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日本人の特性


 中津燎子の「英語と運命」を読んでいたら、「日本人の特性6点セット」というのが出てきた。中津燎子という人は、1925年生まれで3歳から12歳をウラジオストックで過ごし、帰国後しばらくしてから占領軍の電話局でオペレーターを務め、その後10年間を留学で米国に過ごしたというちょっと変わったキャリアの持ち主だ。英語のエキスパートである。英語についての考えを知りたくて読んだのだが、日本人論が面白い。非常に鋭い指摘を行っている。中津さんが日本人の特質として取り上げるのは、次の6つだ。

1) はにかみ
2) ためらい
3) 人見知り
4) 判断の先送り
5) 決断の後回し
6) 漠然たる状況待ち

 4,5,6は重複のきらいがあるが、全体としてその通りだと、頷いてしまう。なんだか自分の欠点を指摘されたような気さえしてくる。
 僕はおそらく「はにかみ往時」である。石川遼は「はにかみ王子」だが、それは若いから魅力として評価され、王子の称号を受けたのだ。しかしこちらはおっさんだから、往時である。ちっとも魅力がない。むしろ恥ずべき特質だ。

 たしかにアメリカ人には「はにかむ」人は少ない。子供ははにかむが、それは子供だから許されることのようだ。大人のはにかみやさんは、アホだそうだ。アメリカでは。僕なんか、はにかんでばかりいたので、きっとアホだと思われていたと思う。思われただけでなく、実際にアホなのだが。
 ところが実は、この本を読むまで、自分がはにかみ往時だとは、気づいていなかった。アメリカにいたときは、なんだか俺はクラスメートと違うな、とは思っていた。その違いの原因が実は明確でなかった。なんとなくシャイであるなとは、分かっていた。しかしこの本を読んで、鮮明に知ることができた。俺ははにかみやさんなのである。これこそが元凶であった。

 先日、仕事で都内に出たときに、打ち合わせ先の玄関近くで、打ち合わせ先の組織の上層部の人と出くわした。こちらが先に気付き、挨拶をすると、先方も「いつもお世話になっています」と、頭を下げた。当然、こちらも頭を下げたのだが、頭を上げると、扉のガラスに自分の姿が映った。自分の表情を見て、愕然とした。はにかんでいる。
 こんな50を過ぎたおっさんが、取引先のおじさんと偶然会ったぐらいで、はにかんでいる。本当にアホな話である。

 はにかみは、日本人のコミュニケーションのひとつの手段だそうだ。はにかむことで、いわばお腹を見せ、相手にこちらが敵でないことを表現する。はにかんでいる人は、普通殴りかかってきたり、悪態をついてきたりはしない。
 うちの母なんかも、はにかむ方だ。だから遺伝かと思っていた。しかしこれは実は後天的なもので、文化として学んだものらしい。変なものを知らない間に、学んでしまったものだ。

 2のためらい、3の人見知りはない方だと思う。4から6は、あるかな。問題が発生したときに、あえて頭で考えずに放っておく傾向はある。しばらくすると何となく答えが見えてくることがあるのだ。事態が進展することもある。
 会社員時代に感じたが、たしかに周りのほとんどが、先送り派であったように思う。みんな、日本人なのだ。そういう人の中にいると、居心地がよい。みんなで先送りするのだから、連帯感さえ生まれてくる。
 しかし中津さんは、こんな日本で大丈夫だろうかと危惧をする。自分も同感である。しかしより心配なのは自分自身の方だ。こんな俺で、大丈夫だろうか。

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パーティーとかCDとか、


 一週間近くも更新をさぼってしまった。その間のことを。
 木曜日は都内に出た。新聞社時代の先輩に声を掛けられ、ある異業種交流会のようなパーティーに参加するためだ。場所が神楽坂だったので、近くにある出版会館の「洋書の森」にまず寄った。
 実は先日、書棚を整理しているときに洋書の森で借りていた本を見つけたのだ。全ての本を返したつもりでいたが、なんだか少しわだかまりのようなものを感じていた。やはり未返却の本があったのだ。それも2冊も。この本を返しに行った。
 事務の方に「遅れてしまいました。申し訳ないです」と、恐縮して本を差し出した。すると、貸出期間も確認せずに、「ええ、大丈夫ですよ」と笑顔で受け取ってくれた。実は1年近くも借りつづけていた。本来は1か月で返さなくてはならない。もし返却日を確認されたら、しどろもどろになっていただろう。きっとうすうすは気づいていたと思うけど。心遣いに感謝である。
 気を良くした僕は、また2冊を借りる。宗教関係と自己啓発系の本だ。なかなか個性的な本で、面白そうだ。アマゾンでは、まず気が付かない本だと思う。冒頭だけでも読まないと、良さが分かりにくい本なのだ。

 本を借りてから待ち合わせをしていた先輩とともに、焼鳥屋に入る。パーティーは8時からで、時間調整だ。その店は先輩がたまに使う店とのこと。こじんまりした、隠れ家的な良い店だ。味よく、店の女将の人柄もよく。ところが客のひとりに問題のある男がいた。
 我々二人はカウンターの左端に座っていた。その男は右端。L字型のカウンターなので、距離はあるが顔は見える。その男が僕らの会話に聞き耳を立て、いちいち会話に加わってくるのだ。他のお客のことなど、おかまいなしに。それ自体は、まあフレンドリーな行為ともいえる。問題は発言内容だ。いちいち説教臭く(僕は説教するのは好きだが、されるのは大嫌いなのであることは、みなさんご存じだと思う)、高圧的なのだ。僕はまったく無視をしていた。ところが先輩はいちいち、威張り散らす男にお付き合いをしていた。
 今の僕のテーマは「多様性&寛容」である。先輩に見事なお手本を見せてもらった。まだまだ僕にはできそうにない。

