スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

葉山の花火大会とETH


 またまた久しぶりの更新なので、先週のことを記す。
 木曜日に葉山の森戸海岸で開催された、花火大会に行ってきた。今年は逗子、鎌倉、葉山と近隣で開催された花火大会を、これで全て制覇したことになる。

 葉山の花火を見に行ったのは、友人に招待されたからだ。バーモント留学時代の友人が、その友人の親が保有するリゾートマンションで、一緒に花火を見ようと誘ってくれたのだ。
 僕の友人を、仮にK子とする。K子はバーモント州にあるセントマイケルズカレッジの同窓生だ。僕はマネジメント系の大学院に通っていたが、K子は英語教師を育成する学部の大学院の生徒だった。学部は違ったが、小さな大学であり、日本人のコミュニティーがあり、そこで知り合った。
 僕がバーモントにいたのは、もう20年近く前のことだ。その間、K子とはとくに交流はなかった。
 昨年のことだ。僕は都内で合気道の稽古を終え、日曜でがらがらの横須賀線に乗っていた。外の景色を見ながら、ボーっとしていると、一人の女性に声をかけられた。
 「拓也さんじゃ、ないですか」
 「はあ」
 「あ、私、K子です。セントマイケルにいた」
 「あ、あ。あ~あの、」
 記憶力のよいK子は20年前の同窓生の顔と名前を憶えていて、声をかけてくれた。僕の方はというと、はずかしながら記憶力はあまり良いとは言えない。ただ僕の記憶力は、フックが弱いだけだ。メモリーはそれなりにしっかりしている。K子がフックで、ひっかけてくれたおかげで、すぐに鮮明な記憶がよみがえった。それからK子が降りた鎌倉まで、大いに昔話に花を咲かせたのは勿論のことである。
 K子は帰国後、ヨーロッパのどこかの国へ、なんらかの用事ででかけ(聞いたのだが、忘れてしまった)、そこでスイス人の男性と知り合い、付き合うようになった。しばらくしてスイス人男性はスイスに戻ったが、連絡を取り続け、ついに結婚すること相成ったそうだ。そして今はスイスで暮らし、3人の子供にも恵まれている。

 それが去年の夏のことだ。毎年、夏休みは実家がある鎌倉に子供を連れて帰省するそうだ。ちなみに実家は、僕の家から直線距離だと3キロ程度の、ご近所さんである。
 K子がスイスに戻ってしばらくしてのことだ。甥っ子のスイス留学が決まった。留学先はチューリッヒであるが、K子の今の住まいもチューリッヒである。さらに奇遇なことに、甥っ子が留学するETHは、K子の夫の出身大学でもあった。
 そんなこんなで、昨年からK子とはメールでやり取りをしている。そして今年の夏に帰省した際には、ぜひ会いたいね、という話になり、今回呼んでくれた次第である。
 葉山のリゾートマンションは、森戸海岸に面する場所で、テラスからは海が一望できる。僕らは最高の一等地で花火を眺めることができた。
 マンションにはK子の友人であるマンションのオーナーの娘さん、K子の3人の子供とご主人、さらにお姉さん家族や友人が来ていた。K子以外は初対面の方ばかりだったが、気さくな人達で、楽しい時間を過ごすことができた。
 とくにK子の夫はナイスガイであった。ルックスもナイスである。ETHはアインシュタインが出た、ヨーロッパの超名門大学である。そこの卒業生であるから、秀才であろう。性格、ルックス、知能と3拍子揃った、よき夫だ。また子煩悩な、よき父親でもある。よくこれだけの男をゲットしたとK子に言ったら、鼻を膨らませて、自慢げであったが、当然である。
 
 この9月から甥っ子はETHの学生になる。K子の家は近い。お腹が空いたら、いつでもいらっしゃいと言ってくれた。心から感謝している。

スポンサーサイト

キャサリン妃出産の報道と英米関係


 日本のテレビでもキャサリン妃の出産は大きく取り上げられているが、アメリカではその比でないように思う。僕は日本でCNNを見ているだけだから、確かなことは言えないが、おそらくそうだろう。
 ここ3,4日のCNNでは、はキャサリン妃の出産報道が全体の2,3割を占めていた。特に出産直前は、実況中継が行われ、CNNにとっては世界に他のニュースが存在しないような趣だった。
 日本を始め、王室を戴く国家は世界にいくつもある。日本の皇室報道が少ないことは理解できる。アメリカ人にとっては、遠くの異国の“ある家族”の話題に過ぎない。日本からの移民はそう多くないのだから、当然だ。しかしオランダやノルウェー、スウェーデン、スペインはどうだろうか。僕はよくアメリカ人に、祖先はどこの国から来たのかと問う。するとこれらの国を挙げる人が結構いる。特にスペインは多い。メキシコや南米からの移民を含めれば、今はおそらくスペイン人の血が流れているアメリカ人は、祖先をイギリスに辿れるアメリカ人よりも多いだろう。しかしスペイン王室の世継ぎ誕生のニュースは、報道されても扱いはずっと小さい。それだけアメリカにとって、イギリスは特別な国なのだ。なぜだろうか。
 その理由は、ひとつは言語だ。何といってもアメリカは、イギリスの言葉をほぼそのまま使い続けている。 しかし言語は決定打にはならないようにも思う。スペイン語を使う中南米の国家が、スペイン王室に愛着を強く抱いているようには見えない。言語だけでは、物足らない。
 宗教はどうだろうか。ともにキリスト教国家ではある。しかしあまり縁があるとは思えない。むしろアメリカは、イギリス国教会からの迫害で、メイフラワー号で逃げてきた人が作り上げた国である。国教会はどちらかというとカソリックに近いが、建国の父たちはプロテスタントである。今もアメリカは敬虔なプロテスタント国家と言ってよいと思う。

