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和さび、初体験


 今月は今日を入れてあと5日。今月中に書き上げなくてはならない文章があり、その作業に追われている。目標は300ページなのだがまだ200ページにとどいていない。ページ数が重要なのではなく、内容こそが求められるのだが、300ページで構成してあるので、やはり300ページ近くは書かなくてはならない。
 ブログもそういった理由で控えてきた。書きたい出来事はいくつかあったが、執筆に専念していた。なんてことを書くと、とても偉そうである。しかし内実はちっとも偉くない日々を送っている。
 書かなくちゃ、という気持ちは強い。毎朝、今日は書くぞという思いで机に向かう。しかし資料を探すという上辺の目的で、ネットサーフィンで時間を費やしたり、今日はちょっと息抜きだと無理やり考え、昼間からビールを飲んだり(これは一日だけですけど)、そんなことでふらふらしている。
 もう何度も挫折しそうになった。止めてしまおうと思ったことは、一度や二度ではない(小保方さんのセリフみたいですが)。
 今までも挫折ばかりの人生である。毎日が後悔の日々である。しかし今回は挫折が許されないように感じている。後がない思いがある。
 そんな追い込まれた状態で、ようやく日々机に向かうことができている。
 あと5日だ。これからは毎日30枚近くは書かなくてはならない。ルーチンの仕事をこなしながらである。とくに今日はちょっと大きな仕事を終えなくてはならないので、それでほぼ一日が終わってしまうだろう。ということはあと4日だ。
 なんとかやり遂げたい。じゃなくて、やり遂げるぞ。と、今のところは思っている。

 こんな状況にありながら、先週の木曜日はかみさんと寿司を食べに行った。結婚3周年のお祝いである。改めて今書いてみると、結婚記念日というのは、自分達で自分たちを祝うのだ。なんだか気持ちが悪い気もしないこともない。しかし外に出るひとつのきっかけである。そう思い、毎年実行している。
 今回でかけたのは鎌倉でおそらく一番有名な寿司屋でありながら、行ったことがある人はまれな、隠れ家的存在である“和さび”に行った。穴場狙いが好きな自分であるが、ついに現れた最後の本格派大物の登場といったところである。
 “和さび”は報国寺のすぐ近くにあり、我が家からは歩いていける。今回は雨が降っていたので、バスででかけた。
 店は報国寺の近くの住宅街の路地に建つ。外観は古民家だ。中に入ると、そこもまた古民家であった。
 店内は大きめな和室にカウンターが設けられていた。中に大将がひとり。カウンターの客席は7席。その他にテーブル席もふたつある。
 その日は、カウンターは満席。テーブル席はひと席埋まっていた。おそらく全員が予約客である。
 コースはひとつしかない。夜は8,000円のおまかせコースのみ。
 僕の懐感覚でいえば8,000円はちょー頑張った出費である。ただ寿司屋であること、さらに高級店(ここの分類は難しい。ひとによっては高級店とはみなさないかもしれない。僕にとっては十分に高級店である)であることを考えれば、とてもリーズナブルに思う。そんな内容だった。
 みなさんもまだ未体験ならば、一度、機会を作ってでかけてみるといいのではないだろうか。一見というか一味というか、の価値はある。
 かなり本格的な江戸前である。寿司というよりも日本料理の感がある。まず前菜の品々の手が込んでいる。単純な刺身のようなものはない。どれも口に放り込むと、少なからぬ驚きを呼び招く。
 寿司も同様だ。これも単に刺身をシャリの上に乗っけただけの代物はない。ひとつひとつが個性をもった料理なのである。
 店構えはユニークであり、なかなか渋い。鎌倉に来て、小町周辺の観光客相手の店に入るのは芸がない。ちょっと足を延ばして、ディープな鎌倉を堪能してほしい。
 量は相当多い。僕は、夜は飲むとあまり食べられない。以前は飲んでも平気で食べたが、50歳を超えたころから、あまり食べられない。
 今回は残すのがもったいない内容だったので、がんばって食べた。最後のたまごだけは少し残して、かみさんに食べてもらった。動けなくなるほどのボリュームだった。若い人もきっと満足できる量だと思う。
 カウンターと大将の距離が近い。客同士の会話に大将が闖入してくることが多い。初めての相手とのデートや、秘密の商談には向かない店だ。年季の入ったカップルや友人同士で来るには、肩の凝らない店である。

