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買ってしまった


 いきなり買ってしまった。ちょっと大きな品物を。
 今、乗っている車はプジョーだ。4年前に購入した中古車だ。年齢は15歳ぐらい。歳は取っているが、走行距離は3万キロ程度で、エンジンはしっかりしている。
 しかし最近、あちこちにガタがきていた。まずはバッテリーが上がった。それは車にはまったく責任はない。僕がうっかりキーを刺したまま停めておいて、バッテリーを上げてしまったのだ。新しいのに替えた話はブログで書いたと思う。2か月ほど前のことだ。だからバッテリーは新品で、そこに問題はない。
 では問題は何かというと、ひとつはブレーキだ。ブレーキパッドが硬くなっていて、「キー」と音がする。パッド、ディスクとも厚さには問題はないので、交換する必要はないといわれているが、かなりうるさい。一度など、お節介なおじさん2人組に、「あんたの車、大丈夫? 俺だったら、修理するなあ」と言われたことがある。まったく見ず知らずなのに。
 でもあまり僕自身は気にしていない。音は慣れるもののようだ。
 ワイパーは劣化し、きれいに雨をふき取ってくれない。すじが残る。しかしこれも、それほど気になるほどではない。
 ウインカーを出すと、ものすごいピッチで「カチカチ」音がする。普通の感覚の、倍以上で「カチカチ」となる。またこれも、あまり気にならない。
 かみさんが乗り込むと、「キュー」とサスペンションが、悲鳴を上げる。これはちょっと恥ずかしいような気もするが、気にしないようにしている。
 リアのワイパーは普段は動くのだが、大雨に会うと、動かなくなる。肝心のときに役に立たない奴である。しかし、これもまあ個性だと思うようにしている。
 ギアをニュートラルに入れていて、たとえばドライブに動かそうと思うと、ギアがロックしてしまい動かないことがある。これはかなり、苦労をさせられている。この間、逗子に買い物に出かけた際、踏切で止まり、ニュートラルにギアを入れた。電車が通り過ぎ、ドライブにしようかと動かしたのだが、ロックして動かない。後ろには車の列ができている。数分間、がんばってトライしたのだが、ギアは言うことを聞いてくれない。ついに後ろの車から運転手が降りてきた。歩行者も集まって来た。「大丈夫ですか。押して動かしましょうか。渋滞になっちゃってるし」と、大迷惑をまわりにおよぼした。それでも、ごちょごちょとやっていて、最後に動いた。慌てて逃げるように、その場を立ち去った。
 このとき、かみさんが同乗していた。かなり恐怖を感じたようだ。
 そのちょっとお疲れ気味のプジョーの車検が、2か月後に迫っている。すでに車検の見積もりを2社に出させ、一社を選択し、予約を入た。
 ところが予約を入れると同時期に、中古車屋にある車を探す依頼を出した。例の踏切事件があり、もしよい車が見つかったら、この際に買い替えても良いかと考えたからだ。見つからなかったら、今回は車検を通そうと思った。
 2日ほど前にトヨタのディーラー系中古車屋から連絡があった。依頼してあった車が出たというのだ。実は2台目だ。前回は、見る前に売れてしまった。今回は電話のあった日に、セールスマンに家に来てもらい、写真を見せてもらった。そして翌日(昨日のことだが)に、車を家まで持って来てもらった。その車が下の写真である。
 車種はプログレというかなりマイナーな車だ。不人気車で7年ほど前に生産は中止されている。しかし僕らはこの車が大好きなのである。
 この車は小さなボディーながら、エンジン、足回り、そして内装とも高級だ。当時は小さな高級車として、ベンツのCクラスなんかの強豪車として売り出されていた。しかし人気がないので、中古価格が安い。
 もとから好きなデザインである。僕らは古臭いデザインが好きなのだ。我が家も築40年だが、古臭いところを好いている。
 昨日、見た時点で決めた。実車を見て、一瞬で心は決まった。かみさんも同意見だと言っていた。ものすごく、カッコいい。色もいい。そして内装が素晴らしい。ハンドルやインテリア周りは、なんとマホガニー製だ。シートは布だが、いかにも高級そうな素材で、さらにまったく汚れていない。もとのオーナーが大事に乗っていたことが伺われる。
 さらに新しい。プログレで市中に出回っているのは、10年超が標準である。ところが、この車は生産中止の年に作られた車で、まだ7歳なのだ。走行距離は35,000キロ。プログレとしては、最高のコンディションである。
 運転もした。おどろくほどの静寂性を備えている。昔、新聞社に勤めているときに、副社長の社用車を使わせてもらったことがある。車種はプレジデントだった。ちょっとオーバーかもしれないが、あんな感じだ。僕はプジョーの前は、ベンツのCクラスに乗っていたが、こちらの方がずっと静かである。
 パワーも十分だった。アクセルを踏むと、この辺りの急坂も、まるで平坦な道のように、力強く駆け上る。
 値段だが、予算を10万円ほどオーバーしていた。それで諸経費をうんと削った。たとえば車庫証明は自分で取ることにした。納車も自分でやる。それでも5万円ほど、オーバーしていたのだが、その分はおまけしてもらった。おかげで、予算ぴったりに収めることができた。
 たかが車を買っただけなのだが、とても嬉しい。別に自分が努力して、何かを成し遂げたわけではない。ただの買い物だ。それでも最近としては、一番嬉しさを感じた瞬間だった。納車は3週間後である。