 ところで他の国を眺めれば、カナダはついこの間まで、宗主国をイギリスとしていた。カナダがイギリスから完全に独立したのは1982年のことだ。本当に、つい最近のことだ。ではオーストラリアはどうだろうか。オーストラリアは未だイギリスから総督を招く立憲君主制国家である。カナダもオーストラリアも、英国連邦の構成員である。だからこれらの国がイギリスに特別な愛着を抱くのは理解できる。しかしアメリカは独立戦争を苦労の末に勝ち抜いて、自らの力でイギリスとの楔を断ち切った国なのだ。当時のイギリスとアメリカの国力の差は大きく、死に物狂いで勝ち取った独立なのだ。それなのに、未だ心はイギリスにある。

 もう一つ、大切な要素がある。それは思想だ。これがキーを握っているのではないかと、僕は思っている。アメリカに一番、大きな影響を与えた、そして今も与え続けている思想家は誰かと問われれば、それはジョン・ロックだと答えたい。
 アメリカ合衆国憲法の要は何かと言えば、大ざっぱに言ってしまうと“自由”であろう。リンカーンは「人民の人民による人民のための政治」といった。これは政府と国民の関係を示す“社会契約論”に立った考え方だ。キング牧師は命がけで人種間の平等、つまり“公平”を訴えた。これら自由、社会契約、公平こそがアメリカの土台であり、アメリカ人の誇りであると思う。この三つの考え方は、どれもジョン・ロックが唱えたものだ。独立戦争の精神的支柱もロックであった。アメリカの底流には、ロックの思想が色濃く流れているのだ。
 ロックはひとりの天才だが、しかしロックだけがイギリスの精神を担っているわけではない。ロックもまたイギリスの歴史が生み出した、輝かしいが一人の思想家に過ぎない。
 イギリス自身もまた王権との戦いにより、彫刻家が大理石からノミで像を浮かび上がらせるように、国の形を築き上げてきた。その間には数多くの政治家や思想家が登場し、ひとりひとりが重要な役割を演じている。大切なことは、イギリスは今の自由で公平な社会と、信頼のおける政府を自らの力で獲得したということだ。ここにアメリカは敬意を抱き、同時にシンパシーを感じているのだ。

 これがキャサリン妃の出産報道を見ながら考えたことだが、実はもうひとつ理由がある。長くなったので、詳しくは書かないが、それは歴史だ。アメリカは自由と平等、信頼の置ける政府は自らの力で獲得することができた。しかし歴史だけは、未だ手にできていない。だからこそ、アメリカ人はイギリス王室に夢中になることで、歴史に対する渇望を癒しているのだろう。

ラ・マーレ・ド・茶屋にて


 昨夜は藤岡先生のお供をしてラ・マーレ・ド・茶屋へ行った。葉山にある有名な日影茶屋の姉妹店である。同じく葉山にあり、フレンチレストランとバーで構成されている。
 藤岡先生は昭和9年のお生まれだが、未だ精力的に仕事をこなされている。つい先日はディケンズの「ボズのスケッチ」を翻訳し、未知谷という出版社から刊行された。先生は以前、岩波から「ボズのスケッチ」を出版されているが部分訳で、その後10年をかけついに今回、完訳にたどり着けたわけだ。全800ページの大著である。大変な精神力だと思う。
 昨日は先生ご夫妻が未知谷の飯島社長をお招きしての会食だった。そこにどういうわけか一番下っ端の弟子すぎない僕が呼ばれ、同席させていただいた。たまたま場所が葉山で家が近く、運転手を仰せつかったからだとは思うが、非常にありがたい話である。

 昨日はどうもたまたまらしいが、鎌倉の花火大会が催されていた。そこで先生は席をバルコニーに予約され、花火を遠方に眺めながらの豪華なフレンチとあいなった。
 ラ・マーレ・ド・茶屋は二回目である。日影茶屋がやっているだけあって、和のテーストが濃い日本人好みのフレンチだ。美味しくいただくことができた。
 ところで昨日は運転手を仰せつかっていたので、アルコールはご法度だ。ノンアルコールで夜の会食をすることなど何十年ぶりだろう。正直、最初はとまどった。どうやって時間を過ごせばいいのか。会話は成立するのだろうかと。
 ところがノンアルコールの夕食も悪くないことに気が付いた。途中で手が震えることもなかった(当たり前か!)。
 まず食事の味をしっかりと堪能することができる。アルコールはそれはそれで、食事のスパイスにはなる。しかし僕の場合、アルコールがどうしても主役になりがちだ。昨夜はしっかり料理が主役を務めてくれた。
 会話の方だが、これも何とかなるものだ。いやむしろ、失言がなくて良いかもしれない。僕は飲むと、つい気持ちが大きくなって、余計なことをいう癖がある。
 昨日の席は、先生ご夫妻とその客人の会食の席である。失言がなかったことに(多分)、心底ほっとしている。

 そして飯島社長だが、これぞ出版社のオーナー社長、という感じの方であった。
 まず博識である。それも広く深い。多少は僕も参加できる話があり、会話に加わるのだが、すぐに付いて行けないレベルにまで深まり、置いていかれてしまう。そして聞くだけの状態に回る。しかも内容が興味深いものなので、好奇心を掻き立てられ、聞き入ってしまう。会話の妙も際立っていた。
 そしてとてもエネルギッシュである。さすが会社を一人で立ち上げ、切り盛りしてきた人は違う。考えてみれば、僕の知人はほとんどがサラリーマンである。オーナー社長のオーラとパワーは、今までにあまり感じたことがないものだった。
 見た目も業界人そのもので、カッコいい。63歳でいらっしゃるとのことだが、まったくそう見えない。自転車のレースによく参加されるとのことで、日に焼け、筋骨も逞しい。パイプをくゆらせる様は、LEONのグラビアのようだ。