 威張り散らすオヤジを後にしてパーティーに向かう。場所はラリアンスというフレンチを出すパーティースペースであった。
 急なエレベーターを昇る。なんだか見たことがある風景だ。先輩が種明かしをしてくれた。そこはかつて「ツインスター」という名のディスコがあった場所だった。ツインスターには、多分5,6回は来ている。20年以上前のことだと思う。店に入ると、基本的レイアウトはそのままだ。バーカウンターの場所が同じだった。
 その後、多くの方と名刺交換をしたり、会話を楽しんだのだが。酔ったせいなのか、なんだかツインスターにいる錯覚に陥ってしまった。ただしツインスターのときは、声を掛けた女の子の半分には無視をされたり冷たくあしらわれたりしたが、今回は目があっただけで先方から声をかけてくる。とても居心地のよい空間であった。
 帰ってから名刺を見ると、女性の方が若干、多かった。やっぱりツインスターと錯覚していたのかもしれない。もちろん如何わしい気持ちは、まったくなかったということを、ここに明らかにしておこう。


 昨日もまた都内に出た。月に一度の打ち合わせのためだ。打ち合わせよりも少し早く行き、銀座をぶらつく。山野楽器でCDを一枚買う。ちゃんとしたレコード屋でCDを買ったのは、とても久しぶりである。最近はほとんどネットで購入しているので。
 買ったのはラベルのピアノ曲。価格は1000円だった。1000円のものからだけで選んだのだが、結構沢山あった。また買いたい。
 その後、教文館という本屋に寄った。ここはとても変わった本屋である。1,2階は普通の本屋だが、上の階にはキリスト教関連のグッズが売られていたり、ナルニア国の展示コーナーがあったりする。
 5階には洋書コーナーがあり、そこに向かう。洋書コーナーも変わっていた。宗教と哲学関連の本しか置いていない。客は僕以外、ひとりもいなかった。椅子があったので使わせてもらって、1冊を手に取りじっくりと眺める。面白そうな本であったが、ちょっと専門的すぎる。翻訳には向かないかもしれない。

 打ち合わせは1時間半で終了。込む前に電車に乗り込み、新聞を読みながら、のんびりと帰る。

自己評価


 自己評価は相当、甘い方だと思う。子供の頃は現実よりも10倍とかひょっとして1万倍ぐらい過大に自分の能力を評価していたと思う。
 たとえば小学生の頃は、きっと自分は世界の帝王になるだろうと信じていた。今はなぜかできの悪い小学生に甘んじているが、将来は才能が爆発的に開花して、その過程は判然としないが、どうやってか行く末は世界の帝王になるはずだと信じて疑わなかった。
 中学時代になると、さすがに世の中が少し分かってくる。今は帝王の時代ではないと考えるようになった。帝王はアレキサンダーとかシーザーの古代、あるいはせいぜい神聖ローマ帝国の中世で絶えてしまっている。いくら驚異的な才能を秘めている子供でも、歴史を動かすことはできないはずだ。今の時代でもっとも力があるのは経営者であろう。きっと自分は何かの事業で成功し、億万長者になるであろうと、予測を変更した。何のビジネスを始めるかは、詳らかではなかったが。
 高校生になると、金銭に固執することに汚らわしさを感じるようになった。思春期である。「俺が求めているものは金なんかじゃない。俺の才能はそんな賤しいものに向けられているはずがないのだ」、とまた方向修正を行った。そこで思いついたのはロッカーである。
 その頃は高校の仲間とロックバンドを組んでいた。正直、仲間には才能を感じることはできなかった。だからこの中からプロになるのは俺一人だろうと、少し後ろめたい気持ちで仲間と練習をしたものである。
 当然、見つめていた先は世界だ。あの頃はサザンとかツイストとかの人気があった。桑田佳祐には才能を感じたが、自分の目指す対象とは考えていなかった。目指す先はロッド・スチュアートであった。
 今、思うとロッド・スチュアートと考えるあたり、ちょっと普通のロック少年との違いが伺える。音楽性よりも、カッコが優先していたようだ。
 しかしロッカーへの志望も長くは続かなかった。その後に思いついたのはサーファーである。予備校の友人がサーフィンをやっていて、一度千葉の海に連れて行ってもらったことがあったのだ。
 たしか場所は太東だったかと思う。太東は九十九里の最南部に位置する浜で、割といい波が立つ。周りにはサーフショップが数軒あり、ちょっとこ洒落たレストランなんかもあった。海から上がったサーファーが、サーフショップに備えられた水のシャワーを使っていたり、波を見ながらビールを飲んでいたりする。なんとも自由でカッコよく感じた。
 しかしサーファーになるだろうと信じていたのは1年程度だ。今もサーファーには憧れがあるが。
 その後、考えるようになったのは物書きである。20代のころは小説家になりたかった。しかし小説は段々読まないようになっていった。そして小説家も諦めた。ただ物を書く仕事をしたいとは漠然と考えていた。小説以外に何を書くのかは漠然としているくせに、なぜか才能はあるのだとその頃も信じていた。

