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さよなら、升亀


 昨日は年末の買い出しに行ってきた。向かったのは横須賀の「すかなごっそ」である。すごい人だった。駐車場に入るのに、100メートル以上、おそらく2~300メートルの車の列が沿道にできていた。
 一瞬、その行列を見て、帰ろうかと躊躇したが、家から「すかなごっそ」までは30分以上かかる。ここで引き返すのもなんなので、覚悟して列に並んだ。並んでみたら、案外と進みが早く、15分ぐらいで駐車することができた。
 待った甲斐はあった。やはり「すかなごっそ」はすごい。このブログを読んでらっしゃる方は、湘南近辺の方が多いと思う。まだ行かれていないならば、お勧めする。本当にあそこは他のスーパーとは別格である。安くて、めちゃくちゃ新鮮である。きっとその日の朝に取ったものばかりだろう。朝露が付いているような白菜やキャベツが並んでいる。
 それと肉がまた良い。僕は週に何度もスーパーで買い物をする、いわば目利きであるが、一般の店と比較して、2、3割は安いと思う。そしてこれも新鮮である。
 以前、甥っ子がアメリカ人の友達を連れて、泊まりに来たことがある。そのとき、「すかなごっそ」で買った“交雑牛のばら肉”で、すき焼きを作ってだした。400グラムで680円のものをふたつ、つまり800グラムを供した。ふたりは、ぺろりと食べてしまった。
 その友人は、近くにある「華頂の宮邸」という宮家の元別荘に連れて行ったときに、「君の家はこの家よりも広いか」と、僕のいわば冗談のつもりの質問に対し、「うん。でもうちの方が、ちょっと広いかもしれない」と答えた、大金持ちのせがれである。親父は外科医だそうだ。その彼をして、「すかなごっそ」の交雑牛は、「こんなうまい牛肉は今まで食べたことがない。我が人生最高の夕食だった」と、嘆息させたのである。それぐらい、あそこの肉は良質である。
 ただこれには実は隠された背景がある。甥っ子が家に来る際に、「今日の夕飯は早い時間から始めるから、昼飯を抜いてくるように」と伝えてあった。真面目な甥っ子は、僕の言葉に従い、昼飯を食べずに、我が家に来た。それも日中は建長寺周りで、鎌倉の山をハイキングしてからの来訪であった。
 ところが僕は夕食をすぐに出さなかった。食べ始めたのは7時ぐらいになってからである。なぜならば、美味しく食べてもらいたかったからである。「空腹は最高のスパイス」と言うではないか。

 「すかなごっそ」の後は、葉山の「しなそば小浜」でランチを取った。ここも長蛇の列であったが、10分ほどで店に入ることができた。
 注文したのは、シナソバとチャーハン、餃子。ひとつずつ頼み、かみさんと分け合って食べた。これがまたうまかった。チャーハンは周りの席の人がみな頼んでいたので、はじめて注文をしてみた。大正解であった。かみさんは、「最近、こんな美味しいチャーハンは食べたことがない」と絶賛であった。僕も同意見である。

 ところで昨日は「すかなごっそ」の大行列に並ぶ前に、念のために近くにあったセブンイレブンで用を足した。トイレだけ借りるのも気が引けるので、新聞を買った。久しぶりに産経を買ってみた。
 産経の社会面を開いて驚いた。神田にある大衆料理屋の「升亀」が店をたたむというではないか。
 「升亀」は産経時代には、何度も訪れた店だ。神田は安くてうまい店が多い。その中でも特筆されるほどの、安さとボリュームを誇った店だった。それに、かなり美味い。
 僕がいつも注文したのは、「升亀」でも最安値の納豆定食であった。納豆定食といって、侮ることなかれ。納豆は実は脇役にすぎず、イカの天麩羅がトレーの中央にでーんと鎮座し、その横には何だか忘れたが、2品程度の小鉢が納豆とともに侍従している。ご飯はどんぶり飯である。それで価格はおどろきの430円。
 その他のメニューも力強いラインナップばかりだった。とくに若者に人気だったのは、メンチカツ定食だ。値段は忘れたが、たぶん550円ぐらい。それでサイズは、いわゆるワラジで、皿から飛び出す程の巨大さだった。
 産経を辞めて、丸5年になろうとしている。その間、こころの片隅に、いつも「升亀」があった。といってはちょっと大げさだが、でもたまに思い出した。次に機会があれば、再訪したいと考えていた。その夢は、これで現実になることはない。
 今年は比較的に平穏な一年であった。とくに良いこともなかったが、悪いことも起こらなかった。こういう年はきっと良い年なのだろう。
 そんな平穏な一年を締めくくるのには、ちょっと寂しい年の瀬のニュースであった。
  

