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働き方で社会は変わる!?


 今回で6月は10回目の更新。前回は22日に更新したから、約1週間ぶりだ。
 最低、月に10回は更新したいと思っている。今日でようやくノルマを達成した。ふうふういいなかがら、どうにかの達成だ。
 何でだろうなあ。最近、力が湧いてこない。長い中だるみが続いている。

 さて、よく訪れるブログに、「ノマドライフ 年収300万円からの資産形成」というのがある。介護施設で働いている男性が、低収入ながら、支出を抑え、投資に励んで、アーリーリタイアを目指すお話しだ。
 そのブログに、年収100万円で生活ができる。消費を抑えた、圧倒的なローコストライフが、これからの生き方になるという内容が書いてあった。
 僕も会社を辞める前には、年間100万円ぐらいで、生活ができるのではないかと予測していた。しかし僕の場合は、とても無理なことが判明した。どうしたって、最低でも年間300万円はかかってしまう。
 僕自身も、相当な節約生活を励行しているが、それでも結構な額が毎月飛んでいく。たしかに食費と光熱費だけなら、月々10万円でおつりがくる。しかし生活には住居費がかかる。これが結構、大きい。うちは持家だが、ローンの支払いがある。ノマドライフのブロガーさんは、市営住宅に住んでいて、市営住宅は収入によって家賃が変動するらしく、毎月1万だか2万だかしかかからないそうだ。しかし失業したからといって、銀行は借金を棒引きしてくれるわけではない。これが多分、一番大きい支出である。固定資産税もかかるし。
 それと、交際費ですね、比較的に大きいのは。外で友人と飲めば、それなりにかかる。親戚付き合いも僕は重視しているので、外すことはできない。実家には数か月に一度、帰るようにしている。帰れば手土産を持っていく。盆と正月には親戚の集まりがある。墓参りもたまにだけど、出かける。実家にはお歳暮を贈る。知人の結婚、出産もなるべく祝いたいと考えている。
 これは交際費とは言えないけど、合気道の費用もちょっとばかりかかる。文京と逗子の会費が月々別にかかる。文京への交通費は、一回で2000円ぐらいになる。稽古の帰りに食事や飲みに誘われることも多い。忘年会や演武会の後の打ち上げなんかもある。
 でも、交際費といったら、月に5万円はかからないぐらいだろうか。これぐらいは普通に社会生活を過ごしていれば、仕方がない。別に文句はないし、これ以上節約するつもりもない。
 他に前回も書いたが、僕は家の修繕積立金制度を採用していて、これが毎月3万円。それと同様の制度を自動車にも採用している。某銀行の口座を開設して、これも毎月3万円入金している。ガソリン代や高速代、保険、税金なんかの自動車関連費はすべてこの口座から引き落としている。年間に36万円プールすることになるが、実際には半分程度の支出ですんでいる。なので、ちょっとずつ預金額は増えている。100万円を超えたら、次の車を買おうかと思っている。ちなみに今の車は14歳で、あと2回ぐらいの車検が寿命かなと考えている。
 他にも積立金をしている。それは家電積立金。冷蔵庫とかエアコンって、突然壊れるでしょ。そして高い。エアコンなんて20万円ぐらいはする。ぎりぎりの生活を続けていて、いきなり20万円は痛い。なのでこれも積立をしている。毎月、1万円。
 まだありますよ、積立金。僕はすでに会社から退職金を受け取ってしまっている。なのでもう、だれも僕に60歳になったからといって、退職金はくれない。そこで誰もくれないなら、自分であげようと決意し、これも積立金をしている。金額は内緒。
 こう書いてみると、純粋な支出はたしかに多くはない。ほとんどは積立金だな。この制度を止めれば、相当に生活費を抑えることができる。でも結局は、突発的な出費は避けられず、同じかな。

 なんだか細々とプライベートな支出を書いてしまったが、本当は今日のテーマはこんなことではなかった。経済についてだ。ノマドのブロガーさんが書いていた通り、消費を抑える生活がこれからは、見直されるのではと思うのだ。
 ところが、消費の抑制は経済の活性化を阻害すると考えられている。経済学者や政治家は、しきりに消費を奨励したがる。僕も少しばかり経済学を学んでいたので、理論は分かる。しかし腑に落ちないのだ。例えば上杉鷹山は節約で藩財政を再生し、今も名君として名高い。二宮尊徳も個人に節約の美徳を説いているが、戦前までは生き方のモデルケースとして扱われてきた。
 たしかに時代が異なるのだろう。江戸時代は国家も、藩や村落も、さらに家庭さえも、経済的にクローズドな組織だった。原則が自給自足だから、経済の流通は今のように重要な要素でなかったのかもしれない。
 しかし時代は、エクスパンドからサステナブルあるいはシュリンクな社会への移行している。