 実は今もその延長にある。少しでも書く仕事の近くに居たいと思念し、翻訳をやっている。世界の帝王から道はちょっぴり逸れたが、それでもかなり気に入っている。ようやくここにたどり着いた感もある。
 今も自己評価は甘いと思う。トライアルに落ちたりしても、先方の見る目がないと考えてしまう。
 だから自己評価が甘いことを織り込んで、自分の場合、さまざまな計画を立てる必要がある。
 例えば最近、気が付いたのだが、自分はかなりの怠け者である。翻訳者は普通、一日12時間とか14時間とか仕事をするらしいが、自分では無理なようだ。だから仕事を受注するときは、8時間を限度に計画を立てている。
 翻訳文の質も、相当差し引いて考えなくてはならない。油断すると、すぐに自分の訳文に惚れ惚れしてしまったりするのだ。ただ時間が経ってから、読み返すと、ウンザリすることも分かってきたが。

 このように振り返ると、今まで根拠のない自信に自分は振り回されてきた。普通の人はもっと現実をわきまえ、客観的に自己を評価できているのだろう。だからみんな、ちゃんとした人生を歩めているのだ。ところが僕は、根拠のない自信に振り回されて、回り道ばかりしてきた。その結果、一向にことを成すことができていない。過度の自己評価が災いしているのだ。
 ただ自己評価が高いことは、悪いばかりではない。今までの困難を乗り越えさせてくれたことも事実である。くすぶっている俺もいつかは才能が爆発的に開花して、世の中のために何かを成し遂げるはずだ、と信じているからこそ、自殺などせずに生きていられる。それに自分を信じていると、なんだか楽しい。

 しかしもういい歳なのだから、過度の自己評価は慎みたいとも思う。もうちょっと謙虚に自己を分析し、着実な人生をこれからは歩みたい。

逗子の魚屋


 いつも読んでいる鈴木晶先生のブログにワカメのしゃぶしゃぶが美味しいという記事が出ていた。たまらなくなって週末に、逗子の駅前の魚屋へ買いに行った。残念なことに生ワカメはその日は入荷していなかった。
 きっと海岸に出れば打ち上げられているだろうが、今まで採ったことはない。海岸は得体の知れないものも打ち上げられていて、ちょっとあそこから拾って食べる勇気はない。きっと洗って食べれば、売っているのと変わりはないだろうが。
 そこで代わりといってはなんだがスズキ、真鱈のタラコ、カレイを購入した。
 スズキは丸ごと一本で950円。魚屋で三枚におろしてもらい、アラももらってきた。見ているとアラを断る人が多いが信じられない。こここそが一本買いの醍醐味なのに。
 スズキは細かい骨をピンセットで抜き、刺身にした。骨はほとんどなかったが。たれは自家製梅干しを漉してペースト状にしたものを作った。これまた庭で取って塩漬けにしておいた大葉を刻んでトッピングした。これまでに食べたほどがないほど美味な刺身ができあがった。量もかなりあり、かみさんと二人で腹いっぱい食べた。それでも半分が残ってしまい、残った分は酢と昆布で締めて、翌日の夕食を飾ることになった。これもかなりの味だった。
 アラはあら汁を作る。塩と酒だけのシンプルな味付けだが、アラからだしが出てうまみがたっぷりだ。
 タラコは巨大なものが450円。普段、スーパーで見かけるのはスケトウダラのタラコだ。大きさはあれの10倍程度。かみさんが白菜と煮た料理を作る。味はスケトウダラと変わらない。値段は格安で、大変お得なタラコである。
 カレイは子持ちで厚みたっぷり。かみさんが煮つけを作った。これはまだ食べていない。今夜の食卓に乗せる予定である。今から楽しみだ。これは3切れで400円。近くのスーパーでロシア産のものが2切れ500円で売っていた。しかも1切れが逗子の魚屋の半分ほどの厚さしかない。当然、僕らの買ったカレイは近海ものである。

 最近、野菜が高くて、買い物をしていてもテンションが上がらない。せっかく海の近くに住んでいるのだから、もっと魚屋を利用しなくてはならない。今度は横須賀の農協で野菜を買った後は、地元の魚屋で魚を買うことにしよう。

 今日は珍しく、夕方に記事を書いている。こんな記事を書いていたら、腹がグーグー鳴ってきた。今日はこれで終いにしてしまおう。風呂でも浴びて、カレイの煮つけで一杯やるとするか。

お説教についての考察


 甥っ子がアメリカ人の友人と正月に遊びに来たときのことだ。かみさんは実家に戻っていたので、僕が料理を作った。ふたりとも「うまい、うまい」と言って、モリモリと食べてくれた。褒められていい気になった僕は、ふたりに人生とはかくあるべきだといった、深遠な話題について語りまくった。しばらくすると、ふたりとも箸の進みが悪くなった。そして甥っ子がのたもうた。「おじさんのお説教はもういいよ」。
 それは青天の霹靂だった。なぜかって、僕はお説教が嫌いなのだ。その僕がお説教を垂れるとは。それも自分で気が付きもせずに。
 体罰も嫌だが、お説教も嫌いである。体罰の禁止は世の流れのようだ。じきに法制化されるかもしれない。お説教だって同じ流れにならないとは、断言できない。
 たとえばどこかの高校の運動部のキャプテンが、監督のお説教を苦に自殺したとする。ありえない話ではない。その直後に運悪く、あるいは運よく、女子柔道の代表選手が連名でJOCに対し、監督のお説教を告発したとする。これも絶対にないとは言いきれない。
 そうしたら世論はどうなるであろうか。日本人のことだから、いっせいに「お説教反対運動」が燃え上がるはずだ。こうなると大喜びで騒ぎ出すのはマスコミだ。テレビではお説教の専門家が、お説教の弊害を苦々しくも語るだろう。新聞では、戦前の帝国陸軍内で行われていたお説教と、現代のお説教を比較した社説が載るだろう。マスコミが動けば、政治家も黙ってはいられない。勢力劣化が著しい民主党あたりが、ここぞチャンスとばかりに、「お説教禁止法案」を提出して、国民の歓心を買う戦略に出るに違いない。最初は自民党も抵抗を示すかもしれないが、やはり世論に勝つことはできない。選挙基盤の弱い新人議員辺りが造反の動きを見せ、結果は自主投票。はれて日本は世界初のお説教禁止法という大変にリベラルな法律の保有国家となる。そして世界からの尊敬を一身に集めるに違いない。
 
