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偏見と言われて結構


 今場所は九州場所だ。大相撲の話である。今場所のお客さんは結びの一番が終わってもすぐには席を立たない。弓取り式を最後まで見てから帰るからだ。これは珍しいことである。普通は最後の一番が終わると、競うようにして席を離れる。帰りの電車が気になるのかもしれない。
 電車があまり込まない九州場所だということが大きいのかもしれないが、もうひとつ要因があるようだ。それは聡ノ富士の弓取りがなかなかうまいことだ。
 弓取り式は本来、結びの一番で勝った力士が行うべきものだが、いつの頃からか専門の力士が代わりに行うようになっている。今年の初場所から聡ノ富士という三段目の力士が担当している。
 確かにうまい。相撲観戦歴40年の僕から見ても、相当にうまい。ただひとつ気になることがある。それは彼の眉毛である。きれいに剃りこまれているのだ。
 眉毛に剃りを入れていた有名な力士といえば千代大海である。大関に昇進した頃の彼は登り龍の勢いだった。弾丸のような突進力と機関銃のような突っ張りを武器に、あっという間に横綱まで上り詰めるのではないかと思われていた。しかしそれはないだろうと、僕は思った。理由は眉毛を剃っていたからだ。眉毛を剃った男が、神にも等しい横綱の位に就けるわけがないと感じていた。結果はみなさんもご承知の通り。
 以前、サラリーマン時代に広告営業の仕事をしていたときに、代理店の若い社員で、やはりかなり大胆に剃りこみを入れていた男がたまに来た。眉毛を見た時点で、彼らとの取引に積極的になれない自分がいた。不吉な将来を感じたからだ。

 甥っ子も眉毛を剃っている。ずっと気付かずにいたのだが、ある日気づき苦言を呈した。そうしたら、今はみんな剃っているよ、と反論された。本当にそうなのだろうか。もしそうだとしたら、きっと芸能人はみな眉毛の手入れをしているはずだ。しかし僕は気が付かなかった。
 つまり眉毛の手入れをしていても、僕に気付かれる男と気付かれない男がいる。
 ようは眉毛をいじるなら、気付かれない程度に手入れをしろということだ。
 僕だけではないと思う。剃り上がったような眉毛に不快感を抱くのは。大相撲のファンは、おそらく年配の人が多い。聡ノ富士の眉を見て、眉をしかめるファンは少なくないはずだ。弓取りはうまいのに、残念なことである。
 

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今井雅之と夢


 先日、あるバラエティー番組を何となく眺めていたら俳優の今井雅之が登場していた。あいつも色々な仕事をしているのだなぁ。
 今井とは法政のESSで一緒だった。ふたりとも大学一年の4月にESSに入って、夏前には辞めてしまったので短い間だったが、よく一緒に過ごした。
 ESSとはEnglish Speaking Societyの略で、どこの大学にもある英語のサークルだ。ESSは4つのグループに分かれ、それぞれのテーマをもとに英語を学ぶ。そのグループはLiterature、Drama、Debate、Discussionである。
 Literatureは英語の本を読んで、それについて英語で語り合う。Dramaは英語で芝居を演じる。Debateは二組に分かれて、あるテーマについて英語で討議(ディベート)を戦わせる。Discussionはグループでひとつのテーマについて、英語で議論(ディスカッション)を行う。
 僕はLiteratureで今井はDramaに属していた。あの頃から、やはり個性が表れていたというか、進むべき道に、ふたりとも顔を向けていたのだなと思う。
 僕の場合はさておいて、今井は当時から明確に将来のビジョンを描いていた。彼はご存じの人も多いかと思うが、法政に入学する前には自衛隊に所属していた。2年間ほど自衛隊でしごかれ、その間に学費をためて、大学に入学した。大学に入ったのは役者になるためである。
 なんで役者になるために大学に入ったかというと、英語を学びたかったからだ。今井の夢はハリウッドスターになることだったのだ。
 今井から夢の話しを聞いたときに、僕はちっとも荒唐無稽だとは思わなかった。むしろ嬉しくて、背筋がゾクゾクとざわめいた。僕は今井ほどには明確に夢を描けていなかったが、物を書く仕事につきたかった。そのためには何をすべきか模索をしている段階だった。しかし今井ははっきりとした進むべき道筋を理解していた。ちょっと前を歩むその今井の姿に、僕は共感を覚え、多少の焦りを感じたのだ。
 今井は相当に変わっていた。当時あいつは表参道のぼろアパートに住んでいて、毎朝代々木公園をジョギングしてから大学に通っていた。天気の良い日は法政までも走ってきた。
 今も逞しい体をしているが、自衛隊を辞めたばかりの今井は筋肉質の素晴らしい体をしていた。マッチョなボディーにタンクトップを着て、汗をしたたらせて昼のミーティングに参加する今井は、ESSでは浮きまくっていた。
 僕はというと、これもかなり浮いている方だったと思う。ESSと同時にサーフィンのサークルにも加入し、茶髪にロン髪、サーファールックに身を包んで、英語の読書会なんかに参加していたのだから。
 そんな浮いている僕と今井は、自然につるむようになっていった。しかし超がつく真面目な人ばかりのESSに、ふたりは馴染むことができなかった。結果、夏前に僕も今井もESSに顔を出すのを止めてしまった。
 そして今井は劇団にのめり込み、僕はバイトと遊びに忙しく、連絡も途絶えていった。

