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ひとvsたぬき もし闘わば


 最近、珍しい光景に続けて会った。
 一度は先々週のこと。いつものウォーキングコースを歩いているとトンビが柵の上にとまっていた。トンビはけっこう積極的で、ひとが手にするハンバーガーを奪い取ったりするが、この辺りのトンビはおとなしい。ひとが近づくと、自ら飛び去る。ところがこのトンビは、僕が近くへ歩いて行っても動こうとしない。
 それに様子がちょっとおかしい。近づいてわかったのだが、小さい。普段目にするトンビよりも、ふたまわりぐらい小さい。子どもだろうか。
 もっと近づくと、また違いに気付いた。色が濃い。トンビはトンビ色だが、その鳥はもっとこげ茶に近かった。そう、その鳥はトンビではなかったのだ。どうも鷹の一種のようだ。
 鷹はまた近づいて気付いたのだが、足にひもが結ばれていた。そのひもの先に視線を向けたら、若い男性がいた。女性が横に座っていた。
 むむ、もしかして鷹匠? こんなところに、鷹匠が来るなんて。狩りが見られるかもしれない。ラッキー。
 僕は男性の前を横切った。そのとき僕の両脇には、男性と鷹がいた。つまり僕はひもを乗り越えて、通り過ぎたのだ。鷹からの距離は2メートル程度だ。でも、男性は何も言わない。
 あえて男性と視線を交わすつもりで、見つめたのだが、男性は女性との会話に夢中で、僕の方に視線を向けなかった。目が会ったら、話をしたかったのだが。
 ふたりと一羽の間を通って思ったことは、彼は鷹匠ではない。鷹も狩りを仕込まれたものではない。
 なぜそう思ったかというと、男性も鷹も目が優しかったからだ。鋭さがまったくない。2メートルの近くによっても、まったく恐れを感じなかった。あの目では、獲物を捕れないに違いない。きっと鷹はペットである。男性はデートのついでに連れ出して、人がいない森の中で、鷹を遊ばせていたのだ。

 次の話題。先週のことだ。また同じ場所だった。
 若い男性と女性に出会った。ふたりは犬なんかを入れるゲージを二つずつ、足元に置いていた。ゲージの先には、見慣れない動物が何頭かいた。
 動物は狸だった。そのときは、男性の方から「こんにちは」と声をかけて来た。それで暫く話ができた。
 なんでもふたりは動物園の職員で、その日は狸を自然に返しに来たそうだ。狸は行政からの依頼で、住宅街に迷い込んだり、怪我をしたのを保護したものだそうだ。
 四頭の狸は僕が見ている前で、スタコラサッサと森の中に消えて行った。あっと云う間のできごとだった。ふたりの職員もすぐに、その場を立ち去って行った。
 それから僕はまたウォーキングを再開した。細い山道をしばらく歩くと、そこで狸と出会った。さっきリリースされた狸だ。
 その狸は僕を恐れなかった。僕はうれしくなって、「いい子ちゃんねえ」なんて声をかけながら、すぐ近くまで寄った。そうしたら、なんと狸は「シャー」なんて言って、牙をむいたのだ。思わず僕は後ずさりした。
 そこで考えた。これはいかん。もしここで僕が弱みを見せたりしたら、人間を恐れなくなるだろう。中には悪い奴もいる。そんな人間に出会ったら、簡単につかまって、もしかしたら狸汁にされてしまうかもしれない。
 そこで僕は勇気を奮い立たせ、狸に向かって行った。かなり近づいた。そしたら、また「シャー」である。近くで見ると、ものすごく鋭い牙である。僕はまた、一時退却を試みた。
 あの牙で噛まれたら、僕のはいている安物のジーンズなんて、簡単に破られてしまうだろう。脚に食い込む牙を想像する。
 いや、しかしここで逃げてはいけない。もし逃げたなら、この狸は人間が自分よりも弱いと考えるようになるだろう。そうしたら、これから森で出会った人を襲うようになるかもしれない。この辺りは子どもや老人も多く歩く。人間代表として、人間の恐ろしさを教える義務が僕にはあるのではないか。
 僕は足元に落ちていたドングリを拾い、狸にぶつけてみた。最初はゆるく投げつけた。狸は知らん顔だ。そこで次は心を鬼にして、思い切り投げた。みごと狸の腹部に命中した。ところが狸はまったく気にする様子さえ見せない。それどころか落ちたドングリをむしゃむちゃと食べてしまった。
 まずい、ますます悪い展開だ。人間は脅せばエサを与えると、勘違いしてしまうかもしれない。そこで僕は悪魔になった。もしかしたらさっきの職員が戻ってきて、見られるかもしれないが、そんなことはもうどうでもよくなった。僕は近くに落ちていた木の枝を拾った。先がわかれていて、トナカイの角のような形状の枝だ。
 僕はトナカイの角のような枝を前方にかざし、突撃した。もう同情なんて、してやらない。向こうが悪いのだ。容赦なく、枝で狸を突いた。そうしたら、どうだろう。狸は猛然と怒って、その枝をばりばりと食いちぎってしまったのだ。もうトナカイの角ではなかった。それはただの一本の棒であった。
 僕はかつて剣術を嗜んだ身だ。棒さえ持てば、ほぼ無敵。僕は棒を青眼に構えた。さあ、どうだ。「これ以上、近づけば、己の眉間は真っ二つだぞ」。そうつぶやいたのだが、狸は怒りたけって、ひるむ様子はない。僕に向かって牙を見せ、にじり寄ってくる。やむを得ぬ。「南無」。僕はするどく太刀をひとつ放った。みごと狸の腰のあたりにあたった。
 腰を打ったのは、太刀筋がそれたからではない。眉間を狙わなかったのは、遠慮したからである。本当のことを言うと、腰は引け、なんだかやっぱりかわいそうで、そうっと腰を叩いたのだ。
 やっぱり全然、だめだった。もう狸は勝ちを確信した表情さへ浮かべている。
 こうして決着はついた。僕はじりじりと後退し、ある程度の距離を取ると、踵を返した。あとはスタコラサッサと走るのみ。
 しかしそれにしても、狸は恐るべし。棒を手にした武芸者に勝るとは。あの狸は、特別に強かったと思いたい。
 