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ハードな一日


 先週の木曜日は、月一回恒例の上京をした。あるインターネット系の業界団体との打ち合わせのための上京である。そのミーティングだけで帰ることもあるが、今回はハードスケジュールだった。
 午前中にその団体に伺い、約2時間のミーティング。その後、産経時代の後輩とランチをともにした。ランチの目的は、後輩が現在勤めている会社の同僚を紹介してもらうことだった。同僚の方は、出版業界を渡り歩いていて、業界に精通している。
 先月も後輩と会ったのだが、そのときに翻訳の出版の話をした。後輩は今まで何冊もの本を書いている、実はかなりの有名人で、出版を夢見る先輩に色々なアドバイスをしてくれた。その際に、「今の会社に出版のエキスパートがいるから、よかったら紹介します」と言ってくれたのだ。
 とても貴重なチャンスだと思えた。そこで翻訳の出版でなく、ずっと温めていたオリジナルの本の企画を企画書にまとめ、持って行った。
 どうも企画書のできは、芳しくなかったようである。企画書を眺めた後輩とエキスパートの表情は固いものだった。しかし口頭で説明をするうちに、ふたりの面持ちが柔らかくなった。最後には、とても嬉しいことをエキスパートは言ってくれた。
 沢山のアドバイスをいただいた。その助言をもとに、企画書を書き直し、来年には何としても出版を成就させたい。

 後輩達とのランチの後は、出版クラブの「洋書の森」に向かった。一時間半ほどかけて、じっくりと本を探した。なかなかの良い本を見つけることができた。最近、出版のことばかりを考えている。まだ一冊もものにしていないド・シロートではあるが、何となく出版される本の傾向というものが分かってきたように思っている。今回見つけた本は、その基準に達しているのではないかと感じた。これも企画書を仕上げよう。
 他にも今、翻訳の企画をいくつか持っている。全部、うまくゆくわけはない。うまくいってしまったら、手におえないことにもなる。ここが難しいのだが、どういう順序で企画を売っていけば、よいのだろうか。取らぬ狸なのは、分かっている。しかし企画を持ち込むタイプの著述を続けたいと思うのならば、いつかぶつかる問題だろう。まだ一冊も書いていないくせに、そんな心配をしたりしてる。

 「洋書の森」のあとは、市ヶ谷まで歩いた。母校である法政の前を通った。随分と雰囲気が変わっている。また、学生の様子があか抜けている。冬休みに入っているので、ほとんど学生はいないが、たまに見かける学生の中に、目を見張るような美男美女がいたりする。それにおしゃれである。
 彼らを見ていると、人間の本来もっているサイクルにおいて、大学時代というのは、フィジカルな面でのピークであることがよく分かる。僕もそんな時代があった。
 このおしゃれな子たちは、きっと当時の僕と同様に、いかがわしいことばかりに打ち込んでいるのだろう。「遊んでばかりいると、このおじさんみたいになっちゃうよ」と、つい余計なことを言いたくなった。

 その後は新橋の某会社へ、某企画の話をしにいく。ちょっと異色の企画であったのだが、どうもその会社での実現は難しいようだった。ただ様々なアドバイスをいただいた。もしかしたら僕個人でできるかもしれないことが分かった。
 相当な手間になるだろうから、個人的に進めるかどうかは決めかねるが、一考の価値はありそうである。

 最後は産経の某先輩と、そして共通の知人であるTさんと3人で「ミルクワンタン」という有楽町ガード下の店で飲んだ。この店は香港上海銀行(HSBC)時代から、たまに行く店である。
 座ると注文しなくても、どんどんと料理が運ばれてくる。そして最後には、看板メニューである、ミルクワンタンが出る。
 今回も飲み過ぎてしまった。最近はおとなしい飲み方ができるようになったと過信していたが、ボロが出てしまった。
 後からのおぼろげな記憶であるが、かなり好きなことをしゃべくりまくったように思う。今度からは、自重して飲もうと思う。信じてください、Tさん。
  


ジーザスクライストに感謝


 昨日はクリスマスイブで、当たり前だが今日はクリスマス当日だ。かみさんと二人だけの我が家であるが、やはりイブは何となく特別な日だ。クリスチャンでないからといって、家族がいる身で、何もしない家はないのではないだろうか。我が家もご多分にもれず、ちょっとしたご馳走を食べた。といってもかみさんが、いつもよりも少し手の込んだ料理を作った程度だが。それとワインも開けた。
 それほど豪華ではなくてもワインと一緒に、丁寧に作った料理を食す。やはりこれはこれで、喜びを感じる瞬間である。以前、ひとりで生活をしていたときは、クリスマスに何もしない日があった。まったく普通に自分で料理を作り、いつも通りの安酒を飲んで寝た。あれはあれで気楽なものであった。とくにみじめさや寂しさを覚えることはなかった。しかし今また、あの状況に戻れといわれれば躊躇してしまう。何らかの出来事があって、そうせざるを得なくなれば、それはそれで泰然と受け入れるだろうが、今の気持ちを問われれば、やはりそうだ。