 もしもだ。こんなことになったとしたら。お説教嫌いの僕としては、きっと歓喜に絶えない。大喜びで、裸で街を練り歩きたくなっちゃうに違いない。と、思ったのだが。ちょっと違う。
 あのときには続きがある。甥っ子に、「おじさんのお説教はもういいよ」と言われたときに、僕は傷ついた。がっかりした。でもそれは、甥っ子に言われたからだ。言われる前はどうかというと、それは上機嫌だった。楽しくて、嬉しくて。もう得意で、しゃべっていたのだ。そう僕は、お説教を言われることは大嫌いなのだが、言うことは大好きなのであった。
 だからそんな法律ができたらたまらないのだ。ようやく言われるよりも、言う機会の方が多くなってきたのだ。年金じゃないけれど、今まで随分支払ってきた気がする。今後はしっかりと回収しなくてはならない。

 甥っ子に反撃された僕は、一瞬戸惑いを見せたはずだ。しかし立ち直りは早かった。
 すぐに、「いやお前、おじさんはお前にお説教を述べていたわけじゃないんだよ。そこを見誤っちゃいけないよ。お説教と捉えたこと自体が、ちょっと問題だねえ。う~ん、問題だ。お説教と捉えたということはだ。お前はせっかくのおじさんの助言を迷惑だと思っていることだよ。これってもしかして、機会の損失じゃないか。いや、完全に機会の損失だ。お前は今まさに、成長の機会を損失しているんだよ。いいかい。世の中には、そうそうこんなチャンスがころがっているわけじゃない。めったにないチャンスをお前は・・・」。
 とさらにエンジンの回転を上げたことは言うまでもない。うんざりする甥っ子とアメリカ人の友人にさらにパワーアップして、おじさんは語りまくったのであった。
 アメリカ人の友人は、ちょっとは日本語ができるのだが、そうなるとお手上げ状態だ。お腹も一杯だし、眠くなってきたし。お説教は面白くないし。しばらくして寝室にひとりで、引き上げて行った。
 友人の背中を恨めしそうに眺めていた甥子はというと。当然、許されるはずもなく。夕方の5時ぐらいから食事を初めて、甥っ子が寝室に向かったのは、翌朝の4時を過ぎてのことであった。
 いやあ、とても楽しい酒席であった。

検索結果とトラッキング広告


 昨夜のクローズアップ現代は、「収入源は動画投稿」というのをやっていた。興味のあるテーマだったので見ることにした。
 内容は自作動画をユーチューブなどにアップして、広告収入を得る人が増えているというものだった。中には会社を辞めて、それ一本で生計を立てている人もいるらしい。
 この手の話題になると、会社を安易に辞めることを煽っているとする批判がよく出るようだ。しかし僕は良いのではないかと思っている。好きにすればいいんじゃない、と。
 メディアやブログで、会社を辞めて起業する人の話題を取り上げても、それはただの事実に過ぎない。仮に好意的に解釈していたとしても、それはメディアやブログの自由である。表現の自由もあれば、職業選択の自由もあるのだ。みな好きにすればよい。ただし責任は自分が背負わなくてはならない。

 昨日はネットの専門家ということで愛場大介という人が出ていた。その人の言った一言がちょっと気になった。
 司会の国谷裕子がネット動画の広告の仕組みを尋ねたところ愛場氏は、グーグルで検索した内容が控えられていて、ユーチューブで同じ人が動画を閲覧したときに、以前検索したワードと関連する広告が配信されるといった内容を答えた。これって、ほんと?
 僕は新聞社時代にデジタル広告の営業をしていたことがある。その関係で今も翻訳の大部分は、デジタル広告の関連書類だ。毎日、海外のサイトでデジタル広告関連の記事をウオッチしている。なので、多少はその当たりのことを知っていると思う。
 僕の認識ではグーグルは、検索結果に紐付された広告は配信している。これは個人を特定するものではない。ただ検索結果を特定して、広告を配信しているだけだ。たとえば「美容整形」と検索した人には、「美容整形外科」の広告が掲載される。この人の名前が、かりにA子さんとする。グーグルはA子さんに「美容整形外科」の広告を配信したのではなく、「美容整形」を検索した誰だかに、個人は特定せずに広告を配信したのだ。このサービスをグーグルはアドワーズと呼んでいる。
 グーグルはおそらく個人を特定する技術は有しているだろう。だからやろうと思えばA子さんが、グーグルが運営するユーチューブを見たときに、例えば料理という美容整形とは関係のない動画を見ても、「美容整形外科」の動画を配信しようと思えばできる。しかし、やってはいないはずだ。あくまでもこの場合も、料理というコンテンツと連動する広告、たとえば調味料の広告なんかを掲載するはずである。
 すでに個人をクッキーで追跡し、閲覧したサイトのデータを蓄積して、関連する広告を配信するサービスは行われている。この場合は、あくまでも閲覧したサイトのデータである。検索結果ではない。
 サイトの閲覧履歴は誰でも追うことができる。たとえば技術さえあれば、このブログにクッキーを仕込んでおいて、閲覧者がその後、どのサイトを見たのかを追跡することはできる。サイト運営者ならば、だれでも技術的には可能だ。当然僕には、技術も意志もないが。
 しかし検索結果は検索エンジンしか知りえない、とても秘匿性の高い情報である。検索エンジンの宝のような情報だ。この宝物を検索サイトの外に出た人に向けてグーグルが使っているという話は、まだ聞いたことがない。
 もしかしたら僕が間違っているのかもしれない。何といっても変化の激しい業界である。僕の知識が古いのかもしれない。しかしやっているとしたら、ちょっとした驚きだ。グーグルは一線を越えたな、と思わざるを得ない。

