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週末の話の続き


 今日は金曜日。一昨日のブログで週末のことを書くとしたが、もう新たな週末である。ちょっと鮮度が悪くなってしまった。

 土曜日は藤岡先生のお宅に伺った。その前日、つまり金曜日にお会いした某大手翻訳会社の本部長さんが藤岡先生の家に遊びにいくので、「山本さんもどうですか」と、誘ってくれたのだ。最近、先生のお顔を拝見していなかったので、喜んで行くことにする。
 先生の家にお邪魔するときは、大抵ちょっとした手土産を持参する。以前は近くに美味しいケーキ屋さんがあったので、そこでシュークリームとかズコットとかを買っていった。ところがそこが閉店してしまい、その後いつも苦慮している。前回は逗子駅前の珠屋という老舗ケーキ屋でロールケーキを買っていった。しかしあそこは駅の近くで駐車が難しい。できれば違う方策を考えたい。ということで、今回は思い切った手を打つことにした。
 庭に自生しているシソをペーストにして冷凍保存している。それを持っていったのだ。お菓子だと、大抵、僕らの席に並ぶことになり、結局自分が食べて帰る。シソペーストだと後からご夫妻で食べてもらえるし、手作りだとそれなりに付加価値もあるかと思ったのだ。
 玄関に入るなり、奥さんに「これ、つまらないものですが、お土産です」と手渡した。庭には一杯シソが繁茂していることや、作り方、料理の仕方をざっと話す。奥さんは笑って聞いておられた。僕の話が終わると、「山本さんの味も興味があるわね。嬉しいわ」と、なんだか意味深なことをおっしゃられた。
 奥さんの話を聞いて、赤面をした。先生のうちは、我が家なんかよりもずっと庭が広い。庭の先は山の斜面になっており家は建っていない。見晴らしは素晴らしい。つまりだ。我が家に自生するシソは、当然のごとく先生のお庭にも繁茂しており、これまた当然のごとく生で食べるには多すぎて、保存食としてペーストを作っておられたのだ。
 まったく思慮の浅い男である。

 先生のお宅には翻訳会社の本部長さん以外にもう一人、お客さんが来ていた。出版社の編集者だそうだ。新聞社の編集者は数えきれないほど知っているが、出版社の編集者はあまり知らない。なので単純に比較することはできないが、ちょっと雰囲気が違うように思えた。
 新聞記者(編集者でもある)は、大抵ががさつで前に出たがりだ。だから記者と飲んでいると、自分も負けてはならずと、前のめりになっていく。これはこれで面白い。
 出版社の編集者は、もっと上品である。椅子に腰かけるときも、深めに座る。だから話していても、つい自分もゆったりとした鷹揚な気分になる。これはこれで味わいがある。
 ということで、今回は知的で上品な話を楽しむことができた。先生ご自身がまさにあるく知性なので、普段でもそんな雰囲気はあるが、いつもはお弟子さんが中心で、僕もちょっと羽目を外してしまう。今回は、かなりかしこまってお話に参加しました。うん、これはこれで、とても趣のある時間を過ごすことができて結構であった。

 昨日の早朝、庭に出たら、カタツムリがユズの木に止まっていた。とても仲良しな二匹である。ちょっと後ろにもう一匹の一部が映っているが、彼(彼女?)はちょっと羨ましそうな視線を送っていた。ように、見えた。

カタツムリ


 
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先週の金曜日のこと


 約1週間ぶりの更新なので、この間のことを書く。
 先週の金曜日は上京をした。まず12時に某大手翻訳会社へ行く。翻訳の師匠である藤岡先生の紹介である。
 昼時ということで寿司屋に向かう。実は夜も寿司の予定だったので、寿司は避けたかったが、先方が「寿司はどうでしょう?」と来たので、「はい、いいですね」と答える。今、もっても正しい答えだったと思う。
 いくつか仕事の話を打診される。今まで受けたことのないタイプのものもあった。仕事の幅を広げる良いチャンスである。
 最近は翻訳会社のトライアルを受けていない。新規の仕事はみな紹介である。顧客こそが最高の営業マンであるというが、まさにその通りだ。紹介を受けた顧客は、大抵の場合上客となる。しかし今回は藤岡先生の紹介なので、むしろ顧客はこちらの方であるが、まあ同じことである。

 続いて2時に新橋の某社へ。この会社とは今、翻訳関係の大きなプロジェクトを進めている。自分ひとりではこなせない量なので、翻訳者数人で引き受けることになる。僕はアンカーマンになる予定だ。以前もアンカーマンとして数人の訳文をまとめたことがあったが、あれは難儀な仕事だった。訳者の力量は想像以上に差があって、統一した訳文にするため、ほぼ全文を書き直した。今回はあるレベル以上の訳者でチームを構成するつもりだ。ただし、このプロジェクトはあくまでも案の段階で、成立するかどうはまったくの未定であるが。

 その後、4時に某業界団体の事務局へ行く。月に一度の定例ミーティングである。今、非常に伸びている業界の団体であるので、担当の方はとても忙しい様子だった。長いときは2時間の打ち合わせをするが、今回は1時間ちょっとで終える。