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あれから10年


 明日で中越地震が起きてから、10年が経つそうだ。このニュースを聞いて、「あれから、もう10年も経ったのだろうか」と思った方は多いのではないか。10年は過ぎてしまえば、早いものである。
 ところが僕はそう思わなかった。「あれから、まだ10年しか経っていないのか」と驚きを覚えたのだ。

 実は僕は中越地震を体験している。あの日、僕は友人とふたりで群馬県北部の山奥にキノコ狩りに出かけていた。暗くなり、友人の運転する自動車で家に向かっていた。途中、ある農家が営む街道沿いの売店に立ち寄った。僕らは当時、キノコ狩りに出かけると、かならずその手の売店に立ち寄り、新鮮で安い果物や野菜、お手製の味噌なんかを購入していたのだ。そのときも、そのつもりで売店に寄った。
 売店に着くと、店のおばちゃんが、「今、すごい地震があったわね」と言った。僕らは車に乗っていたので、地震に気が付かなかったのだ。
 売店を出て高速に乗ろうとしたら、通行止めで入ることができなかった。しかたなく下の道で、帰ることにした。しばらく走り、ある信号で停止した。赤信号を待っていると、車が突然、上方に激しく突き上げられた。信号機を見ると、大きく揺れている。2回目の地震が起きたのだ。
 それが僕の中越地震の体験である。僕らがいた場所は、震源地から見て、谷川岳の裏側にあたる。直線距離にしたら、20キロぐらいのところだろう。おそらく震度は6ぐらい、あったのではと思う。