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久しぶりのスーツ


 日曜日は合気道の道友の結婚式に参加した。久しぶりにスーツを着た。
 若い頃は結婚式に出るときはタキシードを着ていた。それがカッコいいと思っていたのである。カマーバンドまでして、すっかり気取っていたのである。若気のいたり。
 それが中年になって恥ずかしくなり、スーツを着るようになった。一般的には黒の式服だろうが、なんとなく自分としては、式服は葬式のイメージがある。同じものを着ていくのに抵抗を感じる。それとも他の人は、葬式と結婚式の式服は分けているのかもしれない。自分は一着しかもっていないので、あれは葬式用なのである。
 それで日曜はスーツを着て行った。10年以上前に買ったものだ。ブルックスブラザースの紺のスーツでオーソドックスなスタイルだ。僕は会社員時代は着道楽で、スーツは3、40着ぐらいは持っていたと思う。ブランド物が好きで、ディオールとかアルマーニとか、カルバンクラインだとか、ポロとか、ケンゾーとか、ワイズとか、とにかく色々持っていた。でも会社を辞めて、みんな人にあげてしまった。
 ブルックスのこのスーツだけはとっておいた。一番、オーソドックスだったからである。
 ところが久しぶりにこのスーツを着て、がっかりした。うんと古臭いのだ。細身のパンツと思っていたが、ツータックでやたら太い。ジャケットは肩幅が広い。当時としては細身のタイプだったが、今のスーツと比べると、なんだかバブリーなのだ。
 もういつも通り、ジーパンで行っちゃおうかと思ったぐらいだ。
 それとネクタイも、僕は白を持っていない。だから明るいベージュのものを締めて行った。全体的にみて、ちょっと浮くのではないかと不安になりながら、会場の椿山荘に向かった。
 約2年ぶりに会う先生方や道場の仲間との邂逅は、とてもなつかしい。みな優しく、勝手に行かなくなったにもかかわらず、疎外感はまったく感じなかった。
 ところでスーツに対する不安だが、みんなそんなものは気にしていない。考えてみれば当たり前である。中年の男のスーツの形なんて、誰も気にしないものなのだ。僕自身も、ぜんぜん気にならなかった。
 それよりも久しぶりに会うみなさんに言われたのは、僕の髪型についてだった。当時は刈り上げの短髪だが、今は肩にとどくロングである。どことなく記者会見以前の現代のベートーベンに似ていなくもない。こちらのインパクトが強かったみたいだ。
 
 今は完全に逗子に籠った生活だ。スーツを着る機会は、たまの結婚式ぐらいしかない。こんな生活に以前は憧れていたように思うが、なってみればどうってことはない。かえって、たまのスーツもいいもんだと思ってしまう。
 スーツを着ると、身が引き締まる。これからは、仕事でスーツを着る機会を作りたいものだ。

色っぽい歌手


 安西マリアがなくなった。享年60歳。まだ若い。心筋梗塞だそうだ。
 ところで安西マリアといえば、火野正平だ。火野正平は誰だかの息子で二世タレントだ。若い頃からパッとした俳優ではなかったが、女性に手が早いんで有名だった。たしか安西マリアとのうわさもあったと思う。役者としては売れていなかったが、ゴシップで名をはせていた。
 一方、安西マリアは「涙の太陽」で売れていた。当時小学生だったけど、彼女のことは知っていた。お色気路線で、小学生の僕にはあまり魅力が感じられなかったが。
 当時はやっぱり桜田淳子だとか山口百恵の方が、好みだった。しかし今、昔の写真を見ると、安西マリアの方が色っぽくていい。

