(知ったばかりだが)。

 今日、読んだのは「牡蠣」と「ワーニカ」。両方ともコミカルだが悲しい。

 「牡蠣」は物乞いをする父子の話。物乞いで父親と街に立つ息子は目の前のレストランの壁に書かれている「牡蠣」という文字を見つける。しかし牡蠣がどんなものか知らない。当時のロシアでは牡蠣は高級品だったからだ。父親に牡蠣とは何かと尋ねると、海の生き物で固い殻に覆われているという。そこで少年は殻に覆われているカエルのような生物を想像する。
 空腹で意識が朦朧とした少年は「あの牡蠣が食べたい」叫ぶ。その声を聞いた通りすがりの紳士が面白がって、少年をレストランに連れて行き、牡蠣を食べさせる。初めて食べた牡蠣はしょっぱくて喉が渇くばかりで美味しくない。それでも慌ててお腹に詰め込んでいると、気分が悪くなるという話。

 「ワーニカ」は8歳の男の子の話だ。ワーニカは両親に死なれ、唯一の身内は地主の家で夜警をする祖父だけだ。今は靴職人の家に奉公に出されている。奉公先では折檻を受け、まともな食事もさせてくれない。そこで楽しかった祖父との生活を思い出し、祖父に手紙を書く。このままでは死んでしまう。どうか迎えにきてくださいと。ところが手紙など出したことがないので、あて先に住所を書くことを知らない。ただ村のおじいさんへと封筒に記し、投函する。しかし少年は手紙がおじいさんに届くことを疑わない。その日は久しぶりに安心して眠りにつくことができた。という話。

 子供の話は切ないな。小説だと分かっていても。ワーニカの手紙は届いて欲しい。
 

自動車普通免許、一発試験合格への道(10)


 仮免実技にようやく合格した。5回目の挑戦であった。嬉しい、今は。しかし 合格発表直後の感想、それはあまり嬉しくない、であった。なぜだか考えた。きっと心に感情の制御装置が作動していたのだと思う。過去3回目、4回目の不合格は辛かった。心底、落ち込んでしまった。それで今回は無意識に落ち込まないように、感情が動かないような機能が作用していたのだろう。試験場からの帰り道、ただ脱力感だけがあった。
 試験は昨日だったのだが、本日になって改めて喜びが湧き上がってきた。年内に取ることができた。今、一番の心配事を越年させずに済んだ。やはり喜ばしい限りだ。

 今、過去5回受けた仮免実技を振り返ると、試験官との相性がとても大きい要素であると感じる。今回の試験官は好感の持てる男性であった。決して採点が甘いわけではない。ただ横に座っていて威圧感を感じないで済んだ。これが大きかったと思う。
 今回受験したのは16人。合格者は2名であった。もうひとりの合格者は大学一年の男子学生だった。4回目での合格だという。免許取り消し者ではない。まったくの初心者だ。やはり若い男性は強い。20年以上の運転歴があって、4回落ち続けた中年とはやっぱり違う。

 さて次は筆記本試験だ。これが受かるとすぐに路上試験になる。昨日、事務の説明によると、筆記本試験の前に、最低5日間の路上練習が必要であるという。自分で車を調達して、仮免のプレートをつけ、公道で練習せよとのこと。そこで昨日は、試験の後、二俣川自動車学校へそのまま行き、路上実技練習の予約をしてきた。試験と同じコースを走れるのだ。
 まだ先は長い。


 本日の費用
 電車代 逗子→横浜 330円(JR) 
      横浜→逗子 330円(JR)
      二俣川→横浜 190円(相鉄) ※行きは回数券を使用。
 仮免試験受験料 3,100円
 試験車使用料 1,650円
 路上講習の予約(2時間分) 11,400円
 合計 17,000円

今までの合計 80,590円

蓮舫のポスター


 一昨日だったか、歩いて鎌倉まで行って来た。鎌倉税務署が費用を出し、青色申告会というところが引き受けたマンツーマンの税務申告指導を受けて来たのだ。

 ところで鎌倉の街を歩いていると、沢山の政治家の顔写真が載っているポスターがある。その中でひときわ目を引いたのが蓮舫のものだ。首を傾け少しの笑み。かなり可愛い。そして見ていて安心できる。さすが元タレントである。他の政治家の安定の悪い表情とは一線を画している。一般的に政治家のポスターは表情が固いかあるいは砕けすぎていて、見ていてこちらの居心地が悪くなる。ところが蓮舫のポスターは、安心して見ていられる。そして繰り返すが、可愛いいのだ。思わず好意を寄せてしまいそうになる。そんな自分が怖い。

妖艶に微笑む蓮舫議員
愛らしく微笑む蓮舫議員。結構、可愛いじゃないか。

 連日、蓮舫の目を三角にした恐ろしい表情がテレビで放映されている。たまたま特に怖い表情をフューチャーして放映しているのだろうが、それでもあれだけ怖い顔のオンパレードだ。きっと普段でも怖い顔をしている女性なのだろう。ところがあのポスターだ。
 テレビに映る目を吊り上げたのも本物の蓮舫だろうし、あのポスターも本当の蓮舫の一面なのだろう。たまには夫の前では、あんな表情を見せることもあるのだろう。

 これは私が男だから、感じることかもしれないが。あれだけ表情の差を持てるのは女性の特性のように思う。男じゃ、できないだろう。
 これは私が歳を取ってきたから、感じるのかもしれない。可愛い表情の裏の怖い女の顔。例えばサントリーのCMの竹内結子が可愛い。でも、あの女優からは何かエキセントリックなものを感じる。あの可愛い表情の竹内結子がちょっとしたことがきっかけとなり、蓮舫のような三角目に豹変するのではないか。そんなハラハラ感でモルツのCMを見てしまうのだ。やっぱり歳のせいだろう。それと疲れているのかな。

 いやいや違うだろう。こちらの問題ではないはずだ。女性にも色々いるということだ。世の中、怖い女性ばかりではない、きっと。そう信じてます。信じたい。

神経鞘腫体験記(8) 初めてのお出かけ


 今日は一年ぶりの検査で、九段坂病院に行ってきた。今も年に一度、検査を受けているのだ。
 本当は、今日はMRIを受ける予定であった。前回の検査のときに、中井先生にそう言われていた。そして予約のときに、その旨を伝えるようにも言われていた。ところがそれを忘れていた。それが今日、思い出し、「そういえばMRIを受けるように言われているんですが」と、受付の看護師さんに言ったところ、MRIには予約が必要で今日は無理だと言われた。しかし1年に一度の検査だし、待っても構わないので何とかならないかとお願いしたところ、では中井先生に確認してみると言われた。しばらくして看護師さんが中井先生の回答を持ってやってきた。
 結果はNGであった。そこで私が思ったこと。それは、“さすが中井先生、妥協やアンフェアーは許さないんだな”、であった。こうでなくては、あれだけ人気の病院の院長は務まらない。かえって感心した次第である。