 新聞社にいた頃は、頻繁に会食があった。さまざまな人と食事を共にしてきた。あの頃はそれが日常で、特に何も感じずにやり過ごしていた。それはそれで、良かったと思う。毎回、刺激を受けてばかりいたら、身が持たない。
 ところが今回は久しぶりに、少しばかり緊張をさせられた席だった。聞いてばかりだったが、刺激的な経験であった。こんなことを書くなんて、ちょっと子供っぽいかな。それだけ社会の垢が抜けた証かもしれない。いいのか悪いのか分からないが。
 ところで先生はというと、さりげなく飯島社長に次の本の企画を持ちかけていた。さすがだ。飯島社長も興味を示されていた。来年辺り、書店に並ぶかもしれない。
 先生はこの1年でディケンズだけでなく、何冊も上梓されている。さらに今後の企画もいくつか頭にあるようだ。
 感心ばかりしていないで、俺も何とかしなくちゃぁ、いかんのだな。

土用の丑の日の前日


 今日は土用の丑の日であるそうだ。昨日は一日早く、かみさんと鰻を食べに出かけた。
 向かったのは葉山の“川正” 。食べログで見つけた店だが、古民家を改装した風流な店構えで、30年以上の歴史を誇る。
 事前に電話予約を入れようとすると、昨日、今日は混雑が予想されるため予約は不可とのこと。11時に開店するので、おそらくその時間なら並ばずに入れるとアドバイスされる。真面目な我々は、自転車にまたがって11時に店へ向かう。
 期待して出かけたが、結果は複雑なものであった。まず店は昨年改装したとかで、普通のビルに変わっていた。無理やり以前の門だけ移築したのが、かえってみすぼらしい。一瞬店に入ることを躊躇した。しかしせっかくここまで自転車でやってきたのに、店を変えるのも悔しい。思い切って暖簾をくぐる。
 店の中もまた、期待を裏切るものであった。はっきり言って、店づくりに真剣みが感じられない。ビニール製の安っぽいクロスで壁や天井が覆われている。テーブルもまた安手の合板でできたものだ。その結果、全体的にホルムアルデヒド臭い。
 「料理をおいしく食べていただくために、禁煙とさせていただきます」との表示は嬉しいが、副流煙以前の問題に気が回っていない様子だ。
 愚痴てばかりいても仕方がない。気を取り直して、注文をする。かみさんは鰻重の松(3000円)、僕は鰻重の竹(2600円)と生ビール。僕が竹の理由はビールを注文したからだ。ちょっと節約して、竹で我慢したわけである。
 店の作りにはガッカリさせられたが、味の方はというと、これは大変に満足させられるものだった。11時過ぎに入店して、すぐに注文し、鰻重が出てきたのは11時40分をまわっていた。相当に待たされたが、待たされた甲斐はあったと思える味であった。値段もリーズナブルだと思える。
 店を出たときは12時を過ぎていたが、その間に来た客は僕ら以外に一組のみ。店はさして広くはないのだが、ほぼがらがらの状況だった。別に11時に来なくても、十分に座れる余裕だった。
 ただ出前の注文はひっきりなしに来ていたようだ。この店は、出前が良いのかもしれない。
 総合的な感想を書くと、また食べたい。ホルムアルデヒドの臭いが抜けたころ、また来たいと思った。

 川正の後は、御用邸すぐ裏の一色海岸へ行った。初めて行ったのだが、逗子海岸よりもずっと長閑で、これはこれで良い場所だった。子供の頃にでかけた海水浴場といった雰囲気だ。実際に来ているのは家族連れが中心で、何とも寛げる雰囲気だ。
 海岸は砂浜だが、近くには岩場も多い。岩場には小魚やヤドカリ、エビ、カニがいっぱいいた。子供たちとお父さんが背中をジリジリ陽に焼かれながらも、夢中で海を覗きこんでいた。

 一色海岸から戻ると、すでに夕刻だったので千秋楽を見る。それにしても稀勢の里にはいつも期待を裏切られる。かなり強い力士ではあると思う。しかし精神力が弱い。一生懸命に努力しているのは表情からも伺える。しかし力士は気が強くなくては務まらない。もう一皮剥けないと、横綱昇進は難しいだろう。
 もうひとつ千秋楽を見ていて思ったこと。白鳳は張り手が多すぎる。白鳳は僕の40年の相撲観戦歴の中で最高の力士と言える名横綱だ。彼と同時代に生きていることを幸せに思えるほどだ。しかしそれにしても、最近の白鳳は張り手が多すぎる。このまま張り手を連発すれば、強いけど荒っぽい横綱ということで、朝青龍と変わりないイメージを残すことになる。ぜひ改めていただきたい。
 

着流しの男


 以前から藤岡啓介先生はブログを開設したいとおっしゃられていた。僕もブログを付けていることをご存じのようで、開設の手伝いを頼まれていた。2週間ぐらい前から、手続きを進めていて、ある程度形ができあがってきた。昨日は電話で使い方を説明申し上げていたのだが、説明下手が災いしてか、うまく進められていないご様子だった。そこで車を飛ばして、直接先生のパソコンを操作することになった。
 ブログの操作はそれほど複雑なことではない。普段もパソコンを使い慣れていらっしゃる先生は、すぐに理解され、作業はほどなく終わった。
 その後は、色々な話に花が咲いた。他の弟子がいるときは、ご令室は気を使われて、お茶などを運ばれた後はすぐに席を立たれるが、昨日は3人で長い間、会話を楽しんだ。初めて知ったのだが、奥様も文学に造詣が深い。今は土佐日記だか更級日記だか忘れたが(やばい!)、とにかく古典をオリジナルで読まれているそうだ。「現代語訳の方が、読みやすくはありませんか?」と尋ねると、「そのままの方が、直接に心へ情景が浮かび、よろしいのよ」と、おっしゃられた。自分の不明を恥じた次第である。