 その頃、僕は文京区のアパートに一人で住んでいた。まだ産経新聞社に勤めていた。仕事ではいくつかの問題を抱え、ひとり帰るアパートは暗く寒かった。40過ぎで独り身に戻り、仕事も自分が考えていた方向とは離れていくばかりで、ストレスの多い日々だった。
 あれから暫くして、僕は逗子に家を買った。大きな決断だった。離婚の際、それまで貯めたお金は、すべて置いてきた。それからアパート暮らしで、爪に火を灯すような暮らしを続け(それは、それで楽しかったが)、頭金をため、ローンを組んだ。「ちょんがーのくせに、そんな遠方に一軒家を買って」と、上司には笑われたりもした。でも、逗子への引っ越しが、僕の人生を後押ししてくれたように思う。
 それから、ちょっと大きな病気をして、会社を半年ほど休んだ。入院の期間は、半生を振り返るよい機会になった。
 またしばらくして会社が、コスト削減のため40歳以上を大量解雇する方針を打ち出し、希望退職制度を発表した。僕はエントリーナンバー1番で、申込書を提出した。
 それから逗子で、在宅の翻訳を始めた。そのちょっと前に、家に猫が来た。3月にフクちゃんがやって来て、5月に大ちゃんが来た。さらにその何年後かに、かみさんも家にやって来た。
 
 今、10年前のあの日を振り返ると、変化はあまりに大きい。大きすぎて、なんだか他人の人生のようにさえ思える。
 あれから、まだ10年しか経っていないのだ。歳を取れば、過ぎ去る日々の速度は加速度を増す。でも、変化があれば、状況は違うのだということを、僕は知った。
 子どもの頃は、毎日が新しいものとの出会いがあり、変化があった。だから過ぎ去る日々は、ゆっくりとしている。しかし大人になると、ルーチンの連続になり、すべてのものが当たり前として扱われる。
 こらから先もこの10年のペースで、ぴょん、ぴょん、ぴょーんと、ステップをきめていきたい。
 

横須賀の一日


 昨日はかみさんと、愛車のプログレで横須賀まででかけてきた。さわやかな秋晴れの中、プログレは快調に、我々を横須賀に運んでくれた。ただし途中まで。
 別にプログレが故障したわけではない。渋滞に巻き込まれてしまったのだ。それも凄まじい渋滞に。
 使い始めたばかりのナビを屈指して、抜け道をさがしまくった。しかし横須賀辺りは山が多い。山はトンネルでくぐるので、抜け道がない。まったく身動きができず、目的のホームズまで逗子から2時間もかかってしまった。
 大渋滞の原因はお祭りだった。抜け道のない大通りが一車線しか解放されていなかった。そのせいで、全ての道が大通りに通じる横須賀の街は、いたるところで車が動けなくなっていたのだ。
 このような人為的な渋滞は、事前の情報提供で、いくらでも避けることができるはずだ。横須賀警察署の怠慢には、つよく憤りを感じる。

 と、今日は行政批判が目的ではなかった。とにもかくにも、横須賀の中心部を膀胱を満タンにしながら、どうにか通り抜け、海岸沿いの平成町まで着くことができた。
 そして最初に向かったのは、事前にネットで調べた魚市場に隣接する「魚がし食堂 はま蔵」である。テレビで紹介されたことがある、有名店だ。
 結果からいうと、まあまあだった。僕は1000円の刺身定食を食べた。刺身はうまかった。ただ量は普通である。ご飯は大盛り無料だったので、当然のごとく大盛りにしてもらった。だからお腹は一杯になった。ただしご飯自体は、学食レベルの質だった。
 魚市場に隣接していることを考えると、もうちょっと安くてもいいかな、と思った。
 次に向かったのは、魚市場だ。ここは、当りだった。かなりリーズナブルな値段で、魚介類が買えた。ぼくらはしらす干し(200円)、あおのり(200円)、干しこんぶ(300円)、タナゴの煮魚(300円)を買った。
 とくにタナゴはすでに料理されていて、2匹で300円である。夕食でたべたが、甘すぎずしょっぱすぎず、上品な味でうまかった。スーパーの惣菜を、値段、味、質すべてで大きく凌駕していた。
 ちょっと失敗したかなと思ったことがあった。それは、魚市場自体でも食事ができたことだ。600円で天丼を売っていた。大きな素材が無造作にご飯の上に盛られていて、かなりのインパクトだ。次はここに挑戦したいと思った。
 続いて向かったのは、ホームズである。実はここが、今回の目的地だった。先週、ひとりで行ってその大きさと品揃えに感動し、かみさんに見せびらかせたかったのである。
 予想通りの反応をかみさんは見せてくれた。見せびらかせた僕としては、たいへんに満足な結果であった。
 最後に行ったのは、「よこすかポートマーケット」である。地産地消の看板が幹線から見ることができ、かみさんのリクエストで入った場所である。
 ここも、とてもよかった。野菜は他県のものが多かったが、横須賀周辺のものもあって、それらがとても安い。すかなごっそと比較しても、遜色はないと思う。
 すかなごっそに勝るところもあった。それは魚介類が豊富だったことだ。ぼくらはサンマ5匹(300円)を買った。エブリデーロープライスの西友だって、一匹100円ぐらいする。こっちの方が、ずっとロープライスであった。
 あと、そうだ。あさりを買った。これもかなりの分量で500円と、めちゃ安だった。今夜はあさりで何かを作ろうと思っているのだが、何品もできる分量だった。行ったのが夕方だったので、サービスをしてくれたようだが。