 さて、本日もまた「入院日誌」の続きである。あらかじめ申し上げておきますが、病気以外の話題が中心でちょっと長いです。

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【入院日誌】2007年5月9日

 本日は初の外出をしてきました。今日は採血も検尿も放射能や電磁波も浴びることなく、つまりなんの検査も幸いにありませんでした。脊髄のCTが明日に延期になったのです。
 そこで外出を申し出てみました。実は昨日も申し出てみたのですが、検査の時間が確定せず、許可はおりませんでした。本日は検査がないことから、すんなりと許可が出て、外出とあいなりました。
 たった3日ぶりですが、シャバはやっぱ良いものですね。特に今日は27度もあるらしく、ここ九段坂は照り返す夏の日差しと、皇居や北の丸公園、靖国神社に繁茂する木々の息吹がいつにまし、シャバのありがたさを感じさせてくれました。
 久しぶりのシャバですが、なんの予定もなくブラブラとまずは神保町まで。神保町は僕の愛用の街角ナンバーワンなんです。そのナンバーワンが病院から徒歩10分にあるとは。自分の幸運をかみ締めながら、暑い日差しのなか古書店をめぐりました。大抵は、2,3冊は何か購入するのですが、今回は荷物になるため、初めから1冊と決めました。最初に気に入った本があればそれで打ち切り。神保町を離れようと思ったのですが、本日はなぜか1冊にめぐり合えず、10店ほど覗いてようやく見つけました。
 その1冊とは「ターニング・ポイント」(フリチョフ・カプラ)です。カプラの本は以前読んだことがあります。「タオ自然学」という本で、いわゆるニューエイジサイエンスの代表的な本です。ニューエイジサイエンスとは物理学や科学を東洋哲学で説明するもので、たとえばデジタルの二進法を易経の陰陽から解説してみたりします。カプラは物理学者なのですが、物理学に明るくない僕のような浅学にも分かりやすく、本当は難解な物理学のテーマを取り上げます。そのアプローチは斬新で、少なからずショックを受けました。その著者の作ということで、購入を即決しました。
 購入後は神保町を後にし、靖国神社で手術の無事を祈願し、ぐるっと千鳥が淵をまわって帰ってきました。
 帰ってすぐに木村さん、なますくん、鈴木さんが見舞いに来てくれました。入院してから3日しか経っていないのに、久しぶりな感じでした。3人ともありがとう。今夜、さっそく錦松梅を振りかけにして食べました。錦松梅とはセンスいいっすね。セレクトは生須ですか?
 しかし今日はいい天気でした。街を行く人の装いは先週とまったく変わっていました。僕が入院した月曜日の朝は結構寒くて、上着をもう一枚羽織るか迷ったほどですが。今日はみんな半袖またはノースリーブです。僕は半袖は退院の時用に1枚しか持ってきていなかったので、長袖のシャツで出たのですが、途中で暑くてシャツは脱いでしまい、下着のTシャツで歩いてしまいました。
 病院で消毒液の香りとパジャマ姿の老人に囲まれて過ごす身には、道中、初夏の装いで闊歩するフェロモン系にはちょっと圧倒されました。
 しかしここはアカデミズムと聖域の街です。そこには奥ゆかしさが当然のごとくあります。ここが道玄坂でなく九段坂でよかったと改めて思いました。


本日の検査
なし

本日の食事
【朝食】鮪のそぼろ、白菜の煮物、キャベツの味噌汁、牛乳200CC,ごはん250グラム
【昼食】サトイモとこんにゃくの味噌田楽、竹輪の天ぷら、キャベツの千切り、ごはん250グラム、バナナ1本
【夕食】豆腐と肉の煮込み、ほうれん草とキュウリの酢の物、切り干し大根、ごはん250グラム


 今日の映画鑑賞は「アラバマ」。またグレゴリー・ペック主演です。今日のペックさんは中年のお父さんでした。昨日の「モロッコ」では若いプレーボーイでしたが、今日はお父さんで弁護士です。どの役も決まってます。彼のようなオールランドプレーヤーは最近いなくなったように思いながら見ていました。しかしいなくなったわけは、単に人材がいなくなってきたのか、時代が求めていないのか、どちらなのでしょうか。
 映画の内容というか感想は後で少しだけ述べますが、まず見ていて気付いたのは映画の中の住民が住む家の造りです。ペックさんが住んでいる町の家々が、現代のアメリカのちょっと郊外にある家々とまったく同じスタイルの建物なのです。1階または2階家で、屋根の軒が大きく張り出し、1階には庭に面してベランダがあります。色はモノクロ映画なので断定できませんが、きっと白または薄いブルー、またはピンク、クリームといったところでしょう。
 最近、自分は家を購入したばかりなので、わりと家には関心があるのですが、日本の住宅は古ければ古いほどデザインも質も高いように思います(耐震は別ですが)。逗子にも新築がちらほら建っているのですが、よほどの高級住宅でないかぎり、住んでみたいと思うような家はありません。目を引くのは古い家ばかりです。日本の家は耐震は別として、レベルダウンしているのではないでしょうか。
 それに比べてアメリカでは60年前の映画と同じ町並みが今も作られています。だからアメリカの方がよいという結論は単純すぎことは承知していますが、住宅についての哲学は現代に限ってみれば、彼我の差があると言わざるを得ないように思いました。
 最後に映画のできばえですが、今まで見た3本のうち、一番良かったです。これはお勧めです。DVDの画質もまったく問題ありません。ストーリーは家族愛、正義、倫理、人種問題、障害者差別となかなか複雑に織り成されています。それでいて決して過激ではありません。人が殺されたり、法廷シーンなどもあるのですが、全体的に長閑で優しげなトーンです。機会があれば、見てみてください。ご希望の方はお貸ししますので、九段坂までどうぞ。

 最後に昨日のごはん話の続きを少し。
 好事魔多し、油断大敵とはこのことです。昨日、200グラムから250グラムにごはんの量をアップしてもらった話は書きました。みなさんきっと、「入院通信」を読んでいて、自分のことのように喜んでくれたのではないでしょうか。さっそく読者の方々から「よかったですね」との祝福のメールを多数受け取りました。
 200グラムのごはんとは、どのていどの量かみなさん、おそらくご存知ないと思います。200グラムとははだいたいどんぶりに軽く1杯といったところです。社食のごはんの量と思ってください。で、250グラムとは? これは凡そ、どんぶりで軽い大盛りです。社食でおばちゃんがごはんをよそってくれたときに「もうちょっとお願いします」というと、しゃもじに半分程度を追加してくれると思いますが、あの程度の量です。
 みなさんご存知かどうか。大抵、僕は外で注文するときはごはんは大盛りです。まあ無料の場合ですが。有料の場合はおかずによって、大盛りにしないケースもあります。
 だから大盛りについてはなんら抵抗感のないタイプの男です。むしろ好意的に受け取る傾向すらあります。だから250グラムへの変更は、自分としては至極当然であり、まったくの確実な選択であったと考えていました。
 しかしです。そこには大きな、そして重苦しいような落とし穴が待ち受けていたのです。なぜか。僕が通常大盛りをお願いするのはランチの定食家です。ここで定食家の方にはとくに注目する必要はありません。ときには洋風なレストランのときもあるし、喫茶店のときもあるのですから。注目してほしいのは“ランチ”の方なのです。僕がいつも大盛りを食べるのはランチでなのです。というかランチでしか大盛りは食べないのです。朝は家で玄米ごはんですが、どんぶりで軽く一杯です。夜はビールなど飲みますので、これも軽く一杯です。相撲取りや中学生じゃあるまいし、毎食大盛りを食べているわけがありません。
 ところがです。ここの病院は3食とも250グラム、つまりどんぶりで大盛りを3食とも出してくるのです。とんでもない話だとは思いませんか。
 いくらこちらがベースアップを要求したからといって、そこまできちんと答えてくるとは。給料のベースアップなら100%回答は嬉しいばかりですが、ごはんのベースアップはそこそこの妥協点で回答してくるべきではないかと、思いませんか。
 僕は今朝からずっとごはんの大盛りを食べ続け、正直常時おなか一杯の状況です。
 病院に入るといろんなことが見えてきます。自分の浅はかさとか。