 消費の促進は、富の回転であり、分配に通じる。大切なのは消費と、そして労働だ。つまり富の分配方法だ。現代は格差社会だと言われる。収入の格差が拡大しつつある。そして失業率の上昇が問題になっている。
 ようやく書きたいテーマまでたどり着いた。つまりだ。現代は国全体が創出する富の絶対値が、国民が必要とする富の合計額を上回っている社会なのだ。しか有り余っている人がいる一方、欠乏している人もたくさんいる。分配がうまく機能していないからだ。
 もうこれ以上、個人の労働時間を増やして、さらなる富と積み増しても、分配を受けられていない人たちの経済状況は変わらない。GDPが増えても、失業者や低賃金労働者の生活が改善されるわけではない。 分配の方法を変えなくては、ならないのだ。
 ではどういう方法で、分配したら良いのだろうか。年金や生活保護の充実は、社会の沈滞を招く。やはり人は働いて、自ら糧を稼ぐ必要がある。しかし社会はこれ以上の労働は求めていない。働き手は足りている。
 ならばワークシェアリングしか、ないのではないだろうか。労働時間は1日8時間を限度としよう。残業厳禁だ。夏休みは、1か月は取得しよう。週休2日は絶対だ。ドイツやオランダは、20年も前から行ってきたことだ。当時は、これは欧州の没落の始まりだと囁かれていた。しかし未だにこれらの国の国民の生活レベルは日本よりも高い。
 そうだ、ワークシェアリングである。そうすれば人々に仕事は行き渡り、働く人の肉体的精神的負荷は軽減され、さらには観光や教育なんかの産業も元気になる。
 いいことずくめのような、気がするんだけど。

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修繕積立金は強い味方


 今朝はすごい雨だった。窓の外を見ると、滝のように雨粒が降りしきっている。まるで滝だ。いや、本当に滝だ。というか滝そのものだ。いや、ちょっとおかしい。降りすぎじゃないか。
 あまりに猛烈な瀑布のような雨に疑問を感じ、窓の外を確認すると、トイが壊れていた。つまり屋根に降った雨はトイから地中の下水に流れるところ、トイが壊れていて、ちょうど窓の外に集中して落下していたのだ。やれやれだ。また修理しなくてはならない。
 去年の台風の後も、トイがひとつ飛ばされて、工務店に修理を頼んだ。以前、記事で紹介したことがある逗子の安田工務店に頼んだので、うんと安く請け負ってくれたので助かったが。
 一軒家は何かと家の修繕に金がかかる。

 といってもマンションだって、実際は同じぐらいメンテナンスに費用がかかっている。しかし毎月の修繕積立金で賄っているため、負担が意識されないのだ。
 自分も今の家を買う前に、自分だけの管理組合を設立し、修繕積立金(管理費込)を徴募することを決めた。積立額は毎月3万円である。普通のマンションでも管理費と修繕積立金を合計すれば3万円ぐらいになるだろうということで、この額に決めた。
 毎月、3万円は月初めに自分で郵便局に設けた管理口座に入金している。毎月きちんと入金を続けている。年間にすると36万円になる。この家を買って、7年近くになるので、すでに250万円ぐらい積み立てたことになる。

 この積立はとても心強い味方だ。今まで積立から以下の修繕を行ってきた。外壁のペンキ塗装、外壁の腐食部分の修理、屋根を全面葺き替え。便器の買い替え。トイレと洗面所の壁紙の張り替え。下水の敷設し直し。そして、トイの修理だ。
 全て修繕積立金で賄うことができた。実は外装の修理と屋根の葺き替えには、一部火災保険を使うこともできていて、その部分は積立金を崩さないで済んでいるが。