 近くを散歩すると、家をイルミネーションで飾っている家が何軒かある。綺麗だなと思う。と同時に、この家は外観と同じように、中身も輝いているのだろうかと邪推してしまう。
 きれいに化粧をしている女の子が必ずしも、心もきれいだとは限らない。家も同じだろう。かえって厚化粧で糊塗するように、家庭内のトラブルを覆い隠している可能性がなくもない。そんなことを考えながらの、夕方の散歩は、今の季節の一興だ。
 イルミネーションは、あれば華やかで目を引くが、必ずしも必要である訳ではない。しかし必要なものもある。それは門燈だ。これを灯していない家が最近少なくない。あれは点けたほうがよい。
 門燈は自分のためではない。道を歩く人のために点けるものだ。たしかに行政が取り付けた街灯がある。それで真っ暗闇は解消される。しかしそこに各家の門燈が灯れば、さらに夜道が照らされる。防犯上もよろしい。
 門燈を灯していない家を見ると、最近できた小さな家が多い。きっと若い世帯の家だろう。電気代を節約しているのかもしれない。しかし門燈の電気代などごくわずかだ。エアコンや大型テレビと比べれば、知れたものである。さらに家の中で無駄に電灯を点けていることもあるだろう。そうした方を節約して、ぜひ門燈は点けてもらいたい。イルミネーションもきれいで楽しいが、門燈は歩く人を暖かく導く。

 今日はこれから横浜のアウトレットに行く予定である。かみさんとお互いに、プレゼントを買い合うのだ。以前はそれぞれが事前にプレゼントを用意していたが、最近はこれに落ち着いた。自分の好きなものを選び、相手が財布を開く。自分で自分のものを買うのと変わらないのだが、一応こうする。
 こんなことでもしないと、最近の我々は服を買わない。ジーザスクライストにこの点も、感謝をしなくてはならない。
 

フォントはどうでしょうか


 ブログのテンプレートを替えてみた。先日、翻訳の師匠である藤岡先生がブログを立ち上げる手伝いをした。そのとき色々なテンプレートを試していて、自分のものも替えたくなった。
 この猫のテンプレートには色々な意見があるだろう。それはそれで大切なことなので、意見があればお知らせください。ところで今回気になったのは、フォントである。
 藤岡先生の家でパソコンをいじっていて、自分のブログを見てみた。そうしたらフォントがやたらと太い。とてもカッコ悪いのである。家で自分のパソコンを使っていれば、そうはならない。ちょうど良いサイズである。
 僕のブログはFC2の公式テンプレートを使っている。だから他の人のブログを見ていて、自分のものと同じデザインに出くわしたことがある。ちょっと恥ずかしい。
 それはしかし、仕方がないことである。公式テンプレートなのだから。
 とことで自分のブログはひとつだけ手を加えてある。それがフォントである。僕のフォントはテンプレートをちょっといじって、文字を大きくし、行間を開けてあるのだ。ここの部分だけオートクチュールである。
 自分の目が見えにくくなっていることが理由である。このぐらいの文字間隔でないと、目が疲れて仕方がないのである。ところがそれが僕のパソコン上だけであるとしたら。他の人のパソコンから見たら、やたらと文字が太くて、まるでボールドだけで書いてあるように見えたとしたら。それは大きな問題である。大変に申し訳ない事態である。
 いかがでしょうか。みなさんのパソコン環境では、正常に見えているのでしょうか。

 土曜日はコンサートにかみさんと行ってきた。毎年、年末には第九を聴きに行く。今年は少し趣向を変え、第九以外のコンサートに出かけた。
 サンクトペテルブルク室内合奏団というのを、横浜みなとみらいホールに聴きに行った。
 コンサートが始まる前は、ステージ上のシンプルさから、やはり第九にすればよかったのではないかと、後悔の念が起こった。第九は演者が大人数だから、チケットが高い。室内楽は安価なのである。それが今回の理由のひとつだ。やはりケチらなければ良かったのではないかと、不安を覚えた。
 しかし演奏が始まると、すぐに杞憂であることが分かった。室内楽は短い曲目を沢山演奏する。知っている曲ばかりで、なんだかベストヒットアルバムを聴いているようで、楽しい。
 「こりゃ安いし、分かり易いし、ええじゃないか」と、思った。それとサンクトペテルブルク室内合奏団の演奏がよかった。この人たちのことは、もちろん知らない。VISAカードのゴールド会員用に送られてきた冊子にコンサート情報が載っていて、それで買ったに過ぎない。しかし、この人たちは、なかなかなものである。とくに第一ヴァイオリンのおじさんは、名人かもしれない。
 ヴァイオリンのことは分からない。しかし音の安定感は理解できた。合気道の名人の演武のように芯がある。軸がぶれない。

 コンサートが終わってからは中華街を歩いた。ベビースターラーメンの資料館のようなものに入った。揚げたてのベビースターラーメンを食べた。これもなかなかのものであった。
 ベビースターを食べた後は、逗子に戻り、「喰う喰う」という名の中国料理店に入った。さっきまで横浜中華街にいたにもかかわらず、わざわざ逗子に戻って中国料理を食すとは、「けったいな」と思われるかもしれない。しかし、これがけったいではないのだ。
 「喰う喰う」は名店である。マスターは聘珍樓で修業を積んだ料理人で、中華街に負けない味を出す。そして安い。さらに家に近い。
 「喰う喰う」で満腹になり、外が寒かったので、バスで帰った。いつも歩いて帰るが、バスも悪くない。うつらうつらしているうちに、家の近くに着いていた。
 