 僕らは最近、毎週のように週末は車で買い物にでかけている。前述の「すかなごっそ」、逗子の「OKストア」、大船の商店街が主な行先だが、これに新たなラインナップが加わった感がある。
 逗子暮らしの良い点はいくつもあるが、そのひとつは買い物を楽しめることだ。野菜、魚、肉、どれも地元のものを安く買うことができる。
 そんなこんなで、冷蔵庫の中身はなかなか減らない。うちは二人暮らしなのに、冷蔵庫は二つある。それが、常に満杯だ。それは買いたい衝動を抑えられないほど、この辺りはよい食材がそろっているからだ。それにしても、節度は必要だ。今週末はぜひとも、冷蔵庫のストックを減らす方向に向かいたい。
 今日のブログは、ヘンな終わり方になってしまった。書きたかったのは、また良い場所を見つけてしまったということである。
 

懲りない男


 また、やってしまった。酒席での失態である。どうしてだろう、飲むと気持ちが大きくなるのは。
 実は答えを知っている。僕はうんと、気の小さい男なのだ。だからアルコールが入ると、その余勢を駆って、あるいはアルコールの庇護のもと、大きな態度に出てしまうのだ。
 一昨日はとても大切な日だった。ある勉強会に参加した。そのうち名前を明かすことになると思うが、今は会の名前は明かさない。とても有名な会で、その勉強会からは、有名人が多数生まれている。おとといも、有名な方が参加されていた。
 勉強会が終わり、「なおらい」が新宿の居酒屋で開かれた。勉強会では緊張の連続だったので、先輩方と親しくなりたい気持ちで、参加した。
 ビールで乾杯をすると、どんどんと緊張の糸はゆるんでいった。ワインに切り替わった頃には、先輩方に堂々と自分の意見を語っていた。そして焼酎を勝手に頼む段階になると、先輩方の肩を叩いちゃったりして、訓示まで垂れたりした。
 しかし、皆さんは大人であった。面白い男が入ってきたと、笑って受け止めてくれた。
 最初は翌日のことがあるので、早めに店を出るつもりでいた。先輩のひとりには、そう伝えてもあった。しかし結果は、率先して2軒目に入り、終電間近でようやく、席を立った。
 新宿なので湘南ライナーがあるかと思って、駅にかけこんだ。当然、そんな時間にライナーはない。仕方なく東京駅から横須賀線で帰ることにする。そこで中央線に乗って、東京駅へ向かう。
 時間は12時ぐらい。たしか最終があったかと思ったが、ときすでに遅し。横須賀線のホームに向かうエレベーターの電灯は消されていた。
 「まずい。帰れなくなっちゃった」。仕方ないが、作戦変更である。どこかでカプセルに泊まることにする。そこで新橋へ向かう。たしか駅の近くにあったのではと、記憶していたのだ。
 ものすごい千鳥足で新橋駅を出る。カプセルホテルがあったと記憶する改札とは、反対側の改札から表へ出てしまう。街を彩るネオンを見て、カプセルに泊まるのなら、もう一杯飲んじゃおうかなんて、不埒なことを考える。駅周辺をぶらぶら歩く。
 そうしたら奇跡が起きたのだ。目の前にいきなりバスが登場した。行先を何気なく見ると、「逗子行」と書いてあるではないか。
 俺は夢を見ているのではないか。あるいは、何かの間違えではないか。そんな考えが脳裏を走る。
 そのバスはまだ人を乗せていなかったが、扉をバンバン叩いて開けさせ、運転手に確認する。すると本当に逗子に行くと言うのだ。神の降臨に出会ったような、言葉ににできないほどの幸福感に一瞬で全身がつつまれていった。