 最後は高校の同級生と寿司屋で会合。彼らと会うのは2年ぶりぐらいのことだ。会えば盛り上がり、また近々やろうという話になるが、みな忙しく結局、予定が決まらない。前回は6名のメンバーだったが、全員揃えようとするとスケジュールが決まらない。今回は4名で飲んだ。
 色々な話をしたが、もっとも印象に残っているのは身長の話だ。4人のうち、2人は背が高い。その中でもひとりはかなり高い。高校時代は全学年で2番目に背が高かった。その彼に、「ところでお前の背、どのぐらいあるの」と尋ねた。190センチだそうだ。どうりで巨大である。体重も90キロ近くあるそうだ。ちょっと前までは110キロあったそうだ。
 もう一人の背の高い男にも身長を聞いた。183センチだという。かれも90キロ弱もある巨漢である。
 二人の背が高いことは知っていたから、これだけでは印象に残らない。印象に残っているのにはそれなりの理由がある。背が伸びているのだ。
 190センチの男は高校のときには187センチであった。183センチの方はたしか180センチであった。この二人とは親しく付き合っていた。両方とも背が高いので、背の話題は何度もしたことがあり、僕の記憶は正しいと思う。二人は高校卒業後、3センチも身長が伸びていたのだ。
 対して、僕の方はどうだろう。実は縮んでいるのだ。僕の伸長は高校の身体測定ではだいたい170センチであった。ところが背骨の病気が原因かどうか分からないが、最近は計ると168センチしかない。2センチも縮んでいる。170センチの身長の男にとって、2センチは大きい。
 当時の高校生の平均身長は168センチ程度であった。僕は身長についてはかなり敏感な方なので、この記憶は正しいはずだ。僕はちょっとだけ高い分類に入っていた。今の高校生の平均身長は171センチぐらいである。ということは、今の僕は平均よりもチビなのである。男にとっての身長は、学歴と同じぐらい自信を左右させるファクターである。その自信が揺るがされている。
 しかし歳とともに、身長の重要度は減ってくる。だから、まあよい。それよりもだ。あることに気が付いたのだ。これって何かに似ていないだろうか。
 身長はマネーに似ている。背が高い人は、金持ちと同じだ。特権階級であり、恵まれている。そして金は金を呼ぶように、身長はさらなる身長を生むのである。一方、貧乏人の懐には、マネーは滞在したがらない。金は貧乏人のことが嫌いなのだ。それと同じように、身長の低い人は、さらに小さくなっていく。
 4人で会ったと書いたが、もう一人の男がいた。彼は僕よりも少しだが、背が低い。しかし彼の名誉のために書いておくが、彼は高校時代は水泳部で、誰よりもマッチョだった。小柄を感じさせない、逞しい体つきをしていた。ところがだ。彼も小さくなっていたのだ。彼には身長は聞かなかったが、明らかに縮んでいた。背は低くなっていないかもしれないが、もうかつてのマッチョではなかったのである。
 虚しい話だが、どうも僕の推論は正しいようだ。

 とここまで書いてきて長くなってしまったので、土曜以降の話は、次の機会に。
 

安愚楽牧場についての思い出


 安愚楽牧場の経営陣逮捕のニュースが重ねて報じられている。被害総額の大きさや、繰り返されるこの手の儲け話の危うさへの警鐘か、とにかくニュース性が大きいとメディアが考えている証拠だろう。
 安愚楽牧場の事件が、社会に与えるインパクトの大きさは僕には分からない。ただ僕自身にも、多少の感慨を催させた。

 安愚楽牧場に取材で出かけたことがある。栃木にある安愚楽牧場は想像以上に整然としていて清潔な場所だった。一番驚かされたのは、牛の匂いがまったくしないことだった。牛舎の中を歩いても、まったく臭くないのだ。
 僕は子供の頃、北浦和に住んでいたが、当時の北浦和は相当な田舎だった。住宅地の何倍も大きな面積を畑や田んぼが占めていた。牛を飼っている農家もたくさんあった。牛舎の中に入る機会も多かったが、どこも強烈に臭かった。牛を飼っている農家は、離れた距離からも判別できた。臭いからだ。
 ところが安愚楽牧場の牛舎はまったく臭わなかった。鼻をくんくんとやっても、臭くない。不思議に思い、取材を受けた責任者に理由を尋ねてみた。責任者曰く、まずエサが良いこと。有機で育てた飼料だけを与えているので、糞自体の匂いが少ない。そして掃除を徹底的に行っていること。なぜ掃除を徹底させるかというと、牛は案外と綺麗好きであり、牛のストレスを軽減させるためだそうだ。
 行き届いた管理を受けている牛は、近い将来、屠殺されるわけだが、それでも他の場所で育てられる牛に比べて幸せそうに見えた。目に恐怖心や敵愾心が見られなかった。当時の僕は、ほとんど肉を食べない生活を続けていたが、進められて食べたステーキはとてもうまかった。ああいう育てられ方をした牛なら、恨みも少ないだろう。肉にそんな牛の思いが反映されているようにさえ思えた。