 大学を卒業してからしばらく経ってのことだ。写真週刊誌のFocusに今井の記事が載った。自衛隊出身の役者が小さな劇団で奮闘している、といった内容だったと思う。当時の今井はまだメジャーにはなっていなかった。記事を読み、まだ頑張ってるんだなと僕は思った。
 それから彼のことはすっかり忘れていた。しかしいつからだろうか分からないが、今井雅之という俳優のことは知っていた。それがあの今井だと気づかずにいたのだ。何かのインタビュー番組で、自衛隊出身だと語っているのを見て、ようやく気がついだのだ。

 今井は今もハリウッドスターにはなってはいない。しかし着実に夢に向かって進んできている。
 対して僕の方はどうだろうか。紆余曲折ばかりではなかったか。長いくねくね道を、這いつくばるばかり、どれほど前に進んで来たのだろう。
 活躍する今井の姿をみると、昔と同じように共感を覚える。しかし不思議と焦りは感じない。夢に向かっては亀の歩みではあるが、少しは大人になってきたのかもしれない。人生は色々だから、面白いのである。
 

うちの周りの鳥たち


 昨日の朝、起きて二階からリビングルームへ行くと、床に白い物体が散らばっている。近づいて見ると食パンが食い散らかされていた。猫が襲ったようだ。
 うちの猫は容赦がない。パンだろうが饅頭だろうが、しまい忘れると、まるで罰を下すように、ずたずたに引き裂き、これ見よがしに食い散らかす。
 先日、妻が職場の近くのパン屋で買ってきたうまいパンである。週末に食べようと楽しみにしていたのだが。

 被害の少ないパンは予定通り週末に食べようと思う。以前は猫が手をかけた食べ物は衛生を考えて捨てていた。しかし普段は平気で口にチューにしているのだから、衛生も何もあったものじゃないと気づき、最近では火を通してから食べている。パンもトースターで焼けば大丈夫だろう。
 ただ一枚、こっぴどくやられたパンがあった。これはどうしようもない程の被害の受けようであった。そこで細かくちぎって、庭に撒いておいた。鳥にやるためだ。
 さてどんな鳥が来るだろう。楽しみに待ち構えていると。もっとも歓迎していない輩が庭に降り立った。カラスである。
 しかしカラスというのは、なぜ人に憎まれるのだろう。それは生命力があまりに逞しいからに違いない。あれが絶滅危惧種だったら、うんとイメージは違っていたはずだ。
 とにもかくにもやって来たのは一羽のカラスだった。大勢が一斉にやってきて、黒山にでもなったのなら恐ろしいが、一羽だけだと可愛くもある。「よしよし、うんとお食べ」と言いながら眺める。
 庭にカラスが降り立つことは珍しい。きっと人間を警戒していうのだろう。舞い降りたカラスは、しきりに周囲を警戒しながら、2切れ、3切れを飲み込んだ。周りにはまだまだパンくずはたくさん残っている。しかし庭にいる緊張に耐えかねたのか、すぐに飛び立って行ってしまった。
 それから数時間はパンを啄む鳥は現れなかった。
 昼時にリビングでうどんを食べていると、膝に乗っていたフクちゃんがむくっと起き出し、窓に向かっていった。窓の方を振り向くと、数十羽のスズメが庭を埋めていた。スズメだと大群でいても、可愛らしい。ずっと見ていたかったが、小さなスズメも大勢だと勇ましい。あっという間に平らげて、一斉に飛び立って行った。