 こうして、初めての深夜バスで帰宅を実現させた。
 とても快適だった。座ったとたんに、爆睡した。目をさましたら逗子駅のターミナルにバスはいた。
 その日は、最後の最後は幸運が巡ってきた。しかし翌日は二日酔いと後悔で、暗くうつうつと過ごすことになった。これは当然の帰結というものだろう。
 

不快と無念


 先日、某県某所で某自治体が主催したフェスティバルに参加した。出店の食べ物は安くて美味だし、天気は良いし、空気はうまいし、たいへんエンジョイできた。ある一点を除いては。
 某高校が運営するブースがあった。野点とフラワーアレンジメントを楽しめる趣向になっている。かみさんと、一緒にいた友人の子供たちのリクエストで、わらわれはフラワーアレンジメントに挑戦した。もちろん、僕は傍観するのみであったが。
 そのブースはおそらく華道部が運営していた。女子高生とおぼしき和服姿の女の子たち数人と、中年の女性が2名ほど、その場にいた。受付は女子高生2人組が受け持っていた。その態度が、視界に入れたくない程、ひどいものだった。
 片肘を受け付けテーブルに付けて、紙パックのお茶を飲みながらの接客だった。我々が近づいても、友達と話を続ける。利用料金(150円)を渡すと、けだるそうに受け取り、「ありがとうございます」の一言もない。ただ隣の女の子と、だべるのみである。かみさんと子供たちは、それから何をどうすべきなのかもわからず、立ち尽くしている。
 そこで少し大きな声で、「やり方を説明してくれないかな」と僕が言った。そうしたら、いかにもキレたといった表情をして、「やり方なんて」と小さな声で言い捨てる。そばにいた先生らしき中年女性が、あわてて間に入ると、いかにもやる気がなさそうに、子どもたちに適当に指示を出した。
 そらからは、僕らも勝手にやらせてもらった。子どもたちにそっと、「好きなだけ、材料を使っちゃいなよ」とささやく。子どもたちは大喜びで、たくさん素材を使って、大きめの花束を作る。かみさんだけは、まじめに少ない素材でリースを作ったが。
 子どもたちが花束を作る間、僕は彼女たちを観察していた。全員が、体中をいっぱい使って、「不快」を表現し続けている。「ほんとは、こんなとこにはいたくないんだけど」感を発散しつつ、たらたらと働いていた。たまに先生らしき人と話すときは、決して敬語は使わなかった。対して先生は、はれ物にさわるように、冗談なんかを言って、女子たちの機嫌を取っていた。
 途中から、これもまた見世物のひとつと割り切って見物していたので、それ以上には腹は立たなかった。しかしいなや感触は続いた。
 結局、かみさんは小さなリースを上手に仕上げ、子どもたちは素材をたくさん仕込んで、それぞれ満足して帰ることができた。
 家に帰ったあと、その高校について調べてみた。県立の共学校だった。ネットで高校名を打ち込むと、「偏差値」が記されたページが上位にランクされる。こころみに見てみると、偏差値は36だった。

 下流関連の書籍は何冊か目にしたことがある。まさに、あの子たちのことが書いてあったのだと、合点する。あの女子たちは、これからどんな大人に育っていくのだろうか。すでに開いてしまったデバイドを埋めることはできるのだろうか。
 それにしても先生は大変だろう。割り切らずには、やりきれないことも想像できる。きっと、次の転勤を首を長くして、待っているのだろう。
 