 当時から和牛商法というものには釈然としないものを感じた。高金利を保証できるぐらい優れたビジネスモデルなら、なぜ銀行からもっと低い金利で借入しないのだろうか。上場する手だってある。配当を支払う必要はあるが、それでも8~10%の配当利回りなんてありえない。業績が伸びていれば、日本の投資家はさして配当にこだわらないので、1~2%で喜ぶはずだ。それでも敢えて高金利で一般人から借りるには、きっと理由があるはずだ。考えられる理由はひとつしかない。銀行が貸し出しを認めない、そして上場基準に届かない、経営状態であるからだ。そして一般から借り入れること自体が、ビジネスとなっているからだろう。
 取材の帰り際に、パンフレット一式をもらい、軽い勧誘を受けた。笑って受け取ったが、加入への気持ちは微塵も湧いてこなかった。

 今、ニュースを見て思うのは、現場で働いていた人達と牛のことだ。経営者が行ったことはまさに詐欺行為である。しかし毎朝、牛舎を磨き上げていた人達は、おそらく不正のことなど知らなかったはずだ。もちろん牛も知らない。当たり前だけど。
 ある動物保護団体が家畜の一生を撮影したビデオを見たことがある。ほとんどの家畜の一生は、非常に悲惨である。アウシュビッツで生まれ育ったような一生だ。
 安愚楽の牛の一生は短いものでありながら、家畜としては幸せだったと思う。消費者も安心して食べられる品質であったはずだ。
 あの磨き上げられた牛舎が、実は詐欺の口実であったかと思うと悲しい。牧場で働いていた従業員たちの人の良さそうな笑顔を思い出すと、悲しい。彼らもまた被害者である。そして幸せそうな牛の棲家がなくなることはまた、悲しいのである。
 

グローバル人材と英語


 2012年6月に内閣府国家戦略室が「グローバル人材育成戦略」を発表した。国際化の時代にあって、世界に通用する人材の育成を目指したものである。
 グローバル人材とは、どのような人材なのか。実は今、内閣府が公開している「グローバル人材育成戦略」のPDFファイルを開きながら、このブログを書いているのだが、面倒なのでざっとしか目を通していない。ざっと目を通しただけの印象で書くが、政府が考えるグローバルな人材とは英語運用能力の高い人材のようだ。
 この考えに対して、首を傾げる方もいらっしゃるだろうが、実は僕も政府の考えに賛成である。「グローバル人材=英語が使える人」とは言えないが、「グローバル人材≧英語が使える人」の関係は現状を見る限りでは、成り立つと思う。グローバル人材にはその他、リーダーシップや専門知識、一般教養、正義感、道徳意識なども含まれるだろう。しかし習得の難しさを考えるならば、英語能力の獲得を第一に捉えることは戦略上、間違えていないと思う。
 さて、では内閣府国家戦略室が考えるグローバル人材の英語能力の水準は、どの程度のものかというと、以下の5つのレベルに分けて提示されている。
 ①海外旅行会話レベル、②日常生活会話レベル、③業務上の文書・会話レベル、④二者間折衝・交渉レベル、⑤多数者間折衝、交渉レベル
 内閣府国家戦略室は、①~③のレベルの人は拡大していると考えているようだが、④、⑤の人材は不足しており、これらのレベルの人材の育成が危急の課題であると認識しているようだ。
 
 CNNやBBCを見ていると、多くの国の政治家や財界人、学者が英語でインタビューを受け、議論に参加している。日本人もごくわずかだが、いるにはいる。今まで見たのは、石川遼、三木谷浩史、佐藤琢磨、錦織圭、名前は知らないが在米大使。
 政治家は一人も見たことがない。政治家は誤解を招くといけないので、きちんとした通訳を付けて日本語で話すべきだとも言われることが多い。しかし中東やアフリカの政治家は、文法無視のブロークン英語で、がんがんしゃべりまくっている。ブロークンであるということを前提に視聴者は見ているので、言葉の運用による誤解が大きな問題に発展したという話は聞いたことがない。
 世界各国のリーダーが、世界中の人が視聴するCNNやBBCで、自国の利益を必死で主張している。そこにいつも日本人がいないことに不安を覚える。番組の内容にもよるだろうが、もうちょっと日本人も登場して欲しいものだ。ちなみに上記の日本人で、一番英語がうまいと思ったのは当然、大使だが大使を除くと、佐藤琢磨であった。
 
 国家戦略室が求める④、⑤の人材育成は簡単ではないだろう。とくに⑤まで到達するのは至難の業だ。しかし本当に求められているのは⑤のレベルだ。CNNやBBCで、堂々と自説を語り、議論に加われるレベルの人材である。
 語学の習得のレベルは、基本的にはその語学に触れている時間の累積に比例すると思う。日本人は中高であれだけ英語を勉強していて、どうして簡単な会話もできないのかと言う人がいる。しかし、それは正しくないと思う。あのぐらいの学習時間では、まして真剣に授業を受けているわけでもないだろうし、あのレベルの英語で当たり前だ。
 北欧人やドイツ人は英語がうまい。言語が近いというアドバンテージがあるが、それ以外にも触れている時間の長いことも大きな要因だ。というのは、向こうのテレビ番組は多くが英語だ。音楽番組はほとんどそうだし、ドラマもほとんどが英語で流されている。