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逗子市長選について(3)


 逗子市長選が終わった。現職が当選した。当選した平井市長は、おめでとうございます。落選したお二人は、ご苦労様でした。やはり現職一人だけの選挙では寂しい。強豪相手に立候補したおお二人には労いの言葉をお送りしたいと思います。

 さてタイトルは“逗子市長選について(3)”だが、直接に選挙についてではない。また政策について。それも候補者や当選した現職市長の掲げた政策でなく、私が考える政策についてだ。
 前回は市財政の建て直しのための税収増案を書いた。今回は新規事業について書く。
 これは以前から考えていたことで、ある市会議員には話したことがある。その議員はあまりピンとこなかったようだが。

 毎日のように我々の家のポストにはチラシやパンフレットが放り込まれる。この数が非常に多い。我が家の場合、毎日2~5通は来るように思う。2,3日家を空けていて、ポストを覗くと大変なことになっている。チラシでポストが占拠され、必要な郵便物が入る隙間もないような状態になる。これはとても困る。
 以前、入院で1ヶ月間家を空けた。私は一人暮らしなので、その間家は無人となる。この辺りは結構、泥棒が多いらしいので、不在が露呈するのは好ましくない。チラシで溢れかえったポストは不在の証明になってしまう。郵便物は郵便局で1ヶ月間、配達をストップしてもらった。しかし放り込まれるチラシは容赦がない。こちらが入院していようがお構いなしに、毎日投げ入れられるのだ。困った私は、たまたま近所に母の友人が住んでいるので、その方に定期的にポストを点検してもらうことをお願いした。近所に知人がいたから何とかなったが、いなかった場合は、ポストをガムテープで塞ぐなどで対処せざるを得なかった。そんなことをしたら、不在が一目瞭然なのだが。

 そこで提案である。逗子市は条例で勝手なポスティングを禁止するのだ。そして代わりにポスティングを逗子市が引き受けるのだ。当然、有料である。
 どこかは忘れたが、このシステムを採用している国はある。以前、何かで読んだことがある。是非、新市長さん、このどこかの国の制度を調べ、逗子市でも採用していただきたい。

 もう少し詳しく書く。逗子市で商的あるいは、公的も含め、チラシやパンフレットを各個に配布したいと思う事業者は、配りたい地域と日を指定し、その枚数を市(あるいは市が選定する業者)に預ける。市あるいは選定業者は例えば、1枚3円といった料金で引き受け、期日に他のチラシと一緒に配布する。
 市はチラシの配布を独占することにより、収益を得ることができる。また業者はいままで個別に配布員を雇って一枚ずつ配っていたのを、市あるいは選定業者に依頼することで、その手間を省くことができる。恐らく複数をいっぺんに配ることにより、コストを抑えることもできるだろう。
 そして、これが肝心なのだが、市民は不在を市に連絡することにより、その間のポスティングを拒否することができるのだ。例えば私のように入院したり、長期の旅行にでかける場合は、ポスティングのストップを依頼すればよい。そうすれば不在をポストから推測される危険性がなくなる。また恒常的にポスティングを拒否したい人には、それに答えてもよいだろう。配布物でポストが汚れるのを嫌い、またまったくチラシを必要としていない高齢者や単身者などは、それを望む人も多いだろう。
 もうひとつ利点がある。チラシにはときに反社会的なもの、教育的によろしくないものも混在している。市をスルーすることで、こうした悪意のチラシを排除することができるのだ。

 市から配られたチラシには、市が配ったという証の例えば印を押せばいい。印がないものは不正であることが分かるので、印なしのチラシが配られた場合は、市民は市に訴え、その業者にペナルティを課すことができる。これも罰金刑(当然、デリバリーに掛かる費用の数倍の金額)にすればよいであろう。

 どうだろうか。市民はポストが綺麗になり、不在も泥棒に知られなくなる。悪徳業者のチラシを根絶でき、そして市は新たな収入源を持つことができる。
 市は実際にデリバリーをする能力はないだろう。しかしそんなのはどこかの業者を選べばよいのだ。新聞の販売店や、宅配便、ちらし配布会社などに募れば、沢山の手が上がるだろう。入札にして、信用ができ、安価なところを選べばよいのだ。

 この案は自分の経験から生まれたものだ。必要としているものは必ずいる。ぜひ、実施してもらいたい。そのほかにもいくつか、新規事業の案がある。機会があれば書いていきたい。


久しぶりの風邪


 風邪をひいてしまった。うんと久しぶりだと思う。きっと何年かぶり。
 原因は分かっている。先週の水曜日の飲み会だ。会社員時代の友人と3人で飲んだのだが、あれが原因だ。友人2人は両方とも子供がいる。子供は風邪ウイルスの保管&輸送装置である。きっと友人2人は、風邪菌に耐性があるのでなんてことはないのだが、私は逗子の田舎で猫と暮らす生活。耐性がちっともないのだ。それで簡単に風邪菌に占拠されてしまったようだ。
 水曜の夜、寝ていると喉が痛くなった。風邪だとは気付かずに、空気が乾燥しているのかな、と思っていた。ところが朝、起きて分かった。これは風邪だ。
 木、金は家でじっとしていた。風邪薬がないので、ビタミン剤を飲んで、日本酒を飲んで早く寝た。流石にビールを飲む気にはなれなかった。土曜は実家に行く予定があり、外出。その後、夜は外食をした。亀戸でホルモンを食べたのだが、ちっともうまくなかった。味は良いのだろうが、味覚が麻痺しているので。
 そういえば、初めて知ったが、亀戸はホルモンの街なんだな。いたるところにホルモン屋があり、人気の店は長蛇の列だった。数十メートルも並んでいるところがあった。あれじゃ、土曜日中に入れなかったんじゃないかな。風邪気味の自分は、空いている店に入ったが。
 日曜は来客があり、夜は鍋を作る。ちょっと体調が良くなったと思っていたのだが、客を送るのにバス停まで歩く。バス停で10分ほどバスを待っていたら、激しい悪寒が。
 その後、家に戻り、湯たんぽを支度し、ふとんに入る。湯たんぽを抱えて、ブルブルと震える。
 今朝は9時半までベッドで粘る。相当、良くなったように思う。
 こちらはもう少し寝ていたかったが、寝室のドアの前まで猫が起こしにくる。最初は無視していたが、よほど腹が減ったのだろう。ニャーニャーとうるさい。仕方なく、起きだし餌をやる。
 その後、起きて机に向かっているが、昨夜よりは相当、良くなったように思う。まだちょっと寒気がするので、これからまたベッドに戻るつもり。
 普段は寝室に入れない猫を連れて、ベッドで読書でもしよう。贅沢な風邪の過ごし方である。

自動車普通免許、一発試験合格への道(9)


 仮免技能試験に、また落ちた。4回目の落第。今回は試験官の裁量や試験内容の問題ではない。確実なる自分のミスだ。だからかもしれない。今までで一番、落ち込んだ。
 クランクで脱輪してしまったのだ。クランクのミスなんて、考えたこともない。脱輪したり、ポールにぶつけたりする話を聞くたびに、自分とは関係のないことだと思っていた。しかし、ちっとも関係のない事柄ではなかった。

