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神経鞘腫体験記(13) ふんどしのはなし


 約3ヶ月ぶりの「神経鞘腫体験記」だ。初めて読む方のために、簡単に経緯を説明する。私は4年前に神経鞘腫というあまり発症例の多くない病気にかかり手術をした。結構、大掛かりな手術で、入院は1ヶ月。その後、3ヶ月の休養を取り、会社は合計で4ヶ月間休んだ。
 そのときの体験と感想を、そのときの日記などを交え、当ブログにシリーズで書いている。同病の方への参考に、そして自分自身の記録のためだ。
 今回は日記の転載である。手術を間近に控えた、ある日の話だ。
 (「神経鞘腫体験記」はカテゴリーを設けてあり、最初からまとめて読めます)

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【入院日誌】2007年5月15日(推定)


  まだ起き上がると頭が痛いので、ベッドに寝ながらお腹の上にPCを乗せて書いています。

 今日は手術時とその後の集中治療室に必要なものの確認がありました。必要なものとは。
1 浴衣 1枚
2 バスタオル 1枚
3 T字帯 1枚
4 ビニール風呂敷 1枚
5 ストロー付きコップ
6 小タオル 1枚
7 パジャマ 2枚
8 下着(シャツ、パンツ) 2枚

 手術のときは浴衣を着るそうです。裸にするのが楽なためみたいです。浴衣の下はT字帯のみ。
 T字帯というものは、今まで知りませんでしたが、ふんどしのことです。ふんどしは拡げるとT字になりますよね。だからT字帯です。これも簡単に脱がせられるからなのでしょう。きっと。そこのところは質問し忘れましたが、浴衣と同じ理由だと思います。
 すると日本古来の着物はみな脱がせやすい構造になっているということですね。
 この間、トロイの遺跡で有名なシュリーマンの日本滞在記を読みました。シュリーマンは幕末の江戸や横浜の様子を手記にしていますが、庶民は春から秋まで、ほとんどふんどし一丁で過ごしていたようです。子供などは素っ裸です。武士や貴族は別ですが、庶民は1年のうちの半分程度を裸に近い格好で生活していたのです。寒くなかったのでしょうか。
 浴衣やふんどしがワンタッチで脱げちゃうのは、脱ぎたがりの国民性にあるかもしれません。または脱がしたがりの国民性かもしれませんが。

 日本ではふんどしがあるので、手術時に“ふんどし”という発想になったと思いますが、欧米はどうなんでしょうね。ちょっと興味があります。それとこれも聞きたかったけれど、ナースさんに聞けなかったことですが。女性はどうなんでしょうか。ふんどしは男の着衣です。女性は昔は腰巻でしょ。しかし腰巻じゃ、手術時に不便だし。やっぱりふんどしなのでしょうか。疑問です。

 手術まであと二日となりました。大きな検査は全て終わり、あとは本番のみです。以前想像していたより、今は緊張していません。直前になればまた、別でしょうが。

 先週の月曜日に入院して、1週間以上経ちました。その間、一滴もアルコールは飲んでいません。今日などは検査もないし、まだ手術までは2日ほどあるし。ちょっとぐらいいいような気もしますが、どうもNGみたいです。今日聞いたわけではないのですが、以前ナースさんに夕食時にビールがあると寝つきがいいのですがと訴えたことがあります。表情ひとつ変えず、却下されました。よくある質問みたいです。

 昨日、同室に二人の新人が来ました。二人ともよくしゃべる人で、今までの静かな雰囲気と随分変わってしまいました。まだ入院しばばかりで興奮しているのかもしれませんが、慣れてくると少しは静かになるのかなぁ。
 

今日の検査ほか
検査なし。手術の運備品確認。

今日の食事
【朝食】納豆、ごぼう&インゲン、野菜の煮物、おふの味噌汁、ごはん200グラム、牛乳200CC
【昼食】卵焼き、ベーコンと野菜の煮物、ごはん200グラム、グレープフルーツ半分
【夕食】 


 今日の映画鑑賞は「血と骨」、北野武です。武は随分とがんばって太ったみたいですね。この前の「ブリジットジョーンズの日記」の女優もそうでしたが、役のためによく太れるなぁと感心します。僕も以前、留学したときに毎日プロテインをとって筋トレを2時間していたら、1年で10キロ以上増えたことがありますが、太るのって、結構難しいです。僕の場合、落とす方がずっと楽です。今は留学時の最高ウエートより20キロ痩せています。それはそうと、映画は良いできでした。全編、飽きることなく2時間超が過ぎました。たまの邦画はいいですね。
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 以上である。日記を久しぶりに読み返し、あの当時のことを思い出した。ちょうど今の季節だ。新緑が窓から眩しかった。大部屋で、同室の人とはみな仲良くなった。上に書いた新人二人とは、最初はちょっとギクシャクした関係だったが、すぐに打ち解けた。
 入院生活は楽しかった。検査は痛いし、手術は怖かったが、看護婦さんは可愛かったし、飯もうまかった。本は沢山読めたし、映画も毎日のように見た。当時はまだ勤めていたが、会社での生活よりも随分楽なものだと、思ったものだ。
 ああ、今思うとあれは大きなきっかけであった。会社を辞める。入院中もそうだが、休養期間の3ヶ月は実に快適だった。この生活こそが、「俺が求めている生活だ」と思いついた。自分のペースで生活をし、仕事(当時は読書だったけど)をする。
 それで、辞めることを本気で考え出した。
 42歳の厄年であった。今、思うと人生の転機だった。


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下水の工事はどこに頼むべきか


 本題に入る前に、週末について。土曜は「全日本合気道演武会」が日本武道館で開催された。今年で49回目だ。パンフレットによると第一回(昭和35年)では、参加者は150名程度だったそうだが、今回は武道館が2階席まで含めて8割程度の入りであった。どのぐらいの数だろう。武道館の席数は13500だから、1万人ぐらいだろうか。とにかく人で一杯だった。
 今年も控え室で内田樹先生を見かけた。当然、向うはこちらを知らないのだが、こちらが気付いてじっと見ると、向うもこちらを見返してきた。去年も同じことがあった。ジロジロ見てしまって、内田先生、スミマセンでした。
 その後、これも恒例の我が文京合気会の打ち上げ。いつもと違う店だったが、広い個室でよかった。料理もいつもより、大分よし。来年もここにしたらどうでしょう、幹事さん。


 さて本題。ちょっと前になるが、下水道の工事を行った。前にもちょっと触れたことがあるが、今回は備忘のために若干詳しく書く。
 うちは築40年の木造建築だが、下水も同じく築40年である。その古い下水というか排水というのかな、それが逆流した。裏庭に排水のコンクリート溝があるのだが、そこから汚水があふれ出た。それまでも風呂桶の水を一度に流すと、洗濯場の排水溝から水が逆流することがときたまあった。いつか直さなくてはと思っていたが、費用がどれだけかかるのかが恐ろしく、見ないことにしていた。
 しかし今回の逆流は激しいものだった。汚水が裏庭にたまり、悪臭を放出している。見逃すわけにはいかなかった。
 修理をしなくてはならない。さてどこに頼もうか。下水工事などを頼んだ経験はない。そこで思いついたのが、以前ポストンに放り込まれていたマグネット(冷蔵庫なんかに張るやつ)だ。たしか水道屋の広告付きのものだった。それに問い合わせてみよう。しかし下水や水道工事は悪質業者が跋扈していると聞く。念のためにその業者をネットで調べると、あまり評判がよろしくない。
 水道関連の工事では、みなさん頭を悩まされているようで、いくつも関連質問コーナーや掲示板を見つけることができた。どうも広告を盛大にしている業者はやばいらしい。
 派手な広告を打つ業者はいくつかある。テレビでもやっているらしい。私はテレビをあまり見ないので知らなかったが、ネット情報によると、そうである。当然、そうしたところは広告費が加算されるので、工事料金も高い。
 やはり地元の水道屋がいいらしい。でも地元の水道屋ってどうやって調べればいいのだろうか。おそらく地元の水道屋はサイトを持っていない。ならば電話帳だ。
 めったに使わない電話帳を引っ張り出してきて、水道屋の欄を調べる。沢山ある。逗子の、さらにこの家の近くの、それも宣伝を打っていない(電話帳にも広告が掲載されている)、地味目な水道屋に目星をつける。そして電話をした。

 それから数日後に、その地元の水道屋が来た。2名ばかりの職人が来た。コンクリート溝を開けると、植木の根が溝いっぱいに絡まっている。溝は4箇所あるのだが、そのうち3箇所に根が入り込んでいる。植物の根は強く、コンクリートの隙間を破って入り込むらしい。40年の間に、少しずつ入り込み、その時点ではエイリアンに占領された宇宙船状態であった。
 溝をすべて掃除。さらにパイプの中も、道具を突っ込んで掃除した。2時間ばかりの作業だった。
 さて、心配の金額だが。2名も専門家が来たのだから、4,5万はかかるだろう、と覚悟していた。しかし請求された金額は1万円ちょっと。安いではないか。