 以前から考えていたのだが、NHKはあれだけチャンネルを持っているのだから、ひとつぐらい英語のチャンネルがあってもいいのではないだろうか。
 それは英米の番組をただ流すという意味ではない。日本人が登場し、日本人によって作られた番組でありながら、英語だけで放映するものだ。今考えると、NHKでもたしかにその手の番組はあるには、あるな。でもほとんどは面白くない。やはり民放が良いかもしれない。
 とにかくBS辺りで、どこの放送局でもいいから、ひとつ英語チャンネルを作って欲しい。ニュースも歌番組もドラマもワイドショーも全部、英語だけでやるのだ。下手くそな英語でもいいから、出演者はみんな、英語をしゃべる。
 テレビは2,3時間見ることは苦痛でない。毎日、子供のころから英語の番組を2時間も見ていれば、それなりの使い手になれるだろう。あれば、もちろん僕も見たい。
 テレビを見ているだけでは十分とは言えないが、それでも相当の効果が期待できるだろう。大学の授業の英語化や留学生の招聘、派遣などと合わせて検討して欲しい。
 

週末のできごと


 週末について記す。
 土曜日は先々週の週末に会ったこのブログの読者の方からいただいた青梅を使ってジャムを作った。梅のジャムは初めてのトライだ。ネットで調べ、青梅はあく抜きが大切だと知る。梅を水に浸し、灰を入れ一日漬けるといいらしい。しかし家には適当な灰がない。そこで以前、暖房用に使っていた炭を引っ張り出し、放り込んでみた。
 一日のあく抜きで良いようだが、念には念を入れ、一週間も漬けた。ちょっと漬け過ぎたかと思ったが、面倒なのもあり、週末まで放っておいた。
 結果は正解だったようだ。まったく苦みのない梅ジャムが出来上がった。日曜はパンに付けて食べてみたが、予想以上の出来栄えだった。量もたっぷりできた。しばらく楽しめそうである。 

 土曜日は横須賀の農協(すかなごっそ)に行った。道中、警察官が多いのに気が付いた。帰り道はさらにその数が増えていた。10メートルに一人の感覚で警察官が立っている。こんな光景は見たことがない。
 気になりながらもどんどんと車を進めた。そして御用邸を過ぎ、葉山の某家具屋に入った。そこで厳重警備の理由が分かった。店の人が、「天皇陛下がお通りになりますよ」と、客に知らせて歩いているからだ。
 僕とかみさんも、当然店の外に出た。沿道にはすでに大勢の人が出ていた。
 しかし道路は静かであった。なぜならば車の通行をストップしていたからだ。空にはヘリが飛んでいる。その空は雲一つない真っ青だ。不思議な光景だった。
 沿道の人はみなあまりしゃべらない。道路はときたま近所のおばちゃんやおじさんが自転車で走り去るだけで静寂である(おばちゃんやおじさんは、沿道の人の視線を一身に浴び、とても恥ずかしそうだ)。青空にはヘリがホバーリング。
 まず鋭い目つきの警官が乗った白バイが来た。それから黒塗りのスカイラインが走る。中にはこれも鋭い目のスーツの警官が数人。10分前の露払いであるとのこと。また道路には、静けさが戻る。
 静かな約10分が経過した後、沿道が急に賑やかになる。ついに陛下がいらっしゃったのだ。
 陛下の車は窓が全開にしてあった。僕らが手を振ると、手を振って返してくださった。テレビで拝見するよりも、お元気そうな笑顔であられた。
 店の人によると、その道は葉山の御用邸に陛下がいらっしゃる時に必ずお通りになる道だそうだ。3か月に一度は来られるそうだ。
 雨の日でも沿道に人がいると、窓を開けられるそうである。
 陛下がお通りになられた後は、沿道の人はみな興奮気味であった。不謹慎な言い方になるかもしれないが、なんだか得をした気にもさせられた。清々しさがしばらく残った。

 陛下を初めてお見かけするといった僥倖の後はまっすぐ家に帰り、シソペーストとバジルペーストを作った。シソはジャングルのように繁茂している。放っておくのももったいないので、保存が効くペーストを作って消費したわけだ。バジルはプランターに二株あるだけなので、そうたいした量ではない。
 バジルは今夜、ジェノベーゼにして食べるつもりだ。シソは冷凍で保存してある。今度、甥っ子が来たときにでも、梅ジャムと一緒にお土産で持たせよう。
 

サシノミクスへの期待


 昨日のブログは道徳を語ってしまった。なるべく道徳的な話は避けたいと思っているのだが、つい油断すると語ってしまう。歳を取ってくると、なぜか説教を垂れたくなるようだ。油断すると、こうだ。気をつけなくちゃ、いけない。
 ということで、本日は道徳とはまったく関係のない話を書こう。
 みなさんは「サシノミクス」という言葉を知っているだろうか。「サシノミクス」は先日、AKB総選挙で1位を獲得した指原莉乃とアベノミクスを掛けた言葉だ。ちなみにアベノミクスはニューヨークタイムズにも登場する世界で通用する用語である。サシノミクスはまだ、そこまでは行っていない。でも今後は分からない。
 