 今日は取り留めのない話。小学生のときに興味のなかった歌手には、別に奥村チヨがいる。当時は売れていたが、その後テレビには出てこなくなった。
 10年ほど前に新宿の京王プラザホテルで、漫画家の内田春菊と待ち合わせをしたことがある。仕事でイラストを描いてもらっていて、その打ち合わせだ。そのときロビーで奥村チヨを見かけた。たまたま来ていて、我々の仕事とは関係がない。
 すぐに分かった。僕よりもかなり年上である。10年前でも50歳はとうに過ぎていたはずだ。それでもきれいだった。
 最近、奥村チヨが若い人に人気があるそうだ。ユーチューブで昔の動画を見たが、歌はうまいし色っぽい。当時はまったくノーマークの歌手であった。小学生で奥村チヨが好きだったら、これはこれで末恐ろしい感があるが。

 今、ネットで調べたら、奥村チヨは67歳であるそうだ。今もリサイタルを開いているそうで、現役の歌手である。今も色っぽい。
 作曲家の浜圭介と結婚していた。今もあれだけきれいなのは、きっと幸せな結婚生活を送ってきたからだろう。
 人生、それぞれ。悲喜こもごも。

今、やっていること


 以前、月に一本ずつ出版翻訳の企画書を作ると書いた。その後の経過を書いていない。お気づきだと思うが、2月を目標にしていた企画書は書いていない。
 2月中にリーディングは終わっていた。良い本だと思う。売り込みやすい切り口ができそうなので、企画書を仕上げたら、興味をもつ出版社が現れるかもしれない。
 リーディングが終わっているので、企画書はすぐにでも書ける。でも書いた後の持ち込みが億劫になってしまった。
 2月後半から、やる気が起きないでいた。すでに企画を持ち込んでいる出版社とのやり取りに嫌気がさし、投げやりな気持ちになってしまったのかもしれない。ひとごとのようだけど。
 こんなことは何度も経験している。こうしたことを乗り越えてこそ、先に進めるのだとは頭では分かっている。でも気分が、、、。
 そこで早くも戦略を変更した。ブログで書かなかったのは、あんまりにもみっともないと思ったからだ。でも、こうした心の経緯も記録に残しておいた方が良いと思い、恥を忍んで書いている。

 新たな戦略とは、3月中に本を一冊書き上げることだ。出版の目途はまったく立っていない。でも、書き上げちゃおうと思う。
 2月後半のウジウジ状況から、何が何でも抜け出したかった。それで3月の頭に急に思い立ったのだ。企画が通らないのなら、現物で勝負しよう。
 すでに翻訳も一冊書き上げている。どこも出版するとは言ってくれていないのに、勝手に書き上げた。
 出版翻訳者としては、当然僕は未経験者の扱いになる。しかし一冊書き上げたという事実は、僕の小さな自信となっている。
 オリジナル本も同様に、まず勝手な実績を作ってしまおうと思ったのだ。

 考えてみれば昔の作家の多くは、そうだったはずだ。プラトンだってマルクスだって、出版の目途など考えずに、書きたいことを勝手に書いたに違いない。『資本論』はマルクスの死後、知人によってまとめられ、出版されているのだ。
 マルクスをここで持ち出すなんて、大げさな話である。あくまでも例えである。
 マルクスみたいに命がけならばいいのだけれど、そこまでは行きつけていない。もっといい加減で、打算的な発想なのだ。
 本当のことを明かすと、ある賞に応募しようと思っている。締め切りは4月の頭だ。賞を取れれば、少しは違った展開が訪れるかもしれない。ウジウジしているよりも、正面突破で行ってしまおう。
 書き上げれば、300ページぐらいの分量になる予定だ。3月に入ってから急に思い立ち、毎日せっせと書いている。今現在、80ページまで来た。毎日、12ページのペースで行くと、なんとか月内に書き上げることができる。
 たまの気分転換である。今月中に書き上げたら、やっぱり元の生活にもどるつもりだ。
 4月になったら、また月に一本ずつ、企画書を仕上げていこう。すでに翻訳を始めた本の続きも書いていこう。オリジナル本を書き終え、この翻訳が終われば、3冊の本を仕上げたことになる。独りよがりではあるけれど。