 大きかったのは屋根の葺き替えだ。ある日、書斎の壁に雨のシミができていることに気が付いた。雨漏りしている。雨漏りは家の腐食の大敵である。直さなくてはならない。シミに気付いた1か月ほど前に、台風で屋根の一部が破損していたようだ。
 当時、うちの屋根は古いアスベストのスレートが葺かれていた。工務店に尋ねると、そのままアスベストの上に新しい屋根を葺くことを勧められた。アスベストの撤去は費用がかかるからだ。しかし以前からアスベストが気になっていたので、高くとも葺き替え直してもらうことにした。
 迷わずに即断できたのは、火災保険と修繕積立金のおかげだ。
 屋根を直すには足場を組まなくてはならない。この足場が高い。3,40万円はかかるらしい。その話を聞いたので、ついでに外壁のペンキも塗り直し、さらに破風や窓枠、庇などの腐食部分も全て直してもらうことにした。これも修繕積立金があったから、可能になった。
 下水の水が逆流して、裏庭に汚水が溢れたときも驚いたが、修繕積立金があったので不安ではなかった。

 そうだ、もうひとつあった。この積立金は管理費も含まれている体裁なので、植木の剪定にも使っているのだ。うちは背の高い木が数本あり、自分では対処できない。1,2年に一度、植木屋を入れている。これも積立金から出しているのだ。
 よく庭は植木屋に任せていると言うと、「余裕ですね」と、普段の僕の生活を知る人からは驚かれる。そうだろう、財布から剪定代を出すのならば、躊躇してしまうだろう。でも積立金があるから、へっちゃらなのだ。実は。

 さように修繕積立金は非常に心強いパートナーであり、安心感をもたらしてくれる。
 一軒家に住んでる人。これから購入する予定の人。修繕積立金、始めるといいですよ。お勧めします。

一日中、稽古


 今朝起きると、体がぎしぎしいっていた。今も筋肉痛で、節々が痛い。両腕は青あざ、赤あざで腫れあがっている。

 来月の初めに合気道3段の昇段試験を受けることにした。2段を取って6年が経った。今まで何度も昇段審査を受けようかと思ったが、まだいいだろうと思いつつ、6年が経過してしまった。
 合気道の昇段審査は試合があるわけではない。相手のいる約束組手はあるが、相手はリアルファイトでかかってくるわけではない。それでも審査のときは互いに真剣であり、普段以上に集中を要する。3段になると試験時間もひとり30分ほどあり、消耗もする。
 昇段したい気持ちもあったが、段が上がっても、それで別に強くなれるわけでもない。段を受けずに、強い人もたくさんいる。形より中身だと、かっこをつけて避けていた。試験も面倒だし、まだいいかと引っ張ってきたが、ようやく心の準備ができた。
 付け焼刃で稽古をしても今更、技がさえるわけではない。それでも審査にそなえ、稽古にいそしんでいる。

 昨日は朝9時半から12時まで都内の道場で、3時から4時半までは逗子の道場で稽古をした。都内の道場に9時半に間に合うためには、家を7時半に出なくてはならない。都内の稽古が終わり、逗子に行くと、もう逗子の稽古の時間だ。稽古がすべて終わり、家に戻ったのは夕方の5時を過ぎていた。ほぼ一日中、稽古と移動で過ごしたことになる。
 昨日は気温も湿度も高く、逗子の稽古では体温が上昇してしまい、気分が悪くなってしまった。朝から稽古を続けていて、さすがにオーバーヒートの状態であったようだ。
 水分を意識的に取っていたのだけど、危なかったと思う。熱中症になったら大変だ。

 稽古を続けていると、体力の低下をあまり感じることがない。しかし来年で、半世紀も生きたことになる。やはり無理は効かない。

 審査まであと2週間。梅雨の体調管理に留意しながら、稽古を重ねていきたい。

思ったより、早く終了


 今は午後2時10分前である。朝7時から初めて、今日のノルマは終わってしまった。快調だ。

 まず朝いちで、ルーチンの仕事に取り掛かる。約1時間で終了。その後は昨日紹介した大きい仕事を始める。本日のノルマは約1300ワードだ。
 この仕事はクライアント直で、チェッカーが介在しない。よって誤訳、訳抜けは許されない。またクライアントはこの書類を外に公開する予定であり、日本語の質が求められる。内容は専門的であり、背景を調べながら訳を進めていかなければならない。
 最新の情報をネットで確認し、何度か読み返し、読みやすい日本語に整える。時間のかかる翻訳だ。
 ただでさえ私は訳の速度が遅い。慣れた人なら、1日2000ワード以上は普通だろう。機械翻訳を取り入れている人や、繰り返しの多いマニュアルを中心に翻訳している人ならば、3000ワード、中にはそれ以上も訳す人がいるらしい。しかし私は、マックスで2000である。
 ところが今回は1200ワードを基準に進めている。並行してルーチンの仕事がある。それに前述のごとく、慎重さが求められるからだ。