プログレ


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近所でキノコ2


 近所で採ったキノコの写真をアップする。これ以外にも、カワリハツというキノコも採った。カワリハツは以前から目にしていたのだが、自信がなくて採ったことがなかった。しかしかなり大量にあるキノコである。そこで、思い切って採って食べてみた。ハツ系のキノコは、毒はあまりない。不食カテゴリーは多いが、それは辛いからだ。猛烈に辛いらしい。
 採ったキノコはおそらくカワリハツで間違いないと思う。味はというと、予想以上に美味だった。歯触りはしゃきしゃきしている感じで、うまみが強い。これからはカワリハツもレパートリーに加えようと思う。そうすると、近所でも、かなりの量が期待できる。
 最近もウォーキングの際、ビニール袋を持ち歩いて、キョロキョロと歩いている。しかしキノコは見当たらない。なぜか考えたのだが、おそらくキノコを採った2週間ほど前は、雨が続いていた。それでいっせいにキノコがはえたのだろう。
 キノコは意外と、乾燥を好む。ジメジメとして日当たりの悪い場所よりも、風通しがよく、適度に日が当たる場所に、よくはえている。しかしそれでも、当然水分が必要である。
 キノコの菌は、蝉のように、長い年月地中に潜伏している。蝉はある時期になれば、地上に這い出てくるが、キノコはそこに水分を求める。ある時期に水分を吸いこみ、一挙に成長するのだ。
 最近の好天は清々しい。しかしキノコを考えると、雨も欲しいところだ。昨夜はかなり降ったが、一日だけじゃ、きっと足りないだろう。それでも今日もビニール袋を持って、でかけるつもりである。

