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あれから10年


 明日で中越地震が起きてから、10年が経つそうだ。このニュースを聞いて、「あれから、もう10年も経ったのだろうか」と思った方は多いのではないか。10年は過ぎてしまえば、早いものである。
 ところが僕はそう思わなかった。「あれから、まだ10年しか経っていないのか」と驚きを覚えたのだ。

 実は僕は中越地震を体験している。あの日、僕は友人とふたりで群馬県北部の山奥にキノコ狩りに出かけていた。暗くなり、友人の運転する自動車で家に向かっていた。途中、ある農家が営む街道沿いの売店に立ち寄った。僕らは当時、キノコ狩りに出かけると、かならずその手の売店に立ち寄り、新鮮で安い果物や野菜、お手製の味噌なんかを購入していたのだ。そのときも、そのつもりで売店に寄った。
 売店に着くと、店のおばちゃんが、「今、すごい地震があったわね」と言った。僕らは車に乗っていたので、地震に気が付かなかったのだ。
 売店を出て高速に乗ろうとしたら、通行止めで入ることができなかった。しかたなく下の道で、帰ることにした。しばらく走り、ある信号で停止した。赤信号を待っていると、車が突然、上方に激しく突き上げられた。信号機を見ると、大きく揺れている。2回目の地震が起きたのだ。
 それが僕の中越地震の体験である。僕らがいた場所は、震源地から見て、谷川岳の裏側にあたる。直線距離にしたら、20キロぐらいのところだろう。おそらく震度は6ぐらい、あったのではと思う。

 その頃、僕は文京区のアパートに一人で住んでいた。まだ産経新聞社に勤めていた。仕事ではいくつかの問題を抱え、ひとり帰るアパートは暗く寒かった。40過ぎで独り身に戻り、仕事も自分が考えていた方向とは離れていくばかりで、ストレスの多い日々だった。
 あれから暫くして、僕は逗子に家を買った。大きな決断だった。離婚の際、それまで貯めたお金は、すべて置いてきた。それからアパート暮らしで、爪に火を灯すような暮らしを続け(それは、それで楽しかったが)、頭金をため、ローンを組んだ。「ちょんがーのくせに、そんな遠方に一軒家を買って」と、上司には笑われたりもした。でも、逗子への引っ越しが、僕の人生を後押ししてくれたように思う。
 それから、ちょっと大きな病気をして、会社を半年ほど休んだ。入院の期間は、半生を振り返るよい機会になった。
 またしばらくして会社が、コスト削減のため40歳以上を大量解雇する方針を打ち出し、希望退職制度を発表した。僕はエントリーナンバー1番で、申込書を提出した。
 それから逗子で、在宅の翻訳を始めた。そのちょっと前に、家に猫が来た。3月にフクちゃんがやって来て、5月に大ちゃんが来た。さらにその何年後かに、かみさんも家にやって来た。
 
 今、10年前のあの日を振り返ると、変化はあまりに大きい。大きすぎて、なんだか他人の人生のようにさえ思える。
 あれから、まだ10年しか経っていないのだ。歳を取れば、過ぎ去る日々の速度は加速度を増す。でも、変化があれば、状況は違うのだということを、僕は知った。
 子どもの頃は、毎日が新しいものとの出会いがあり、変化があった。だから過ぎ去る日々は、ゆっくりとしている。しかし大人になると、ルーチンの連続になり、すべてのものが当たり前として扱われる。
 こらから先もこの10年のペースで、ぴょん、ぴょん、ぴょーんと、ステップをきめていきたい。
 

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プロフィール

山本 拓也

Author:山本 拓也
職業:翻訳者
過去の職歴:HSBCを経て産経新聞社
家族:妻、フクちゃん(猫オス 3歳)、大吉くん(猫オス 2歳)
住まい:逗子

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