 しかし問題はそれで解決はしていない。なぜならコンクリートの亀裂はまだ存在しているからだ。この亀裂こそが恐ろしいという。亀裂から水が外に漏れると、そこに水の道ができる。水の道はまわりの土を運び、空洞を作る。空洞は段々と大きくなり、いつかそこが陥没するという。
 私の住む住宅地はほぼ一斉に造成されたため、みな築40年前後である。この住宅地では下水の漏水によって陥没した住宅がいつくもあるらしいのだ。
 これを根本から解決するためには、コンクリート溝を塩ビの溝に変えなくてはならない。さらにパイプも古いタイプで径が小さいらしいので、こちらも太いものに変えたほうがよい。
 これを工事するためには裏庭をすべて掘り返し、さらに裏庭は一部だがコンクリートで覆ってあるので、そこをはがし、またコンクリートで補修する必要がある。これをした方が、よいのだそうだ。
 金額を考えると恐ろしいのだが、また頬かむりしていていいわけがない。思い切って、見積もりをその業者に依頼した。50万ぐらいかなと予想したが、出てきた見積もりは18万円程度であった。これなら、なんとかできる。

 結果、キッチン、洗面所、風呂場、洗濯場の排水管をすべて取り替え、4つのコンクリート溝のうち、頻繁に使う3つを塩ビに変えた(ひとつは屋根からの雨水を受けるもので、工事は必要ないと判断)。
 キッチンの排水管はかなり遠回りをして作られていたそうだ。それをショートカットしてもらう。こうすると排水の流れがよくなり、詰まりの原因を削減できるらしい。
 雨なんかもあり、工事は1週間かかった。実際に工事をしていたのは4日間であった。その間、多い日は3人。少ない日は1人が従事していた。

 古いコンクリートははがされ、新しくコンクリートのカバーもできた。たまに悪臭が家の中に逆流することもあったが、今はまったくない。排水が促されると、すべての流れが良くなるのだ。人間の便と同じだろう。排水は家にとって、とても大切な機能なのだ。改めて分った次第である。

 先日、請求書が来た。請求額は見積もりと違っていた。ぼられたかって? いやいや逆です。請求額は15万円程だった。見積もりよりも3万円も安い。
 あれだけの職人が4日間も来て、素人からみるとかなり大掛かりな工事をして15万円とは安いではないか。
 後日、近所の方と話していて、同様の工事をして60万円かかったとおっしゃられていた。私が15万円だったというと、目を丸くされていた。

 結論である。水道工事、下水工事は地元の水道屋に頼むべきだ。それも電話がよい。ネットに載ってなくても、電話帳で調べることができる。
 私が電話をかけた水道屋は電話の対応もものすごくよかった。怖いと聞かされていた下水の工事だが、いやな思いはまったくしなかった。
 水道工事のキーワード。それは“地元の水道屋”、“電話帳”。この2つである。

カラスVSトンビ


 ここのところ毎日、空中戦が繰り広げられている。私の仕事部屋は自宅の二階で、机は窓に面している。机に座って、よく外が見渡せる。
 逗子はトンビが多い。まずここに引っ越してきて驚いたことは、トンビだ。空中に乱舞するトンビの迫力に肝をつぶした。
 逗子にはやはりカラスも多い。でもカラスはどこにでもいるから、別に肝はつぶさなかった。うるさいなあ、と思っただけだ。
 その逗子の空の二大勢力が、春になると激しく相争う。さて、みなさん、どちらが強いとお思いですか。ちなみにトンビはカラスよりも一回り以上、体が大きい。
 普通、体の大きい、さらに猛禽類であるトンビが強いと思われるだろうが、豈図らん。カラスが圧倒的に強いのだ。毎日、数回の激しい戦いを目撃している。今年になってからだけでも、30回以上は目撃していると思う。その結果は、カラスの勝率が9割といったところだ。

 トンビは大きな体を上昇気流に乗せ、鷹揚に滑空する。ただ飛んでいるだけだ。特に餌を探している気配はない。飛ぶことを楽しんでいるように、空を舞う。そこにカラスがいちゃもんをつける。トンビは遅い。カラスは早い。カラスは矢のごとく鋭く直線でトンビに襲い掛かる。トンビは相変わらず、のんびりと、実際はのんびりとでなく、一生懸命に逃げる。でもすぐに追いつかれる。そしてつつかれる。ただしトンビも猛禽類としてのプライドがある。ただつつかれているだけではない。尻尾をつつかれながらも、一瞬、くるりと向きを変え、カラスに反撃する。猛禽類の武器は爪である。くるりと反転し、鋭い爪で襲う。でも見ていると、ほとんどその反撃はカラスにかわされる。またすぐに背後に付かれ、尻尾をつつかれる。

 昨年だか、一昨年だかに江ノ島に行った。そこにはトンビが一杯いた。逗子にも一杯いるので、別に驚きはしなかった。ただの風景の一部であった。
 昼になり弁当を食べた。弁当を食べ始めると、さっきまで風景の一部であったものが恐怖の対象に変身した。空中から急降下で襲い掛かってきたのだ。これは恐ろしかった。頭上には何羽も旋回して、次の攻撃にそなえている。とても弁当どころではなかった。弁当を抱え、あわてて場所を移動した。
 あのときは、心底トンビが嫌いになった。逗子では感じなかったが、今後一切、トンビに同情は寄せないことを心に誓った。

 しかし毎日、窓から尻尾をつつかれるトンビを見ていると、あの誓いを忘れてしまう。つい、「トンビがんばれ。後ろだ、後ろに回りこめ!」と、トンビを応援している。判官贔屓というやつだ。

 なぜ春になると、この鳥類の2種族が喧嘩を始めるかというと、巣作りの季節だからだ。お互いにおそらく、雛を捕食する。見たことはないが、きっとそうだ。それで巣の近くに敵が来ると、攻撃を始めるのだ。
 
 うちにはソテツの木がある。ソテツはちょっと見た目は椰子の木のような南国風の植物である。樹皮は細かい紐のような繊維でできている。昔は箒やタワシにされた。
 このソテツの繊維を求めて、最近毎日カラスが我が庭へやってくる。ソテツにしがみつき、樹皮をはがして持ち去っていく。巣の材料にするためだ。
 一生懸命、巣作りに励むカラスを見ていると、空中戦で圧勝していた憎たらしさが雲散霧消する。「カラスがんばれ、良い巣を作れよ」とつぶやいている。

 結局は、トンビもカラスもがんばれだ。

ウオシュレットが国を滅ぼす


 昨日、図書館に行った際に便意を催した。当然、図書館にもトイレはあるが、行かずに我慢した。図書館のトイレにはウオシュレットがないからだ。急いで帰って、家で済ませた。途中、危ないときもあったが、どうにか持ちこたえることができた。

 この間、イタリア旅行に行った際もそれで困った。泊まったのはローマやフィレンツェという都市のそれなりのホテルばかりだったが、どこもウオシュレットがない。ビデはあるのに。
 今回のイタリアで初めて知ったのだが、ビデは水を張って使うものらしい。女性のみが使用するものでなく、男性も排泄行為の後、局部を洗うという。その際に、ビデに水を張り、バシャバシャと洗う。つまりウオシュレットと同じですね。違いは、ウオシュレットは手を汚さずに。座っていれば機械が自動的に洗ってくれる。ビデは水(お湯)を張って、自らの手で洗う。
 それで、イタリアでビデを使ったかというと、使わなかった。なんだか汚い感じがして。なぜなら、ビデは便器の横にある。形状は便器とよく似ている。一度、ビデにお湯を張って、しゃがんでみたが、使う気にはなれなかった。便器の底に溜まる水で、尻を洗うようなものだからだ。誰かがここにお湯を張って、尻をバシャバシャ洗ったと思うと、どうも気が引ける。つまり、あなたは公衆トイレの便器にたまった水で尻を洗うことができますか? そんな感じだ。
 そういうことで、イタリアの9日間は、トイレで悩まされ続けた。