 デジタル広告の業界で一番ホットな話題は、個人のプライバシー情報の扱いについてだ。アナログ時代には考えも及ばなかった個人情報が、今は取得することができる。
 プロフィールや趣味、思考、位置情報は広告主としては、垂涎のデータだ。媒体や代理店としては、高く売れる商品である。この数年、どんどんそうしたサービスが実用化されている。すでに僕らの行動履歴はトラッキングされているのだ。
 しかし政府や消費者団体から個人情報の扱いについて、懸念の声も上がってきている。やりすぎると政府の規制が動くかもしれない。だから業界は自主的にリミットを設けて、騒ぎにならないように静かにサービスを展開しているのだ。
 一方、ひとつひとつの企業の具体的な動きはなかなか見えにくい。だから専門家でも間違えることはあるだろう。
 ネットでちょっと調べたが、解明することはできなかった。

市議が来た


 昨日、逗子市の某市会議員が拙宅を訪れた。1時間ばかり話しをした。
 少し前のことだが、逗子市プラザホールに電話をかけた。この前行ったお能が良かったので、能、あるいはコンサートなどの先の予定を聞きたかったからだ。すると3月までの予定しか教えてくれない。4月以降は市の予算が確定していないので、イベントの予定を入れていないという。この話は以前にも書いたかもしれない。
 それで某市会議員にメールを書いたところ、色々といきさつなどを市の幹部に問い合わせてくれて、その結果を報告に来てくれたのだ。

 この市会議員には数年前には、市主催の花火大会がウイークデーに開催されているため、主に税金を支払っていると思われる、働くお父さんやお母さんが参加できないのは問題ではないかと問い合わせたことがある。その際も市に確認してから、拙宅に説明に来てくれた。僕の問い合わせ(陳情とは書きたくない。なんだかお代官様に申し上げるみたいなので)の結果かどうかは分からないが、昨年は6月の土曜日に開催された。晴れて妻と一緒に、花火を見に行くことができた。
 話が脱線してしまったが、今回のプラザホールの件については、市議の説明は予想していた通りの内容だった。単純な話だ。市のすることは予算ありきということだ。予算が決まらなくてはどうにもならない。これだけである。
 昨日は市議とはその件では、それ以上は話をしなかった。ただ市議もその問題点は認識しているようであった。今後、議会などで話を進めて欲しい。

 考えてみれば不思議な話だ。例えば逗子市には市立の小学校がいくつかある。小学校の運営もお金がかかっているはずだ。4月には新入生を迎える。プラザホールの理屈でいうと、新年度の予算が確定するまでは次年度に迎える新入生への通知は行うことができない。4月1日にあわててパンフレットなどを刷って、それから新入生の親に配布することになる。
 しかし当然、そんなことはしていない。今の時点で新入生の該当者の父兄には、入学の案内が届いているはずだ。同じことをプラザホールでも行えばよいだけだ。
 プラザホールはなかなか立派なホールである。席も良いし、音響効果も悪くない。キャパは550と小さいが、それもかえって使い勝手が良いと言える点だ。今後は今まで以上に貴重な市の資産を有効活用していただきたい。

 
 市議とはその他、色々な話をした。ひとつ驚いたのは地震の防災対策についてだ。市は津波の最大規模を14メートルと想定しているそうだ。逗子は相模湾の中にあるので、僕はそんな大きな津波が来るとは考えてもいなかった。おそらく2,3メートルが最大だろうと想定していた。しかし東日本大震災クラスの地震が近くの海で起きた場合、逗子にも14メートルもの津波が来るかもしれないのだ。
 そんなデカいのが来たならば、逗子市はほとんど飲み込まれてしまう。少なくとも駅周辺の商店街や住宅街は全部流される。田越川周辺も厳しいだろう。
 うちは山の上にあるので津波はやって来ないだろう。標高は30メートルもあるのだから。しかし鉄道や道路は海の近くを走っている。ライフラインは断たれてしまうだろう。
 それに我が家の場合は、揺れに耐えられるのかどうかがまず心配だ。なんといっても築40年であるから。