 テレビは見ないと公言しているくせに、AKB総選挙はしっかりと見た。普段の民放の番組は、一部の例外を除いてどれも食指を動かされないが、AKB総選挙は実は以前から楽しみにしていた。見てみると、やはり面白い。シナリオはあるのだろうが、10代、20代前半の女の子が、7万人の観衆を前にして、真剣に語る姿は緊張感に満ち溢れ、心を動かされる。
 ところで指原莉乃が1位を獲得した。大方の予想とは異なる結果だったようだ。僕もまったく予想していなかった。
 指原莉乃は会社で言えば、女子社員に手を出して九州支社に左遷された執行役員といったところだろう。九州支社では支社長に就任した。それまでは本社で執行役本部長をまかされていた。
 もう誰もが指原支社長の将来はないと考えた。定年まで大人しく九州で過ごすことになるだろうと思っていた。しかし指原支社長はめげなかった。九州でくすぶっていた部下に活躍の機会を与え、実績を作らせた。指原支社長自身も九州という、スポットライトを浴びることのない地で頑張った。東京で開催される会議の席でも、実力のあるところを見せつけた。結果、九州支社の売上は急増した。
 そして今年の人事となる。社員のほとんどは、大島社長の座は不動であると考えていた。なんといっても安定感がある。人望も厚い。実績も十分だ。しかし社外役員達はそうは見ていなかった。今の株式会社AKBには閉塞感があると考えたのだ。業績に頭打ちの気配が見え始めている。変革が必要だ。そこでいったん指原支社長にトップを任せ、勝負に出ようと判断した。指原社長の誕生である。

 まあ、こんな感じだと思う。つまり指原莉乃は復活と再生のシンボルである。そして変革と期待の女神だ。そこからサシノミクスを、敗者復活の理論と捉えることができる。
 考えてみれば、安倍首相も出戻りである。一度は前線から逃げ出した男だ。しかし負けを知っているからこその強みがある。熟慮する時間もたっぷりとあった。
 アベノミクスは3本の矢で有名だが、その底流には敗者復活を許す思想が流れているはずだ。なぜならば、首相自身が敗者復活戦でチャンスを与えられた男なのだから。
 しかし今の政策には、それが見えてこない。敗者に厳しい側面ばかりが目立つ。そう考えると、アベノミクスが必要とするのは、まさにサシノミクスではないだろうか。サシノミクスの思想を加えることにより、アベノミクスの土台は固まるだろう。弱点といわれた弱者への配慮が強化され、いっきに安定感が増すであろう。

 僕自身、サシノミクスの思想で、何とか生きながらえているような男だ。敗者復活の思想は大いに歓迎である。今後のサシノミクスに期待したい。
 

「氏より育ち」の意味


 たまに自分の常識とはかけ離れたひとの言動に立ち会うことがある。そんなとき、「氏より育ち」だなと思う。
 ところで「氏より育ち」は現在、使いづらい言葉になっている。今、ブログで書いていても、反感をもって読む人もいるだろうなと想像する。
 この言葉の意味は、「家柄や身分よりも、育った環境やしつけのほうが人間の形成に強い影響を与えるということ(goo辞典)」だ。問題なのは後段の「育った環境」である。この部分に、親の経済力や学歴を重ね合わせる人が多いのではないだろうか。そう理解すると、これは一種の差別発言だ。貧困家庭に育った、あるいは学歴の低い両親に育てられた子供に対する差別発言と捉えかねない。
 例えば最近、「貧困の連鎖」という言葉をよく目にする。これは貧乏な親は、“貧乏であるがために”、碌な子育てができずに、子供もまた“貧乏人”という碌でもない大人になる、そう考えて使われる言葉だろう。あるいは貧乏であれば、子供を塾や予備校に行かせる金がなく、それがために子供の学力が劣化して、よい学歴を獲得することができない。その結果、よい会社に入ることができず、子供も貧乏になるとするロジックだろう。
 
 以上のことがらに関し一般に流布する見解への僕の考えは次の通りだ。
  まず「貧困の連鎖」について。現象をただ眺めれば、貧困は連鎖するように見える。しかしこの現象のキーファクターは貧困ではないと思う。貧困はあることに付随した、ひとつの結果に過ぎない。
 キーとなるファクターは、親の振る舞いだ。振る舞いという言葉は曖昧な言葉だ。あるいは重層的であって、複雑である。だからこそ、貧困なんていうシンプルな言葉では言い表せない背景が、そこに内在している。それを解き明かさない限り、根本的な解決は難しい。
 しかし振る舞いは、やはり難解だ。このブログで、解き明かすことは、僕の力量や紙数を考えれば、手に余る。しかし、言いっぱなしにはできないので、いくつか具体的な例を挙げて、説明を試みたい。
 ひとつは掃除の習慣だ。掃除はためておいて、後からいっきに片づけることは難しい。出したらすぐに片づける、その習慣がないと部屋は散らかる一方だ。
 散らかった家に育った子は、ものごとを計画的に推し進め、完遂する能力が低くなる。掃除こそ、計画立案と完遂の演習であるからだ。毎日、演習をしていれば、人生という本番でもうまくこなせる。一方普段、演習をしていない家庭で育った子供は、圧倒的に不利となる。
 次には読書の習慣だ。東大生の親の平均年収が1000万円を超えるとかといったニュースを見た記憶がある。それと前後して、家にある本の数と子供の学力は比例関係にあるというニュースも見た。年収の話が耳目を集めやすいが、ポイントは本の数のニュースの方だろう。
 本を読むというのは、能動的な行為である。テレビを見るのは受動的な行為だ。同じ情報を取得するのでも、質が異なる。能動的に情報を獲得する習慣を身に付けている人と、そうでない人では情報量に大きな差が生まれるのだ。情報化社会において、情報量の差は致命的だ。これも子供にとって、不利な状況を作る要因になる。
 次にコミュニケーションの習慣である。簡単に言ってしまえば、挨拶習慣だ。挨拶はコミュニケーションの基本である。コミュニケーションは生活における潤滑油だ。油が切れたら、機械の動きも悪くなる。人生においても、コミュニケーション能力が低ければ、いたずらな摩擦を生むばかりだ。まずは挨拶の習慣を身に付けておかないと、後々大きなディスアドバンテージを背負うことになる。
 振る舞いの要素は、他にも無数にある。例えば表情、食習慣、寝る時間、起きる時間、趣味、近所付き合い、親戚付き合い、歩き方、立ち方、座り方、話し方、食べ方などなど。このように振る舞いとは、一言で言い表せないほど複雑なものだ。