 すぐにお暇するつもりだったが、ついつい長居をしてしまい3時間以上もお邪魔してしまった。いつのまにか夕方になり、先生は歯医者の予約を入れられていることに気が付かれた。僕は車で来ていたので、先生を歯医者までお連れすることになった。
 先生の家を出るとすぐに、車が2台止まっていることに気が付いた。先生のお住まいは鎌倉の山の上にあり、まるで別荘のような佇まいである。先生の書斎からは、人工物は一切見えない。望めるのは青い山と森だけである。そんな場所柄、周りの道はかなり細い。先に車が停まっていると、こちらの車を出すことができない。先生は気を使われて車を降り、その車の持ち主へ動かしてくれるよう頼みに出て行かれた。
 戻った先生が言うには、最近近くに越してきたお坊さんだとか。そういえば坊主頭の男性が立っているのが見えた。黒い着物を着流している。お坊さんというよりも、浴衣を羽織った今風のおしゃれな男性といった風貌であった。そして先生は言われた。
 「月読寺って、いってたかな。そこのご住職なんだよ」
 なんとあの着流しの男性は、最近よくメディアに顔を出す小池龍之介氏だったのだ。月読寺は先生のご自宅のすぐ近くにあった。後からネットで調べてみたが、都内からごく最近、引っ越した模様だ。
 あそこの場所は、相当の穴場だと思う。よく先生は見つけ、そしてお住まいになられているなと思える場所だ。山を下りれば、すぐに鎌倉の海。近くはサーフショップやおしゃれなレストランが軒を連ねる。しかし山を登るとそこは、昔からの落ち着いた佇まいを見せる静寂の地だ。
 洒落者に見える小池龍之介氏。さすが目の付け所がいい。
 あそこだと参禅に訪れる若者も、山寺の気分を味わえるだろう。さらに繁盛すること間違いなしである。

お墓参り


 昨日は父方の墓がある小平霊園に母と待ち合わせをして行ってきた。連日の猛暑続きだったが、昨日は比較的涼しい一日だった。小平霊園はとても広い霊園で、お墓まではかなり歩く。母のことを考えると、涼しくて助かった。
 墓の周りを掃除して、線香をあげ、お経を読んだ。
 僕は毎朝、般若心経を読む。もう10年以上続けているので、お経は暗記している。昨日の朝も読んだのだが、なぜだか一部思い出せない部分があった。こんなことはかつてない。久しぶりに経文を開いて読み直した。すると驚いたことに、一部抜かして読んでいたことに気が付いた。きっと何年も誤って読んでいたのだろう。
 もしかしたらご先祖が教えてくれたのかもしれない。朝にお経に躓いていなければ、経文は開かなかっただろう。そうしたらお墓の前でも誤ったお経を読んでいただろう。
 お墓の前では念のために経文を開きながら、お経を唱えた。

 うちのお墓は天乃屋という石屋さんに面倒を見てもらっている。いつもそこで花や線香を買う。何十年も通っているので、そこの人は僕らのことをよく知っている。いくとすぐにお茶やお菓子が出てくる。
 60年以上前に建てられた天乃屋は、窓枠や開き戸などの作りがいちいち凝っていて、天井が高く歴史を感じさせる佇まいだ。中央の大黒柱は磨き込まれ、赤黒く光っている。
 その天乃屋や並びの石屋は今、市から立ち退きを命じられているそうだ。駅前のロータリーに作り替えるためだ。
 すでに新しい店舗はできている。立ち退きはまだ5年以上先の話だそうだが、残念なことだ。新しい店舗は、ごくありふれた作りで、今の店構えには比べようもない。高い天井の下でお茶を飲み、86歳の大女将と話すことが、墓参りの際の楽しみのひとつだった。いつまでも続いて欲しい。

 墓参りを終えて母と二人で高田馬場まで場所を移し、昼食を取った。父が気を利かせてランチ代を持たせてくれたことかで、ちょっと豪華な昼食を取ることにした。向かったのは両親の行きつけのイタリアンで、落ち着いた感じのなかなかのお店だった。
 お墓詣りではワンカップを一本捧げたのだが、蓋をあけたワンカップは置いておくこともできずに僕が飲んだ。イタリアンでまた、赤ワインを一杯いただいた。昼間から日本酒とワインで、相当に良い気持ちになってしまった。
 本当は妹も来る予定だったが、前日に高尾山に登り足を挫いたとかで、来なかった。母と二人だけの墓参りは初めてである。
 父は盛夏の時期は外に出ないようにしているらしい。

 帰りの横須賀線では、ウイスキーの水割りをキオスクで買って、飲みながら帰った。結局、飲んでばかりの一日だった。

変身


 今日もブログの更新。今月で6回目の更新である。月に最低10回書くことをノルマと定めているので、かなりのペースである。ブログの更新がまめであるということは、その時の僕の調子が良いということだと思っていただいて結構である。大抵、仕事も捗っている。そう、最近は調子がよい。