矩を超えた猪瀬都知事


 猪瀬直樹氏が都知事を辞任するようだ。ここ数日の議会や記者会見の様子を見ていて予期していたが、その通りとなった。先日、石原慎太郎氏と面会したようだから、その際に辞任を勧められ、決断したのかもしれない。
 都議会を見ていて感じたことは、猪瀬氏の政治家としての軟(やわ)さと、都議会議員の愚かさだ。猪瀬氏については、後ほど書くが、議員達はまったく醜かった。川に落ちた犬を叩くことに、あの人たちは恥ずかしさを感じていない。猪瀬氏の対応はたしかにまずかった。しかし貴重な都議会の時間を浪費して、ただ居丈高に一人の男を責め続ける醜悪さに、あの人たちは無頓着すぎる。男として、人間として、心に疚しさを感じていない。醜い所作を見せられ続けた。
 国会でも明らかに落ち度のある議員に対して、執拗に攻撃を繰り返す議員がいる。勝ち戦が分かっていて、得意げに攻め立てる。蓮舫氏や辻元清美氏が代表的だが、威張り散らしていい気でいられるのは瞬間に過ぎない。国民はちゃんと見ている。ああした行為を繰り返す人に信用を寄せる人はいない。都民としても同じこと。今回、猪瀬氏を追及した各党の議員は、正しいことを言っていたとしても、その報いを覚悟しなくてはならない。
 人というものは、正しいことを言うよりも、正しい振る舞いで言うことの方が大切なのだ。

 ところで猪瀬氏だ。猪瀬氏は1946年生まれだから67歳である。67歳の男としては、老成が足りなかった。
 不惑はご存じだろう。孔子が論語で述べた年齢による人間の成長を特徴づける言葉で、40歳を意味する。よく僕がこのブログで書く、“知命”は50歳。ここまではご存じの方が多いと思うが、その後もある。60歳は耳順(じじゅん)という。「みみしたがう」とも読み、「素直に人の言葉を聞けるようになる」という意味だ。猪瀬氏は67歳だから耳順は超えている。しかし70歳も近いので、次の言葉の意味も知っていなくてはならない。70歳は従心(じゅうしん)だ。孔子は「七十にして心の欲するところに従えども矩(のり)をこえず」と言っている。
 人には矩(のり)がある。70歳に近い男がそれを知らなかったのならば、それはうっかり者である。粗忽者である。
 猪瀬氏は一流のノンフィクションライターだった。大宅壮一賞や文芸春秋読者書を受賞したノンフィクションライターとしては、稀に見る成功者だ。著作は数十冊におよび、テレビのコメンテーターとしても人気が高かった。彼はその世界で生きるべきだったのだ。
 一流とはいえ、ノンフィクションライターは浮草のような職業だ。ルポライターを日本で始めて名乗った竹中労は、自らの職業を「マスコミ非人」と称している。そんな人に非ずの職業でいれば、肩書が欲しくなるのは人情である。副知事に誘われたとき、どれほど彼が嬉しかったかは想像に難くない。喜び勇んで飛びついたのだろう。
 これは想像だが、マスコミ界の一番の成功者といえば田原総一郎だろう。彼などはきっと選挙のたびに、声をかけられているはずだ。しかし彼は矩を知っている。自分の住む世界を知っているのだ。そこが田原氏と猪瀬氏との差だ。
 猪瀬氏も副知事の段階で気付くべきだった。「思えば遠くに来たものだ」と。それが石原前都知事に口説かれて、棚から牡丹餅のように、禅譲を素直に受けてしまった。
 その後の数か月は彼にとって竜宮城のような世界であったはずだ。マスコミ非人が、地方自治体では最高の衣冠を身に付けたのだから。
 オリンピック招致の場面では、世界にも顔を売ることができた。下手くそな演説であったにも拘わらず、前任者のおぜん立てにうまく乗って、勝ち戦の将軍にも収まった。そして国民の歓呼の声を受けて凱旋を遂げた。ここまで来て、話がうま過ぎると思わなかったとしたら、まさに粗忽の極みである。しかしこの時点で気付いたとしても、それは遅きに失してはいたが。
 猪瀬氏は矩を超えた。それも大きく踏み越えた。大きく踏み越えれば、それだけ揺り戻しが大きい。今彼はその振り幅の大きさに、慄いているはずだ。
 都知事に立候補する前に、彼に諫言する人はいなかったのだろうか。60歳をとうに超えてはいても、耳順という言葉は彼には存在しなかったのかもしれない。
 