 最後に「氏より育ち」だが。実はここまでに僕の考えはみな書いてしまった。“育ち”というものは、親の経済力や学力で決まるものではないのだ。よい“育ち”とは、美しく振る舞える親がいる家庭環境を指し示す言葉なのである。

 氏とは身分や家柄のことで、親の力ではどうすることもできない。しかし育ちの方は、上に挙げたような内容なので、親の心の持ちようでなんとかなる。はずだ。(I hope so)
 子供の幸せを願うならば、塾に通わせるより前に、振る舞いに気を配るべきではないか。子供がいない気ままさから、こんな偉そうなことが言えるのかもしれないが。
 

寿命と身長の関係


 以前、翻訳をしたいと考えて「Blue Zone」という本を読んだ。企画書を作り出版社に持ち込んだが、すでに版権が買われていて、企画はとん挫した。しばらくしてから、ディスカヴァー・トゥエンティワンが「ブルーゾーン世界の百歳人に学ぶ健康と長寿のルール」というタイトルで出版した。悔しい思いをした記憶がある。
 この本の内容は邦題が示すとおり、世界の長寿者を探訪し、その秘訣を明らかにするというものだ。
 長寿は非常に興味のあるテーマだ。これからも、原書を探し続け、できれば翻訳したいと思っている。
 今回、「日本の長寿村・短命村」という本を読んだ。1972年に発刊された本で、長寿本の古典といえるものだ。作者は故近藤正二東北大名誉教授で、日本の長寿研究の草分けである。今、和食が見直されているが、和食推進者のほとんどは、近藤教授の影響を多少なりとも受けているはずだ。

 近藤教授が唱える長寿の秘訣は、ある食習慣の傾向に隠されている。教授が考える長生きを促す食物は、緑黄野菜、海草、大豆だ。さらに小魚やイモ類、カボチャ、ニンジンも推奨されている。これらを日常的に食べていると長生きができる。
 例えばハワイの日系人は1世が長生きで、2世、3世となると、アメリカ人並の寿命となってしまうそうだ。その要因は、食事の変化だ。1世は日本にいたときと同じ食生活を続けるが、2世、3世は段々と肉中心の食事となる。当然、2世、3世となると、体が大きくなっていく。見た目は頑強ではある。しかし年月の風雪に対しては脆弱な体となる。
 他の例もある。三重県の海岸部には平家の落人部落が今(当時は)も存在する。ここの人たちが、周りの村落の住人よりも長生きであるそうだ。 
 この平家村の住人は海岸部に住んでいるにも拘わらず、魚を食べない。なぜかというと、源平合戦に敗れ敗走した彼らのご先祖様は、魚を取らないことを条件に、その地に住むことを許されたからだ。驚くべきことに、今も子孫たちはその約束を守り続けている。
 周りの村は海があるので、当然のように魚を採る。魚は換金できるので、売ってコメも買うことができる。魚と白米の豪華な食事が毎日、食膳に上がることになる。その結果、体は大きい。
 一方、平家村は海からは海草だけを採る。他は山を切り開いて、小さな畑を作り、野菜や雑穀、イモ類などを育てている。食事は粗食である。しかし近藤教授が推奨するお手本のような内容になっている。結果、ここの人の体は小さい。

 この本を読んで、あることに気が付いた。和食や粗食は健康には良いので、長生きができる。だが内包エネルギー量が高くないので、体は大きくならない。普通はこう考える。しかし逆に考えることはできないだろうか。和食や粗食は内包エネルギーが低いので、体が小さい。そして体が小さいからこそ、長生きできるのではないかと。
 というのは犬の寿命だ。知っている人は多いと思うが、犬はサイズが大きくなるほど寿命が短い。セントバーナードやニューファンドランド、グレートデーンなどの超大型犬の寿命は6、7歳だと思う。シェパードぐらいの大型犬だと10歳ぐらい。柴犬のような小型種だと、12歳ぐらいではないか。体の大きさが寿命と反比例の関係にある。
 もしかしたら人間も同じではないかと思ったのだ。例えば力士やプロレスラーは短命な人が多い。激しい稽古や無理して大食を続けた結果だと考えられているが、実は体が大きいこと自体が内臓や血管に負担をかけているのかもしれない。
 そう思って、ネットで調べてみた。結果は、素人が答えるQ&A的なサイトでは、この話題は取り上げられているが、専門家の意見は見つけられなかった。