 昨日は美容院に行ってきた。今年になってだいたい2か月に一度のペースでカットしている。今まではQBに月イチで行っていたが、ちょっとロングにし始めたので、散財であるが美容院に出かけている。
 ちょっと考えてみた。最近、僕は服をほとんど買わない。買ったとしてもユニクロでTシャツやボタンダウン、ジーンズといったオーソドックスなラインナップばかりを夏と冬に2度買うだけだ。あまりお金を使っていない。
 僕は実はおしゃれが好きである。今は生活防衛のため、服を買わないが、本当はもっとおしゃれをしたい。でも服は高い。それに僕ぐらいの年齢になると、あまり流行を追っかけるのもなんだなぁと、思っている。古臭いのをいつまでも来ているのは避けねばならないが、オーソドックスな服を小奇麗に来ていれば、まあいいんじゃないかと思うようになった。でも、やっぱりおしゃれはしたい。
 そこでおしゃれの対象をヘアスタイルに絞ることにしたのだ。ヘアスタイルも以前は、ちゃんと凝っていた。美容院に行って、俊ちゃんカットだとか、マッチ風だとかにしていたりした。書くのも恥ずかしいことではあるが。サーファー風に伸ばして脱色していたこともある。しかしそれらができなくなった。言わずと知れた薄毛が原因である。薄毛のひとの髪型は限られる。鶴瓶みたいなベリーショートだけだ。
 ところがだ。薄毛、うすげ、ウスゲと悩んでいたのだが、どうもそんなに薄毛でないのではないかと最近、思うようになった。もしかしたら再生しているのかもしれない。
 思い当たることがある。春ぐらいから頭皮のマッサージをしているのだ。僕は25の頃から、サクセスだとかの安い養毛剤を使っている。今も使い続け、効き目があると信じている。ところがさっと、降りかけるだけで、マッサージはほとんどしていなかった。でもするようになったのだ。それは髪を伸ばしたいと思い始めたからだ。もう手遅れだとは思ったが、ダメもとで初めてみた。
 時期的に辻褄が合わないので、もしかしたらこれが要因ではないのかもしれない。今年になって髪を伸ばし始めた。春からマッサージを開始した。そして今、薄毛が目立たなくなったのだから、効果が出るのが早すぎるではないか。
 マッサージが要因でなく、伸ばしたことで薄毛を目立たなくしているのかもしれない。薄毛はベリーショートしかないと考えるのは、誤った固定概念であるのかもしれない。

 昨日はさらなる冒険をした。ちょっと前のブログで僕はロン毛、薄毛、くせ毛だと、書いたことがある。冬から伸ばしているので、それなりの長さになった。つまりロン毛。薄毛は、前述のごとく。そして3番目だが、僕の旧年の悩みは、くせ毛である。短いとそれなりにまとまりが良く、それはそれで我慢はできたが、伸ばすと大変なことになる。
 最近の僕はそうとう大変な事態に陥っていた。よく言えばベートーベン、悪く言えば葉加瀬太郎といった趣である。そこで冒険の話だが、縮れ毛矯正というのをやってみたのだ。僕としては相当な冒険である。
 美容院自体、20年以上行っていなかった。パーマを最後にかけたのは、さらに昔のことだ。それがいきなり、縮れ毛矯正である。
 さて冒険の結果、僕はいったいどのようになったでしょうか。
 客観的かつ冷静に見つめてみれば、後ろ姿は小学生の女の子といった感じだ。まっすぐな黒髪でショートヘアの女の子、そんな感じである。もちろん正対すれば、髭面の50絡みの労務者風である。ところがひっくり返すと、小学生の女の子。そんなちょっとホラーな姿なのである。
 つまりあまりかっこよくない。しかしだ。少し言い訳をさせてもらいたい。縮れ毛矯正をしたのは昨日のことだ。美容師によると、その日一日は、髪をいじってはいけないそうだ。例えば耳の後ろに髪をかけるとか、後ろに流すとかすると、そこに将来もカーブが残ってしまうそうなのだ。だからまっすぐなままで2日間は耐えなくてはいけない。それが仮に小学生の女の子のような風貌であったとしても。

 明日になれば、髪を後ろの方にカッコよく流すことができる。ワックスをつけて後ろに流せば、上戸彩の旦那のような雰囲気になるはずである。
 小学生の女の子からエグザイルに変身だ。明日が楽しみである。

tsurubei

hakase

hiro

平日朝の体育館


 昨日のブログで夏の到来を書いたが、まだ本番とは言えないと感じていた。ところが昨日ブログを書いた後のことだが、今年初めての蝉の鳴き声が聞こえた。いよいよ本物の夏がやって来たのだ。

 昨日はブログを書いてから市営のスポーツジムに向かった。9時にオープンするのだが、9時5分前に体育館に到着した。
 平日の9時5分前の体育館の様子がどんなものか、みなさん想像できるでしょうか。すごいですよ。駐車場は9時直前に開く。それを待つように、体育館の前の道には車が列をなしているのだ。
 体育館の中はというと、すでに歩いて、あるいは自転車で来ている人で一杯である。主に主婦らしき女性と老人達である。
 彼らの目的はテニス、卓球、バレー、ジムワーク、ヒップホップなどのダンスと様々だが、昨日の午前中はバトミントンの日であったようだ。ラケットを持った大人たちの熱気で体育館内はムンムンとしていた。