 今回の受験番号は3だった。ゆえに2番の人が受験する車に同乗した。2番は大学生ぐらいの若い男性だった。彼は今まで同乗した中で一番うまかった。車線変更の際の目視、ハンドル操作。キープレフト。今まで私が指摘され、それが原因で落ちてきた課題をきちんとクリアしていく。非常に参考になった。こうすれば良いのか。試験官が求める運転はおそらくこういうものだろう。今回はついている。非常によいイメージトレーニングをすることができた。しかし、そのうまい男性に一箇所だけ問題があった。クランクで大回りしすぎたのだ。危うくポールにぶつけそうになった。切り替えしをして、難を逃れたが。
 そして自分の番がきた。彼の運転が非常によい作用を及ぼしているようだ。彼が運転したときのイメージのまま、調子よく運転をすることができた。試験官は受験者のミスを発見すると、用紙に何かを書き込む。何かを書いている様子があれば、そこは減点という意味だ。クランクまで試験官は何も書いていない。きっとノーミスだ。後はこのクランクとS字、坂道発進だけだ。合格できるかもしれない。
 そしていよいよクランクに入った。最初の曲がりは難なくこなした。そして次の曲がり角。2番の男性が切り返しをした箇所だ。私は2番の失敗を避けるべく、普段より内回りで曲がっていった。ちょっと内過ぎかとも思ったが、今まで脱輪の経験はない。きっと大丈夫だろうと高をくくり、そのまま進んだ。すると、後輪が段差を乗り上げる音がした。そして段差を下る音が続いた。もしやと、思った。ただ脱輪の経験がないので、確信はない。ただ変な音がしただけかもしれないと期待をした。しかし期待虚しく、その直後、試験官は「脱輪です」と冷静に言った。
 私は試験中にもかかわらず、頭を両手で抱え、「ウワァー」と小さく叫んだ。試験官は申し訳なさそうに、「発着場に戻ってください」と続けた。

 試験官からの後評では、問題は脱輪だけだったらしい。あの脱輪さえなければ、やはり満点ペースで来ていたのだ。なんて、ことだ。
 二俣川自動車学校からは、再試験の人は大抵4,5回で仮免実技を通ると聞いていた。なんとなく自分は、男性だし、運転も下手だとは認識していなかったので、4回までには取れるだろうと思っていた。しかしこれで5回受験は確実だ。今回の失格は、非常にショックであった。

 今回、仮免実技オートマを受験した人は10名だった。合格は2番の男性のみだった。

本日の費用
 電車代 逗子→横浜 330円(JR) 
      横浜→逗子 330円(JR)
      二俣川→横浜 190円(相鉄) ※行きは回数券を使用。
 仮免試験受験料 3,100円
 試験車使用料 1,650円
 合計 5,600円

今までの合計 63,590円


それぞれの道


 夕べは産経新聞社時代の同僚二人と東京で酒を飲んだ。ひとりが長野へ越すために、その送別会が目的だった。

 長野へ行くのはKさんという。Kさんはいつもキノコ狩りへ行く、キノコ仲間だ。これからはキノコ狩りは一人で行かなくてはならない。もう水上や秩父など、遠方にはキノコ狩りに行けなくなるだろう。
 Kさんは私よりひとつ年下だが、入社は2年早い先輩でもある。昨年、私同様、希望退職制度を利用して、産経を辞めている。辞めてから約一年、こつこつと準備を行い、着実に確実に計画を進めてきた。これから農家になるのだ。
 移住先は長野県の東御市(とうみし)というところだ。軽井沢の先である。産経の保養所が軽井沢にあるのだが、保養所に遊びに入った際、足を伸ばし、以前から注目していた土地であるという。東御はブドウの産地だ。日照時間は日本一長い土地のひとつで、雪も少ない。北方に湯の丸や浅間が控えている広大な南斜面の土地でもある。清涼で広々とした新天地で、ブドウ農家として新しい人生を始める。

 昨夜のもう一人の仲間はYさんだ。Yさんは私と同じ歳で、入社はやはり私より二年早い先輩である。Yさんも希望退職制度で辞めており、現在はIT系の会社を経営している。産経時代はデジタル部門にいたので、その知識と経験、人脈を使っての起業である。
 Yさんはクローン病という国から特定疾患に指定されている病気の患者でもある。病気と闘いながらの起業だ。昨夜も食事制限があり、温野菜などの消化に良いものを中心に食べていた。酒も控えて飲んでいた。
 
 翻訳家を目指す私と、農家になるKさん、起業をしたYさん。産経の希望退職組みでは珍しいタイプの3人である。ほとんどの人はまた他企業へ就職しているから。
 転職に比べるとリスクの高い船出である。海の先は嵐もあるだろうし、凪もあるだろう。それでも小さな船を自分で浮かべ、自分で操舵する喜びは大きい。

 いつか日焼けし逞しい船長となった3人で、また飲みたい。

海老蔵くん、酒乱大王として、花を咲かせろ


 昨夜、六本木の暴行事件について、市川海老蔵が謝罪会見を行った。非の打ち所のない、パーフェクトな失敗会見であった。
 海老蔵は相手を介抱していたところ、いきない暴行を加えられたそうだ。海老蔵自身は暴力も暴言もまったく行っていない。怒らせる発言も一切ないという。なぜ暴力を振るわれたのか、一切分からない。海老蔵に非はまったくなく、完全な被害者であると主張した。普段の酒癖についても、報道されているようなスポーツ選手や芸人に絡んだことは一度もないと言う。誰が信じるだろうか。集まっていた大勢の記者は明らかにしらけていた。昨夜、海老蔵は大きく男を下げた。

 歌舞伎役者が何を恐れているのだろう。酒癖の多少の悪さや、喧嘩など、芸の肥やしではないか。ちょっとやりすぎましたと、正直に言えばよいのだ。これが以下のような会見であったら、かえって男を上げることができたのに。

海老「私の酒癖の悪さで、今回は多くの皆様にご迷惑をおかけしてしまいました。お詫び申し上げます」
記者「事件のあらましは?」
海老「六本木の行きつけのバーで、たまたま出合った元暴走族グループに、少々絡みすぎ、返り討ちにあってしまいました」
記者「暴走族のリーダーに、灰皿にテキーラを入れて飲ませたのは本当ですか?」
海老「はい。酔ったときの私の得意技です。これをやらせると、大抵の男は私に屈服するのですが」
記者「先に手を出したのは、海老蔵さんですか?」
海老「いえ。私はテキーラのあと、調子に乗って、リーダーの頭を引っぱたいた程度で、暴力といえるようなことはしていません。リーダーをからかっていたら、ハーフの男がいきなりキレて、襲い掛かってきたのです」
記者「海老蔵さんは、そのとき抵抗をしましたか」
海老「はい多少は。私は朝青龍と腕相撲で引き分けたほど、腕っ節には自信があるのです。しかし一発目がまともに入ってしまって、意識が朦朧としていたので、あまり効果はありませんでした。恥ずかしながら、ほぼ一方的にやられた感じです」
記者「相手は複数だったのですか」
海老「はい。ハーフを中心に、6人に襲い掛かられました。相手が一人だったら、多分僕が勝ったと思うのですが」
記者「あまり反省している様子ではないですね」
海老「いえ。反省しています。次は勝ちます」

 こんなだったら、記者席は沸いたであろう。歌舞伎ファンだけでなく、一般の視聴者もかえって海老蔵ファンになったはずだ。

 広報のプロでなくとも、多少社会経験のある大人なら、あれがしてはいけない会見であることは分かる。あんな自己弁護ばかりでは、かえって視聴者の怒りを買うことぐらい、事前に読める。それなのに、海老蔵はなぜ、あのような失敗記者会見を行ったのだろうか。