 まあ、そんな感じで、色々なことをやっています。

またもやキクラゲ、ゲット


 この間、病院の帰り道で冒険したときにキクラゲを見つけた。その日の晩はキクラゲを入れた野菜炒めを作った。まずまずの味だった。
 キクラゲは夏のキノコだ。ただ最盛期が夏というだけで、秋にも生えてくる。冬には生えない。
 そう考え、キクラゲの存在を忘れていた。ところが先日の冒険で見つけたキクラゲは、かなり古びた見た目だったが、十分に食べることができた。いや、うまかった。そこで“しろ”(キノコ業界用語で、キノコが採れる秘密の場所のこと)を覗いてみることにした。
 ビニール袋と軍手、ナイフを持参して散歩にでかけた。“しろ”は散歩コースをすこし逸れた場所にあるのだ。
 そこでは、昨年の夏に大量のキクラゲを採取した。乾燥させたものが、まだ残っているほどだ。その場所に、また生えているのではとにらんだのだ。
 ねらいは命中した。夏と同じぐらいのキクラゲを採ることができた。
 一昨日、採ったのだが、一日かけて虫出しをした。塩水に一晩漬けるのだ。この時期には虫はいないと思ったが、念のために。案の定、虫は出てこなかった。
 昨日はキノコを一つずつ丁寧に洗った。これがとても面倒なのである。1時間近くもかかってしまった。仕事の合間に、息抜きと思って取り掛かったのだが、やり終えたらすっかり疲れてしまった。

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洗ってザルに入れたキクラゲ。小さく見えるが、ザルは普通のサイズで結構な量がある。

 今夜はキクラゲをモヤシと一緒に炒めようと思う。
 メインは牛肉ライスにするつもりだ。これは家にある料理本に載っている料理だ。牛肉をニンニクと醤油でいため、牛肉を取り出す。同じフライパンでご飯を炒め、お皿によそう。その上にさっきの牛肉をのせるのだ。あとはサラダも作ろう。そうだ、先日作ったミネストローネもある。
 今夜はこの4種で決まりだ。

確定申告と固定資産税


 月曜日にようやく確定申告がすんだ。納税は国民の義務であるが、カネを払うのにわざわざこちらが苦労して計算し、足を運ばなくてはならないことには、なんとなく不満を覚える。
 とくに何とかならないかと感じるのは、税務署の混雑だ。大方の人は経験がないかもしれないが、この時期の税務署の込みようと言ったらすさまじい。正月の鶴岡八幡宮みたいな行列ができるのだ。
 そんな行列に苦労して並んで、ようやく自分の番が来て、良き新年を願えるのならばいいのだが、お金を支払わなくてはならないと思うとふがいない。
 しかしこれも世のため国のためである。きっと文句を言ってはいけないのだろう。
 実際、納税に文句を垂れるのは、あまり税金を払っていない人間だ。僕のように。巨額の税金を払っている孫正義みたいな人は、大抵黙って納税している。こういう人でなければ、きっと財産は築けないのだろう。
 それに今年は納税というよりも、源泉徴収分の払い戻しを申請にいったようなものである。少しでも所得があれば住民税は支払わなくてはならないが、所得税は予めクライアントが支払ってある源泉徴収額よりも税金が少なければ、その差額が返ってくる。つまり昨年の僕の所得は、そんな感じだったのだ。
 会社を辞めてから、わずかだが毎年売り上げは増加していた。ついに昨年、その成長がストップした。日本経済みたいに、「失われた20年」みたいなことにならないよう、気を引き締めなくてはならない。
 でも今年も、昨年と同じペースで推移している。このままだと「失われた2年」になることは確実だ。なんとしても、年初の目標通り、出版を実現させなくてはならない。そのために、翻訳料が安い翻訳会社からの仕事はみんな切ってしまったのだから。