自分の過去を愛する


 先日、知人と飲んだ時に、「なんで山本さんは、いつまでも産経のことを気にするの?」と問われた。どうも僕は未だに産経新聞社の人事やら、社員の動向について話したがるらしい。彼ははっきり言わなかったが、未練たらしく見えるようである。さもあらん。僕は未練たらしい男である。
 しかしそれだけが原因ではないのではと考えた。そして考えた結果、見えてきたことがある。僕は自分の過去を愛している。

 実は僕は、以前は真逆な男であった。自分の過去を嫌っていた。もっと知的で仲の良い親のもと生まれたかった、と考えていた。法政なんかでなく、せめて早慶ぐらいは入っておきたかったと思っていた。産経新聞みたいな、全国紙最下位の弱小新聞なんて、自分のいる場所じゃないと感じていた。
 そんなふうに、自分の過去を嘆くことがあった。でも最近は、それもこれも俺の人生ではないかと思うようになった。いやいや、それだけではない。それこそが自分の人生そのものだと、考えるようになった。
 人の体は、自分が食べた食物だけで構成されている。1年だか2年だかで、体の全細胞が入れ替わるらしい。つまりこの1,2年で食べたものだけで、今の体は100%構成されている。それと同じだ。
 山本拓也という男は、この50年の人生のみで構成されている。どんな親から生まれたのか。どんな子供時代を過ごしたのか。学校はどこに入り、どんな友人がいたのか。そして入った会社はどこで、どんな仕事をしてきたのか。結婚生活はどんなものだったのか。退社後はまた、どんな仕事をしてきたのか。あるいは読んだ本、見た映画、聞いた音楽。そんな実体験、および知的経験から、山本拓也という存在は成り立っている。
 僕は産経に23年間勤めた。人生の約半分の期間を、あそこの構成員として過ごした。社会人として見れば、8割ほどは産経マンであった。

 早期退職制を利用して辞めた人は、会社に対して複雑な思いを抱いているひとが多い。恨みを抱いているひともるだろう。
 自分のいた組織は、その組織に在籍していた期間の自分の一部である。問題があった組織かもしれない。しかし、それでも自分の過去の一部であったことに変わりはない。そして過去を今から修正することは不可能だ。ならばよい所も悪い所も全部いっしょくたにして、受け入れるしかないのではないだろうか。
 たしかに忘れるという方法もある。本当に酷い経験をした人は、無意識にそんな自己防衛を行っているという。しかし極端に悪い経験を積んだのでなければ、受け入れるべきだと思う。
 失敗も蓄積すれば知恵となる。忘れてしまえば、折角の体験が無と消える。それじゃあ、あまりにもったいない。

 成功者を見ていると、経験の蓄積と運用が実にうまい。資産の運用と一緒だ。経験を捨てずに、複利で運用している。
 イチローのような一流のスポーツ選手は、常人では考えられないような身体動作が可能だ。それは練習の蓄積である。孫正義のような一流の経営者は、体はひとつなのにもかかわらず、世界をまたにかけて複数の会社を経営することができる。経験がなせる技に違いない。
 一方、失敗者は経験を簡単に捨て去ってしまう。ちょっと都合が悪くなると、その状況から逃げる。つまり捨て去る。そして新しい場を求める。過去の経験を生かせていない。

 成功はしたい。でもそれがためだけに経験を生かしたいと考えているわけではない。両親の欠点を悲憤したり、給料の安い会社を恨んだり、運の無さを嘆いたり。そんなことをするよりも、不出来な自分の過去でさえ丸ごと愛する方が、ずっと気分が良いということに、今さらながら気づいたからなのである。
 

ところ変われば


 昨日に続きCNNネタ。南アのマンデラ元大統領の葬儀で手話を務めた男が誤訳をしたというニュースを見た。こりゃ他人事じゃないぞと青くなった。
 通訳や翻訳者にとって「誤訳」という言葉ほど怖いものはない。そして「誤訳」は絶対に免れられない、通訳・翻訳者の宿命でもある。どんなに優秀な訳者だって、必ず誤訳を犯す。必ずだ。
 決して褒められたことではないが、僕はそこのところは開き直っている。人間だ、必ずケアレスミスは犯すものである。だから絶対はありえない。しかしその割合をなるべくゼロに近づけようとするのが、訳者のプロ意識であろう。