 おそらくあの夜の出来事は、海老蔵には本当に海老蔵が語ったように見えたのだと思う。海老蔵の口から発せられる、横柄で人を小バカにしたような言動も、海老蔵には穏やかで紳士的な発言に聞こえたのだろう。相手を小突いたとしても、それは親愛のスキンシップに思えたのだろう。酒が入ると。
 「反省していますか?」との問いに、海老蔵は予定されていた公演が中止になったこと、ファンや関係者に迷惑をかけたことだけ、反省していると答えた。「あの日の自分に今、何か言えるとしたら、なんと言いますか?」との質問には、「出かけるなと、言いたい」とだけ答えた。この回答から、あの事件は一方的な交通事故のようなアクシデントであったと海老蔵が考えていることが分かる。記者や視聴者が予想し期待していた、酒癖の悪さに対する反省の言葉は一切、出てこなかった。
 海老蔵は、自分の酒癖の悪さをまったく知らないのだ、きっと。状況を理解できなければ、対応策は立てられない。自分の酒癖を認識できていない海老蔵は、これからも同じような飲み方をするだろう。
 飲んだら絡み、そのことを自覚しない人を酒乱という。海老蔵君は、真正の酒乱なのかもしれない。では真正の酒乱であることが判明した海老蔵君は、これからどうすればいいのだろうか。答えは、こうなったら酒乱道を貫こう、だ。歌舞伎役者なのだから。別に道徳的な生きなくてもよいのだ。要は芸である。芸さえ極めていればよい。本来なら、今回のような事件を糧にして、芸を向上させてもらいたかった。しかし認識がないのだから、糧にしようはない。ならば酒乱に磨きをかけ、それを芸に反映させるまで高めてもらいたい。すれば、暴言を吐こうが、初対面の人間に絡もうが、すべて帳消しだ。
 しかし、酒癖を認めないにしろ、もうちょっと器を見せてもらいたかったな。逆境にあるときこそ、器を披露できる機会であっただが、残念だ。やはり酒乱道に磨きをかけ、次の会見では、酒乱らしい発言を乱発してもらいたい。

 それと、今回の事件で公演等に与えた損害額を聞かれた松竹の重役が、「代わりの公演を企画中なので、その結果を見ないと分からない」と答えていたが、これも情けない受け答えだと思った。「一公演の損失などは、小さなことです。将来のある海老蔵君が今回の事件を乗り越え、一回り大きくなって、恩返ししてくれることを期待しています」ぐらいのことを、言って欲しかったな。

沖縄に基地のある理由


 「アメリカは西太平洋でいったい何をしようとしているのか?」、「アメリカが沖縄や日本国内に基地を持ちたがる理由はなんなのか」 この問いに対する、一般に流布する回答は、アメリカの自国防衛のためである。すると今度は、「いったい、どうしてアメリカは自国領土からこれほど離れたところに軍事基地をおかなければ安全保障が成り立たないのか?」という問いが派生する。この問いに対する一般の回答はない。当然である。最初の回答が不十分であるからだ。
 巷間、アメリカは自国防衛のために、西は(アメリカにとって)日本列島から、東はセントラルヨーロッパまで軍隊を派遣しているという説が流布している(日本国内で)。しかし、この説は正鵠を射ていない。この説に立脚すると、アメリカの真の世界戦略が見えてこない。

 アメリカの世界戦略を知りたければ、ローマ帝国の世界戦略を学べばよい。アメリカは非常に忠実にローマを模倣しているからだ。こんなこと、世界の知識人の常識であると思うが、日本の知識人(というかマスコミですね)はスポッと見落としている。ちょっと迂遠するが、その理由は日本人がヨーロッパ史に概して無知であることと、外交史の大切さに気付いていないことがあげられると思う。
 話は戻って、ローマについて。ローマ帝国は今のアメリカと同様に、当時の世界(地中海周辺)の周辺部分にくまなく軍隊を駐屯させていた。北西はイギリス、北はライン川からドナウ川、東は黒海、シリア、イスラエル、南はエジプト、北アフリカと、ぐるっと当時の(ヨーロッパ)世界を一周する。なぜ当時としては世界の果てであるイギリスやドナウ川に軍隊を常駐させていたのか。国防のためだけで、莫大な費用をかけて、軍隊を駐屯させていたと思いますか。
 当然、国防もひとつの理由であるが、それだけではないのだ。実はもっと大きな目的があった。それは覇権の維持である。覇権を国体という言葉に変えてもよい。
 ローマ帝国は当時の世界の覇権国家であった。覇権国家は世界秩序の維持に努めなくてはならない。同盟国が外国から侵略を受けた場合、同盟国の防衛は覇権国の義務なのだ。SOSのサインを無視したりしたら、覇権は成立しない。ローマの覇権下の他の同盟国や地域からの信用がいっきに失墜してしまうだけでなく、国民からもその政府(皇帝や元老院などの為政者)は見放されるだろう。ちなみに国民から見放されると皇帝でも末路は悲惨である。あの暴君として名高いネロもカリギュラも暗殺されているのだ。暗殺されたくないローマの為政者は命がけで政治を行っていたわけだ。そしてローマ帝国として、覇権の維持は大変なことだったのだ。実際、ローマはいく度も、同盟国の救出が目的で、戦争をしている。イギリスでは覇権ラインの外にあった現スコットランド地方の蛮族が現イングランドに攻め込んできたことがあるが、そのときはイングランドの防衛に皇帝自らが遠征している。ゲルマン人からガリア人(現フランス)を守るための軍の派遣は数限りない。

 覇権は覇権国家のレーゾンデートルである。つまり覇権は覇権国家にとって、背骨であり、中心戦略なのだ。だから覇権を放棄した時点で、覇権国家は存在できなくなる。
 覇権は複雑に構成される相互システムだ。例えば同盟国や覇権下地域の安全保障はローマ帝国の義務であり、代わりに庇護下の地域は属州税(収益の10%程度)を支払っていた。ローマ市民は辺境の土地のために戦わなければならないが、ローマ市民となると属州税(所得税みたいなもの)は支払わなくてもよい。そして、これがより重要なのだが、ローマ市民は覇権国家としてのプライドを保つことができた。

 アメリカに話を戻すと、アメリカも現代の覇権国家である。現代の世界はローマの時代よりも交通的、情報的に見れば小さくなっているので、アメリカの覇権はローマよりも地理的に格段に広い。現在、アメリカの覇権の外にいるといえるのは、ロシア、中国、北朝鮮、アラブ諸国、南米やアフリカの一部ぐらいだろう。だからアメリカは世界各地に駐屯しているのだ。その理由は直接的な国防でなく、覇権の維持だ。
 現代の同盟国は属州税を支払う必要はない。だがそれに変わるタスクは強いられている。基軸通貨として米ドルを使用すること、共通言語として英語を使用すること、会計や法務なのでアメリカを基準とすること。国連やIMFなどの国際機関で、アメリカのイニシアティブを認めること。インターネットなど技術分野でアメリカ基準を採用すること。などである。そして代わりに我々は、安全保障を担保されているのだ。

 これが、アメリカ軍が沖縄にいる理由だ。アメリカは覇権国維持という戦略上、同盟国日本の安全を守らなくてはならない。仮に他国から沖縄(尖閣も含む)が侵略を受けた場合に、アメリカは覇権国として、同盟国日本を守る必要がある。そうしなければ、基本戦略である覇権をアメリカは喪失してしまうからだ。そして今まで享受してきた数々の利得を放棄しなくてはならなくなるだろう。またアメリカ人の覇権国家としてのプライド(これが結構大きな、アメリカ人のエネルギーになっている)は失われるだろう。