 私がウオシュレットを使い始めたのは、29歳のときだ。今でも覚えている。あの感動を。ウオシュレットを購入して、始めてお尻の穴に生暖かいお湯が噴射されたときのあの、妙な感じは忘れることができない。今ではすっかり穴も慣れてしまっていて、すれっからしのように動じなくなったが、あのころはピクンと処女のような反応をした。
 私は今、48歳だから、ウオシュレットを使ってほぼ20年。最初の30年はウオシュレットなしの生活を過ごしていたのだが、もうなしではいられない体になってしまった。人生の5分の3をウオシュテットなしで過ごしてきた人間でさえ、海外旅行に躊躇するありさまである。生まれたときから使っている子供は、いやもう20歳になるのだが、どうなるのか。
 直接彼らに尋ねたことはないが、おそらく完全に体は、特に穴は、ウオシュレットと同化しているのではないか。ウオシュレットがなければ、用をたすことは不可能であるのではないか。
 すると困ることがある。そう海外での生活だ。これがために海外留学を控える若者は多いと推測するが、どうだろう。最近、日本の留学生が減ったことは知られている。その原因は若者の内向き志向だとか、冒険心の欠如だとか、色々言われるが、実はここに本当の答えがあったのではないだろうか。
 TOTOは早く、ウオシュレットを世界に普及させなくてはならない。そうしなければ、若者は、いや私のような中年さえも、海外に出なくなってしまう。まさに亡国の危機である。日本の窮状を救うのは実はTOTOだったのだ。

 荘子に次の話しが載っている。
 昔、子貢という人がいた。この子貢さんはあの論語に出てくる子貢である。孔子の弟子だ。荘子にはよく、孔子の弟子が登場して、お馬鹿な役回りをさせられている。荘子は結構、皮肉屋なのだ。
 さてその子貢さんが、歩いていると農夫が田に水を甕(かめ)で汲み入れている。そこで子貢は、知ったかをして、「あなたは“つるべ”という便利な機械があることを知らないのか。つるべさえ使えば、一日に百畝(ひゃくうね)も水を汲めるのに」とお節介をやく。すると農夫は「わしだって、そんなことぐらい知っとるよ。知ってて、使わないのだ。機械を使うものは、心も機械で絡め取られてしまう。“純白心”が失われるので、あえて使わないのだよ」
 日本人にとってのウオシュレットはまったく、子貢にとってのつるべである。いつの間にか日本人は、ウオシュレットという機械に自由を奪われてしまった。

 本来は、TOTOの世界制覇を期待するのでなく、機械に縛られた生活から自らを切り離さなくてはならない。荘子は二千数百年前に、そう教えている。
 荘子のこの話しを読んだときに、なるほどと思った。しかし実際に直面すると、なかなか荘子が唱える道は険しい。つい子貢に肩入れしたくなる。

ウグイスとマクルーハン


 窓からウグイスの声が聞こえてきた。今までにない美しい歌声だった。逗子ではウグイスは珍しくない。春から夏にかけては、毎日のように聞こえる。そうした毎日聞くウグイスの声だが、さきほどのものは別格だった。声はどんなソプラノより可憐で滑らかだった。歌の調子はまるで音楽であった。ちゃんと旋律を奏でていた。ウグイスは歌声で求愛するというが、あのウグイスなら逗子一番のモテ男だろう。

 昨日、暫く取り組んでいた仕事を終えたと書いた。それで今日は、少しのんびりと本を読んだ。読んでいるのはマクルーハンの『人間拡張の原理』である。とても難解というか読み辛い本である。あまり分りにくいので、今日図書館に行き解説本を借りてきた。宮澤純一の『マクルーハンの光景 メディア論がみえる』だ。これを読んで、ようやく理解が進んだ。宮澤さんは頭がいい。私が四苦八苦しながら熟読しても理解できないことが、分ってしまい解説さえできるのだから。
 そんなこんなで理解した中で、「文字メディアは視覚文化であり、テレビやラジオなどの電子メディアは聴覚文化である」といった内容がある。ちなみにマクルーハンはテレビやラジオを電子メディア(electronic media)と表現している。今は電子メディアといえばインターネットだが、当時はテレビやラジオが電子メディアであった。それらに対し、電子メディアという表現がされていたことに驚く。もしかしたら、そんなことを言っているのはマクルーハンだけかもしれないが、それならなおさら驚きである。
 閑話休題。文字が生まれる前は聴覚文化の時代であったという。情報は言葉で耳から耳へ伝えられていたからだ。つまり文字以前は聴覚文化で、文字が生まれると視覚文化に変り、電子メディアが誕生すると再度聴覚文化の時代に返ったのだ。

 なぜこんなことを書いたかというと、ウグイスである。ウグイスの声があんまりきれいなので。ウグイスの声はちゃんと、メディアの役割を果たしていた。
 そういえば日本は文字が生まれた後も、暫くは聴覚文化の時代であった(実はマクルーハンは西洋も、文字が生まれた後も基本的には聴覚文化の時代が続いたと書いている。本格的に視覚文化に移ったのはグーテンベルグ以降である)。
 日本の文学は詩歌が中心だった。詩歌は読み上げるものだ。和歌を送られた女性は見たことのない男性に恋をした。それはきっと聴覚が感性に直接響いたからだろう。和歌を送られた女性は、自分で声を出して読んだに違いない。自分の声を通じて、相手の声を想像して、恋をしたのだと思う。

 ウグイスの声を聞いて、ちょっと学術的で文学的な気分になった本日でした。

専門分野の翻訳


 今さっき、クライアントから直で受けていた翻訳案件を納品した。産経時代からお世話になっているネット広告の団体からの依頼であった。
 ゴールデンウイーク前に発注があり、納期は6月初旬だったが、予定よりも早く終了した。
 今回の仕事は訳していて楽しい仕事だった。というのも、以前自分が属していた業界の仕事であり、内容が理解できる。それに内容自体にも興味がある。
 以前、工業製品のマニュアルの仕事の依頼を受けたことがあるが、あのときは参った。英文の構造はシンプルなのだが、内容が理解できない。業界用語が多く、辞書には載っていない。略称や略した表現も多く、調べても分らない。翻訳会社に尋ねながらの仕事だったが、果たしてあれでよかったのかどうか。

 その点、今回はほぼ100%理解できた。2年以上前に業界を去っているので、知らない新しい用語や技術もあったが、ベースを理解しているので、調べることができる。
 おそらくこの仕事をネット広告の知識のない(普通の翻訳家は分らないと思う)翻訳家が訳したら、苦労するだろう。やはり餅屋は餅屋だ。私も餅屋の端くれだったと思うと、嬉しい。

 実務翻訳はたいてい専門分野の翻訳である。仕事を発注するのは企業であり、内容は業務に関することだから当然だ。一方、受ける翻訳者は普通は素人である。メディカルの場合の元薬剤師や、ビジネスの場合の元金融マンなどもいるだろうが。
 そうした素人たちも、その分野を数多くこなすうちに、業界を習熟していき、こなれた翻訳ができるようになるのだろう。しかしそれまでの道のりは長い。

 始めてたった2年の翻訳だが、今までを振り返ると、医療、貿易、会計、法務、観光、工業製品と幅広い業界から仕事を請けてきた。
 貿易や会計は勉強したことがあるので、多少は理解できた。医療は図書館で必至に勉強した。法務はこれも多少、勉強したことがあった(実は司法書士の学校に通ったことがあるのだ、はは。挫折したが)、これは苦戦したが。観光は一般知識で何とかなった。工業製品は、これは今思い出しても、冷や汗ものである。
 これからも実務を受けていくのなら、色々な業界から仕事がくるだろう。今まで通り、オールカマーでよいのだろうか。しかし、やはり絞った方が良いのではと思い始めている。ビギナーは来た仕事は拒まずにすべて受けるべきという先輩がいる。ところが時間は有限である。すべてに習熟するには、時間がかかり過ぎる。
 それに品質の問題がある。受けた以上、最上の訳文を返さなくてはならないが、その最上の質が問題だ。非常に低レベルの最上品ができあがる可能性、大である。クライアントに迷惑をかけちゃう。

 翻訳の楽しみは、色々な分野を勉強できることである。しかし自分だけ楽しんでいても仕方がない。クライアントが楽しむというか、喜ぶ仕事をすべきである。

 出版と平行して、実務も当面は続けていくつもりだ。これからどういうスタンスでいけばよいのか。考えなくてはならない。しかし今回の仕事は楽しかったなぁ。また、したいなぁ。Y田さん、これ読んでますか? 