 ジムはといえば、少数派である。9時の時点でトレーニングを始めたのは10人もいない。こちらもほとんどが老人である。昨日はたまたまハイティーンと思しき男の子が二人きていたが、夏休みだからかもしれない。
 僕なんかでもこのジムに入ると、相当な若手に入る。ほぼ老人ばかりの中に異質な人間がいると、みなの意識がそれに向かう。昨日はみなの興味がその二人に行っているのが、何となく分かった。
 と偉そうに観察している僕であるが、やはりそのハイティーンが気になった。別に意識している訳ではないのだが、自然と見ている自分に気付き、視線をそらす。やっぱり若い存在には魅力がある。とくに昨日の子たちはなかなか格好よく、振る舞いもシャープで爽やかさを感じた。よろよろと歩くような老人や、体を鍛えることに目覚めてしまい、ちょっと誇らしげにたるんだ筋肉を誇張するような老人が多い中、メリハリのある動きを見せる若者は、見ていて気持ちがよい。

 約2時間のジムワークを終え、自転車で家まで帰った。自転車で蝉しぐれの中を走っていると、小学生に戻ったような気分になる。帰ったら宿題だ。
 今まではジムは主に夕方に行っていた。仕事を済ませてから向かったのだが、夕方に汗を流すと、その後のビールの誘惑に打ち勝つのは難しい。ほぼ確実に風呂に入った後は、プシューとやっていた。
 さすが午前中だと、飲む気にならない。昨日はその後、一日仕事をすることだできた。午前中に2時間ぐらい仕事をして、ジムから帰ってからは寝るまでずっと捗った。この方が、きっと効率が良い。これからは9時からジムに行くことにしよう。老人パワーに、ご相伴あずかって。
 

夏が来た


 逗子に夏がやってきた。逗子は一年中よい場所だと思うが、やはり夏が一番逗子らしくてよい。駅の周りはすっかりリゾート地と化す。商店街の関係者はなぜだが、アロハを着用する。流れる音楽もハワイアンに変わる。なぜ逗子がハワイアンなのかは知らない。しかし結果からいうと、正解だと思う。逗子にアロハはよく似合う。
 逗子駅から逗子海岸までは歩いて20分程度ある。そこをいかにも海水浴といった出で立ちの若者や家族連れが練り歩く。浮き輪を首にかけたりして、ぞろぞろと歩く様子を目にするのは悪くない。みんなはわざわざ、ここにやってくるのだろう。僕なんかは歩いてきたんだぞ、といった優越感もちょっと覚えたりして、一興である。
 逗子はあまり駐車スペースが充実していないので、多くは電車でやってくる。これもロハスで良い。

 僕は最近、シミが気になって、あまり海に出かけていない。ここに住んでいて、自由業などやっていると、毎日でも海に行きたくなる。毎日、海に出かけると、それこそ真っ黒になってしまう。何年か前、まだ勤めていたときだが真っ黒になって、会社の連中に笑われたことがあるが、まったく笑っちゃうほど真っ黒になってしまうのだ。
 真っ黒になるのは悪くない。男前がちょっと上がるように思う。問題は真っ黒が、通常色に変わった後だ。
 僕は若い頃から外遊びが好きで、夏は大抵日焼けしていた。その結果、今はシミだらけの中年に相成った。これ以上は悪化させたくない。ただし夏の海に抗うのは簡単なことではない。

 我が家は海というよりも、むしろ山の地域に位置する。今、家じゅうの窓を全開にしているが、さっきからウグイスやシジュウカラ、ホトトギスの鳴き声がよく聞こえる。今はまだ聞こえないが、もうじきカジカガエルの声も聞こえてくるはずだ。もちろん、蝉の声は、まさに蝉しぐれ状態になる。カジカや蝉の声を聞くと、夏本番を感じる。
 そんな山の中の住宅街にある我が家は、比較的夏でも涼しい。例年、エアコンを使うことはほとんどない。しかし扇風機は必要となる。昨日、今夏はじめて扇風機を使用した。

 ネコは犬よりも暑さに強いという。それでも我が家の猫たちは、すっかりダレダレ状態である。涼しい場所を彷徨い求め、そこで毛皮の敷物のように、ぐたーとする。それを見ると、なんだかこちらもぐたーとした気分になってくる。
 大抵は廊下でぐたーとしている。僕も一緒にぐたーと横になると、やはり涼しい。
 猫たちと一緒にぐたーとしていると、ビールを飲みたくなってしまうが、麦茶でがまんをする。麦茶を飲みながら、ぐたーとしていると、自由である喜びがじわーっと湧き上がってくるのだ。
 

甥っ子Bの初登場


 甥っ子Bが来た。今まで何度も当ブログに登場した甥っ子の弟である。中学2年生だ。
 甥っ子Aは、つまりいつもの甥っ子の方だが、大学2年生だ。高校生の頃から、ひとりでここに泊まりに来させ、合宿ごっこをした。そろそろ甥っ子Bも時期が来たのではと考え、初合宿とあいなった。