 以上、アメリカの安全保障戦略の背景について書いた。しかし、これは現在においてアメリカが採用している戦略である。ローマは覇権を失い、その結果、国は滅んだ。しかし覇権を失っても、存続した例はある。大英帝国だ。今後、国力の劣化が進んだ場合、アメリカはイギリスを倣い、穏便に覇権を他国へ引き渡し、普通の国として生き延びる道を採用することも十分考えられる。その際は、当然沖縄から軍隊を引き上げるだろう。そして当然、日本の安全保障への責任も放棄することになるだろう。フィリピンからの撤退、韓国内の基地の縮小はその傾向の一端を現している。

神経鞘腫体験記(7) 幸いは突然現れる


 本日は7回目の神経鞘腫体験記である。前回に引き続き、入院中に書いた「入院日誌」を転載する。今回は2007年5月8日に書いたものだ。病気には関係のない話が中心だが、入院生活の一端がうかがえるので、全文掲載する。

 過去6回分はカテゴリー“神経鞘腫体験記”に収録されている。読まれていない方はよろしかったら、そちらから先に読んでください。

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【入院日誌】2007年5月8日

 本日大変喜ばしいことがありました。
 昨日の入院通信に“ごはん200グラム”とあったのを覚えてますか。なぜ200グラムと分かるのか疑問に思いませんでしたか? その答えは食事と一緒に毎回、「山本拓也」の名前が記された紙切れがトレーに乗っているのですが、そこにはっきり“ごはん200グラム”と書かれているからです。それで昨日の入院通信には、不満を世間に訴えるつもりも多少は込めて敢えて200グラムと書きました。
 本日、栄養士さんが新規の入院患者に食事の説明にきました。自分は“常C”というランクだそうです。例の紙切れをよく見ると確かに“常C”と書かれています。一般の食事が可能なCレベルの量という意味だそうです。“常”は糖尿病などのように種類に制限がない一般の食事という意味ですので喜ばしいのですが、問題は“C”の方です。自分は身長から類推して“C”の量が適当であると病院側は決め付けてきたのです。それで僕のごはんは毎回200グラムなわけです。
 しかし身長でごはんの量を決め付けるのはちょっと拙速な感じはしませんか? こういう施策を病院側が厳格に励行した場合、トラブルになる可能性もあると思うのです。たとえば背の高い人と低い人が同室に半数ずついた場合、かなり険悪な雰囲気になりかねません。別の部屋に分けて入れた場合は部屋同士の抗争になるかもしれません(なわけないですが)。
 それに身長170センチでやせている人もいるし、柔道の古賀のような筋肉隆々の男もいます。それを画一的に“C”でくくってしまうとは。

 そこで僕は「ちょっとそれってないんじゃないですか?世間には痩せている人もいるし、筋肉隆々の柔道の古賀みたいな人もいますよ。なに、古賀を知らない。しかたないな。じゃあ、キッド山本、あれなら知ってるでしょ。あんなふうに小さくてもモリモリしてるのもいるんですよ。さらにですね、自分は毎週末合気道の稽古に励んでいるし、毎日往復4キロの山道を歩いているんですから」
 とは勿論言いませんでした。ただ「あ~、身長で決めたんですか。もうちょっと高めで申請しておけばよかったかなぁ」と冗談っぽくささやいてみたまでです。前日の検査で身長だけは自己申告だったことを思い出してのことです。
 すると栄養士さんは、「ご飯の量を増やすことは可能ですよ。おかずは無理ですけどね」と天使のような笑顔で言ってくれたのです。

 ということで今夜から僕のご飯は250グラムになりました。ねぇ、大変喜ばしい話でしょ。ちなみに今までは1850キロカロリー。明日からは2090キロカロリーパーデーです。入院中、ちょっと太っちゃうかもしれません。


本日の検査
1 検尿
2 採血
3 耳たぶをカットしての血の固まる速度検査
4 採血検査再び
5 造影剤を注射してのMRI(ちょっと辛かったです)

本日の食事
【朝食】 高野豆腐(二切れ)、大根と人参の酢の物、カボチャとモヤシの味噌汁、ごはん200グラム
【昼食】 ハヤシライスのルー(なんとかソースっていうやつ)、キュウリと白菜とレタスの和え物、ごはん200グラム、オレンジ半分
【夕食】 白身魚の味噌煮、小松菜と人参の胡麻和え、大根おろし、豆の甘いの、ごはん250グラム(!!)



 今日見た映画は「モロッコ」でした。昨日の清楚なイングリッド・バーグマンとは打って変わって主演は妖艶なマレーネ・ディートリッヒです。1930年の作品で、見る前は古すぎて退屈ではないかと危惧していましたが、結果はオーライでした。ディートリッヒって写真で見ると全て大作りで、ちょっとエキゾチック過ぎるように見えますが、動いている姿はチャーミングというか、かわいらしくさえ見えました。
 相手役の俳優はゲーリー・クーパー。実は今この文章を書くためにDVDのキャストを読んで初めてゲーリー・クーパーだってことに気付いたのですが、「ローマの休日」のゲーリー・クーパーとは全然違って、気障でこれも中々かっこよかったです。

 今日もビールものまず、日本酒も啜らずの悲しい夜です。昨夜は同室の方々のイビキの合唱が始まってしまい、どうにも眠られずナースセンターまで行き、睡眠薬をもらいました。
本日は、できれば飲まずに眠りたいと思います。
 明日は造影剤を注射してからCTを撮るかもしれません。この造影剤は直接脊髄に注入するらしいです。かなり痛いと評判です。あ~。
 昨夜はあまり寝てませんし、今日は検査が沢山あり疲れました。そうそうに寝ます。では。

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逗子市長選について(2)


 昨日書いた逗子市長選の話の続きである。
 市長の給与額削減の目的は、公式には財政の建て直しであろう。逗子市長の年俸は昨日、1456万円と書いたが、これを減額していくらにするつもりだろう。1200万円ぐらいだろうか。きっとその程度が限度だろう。あまり低いと首長として、首の座りが悪くなる。
 公約を実現しても、削減できるのは256万円だけ。あまりに小さな額である。

 と書いて批判するのは簡単な話である。批判だけなら誰でもできる。やはり批判するには、それなりの対案を示すべきだろう。そこで財政も市政もまったくの素人であるが、僭越ながらいくつか、対案をここに示したい。幼稚な対案であるので、これから先は笑いながら読んでいただきたい。

 市財政再建にはふたつのアプローチがある。ひとつは経費の削減、そしてもうひとつは収入の増加である。経費削減はすでに先人が試みている。また経費については内情を知らないと手が出せない部分である。何も実情を知らない私が語ることはきっと無責任となるだろう。そこでここでは、増収案についてだけ書きたい。
 増収もふたつのパターンがある。ひとつは税収のアップ。もうひとつは事業による新たな財源確保である。新規事業については後日、書きたい。本日は税収アップの案について書く。
 税収アップと書くと、増税が浮かんでくるかもしれないが、市民である自分が増税案を対案として出すつもりはない。税金の自然増をここでは目指す。

 では、税の自然増のために具体案とは何か。ずばり、逗子のワイキキ化、あるいはビバリーヒルズ化計画である。逗子をハワイのワイキキビーチやビバリーヒルズのような観光的に魅力のある土地とするのだ。そして観光客を呼び込み、経済を潤し、結果、増収を目指す。
 では具体的にどうすれば、ワイキキやビバリーヒルズのような街にすることができるだろうか。以下、具体案を箇条書きで記す。