 と、昨日はCNNを見て襟を正していたのだが。本日、サイトで調べると、どうも事態は違うようである。きっと僕のリスニング能力の問題で、CNNの報道に間違いがあったのではないと思う。
 手話通訳をした男は、まったくのでたらめな動きをしていただけだったのだ。通訳でも何でもない。
 たしかにCNNで見た男の手話は、なんだか恐ろしくへんてこだった。英語の手話というのは、あんな大ざっぱなものなのかなとは、見ながら感じていた。しかし完全なでたらめであったとは。アフリカ、おそるべし。
 マンデラの葬儀は政治家としては最大級の規模で行われたと思う。これに匹敵するのは僕の記憶では、旧ユーゴスラビアのチトー大統領の葬儀ぐらいだ。世界中からVIPが駆け付けた。
 今回のマンデラの葬儀もオバマ大統領を始め、世界の国家元首クラスが参集した。日本からは皇太子殿下が出席されたはずだ(CNNでは未確認)。
 そんな世界が注目する厳粛なセレモニーで、弔辞を述べるVIPの横では、いんちきおじさんがでたらめ踊りのような手話もどきをしていたのだ。
 セキュリティーとか、そんな概念はあの辺りの国では、存在しないのかもしれない。
 葬儀のスタジアムに集まった国民が、踊りまくっていたのは、これは文化だろう。異質にも思えるが、ああいった弔意もあるのだと、むしろ好意的に感じる。しかしでたらめ手話は、これとは別の話だ。
 ところ変われば、ひと変わる。改めて世界の多様性を実感したニュースであった。
 

中国の飛び降り自殺からの考察


 昨日、CNNを見ていたら、「モールで買い物をしていた中国人の男性が、彼女と喧嘩して激高し、高層階から飛び降り自殺をした」といったニュースをやっていた。英語で見ていたので、細かいところが分からなかった。後で中国の英語サイトを見て、様子が分かった。
 昨日の時点では日本語のニュースサイトでは取り上げられていなかったが、今朝見たらいくつかが紹介しているのでご存じかもしれない。
 場所は中国江蘇省徐州の“Xuzhou Golden Eagle”というショッピングモール。飛び降りた男性は彼女を連れて、クリスマスの買い物に来ていたらしい。女性は靴を買ってもらうつもりだったが5時間もモールをうろうろ。「いい加減にしろ、家には靴だらけじゃないか」と我慢の限界に達した男性が女性に文句をぶつけた。すると彼女は「ケチな男。せっかくのクリスマスを台無しにした」と、倍返しで言いかえした。
 5時間も待たされ、さらに口喧嘩でも惨敗した男性は、持っていたバッグを投げ捨てると7階の踊り場から1階のホールに死のダイブを決行した。このニュースを見ていて、現代中国を象徴する事件だと思わされた。
 まず中国は豊かになっている。この二人がどんな仕事をしているのかは紹介されていない。一般と比較して金持ちなのだろうか、貧乏なのだろうか。どちらにせよ、中国には巨大なショッピングモールができている。そしてそこには、大勢の買い物客が押し寄せる。
 徐州といえば三国志の舞台になった古い街だ。三国志では彭城(ほうじょう)といった。華北平原の南西部に位置し、海からは遠い、内陸の都市である。こんな場所にある古都ですら、巨大ショッピングモールがあるのだ。そして買い物する層が存在する。中国の豊かさは、もはや沿岸部だけのものではない。
 そしてクリスマスだ。宗教を禁じる共産党政権の下にあってもクリスマスは容認されている。この場合は、教会で行われる厳粛なミサではなく、モールで購買欲を煽るクリスマスセールのことだ。まさに政経分離の極みではないか。
 急激に豊かになった中国国民は、民主政治は高値の花だが、せめて気分だけでも西洋化したいと思っているのだろう。宗教を禁じられているからこそ、かえってファッションにのめり込むのかもしれない。
 そしてもうひとつ。中国人の激しさだ。中国人の自己主張の気質は米国人に勝る。中国人とは実に不思議な国民で、養光韜晦なんていって長大な戦略を練ることが得意だが、目の前で起きたいざこざには熱くなりやすい。この点は実に日本人とは対極をなす。
 日本人は自己主張を控える。トラブルに直面すれば、それを避ける努力を惜しまない。一方、長期的な戦略はあまり得意としない。案外日本人は、行き当たりばったりである。
 5時間もモールを連れまわして、それを指摘されて、逆切れする中国女性の激しさ。言い負かされて腹を立て、腹いせで他人の迷惑も顧みずにモールで飛び降り自殺を決行する短慮さ。こういっちゃ悪いが、両人とも実に中国人らしい。
 僕には中国人の友人が何人かいて、みな良い人たちだ。これを読んでいる人もいるだろうから、書きにくいのだが。しかし国民性としての中国人の荒っぽさと好戦的な性質は、誰もが認めることだろう。

 中国人の特質を書いたが、このニュースは世界共通の普遍性も示している。それは買い物になると時間を忘れてしまう女性と、それにうんざりしている男性という関係性だ。これは米国人も日本人にも共通している。CNNの男性キャスターもこの点を指摘し、女性のゲストに反論されていた。
 幸いなことに細君はショッピングに時間をかけない。この点を僕は感謝しなくてはいけない。
 

最近


 最近、生活の調子を崩している。年末中に決めたかった翻訳の出版がうまくいかず、コラムの持ち込み企画も頓挫した。オリジナルの本も書き始めたが、思うように筆が進まない。そんなこんなで、気分が落ち込んでいる。サラリーマン時代はルーチンの仕事も多いし、上司や周りの目があるから、落ち込んでばかりはいられない。しかしフリーだとこの点が非常に融通無碍で、制限が効かない。朝から飲もうと思えば飲めるわけだし。ただそこまでは踏みとどまっている。