藤岡セミナーと洋書の森


 土曜日は藤岡セミナーに参加してきた。藤岡セミナーは正式名称「財団法人日本出版クラブ主催 2011年度 藤岡啓介 出版翻訳プロの条件 連続セミナー」という。出版翻訳の世界で長年活躍されてきた藤岡先生のもと、プロの出版翻訳家を目指す有志が集まり研鑽を積むセミナーである。今回は2回目であった。初回は4月にあった。しかしブログでは特に触れることはなかった。
 それには理由がある。なんと書けばよいのか分らずに躊躇していたからだ。このセミナーは翻訳学校の授業とはかなり違う。初回はそのことに戸惑い、感想がまとまらなかった。

 藤岡セミナーでは、講義中にいわゆる読解はしない。毎回、課題が与えられ、その詳しい解説はある。しかし、それは紙の上でのみ行われる。課題は事務局からメールで送られ、訳文もメールで先生へ送る。訳文に対する、先生の感想もまたメールで返送される(先生は生徒の訳文を添削しないそうだ。生徒の自主性を尊重してくれてのことだ。先生が書かれるのは感想である。う~、重い感想である)。課題に関するやり取りは、ほぼ全てメールで行われ、講義中に取り上げられることはほとんどない。では、講義は何をするのか。ここに前回は戸惑ってしまった。
 
 講義は先生のお話しで終始する。先生のお話しは、一見世間話である。取りとめがない。先生の過去の仕事の実例から、出版社の仕組みについて。お住まいになられている鎌倉の話から、内外の文豪についての先生の感想。そうしたお話しが、まるで前後脈絡がないように、先生の口からほとばしる。生徒は(特に私は)、どう対応すればよいのか分らない。おろおろしている間に、4時間の講義は終了する。
 この講義は非常に難解である。大人向けというか、玄人向けというか。
 対応の仕方によれば、生徒は楽チンである。課題さえ事前に提出しておけば、それですむ。講義中に誤訳を指摘されたり(今回は一部、ありましたが)、難しい英単語の意味を尋ねられたりすることはない。先生のお話しをただ拝聴してさえいれば、よいのだから。
 しかし対応の仕方によれば、緊張を強いられる。一見、脈絡のない話に、聞き捨ててはおけないエッセンスが散りばめられているからだ。ウトウトしていたりしたら、それを聞き逃す。先生の話しは縦横無尽だから、いつエッセンスが飛び出すか分らない。真剣に4時間、耳を傾けていなくてはならないのだ。
 しかし話は興味深いものの連続で、実はそんなに固くなっている必要はない。自然と身を乗り出し聞き入ってしまう。しかし面白い話だと、軽く聞き流すと、実はそこに捨て置けない、プロ翻訳家としての秘訣があったりするので、なかなか厄介ではあるのだが。

 生徒は約30人いる。その内かなりが既に翻訳家として仕事をしている人であり、そうでない人も長年の学習者が多い。みな英語の実力は備えている人ばかり(私以外)なので、課題に対する解釈は確かに必要がない。ドキュメントで、しっかりした回答を先生から事前に受けているのだから、それを読み込んでおけばいい。もし不明があれば、それは自ら先生に伺えばよい話だ。その当たりのことを、先生は見越して、セミナーの構成をされているのだろう。
 ここに気が付くのに、1ヶ月を要した次第である。

 要領を得た今回の講義では、かなり啓発された。やる気が出てきた。最近、実現できるのかどうか分らない出版翻訳よりも、実際の仕事がある実務翻訳にウエートが傾いていることに、自分でも気がついていた。しかし、進みたいのは出版翻訳である。このままで良いのか、どうすれば良いのか分らずに、苦慮していた。その結果、ただ立ち止まるような状況が続いている。

 先生は未だに、企画書を自分で書き、出版社に持ち込んでいるそうだ。数多くの出版をこなしてきた一流の翻訳家さえ、自ら企画を売り込んでいるのだ。そういえば、今回席が近かったSさんという方も、すでに翻訳家として活動されているが、最近出版社に企画を持ち込んだという話しをされていた。今回のセミナーで最高齢、おそらく60代後半だろう。そういう方も臆せず行動されている。一冊も出したことがない、自分が怯んでいてどうする。

 昨年、丸一冊翻訳した本がある。あれをまず持ち込もう。実はここ2週間をかけ、再度読み直し校正しているのだが、改めて面白い本だと思った。編集者に私の訳文を読んでもらうことも、それ自体意味のあることだろうし。


 日曜日は藤岡セミナーの会場である日本出版クラブへ再度、出向いた。同クラブには“洋書の森”というのがあり、そこへ行ってきたのだ。洋書の森は販権が決まっていない洋書が保管されており、それを閲覧することができる。会員になれば、1ヶ月間借りることもできる。会費無料で、私は前回のセミナーで登録をしてあった。そこで合気道の稽古で、都内に出たついでに行ってきたのだ。
 2冊ばかり借りてきた。これからリーディングをして、面白そうなら企画書を書くつもりである。書くことができたら、これも出版社に売り込みに行きたい。
 ※洋書の森は土日は休館であるので、ご注意を。私は土曜のセミナーに参加した際に、事務局の人にお願いしてあったので、借りることができた。

恐るべし“ベビースターラーメン”


 前々回のブログで、かみさんが遠足に行くという話しを書いた。帰った当日、「どうだった?」と聞いたら、「天気が良かった」と答えた。その後、何か続きがあるのか待ったが何もない。遠足に行って感想が、「天気が良かった」だけじゃ、小学生以下である。仕方なくこちらから「それだけ?」と問うと、「ムニャムニャ」と何か答えた。どうもお疲れの様子。お疲れなら、しょうがないや。

 さて、今日はその話しではない。ベビースターラーメンだ。翌日、元気を回復したかみさんが、「そういえば子供達のほとんど、多分9割ぐらいがベビースターラーメンを持っていたよ」と言った。かみさんの遠足のお菓子は前日に私が買ったのだが、ベビースターラーメンも買ってあったので、そんな話しをしたのだと思う。
 しかし、9割とは。すごい割合でないか。あらゆる分野で、あらゆる商品の中で、9割の市場を持つ商品が果たしてどれだけあるのだろうか。

 ベビースターラーメンは懐かしいおやつだ。当然、私も子供時代よく食べた。遠足に持って行ったかどうかは忘れたが、駄菓子屋ではしょっちゅう買い食いをした。当時は駄菓子屋がまだいたるところにあり、私はおじさんが赤提灯に群がるように、毎日のように駄菓子屋に入り浸っていたのだ。ベビースターはそのときの主役級お菓子であった。
 あのベビースターが今も子供達に食べられている。それも圧倒的人気で。こころみに調べてみた。

 ベビースターラーメンは株式会社おやつカンパニーという会社が製造販売している。三重県の会社である。ベビースターラーメンは1959年に発売された。価格は10円である。たしかこの前買ったときの値段は30円である。1959年から2011年までに価格が3倍にしか上がっていない。これもすごいことじゃないか。
 ちなみにJR(国鉄)の初乗り運賃も調べてみた。1959年は10円であった。ベビースターと同じ値段だ。それが時代は50年以上下って2011年。ベビーは3倍の30円である。一方JRはご存知のごとく130円。なんと13倍だ。
 ベビーと比較すると、ものすごい値上がり様だが、値段が上がったのは勿論、JR運賃だけではない。すべての商品が10倍程度、上がっている。きっと。当時は高度成長で、毎年物価は10%近く上昇していたのだから、当然である。その中で、ベビーはたった3倍。何度も繰り返すが、“すごい”。立派な企業努力ではないか。その結果が、市場シェア9割だ。

 今の子供は買い食い文化はないだろう。家でお母さんが買ったお菓子を食べているだろう。お母さんはベビースターラーメンはあまり好まないだろう。なんとなくみっともないし、安っぽいし、こぼれると家が汚れるし。きっとカルビーとか湖池屋のスナック菓子なんかを買い与えているのだろう。だからおやつカンパニーは大企業になっていない。でも子供が自らお菓子を堂々と選択できる機会である遠足では、ベビーは常に選ばれ続けている。
 遠足がある限り、「おやつカンパニー」は安泰である。カルビーみたいに大会社にならずとも、安定した経営を続けることができるであろう。

 間違いなく世界一の投資家であるウォーレン・バフェットはかつて大量に株を有する“ジレット”を評してこう言った。「こうしている今も、男達の髭は伸び続けていると思うと、安心して眠ることができる」。バフェットはコカコーラの株も大量に保有している。絶対的なシェアを持つ日用品の会社がお気に入りのようだ。もしおやつカンパニーが上場したら、バフェットが買うこと間違いなしだ。そして言うだろう。「日本の小学生が毎年遠足に行くと思うと、安心して眠ることができる」と。

 9割の子供が遠足にベビースターを持ってきていたという。すると1割の子は持ってきていないことになる。その子達の心境いかばかりか。推測にすぎないが、かなりのショックを受けたに違いない。「なんたる失態を犯してしまったのか」と。そして誓ったとはずだ。「来年の遠足には、ベビースターラーメンを“絶対”持っていくぞ」。
 おやつカンパニーは当分、安泰であろう。

今、一番したいこと


 今日は本当に良い天気だった。今は午後5時過ぎだが、一日清々しい晴天だった。
 窓からは小鳥のさえずりが聞こえる。ついさっきは鶯が鳴いた。いまはシジュウカラが自慢の歌声を聞かせている。カラスとトンビもときたま、賑やかに騒ぐ。