 最近、散歩の途中でコジュケイの家族をよく見かける。コジュケイこそがもっとも可愛らしい鳥である。今、僕の中では鳥可愛いランキング一位といえば、コジュケイである。
 コジュケイは山鳩を一回り大きくしたサイズで、ウズラのような姿をしている。羽は小さく、飛ぶのはうまくない。普段は藪の中を歩いて移動する。テレビで見たことがあるヤンバルクイナと似ている。
 コジュケイは大抵、家族で過ごす。どれが親で子供なのかは分からない。みな同じサイズである。
 なかなか冒険心に溢れるものもいて、そんな鳥は藪の先頭を歩く。慎重なものは、新しい場所にはなかなか行きたがらない。先頭が何度も振り返ると、恐々と付いてくる。
 コジュケイに出会うと、しばらく散歩を中断して観察してしまう。お尻が大きく不格好にも見える姿に、目が釘付けになる。
 本当に可愛い。しかしまた美味そうでもある。キジに近い仲間だから、肉はうまいはずだ。そんなよこしまな考えが頭をよぎると、不思議とコジュケイは藪に姿を隠してしまうのだ。
 

鹿屋から送られた米とサツマイモ


 9月にかみさんと鹿児島県鹿屋市で実業家として活躍するKのところに遊びに行ったが、彼から米とサツマイモが送られてきた。以前のブログで書いたが、Kは複数の介護施設を経営し、その他ソーラー発電所などの事業にも参入しているやり手の経営者である。しかし同時に田んぼも手掛けていて、自らの手で苗を植え、収穫して、施設の食事として供している。その米を送ってくれたのだ。
 米はほぼ無農薬である。田植えの直後に多少、散布したらしいが、その後は虫の喰うままにしてあるという。それでも立派に逞しく育つらしい。
 送ってきた米には、ほぼ無農薬らしく虫の残骸などが混ざっていた。これも安心な米であるという証拠である。洗えば、何ということはない。
 実にうまい米だ。何という銘柄かは知らない。きっとコシヒカリのようなブランド米ではないのではないだろうか。それほどには甘くない。最近のブランド米は糖度が高くて、たしかにうまいが、日々の食卓には向いていない気もする。その点、Kの米は素朴な味だ。甘すぎずに腰がある。ご飯を口に放り込んだ最初に感覚じるのは、お米の一粒一粒が主張する生命の息吹だ。そして噛んでくるし従い、うまみが口に広がる。
 こんな米をもらってしまったら、普通の米が食べられなくなってしまうかもしれない。しかしKいわく、うまいのは脱穀した直後で、その後味はどんどん落ちていくと言う。今度は玄米を送ってもらい、自分で脱穀してみようか。
 あの忙しいKにわずかな米を送ってもらうことは、現実的ではないので、無理な話なのだが。

 サツマイモも、これまた野趣あふれた味だった。薩摩という野性味みつる土地で、Kという薩摩勇人丸出しの男が作った農作物だからなのだろうか。
 ペットは飼い主に似ると言うが、作物も作り手に似てくるのだろうか。
 

中西先生 おめでとうございます


 知の巨人とか怪物とかは、よく出版社が著者を表現するときに使う形容詞である。きっと物凄い知性の持ち主なのだろう。
 不幸なことに僕は、そういう豪壮な形容詞を冠して恥じない知性は今まで一人しか出会ったことがない。しかし一人とでも、出会えたことを光栄に感じている。その人とは中西進である。
 少し旧聞に属するが、文化勲章が発表された。高倉健が受賞したニュースはご覧になられただろう。今年の受賞者は5人いて、中西先生もその一人だった。