 上のように書いたが、実は税務署には行っていない。市役所で確定申告をしてきたからだ。市役所もそれなりに並ぶ。だが税務署に比べたら、ずっとましだ。なぜか皆さん、税務署で申告をされたがる。受理については、まったく変わらないのだが。
 市役所に行ったついでに、固定資産税の減額申請をしてきた。昨年、耐震補強工事を行ったが、工事費が50万円を超えた場合は固定資産税が半額になるのだ。
 このことは以前から知っていた。だが申請しなくてはならないことは知らなかった。確定申告の用紙を作成中に、ちょっと気になって逗子市役所のホームページを見て確認して驚いた。工事終了後3か月以内に申請しなくてはならないと書いてある。工事は9月に終わっている。もう半年近くも過ぎてしまった。
 固定資産税は小さな額ではない。半額になることを楽しみにしていたのだ。申告を忘れてその権利を行使しないなんて、愚の骨頂ではないか。
 しかし結果はある程度のオーライであった。3か月は過ぎたが、理由があれば受理してくれるとのこと。うっかり気付かなかった場合も、その理由に該当するという。ほっと一安心であった。ただ喜んでばかりもいられなかった。半額になるのは固定資産税のうち、建物にかかる分だけだというのだ。うちは築40年の古屋である。建物の資産価値は、うんと低い。それにかかる税金も、ちょろちょろなのだ。
 といことで、減額部分は僅かであった。でも僕の一日の稼ぎよりは多い。一日分の労働費をこれで賄えたと思えば、これはこれでありがたいのである。

病院の帰りの冒険


 先週のたしか木曜のことだ。近くにある病院に、花粉症の薬の処方箋を書いてもらうために行った。去年買った薬を少しずつ使っていたが、そろそろ底が見えてきたので、重い腰を上げた。
 病院はうちから歩いて20分程度のところにある。行きは普通の自動車道を歩いて行った。帰りはちょっと遠回りをして、以前から気になっていた病院の近くにある池を見に行った。池は自然環境保護を目的に、柵で囲ってあった。中にはカルガモが何羽か元気に遊んでいた。柵で守られていることを知っているようだ。
 うちの近くの池にもカルガモが住んでいるが、様子が違う。いつも周りを警戒している。うちの近くの池は、禁じられているにもかかわらず、馬鹿者どもがルアーフィッシングをしていたりして、カルガモも安心して過ごすことができない。景観は劣るが、柵で囲むことも考える必要があるかもしれない。
 その柵で囲ってある池の近くは、里山としても保護されている。古風な民家があったりして、日本昔話の舞台に舞い降りたような錯覚に陥る。
 安心して遊ぶカルガモと、里山の景色を楽しんで、さて帰ろうと思い立って辺りを見回すと、うちの住宅地の名前が書かれた道標があった。うちの近くの山の中には、ハイキングコースや、古道といわれる鎌倉時代からの古い道が走っている。きっとこの道標の通りに進めば、ショートカットで我が家へ帰れるはずだ。
 ちょっと山道を進むと、すぐに道は消えた。きっと人が入らないので、草木に覆われてしまったのだろう。構わずに、ずんずんと進む。しばらく行くと、完全に道の気配までなくなってしまった。まったくの山の中である。
 僕はキノコ狩りが趣味なので、こういう場所は数限りなく訪れている。もっともっと山深い場所にも何度も来ている。熊の糞があったりするような場所で藪漕ぎもする。熊は絶対にいないだろうし、遭難する危険性も低い逗子の山だ。
 さらに歩くと、もう普通に歩けない場所になってきた。草や枝を掴みながらでないと、滑落してしまうような急斜面だ。それでもキノコ狩りに比べれば、なんてことはない。
 ただ問題だったのは、そのときの装いだ。靴は街中を歩くためのウォーキングシューズで、すでに泥だらけだ。その前日に雨が降ったので、地面はいたるところがぬかるんでいた。そして手には会社員時代に使ったビジネスバックを持っていた。病院で待ち時間に仕事をするために、書類が入れてあったのだ。これが問題だった。片手でバッグを持って、片手で枝を掴み、急斜面をよじ登る。滑落するとは思わなかったが、とても難儀であった。
 これ以上、その状態で進みたくない。引き返そうと考えたが、少し上に尾根がありそうだ。道は尾根にある場合が多い。尾根までなんとかよじ登ると、案の定、そこには山道があった。どうやら途中で道から逸れていたようだ。山道はちゃんと整備されていた。
 山道をずんずん進むと、じきに見慣れた景色が足元に広がってきた。わが住宅街が俯瞰される。
 こうして小さな冒険旅行は幕を閉じだ。