 市の財政についても話をした。逗子に入る税金の多くは市民からのものだ。逗子には企業は少ない。市民の高齢化は神奈川でも1,2を争うハイレベルであるそうで、住民数の割に収入は少なく、支出は多い。
 逗子にも産業が欲しいと語っていた。そこで思いついたのだが、逗子にSOHO的な小規模企業を呼び込むことはできないだろうか。今はネットがあれば、どこでも起業はできる。ノマドもいいが、やはり普通の人はオフィスで仕事をしたいものだ。
 逗子には5000もの空き家があるそうだ。この数は県内一だそうだ。ただ寝かせて傷ませるよりも、安くても貸し出した方が良いのではないだろうか。
 これも思いつきだが、家賃はうんと安くする。たとえば一軒家を借りても3万円ぐらい。そのかわり企業は市、ないし財団法人などに自社の株式を譲渡するのだ。その企業が成長すれば、市などはそこからキャピタルゲインを得ることができる。家主にも還元できる。
 逗子の森の中、あるいは海辺の近くの一軒家をオフィスにする。きっと仕事が楽しくなるに違いない。仕事の効率は上がる。すればどんどんやる気のある企業が集まって、ちょっとしたシリコンバレー的な展開が生まれるかもしれない。

 そんなの無理かなぁ~。また市議にメールでも書いてみよう。

園田監督の身の処し方


 女子柔道の日本代表監督が、選手15人から体罰、パワハラを告発された事件について考えた。
 僕も体罰は肯定しない。利口な指導法とは到底思えない。権力者が一方的に振るう暴力は憎みさえする。とても園田監督の体罰は容認できない。
 ところで体罰が悪いことは議論が出尽くし、決着を見ているように思う。今日は園田監督(当時の肩書)の身の処し方について書きたい。

 園田監督にとっては暴力や体罰はごく身近にありふれたものだったのではないかと思う。おそらく子供のころから柔道場では、体罰を日常的に振るわれていたはずだ。その結果、体罰はいつか空気のような当たり前な存在になっていった。
 園田監督は体罰についての是非を今まで考えたことがない。だから9月の時点で体罰の存在が発覚し、全柔連から事情徴収を受けたときには、驚いた。しかしその時点では、深刻には捉えていなかったと思う。これは全柔連もきっと同じだろう。
 ところがJOCへの告発があり、さらに監督と全柔連にとっては運が悪いことには、大阪の高校でバスケット部の主将が体罰を苦に自殺する事件が起きた。そこで世論に火が付いた。沸き起こる非難の声に、ようやく監督は事態の深刻さに気付いたはずだ。
 しかしそんな監督だが、体罰の効果は本気に信じていたはずだ。そうでなければ、大人の女性を人前で殴ることなどできない。多少の罪悪感は起きただろうが、「俺も殴られて強くなってきたんだ。これぐらい耐えられなくて、試合に勝てるはずがない」、と心の中で正当化した。

 ところが園田監督は会見で「深く反省し、誠に申し訳ありませんでした」と言った。なぜそんな、今まで思ったこともない言葉を発したのだろうか。
 全柔連、そして彼の本来の勤務先である警視庁からの指示があったのかもしれない。両組織の上司に諭されて、体罰については今まで深く考えたこともない園田監督は、また深く考えずに自分の行為を否定したのだ。そして反省していないのにもかかわらず、反省を口にすることにした。いやもしかしたら本当に反省した気になったかもしれない。しかし心の底では納得していなかったはずだ。
 彼が下した結論は、組織人としては正しい対処に見える。一見は。しかし本当にそうだろうか。

 そうではないと僕は思う。彼はこう言うべきだったのだ。「今回、皆様にご心配をおかけしてしまったことは深く反省しています。しかし私は自分の指導方針を正しいと信じて、今までやってまいりました。選手に対して手を挙げたことも、厳しく叱責したことも事実です。しかしそれは選手を強くするためであり、勝利を招く手段であると確信して行ってきました。その気持ちは今も変わりません。もしかしたら私の指導方針は古いのかもしれません。これ以上、監督を続けることは、混乱を深めるだけと判断し、日本代表監督は辞任いたします。みなさまにご迷惑をおかけしてしまったことを、ここに深くお詫び申し上げます」。
 なぜなら、これが彼の真意だからだ。口先だけの反省は、すぐに見破られる。そして何にもまして本人自身を蝕んでしまう。
 保身のために言葉を繕えば、それでその場はやり過ごせるだろう。しかし人間の心はそれほどタフにできていない。きっと彼は生涯、嘘の反省に苦しむことになるだろう。
 会見では自説を述べ、颯爽と辞表を提出すればよかったのだ。全柔連も警視庁も体罰は黙認していたはずだ。その点では同罪なのだ。馬鹿正直な奴だと、そのときは苦い顔をするかもしれない。しかし擁護者も現れるだろう。暴行として刑事事件になるようなことがなければ、両方の組織に残れるだろう。
 ある期間、干されるかもしれない。しかしそれで良いのだ。自分の行ったことは事実なのだし、それによって将来が思った方向に進まなかったとしても、泰然と受け入れればいいだけの話だ。
 そして蟄居の間、そのときこそ本気で自分の行いについて考えるべきだ。大のおとなが、今まで日常的行ってきたことを、世間に発覚したからといって、急に考えを改めるはずがないのだ。反省には時間がかかる。反省するにせよ、やっぱり自分の行いは正しかったと再確認するにせよ、深く考えなくては心底納得などできるはずがない。
 熟考の末、反省しなかったならば、時代遅れになったのだと柔道界から去ればいい。反省したのならば、反省を教訓にして指導の腕に磨きをかければいいのだ。
 しかしどっしにせよ、もう手遅れだ。

ハンティングとピーピング


 今日は久しぶりに散歩をした。ここのところ雨やら、降っていなくても降りそうな気配で控えていた。外は風が強かった。
 いつもの森の小道を歩くと、小道から外れた草むらの中の倒木が気になった。近づいてみると案の定、キノコが生えていた。キクラゲだ。まだ小さかったので採らずにおき、倒木を人目のつかない奥の草陰に移動した。これできっと他の人には採られないだろう。もし気付いた人がいても採らないとは思うが、念には念のため。これから散歩のたびに、この倒木を覗こう。散歩の楽しみが、これでひとつ増えた。