 会社員時代、こんな天気の良い日に外を歩いていると、よくあることを考えた。「今から好きなことができるとする。何を自分はしたいのだろうか」。答えは「家に帰る」、「このまま海外旅行へ行く」、「飲みに行く」、「寝る」などだった。あのころは、天気が良いと、いつもそんなことを考えてたっけ。
 ところで上記の中で、一番多かった答えは「家に帰る」だ。とにかく早く家に帰りたかった。それで何をするかって? 本を読みたかった。読みたい本が沢山あった。

 今日も同じ質問を自問した。答えは意外なものであった。「今のまま仕事を続ける」だ。会社員時代は一度として、そんなことを思ったことがない。しかし本日の回答は「仕事」であった。

 今から仮に旅行に行けたとしても、飲みに行けたとしても、寝られたとしても、本を読めたとしても。私は仕事を選ぶ。なぜだろうか。
 考えてみた。答えはすぐに出た。私は今、好きなことができる。その気になれば、旅行に出ることもできる(かみさんは驚くかもしれないが、できなくはない)。飲んだり、寝たり、読書したりは当然、自由自在だ。
 今はそうしたことと仕事は同列である。会社員次代は、仕事は現実で、家に帰ったり、突然旅行に出たりは夢であった。当然、選べるとしたら、夢を選択した。しかし今は旅行も酒も昼寝も読書も現実としての選択肢だ。そして仕事も現実である。

 昼間から酒を飲みたくないわけではない。でも、昼間から酔っ払うのはもったいない。その時間があれば、仕事あるいは勉強がしたい。早く実力をつけたい。世に出る仕事を実現したい。それが私の今、一番の夢なのだ。
 
 そう考えると、今は幸せである。一番したいことをして過ごしているのだから。

明日は遠足


 明日は遠足だ。私ではない。かみさんが受け持つクラスがだ。だから別に、私には何にも関係ないことなのだが、お菓子を買ってきた。

 かみさんは帰りが結構遅い。私はかみさんの帰りをいつも待てない。先に夕食を食べ、ときには寝てしまう。でも本当は待っていたい。ひとりで食べるよりも、一緒に食べる方が楽しい。せっかく作った夕食も、一人では味気ない。
 明日は遠足だから、今夜学校の帰りにお菓子を買って帰るという話を今朝、彼女から聞いた。ただでさえ遅いのに、お菓子なんかを買っていたら、さらに遅くなる。また先に寝てしまえばいいのだが、でも多少協力できるとことはするべきだろう。ということで、私がお菓子を買うことになった。その分、かみさんは早く帰ることができる。
 そんな理由で買うお菓子なので、別段、“ちから”は入らなかった。お菓子を買うのに、普通“ちから”は入れないものだ。しかし遠足である。遠足のお菓子の購入には“ちから”がこもるものだ。
 西友で買い物ついでに、物色をした。すると不思議なことに、私にも“ちから”が湧き上がってきた。遠足効果、恐るべしである。

 予算は300円だ。最初はちょっとぐらい超えてもいいかと考えた。しかし先生のお菓子である。先生が自らルールを破ってよいわけがない。ぜったいに300円を超えてはならない。300円とは、とても少ない予算である。ちょっとしたお菓子はひとつで予算を超える。超えなくても、まさかひとつしか持っていかないわけにはいかない。
 そういえば、子供達とお菓子の交換をすると言っていた。すると子供達から見られることになる。先生の威厳を示さなくてはならない。なめられてはいけない。むしろ、流石先生である、と思わせるぐらいでなくてはならない。
 そうした制限の下、お菓子選びは難航した。その結果は以下の通りである。

プチモロコシ(焼きとうもろこし味) 78円
チョコミッキー 30円
カトヨッチャン 31円
ベビースターラーメン 31円
ちびっこのおたのしみパック 113円
合計:283円
※ちびっこのおたのしみパックの中味
   うまい棒
   7連ポーロ
   チョコマシュマロ
   ガブリチュウ
   くじゃくゼリー
   コーヒームギ(多分)

 駄菓子屋でなく西友という場所で、これだけのラインナップを揃えたことに満足感を抱いている。きっと、子供達は驚くに違いない。「すげー、先生のお菓子。うまそー。交換して~」と子供達は群がるだろう。先生の株はきっと上がる。
 しかし若干、乾き物系というか、酒の肴系が多いように思えるが。これが大人のセレクションというものである。

遠足のお菓子
結構、良いラインナップと思うのは、私だけだろうか


春の政変と親父軍団


 うちには猫が二匹いる。フクと大吉である。二匹とも2歳のオスである。やんちゃざかりだ。
 フクちゃんはおっとりしている。大チャンは要領がいい。フクちゃんは体が柔らかくて運動神経がいい。大チャンは体が固いが力持ちである。
 今まで二匹の関係はほぼ拮抗していた。一度も本気で喧嘩をしたことがないが、プロレスごっこみないなので、お互いに実力を確かめ合っていた。フクちゃんは持ち前の運動神経を利して、高いところへジャンプして身をかわしたり、急激なターンを決めて、突如後方へ回り、後ろから襲い掛かったり。一方、大チャンは遠い間合いは苦手だが、接近戦に強い。力があるので、寝技勝負となると、上になることが多い。上から力で押さえ込み喉元に噛み付く。その結果大体、勝率5割。互いに一目を置き合う関係であった。
 ところがこの関係に変化が生じた。昨日からだ。昨日、外出から戻るといつもと様子が違う。いつもなら二匹がそろって、私を迎えに来る、う~ん、迎えに来ることはそんなにないか。大抵はリビングで好き勝手に迎え、擦り寄ってくる。

フクちゃん&大チャン
左がフクちゃん、右が大チャン。この頃はとても仲良し


 昨日は違った。来たのはフクちゃんだけ。大チャンは近づいてこない。気になった私は大チャンの元にこちらから近づく。すると大チャンが逃げるのだ。こんなこと、今までなかった。
 結局、大チャンを捕まえて、抱っこして、“いい子いい子”したのだが、なんだか様子がおかしい。気が立っている様子だ。
 その後、二匹の様子を観察して推測が着いた。どうも二匹が私達不在の間、喧嘩あるいは、派手なプロレスごっこをして、フクちゃんが大勝したようだ。それで今まで拮抗状態であった二匹の関係が、はっきりと上下の関係となったのだ。
 大ちゃんはフクちゃんと目を合わせない。フクちゃんは大チャンを挑発するように、近づく。大チャンがフクちゃんの鼻に自分の鼻を近づけ、親愛の情を示そうとする。するとフクちゃんは猫パンチを食らわす。大チャンは慌てて、逃げる。逃げるとフクちゃんが追う。追い詰められると、大チャンは情けなさそうな顔をする。その顔を見て、フクちゃんはようやく大チャンをリリースする。
 こんなことが何度かあった。
余裕のフクちゃん
勝敗が決し、余裕の表情のフクちゃん


 以前、大チャンよりフクちゃんの方が可愛く思ってしまうというという内容の記事を書いたことがある。フクちゃんはノンビリしていて、大チャンに餌を盗まれたり、陽が当る特等席を奪われたりすることが多かった。自然とフクちゃんに肩入れする気持ちになった。
 ところが今の二匹の関係を見ていて、私の気持ちにも変化が起こった。大チャン、かわいそう。大チャン、かわいい。
 実際、威張っているときの大チャンは悪そうな顔をする。しかし今の大チャンは、“赤ちゃん”のようなつぶらな瞳で弱弱しい。可愛い~。
 暫くは大チャンを抱っこすることが多くなりそうだ。でも、あんまり大チャンを可愛がると、フクちゃんが嫉妬して、大チャンへの当たりが厳しくなるので、フクちゃんに気付かれないようにしなくてはならない。私も、気を使う。

恭順の意を表す大チャン
恭順の意を表する敗者、大チャン



 さてもうひとつの話題が、今日はある。親父軍団である。私が通う文京区の合気道道場には親父軍団という一味が存在する。オジサンたちの仲良し組織である。私も末席を汚している。
 そのオジサンたちが昨日、私たちの結婚を祝い、一席設けてくれたのだ。昨日は午前中、稽古があった。その後、御徒町の店で私たちを皆で祝ってくれた。かみさんは合気道をしないのだが、席に呼んでもらい、始めて皆さんとご対面した。
 なんと12名も来てくれた。まだ親父軍団には入っていない、これからの有力メンバー候補のO多さんや、女性のため、親父軍団の正規メンバーではないが、道場では実力者として鳴らすK田さんも駆けつけてくれた。ありがたい話である。
 宴会では最長老のN毛さんが祝儀の歌も披露してくれた。多いに盛り上がり、楽しいひとときであった。親父軍団の武勇伝に怯えていたかみさんだが、みなさんの優しい人柄をすぐに理解し、すっかり打ち解け、楽しんだ様子だった。