 1時間に200ワードずつ進めて、1300ワードに達するのは6時間半。途中、休憩も入れれば8時間は覚悟していた。それが6時間で終了した。途中、昼食を取った時間も含めてだ。
 少しこの書類に慣れてきたようだ。

 この書類は米国の政府機関が作成した報告書で、文体は複雑だ。しかし役人が書いた文章だから、文法ミスがない。
 実はこの文法ミスが翻訳者泣かせなのだ。日本語ならば、読んでいて「下手くそな日本語だな」と、書き手の瑕疵を判断することができる。しかし英語の場合、どうしても理解できない文章に当たると、それが書き手のミスによるものか、こちらの英語力不足が問題なのかの判断が難しい。
 実務翻訳の場合、書き手が文章の専門家でないため、たまに文法ミスやおかしな言い回しが含まれている。それが手ごわい鬼門である。
 ところが今回は書き手が役人であり、パブリックに出された報告書だから、間違いはあり得ない。分からない箇所があれば、それはすなわち私の英語力の問題である。これが分かっているだけで、訳が思い切り楽になる。

 専門的な用語が並び、背景の情報を抑えておかなければ訳せない書類だが、内容はネット広告の規制について。私の専門分野である。最初はそれでも調べ物が多かったが、段々とそれも減ってきた。言い回しや表現のパターンも理解してきた。
 週5日、必ず1200ワード以上訳していくと、2か月で訳し終えることができる。このままスムーズに進めていきたい。7月中に終わらせることができたら、嬉しいのだが。
 そして希望を述べれば、8月は新規の仕事が入らないで欲しい。さらに9月からドサッとくれば、言うことはない。8月は遊んで暮らそう。
 かなり贅沢な望みだということは、自分でも理解している。

少し、ほっ


 ここのところジムへ行っていない。というのは、仕事に取り組んでいるからだ。こう書くと、普段は仕事に取り組んでいないように聞こえるかもしれない。実はそうだ。いつもの生活では、朝から晩まで仕事をしているわけではないのだ。
 普段の僕は、午前中にルーチンの仕事を終え、午後は主に将来の仕事のためと称して、本を読んでいる。翻訳したい本を探して原書を読むこともあるし、仕事につながりそうな日本語の本を読むこともある。そしてジムに行ったり、散歩に出かけたりもしている。こう書くと、なんだか優雅ですね。
 ところが最近は優雅な時間を過ごす余裕がない。朝から夜まで、ずっと机にしがみついて、仕事をしている。
 それは僕にとっては大きな仕事が来たからだ。翻訳者生活3年余りで、最大分量の仕事である。これを2か月で仕上げなくてはならない。毎日、やりつづけてやっと終わるかどうかの分量だ。
 前回の大きな仕事は、2か月も納期を延期してもらった。とてもプロとは言えないような情けない失態を犯してしまった。今回は、何が何でもやり遂げなくてはならない(当たり前ですね)。

 今年になって、定期的な仕事をいくつか受けるようになった。お蔭で何とか生活が安定してきた(超低空飛行ですが)。さらにまとまった仕事も、1,2か月に1本程度、受けている。今年は少しばかり順調である。
 翻訳の仕事を始めた年は、売り上げはゼロだった。一年目は失業保険を受けており、それで何とか凌ぐことができた。
 2年目はひとつ大きな仕事を受注できた。売り上げはほぼそれだけであった。
 3年目は大き目な仕事を何本か受注した。その他にも細かい仕事を翻訳会社やらクライアント直やらで、いくつか受けた。売り上げは2年目の倍を少し超えた。
 そして今年が4年目である。今年は5月までで、昨年1年間の売り上げを上回ることができた。このままのペースでいけば、今年も対前年比で100%超アップである。
 と、えばってみたが、それでも売り上げは決して多くはない。今年の売上は、おそらく大卒新入社員の年収と変わらない程度だと思う。売り上げでその程度だ。経費を差し引いた所得で計算したら、新入社員の年収には届かないだろう。でも、ようやくここまで来たかと、自分としては感慨深い。