はじめての横須賀ホームズ


 週末、友人の家に泊まりがけで遊びに行く予定だ。そこで、お土産などを入れるために、クーラーボックスを買った。ちなみに今までは、発泡スチロールの箱(魚が入っていた)を使っていた。とても大きくて、BBQなどのときビールを入れておくのには便利なのだが、個人の旅行には大きすぎて使いにくい。
 クーラーボックスは横須賀ホームズで買った。横須賀ホームズは初めていったのだが、いくつかの点で感動した。
 まずでかい。ワンフロアーで野球ができるほど、大きい。天井は高くないので、実際には無理だと思うが。
 次に何でも売っている。ホームセンターなので、DIY系はもちろん、車周りやガーデニング、台所用品、生活雑貨などなど。ほんの一部しか見ていないのだが、すごい種類だ。 
 そして、ここが一番感動したのだが、駐車場が広くて、そしてただである。最近の大型店は、ゲート制になっていて、いくら以上買い物をしたら、2時間まで無料、なんてサービス形態が多い。ところがこの店は、ゲートなんかはない。勝手に入って、勝手に出てくることができる。
 実はホームズに入る前に間違えて、近くにあった別の巨大ショッピングビルに入ってしまった。駐車して店に入ってから、間違えたことに気が付いた。そこも勝手に駐車できるシステムで、駐車料金はかからなかった。そこらには、電気店やスーパーなど、巨大ショッピングビルがいくつも軒を連ねている。なんだか、アメリカにいるような錯覚を覚えた。

 昼食はマックに入った。350円のランチがあると思って入ったのだが、そのランチは翌日からで、仕方なく401円のランチを頼んだ。テリヤキバーガーとフライドポテト(小)とドリンクである。 
 なんどか「あれ、350円のランチがあると思ったんだけど」と言っていたら、隣のレジの人が、「単品で頼んだら、それぐらいの値段になりますよ」と教えてくれた。しかしすでに401円ランチを注文した後だった。
 まったく知らなかったが、値段だけで言えば、マックは単品でオーダーした方が安いのだ。セットメニューの方が、普通安いと思うが、それは実はトリックなのであった。恐るべし、マック商法。
 たとえばハンバーガーとチキンクリスプはひとつ100円である。コーヒーも100円だ。フライドポテトは200円以上するが、別に食べたいわけではない。セットについていたから、食べたに過ぎない。しょっぱいし、オイリーだから、本当は食べたくはなかった。
 ハンバーガーとチキンクリスプとコーヒーを単品で頼めば、300円で済んだ。
 それにしても、マックのメニューはわかりにくい。

 今日はマックの話題ではなかった。横須賀ホームズである。次は休みの日に、かみさんと来よう。ふたりで歩けば、半日は楽しめる場所である。
 

戸袋が飛んできた


 昨日の台風は規模の割に被害は少なかったようだが、それでも各地に傷跡を残していった。我が家も被害を受けた。
 昨日は勤め先の学校が休校になり、かみさんは家にいた。午前中の一番、嵐が凄まじい時刻、大ちゃんは震えてソファのカバー下に隠れていた。フクちゃんは僕の膝で、小さくなっていた。
 そのとき轟音が走り、家が小さく揺れた。何かが風で飛ばされてきて、我が家に激突したようだ。すぐに様子を確認するため、暴風雨のなか外に出た。
 裏庭に木材が散乱している。何が飛んできたのだろうと、辺りを見回した。我が家は丘陵地にあって、お隣の家とは高低差がある。裏の家は我が家よりも2メートル以上高い場所に建つ。そこを見上げると、雨戸をしまう戸袋部分が破壊されている。どうやら戸袋が風で吹き飛ばされて、我が家に激突したらしい。
 すぐに裏の家に報告に行った。裏は高齢の方がひとりで住まわれている。まだ嵐の最中で、外に出ることはできず、様子を報告するにとどめる。
 嵐が過ぎ去った後、市役所に電話して相談する。すると「お互いに話しあって、解決すること」と、意外と冷たい対応。
 我が家の被害状況だが、激突された部分のペンキがはがれた程度で済んだ。その部分を修理するとなると、わざわざ足場を組まなくてはならず、相当な金額がかかる。あの小さな傷で、相当の金額を隣人に請求はしたくない。
 
 結局、市役所に散乱した木材の撤収を引き受けてもらった。本来なら費用が発生するとのことだが、今回は特別に無料で処理してもらった。
 傷跡については、いつか家全体を塗装しなおすときまで、放っておくことにする。
 