 キノコ狩りには興味がなくなっていたつもりでいたが、久方ぶりに生で野生キノコを見ると、胸がはずんだ。やはりキノコ狩りは楽しい。
 最近は散歩をしていても、バードウォッチングばかりである。しかしこれはこれで楽しい。そして思った。男と言うのはハンティング(キノコ狩り)やウォッチングが生来好きな生き物なのだと。これは本能に根差しているに違いない。
 しかしウォッチングの方を突き詰めて考えれば、やはりピーピングの方が好ましい。目に入るものを堂々と見るよりも、相手に気付かれずに覗き見ることに感興を惹かれる。
 そして考えた。果たして僕が行っている行為はバードウォッチングといえるのだろうか。
 ウォッチングといえば、中学生でも習うだろうが、テレビである。「I am watching the television」の例文は記憶にあると思う。そう、ウォッチングというのはテレビを見るように、相手からの視線などを気にせずに堂々と見る行為を指す。試みにジーニアスで調べると、「じっと見ている、注視する、監視する、うかがう」などがある。「覗き見る」という意味はない。そうすると、僕はバードをウォッチしていないのではないか。しているのは、むしろピーピングである。こそこそと鳥に見つからないように、遠くから双眼鏡で覗き見ているのだから。

 今日はいつも何気なく通り過ぎる広場で鳥を見つけた。そこは今まで鳥を見たことがなく、普段は素通りする場所だ。しかし今日は遠くの位置から鳥が数羽群れていることに気が付いた。そこは日当たりがよい場所で、雑草交じりの芝生が生えている。鳥の好きそうな虫が、いかにも多そうな場所だ。きっと普段でも鳥はいるのだろう。僕が鳥の存在に気付かずに近づいて、きっと先に逃げて行ってしまったのだ。
 今日は遠くの位置で気が付いたので足を止め、そこから双眼鏡で眺めてみた。見えたのは数羽のムクドリだった。ムクドリはよく見る鳥だが、せっかくなので暫くピーピングを続けた。するとちょっと毛色の違う鳥がいることに気が付いた。初めて見る顔だ。しっかり姿かたちを記憶しておいて、家に帰ってから調べてみると、「シメ」という鳥だった。
 こんな収穫もピーピングだからできたのだ。シメは少し近づいただけで、真っ先に逃げて行った。ムクドリはかなり近づいても、平気で何かを啄んでいた。

 今日の散歩はハンティングとピーピングをともに楽しめた。

銃所持を正当化するひとの矛盾


 CNNを見ていると、連日銃規制について取り上げている。もっとも時間を割いているテーマだ。このことから、銃規制が米国民の最大の関心事であることが分かる。
 しかし分からないのは、銃規制に反対するひとが多数存在するということだ。あんな危ないものがスーパーで買えるという事実をどうして容認できる人が、あれだけ多いのだろうか。
 反対者の主張は主に次の2点に絞られるようだ。ひとつは憲法で保障されている個人の自由であること。ふたつめは、自らを防衛する権利であるということ。アメリカ人は自由と権利を主張することが好きだ。それがたとえ物騒な社会を招きいれる要因であろうとも、手放したがらない。

 第一の憲法についてだ。合衆国憲法修正第2条には次のように書いてある。「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない」。
 米国の憲法は1787年に制定された世界最古の憲法である。修正条項も2年後の1789年にできており、日本はまだ江戸時代の中ごろだ。その時代のアメリカはイギリスと独立戦争を終えたばかりで、イギリス軍はカナダで勢力を保ち、フランスも南部を支配していた。国としての体裁はとても整っているとは言えない状態で、各州は独立国の面持ちであった。
 修正第2条には「民兵」という言葉があることに気付かれただろう。この条文は本来、各州の権利について触れたものである。州に対して、民兵が武器を持つことを認めた条項である。と、僕は思う。
 実はこのことについてアメリカの最高裁は、僕とは異なる見解を示している。修正第2条は「個人の権利」を規定したものという解釈を行っているのだ。その結果、最高裁の決定は銃保持を主張する人々の論理的根拠になっているのだが。
 しかし、普通に読めば、これは州の権利だ。だってそうでしょう、個人で民兵を有するなんて、ありえない。ありえるとしたら、それは無政府状態である。憲法が無政府状態を前提にしているはずがない。

 今日、僕がブログで銃規制を取り上げたのは、二番目の「個人の防衛」について書きたかったからだ。僕は銃を個人が保有することで個人の安全が守られるとは思えない。だから二番目の主張は根拠がないと思う。その理由は以下のとおりだ。
 