 今年の夏休みは台湾に旅行へ行く予定だ。昨年結婚して、できたら毎年海外旅行へ行きたいね、と話し合い、今年は台湾に決めたのだ(去年はイタリアへ行った)。
 僕らは共稼ぎだから(かみさんにかなり依存しているけど)、旅行の費用は折半である。実は旅行代金が用意できるか心配していた。貯金はまだあるが、旅行には使いたくない。今年稼いだ金で、行きたいものである。でも生活費を差し引いて、その余裕があるだろうかと危惧していた。
 そこに今回のまとまった仕事だ。これで何とかなりそうだ。

 台湾は8月の前半に出かけることになっている。それまでに仕事を終え、さっぱりとした気持ちで楽しんできたい。それまでは、集中。ジムはお預け(多分)。

野イチゴはこれで最後


 野イチゴを積んだ。先々週の話だ。もっと早くブログに書こうと思ったけど、写真をアップするのが面倒で怠けていた。もう梅雨に入って、いまさら野イチゴの話でもないと思うが、今回はその話。

 以前も一度、ブログで野イチゴについて書いたことがある。近所の森にはちょっとした池があり、そこの周りに野イチゴがなる。そこで採ってきた野イチゴの写真を紹介した。
 今回も同じ場所で採った。その2,3日前に池の周りを散歩していて、野イチゴの存在に気付き、あらためてその日にビニール袋持参で採ってきたわけだ。
 しかしもう野イチゴ狩りは止めようかと思っている。そのわけは。

 ひとつは、そのときに近くに子供の遊ぶ声がした。僕は野イチゴを取りながら、子供にその様子を見られたくないと思ったのだ。それで慌てて、野イチゴを積んだ。なんだか後ろめたい気持ちだった。
 別に採って悪い場所ではないと思う。おそらく市の所有地で、根こそぎ取ってしまうわけではない。実だけを摘まむのだから、植物に悪い影響はないはずだ。でも、なんだか疚しい気持ちにさせられた。いい年こいたおじさんが、こそこそ子供の眼を避けながら、野イチゴを摘まむ。なんだか情けない構図である。
 ふたつめ。そこは人通りが少ない場所だが、それでも散策に訪れる人がいる。そういう人もきっと野イチゴを見て楽しんでいたはずだ。
 「ああ、野イチゴだよ。赤くてきれいだねえ、かあさん」、「ほんとね、おとうさん。ここには毎年野イチゴが実るのね」。なんて会話を楽しみながら、夫婦で歩く人もいるだろう。しかし僕が採ってしまえば、そんな目の楽しみを奪うことになる。
 そして、みっつめ。正直、美味しくなかったのだ。2,3年前に採ったときも同じ感想を持った。その時は一晩水に浸けておいて、翌朝食べた。甘みも酸っぱさも抜けてしまって、ちっともうまくなかった。そこで今回は水に浸けるのは30分程度。きれいに洗い、冷蔵庫で保管し、翌朝に食べた。しかし味は同じだった。水に浸けすぎたから、味が抜けたのではなかったのだ。元から味がないのだ。ふかふかで歯触りも良くない。
 西洋の人は昔から野イチゴやベリー類をよく食べる。なぜ昔の日本人は食べる習慣がないのか不思議だった。その答えが分かった。日本の野イチゴはうまくないのだ。うまくなければ、そりゃ食べないはずだ。
 ということで、これからは野イチゴは、摘まずに目で楽しむことにする。

野イチゴ
見た目は美味しそうな野イチゴ


若い証券マン


 今さっきインターホンがなった。僕は2階の書斎で仕事をしている。インターホンの受話器は1階にしかない。階段を駆け下りて出ると、証券会社のセールスマンだった。
 うちには証券会社のセールスマンがたまに訪れる。1階まで駆け下りて、セールスマンだと分かるとがっかりするが、それも運動だと考え、なるべく横柄にならないようにしている。というのも証券会社のセールスマンは大抵新入社員で、とてもおどおどしているのだ。
 今日のセールスマンは若い男性だった。昨日は同じ証券会社の女性がやってきた。別の証券会社も、この1年で2人来た。ひとりは男性、ひとりは女性である。みな若い。