 親父軍団の皆さん、親父軍団のメンバーではないのに、参加してくれた方々、本当にありがとうございます。すばらしい道友に恵まれ、私は大変、幸せ者であると再確認いたしました。

モンスターペアレンツはなぜ生まれたのか


 昨日は、モンスターペアレンツは個人の問題解決能力の劣化の表象であると書いた。今日もモンスターペアレンツの続きを書く。なぜ、モンスターペアレンツが生まれたのかを考えてみたい。

 学校に怒鳴り込むモンスターペアレンツは誰かに似ている。誰だろうかと考えてみた。それは企業に商品のクレームを訴える消費者である。
 長い間、日本の社会では企業は強者で消費者が弱者であると考えられてきた。商品に不備があり、病気になったり怪我をしたりしても、泣き寝入りするケースが多かった。ところがアメリカはどうも様子が違うという情報が入ってきた。アメリカ社会では消費者の方が企業よりえばっているようだと。日本のマスコミはこぞって、アメリカ型を礼賛した。日本は遅れていて、アメリカは進んでいる。日本も早くアメリカに追いつかなければならないと、消費者と政府を焚きつけた。
 なんだ、俺達は不当に我慢させられていたのだ。これからは企業にものを言ってもよいのだと、消費者は考えるようになった。企業にクレームをつけることは、「善」であるという考えが急速に広まった。

 実際、企業にクレームを言える社会は消費者にとって心地よいものだった。クレームを訴え、企業に謝らせた体験は消費者に勝利感を与えた。ときには新しい商品を手に入れることもあった。お金をふんだくることに成功する消費者もいた。
 クレームを言えるものは勇気があり利口である。クレームを言えない(言わない)ものは臆病で愚かであるといった概念を、多くの消費者が持つようになった。

 この概念は使える。企業と消費者の間だけで利用していてはもったいないと、考える人間が生まれた。その人間こそがモンスターペアレンツである。
 モンスターペアレンツは学校と生徒(親も含め)の関係を企業と消費者の関係と同列に考える。学校は生徒にサービスを提供するものである。学校はサービス提供者であり、生徒は顧客なのだと。
 顧客ならば、サービス提供者にクレームをつけなくては損である。クレームをつける機会があるのに、黙っていたら、機会利得の損失になる。愚かな消費者だ。

 実は学校側も、一部ではあると思うが、同様の考えを持つものが出現した。サービス提供者は実は、そんなに悪くないからだ。サービス提供者は顧客とは、原則的にお金と等価のサービスを提供するだけでいい。この考え方は結構、サービス提供者にとっては楽チンな考え方である。サービスの範囲は明確に決められている。実際の教育は深遠で複雑なものだろうが、教育をお金に対するサービスだと割り切れば、シンプルで扱いやすいものとなる。
 それともうひとつ。お客とはお金を払うひとのことだ。教育をお金に対する対価だと考えたなら、サービスの提供はお金を支払った人になされなくてはならない。そう、お金を払っているのは生徒でない。親でもない。公立の場合は。お金を出しているのは政府なのだ。つまり顧客は政府である。サービスは政府に対してなされなくてはならない。
 この関係は次の関係と似ている。学校は料亭で、政府はスポンサーのお客、生徒は接待を受けるお客の連れだ。外見上は、接待を受けるお客が一番威張っている。しかし料亭は知っている。本当に大切な客は、会計のときに財布を開く、スポンサーの方だということを。

 学校に対して威張る親は満足感を得られる。学校は生徒に責任感を持たずに済む。政府は金さえ払って、口うるさいお客が喜べば、それで満足。
 この考えが、モンスターペアレンツを生み出している土壌である。と私は考える。

 でもやっぱり、教育はサービス(商品)ではない。商品よりもありがたいものだと思う。そのありがたいものを商品に引き摺り下ろしてはいけないのではないか。それこそ機会利得の喪失である。

個人の問題解決能力の劣化


 日本の現状。不況が続き、首相はころころ変り、政党は足の引っ張り合い、ソニーはハッカーに負け、親は失業し、子供は引きこもり。
 きっと色々な理由があると思う。なんでも単純化して答えを出してはいけない。しかしあるがままに捉えても、根がひとつにたどり着くことがある。日本の現在の問題も、あるひとつの根にたどり着くように思う。他の根もあるとは思うが。
 その根は“個人の問題解決能力の劣化”だ。
 なぜそんなことを書く気になったかというと、モンスターペアレンツである。最近、よく耳にする言葉だ。モンスターペアレンツとは、何なのか。私が考えたその答えが、“個人の問題解決能力の劣化”だ。

 親が、あるいは学校も無意識に協力していると思うが、特に親が子供の問題解決能力の劣化を助長している。親はそのことに気が付いていない。
 親は良かれと思って、学校に怒鳴り込みに行く。例えば、泥棒の嫌疑をかけられた。例えば、給食を食べるのが遅くて、先生に叱られた。例えば宿題が多い。例えば、席替えで廊下側に座らされた。理由は色々ある。その理由の改善を、親は学校側に求める。子供の学校生活を快適にするためだ。親が環境を変えようと努力する。

 当然、親は一生、子供の環境を改善し続けることはできない。せめてできる、あるいはできると思えるのは、学校の中だけだ。
 本当は、環境を変えるのは簡単なことではない。先生に怒鳴り込めば改善できるのは、わずかな環境だけである。ほとんどの環境は個人の力では変えられないのだ。それより個人を変える方が効率的である。モンスターペアレンツはそのことを知らない。
 
 泥棒の嫌疑がかけられたなら、無実を証明することはできる(かもしれない)。できなければ、その噂が消えるまで辛抱することはできる。給食を食べるのが遅くて、先生にしかられたなら、給食を早く食べる練習をすればいい。それができないなら、先生に叱られても我慢できる耐性をつければいい。あるいは冗談で乗り越える、スキルを身につければいい。宿題が多いのなら、頑張って終えればいい。どうしても終えられないのなら、宿題をしないで通す豪胆さを身につければいい。廊下側の席が寒いのなら、セーターを一枚羽織ればいい。あるいは、こっそりエアコンの設定温度を上げてもいい。
 解決方法は色々ある。その解決方法は子ども自身が考えなくてはならない。親が教えるのは次善の策だ。モンスターペアレンツよりは良いが。

 話は飛ぶが、宮本武蔵の『五輪の書』は、全編勝つためのスキルに満ちている。全て武蔵のオリジナル、あるいは経験を通じて認識したスキルだ。
 武蔵はそのスキルにより、最強の剣士となり、戦国の世を生き抜くことができた。
 武蔵が使ったスキルは個人の改善である。環境の改善は少ない。それは個人の改善の方が、よほど効率的で容易だったからだ。
 個人の力で改善できる環境は、場合によっては変えたのだが、それも個人の才覚である。改善できる環境か、改善すべきかを見抜く判断力も個人の能力である。

 モンスターペアレンツは極端な例ではあると思う。しかし大方の親も同じ傾向を持っていると思う。個人の改善よりも、環境の変化で対応しようとする傾向はある。
 年金を払わない生活を続けて(忘れていた場合も)いても、年金を欲しいと主張するのは分りやすい例だ。
 
 問題の解決能力を高めるためには、苦しいし辛い道のりを経ることが必要だ。だからみな避けたがる。しかし避けたがために、長い目でみると状況はかえって悪化する。
 今の日本の窮状は、かなりの部分、個人の問題に帰結できる。国民ひとりひとりの問題解決能力が高まれば、改善できる問題は多い。
 親が子供を可愛いのなら、学校に乗り込むようなことをするべきでない。子供をスポイルするだけだ。その結果、可愛い子供の将来は暗転する。
 親自身も学校に乗り込んで、先生がビビッたぐらいで勝った気になってはいけない。本当の結果は負けなのだ。そんなつまらない成功体験を積めば、自分自身をスポイルする。
 先生もモンスターペアレンツにビビッてはいけない。煩いと思うかもしれない。怖いかもしれない。それでも毅然とした態度を取り続けなくてはならない。それが先生という職業を選択した定めだ。

 みんな目の前に石が落ちていたら、自分の足で乗り越えなくてはならない。役所に苦情を申し立て、石を撤去してもらうのは愚策だ。しばらく歩けば、また石ころは落ちている。毎回、役所へ訴えることは不可能だ。ならば自分の脚力を鍛えた方が効率的である。
 あまり例えが、うまくないかもしれないが、私が言いたいのはそういうことだ。