ヤマモドリダケモドキ
ヤマドリダケモドキ

カワムラフウセンタケ
カワムラフウセンタケ

ウスキモリノカサ
ウスキモリノカサ

ノウタケ
ノウタケ

収穫の山
ある一日で採ったキノコ。他の日もけっこう採れた。
 

近所でキノコ


 今年はキノコの当たり年だろうか。逗子の我が家周辺の森や公園内、いたるところでキノコを目にする。知っているキノコがあったので、ビニール袋を手に、久しぶりにキノコ狩りにでかけた。場所は我が家から徒歩5分の森の中である。
 いやあ、あることあること。腰をかがめ、ひとつつまむと、次が見つかる。そっちに手を伸ばすと、またひとつ。そんな感じで1時間程度の時間で、ビニール袋3杯分も採れてしまった。これだけのペースは、群馬の山奥でも、なかったのではと思う。
 採れた種類はヤマドリダケモドリ(約80本)、カワムラフウセンタケ(約30本)、イロガワリ(約20本)、ウスキモリノカサ(約300本)。
 この中でカワムラフウセンタケとイロガワリは何度か採ったことがあるキノコである。その他は初めて。
 まずヤマドリダケモドキだが、これはイタリアではポルチーニ、フランスではセップと呼ばれるキノコの近種だ。図鑑では見たことがあり、いつかは採りたいと思っていたキノコである。それが、すぐ近くの森で見つけたのだから、思わず手が震えた。
 そして食べた。これが、まさにポルチーニだった。ヤマドリダケモドリは大きなキノコである(大きめのマツタケケぐらい)。50本もあれば、相当な食べごたえだ。数本を焼き、数本はパスタに、数本は翌日のうどんに入れて食べた。香りよし、味よしの。満点のキノコだった。
 まだまだ残っている。30本程度はオリーブオイルで炒めてから、オイル漬けにした。30本程度はスライスして乾燥させた。香り手触りともに、まったくのドライポルチーニになった。
 つづいてウスキモリノカサだ。このキノコはまったく知らないキノコだった。決してメジャーなキノコではない。図鑑には載っていたが、存在を記憶していない程度のキノコだった。
 しかし美しいキノコだ。薄い黄色で、柄は細く、傘は朝露で濡れ、輝いている。これが、もう森の中じゅうに、にょきにょきと生えていた。最初は、無視していた。というのは、このキノコ、別種の毒キノコとちょっと似ているのだ。この手のタイプのキノコを、キノコ採りは触らない。危険な香りがするのだ。
 しかしそれにしても沢山はえている。それに状態がよく、美味そうでもある。思い切って取る頃にした。きれいなのだけを採取したが、それでも300本ぐらいになったはずだ。ビニール袋2袋がいっぱいになってしまった。
 帰って調べてウスキモリノカサだろうと推定した。某キノコ図鑑では食(?)となっている。他の図鑑では「食」となっている。ということは、食べられはするのだが、あまり食べる人がいないキノコだということだ。
 ネットで検索した。ウスキモリノカサをグーグルで検索すると、100ぐらいひっかかるページがある。ほぼ全てに目を通した。わかったことは、食べる人は少ない、そして知られていないキノコであるということだ。だから、食べないのだ。
 だが、食べて美味しいと絶賛するブログも見つけた。そのブログにかけてみることにした。だって、300本も採ったんだもん。
 1本の三分の一程度を食べてみた。そして経過を待った。見た目が似ている毒キノコならば、数時間以内に幻覚、幻聴があり、激しい嘔吐感を催すはずだ。半日たち、一日たっても、幻覚は見なかった(よかったけど、ちょっと見たかった気もする)。
 丸二日経ち、これで毒キノコの可能性はなくなった。ウスキモリノカサであることは、間違いがなくなった。翌朝、ウスキモリノカサ、イロガワリ、カワムラフセンタケを大量に入れた味噌汁を作った。
 食いしん坊でかつお世辞を言わないかみさんが、絶賛した。久しぶりに、本物のキノコ汁を味わうことができた。
 ウスキモリノカサとヤマドリダケモドキはまだ大量に残っている。しばらくは楽しめるだろう。写真は近日中にアップする予定だ。
 

甥っ子2号


 よくこのブログに登場する甥っ子はふたりいる。僕には甥っ子がふたりしかいないのだが。
 ふたりは兄弟で、今日は弟の方の話題だ。
 甥っ子2号は今、受験生である。第一志望は僕の母校だそうだ。千葉県にある某公立高校である。
 現状では合格する可能性はまったくない。合格率ゼロパーセントである。
 今年の春に甥っ子を呼んで、受験スケジュールを組ませた。その通りに勉強していれば、きっと今頃は合格率が60パーセントぐらいに届いていただろう。それが、ちっとも進んでいない。
 甥っ子1号はふたりで組んだスケジュールをほぼやり遂げることができた。そのお蔭かどうかは分からないが、第一志望の大学に合格して、今はスイスに留学している。
 1号の体験をもとに、より精度をましたスケジュールを2号に授けた。あの計画を履行することができれば、1号いわくどこの高校でも受かるという内容のものだ。しかし計画倒れに今のところ、なっている。
 2号は毎日、僕にメールで前日の進捗状況を報告してくる。こういうところは、見込みがあるのだが。
 昨日、メールを受け取り、あまりに進んでいないので電話をかけた。
「今のペースじゃ、とても無理だぞ」
「うん。わかってる」
「お前、やる気はあるのか」
「うん」
「もう、あきらめたのか」
「ううん」
 こんな会話をした。追い詰めてしまってはいけないと分かりつつ、ついこの会話だ。