 何度も来るので、仕事がないときには相手をすることもある。それで色々と話を聞いた。ある証券会社のセールスウーマンとは、特に話し込んだ。というのは、相当な美人であったからだ。
 その子は有名女子大を出て、某大手証券会社に入社して2年目の女性だ。仕事にとても燃えているという。化粧もちゃんとしていて一見派手目だが、中身は相当しっかりとしている。高校時代は新体操、大学ではコーヒーショップのバイトに明け暮れていたそうだ。新体操でもそれなりの成績を残し、コーヒーショップでは、そこは世界的なチェーン店だが、バリスタの大会があり、神奈川県で優勝だか準優勝をしたそうだ。何でも一生懸命に取り組むタイプだ。今は証券業務の仕事と勉強に打ち込んでいるという。
 その子に聞くと、せっかく大手の証券会社に入社しても、1,2年で半分ぐらいは辞めるそうだ。そうだろう、と思う。
 飛び込みで住宅街を回るのはしんどい。僕はなるべく不遜にならないようにしているが、それでも忙しいときには、インターホンで「忙しい」とはっきり断る。あの女の子に聞いたが、1日100件ぐらいまわって、話を聞いてもらえるのは5軒程度だという。昼食はどうしているのかと聞くと、パンを買って公園のベンチで食べているという。雨の日はと、尋ねると、傘をさして食べるらしい。冬は寒く、夏は蚊に悩まされる。
 今まで大学で、コンパだ旅行だと遊びまわっていた大学生が、厳しい就職戦線を勝ち抜き、やっと入った大手の証券会社。しかし仕事は外回りの営業で、インターホンで冷たいあしらいをうける。そりゃ、辞めるだろう。

 今の若い子はこれだけの就職難の時代であるのに、1,2年でかなりの率が会社を辞めてしまうらしい。証券会社でなくても、どこも仕事は厳しい。世間の風に当たれば、ひ弱な心と体である。一時退却したくなるのも無理はない。
 僕はこの子たちの諦めの良さを責める気にはなれない。むしろ辞めて当然だと思う。若いとはそういうものだし、仕事を選択することは、とても難しいことだからだ。
 むしろ問題は企業にある。人材の流動性の悪さに問題があると思うのだ。
 日本の企業の美質に終身雇用がある。僕もこの制度には賛成だ。しかしドロップアウトしてしまった人にも、同時にチャンスをもっと与えて欲しい。いや最近は転職者を採用する企業も増えているではないかと、反論される方もいるかもしれない。しかし同じ会社がまた同じ人を採用することはないだろう。これも励行して欲しいのだ。
 とくに若い人には。冷たい雨の中、公園でパンを食べていて、突然会社を辞める決心をしてしまった子に、もう一度チャンスを与えて欲しい。もしその子が、もう一度その会社でやり直したいと考えた場合は。
 きっとその子は、前に益して意欲的に働くはずだ。

 別の会社に転職する場合も、同じだ。1,2度の転職者には今の企業は寛容であると思う。しかし3度、4度となると別だろう。そんな子は、どうせまたうちの会社も辞めてしまうだろうと判断して、採用を控えるだろう。しかし20代は特別対応で良いのではないだろうか。30代になっても、腰が落ち着かないのは、それは明らかな欠陥だ。しかし20代ならば、それは人生の模索であると考えて欲しい。
 僕も最初の会社は1年で辞めた。次に入った新聞社は結局20年以上勤めたが、それはたまたまの偶然である。実は新聞社に入社して2年目あたりで、一度会社を辞めると上司に訴えたことがある。その時は上司に諭されて、残ることにした。さらにもう一度は、会社に内緒で大学院を受験したこともある。落ちてしまったので、会社を続けたが、受かっていたら辞めていた。みな20代の頃の話だ。
 あの若い証券マンたちは、何を思いながら仕事をしているのだろうか。

逗子花火大会に行ってきた


 今日は花火の話。昨日の話題はちょっと暗かったですね。それともしかしたら誤解された方もいるかもしれないが、うちのかみさんは優しいです。恐怖支配は、我が家の話ではありません。いちおう、念のため。