 中西先生は日本の古典文学研究者で、万葉集の研究で名高い。わずか30代で著した『万葉集の比較文学的研究』は中国文学の影響を克明に表し、万葉集研究に画期的な成果を与えたと言われる。プリンストン大学のアール・マイヤー教授は、その後に先生が著した『万葉論集』全8巻への感想として、「氏について語ることは、日本の昔の、ある偉大な人物について語るのとひとしい」とまで語っている。
 そんな大学者である先生に教わっていたことがある。先生が社会人を対象にした講座を開いており、そこに参加させていただいたのだ。月に一度程度開かれたその会は、10人程度の小規模で、先生が一方的に講ずるのではなく、生徒ひとりひとりが自分の意見を述べ、それについて先生がコメントをされるという形であった。1年ほどの講座だったので、先生とは10回程度お会いした。個人的に話ができるまで親しくさせていただいた。
 講座の内容は、それはそれで興味深いものだった。しかしそれ以外で、ふたつ印象に残っていることがある。むしろこちらの方が、鮮明に記憶している。
 ひとつは先生が蚊を殺さないという話だ。先生は奈良県立万葉文化館館長や帝塚山学院の理事長をされており、活動の舞台は関西が中心だった。そのためか琵琶湖のほとりに家を構えておられる。東京には講座のために、新幹線で通われていた。
 琵琶湖のほとりの家は蚊が多いそうだ。当時すでに70歳を過ぎていらした先生は奥さんとともに、すべての生き物に愛おしさを感じるようになったとおっしゃられていた。その結果、部屋を飛び回る蚊さえも愛おしく、殺すことができない。蚊が腕に止まると、逃げないようじっと蚊が血を吸い終わるまで動かないそうである。
 もうひとつ印象深かったのは先生の後ろ姿だ。ある日、講座が始まる前にトイレに入った。先客に先生がひとりでおられた。男子トイレで用を済ませておられる最中だった。
 その時の後ろ姿が何とも美しかったのだ。ピンと背筋を伸ばしたその姿は、以前同じく男子トイレで用を済ませていた合気道の高段者の先生と同じように、すきがなかった。先生は武道を嗜まれてはいない。講座の席で僕は何度も武道の話をしたのだが、先生からは武道についての話がなかったので、きっとそうだ。しかし先生の後ろ姿は武道家のようだった。
 なぜなのだろう。ずっと考えているのだが、未だ答えは見つからない。どんな分野でも一流になると、身の捌き方までも閑麗なものになるのだろうか。それともあれはオーラだったのだろうか。
 とにかく僕は先生の後ろ姿に圧倒されてしまった。その後先生の横で用を済ませようとしたのだが、しばらく尿意を催さなかったほどである。先生が立ち去られてから、ようやくちょろちょとと出た。
 どうしてだろう。僕が書くと、文化勲章の話がこんな下世話なものとなってしまうのは。

 文化勲章のニュースで久しぶりにお顔を拝見し、中西先生との邂逅に感謝の念と懐かしさを覚えた次第である。
 

翻訳ブログの人気ランキングで一位を獲得


 以前は気にしていたが、最近はブログのアクセス数をあまり気にしていない。もう5年近くも続けている。だいたいどの程度のアクセスがあるのかが分かってきた。
 どれだけの人に見てもらえるかよりも、「書き続ける」ことに価値を置くようにしている。何とか月に10回以上を書くというノルマは、ほとんどの月で達成している。これで満足である。
 ところがだ。やはり少しはスケベ心があるようだ。かなり以前に「翻訳ブログ 人気ランキング」というサイトに登録をした。ここからアクセスが流れてくるのではと期待したのだ。当時はなんとかアクセス数を伸ばしたいと模索していた。ずっと前のことだったので、登録したことを忘れていた。
 2,3か月前である。久しぶりにそのサイトを覗いてみたのは。そうしたら、このサイトが一位にランクされている。それを見たら、やはり嬉しい。
 翻訳者すべてのブログが登録されているわけではない。参加ブログは現在148サイトだけだ。だけどその中でも一番は一番である。