 スケジュールをもう一度、確認をした。本人はまだ、可能性を信じているようだ。僕の方も、甥っ子2号と話しつつ、何とかなるんじゃないかと思ってきた。2号は二男らしく、おおらかで楽天的なのだ。
 諭すつもりで、学ばされることが多い電話だった。

 2号、がんばれ。
 

老人のような意識


 ちょっと考えると、今の僕の生活は老人のもののようだ。僕はまだ51歳である。
 なにが老人のようかというと、過去を振り返る機会が多いからだ。日々の多くの時間を読書と思索に当てている。思索なんて書くと、カッコ良すぎる。つまりは過去の記憶を反芻しているのだ。
 読書というものも、つまりは思索だ。新たな知識を吸収しつつ、以前得た知識や経験と符合させるという思索行為だ。散歩をしていても、何かを考える。考えるというのは、やはり知識と経験のスクリーニングであり、思いっ切り単純化してしまえば、過去の振り返りだ。
 僕はこれでも仕事をしているし、将来の仕事に繋がる種まきは続けている。しかし仕事をしながらも、種をまきながらも、やはり過去と対峙している。
 老人というのは、きっと僕の今の生活をさらに先鋭化させたような意識下にあるのではないだろうか。
 僕らの記憶力というのは、案外に強力である。忘れているようで、覚えているものだ。ではどこにしまわれているかというと、それは潜在意識の中にだ。ここにしまわれていると、普段は表出しない。顕現化しない。だが何かのきっかけで思い出したりする。
 想像するに老人は、顕在意識よりも潜在意識の中で過ごす時間が多いのではないだろうか。そして境界線があいまいになってくるのではないだろうか。
 僕は意識的に潜在意識を覚醒しようと試みる。どういうことかというと、膨大な量の潜在意識下のデータを頻繁に引っ張り出すよう意識しているのだ。これを試みていると、顕在意識が休みがちになり、ボーっとした状態になってくる。意識はボーっとしていても、脳みそはマルチタスクのように起動させる。
 
 今日は書くことがなかったので、書くことを決めずにここまで書いたら、こんなヘンテコな文章になってしまった。
 

ブログの話


 先月は結局、4回しかブログを更新することができなかった。9月からは少しだけ心を改め、また10本ペースに戻すつもりである。しかし分量は少なめになると思う。
 一番の理由は時間だ。だいたい僕の場合、平均的なブログの長さは400字詰めでいうと3~4枚程度だった。これを書くのに約1時間を要する。結構、誤字脱字がある。推敲に10分、あるいはもっとかかる。これが毎日だと、結構な負担だった(月10本でも、平日だけで考えれば、2日に1本ペース。さらに外出日など書けない日もあることを勘案すると、ほぼ毎日のペース)。
 もうひとつ大きな理由がある。書く内容がなくなってきたのだ。以前はブックレビューやニュースを見ての感想なども書くことがあった。しかし今は書かない。以前同様、本は読んでいるし、ニュースにも接している。それなりの感想は生まれるが、このブログで取り上げる意欲がなくなってきたのだ。
 所詮、僕は素人である。その分野の知識も経験も浅い。そんな人間が訳知り顔でコメントを書くことに、意味があるのだろうかと疑問に思うようになったのだ。それで意欲がなくなった。
 合気道は行かなくなった。飲みに行く機会も減っている。猫の話も、自分としては日々の大きな話題であるが、文章にすると平板になる。
 そうすると季節の移り変わりや、かみさんとたまに出かける外食や買い物ぐらいしか書くことがない。
 それともうひとつ、大きな理由がある。今、一番集中して取り組んでいる執筆について、具体的に書けないことだ。今僕の心の中の大きなスペースは、執筆で占められている。
 なぜ書けないかと言うと、書きたくないからだ。形になるまでは、公にしたくない。

 今年も残すところ3か月になった。今年最大の目標である出版はまだ、まったく形になっていない。今となっては、出し続けている公募展で、何らかの形で引っかかることだけが希望の星だ。
 これからはさらに、ここに集中していく所存だ。
 

プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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