筋トレはするべきでないのか


 合気道には筋トレは必要ないという意見がある。いやいや、むしろ筋トレはするべきでない、という意見も強い。さて、どうだろう。考えてみたい。

 筋トレ不要論を説く書物や人たちの意見をまとめると主に次のようになる。(1)合気道は力を必要としない。(2)一方の筋肉が、他の筋肉の邪魔をする。(3)動きが鈍くなる。
 説明が必要だろう。まず(1)だが、合気道は力をあまり必要としない。当然、肉体を維持し、動かし、相手を制するのだから、ある程度の力は必要である。しかし大きな力は必要としない。なぜなら合気道は相手の動きに同調することを旨とする身体技法からだ(相手の動きに自分の動きを同調させるように見せかけて、実は自分の動きに相手を同調させているのだが、ここは力を使わないことの説明なので、割愛する)。
 同調する、あるいは同調させるには力はいらない。力でなく相手の動きを啐啄同機に感知するセンサーと、それに対応する柔らかさが求められるのだ。筋トレ不要論の論者は、力はこのセンサーと柔軟さを阻害すると考える。力があると、自然と力に頼ってしまう。センサーと柔軟さが育たないと考える。
 次の(2)だが分りにくい表現なので、実例を挙げる。例えば上腕二頭筋を鍛えたとする。上腕二頭筋は肘と肩の間の筋肉で、力こぶの部分だ。腕を曲げるときに使う。柔道は相手の襟や袖を掴み、引き付ける運動が主なので、ここの筋肉を使う。しかし合気道は腕を前に突き出す運動が主なので、むしろ上腕三頭筋を使う。上腕三頭筋は腕立て伏せで使う筋肉で、上腕二頭筋の裏側の筋肉だ。力こぶの筋肉、つまり上腕二頭筋を鍛えると、上腕三頭筋を使おうとしたときに、反作用で動きがセーブされてしまう。そう筋トレ不要論者は考える。
 最後の(3)だが、例えば腕立て伏せをすると、胸の筋肉、大胸筋が鍛えられる。大胸筋が大きくなると、胸が盛り上がる。胸が盛り上がると、腕の可動域が狭まる。腕の可動域が狭められると、運動に制限が生じる。だから動きが鈍くなる。さらに体が重くなる。これも動きが悪くなる要因となる。

 さて私の意見だ。(1)についてだが、確かに合気道は力をあまり必要としない。むしろ、できるだけ力を使わないことを目指す。実はこれが難しい。普段の運動ではない、体の運用方法だからだ。ある動きをしようとすると、どうしても人は、無意識に力を使ってしまう。意識して、力を抜こうと思っても、これがやはり力を使ってしまう。合気道の稽古は畢竟、この力を使わない方法の習得であると言っても言いすぎではないように思う。
 力を使わない身体運用を目指しているのだから、力が元からない方がよい。と考えるのは分る。しかし元から人には筋肉が備わっている。完全に筋肉を無くすことはできない。どうにかできたとしたら、今度は体がまったく動かなくなってしまうのだから、これも困る。つまりある程度の筋力はどうしても必要なのだ。ある程度、筋肉が必要ならば、筋力の多少は無視しても良いのではないだろうか。
 次の(2)だが、確かに使うべき筋肉の反対側の筋肉を鍛えすぎてしまえば、本来使うべき筋肉の作用を邪魔するだろう。しかし筋トレは普通、体の筋肉を満遍なく鍛える。もしかしたら力こぶを大きく見せたくて、上腕二頭筋だけ鍛える人もいるかもしれないが、それは例外だ。普通は上腕二頭筋を鍛えれば、同時に上腕三頭筋もトレーニングする。真面目に筋トレをやったことがある人なら、みな知っているが、筋肉はバランスを必要とする。ある筋肉だけを特化して鍛えることはできない。上腕二頭筋を鍛えるためには、腕全体をささえるために上腕三頭筋がしっかり機能していなくてはならない。さらに腹筋や背筋も、そして下半身の筋力も必要なのだ。だから実際は上腕二頭筋を鍛えるためには、上腕三頭筋も鍛えることになる。すれば筋肉自体は均衡し、他の筋肉を邪魔することはない。
 さて、(3)だ。可動域が狭まったのならば、ある程度はストレッチで補うことができると思う。たしかにヨガをする人のようにはいかないかもしれない。柔軟性だけを考えれば、あの体型がベストなのかもしれない。しかし、ストレッチで柔軟性を高めれば、かなりの効果は期待できる。
 体が重くなる方だが、これは確かに動きとしては不利な条件である。しかし体の大きなプロレスラーでも敏捷な人がいるように、力を付けることで、かなり敏捷性を高めることができるはずだ。

 まとめとして。合気道がうまくなるため、あるいは強くなるためにも、確かに筋トレは必要ないかもしれない。普段の稽古で、充分に必要な筋肉は付く。筋トレは不要な筋肉を増強するだけかもしれない。筋トレをする時間があれば、普段の稽古をした方が、きっと合気道はうまくなる。しかし「筋トレを行うべきでない」、とは言い切れないと考える。

 このコーナーは「大人から始める合気道」である。もちろん、強くなりたい。うまくなりたいと私は思っているし、このコーナーを読んでくれている方々も、同じだろう。しかしそれだけが合気道を続ける目的ではない。楽しむこと、そして健康に良いこと、こうしたことも目的のはずだ。
 筋トレは結構楽しい。一人でできるのも良い。ちょっと続けると、たちまち体型が変る。引き締まり、筋肉が盛り上がった自分の体を鏡でみることは楽しい。
 毎日、合気道の稽古に行ければよいが、毎日稽古を行っている道場は少ない。ジムは大抵、毎日やっている。自分の部屋でも筋トレはできる。稽古がない日に、ただビールを飲んでいるより、筋トレを行う方が、健康的だろう。
 
 毎日稽古を積んでいる、さらに若い頃から修練を続けている師範達は逞しい体をしている。私もあんな体に憧れる。しかし週に1,2度の稽古だけでは、そう体は変らない。しかし筋トレをすれば、すぐに体型は変る。ならば、そうした選択肢ありだろう。大人から始めた合気道なのだから。

 大人から始める合気道は臨機応変でよいと思う。楽しく、健康的に。そして何と言っても、続けること。そのためなら、筋トレも悪くない。

とりあえず、欲しい


 かみさんは小学校の先生をしているので、ときたま不思議な話をする。先日の話は特に面白かった。
 学校にある子供が、どこかに行ったときのお土産かなんかを持ってきたそうだ。中味を食べたか、分けたかした後に、箱と包み紙、その他が残った。
 そこからがすごい。お土産を持ってきた子が、誇らしげにその箱や包み紙を「欲しい人?」とクラスメートに尋ねたそうだ。クラスメートの反応が、さらに興味深い。全員が手を挙げたという。

 最初は一番、人気のある箱が示された。手を挙げた、つまりクラス全員がジャンケンをした。ある女の子が勝った。次は、紐だかなんか。それもほぼ全員が手を挙げ、またジャンケン。次々に競売にかけられ、最後に残ったのが包み紙であった。かみさん曰く、破れて、シールなんかもくっついている代物らしい。それさえも何人かが手を挙げた。ジャンケンの末、ある男の子の手中に収まった。

 最後まで手を挙げ続けて、ジャンケンに負け続け、何も得られなかった男の子がいた。昼飯の前にこの、競売は行われ、余韻は昼飯時まで続いた。最後まで負け続けた男の子は、昼飯を食べながら泣きじゃくったという。
 すると最初に箱を勝ち取った女の子や、最後に破れた包装紙を勝ち取った男の子が、泣きじゃくる男の子に「これ、あげるよ」とけなげに、戦利品を差し出したという。泣きじゃくりは一応、かたちだけは「いいよ、別に」と固辞。しかし最後は物欲に負け、多くの品を手にしたという。負けるが勝ちだ。

 この話を聞いて、次の良寛の有名な漢詩を思い出した。

生涯懶立身   
騰々任天真   
嚢中三升米   
炉辺一束薪   
誰問迷悟跡   
何知名利塵  
夜雨草庵裡   
双脚等間伸   

読み下し文にすると以下のようになる。

生涯 身を立つるに懶(ものう)く
騰々として天真に任す
嚢中(のうちゅう) 三升の米
炉辺(ろへん) 一束(いっそく)の薪(たきぎ)
誰か問わん 迷悟の跡(あと)
何ぞ知らん 名利(みょうり)の塵(ちり)
夜雨(やう) 草庵の裡(うち)
双脚(そうきゃく) 等間(とうかん)に伸ばす