 ちょっと大げさに書いてしまった。普通に生活をしている。ただバリバリと仕事を進めているという訳ではない程度だ。朝は細君のおかげで、早く起きている。朝食を作るとエンジンがかかる。細君が出発してからは掃除、洗濯、ゴミ出しなどで結構と忙しい。体を動かすと、気分も晴れる。ここまでは、だから調子がよい。問題はその後である。
 やらなければならないことは、ごまんとある。でもそれはほとんどが、将来の布石のための仕事だ。すぐにやらなくてはならない仕事ももちろんあるが、そんな量ではない。さぼろうと思えば、さぼることは可能だ。
 そうしてここ2週間ほど、ぼんやりと過ごしてきた。

 普段の散歩は昼に出かけている。最近は天気が良くて、昼の散歩は爽やかだ。しかし前述のごとく、ぼんやりと過ごしているので、気づくと夕方になっていることが多い。散歩はノルマにしているので、夕方になって慌てて出かける。
 夕方の散歩も悪くない。近くの丘に登って眺める景色は息をのむほどだ。南には相模湾が拡がり、遠景に大島と伊豆半島が望める。北西には丹沢の山並み。そして西には富士山がそびえる。そこに夕日が沈むのだ。
 自然の雄大さと対比して、自分の小ささに気付き、ハッとさせられる。逗子には古墳が多いのだが、縄文人もこの辺りから同じ景色を眺めていたのかと思うと、自分の生きられる時間の短さに茫然とする。ありきたりだが敦盛を思い出す。「人間50年、下天のうちをくらぶれば夢幻の如くなり」
 もう50を過ぎちゃったが、まさに夢幻のごとくだった。きっとこれからもそうだろう。
 

ボクシング業界の暗部


 昨晩はテレビを付けたらボクシングをやっていて、思わず最後まで見てしまった。と、ここまで書いて、選手名などの確認のためにネットを調べて、たまげた。
 昨日は世界戦が3戦行われた。トリは亀田兄弟の二男であり、IBFスーパーフライ級チャンピオンの亀田大毅とWBAの同級王者リボリオ・ソリスの王者統一戦だった。
 ソリスは制限体重をオーバーしており、王者資格をはく奪されての試合だった。大毅が勝った場合は統一王者になり、引き分けの場合はIBFの王者を防衛、負けた場合は両タイトルとも空位になる予定だった。番組中にもアナウンサーは繰り返しその旨を説明していた。
 試合の結果はスプリットの判定だったが、完全に大毅が負けていた。まったく良いところがなかった。大毅の試合は、あの内藤戦以来の観戦だった。あれから何試合も重ね、相当に強くなっていると聞いていたが、昨日の試合を見る限りは、ほとんど変わっていない。はっきり言おう。大毅はボクシングが下手だ。センスがない。
 昨日の判定も2-1のスプリットであったことに、違和感を覚えた。誰が見たって、圧負じゃないか。いつもの裏工作かと、うんざりしたが、それでも負けの判定を受けたのだ。はっきりと勝敗が決まった点には、納得がいった。これで大毅は王座を陥落した。
 ところがだ。ここからが本題なのだが、昨日の試合は無効だったのだ。「ソリスがリミットをオーバーしているから、大毅が負けても王座にとどまる」と、IBFが前言を翻して、大毅の王座維持を発表したのだから。
 ものすごく、腹が立つ。なぜか。それは僕が亀田ファミリーを嫌いで、その次男がチャンピオンベルトを維持したからではない。そうでなくて、昨日の晩は早く寝なくちゃいけないのにもかかわらずに、結果を知りたいがために起き続けた。ところが、その試合は単なるエグビジジョンマッチだったということを、翌日になって知らされたからだ。
 これを詐欺行為と言わずに何と言おう。詐欺師はIBFなのかTBSなのか亀田ファミリーなのかは知らない。どいつにしろ、とんでもない悪党である。
 昨日は大毅戦の前の2試合は良い試合だった。とくに三男の和毅は大毅と異なり、センスがある。パンチ力がないのが欠点だが、これはトレーニングで付けていくことができるだろう。根性もありそうだし、将来に期待が持てる。
 高山勝成もなかなか良い。ミニマム級なので迫力がない試合だったが、彼もうまい。これから防衛を重ねることを期待したい
 しかし彼らの奮闘も、すべて大毅戦で穢されてしまった。大毅戦のインパクトが強すぎる。今日のスポーツ面は、大毅戦がほとんどだろう。