 病院に行った帰りに藪漕ぎができるなんて、やっぱり逗子は面白い場所だ。そうだ、途中で収穫もあった。山の中で倒木を見つけ、ちょっと覗き込むと案の定、キクラゲがついていた。時期が遅いので、腐っているものもあったが、きれいなものもかなりあった。当然、それらはいただいて帰った。
 その日の晩はキクラゲを入れて、野菜炒めを作った。採れたてのキクラゲに、ご飯が進んだ。

俺の声


 毎朝、般若心経を読んでいる。とくに仏教徒であるという自覚はないが、読み続けている。10年以上は続いていると思う。
 般若心経を読めるので、たまにお経を頼まれることがある。といっても正式にではなく、親戚などの集まりや墓参りの際に、「ちょっと読んでよ」と言われる程度だ。
 ひとりで読むときには、なかなか立派な声が出る。自分の声に陶酔して、「坊さんのようだな」なんて自惚れることがある。ちなみに声はその日の体調、さらには精神状態で大きく変わる。調子がいいときには、良い声がでる。毎朝、その日の自分の調子を般若心経で知ることができる。
 ところが人の前では良い声が出ない。親戚の前でカッコいいところを見せようとすればするほど、情けない声になる。「いやいや、一人のときは、本物の坊さん並に朗々と読めるのだ」と言い訳をしたくなる。
 ちょっと前に親戚の前で読んだ時に後から母から、「あんたの声って、改めて聴くと若いのね」と言われた。つまり上ずっていて、腹から声が出ていなかったということだ。しかし僕は無理やり、素直に受け止めることにした。「そうか、俺の声は若いのだな」
 ということで、自分の声は若い方だと思っていた。ところが衝撃的な事件が昨日おきた。

 昼の2時か3時のことだ。フクちゃんを膝に乗せて、ソファーで企画の案を考えながらノートをつけていた。そのとき電話が鳴った。フクちゃんを毛布でくるみ、膝からおろした。こうすると毛布の中で大人しくしていて、ソファーに戻ってから毛布ごと膝に乗せることができるからだ。
 電話を取ると、銀行からだった。
 「○○(妻の名前)さんはいらっしゃいますか」
 この手の電話がたまにかかってくることがある。妻は教員をしているので、収入が安定していると思うらしく、金融機関から電話がかかるのだ。僕には退職した直後にはかかってきたが、その後は一度もない。念のため。
 「いいえ、外出しています」
 と、ここまではいつものやり取りだ。しかし次に衝撃の発言が銀行員から発せられた。
 「失礼ですが、お父様でいらっしゃられますか」
 恥ずかしながら、一瞬言葉を失った。やっと絞り出した言葉は、「いいえ」だけだった。

 妻は僕よりも、ちょっとばかり若い。16歳だけ。世間では歳の差夫婦と定義される年齢差かもしれないが、自分達としては歳の差を感じることはあまりない。それに歳の差夫婦と、かりに認めたとしても、その差は決して親子ほどではない。16で子供ができた男は、そうはいないはずだ。
 向こうはきっとかみさんのデータを持っている。それでいて「お父さんですか」と言うことは、向こうさんは僕の年齢を60歳オーバーと思ったということか。
 後から冷静に考えると、昼日中に電話を取ったことから、年配者と類推したに違いない。それにしても、僕の声がそれなりに老けていなければ、そんな発言が出ないことも事実であろう。

 今朝、かみさんにこの話をしたら、「ううん、年相応だよ。えっと52だっけ、いま」との、暖かい慰めの言葉が帰ってきた。いずれにせよ、僕の声が若いと思っているのは、どうも母だけのようだ。
 そのうちにオレオレ詐欺の電話がかかってくるようになるかもしれない。