 中野孝次の解説を載せる。
 『自分は立身だの出世だの、金儲けだの栄達だの、そういうことに心を労するのがいやで、すべて天のなすままに任せて来た。いま自分には、この草庵の頭陀袋の中には乞食(こつじき)でもらって来た米が三升あるだけ、炉辺には一束の薪があるだけ。こういう極限の不安な状態にあるのだけれども、これだけあれば充分、迷いだの悟りだのということは知らん、まして名声だの利得などは問題ではない、わたしは夜の雨がしとしとと降る草庵の裡にあって、二本の脚をのどかに伸ばして満ち足りている』


 兎に角、手に入るものは、手に入れたいというのは、人間の本能である。本能に従順な小学生だから、素直に皆が手を挙げたのだろう。
 一方、最後に、泣きじゃくりに戦利品を差し出したのは、これは人間の知恵である。ジャンケンで勝った子供は、知恵が本能に打ち勝ったのだ。

 物欲に打ち勝つのはなかなか難しい。分っていても止められない。子供ばかりでなく、大人でも同じことだ。良寛さんのように、己の欲と恬淡と付き合うことは、難しい。ここまで来られる人はまずいない。しかし憧れる。だから良寛は愛され、今も読まれるのだろう。

 そういえば、ここまで超越していた良寛さんは、子供を愛し、子供に愛されもした。


怪力乱神を語らず


 昨夜、テレビを見ていたらフジテレビで「金曜日のキセキ」というのをやっていた。占い師が芸能人の悩みを当てて、芸能人と視聴者を驚かすというものだ。昨夜は楽しんごという若手のお笑い芸人みたいなのが出て、中学時代に受けた苛めを言い当てられ、泣いていた。
 楽しんごは性同一性障害というやつだろう。話し方や仕草で分る。こういうタイプの人は苛められやすい。誰でも分かる。

 実は私も占いが好きで、少し勉強をしたことがある。アメリカへ留学する前に、手相の本を2冊ほど買って、読み込んだ。留学中にパーティーの席で、手相を見て、喜ばれた。英語が下手であるにも拘わらず、手相見のお陰で、友人が沢山できた。
 何人もの手相を見ていて、分ったことがある。手相見は手相自体を見ることにあらず。手相見を通しての会話や相手の表情、人相などから占う、というか占う風に装って、ただ感想を述べるのだ。
 手相はきっかけにすぎない。まず相手の体つきや人相で、かなりの情報を仕入れることができる。気の短そうな男、おっとりしたタイプの女の子。真面目そうな人。不良っぽい人。見れば誰でもすぐに判断できる。その判断を切り口に話を進める。たとえばボクシングの辰吉丈一郎は誰が見たって、気の荒いタイプの男である。タレントのスザンヌは誰が見たって、おっとりしているタイプだ。
 辰吉タイプの男であれば、「あなたは周りと衝突することが多いでしょ」というと、大抵、「フン!」と鼻を鳴らして凄む。そこで「でもそれはあなたの正義感が、周りの不正やだらしなさを許せないからだよね」と重ねると、とたんに表情が緩む。そして「そうなんです」と、こころを許し始める。こうなったら、後は簡単だ。何を言っても大抵は信じるようになる。
 ここからも多少のテクニックがある。二律背反的なことを言うのだ。たとえば「あなたは優しいけど、優柔不断である」とか「明るく振舞っていても、実は根暗である」とか。このように言えば、かならずどちらかに当てはまる。それに人間は皆複雑だから、明るくもあり暗くもあるのだ。当たり前だ。

 昨日の番組もまさに、そのテクニックに始終していた。やっていた本人(私)がこういうことを言うことに矛盾を感じる人もいるかもしれないが、あえて書く。あれはテレビでは使っちゃいけないテクニックだと思う。半分、詐欺だもの。テレビは公共の場だ。お酒の入った席とは違う。公の場で、相手を信じ込ませて、泣かせて、そしてそれを見た視聴者を信じ込ませてはいけないよ、やっぱり。

 今まで何人ものイカサマ占い師が出現し、そして化けの皮がはがれ、姿を消していった。そう考えると、視聴者は分っているのかもしれない。分っていてもあえて騙されることを楽しんでいるのかもしれない。そうだとしても、テレビ局はそるに乗じるような行動を取るべきでない。繰り返すが公共の場なのだから。
 孔子は“怪力乱神を語らず”と言った。騙されて楽しむべきには良いと思うが、騙す方はルールと節度が必要だと思う。

ゴールデンウイーク、あれこれ


 本来、フリーなのでゴールデンウイークは関係のないはずなのだが、かみさんが休みなので、つい同じペースで遊んでしまった。

 5月4日は私の両親とかみさんの両親の顔見せを行った。場所はニューオータニ40階のイタリアンレストラン。会場にはかなり迷った。最初はパレスホテルにするつもりだったが、改装中のため、断念。続いて丸の内ホテルにしようかと思ったが、大安であったためか、個室が全て埋まっていた。その後、東京駅、新橋駅周辺のホテルにあるレストランを10件以上調べたのだが、値段やスペースが折り合わない。仕方なく場所を赤坂まで広げ、ようやくニューオータニに行き当たる。
 結果はオーライであった。部屋は最大20人は収容できる広い場所で、眼下には赤坂御所が見下ろせる。正面には新宿の高層ビルが並び、ニューオータニ一番の眺望の部屋だとのことだった。食事もうまかった。さらに料金が安い。コースでひとり4500円。部屋代は1万円強かかるが、それでも他のホテルと比較してリーズナブルである。お勧めのレストランだ。名前は“ベルヴュー”。

 花を植えた。主にプランターに植え、二階の窓に飾った。うちは二階の窓に花置き棚(というのかな)がある。引っ越してから一度も使ったことがなかったが、いつか花を飾りたいと思っていた。男一人の所帯で窓に花を飾るのは、どうかと思っていて、今まで機を逸していた。今回、ようやく飾ることができた。うちは丘陵の南斜面に建っていて、窓は南向き。つまり花置き棚(というのかな)は下から見上げることになる。ゆえに、外からはあまり見えない。
 花の頭がかすかに覗く程度だが、気はこころだ。花を飾るという行為が楽しい。家が明るくなったように思う。

 プランターに野菜類も植えた。種類はほうれんそう、バジル、ねぎ、パセリ、ミツバ、コリアンダー、ルッコラの7種類。主に香草類だ。量が少なくても楽しめる。

 障子を張り替えた。猫にズタズタにされていて、懸案の事項であった。すでに2年間も放ってあった。来客は障子を見て、一同に驚く。子連れ狼が潜伏していそうな、ぼろ屋敷の様相だからだ。しかし子連れ狼の隠れ家から、小奇麗な茶室に変貌した。うちの和室は物を置いていないので、障子さえきれいならば、それなりに見えるのだ。

 カーテンをつけた。これは前にも書いたが、既製品のカーテンを買ってきた。付けてみると、長すぎる。家で修繕したかったが、ミシンがない。母に相談すると、やってくれるという。カーテンをもって実家へ帰る。
 母と一緒に、およそ10時間はカーテンを解いたり、採寸したり、アイロンをかけたりした。それでも半分も終わらなかった。全部で16枚もあったのだ。できあがった分だけ持ち帰り、残りは後から送ってもらうことになった。それが昨日届いた。今は真新しいカーテンが部屋を彩っている。

 Kozawanさんからアスパラが届いた。Kozawanさんは私と同様に、産経新聞社を選択退職し、今は信州で農業研修を受けている。ブログ(http://berrygle.blog6.fc2.com/)で健闘の日々を綴っているのだが、アスパラガスを栽培していて、毎日収穫があると書いてあった。催促したつもりはないのだが、ブログのコメントに「おいしそう」と書いたら、送ってくれた。(※ちなみにkozawanさんのブログは面白い。お勧めです)
 おとといの晩に届いたのだが、それから毎食アスパラガスを食べている。
 ちなみに昨日一日のメニューを紹介する。朝はアスパラの塩茹で。アスパラが入ったオムレツ。アスパラ入りの野菜スープ。昼はアスパラとトマトのペスカトーレと、またアスパラ入りスープ。夜はアスパラとレタスやキュウリのサラダに、小坪漁港で買ってきたシラス干しとごま油で作った自家製ドレッシングをかけたもの。それと小坪でかってきたカマスのソテー、ナスにチーズをのせてオーブンで温めたもの。昨年、kozawanさんと水上で取ったきのこ(シロナメツムタケ)の味噌汁。
 どうです、まそうでしょう。
 実際、うまかったです。どのぐらいうまかったかというと、残念ながら、私の文章力では表現できないほどうまかったです。アスパラが。スーパーで買ってきたものと、どうして違うのだろう。宅急便で送ってもらったので、少なくても収穫してから、1日以上は経っている。それがこの違い。
 アスパラって甘いものなのだと、初めて知った。

プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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