 さて。花火大会は、行く前はいつも面倒くさい。今年こそは行こうかと思っても、直前になると、面倒になる。そして行かない。実は逗子の花火大会は、今まで一度も足を運んだことがない。
 逗子に引っ越して最初の年だと思うが、家にいると花火の音がけたたましく聞こえてきた。2階から外を望むと、遠くに花火が見える。引っ越してきたばかりで、好奇心があり、あわてて近くの丘に登った。丘からは花火の頭が辛うじて見えた。
 丘には家族連れが何組かいた。僕は一人だったので、何かさびしい気にさせられた。それが唯一、外で見た逗子の花火大会であった。外といっても近くの丘までで、会場まで行ったことは、一度もない。
 それ以降は音が聞こえると、2階の窓から眺めている。
 去年は8月のウイークデーの開催だった。かみさんは仕事で帰りが遅かった。それで例年通り、ひとりで二階から眺めた。ああ、猫もいたけど。

 今年は土曜日の開催だったので、かみさんと出かけることにした。7時45分スタートだったが、込み具合が分からないので、早めに家を出た。会場に着いたのは5時前であった。まだ会場の逗子海岸は3割の人出という感じだった。
 適当な場所にビニールシートを広げ、持参したサンドイッチやつまみなどで、ビール、ワインと飲み始めた。打ち上げまで2時間以上あるので、のんびりと静かな海を眺めながら、ピクニック気分を楽しめた。
 いよいよ開催。開催に先立って、観光協会の会長と逗子市長の話があった。逗子市長はとてもまじめで有名な人だが、「みなさん、楽しんでますか~」などと、元気よく挨拶を進め、最後はカウントダウンまでした。そのときは、海岸は歩けないほど人で埋まっていたが、市長の威勢の良い挨拶とカウントダウンに大いに盛り上がった。あれは、相当イメージアップにつながっていると思う。きっと次の選挙は安泰じゃないかな。

 花火は小さな市が主催するものなので、隅田川の花火などと比べるまでもない規模だ。しかし打ち上げ箇所は海の上で、こちらは海岸に陣取っている。遮蔽物が何もないので、打ち上げポイントから爆発ポイントまでよく見える。迫力は満点だった。
 それに規模が小さいが構成はよくできていた。最初はそれなりに豪勢に打ち上げ、気分を盛り上げた。しかし途中は、ちょろちょろ。え~、これで終わっちゃうのと不安を煽っておいて、最後はかなりの量が勢いよく打ち上げられた。なかなかの構成であった。
 時間は多分、1時間弱。これも長すぎずに、ちょうど良い長さであったと思う。
 かみさんは、「すご~い、きれい」を連発。僕も最高潮のときには、なんだか目頭が熱くなってしまった(何を見ても泣く人ですので)。

 やはり、週末開催で成功だったと思う。あたりを見回すと、近くから歩いて来たと思われるような家族連れが中心だった。お父さんたちはほろ酔い顔で、幸せそうだ。
 夏場のウイークデーだと、市外から来た若い海水浴客が中心になる。市民が楽しめる週末開催を、今後も続けてもらいたい。

逗子花火大会


胸が痛む


 高嶋兄弟の弟が離婚裁判をしているようだ。殴られ(奥さんが殴られたのでなく、奥さんに殴られて)て、失明するかと思ったとか、暴言を毎日吐かれたとか裁判で証言している。かなり荒っぽい嫁さんのようである。
 ユーチューブで、嫁さんがリークしたと思われる夫婦げんかの音声が聞こえるが、聞いていて胸が痛くなった。
 音声は酔った弟が「死ね、お前なんか」と連呼しており、嫁さんとしては、自分が虐げられている様子を公表しているつもりなのだろうが、実際には普段の嫁さんの恐怖支配の様子が、伺える内容だ。
 酔った弟は、嫁さんと話したくない。酔わねば嫁さんと過ごせないのが、よく分かる。話を切り上げ、布団に逃げ込みたい弟を嫁さんが追いかけ、起こして、話に引きずり込む。仕方なく起きる弟を、嫁さんは平手打ち(多分、音から推測)。殴られ激高した弟は、嫁さんに殴り返す。そこからは、高嶋弟の「死ね、お前なんか」と、殴り返す音声が続く。
 高嶋弟の怒声が中心だが、逆に弟の恐怖感が伝わってくる。いきり立って怒鳴っているが、弟の言葉には迫力がない。それに引き替え、たまに言い返す嫁さんの言葉は、非常に怖い。完全に弟の迫力負けだ。
 二人の会話から、普段の生活が透けて見える。
 それとこの喧嘩は、どうも嫁さんの罠のようだ。録音していることを前提に、寝たがる弟を引きずり起こし、自分から暴力を振るい、弟の反撃を引き出しているように聞こえる。