犬も歩けば棒に当たる


 車庫証明を取りに逗子警察署まで行った。歩いて行った。45分かかった。
 途中、逗子アリーナを通って行った。ちょっと遠回りになるが、公園のような作りになっていて、歩きやすいからだ。
 アリーナには体育館や野球場、テニスコート、プール、アーチェリー場などがあり、とても広い。人口5万7千人の市にしては、とても立派である。僕も以前は、週に何度も利用していた。最近は行くのが面倒になって、行っていない。
 僕が行かなくなったのは、時間がかかるからだ。車で行っても、20分かかる。往復で40分だ。僕は毎日、ウォーキングしているが、それが1時間。アリーナまでの往復で、だいたいウォーキングのノルマをこなすことができる。
 とこで昨日、アリーナを歩いていて、改めて気づかされたのは、老人の多さだ。いや、老人というには憚られる。それは、とても元気だからだ。実際の年齢も、比較的に若い人が多い。中心は60代である。
 今の60代は、めちゃくちゃ元気だ。体力的には、僕の子ども時代の40代、50代と変わらないように見える。
 その元気な60代が、わんさかいて、テニスなんかをしている。とても幸せそうな光景であった。
 でも考えさせられた。あの方々は本当に幸せなのだろうか。あの体力があって、経験に裏付けされた技術や知識を使わずに、下手くそなテニスに興じている。うまい人もいるだろうが、昨日見た人はみな下手だった。
 あの人たちは、きっと平均寿命以上生きるだろう。かりに60歳として、あと30年。30年もテニスを続けるのだろうか。なんか、もったいない。
 仕事をすれば、いいのに。したい人も多いだろう。機会がないのかもしれない。

 警察に入ると、警官がいっぱいいる。あえてジロジロと警官たちを見回した。警官は偉い人が、一目でわかる。階級がバッジで明示されているからだ。それで偉い人を、ジロジロと見た。そしたら、はっきりと嫌な顔をされた。そうだろう、あんなにジロジロ人を見てはいけない。
 なぜ、ジロジロと見たかというと、逗子警察署は悪名高い。あの事件以来、信用は失墜している。それで逗子警察署の偉い人は、どんな顔をしているのか、興味があったのだ。
 で、どんな顔だったかというと、偉い人は奥に座っていて、ちょっと距離があって、よく見えなかった。遠望した感じでは、普通のおじさんだったように思う。

 それから市役所まで歩いて行った。印鑑証明をもらうためだ。印鑑証明はすぐにもらえた。逗子市役所も悪名が高くなってしまっている。あの事件のためだ。
 印鑑証明をくれた人は、手前に座っていて、きっと偉くない。この人たちは、とても普通だった。普通というのは、銀行の窓口なんかのような民間と比較してだ。以前の役所のサービスと比較すると、雲泥の差である。
 ここも偉い人は、奥に座っていて、やっぱり顔がよく見えなかった。
 ここはジロジロ見たわけではないのだが、何気なく働く人たちの姿を傍観した。若くて可愛い女の子なんかがいたりする。ああいう子と一緒に、忘年会なんかして、きっと楽しいだろうなと、サラリーマン時代を思い出して、感慨にふけった。

 市役所を出ようとしたら、バザーらしきものをやっていた。名札を付けた人に、「いくらですか」と、ある皿を持って聞くと、タダだと言う。5点まで、好きな奴を持って行っていいという。そこで4枚セットの深い皿と、タンブラーを一個もらってきた。見ると募金箱があった。名札を付けた人は、全部で10円ぐらいで、十分といったのだが、50円を入れてきた。
 この皿にしたのは、かみさんが深めの皿が欲しいと言っていたのを思い出したからだ。4枚もセットになっているのは、他にはなかったし。他はみなバラバラの一点ものだった。
 今朝、喜ぶだろうと思って、自慢げにかみさんに見せた。皿を見たかみさんの表情から類推すると、あんまり気に入ってはくれなかったようだ。タダで済まそうと思っても、なかなかうまくいかないものだ。

ただの皿とタンブラー
市役所でタダでもらった皿とタンブラー

かごの中のフクちゃん
今回のブログの内容とは関係ないが、お気に入りの籠で寝そべるフクちゃん
プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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