 今の若者の平均伸長は、老人と比較すると10センチぐらいは高いだろう。食生活も欧米化している。
 背の低い老人が生きている今しばらくは、平均寿命は延び続けるだろう。しかし僕らが老人になった時代、さらには今の若者が年老いたときには、平均寿命が下がるかもしれない。
 その頃は年金の受給開始年齢は70歳になっているだろう。背の高い現代の若者や中年は短命なはずだから、受け取る人の数は減る。そう考えると、今の年金制度はこれで安泰なのかもしれない。
 

偏頭痛に襲われた


 週末は頭痛に悩まされた。数年に一度のことだが、頭痛に襲われることがある。週末がそれだった。
 土曜日はこのブログの読者の方と、なぎさ珈琲でコーヒーを飲んだ。読者と名乗る方とお会いするのは、初めての経験だ。近くにお住まいのようで、共通の話題も多く、楽しい時間を過ごした。その方と分かれた後から、頭痛がやってきた。右側頭部が時たま刺すように痛む。家に戻ってから、痛みが増した。
 夜はバファリンを飲んで寝たのだが、痛さに何度か目が覚めた。翌日はかなり楽になり、今はほとんど痛まない。でもちょっと違和感はある。
 最近の記憶では、会社を辞める直前、頭痛に襲われた。仕事中に虹のような幻覚が見え、その後から痛み出した。虹の幻影を見たのは初めてなので怖くなり、会社近くの有名な脳内科を受診した。CTでみっちり調べてもらった。とくに異常はなかった。よくある偏頭痛のようだ。
 虹については、医者はとくに何も言わなかった。ネットを自分で調べたところ、偏頭痛の直前に起きることがたまにある現象のようだ。原因や頭痛との因果関係は分かっていない。
 その後も一度、頭痛があった。会社を辞めて5年目である。辞める直前から今回で、3度目の頭痛である。2年に一度ぐらいのペースであることが、これから分かる。
 この偏頭痛というのは、ものすごく痛いものだ。痛みに気持ちがとらわれ、他のことができなくなる。寝ていても痛い。もうしばらくは、御免こうむりたい。できたら、今後一切ないことを願う。
 
 偏頭痛になった理由を考えてみた。頭痛には誘発食品、要因があるようだ。
 まず先週は結構飲んでしまった。それも普段はあまり飲まない赤ワインを飲んだ。赤ワインは誘発食品に含まれる。さらに二日酔いは誘発要因のひとつだ。先週、赤ワインを飲んだ翌日は、朝早く起き、酒が残っていた。
 次に最近、シソペーストを使った料理をよく作る。シソは誘発食品ではないが、ペーストにナッツを入れる。ナッツ類は最悪の誘発食品である。これがかなり疑わしい。
 そして頭痛が始まった土曜日は、コーヒーを2杯飲んだ。一杯は毎朝、飲んでいる。しかしあの日は、2杯目をなぎさ珈琲で飲んだ。これが直接の引き金になったのかもしれない。カフェインがよくないという。
 先々週だったか、風邪をひいた。これで体力が落ちていたと思う。そして先週からジム通いを再開した。先週は火、金とジムに行き、土曜日は体中が筋肉痛だった。金曜は夜が遅く(僕としてはだが)、朝はまあ早い方だった。それで睡眠時間が少なかった。これらのことで、土曜日は疲労が蓄積していたのかもしれない。
 しかしどれも、普段の生活の一部ともいえる。もっとナッツを食べることもあるし、もっとひどい二日酔いの日もある。それでも大抵は頭痛にならない。はっきりとした原因が特定できれば、よいのだが。そうではないので、完全に避けることは難しい。

 ところで脳内科で検査をしてもらったときのことだ。僕のCT画像を見て、医者が言った。「ちょっと萎縮してるのが分かるでしょう」。“ちょっと”とは、どういう意味だろうか。あまり萎縮していないという意味だろうか。それとも、萎縮具合が大であるという意味だろうか。僕は前者であると踏んだ。なぜなら、普段脳みそを使った生活をしていると自負していたからだ。そこで聞いてみた。
 「年齢の割にどうでしょうか」
 「まあ、歳並みといったところでしょう」。だそうである。
 これを吉と見るべきが、凶とするか。正直、ちょっとがっかりしたのは事実である。
 