 そこで他にもあるブログのランキングページに登録してみることにした。「にほんブログ村」というのが大きいようである。登録手続きをしてみた。
 なんだか面倒くさい。自分のページにもタグを貼る必要があるようだ。よく個人のブログにアイコンが貼ってあるが、あれのひとつだ。
 一応、登録をした。と思う。できているかどうかは分からない。それとこのブログにあのアイコンは貼らないことにした。面倒だから。
 ブログにアイコンを貼らないと、ランキングの算出に不利になるようだ。ランキングはランキングサイトからブログへ飛んだ数と、その反対のブログからランキングサイトへ流れた読者数の合計で決められる。アイコンを貼らないと、流れは一方だけになり、ランキングには不利になる。でも、いいのである。やはり面倒だから。
 とここまで書いて、では「翻訳ブログ 人気ランキング」はどうかと見てみたら。なんと、これもアイコンを貼ることを推奨しているではないか。ということは、片側通行だけで 1位になったのだ。これはもしかして、少しは褒めても良いことかもしれない。
 

近くて美味しい湯河原


 湯河原に行ってきた。一泊2食付7,980円の旅館に泊まってきた。
 湯河原は老舗旅館が多い。歴史を感じさせる重厚な日本家屋に、きれいに剪定された庭。そうしたところは大体、一泊2万円程度はする。それらと単純に並べれば、どうしても老舗に軍配は上がる。でも値段は半分以下だ。それを考えれば、大健闘していたと思う。その旅館の名前は花長園。
 建物は昭和20年代の建築ということだが、老舗の風格はない。ただの古い木造建築である。庭には池があり、鯉も泳いでいたりするが、風雅さはまったく感じられない。侘しさは憶えるが。部屋は一見きれいに掃除をされているが、よく見ると行き届いているとは言えない。汚れた窓からは、折角の眺めも、興ざめをした。
 問題点を先に挙げてしまったが、つまり建物の管理に手が行き届いていないのだ。人件費の問題だろう。逆に言えば、改善すべきはこれだけである。
 他はまったく問題がなかった。きっと2万円の宿と遜色はないだろう。
 まず一番は風呂だ。風呂は5つある。うち二つは露天である。それぞれが貸切で、家族でゆったりと浸かることができる。僕らは一泊二日で3回風呂に入ったが、他の客を気にすることなく、のんびりとお湯を楽しめた。温泉で貸切のお湯に入ったのは初めての経験だった。いいものだと感じた。
 食事も悪くなかった。部屋で取ったお膳の数々は、決して豪華ではなかったが、十分に満足のいくものだった。
 そして最近の注目ワードである「おもてなし」だが、これが良かった。従業員は全員が家族であるとのことだが、皆さんとてもにこやかで、丁寧な対応をされていた。
 宿の人に当日の客の入りを尋ねたら、その日は全室が埋まっているという。リピーターが多い。たしかに納得がいく。

 今回の旅行は、テーマを“急がない”にした。普段の旅行で、いつもテーマを設けているわけではないのだが。
 家を出たのはお昼を食べた後だ。その後、ずっと一般道を走り、湯河原についたのは2時半だった。急がなくても、湯河原は逗子から近い。
 30分間、辺りを散策をして時間をつぶし、3時にチェックインをした。部屋で荷物を片づけたら、すぐに温泉に直行だ。時間をかけて、ゆっくりと体を温め、出た後は部屋でビールを一杯。火照った体に、実にうまかった。その後はのんびりと部屋で読書である。今、「現代中国の父 トウ小平(エズラ・F・ヴォーゲル)」を読んでいるが、実によくできた本だ。訳もうまい。あっという間に窓から見える山の景色は暗くなっていく。食事が始まる直前には、また温泉に浸かる。2回目の温泉から上がると、ようやく夕食だ。2本目のビールを飲みながら、刺身や地元の素材を使った料理に舌鼓を打つ。ビールから熱燗に酌を変え、3本ほど飲んだところで,眠くなった。膳を下げてもらい、布団をこれまた敷いてもらって、9時には就寝した。
 翌朝、目が覚めたのは7時だった。10時間も寝た。
 起きたらまた温泉だ。朝の露天風呂は格別である。温泉を出て朝食を取り、チェックアウトの11時まで、本の続きを読んだ。
 実に“急がない”旅である。普段は計画をいっぱい入れてしまうタイプだが、今回は敢えてこのように、のんびりと過ごしてみた。観光地を足早に通り過ぎ、記念写真を撮りまくるのも、若いうちは楽しいだろう。しかし知命を過ぎたら、こんな旅も悪くない。