 銃は持っていても、自らの身は守れない。これが刀ならば別だ。どういうことかと言うと、敵も銃でなく刀を持っていた場合だが。刀は稽古をすれば、運用がうまくなる。たとえば宮本武蔵ぐらいの達人であれば、相手が刀で襲って来ても、確実に身を守ることができる。
 しかし銃はそうはいかない。例えばビリー・ザ・キッドなみの達人が大学で授業を受けていたとする。しかし丸腰だ。なぜなら大学へは銃は持ち込めないからだ。そこに暴漢が自動小銃を構えて乱入したとする。ビリー・ザ・キッドとえいでも、撃ち殺されてしまうだろう。
 いやそれならば刀でも丸腰ならば、切り殺されるのではないかというと、まあそうかもしれない。でも宮本武蔵クラスならば丸腰でも、相手がひとりならば生き延びられるとは思うが。
 では大学に黙ってこっそりとビリー・ザ・キッドがピストルを持ち込んでいたとする。しかしこっそりだから机の上に置いてはおけず、カバンの中に忍ばせておいたとする。この場合はどうなるかというと、やはりビリー・ザ・キッドは撃ち殺されるはずだ。銃は持っているだけでは防御ができないのだ。
 これは単なる例え話ではない。つい最近、実際に銃の達人が銃で撃ち殺される事件がおきた。イラク戦争で敵から悪魔と恐れられた最強の狙撃兵クリス・カイル氏が、知人に撃ち殺されたのだ。彼はイラクで255人を狙撃したと伝えられている。
 銃が防御を可能にするためには、先に相手を撃つ必要がある。相手が撃ち始めてから、転げまわって逃げ回り、カバンの中の銃を探りだして相手を仕留めるなんてことはできない。相手が撃つ前に、先に攻撃を開始しなくてはならない。つまり銃は攻撃しかできない武器なのだ。

 だから銃を自己防衛のために所持することを主張するアメリカ人は、いざ何か起きそうになったならば、先に撃つことを前提にしているはずだ。以前、日本人の留学生がハロウィンか何かで殺されたことがあったが、あの状況だ。怪しければ先に撃つのだ。そうしなければ、銃の特性が生かせない。
 さらに論理を進めれば、銃が蔓延する社会では、自己防衛はどうしたって不可能だ。銃を構えていきなり乱入する相手から身を守ることは不可能なのだ。それは学校かもしれないし、スーパーマーケットかもしれない。そんなところでいきなり襲われたら、至近距離で撃たれたら、絶対に助からない。
 銃撃戦の末に、相手を仕留めることができるのは映画やテレビの中だけだ。アメリカ人はバーチャルと現実を混同している。



初めての逗子文化プラザホール


 日曜は逗子文化プラザホールで、かみさんと一緒に能と狂言を見てきた。逗子プラザホールへ行くのは初めてだ。予想以上に立派なホールだった。
 客席数は500程度。こじんまりしていて、どこの席からも舞台が近い。都内の大きなホールだと、同じS席でも前と後ろでは雲泥の差がある。これで同じ料金かと思うと、泣けてくる。しかし逗子プラザホールは後ろの席でもきっと泣けてこないだろう。僕らは前から5番目の席であった。
 勾配がかなりある。そのために前の席の人が邪魔にならない。とくに日曜の観客はほとんどがお年寄りで、小柄な人が多くて、視線を塞ぐ面積が小さかったのもあり、良く見えた。
 演目は狂言は「節分」、能は「隅田川」だった。両方とも春にちなんだ演目であった。
 
 能も狂言もとても良かった。逗子に住んで10年近くになるが、今までこのホールを利用しなかったことが悔やまれた。
 調べると頻繁ではないがこの田舎の小さなホールも、能や落語などの古典芸能やクラシックのコンサートが開かれている。なるべくこれからは、都合を付けて通いたい。僕の方は、都合は簡単についてしまうだろう。かみさんの予定次第である。

 しかしこの上出来のホールも、ひとつ問題があった。実は昨日(月曜)、今後のスケジュールについてホールに電話をかけたのだ。すると3月末までしか決まっていないという。理由を問うと、来期の市の予算が確定するまでは、スケジュールを決められないと言う。
 ということはだ。仮に4月の2日にコンサートを行うとする。その場合も4月1日までは予定を公開しないことになる。しかしそんなことをしたら、チケットは売れるはずはない。
 そこについて尋ねると、だから4月は自主イベントはいれないそうだ。自主イベントとは市が主催するイベントである。その間は、市民や市民団体に貸し出すそうだ。それもよいだろう。しかし500名も入るホールを埋められる個人や団体は少ない。結果、大きなホールががらがらで運営されることになる。もったいない話だ。
 あのホールの建設費はどのぐらいかかったのだったのだろうか。想像もできないが莫大であったことは間違いがない。きっとウン十億円はかかっている。運営費だって、かなりのものだ。ざっと見回すと事務局には10人程度が勤務しているようだ。アルバイトもいるだろうが、それでも人件費は年間数千万になるだろう。これはみな税金で賄われている。
 もう少し効率よく運営してもらいたい。
 僕の新聞社時代の最初の所属先は事業局だった。イベントのプロデューサーだったのだ。美術展やコンサートをいくつも担当した。
 飯田橋のカザルスホールで海外からアーティストを招き、室内楽のコンサートを行ったこともある。カザルスホールも規模は同じ程度の小型のホールだった。
 箱を持っていることはとても強みだ。プロデューサーはまず会場の選定で頭を悩ます。良い会場はなかなか取れない。カザルスが抑えられたときは、ほっとしたものだ。
 4月だけで4回も週末はある。計8日も予算確定という、内的な要因でビジネスチャンスを逃していることになる。もったいない話だ。

 ということを考えたのは昨日のことだ。日曜は能と狂言を堪能し、気持ちよく過ごした。帰りには「喰う喰う」という名の中国料理屋に寄った。ここは逗子に住んでいることの喜びのひとつといっても過言でないほど、味の良いレストランだ。そしてリーズナブルである。とはいっても僕らにとっては豪華な夕餉であることは間違いない。僕の誕生日ということで奮発したのである。
 うまい飯と紹興酒で満足した僕らは、星空を眺めながら、30分かけて山の上まで、てくてく歩いて帰ったのであった。

プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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