 甥っ子Bはなかなかの男である。小学2年生から空手を始めた。試合を何度か見に行ったが、かなりハードなフルコン系である。そのガチンコ空手で相当の腕前を誇り、大会の最高位は県の個人戦で2位だか3位である。
 甥っ子Aもなかなかユニークな経歴を持っている。以前、甥っ子家族は新潟に住んでいたのだが、県で実施したオセロ大会に参加し、3位になったことがある。すごいでしょ。ただし参加者は3人だそうだ。僕はそれでも本当にすごいと思っている。そして甥っ子Aにも、誇りに思えと言い続けてきた。
 甥っ子Aは大学に入りボディービル部に入った。去年、県のパワーリフティングの大会があり、結果はやはり3位だったそうだ。すごいでしょ。これも、みなさんがきっと想像された通りに、参加者は3名であったそうだ。しかしこれも、僕はやはりすごいことだと思っている。
 甥っ子Aには、オセロもパワーリフティングも大いに誇りとすべきだと説き、履歴書などには必ず書かせるようにしている。もちろん参加者数は明記させずに。
 ところで甥っ子Bの2位だか3位だかだが。これは正真正銘にすごいことだ。参加者はおそらく100名以上だったと思う。大きな体育館に一杯の小学生だった。その中で、2位だか3位なのだから。
 甥っ子Bは中学に入り、剣道部に入部した。その剣道部は強豪である。県でベスト5に入るほどの実力だ。関東大会の常連校である。
 甥っ子Bは中学に入ってから剣道を始めたので、まだキャリアは1年とちょっとだ。それでもこの夏には初段の審査を受けるそうだ。今までの試合実績もそこそこであるらしく、今の中3が引退したら、レギュラーになることは確実らしい。
 毎日、朝練と午後練を欠かさず、土日も稽古。2週間に一度は遠征をしているという。さらにだ。空手の方も未だ、稽古を続けているのだ。めちゃくちゃ逞しい、少年武道家ではないだろうか。
 当然、これだけ武道三昧の日々を続けていれば、肝心の学業にまでは手が回らない。結果、成績はあまり芳しいとは言えないようだ。兄である甥っ子Aも心配している。

 そこで伯父さんの出番となったわけである。伯父さんは甥っ子Aを底辺校から旧帝大に入れた実績の持ち主である。成績不振に悩む少年武道家にも、学問の意義と楽しさを教えてやろうではないか。元から頭脳は悪くないのだから、ちょっと背中を押してあげれば、そして勉強方法を知らしめてやれば、兄同様にすくすくと伸びていくに違いない。
 甥っ子Aのときは、正直ハチャメチャ感のある合宿だった。伯父さんも合宿の主催は初めてであり、うまく構成がされていたとは言いきれない。反省すべき点も数多くあった。しかし伯父さんとて、成長するものだ。結果、今回の合宿は相当なレベルにまで達したのだった。
 一泊二日の初合宿だったが、ほとんどノンストップで動き続けた。
 初日は鎌倉まで歩き、いくつかの寺社に参拝。その間、甥っ子に人生論を語り続ける。寺社の合間には小町通でサーティーワンに入店。美味しいアイスクリームの食べ方を伝授。続いて由比ヶ浜まで足を延ばし、水着のお姉ちゃん達をちら見しながらも、周りに気付かれない方法を実演する。
 その後、場所を逗子に移し、本屋で学習参考書、問題集を大量購入。甥っ子Bに全てを持たせ、歩いて家まで帰る。戻ってからは、また人生訓を寝るまで続ける。
 翌日は早朝から散歩。その間、武道的な歩き方、気配の感じ方、呼吸法などを教授する。散歩から帰ってからは、みっちり学習計画を練り上げる。
 
 今回の合宿は充実していた。甥っ子Bもわずか2日間だが、随分と逞しくなったように思う。
 二人で作り上げた学習計画はほぼ完ぺきなものだ。あれを完遂できたとしたら、計画だと3年生の最後の試験では学年1位となるはずである。現在は真ん中よりもちょっと後ろの方をキープしている。
 甥っ子に「自信のほどは?」と尋ねたら、「たぶん大丈夫だと思う」といった、それなりに逞しい答えが返ってきた。
 伯父さんも、たぶん大丈夫だと思う、と思っている。
 

計画が肝要


 昨日のブログは最近の僕の遊びっぷりを書いたが、物事を確実に進めていくためには計画作りが肝要である。計画をしっかりと立てておかないと、つい流されてしまい先週の僕のような事態になる。しかし別に遊ぶことは悪くない。問題は流されてしまうことの方である。あれぐらいの遊びがないと、僕のような一人で書斎に籠る仕事をしていると、滅入ってしょうがない。だから良いのだ。遊ぶことは。そこには微塵も後悔はない。しかしだ、主体的に遊ぶのはよいが、流されるのはよくないのである。
 ということで、昨日は計画を立てた。以前もこんなことを書いた記憶がある。以前は毎朝、「Do List」を作ると誓ったと思う。あの誓いはどこにいったのだろう。もう作らなくなって、半年にはなると思う。それをまた再開した。さらに少しバージョンアップして。
 「Do List」は単にやることのリストアップだが、今回は時間設定もいれた。この半年の間、ただサボっていたわけではないのだ。そこに進化があったのである。
 例えば昨日のスケジュールは、以下の通りだ。

 6:00~7:00   英字新聞閲読
 7:00~8:00   ルーチンの仕事(海外情報のまとめ)
 8:00~9:00 ブログ
 9:00~10:00 メール整理&調べもの(書籍化の布石)
 10:00~11:00 昼食&読書
 12:00~15:00 調べものの続き
 15:00~16:00 散歩&買い物
 16:00~18:30 翻訳書リーディング
 
 以上である。その後、夕食を作り、入浴して、一杯飲んで、夕食を食べ、ストレッチをして、ベッドに本を持って読みながら、眠たくなったので寝た。だいたい10時ぐらいである。夜の読書時間はおおよそ1時間。
 朝は4時半なので睡眠時間は6時間半だ。4時半起床の後は、猛烈ないきおいで家事をこなす。この時間内に主な家事をできるだけ済ませてしまう。
 仕事と趣味の読書が僕の場合、線引きが難しいので、いったい何時間仕事をしているのか分かりづらい。かりに全てを仕事とするとみると、ほとんど一日中仕事か家事をしていることになる。しかし読書を余暇と見るならば、仕事らしきものは朝の1時間だけである。
 だからだ。だからこそ計画作りが必要なのである。確実な計画を立てておかないと、まさに一日余暇に費やすことになる。