 宿を出た後は、湯河原の温泉街を歩き、時間を潰した。そして次に向かったのは、飯田商店という名のラーメン店である。ここは神奈川県で一番おいしいラーメンを出すという評判の店だ。
 ネットによると、カウンターのみで6席しかなく、常に長蛇の列であるらしい。「込んでいたら、やめよう」とかみさんと話していたが、幸運にもほとんど待つことがなく席に座れた。
 評判はまったく伊達ではなかった。あまり褒めると、素人丸出しだが、僕はラーメンのプロではないので、素直に書く。これだけ凝ったラーメンは食べたことがない。一流店のフレンチや懐石なみの繊細な味だった。片道2時間かけても、行く価値はある。隣に並んでいた地元の人が頼んでいた“比内地鶏のバター醤油ごはん (鶏油)200円”も食べてみた。これまた、一食の価値ありである。

 湯河原は温泉があって、近くて美味しい土地である。また行こう。
 

壇蜜との共通点と相違点


 土曜の朝7時半から「サワコの朝」という番組がやっている。阿川佐和子の司会するトーク番組だ。先週のゲストは壇蜜だった。
 いろいろと興味深い話が出たが、特に意識に残っている話がある。
 彼女が大学在学中に、就職試験を受けようとしたときのことだ。面接に行こうとすると、体が痒くなったそうだ。それで結局、面接には行かずに、就職をしなかった。
 僕も同じような経験がある。僕の場合はもう少し鈍感で、面接の期間は問題がなかった。入社後、暫くしてから症状が現れた。
 多分、夏ぐらいからだと思う。朝、起きると体が同じように痒い。毎朝だ。痒い場所はいつも同じである。パンツのゴムがあたる腰の部分が痒くなる。
 見るとパンツのゴムに沿ってじんましんが出来ていた。それまでじんましんができたことはなかった。
 2、3か月も続いただろうか。しかし突然に治まってしまった。そのときは理由が分からなかった。ただ、「ああ、最近はじんましんが出ないな」、ぐらいに考えていた。
 後から思うに、転職を決意してから治ったようだ。確か9月か10月の頃だ。日経新聞に産経の社員募集記事を見つけた。中途社員を大量に募集しているという。銀行よりはサラリーマンらしくない生活になるだろうと、受けてみることにした。あの時期とじんましんの治癒の時期が一致しているように思う。
 ただその後、僕の体質は変わってしまった。その次の春から花粉症が始まったのだ。それからはアレルギー体質になった。
 今も花粉症は続いている。10年ぐらい前から咳喘息も煩っている。じんましんも、ごくたまにだが出ることがある。
 壇蜜は賢明にも、事前に危機を回避していた。彼女もどこかの会社に入社していたら、僕のようにアレルギー体質に変貌してしまっていたかもしれない。そうしたら、素っ裸にエプロン姿みたいな写真集は出せなかったかもしれない。彼女のためにも、5,000万日本人男性のためにも、実に賢い選択であった。
 
 もうひとつ記憶に残っている言葉がある。「無い袖は振れない」だ。
 壇蜜はある種の仕事に対しては、「無い袖は振れない」と感じると、受けないそうだ。仕事の幅は非常に広いタイプであるが、そう感じた仕事は頑として引き受けない。
 その点僕は不用意な男である。サラリーマン時代はできないことも、引き受けてしまうタイプだった。結果、不首尾に終わり、周りに迷惑をかけた。評価も下げ、自分自身の首を絞めた。
 最近になって、ようやく「無い袖は振れない」と思えるようになった。これは大切なことだ。
 人生とは選択の連続である。時間は限られている。相手の顔色を眺めて、できない相談を引き受けていると、思わぬ方向に人生は進む。できないのだから、失敗に終わる。取り返しには、大きな遠回りが強いられる。
 「無い袖は振れない」と最初に判断すれば、その場では不調和音を来すだろう。でも結局は、それが両者にとって最善の判断であり、遠回りに見えるけど、近道になる。

 「サワコの朝」は録画を毎週撮ってある。何週間か前のビートたけしの回と、壇蜜の回をまだ見ていなかった。「どっちを見たい」、とかみさんに問うと、「どちらでもいいよ」と答えた。そしてちょっと間を空け、「でも壇蜜を見たいんでしょ」なんて付け加える。
 本当は僕もどちらでも良かったが、それで意地になった。「ああ、そうだよ。壇蜜が見たい」と答えた。
 かみさんの視線を気にしながらの30分は、少々窮屈であった。しかし32歳の壇蜜に、50歳の初老の男は、いろいろな妄想を抱きながらも、ちゃんと考えさせられもしたのである。