今年の一押し


 今年もアメリカンアイドルを見てしまっている。今年は見ないつもりでいたが、最近やる気が起きなくて、つい魔がさしてしまった。見たら見たで、面白い。
 昨年の一押しはアンバー・ホルコムという黒人の女の子だった。可愛いしスタイル抜群だし、それに歌がうまい。素材的にはホイットニーとかマライアクラスかと思った。絶対にスターになれると感じていた。
 その後の活躍を期待していたのだが、ちっともCDを出す気配がない。他の参加者はあまり売れていないようだが、それでもCDを出し始めている。
 男に躓いたのだ。なんと番組が終了してからすぐに妊娠が判明し、出産をした。もちろん未婚の母である。相手の男性の写真もネットに流れているが、「いかにも」、って感じのカッコいい黒人の男の子だ。
 やはり僕は人を見る目がないようだ。ホイットニーにしてもマライアにしても、今年の審査員のジェニファー・ロペスにしても、ただのカワイコちゃんじゃない。目や態度から、強い信念と野心が満ち溢れている。
 今から眺めれば、アンバー・ホルコムには、強さが感じられない。ただのおしゃれなカワイコちゃんであった。

 ところで今年のコンテスタントにはひとりピカイチがいる。アレックス・プレストンだ。今回は間違いないと思う。何年か前にでたアダム・ランバート並のオーラが輝いている。
 イケメンではないし地味である。でも曲がいい。自分で曲を作るのだ。それと歌もうまいし、楽器も数種類使いこなす。すでに地元のコンテストでは活躍していて、曲をユーチューブにアップしている。
 曲の収録はすべて自分で楽器を演奏したものを後からミキシングしているようだ。斉藤和義みたいな感じだ。
 彼なら大丈夫だろう。今度こそ、見る目があるところを証明できる、かもしれない。




放送大学を断念


 放送大学に入学しようかと考えていたが、やめることにした。教科書だけを購入して、勝手にテレビを見てすまそうかと思っている。
 放送大学はとても丁寧で、2回ばかり職員と電話で話をすることができた。1回目はこちらからかけ、2回目は先方からかかってきた。どちらとも丁寧な説明を聞くことができた。
 僕の場合は大学を卒業するつもりはない。放送大学は、入学は簡単である。高校卒の人、あるいは同程度の学力があれば、誰でも入学することができる。無試験である。ただ卒業は難しい。
 単位の認定がかなり厳格なようだ。ちょっと得た情報によると、入学した人のうち卒業できるのは10人に1人もいないようだ。
 そんな難しい大学を卒業することはできない。それにダブルで大卒の資格が欲しいわけでないので、正規の入学の必要はない。
 単科で授業を取ることができる。職員にはそれを勧められた。これにはかなりその気にさせられたが、やめることにした。ちゃんと授業を聞いて、レポートを提出し、試験を受けなくてはならない。今の状況でそれらをこなす時間がないし、自信もない。モチベーションが続く自信がないのだ。
 それよりも聴講生という立場で、テレビをこっそり見て、自己満足をすればよいのではないかと思うようになった。そのことを職員に言うと、それも選択肢としてあり得ると、肯定的に聞き入れてくれた。
 それにもっと大きな理由がある。それは入学金と授業料だ。入学金は22,000円。授業料は1科目11,000円で合計、33,000円になる。普通の大学や専門学校と比較したら激安ではある。だから余裕のある人は、入学してもよいかと思う。入学すれば、各県に配置された放送大学の施設を使うことができる。学生書も発行してくれるので、映画なんかを学生料金で見ることができる。学内にはサークルもあって、キャンパスライフをエンジョイすることもできるのだ。しかし今の僕には、その負担は小さくない。
 勝手にテレビ視聴すれば、教科書代だけですむ。教科書はだいたい3,000円ぐらいだそうだ。授業料を払えば、教科書がついてくるが、33,000円と3,000円の差は小さくない。

 4月から授業がはじまる。未だこころが揺れている。もしかしたら、テレビ視聴もパスしてしまうかもしれない。

プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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