豊作の予感


 今年は豊作の予感がする。まず下の写真を見ていただきたい。何だか分かりますか。これはキクラゲを天日干ししているところの写真だ。

きくらげ


 ちょっと前に、散歩コースから少し外れたところで採集したものを庭で干している写真だ。スーパーで買えば、10袋分ぐらいの分量になるはずだ。生で調理して食べた分もあり、取れたのはこれよりも多い。
 このキクラゲは前から気になっていたものだ。散歩をしていて気付いたのは、2か月ぐらい前のことだ。そのときはまだ小さなものだった。少し大きくなったら採ろうと思っていたが、段々と面倒になってきた。というのは、キクラゲが生えている場所は、かなりの傾斜がある斜面の上で、登るのが億劫だったからだ。
 傾斜自体は何とかなると思っていた。以前、山に入ってキノコ狩りをしていたころは、ずっと急な山も分け入っていたし、技術的な不安はなかった。気になったのは、他の散歩者の視線である。薄毛長髪髭もじゃの男が山の斜面に張り付いている場面を見て、不審に思う人が出ないとも限らない。ひょっとして通報されたりしたら、面倒である。
 と言ったことが頭によぎり、いつしかキクラゲの存在は忘れて行った。時期はどんどんと過ぎていき、成長し過ぎて、すでに腐ってしまっているだろうと思っていた。ところがだ。先日、改めて見てみると、見事なまでに成長して、さらに新鮮なままであることに気が付いた。これは採らねばならないだろう。そして自問自答した。「いつやるか、今でしょう」
 現場に登ってみると、思っていた以上の量だった。さらにまさに採り頃で、まったく腐っていない。サイズは巨大である。スーパーのレジ袋が一杯になるほどの量が採れた。そしてひとりの散歩者からも目撃されずに済んだ。

 今年は庭で夏野菜を栽培している。今までもトライしたことがあるが、いつも適当にやっていた。
 野菜同士の距離が近すぎて、日当たりが悪い。成長しない。虫も発生。そして、いつしかこちらのやる気がなくなり、事態はさらに悲惨に。
 今回は過去の経験を生かし、ひとつひとつの野菜の距離を空けた。近くの畑を手本にしたのだ。畑では支柱も立てられていたので、それも立てた。虫が出ないよう、毎日チェックも怠らないようにしている。
 その結果が、以下の野菜群だ。どうでしょう。なかなかのものではないですか。
 先週末、はじめてピーマンを3つほど収穫した。まだ他の野菜はできていない。しかしこのペースで育っていくと、この夏は野菜を買わなくて済むかもしれない。

夏野菜


 最後の一枚はシソの葉っぱを干しているところのものだ。我が家の庭には毎年、シソが自生する。それも物凄い量が。今までも2回ばかり葉っぱを大量に採取して、シソペーストを作った。これでジェノベーゼを作ると、とてもうまい。肉や魚を焼いて、トッピングするのも良い。
 シソペーストは冷凍保存ができるので、1年間は食べることができる。でもペーストは、そんな量は食べられない。なので、今回は乾燥させることにした。
 毎年作っている、チリメンジャコに加えるつもりである。いつもは小坪漁港で買ったシラス干しとスーパーで買った山椒で作っている。今年はそれにシソをプラスするのだ。さらにうまくなること間違いないだろう。
 そうだ、ことしは山椒の幼木を庭に植えたのだ。来年辺りは、庭の山椒が使えるようになるかも知れない。そうしたら、全ての素材が地元のものとなる。地産地消完結編となるのである。

シソの天日干し

 

花火大会を見物


 先週の土曜は逗子の花火大会だった。去年に引き続き、海岸まで見物に出かけた。
 去年も書いたことだが、逗子の花火大会は一昨年までは夏休みの時期に開催されていた。ただしウイークデーであった。その結果、見物客のかなりは市外からの若い人が中心で、肝心の納税者である働くお父さんやお母さんが参加できない状況であった。
 そこである市会議員にメールを書き、週末の開催に変更することを具申した。それが4年ぐらい前のことである。あれから2年が経ち、昨年から土曜日に開催している。我が家も働く妻とともに、見物に出かけている。
 もちろん僕の具申の結果、曜日が変更されたとは思っていない。他にも同様の意見が寄せられたのだろう。しかしその意見のひとつになったことは間違いない。
 言い出したからには参加しなくてはならない。今年も手作りのおかずやサンドイッチ、ビール、ワインを持参で乗り込んだわけである。

 昨年は張り切り過ぎて、3時過ぎに現地に到着した。花火のスタートは7時半である。花火が始まる前に、酔っ払い、ちょっとお疲れモードに入っていた。そこで今年は1時間半遅らせ、4時半に到着した。去年の同じ時間よりも、人が多い気がした。しかしまだかなり余裕があり、ど真ん中の一番よい場所にシートを敷く。
 それからはまったりと飲み、食べながら、花火を待つ。
 今年は去年の倍近くの人出があったのではないだろうか。7時半には逗子海岸が歩けないほど、人で一杯になった。逗子市長は相当の、ご満悦であっただろう。といのは、市長が最初の一発のカウントダウンをするのだが、相当に会場は盛り上がる。市長のイメージアップに、かなり貢献したはずだ。
 1時間弱の短い花火大会だが、どうしてなかなか豪勢な花火大会だったと思う。市長は日本最大級であると言っていたが、あながち誇張とは言えない。短時間だが、最後のクライマックスの打ち上げ量は、きっと最大級であると思う。それぐらい、豪華に見えた。目の前で遮蔽物がない一等地で見ていたから、なおさらなのかもしれない。

 今年も海はかなり寒かった。しっかり防寒対策を準備し、上下ともにヒートテックを着こみ、上にはフリース、背中にはホカロンといういでたちだったが、それでも寒かった。周りには短パン、Tシャツのような若い人もいた。さすがに寒かったに違いない。
 来年、行かれる方は、防寒の準備は怠りないように。日中は暖かくとも、夜の海岸は冷え込むのだ。それと帰りの混雑は覚悟しなくてはならない。
 



花火
海上で炸裂する花火
 
ほうっかむり
寒さのあまりタオルで頬っ被りする筆者


プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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