レコードが温泉に


 リビングルームをリフォームしたついでに、荷物を整理している。プレーヤーをまた買おうかどうか迷っていたが、結局レコードは売った。
 売り先をネットで探すと、いくつか買い取りをする店を見つけた。ディスユニオンもそのひとつだ。ディスクユニオンは僕にとって、神聖な場所だった。中学、高校時代には千葉のディスクユニオンに入り浸っていた。あそこのレコードを入れる袋は黒いビニールでできていた。あれを持ち歩くことは、最高にカッコいいファッションだと信じていた。
 そんなこともあって、ディスクユニオンに売ることに決めた。段ボール箱2つに入れたレコードは99枚になった。
 査定額は少なくとも1万ぐらいはいくのではと胸算用していた。一枚、平均で100円ぐらいでは買い取ってくれるだろう。もしかしたら5000円ぐらいのものも混ざっていたりして。そうすると、5万円ぐらいにはなるかもしれない。そうしたら、うまいものでも食べに行こう、そんな話をかみさんとしたりした。
 しかし結果はシビアなものであった。99枚の合計は僅か5,790円だった。
 ちょっと低すぎなくないか。一枚ずつの買い取り価格が一覧表にして送られてきた。最高で2,200円、最低で1円。ところが1円が69枚もある。
 確認の電話をかけた。対応したのは、なかなか落ち着きのある年配の男性で、丁寧に質問に答えてくれた。
 まず1円のものは、実際は無価値であるとのことだ。廃棄する可能性が高いそうだ。でも0円にせず、1円と評価するという。減価償却した物品も、最後は1円に落ち着くのと同じ理屈であろう。
 他の値が付いた物は、大体店頭では倍強で販売するという。つまり2,200円のレコードは5,000円ぐらいで店頭に出すそうだ。
 男に「仮に店に行って確認しても、絶対にその程度の相場で売っているのですね」と問うと、「そうだ」と明確に答えた。きっとそうなのだろう。それならば妥当な買取価格かもしれない。
 値段が付いたものの中では2枚だけが、それなりの値段になった。2,200円と1,700円である。2,200円の最高値がついたものは、Heath Brothersというジャズバンドの「Marching’ On」というレコードだった。ジャズといってもちょっと変わった音楽で、実はあまり聞いていない。最高値が付いたので、改めてネットで聞いてみた。悪くはない。でもきっと持っていたとしても、自分では何度も聞かないだろう。聞いてくれる人が持っているべきだ。
 2番目の値段がついたレコードは24時間テレビのテーマ曲で「愛は地球を救う」だ。作曲は大野雄二でピンクレディーが歌っている。ピンクレディーが好きで買ってあったのだが、これもほとんど聞いていない。ネットで調べると、かなり貴重なものならしく、結構な値段で取引されている。
 電話を切る前に男に、「1円で買ったものも、できれば捨てないでください。買いたいと言う人がいるかもしれまん」と言うと、「店舗にそう伝えておきます」と答えた。実際はどうなるかは分からない。
 1円評価のレコードには僕は高値になると予想したレコードの大部分が含まれている。ブラックコンテンポラリー系のダンスミュージックや、ストーンズなどのロック物だ。きっと好きな人がいるはずだ。大事に聞いてくれる人がいたら、喜ばしい。

 5,790円ではあまり美味いものは食べられないので、旅行をすることにした。却って高くなるのだが、かみさんが今日から3連休なので、平日と言うこともあり、安く泊まれる宿を探した。
 明日から湯河原に行ってくる。一人一泊7,980円で2食付だ。5,790円よりはずっと高い。でも、貸切の露天風呂があり、食事は部屋出しだそうだ。さて、どんな宿だろうか。
 後日、結果は報告します。

サラリーマンはもう嫌だ


 月曜は都内に出かけた。久しぶりの東京だ。
 9時4分発の千葉行きに乗る。逗子始発の電車だ。僕はなるべく逗子始発に乗るようにしている。理由はふたつある。まず空(す)いていること。僕はボックスシートが好きだ。とくに進行方向右のボックスで、前向き窓側がお気に入りである。始発ならば確実に、ここに座れる。もうひとつの理由は15両編成であることだ。11両編成よりも、編成上最前部にあるボックスシートは道中、空いていることが多いのだ。