 この陋劣な茶番に、亀田大毅の責任が大きいとは思えない。彼も被害者のひとりである。悪の元凶はボクシング業界の構造にある。いくら亀田父が恫喝したといって、それでチャンピオンベルトが左右されるとは思えない。すべてがカネで動いている、その構造に問題があるのだ。
 ボクシング業界はきっと、目に見えないところで、カネが動いている。その腐敗によって業界自体が支配されている。
 こんなあくどい世界だが、ボクシング自体は魅力あるスポーツだ。今週末は村田戦が行われる。今から楽しみだ。村田は日本の至宝なのだ。
 大毅のように汚濁にまみれされずに、業界の悪辣さを潜り抜けて、実力で真のチャンピオンになってもらいたい。そしてマニー・パッキャオのように、世界的なビッグネームになってもらいたい。

 今日、本当は書こうと思っていたこと。それは赤井英和についてだった。
 僕は現役の赤井を知っている。村田に今、感じているように、あの頃の赤井には大きな魅力を感じていた。才能と闘志あふれる、素晴らしい選手だった。
 しかし昨日の解説者としての赤井は、最悪だった。彼にはボクシングの専門家としての、見識もプライドもない。いくばくかの金銭と保身のみにしか興味がないようだ。
 スポーツ選手の成れの果ての、悪例である。残念だ。
 

東大を受験する大人たち


 先月は調子よくブログの更新をしていたが、ノルマの月10回を超えて急速にモチベーションが下がり、結局11月は10回の更新のみ。本日は約2週間ぶりの更新である。

 先日、「からくりテレビ」を見ていたらラサール石井が奥さんと一緒に出てきた。30うん歳も年下とのこと。相当の美人である。金目当ての結婚だろうと思って見ていたら、どうも違うようだ。というのは二人の新居が登場したが、6000万円の中古マンションだった。58歳のラサールが80歳までのローンで買ったそうだ。
 芸能人はうんと金持ちかと思っていたが、全員がそうではないのだな。ラサールなんて、しょっちゅうテレビに出ているだろうし(テレビはあまり見ないから想像であるが)、サラリーマンの何倍もの収入があるに違いないと思っていたが。6000万円ならそれなりの高給取りであれば買える金額だ。
 あんな美人の超若い奥さんが、よく6000万円のマンションに来てくれたものである。もしかしたらとても良い奥さんなのかもしれない。
 まったく勝手気ままな感想だが、こういうことをするのが庶民というものである。

 ところでそのラサールが東大を受けるそうだ。ラサール出身のラサールならば、それなりに勉強すれば受かるかもしれない。これが問題だ。
 僕の友人に40歳で東大に受かったのがいる。元産経の社員でその後、劇団を立ち上げたり、大手音楽出版社に就職したり、なかなかの波乱万丈の人生を歩んでいたが、ある日一念発起。東大受験を決意した。そして一年の猛勉強で合格してしまった。
 中学の同級生では、彼は30歳と若かったが、生命保険会社を退職し、半年の受験勉強で信州大学の医学部に受かった者がいる。
 このように大人が真剣に勉強すれば、結構な成果が期待できる。大人はやっぱり強いのである。
 たしかに記憶力は落ちているかもしれない。しかしそれを補ってあまる知恵と経験がある。これらを総動員すれば、入試なんてそんなに難しいものではないだろう。仕事に比べれば、御しやすい相手である。
 毎年、新聞に掲載されるセンター試験を遊びで挑戦することが、たまにある。英語は大体満点を取れる。国語と現代社会は9割程度だ。
 ちょっと調べたら、センター試験の平均点は英語が118点(200点満点)、国語は107点(200点満点)、現代社会は58点(100点満点)である。
 数学や理科系の勉強は一から始めなくてはならない。簡単には得点が伸びないだろう。それでももしかしたら、地方の国立ぐらいの点数には1年ぐらいで到達するかもしれない。
 僕はまあ、受ける気もないし、能力もない。しかし世の中には勉強好きな大人が多い。そうした大人が暇を持て余して東大を受験したら。
 例えば65歳で定年退職をしたおじさんが、第二の人生を受験勉強にかけたとしたら。東大合格は夢ではないと思う。なんといっても時間はふんだんにある。英語や国語、社会系は、基礎がある。高校生とは比較できない情報量がすでに蓄積されている。受験勉強というプロジェクトの戦略の立て方は、仕事を応用することができる。必ず受からなくてはいけないといったプレッシャーがない。絶対に有利である。
 東大に入った友人も言っていた。「俺が最年長だと思ったら、年寄りが結構いるよ」と。
 これはなかなか難しい問題である。というのは東大はたしか、国が支出する研究費やら教育費が学生一人当たりに換算すると、地方国大の10倍ぐらいになるはずなのだ。国は東大生の将来に期待して、大きな支出を認めている。趣味で東大を受験して、受かってしまうおじさん、おばさん、おじいさん、おばあさんが増えてきたら。これは国家の損失になるのでなないか。
 たしかにクラスに一定の年配者がいることは若い学生にとってプラスの面も少なくないだろう。しかし例えば2割とか3割にその数が増えてきたら。
 やはり年寄りは若い人に機会を譲るべきであろう。勉強することは大いに結構。生涯、一学徒として教養を高め続けることは、個人の人生観として望ましい。しかし同時に、人生の先輩としての配慮も必要である。
 

プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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