 一日の計画を立てるなら、例えば年内ぐらいの中期プランの立案も必要ではないだろうか。きっとあなたは、そう思われていることだろう。ちゃんとお見通しである。そしてこちらもちゃんと、立ててあるのだ。さらに言えばだ、生涯に渡る超長期プランさえ、立ててあるのだ。
 上記に「一杯飲んで」という表記に何かひっかかりを感じた方もいるのではないだろうか。というのも、以前僕は、ウイークデーは飲まないとブログに書いたからだ。それを覚えていらっしゃる方もいるだろう。そう、あの誓いもどこかに消えていってしまったのだ。
 しかしだ。僕はただ漫然と飲んでいるわけではない。ちゃんと色んなことを考えながら飲んでいるのだ。色んなこととは、何かというと。それは色んなことである。そう簡単に表現できるものではない。だからこそ、色んなことと言うのである。
 その色んなことの中には、将来の計画も含まれていた。だから、言ったでしょ。ただ漫然と飲んでいたのではないと。
 ということで、次には中期的、そして超長期的計画を開陳したいと思う。しかし次というのは、明日のことではない。さらに言えばだ。次にブログを書くときという意味でもない。次とは、次にこの話題を書きたいと僕が思った時ということだ。ちょっと小ばかにしているようで、心苦しいが正直な話だ。多分、書くネタがないときが、その時になるだろう。きっと、そう遠い話ではないはずだ
 

大船や梅干しや訳書やら


 また一週間も更新をサボってしまった。週末のことを書こうかと思っていたが、もうすぐ次の週末である。

 金曜日は産経時代の同僚が家まで遊びに来てくれた。急だったので近くの蕎麦屋に案内して、そこで一杯やる。といっても彼は車で飲めず、ひとりでぐいぐいやる。行った蕎麦屋は竹庵という店で、この辺りでは有名店である。土日などは開店の30分前から、行列ができる。かなり不便な場所にもかかわらず。
 その日は金曜の夜だったが、すぐに店に入ることができた。名物のごぼう天麩羅や掻き揚げ、板わさをさかなに、熱燗を楽しむ。彼はお茶をすすっていた。
 彼もまた産経を退社して、新たな人生を歩み始めたばかりだ。ちょっと変わり種で、ライター兼カフェのオーナーを目指すそうだ。すでに本を一冊書き始めていて、出版社も決まりそうだという。カフェも店の工事が始まっているようだ。

 土曜日は妻の誕生日を祝うため、フランス人がオーナーシェフの店、“レネ”に行く。たしか去年の誕生日もここだったはずだ。それぐらい、奥さんのお気に入りの店である。
 今回もすべてのディッシュがエクセレントだった。コースで5000円弱。この値段でこれだけのフレンチを出す店は、他に一軒も知らない。歩いて行ける場所(といっても、45分ぐらいかかるが)に、この店があることに、幸せを感じる。

 日曜は大船まで買い物にでかける。それにしても大船は何でも、安い。大船の雰囲気は下町で、今すぐに住みたい街ではないが、近くにあるととても便利な街である。野菜や魚、肉などを買い込む。
 今回の大船行きの目的は、眼鏡と梅を買うことであった。まず眼鏡だが、二つも作ってしまった。ひとつは老眼鏡のバージョンアップ。視力を計り直すと、老眼のレベルが5段階も悪くなっているらしい。どうりで最近、眼鏡をかけても見えにくかったはずだ。今、持っている眼鏡はレーバンでデザインを気に入っている。レンズだけを交換してもらう。安い眼鏡はフレーム付きで6000円ほどだが、レンズだけの交換だと7000円する。理不尽さを感じたが、レーバンを使い続けたいので、レンズだけを交換してもらう。
 もう一つの眼鏡は、近々両用メガネというものだ。遠近ではない。遠近は遠くのものと、お手元ものが見える代物だが、近々は、お手元とパソコン画面である。サンプルの眼鏡をかけてみたが、おどろくほどパソコン画面がよく見える。これは買うつもりでなかったが、思わず購入する。
 さて梅だ。去年も大船で購入した。去年の記録を見ると、7月7日に4キロ購入。キロ500円とあった。今回は倍の8キロを購入した。そして単価だが、なんと150円であった。信じられない金額だ。近くのスーパーだと700円ぐらいしていたのに。

 そして火曜。梅干しを漬けた。去年の倍の8キロである。今日は木曜で、あれから2日経っているが、うまい具合に梅酢が湧いてきた。
 これから20日程度、漬けつづけ、天気の良い日に3日ばかり天日干しをする。食べられるのは正月以降である。
 去年の梅干しは、初めてだったが、思いのほかうまくできた。ちょっと甘い評価かもしれないが、自分の感覚としては、1個200円以上する紀州の高級梅干しと引けを取らないできであった。さて、今年もうまくいくだろうか

 一日、戻るが月曜日は、鎌倉で一杯飲んだ。藤岡先生の門下生2人が初の翻訳書を発行したお祝いである。エーリッヒ・クライバーという指揮者の伝記だそうだ。厚くて立派な装丁である。サイン入りで進呈を受ける。
 飲んだ店は「鎌倉ちゃんぷる」という沖縄料理で、本来は5時オープンのところ4時からオープンしてもらった。店には他の客は誰もいず、テラスというよりもベランダという庶民的な感じであったが、とにかくオープンスペースの最上席を陣取る。夏の夕方の風を感じながら、楽しいひとときを過ごす。

 前述の産経の同僚しかり、この二人の新人翻訳者しかり、みな自分の道を着実に歩んでいる。とても刺激を受けた一週間であった。しかしこうして振り返ると、俺って遊んでばかりだなぁ。
 

プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。