(1) ブランドショップを誘致する。
(2) 画家や彫刻家などアーティストの作品を販売するギャラリーを誘致する。
(3) 逗子駅から海岸に向うどこかの道を市がリードを取り、計画的に観光ストリートとする。
(4) 観光ストリートでは、ブランドショップやギャラリー、さらにはハイセンスなレストランなどを営業する。
(5) やる気のある地元の商店も、観光ストリートに参加してもらう。

 非常に大雑把な概略は以上のような感じである。
 私はハワイやロサンジェルスが好きだ。なぜ好きかというと、自然と都会がうまく融合している土地だからだ。自然だけなら、ハワイよりもワイルドな土地はある。ロスも当然だ。しかし、ハワイやロスほど両者がバランスよく組み合わされている場所はあまりない。
 逗子はこのバランスをうまく融合できる可能性を秘めている土地だ。関東の他の土地を見回して、逗子を凌ぐ潜在力を持っている土地は見当たらない。
 視点を関東から日本全国にまで広げれば、たしかに他にも良い土地はある。札幌、博多の周辺や沖縄など。しかし逗子はそれらに上回る強みがある。東京が近い。鎌倉が隣にあるということだ。こんな可能性を持っていながら、なぜ逗子市はそれを利用しないのだろうか。
 

 この案では、逗子市民の最大の関心事である“自然環境”を破壊することはない。むしろ自然との融合を立脚点にするので、市民も行政もより自然を大切に扱うようになるだろう。自然保護は強化され、街の景観は向上し、産業は育成される。
 もうひとつ、ポイントとして考えたいのは人口だ。通常、市財政を語るとき人口は大切なファクターとなる。人口が多いほど、税金が増えるから、行政は人口増を望む傾向にあるのだ。しかし、逗子ではこれが二律背反的な問題となる。人口が増えれば、住居数が増加し、ひいては開発につながる。しかし逗子の場合は、人口増を抑制し、かつ増収を図らなければならないのだ。通常の自治体が目指す人口増は逗子では禁じ手になる。
 観光は外から人が来て、潤うものだ。人口は増やす必要がない。上記案では人口増に期待せずとも、財政を強化することができる。

 新しい市長さん(現役続投も含む)、どうです。逗子のワイキキ化、ビバリーヒルズ化計画。挑戦してみませんか。さらなる具体案、興味があれば、お話しします。いつでもお尋ねください!(ちょっと調子に乗りすぎました)

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逗子市長選について


 12月12日、逗子市の市長選挙が実施される。立候補者のひとりの公約が目に付いた。市長の給与を引き下げるとある。耳障りの良い公約である。
 逗子市長の月給は現在、91万円である。そのほか期末手当(ボーナス)が約4か月分出る。合計すると年収1456万円である。公約ではこの額をさらに減額するという。

 逗子市は職員が約500名いる。その他に非常勤もいる。これを会社と考えると、社員500人とアルバイト数百人のそれなりの規模の会社となる。仮に株式会社逗子市とした場合、市長は株式会社逗子市の社長である。この社長さんの年収は1456万円だ。とても良心的というか、献身的な社長さんである。現実社会において、従業員数500人の規模の会社で、これより低い年収の社長がいるところは、そうはないだろう。
 市長と社長は立場が違う。市長は公務員であり、公僕であるのだから、所得などにとらわれてはいけないという考え方もある。でも、この考え方は、組織運営上はあまり効率的な考え方ではない。なぜなら、大方の人は所得のために働いているからだ。つまり大方の人は、市長の候補者とはなりえない考え方なのだ。ほとんどなり手のない職業に、優秀な人材は集まらない。優秀な人材を募りたければ、大方の人が魅力を感じる処遇を提示しなくてはならないはずだ。
 今、例えば東大や京大、早慶などの一流大を卒業したエリートの多くが外資系の銀行に流れるという。かつて私がHSBCにいたときは、最優秀は国家公務員。次が都銀。そして、そのずっと下に外銀があった。当時も東大卒がHSBCにいたが、それは中途組みで、都銀からヘッドハンティングされてやってきていた。ところが、今は最優秀の学生が初めから外銀を目指すという。その理由は給料だ。外銀なら、30歳代で1億円以上稼ぐことは不可能ではない。1456万円なら、普通に働いていても40歳ぐらいで届くだろう。

 市長の場合は確かに、給料目当てでなる人は少ないであろう。しかし、だからといって世間の相場(組織のトップとして)と著しくかけ離れた処遇を押し付けることには無理がある。優秀な人間が手を上げにくい環境になるというだけでなく、さらに限られた立場の人しかなり手がなくなってしまう。いつクビにされるか分からない。さらに給料はそれほどでもない。そんな職業を目指す物好きは、相当の暇のある資産家か、年金暮らしのお年寄りぐらいだ。

 もうひとつ、気になることがある。市長の給料を下げることに賛同して、投票するひとの気持ちだ。確かに1456万円は一般サラリーマンの年収よりは高い。だから市長はもらいすぎだ、と考える気持ちには、嫉妬が見え隠れするのだ。嫉妬が政策や人事に影響を与えると、碌な結果をもたらさない。嫉妬が政治を撹乱した事件で思い当たるのは、文化大革命であり、ポルポト政権である。
 ちょっと飛躍したかも知れない。逗子市民が、ポルポト支持者と同じ心理状態で市長を選ぶことはないだろう。しかし、嫉妬ややっかみが選挙行動に現れないとは言えなくもない。
 われわれは自重しなくてはならない。

 私がもし、ひとりで市長を選ぶことができ、さらに市長の給料も決めることができる、いわゆる企業のオーナーのような立場なら、逗子市長には市長として日本一高い給料を払うだろう。そして、日本一優秀な市長を連れてきたい。
 ユニクロの柳井社長の年収は29億円だそうだ。ソフトバンクの孫社長は9億円である。しかし不平をいう社員は少ないであろう。もしこんな年収はいらないから、もう経営は放り投げると言ったら、慌てる社員は多いと思うが。かけがえのないトップというものは、それだけ得るのが難しいのだ。


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自動車普通免許、一発試験合格への道(8)


 本日、3回目の仮免実技試験を受けてきた。また、また、また、失格であった。疲れた。ぐったりときた。あ~、ため息がでる。
 今日、指摘されたのは一点のみ。ハンドルを戻すとき、手を緩めているということ。ちょっと分かりにくいかもしれないが、カーブを曲がり再び直線に入ると、車輪は慣性で前を向く。ハンドルもグリップを緩めると、自然にもとの状態に戻る。おそらくほとんどのドライバーは特に低速で交差点などを曲がったあと、ハンドルを戻す場合、グリップを緩め、自然にハンドルが回るのにまかせるだろう。私も、そうしたのだ。これが、いけないらしい。言われて見ればそうかもしれない。試験のときは気をつけていたのだが、以前の癖が出たようだ。
 今回指摘されたのは、これだけだ。それで失格とは。そうだとしたら、ちょっと厳しすぎるんじゃない、と思わざるを得ない。