 最近、こういう夫婦の話を聞くことが少なくない。以前は家庭内暴力といえば夫から妻へ向かうものとイメージしたが、今はそうとも言えない。どのぐらいの割合か知らないが、結構な割合で暴力が妻から夫へ向けられている。
 男の立場で書くが、こういう女性と縁を持ってしまった男は悲劇である。人生の貴重な時間を浪費し、心は病み、体は傷つく。「何をナイーブなことを言っているのか」と怒られそうだが、それはそんな経験をしたことのない幸せな御仁の言葉に違いない。ソクラテスやトルストイのような賢人ですら、悩まされ続けた不幸である。常人には、どれほどの悲劇であることか。

 この手の問題については、とても同情的なのだ、僕は。音声を聞いていて、本当に胸が痛くなってしまった。今日は土曜日に開催された花火大会の話を書くつもりだったが、今朝一番にこのテープを聞いてしまい、花火の気分でなくなった。

牛の涎のごとく


 さぼり癖復活である。更新がめんどくさくなってしまっている。何事もそうだが、一度緊張の糸が切れると、継続は難しい。
 でも、きっとブログの更新は続けられると思う。それほど多くはないが、毎日のようにブログに来訪していただく読者がいることは知っている。FC2(ブログ運営会社)は、来訪者のログを見ることができるので。読者の方々に迷惑はかけたくない。
 それに自分の性格は、結構粘り強い。うちの親などは、私のことを飽きっぽい性質と思っているはずだが、案外そうでもない。
 たしかに勉強でもスポーツでもいつも中途半端に取り組んできた。仕事もそうである。
 私は割と器用というか、調子の良いところがあり、いつも出だしは悪くない。勉強なんかでも最初の単限は理解度抜群である。しかし徐々に飽きてきて、最後の方はよく分からなくなっている。それの繰り返しをしてきた。
 ところが超低空飛行になってからが、ねばり強いのである。普通は完全に切り捨ててしまうところを、私の場合はしつこく継続する。
 例えば学問でも学生時代はまったく勉強家ではなかった。一応、大学に入ってはみたが、勉強はしなかった。しかし学問に対する指向はずっと持ち続けていた。31歳で大学院に入った。32歳で大学院を無事修了した。その後もだらだらとだが、専門書を読み続けている。今も経済関連の本は読んでいるし、それどころかスティーグリッツが書いた経済学の入門書(教科書)なんかも、気が向いたら読んでいる。私の歳で経済学の教科書を未だに読み続けている人も少ないだろう。実は専門で学んだ経済だけではない。数学や生物の参考書(大学受験用)なんかも購入して、たまに読む。一応、プロの翻訳者だが、英語の参考書は、同じものを今も繰り返し読んでいる。
 スポーツにしても同じだ。ジムは20代の後半から始め、今も熱心ではないが通っている。合気道も週に5回も稽古していたともあるし、週1回のときもあった。それでも続けている。
 実は仕事もそうだ。私は10代のころからずっと物を書く仕事に就きたいと考えていた。それもフリーの。大学卒業と同時に銀行に入行したが、1年後には新聞社に移った。それは少しでも書く仕事に近づきたかったからだ。決して新聞記者になりたかったわけではない。でも銀行よりも近いと考えたのだ。
 新聞社時代も気持ちは変わらなかった。だから仕事に熱が入らなかったのだ(言い訳ですね、はい)。そしてついに会社を辞めて、翻訳者になった。ようやくフリーで、物を書く仕事にたどり着いたのだ。ここに来るのに30年もかかってしまった。

 商いは牛の涎のごとしと言うが、私の場合は単なる性格である。本当はもっと力強く熱心に、そして継続して行えば、結果はより良いものとなっていたはずだ。でも、それができない。かといって諦めもしない。諦めが悪いともいえる。ぐずぐずといつまでも、未練が残り、その結果、継続ができているのだ。

 ということでブログも続けられると思う。ただいま低迷期間に入ってしまったようだが、牛の涎のごとく、切れそうで切れない状態で、継続していきたい。
 熱心に読んでいただいている読者の方には、ご迷惑をかけることになるが、どうか見捨てずに長い目で、牛の涎のごとく、読み続けていただければ、これ幸いである。

プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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