 お気に入りのボックスシートに陣取り、打ち合わせの資料を読み込む。外は晴天。北鎌倉までは、山々の緑を眺めながら、その後は家ばかりの風景だが、とにかく気持ちよく仕事に集中することができた。
 10時近くに新橋駅に到着。ここからは新富町まで歩いて行く。経費削減と健康のためである。
 途中、いつも立ち寄る店がある。歌舞伎座の先にある、定食屋だ。11時までは朝食を出しているのだ。480円で3種類から選べる。今回は鮭の塩焼き定食を頼む。
 こんな遅い時間に朝食を取るのは、それは僕にとっては、これが昼食だからである。僕は毎朝、5時には朝ご飯を食べている。10時半の時点で5時間半も経過している。7時に朝食を取る人が、12時半にランチを食べる感覚である。僕にとってはちょうど良い時刻なのだ。
 その店は、その時間はいつも客は僕一人である。そこでまた、仕事の続きを行う。
 店のホールには二十歳ぐらいの女の子が一人いる。その子が、うんと可愛い。色白で笑顔に八重歯が可憐だ。それに時たま、大学時代に仲の良かった女の子と似た表情をする。
 なかなかの美人である。でもなんで“うんと可愛い”と思うのか、最初は分からなかった。あるとき、表情に昔を思い出し、合点がいった。
 人は親に似た異性を求める傾向があるという。それはきっと、慣れ親しんだ姿からだろう。その女の子が、可愛く思えたのも、親しみを感じたからだ。
 そして思った。ひょっとしたら、あの子の娘なのではないかと。年代的にその可能性はなくはない。まあ、99%ないと思う。でも、そんなことを考えながら、塩鮭を頬張るのは悪くない。

 11時からは、打ち合わせがあった。打ち合わせ自体は1時間程度で終わったが、その後世間話に花が咲く。2時間以上もそこで過ごしてしまう。危うく、次の予定に遅れそうになり、慌てて席を立つ。
 次の予定は2時に市ヶ谷であった。3分遅れで、何とか到着をした。かなりパンクチュアルな僕としては、3分とはいえ、忸怩たる思いを抱く。
 この2時からの予定は、例のエッセー企画に関するものだ。エッセーは2年間の予定で、タイトルも決まった。タイトルは「サラリーマンはもう嫌だ」である。楽しくもあったが、合わないサラリーマンという仕事であった。そんなサラリーマン時代を振り返りながら、フリーになるまで、そして今の生活を綴ろうと思っている。

 その次は、4時に産経新聞に行く予定だった。しかしエッセー企画の打ち合わせも、世間話に花が咲いてしまい、市ヶ谷のオフィスを出たのはすでに4時近かった。連絡を取り、遅れることを告げて、大手町に向かう。30分は遅れると思っていたが、15分程度の遅刻で済んだ。先方も前の仕事が終わっていなかったらしく、遅刻を快く受け入れてくれた。それにしても、遅刻の重なる一日だ。反省。
 産経で会ったのは、元後輩だ。仕事の話は手短に済ませ、久闊を叙することにする。彼は湘南の人間なので、帰りのことを考えて、川崎に行くことにする。知っている店があるという。
 川崎は改めて考えてみると、初めての場所だ。政令指定都市という大都市でありながら、今まで一度も訪れたことがない。
 駅からすぐの店に入ったので、どこにでもある街に見えた。横浜とも千葉とも似ている。しかし今の日本の都市は、どこも同じような景観である。当たり前かもしれない。よく歩けば、きっと個性が見えてくるだろう。
 彼の近況を聞かせてもらった。最近、部長に昇進したそうである。僕が辞めたときは、ノンタイトルであった。4年間で2段階の昇進である。優秀な男だから、期待されているのだろう。器が大きいので、管理職に向くタイプだ。彼自身、期待に十分応える働きをしているようである。しかし中々にしんどそうでもある。
 もし僕も、あのまま会社にいたとしたら。いやいや、僕には務まりそうにない厳しい世界だ。つまらないことは考えないことにしましょう。「サラリーマンはもう嫌だ」なのだ。

プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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