 前にも書いたと思うが、私はアメリカで二度、自動車免許を取得している。どちらも実技はあった。向うの実技はかなり鷹揚で、その時点では無免許なのにもかかわらず、自動車は自分で持ち込まなくてはならない。原則、誰かに連れてきてもらうのだが、私は二度とも無免許で自分で運転して、試験場に向った。他の受験者も大部分がそうであったと思う。
 アメリカでの実技試験は路上のみである。横に試験官が座り、道をナビゲートし、それに従い市中を走る。普通に走れば、大抵は合格だ。道を事前に覚えておく必要はない。極端なキープレフトや、試験のときしかしない踏み切りの窓明け(アメリカでは踏み切りの一時停止は必要ないが)や、交差点の中心ギリギリを右折させたり、などはない。他の車と同じように、普通に市中を走ればよい。それができれば合格だ。私は二度、受けて、二度とも一発で合格した。
 これが、常識的で健全な実技の試験なのではないのだろうか(無免許で試験場まで来る部分は除いて)。なぜ試験のときにしか使わないスペシャルなテクニックを日本の運転免許試験場は要求するのだろうか。
 私は20年間以上、車を運転してきて、若い頃は何度か事故や違反があったが、多分23歳以降は無事故無違反を続けてきた。当然、ゴールド免許を持っていた。自動車免許試験は、私のようなドライバーが目標なのではないのか。高等テクニックを持ってなくても、事故を起こさずに、交通ルールを守って走るドライバーの養成が目的なのではないだろうか。ハンドルのグリップを緩め、スルスルと回して何が悪いのだ。それで一度だって事故を起こしたことはないのに。
 試験官も言っていた。「試験場でやってもらっちゃ、困りますが、一般では皆さん、やってますね」と。

 試験は平日に実施される。本日、私は家を7時に出て、戻ってきたのは4時前だ(帰りに食事と買い物をしたが)。ほぼ一日潰されるのだ。自由業の身ですら、これは痛い。この時間にどれだけの仕事ができたか。こんな無駄をもう3回も繰り返している。日本全国で自動車免許を取得するために無駄に費やされた費用と時間はどれだけであろう。アメリカと同じ方式で免許を授与したら、どれだけの経済効果が見込めるのだろう。いや、自動車学校という産業とそれに天下りする警察官僚の給料などを考えれば、今の制度の方が経済効果が大きいという意見があるかもしれないが。それは誰かが計算してくれ。しかし何度も同じコースを走らされ、一日を疲労と屈辱で失われるその精神的なロスをその計算に加えることを忘れてはいけない。
 だいたい免許は20歳前後で取得すると思うが、その大事な時期に仮に公認の教習所に行ったとしても何十時間、ときには100時間を越える学科講習や実技講習で浪費されるのだ。なんという無駄であろうか。

 今回は本当に、疲れた。もう、なんだか面倒臭くなってきた。もう止めちゃおうかな。という思いはしかし、決して浮かんでこない。免許はそれだけ必要であり、このやるせなさや理不尽さを乗り越えさせる魅力を持っている強力なアイテムなのだ。だからこそ、ひとの足元を見透かすように、こんな出鱈目な制度が継続できるのだろう。

 書いているうちに腹がたってきた。本当に。
 しかし、そう怒っていても試験に受かるわけではない。現行の制度に従わざるを得ないのだ。だから次回は、ハンドルをスルスルと緩めたりしないで、必勝で望みます。

 ちなみに、今回の仮免実技試験受験者は13名で、合格者はゼロであった。

本日の費用
 電車代 逗子→横浜 330円(JR) 
      横浜→逗子 330円(JR)
      横浜→二俣川 190円(相鉄) ※帰りは回数券を使用。
 仮免試験受験料 3,100円
 試験車使用料 1,650円
 合計 5,600円

今までの合計 57,990円

大人から始める合気道(武道と宗教の共通点)


 武道は宗教と似ていると思う。
 武道では始祖を頂点とし、始祖の技を最終地点として日々、稽古をする。例えば合気道では開祖というが、いわゆる始祖は植芝盛平翁であり、我々は少しでも翁の技に近づくべく稽古をしているわけである。開祖の技は動画として残っている。合気道を始めて数年は、開祖の技は古臭く見えた。特に高齢になられてからは、大袈裟でスローに思えた。しかし経験を積んでくると見方が変ってきた。これがやはり合気道の原点であり、最終目標地点なのだと気付いた。
 また以前、少しの間だが香取神道流の稽古をしていたことがあるが、香取神道流の始祖は飯篠長威斉という室町時代の剣術家だ。香取神道流を学ぶものは、これも同じく長威斉の技を目指すべく稽古をしていた。当然、長威斉を知っている人は存在しないし、ビデオも残っていない。それでも伝承を、あるいは型からその姿を思い、その技を想像する。
 目指す地点が始祖であるので、どんなに稽古をしても始祖を上回ることはできない。あくまでも近づいていくのみである。そう考えるとこれは微分の世界だ。目的地点には着実に近づいているとしても、決して目的地点には到達しない。むしろ近づけば近づくほど遠のくような錯覚に陥ることさえある。
 宗教も同様だ。例えば日本曹洞宗の始祖は道元である。曹洞宗に帰依する者は皆、道元に近づくべく日々修行している(はずだ)。現代でも道元が書いた正法眼蔵こそが、曹洞宗の最高の教えの書であり、その後書かれた書物はみなそれを元にした解説本のようなものである。しかしその道元とて、メッセンジャーにすぎないとも言える。何を伝えるメッセンジャーかというと、釈迦の教えを運ぶメッセンジャーである。あらゆる仏教諸派の始祖は釈迦のメッセンジャーなのだ。例え現代最高の高僧といえども、その僧が帰依する宗派の始祖を超えることはできず、さらに釈迦は当然、その彼方だ。

 対してボクシングやレスリングなどのスポーツは科学と類似していると思う。ボクシングやレスリングの始祖は知られていない。おそらくいないのであろう。自然発生的に生まれ、時代を経ながら改良が加えられてきたと思う。改良を重ねてきたのだから、現代に近づけば近づくほど原理的には強くなっているはずだ。格闘技は強さの基準を数値化できないので、単純には比較できないが、きっとそうであると思う。他の数値化できるスポーツ、例えば陸上競技や水泳を見れば一目瞭然だ。確実に記録は伸びているのだ。30年前の天才ランナーでも、現代の競技会に出場すれば確実に負けてしまうだろう。
 科学もそうだ。ニュートンは天才であるが、万有引力の法則は今では小学生でも知っている。アインシュタインの相対性理論を理解できる高校生もいる。科学もスポーツ同様、進化するのだから。

 ここまで書いて気が付いたことがある。すると柔道や剣道は、この基準で見る限り、スポーツに入るのかもしれないと。始祖といわれるひとはいない。加納治五郎は柔道を体系化したが、始祖とは呼べないだろう。剣道においては、大日本武徳会という組織が諸派あった剣術のエッセンスを抽出して剣道を体系化した。
 昔の柔道家と今の柔道家、あるいは昔の剣道家と今の剣道家のどちらか強いのかは難しいところだ。木村政彦は「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」といわれたほど傑出した柔道家であったが、今のルールでオリンピックに出場して勝てるのかどうかは分からない。剣道の持田盛二は剣聖といわれるが、やはり今の全日本剣道選手権に出場したらどうだろう。勝てそうな気もするが、もしかして通用しないかもしれない。
 どちらにせよ、今の柔道家は可能治五郎や木村政彦を最終地点として稽古をしているのではないだろう。現代の剣道家は例えば榊原健吉や持田盛二を至上の目標として修行しているのではないと思う。

 ところで武道と宗教だ。武道は宗教のごとく最初の地点を目指している。だから現代人はいつまでたっても最高点には立つことができない。これは考えてみれば、武道を学ぶものとして幸せな宿命であるように思う。常に師は存在するという幸せである。イチローは誰を目指しているのだろうか。目標となる先人はいるのだろうか。きっと特定の人を目標とするレベルは超越しているだろう。するとそこにある世界は孤独だ。一方、武道を学ぶものはいつまでも絶対的な孤独にはならない。いつでもお手本になる、あるいは依存できるといって良いかも知れない存在があるのだから。


プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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